香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第67話 魔理沙の八卦炉
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昼なお薄暗い魔法の森。
 
 その中にポツリと建てられた洋風の建物。
 
 周囲には用途不明のガラクタが散乱してはいるが、ここは香霖堂ではない。
 
 香霖堂の主人である森近・霖之助の妹分である霧雨・魔理沙が住まう洋館。一応、霧雨魔法店という名前のお店である。
 
 そんな洋館の一室で、なにやら作業に没頭する人影があった。
 
 金の髪をした少女は机の上に置かれた手の平サイズの火炉を分解し、何やら細工している最中のようだ。
 
「ふふん。私だって、この位の改造なら出来るんだぜ」
 
 現在、魔理沙はマスタースパークの拡散化に挑戦中。
 
 実戦ではともかく、あくまでも遊びであるスペルカードルール上の弾幕ごっこでは威力よりも拡散させて弾数を増やした方が有利なのだ。
 
 ……これが成功したら、真っ先に香霖堂に持って行って、香霖に見せびらかしてやろう。
 
 そう考え、ほくそ笑む魔理沙。
 
 勿論、ただ見せびらかすだけではなく、彼女の目的としては彼に認めてもらいたいという想いがある。
 
 何時までも妹扱いではなく、一人前の女として見てほしい。
 
 そんな想いを込めて、魔理沙はミニ八卦炉を改造していく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数日後。
 
 霖之助が何時ものように読書に勤しんでいると、カウベルが力無く鳴り一人の少女がやって来た。
 
「いらっしゃ……、魔理沙?」
 
 やって来たのは見慣れた白と黒の衣装に、黒のとんがり帽子を目深に被った少女だ。
 
 だが、その少女からは、霖之助の知る快活さは微塵も感じられなかった。
 
 魔理沙はカウンター席に座る霖之助の眼前までやって来ると、スカートの隠しポケットから小さな火炉を取り出して差し出し、
 
「……香霖」
 
「うん? ミニ八卦炉がどうかしたのかい?」
 
 そこで初めて魔理沙が顔を上げた。
 
 彼女の目の下には濃い隈があり、涙の跡も残っていたのを霖之助は見逃さなかった。
 
「わ、私……、自分一人で改造出来ると思って、……でも駄目だって、……壊れちゃって」
 
 途切れ途切れの言葉に真摯に耳を傾ける霖之助。
 
 魔理沙は涙声になりながらも、懸命に涙を堪え鼻を啜りながら、
 
「直そうとしたんだけど、……ウンともスンとも言わなくなって、……どうしたらいいか分かんなくなって」
 
 壊れたミニ八卦炉が、何故か自分と霖之助の絆が壊れたようにも見えて急に怖くなったのだ。
 
 霖之助は魔理沙の帽子の鍔を摘むと引き下げ、
 
「任せておくといい。ちゃんと元通りにしておくよ。――いや、改造するんだったか」
 
 兄としては、やはり妹に頼られると嬉しいのだ。
 
 まあ、出来れば最初から自分を頼って欲しいとは思うが、兄離れしたい年頃なのだろう。と思う事で納得する事にした。
 
 口元に僅かな笑みを浮かべた霖之助は、魔理沙から壊れたミニ八卦炉を受け取り、早速作業に取り掛かる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 四日の期日をもらった霖之助は、最初の一日目でミニ八卦炉を修復し、二日掛けて今まで通りの砲撃魔法と拡散砲撃とを切り替えて撃てるように改造を施した。
 
 今回はディフーザーという名前の道具を溶かして作った部品を新たに装着してみたのだが、これがまた予想以上に上手く作動してくれた事に霖之助は制作者としてほくそ笑んだ。
 
「……また厄介な能力を付加してくれたわね」
 
 とは手伝いに来ていて、丁度試し撃ちを見たパチュリーの言葉である。
 
「切り替え!? 切り替えも出来んのか!? って事は今までみたいな威力のデカイ、マスタースパークも……」
 
「当然、撃てるよ」
 
「凄いなッ! 流石は香霖だぜ!」
 
 四日と言っておいたのに三日目に取りにきた魔理沙は、改良されたミニ八卦炉を天に掲げ小躍りしながら驚喜した。
 
 彼女の当初の予定では、拡散射撃の為には大威力の魔砲は諦めねばならないと思っていたのだが、これは嬉しい誤算だ。
 
 ここまで喜んでくれると、霖之助としても修理のしがいがあるというものだが、ちゃんと貰う物は貰っておく。
 
 勿論、報酬は魔理沙の集めたガラクタだ。
 
「よーし、パチュリー弾幕ごっこやろうぜ」
 
 早速、新しくなったミニ八卦炉を実戦で試すべく、店番をしているパチュリーを誘ってみるが、素気なく断られた。
 
「そんなに弾幕ごっこがしたいなら、神社にでも行ってきたら?
 
 あの巫女の事だから、どうせ暇してるでしょう」
 
 パチュリーがそう言うと、魔理沙は博麗神社に向けてすっ飛んで行った。
 
 それを見送ったパチュリーは読書に戻ろうとして、魔理沙の持って来たガラクタを真剣な眼差しで検分する霖之助に気付き足を止め、
 
「何か面白い物でもあったのかしら?」
 
「いや、ガラクタばかりさ」
 
 そう言った霖之助の手には手の平大の玉が握られていた。
 
 色はくすみ、質感は金属のような感じがするが、これは金属ではない。
 
 “龍の顎の玉”……、霖之助の能力は、この玉をそう教えてくれている。試しに袖で玉の表面を拭ってみると、伝承通り、その玉が五色の輝きを放つ宝玉である事が分かる。
 
 霖之助は玉を懐に仕舞い、魔理沙の残したガラクタに視線を向けると、
 
「さてパチュリー、これからこのガラクタを店の中に運ぼうと思うんだが」
 
「そう。頑張りなさい」
 
 一応、労いの言葉を掛けてはいるものの、彼女自身が手伝おうという意思は微塵も感じられない。
 
「店員として手伝おうという気は……」
 
「事務職の人間に期待するものじゃないわね」
 
 言って、霖之助の指定席とも言うべきカウンター席に腰を下ろし、カウンターの上に置かれていた本を手に取る。
 
 まあ元よりパチュリーに力仕事を期待する方が間違っている。
 
 面倒臭げに溜息を吐き出し、霖之助はガラクタを運ぶべく腕まくりした。
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