香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第68話 無縁塚のライバル
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、霖之助は商品の仕入れの為、無縁塚にやって来ていた。
 
 無縁塚のそこかしこに散らばる死体を一箇所に集めて荼毘に伏して供養した後、本命である……、もとい、ついでに落ちている道具を拾っていく。
 
「ふむ……、何か面白そうな物は」
 
 独り言を呟きながら散策する。
 
「おや? これは……」
 
 霖之助が見つけたのは、幅が1cm程の鉄製の円環だった。
 
 否、ただの鉄製の輪では無い。
 
 霖之助の能力は、これがキリストが磔にされた時に使用された釘を叩き伸ばして作られたというロンバルディアの鉄王冠であると知らせている。
 
 用途としては、戴冠式で使われる儀礼用というだけで、なんの力も有していないが、コレクションとしては申し分無いし、原料となっている物は聖遺物の中の一つ聖釘だ。
 
 それだけでも充分価値はある。
 
 霖之助は満足げに頷くと、鉄王冠へと手を伸ばした。
 
 が、その手は鉄王冠に触れた所でピタリと止められる。
 
 原因は、全く同じタイミングで鉄王冠に伸ばされた霖之助とは別の腕だ。
 
 霖之助の視線は腕を伝い、肩に辿り着くと、そのまま首から顔へと上がっていく。
 
 そこで、頭の上に特徴的な丸い耳を確認し、相手が誰なのかを把握すると、露骨なまでに眉を顰め、
 
「君か、ナズーリン」
 
「私だよ香霖堂。そして、その手を退けてくれないか? これは私が拾った物だ」
 
「馬鹿な事を言ってもらっては困るな。僕の方が君よりも0.002秒程速かった」
 
「これは異な事を言う半妖だね。私の使い魔達に聞いてみると良い。全会一致で、私の方が速かったと言っている」
 
「そんな家庭内害獣の言う事を鵜呑みにする馬鹿が何処に居る?
 
 そもそも君は、これの価値が分かるのかい?」
 
「ふん、価値なら分かるさ。――私のダウジングが、これは宝物だと言っている」
 
 互いに一歩も退かず、睨み合うナズーリンと霖之助。
 
 一分程微動だにしなかった二人の内、先に動いたのはナズーリンだった。
 
 少女は懐から一枚のカードを取り出すと、
 
「こいつで白黒付けようじゃないか」
 
 ……弾幕ごっこか。
 
 普段の霖之助ならば、相手が話し合いに応じるようなタイプの場合、口先だけで丸め込もうとするのだが、何か思う所でもあるのか、ナズーリンの申し出を受ける事にした。
 
 二人は同時に鉄王冠から手を伸ばすと、後方に飛び退って距離を取り、
 
「まずは小手調べだ」
 
 口元に笑みを浮かべて、ナズーリンはスペルカードを展開する。
 
「捜符“レアメタルディテクター”!」
 
 宣言と同時、白色のレーザーが四方に飛び散り、障害物に当たって米粒弾となり霖之助に襲いかかる。
 
 対する霖之助もただ見ているだけではない。
 
 懐からカードを取り出すと、
 
「付喪神“多々良・小傘”」
 
 霖之助の前方に転移用魔方陣が現れ、香霖堂で留守番をしている筈の小傘が召喚される。
 
「呼ばれて飛び出てうらめしやー!」
 
 前方から襲いかかる弾幕の雨が、小傘の携えた傘によって全て防がれる。
 
 見た所、傘に傷は無いようだが……、
 
「調子はどうだい?」
 
「絶ッ好調ーです!」
 
 弾幕を防いだ時に、小傘自身今までの自分との違いをハッキリと感じていた。
 
 ……相手の攻撃が軽い。
 
 痛みも無く、驚異も感じないから相手に対する恐怖心が湧いてこない。
 
 相手に対する恐怖心が無いという事はとても重要な事だ。恐怖心に飲まれ実力を発揮出来ずに負けるという事態を回避する事が出来る。
 
「練習相手には丁度良い相手だ。……楽しんでくると良い」
 
「はいッ!」
 
 霖之助に代わり、ナズーリンと相対した小傘を前にして、ナズーリンは抗議の声を挙げる。
 
「待った、二対一は反則なんじゃないのかい!?」
 
「正規のルール内だよ。そもそも彼女は僕の道具だ」
 
「道具よぉ」
 
「文句があるなら、最初に式神だから二対一OK.とか言い出した妖怪の賢者に言うといい」
 
 そもそも霖之助は戦う気など無いのだ。反則呼ばわりされるのは心外である。
 
 じゃあ、頑張ってくれ。と小傘に告げ、霖之助は少女達に背を向けて道具を拾い始めた。
 
「待ちたまえ! それは私が目を付けていた……、あぁ、その宝物も私が予約していた……」
 
 そんな言い分を霖之助が聞くはずも無い。
 
 そして、当然のように、そんな精神状態で集中力が続く筈も無く、――結局は十分と保たずにナズーリンは敗北した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「というわけで、この鉄王冠は僕の物になったわけだ」
 
 身長差からの上から目線で告げる霖之助に対し、歯噛みする事しか出来ないナズーリン。
 
 既に無縁塚に落ちていた道具は、あらかた霖之助により奪取された後だ。
 
 残っているような物に関しては、ナズーリンのダウジングが反応しない所をみると、ガラクタばかりなのだろう。
 
「ぐぬぬぬぬ……」
 
「小傘も良くやってくれたね」
 
 恨みがましい目つきで睨んでくるナズーリンを無視して、頑張った小傘を労う為に彼女の頭を撫でてやる。
 
 目を細め、気持ちよさそうにする小傘。
 
 霖之助は小傘の頭を撫でながら、背後のナズーリンに振り返り、
 
「どうしても、欲しい物があるのなら、香霖堂に買いに来ると良い。
 
 ちゃんと代金を支払ってくれるのなら、僕としても売ることにやぶさかではないよ」
 
 ふっかけられるのは分かっていて、わざわざ買いに行く馬鹿もいない。
 
 悔しそうなナズーリンを残したまま小傘と共に帰路に着く霖之助だが、十歩ほど進んだ所で何かを思い出したのか立ち止まり、
 
「そうそう、以前売った毘沙門天の宝塔の代金なんだが……」
 
 言われて思い出す。
 
 あの後、白蓮の復活やらなにやらでドタバタしていてすっかり忘れていた。
 
「君の上司が払ってくれるとの事なんだが」
 
「あぁ、その辺は大丈夫だ。生真面目な方だからね、心配は要らないとも」
 
「確か、毘沙門天のお弟子さんだったね。――まぁ、その肩書きからして信用出来るとは思うんだが、なるべく早く支払ってもらわないと、利子がドンドン嵩んでいっているんだが」
 
 妖怪の感覚では、それ程日数が経過したようには思っていないが……、
 
「ちなみに、如何ほどかな?」
 
 金額を聞いて、息を飲む。
 
「な、なんだそれは……、私が買った時の倍近くまで増えているじゃないか!?」
 
「そうは言うが、これは正規の利息だよ。文句があるなら、支払いを滞らせた自分に言うがいい」
 
 そう言い残し、霖之助は無縁塚を後にする。
 
 一人残されたナズーリンは、命蓮寺の宝物庫に残されている財宝を思い出し、
 
「良し、元々は宝塔を無くしたご主人様が悪いのだから、ご主人様に頑張ってもらおう」
 
 そう結論し、ひとまず宝塔の代金の事を伝えるべく命蓮寺へ帰る事にした。
 
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