香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第69話 借金の形
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ナズーリンと無縁塚で別れた翌日。
 
 開店直後に香霖堂のドアを潜る人影があった。
 
 正確に言うならば、店が開くまでドアの前で待っていた人物が居た、だ。
 
「お待たせしました」
 
 何処ぞの半人前のように霖之助の睡眠を邪魔する事無く、店が開くまで前で待ってくれていたというだけで、霖之助はこの初見の妖怪を信じるに値する人物であると判断した。
 
 黒毛混じりの金髪に密教風の衣装を身につけた妖怪少女。
 
 その落ち着いた雰囲気から、かなり高位な妖怪である事が推し量れる。
 
 ……実力の有る者ほど、普段は落ち着き払っているものだ。
 
「それで、本日は何か入り用で?」
 
 店に案内し、椅子を勧めて霖之助自ら接客する。
 
 何時もの霖之助ならば、客の方が欲しい物を勝手に探していくだろうと放置しておく筈だが、それだけ彼がこの客を認めたという事だろう。
 
「いや、申し訳ないが、私は客では無いのだ」
 
 ……客では無い?
 
 僅かに警戒する霖之助に対し、妖怪少女は自らを寅丸・星と名乗り、ナズーリンの上司である事を明かした。
 
「なるほど、貴女がナズーリンの……。
 
 では、今日は宝塔のお支払いに?」
 
「いえ……、それが……」
 
 問い掛けてみると、星は霖之助から視線を逸らし、言い淀みながら、
 
「実はその……、今の命蓮寺にはそれほど貯えが無く……、宝塔の代金を支払う事が出来ない……、と言いますか……」
 
 ……まぁ、そんな所だろうと思った。
 
 霊夢達からは、宝船の中は何も財宝が残って無かったとは聞き及んでいたので、霖之助にそれ程落胆の色は無い。
 
 とはいえ、
 
「こちらも商売でやっている以上、代金が支払えませんでは困るのですが」
 
「いや、勿論支払いはさせていただく。――ただ、その期限をもう少し延ばしてはもらえないだろうか?」
 
 懇願する星に対し、霖之助は引き出しから一枚の紙を取り出すと、それをカウンターの上に置き、
 
「これが、ナズーリンと契約した際の証文なのですが、期限を延ばすとその分利息が嵩み、とてもじゃないですが払えるような額でなくなります」
 
 星は証文を食い入るように見つめ、
 
「ち、ちなみに、三年程待っていただいた場合、如何ほどになるだろうか?」
 
「そうですね……」
 
 霖之助はカウンターの上に置いてあった計算機を引き寄せボタンを乱打して金額を示すと、それを星に差し出し、
 
「ざっとこの位に」
 
「な……ん……」
 
 その馬鹿げた金額に言葉も出ない。
 
 何しろナズーリンが交わした契約は、元金に対する利息ではなく、利息をプラスした金額に対し更に利息が掛かるのだ。
 
 三年も滞納すれば、毎月の利息だけで元金を超える額になってくる。
 
 とはいえ、霖之助としても回収不可能な額の借金に興味は無い。そんな物よりは毎月確実に入ってくる実入りの方が有り難いくらいだ。
 
 霖之助は暫し考え、絶望の末に深く項垂れ借金の形に命蓮寺を手放そうかと悩んでいる星に対し、ある提案をしてみた。
 
「こういうのはどうだろう?」
 
 霖之助曰く、一度、霖之助に宝塔を返し借金を今の額でストップさせ、全額を支払ってから改めて宝塔を受け渡すというものだ。
 
「この場合、全額を支払うまで商品を手にする事は出来ないが、利息がこれ以上増えないというメリットもある。
 
 まぁ、増えてしまった利息に関しては、既に使用した分の使用料と思ってもらうしかないわけだが……」
 
 霖之助の提案に、星は目を白黒させて、
 
「私としては、その提案は大変有り難いのですが、店主さんはそれでよろしいのですか?」
 
 宝塔が早急に必要だった理由は、聖を復活させる為であり、彼女が復活した今となっては、宝塔が無くても力が弱まるだけで、それ以上に困るという事は無い。
 
「僕としては、それが正当な取引で売れるのであれば全然構わないよ。
 
 ――但し、毎月の支払いは確実に払ってもらわないと困る。……もし、それが無理な場合、香霖堂で無償奉仕となるが」
 
「無償奉仕というと、どのような事を?」
 
 命蓮寺の収入が、お布施という不確定なものである以上、無償奉仕の方が良いかもしれない。
 
「難しい事じゃないよ。主に力仕事や掃除、冬場なら雪掻きなんかもやってもらう事になるが」
 
 ……なるほど、それ位ならば出来そうだ。
 
「他にも手伝いは居るから、出て貰うのは週に一度位で良い。……まあ、その分支払い期間は長くなってしまうが」
 
「いえ、全然構いません。むしろ、本職があるので助かるくらいです」
 
 星の返事を受け、霖之助は早速引き出しから新たな証文を取り出し、
 
「そうかい。なら、この書類にサインを。宝塔も預かっておこう」
 
 言われるままに証文にサインし、宝塔を霖之助に手渡す。
 
 霖之助は映姫が付けている帳面に目を通し、
 
「じゃあ、三日後から頼めるかな。その日に番頭を務める娘が出てくるから、彼女から色々と聞いてくれ」
 
「分かりました」
 
 一礼して去って行く星を見送り、霖之助は手の中の宝塔を弄ぶと、
 
 ……やはり、このままこれを渡すのは惜しいな。複製品の製作に挑戦してみようか。
 
 そんな事を企みながら、霖之助は宝塔を奥の倉庫にしまう為、席を立った。
      
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