香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第65話 幻想郷・夜雀の屋台(香霖堂第二支店)の八目鰻の串揚げ
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
幻想郷の端。
無縁塚に一人の男の姿があった。
男の名は森近・霖之助。銀の髪と金の瞳をした半人半妖だ。
彼は不定期に無縁塚を訪れ、そこに転がる外の世界から紛れ込んだ行き倒れの死体達を火葬し、代わりに彼らが身につけている道具などを持って帰り、それらを商品として店で扱う商いを行っている。
目に付いた無縁仏を火葬にし、一息を入れた霖之助は落ちている道具を吟味し始めた。
本心としては、全てを拾っていきたいところなのだが、哀しいかな香霖堂のスペースは有限だ。なるべく無駄は省かなければならない。
「ふむ……。アメリカンクラッカーというのでもなし、ヨーヨーだけというのも……」
この類の玩具は結構な数を仕入れてある。
「たまごっちか。うん、これはちょっと良いな。こういう小さな道具を幾つか拾っていって……。ポケットザウルスとか、ロボダッチとか……。
となると、このキン消しも嬉しい」
新たな道具を手に取り、
「ほう……。地球コマなんて物もあるのか」
拾った道具を持参した籠に入れる。
「ちょっと、寂しいな。……何か、そうだ公衆電話なんてどうだろう」
一抱え程もある電話を手に取り、
「やっぱり、テレホンカード使用可能の方が希少価値が高そうだ。――となると、このテレホンカードも必要になってくる」
籠の中身を眺める霖之助は満足げに数度頷き、
「うんうん。なかなかバランスが良いぞ。後、何が足りないかな?」
呟いて周囲を見渡し、
「ん。……ポケットベルだ」
更にそれを籠に放り込む。
「こうなったら、衣類も欲しいな」
言いながら、死体から剥ぎ取った衣服の山に近づき、
「サマーセーターもいいけど、……ここはボディ・コンシャスで決めよう。
ほほう。ジュリアナ仕様か」
良い物を拾ったとほくそ笑む霖之助。
その後、更に幾つかの道具を拾い、帰路に着いた時には、既に夕闇が迫っていた。
●
霖之助が魔法の森に差し掛かる頃には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。
「やれやれ……。思ったよりも遅くなってしまったな」
空飛ぶ魔法の箒はメンテ中のため、今日は久し振りの歩きでの無縁塚散策だ。
一応、小傘に留守番は頼んであるが、
……大丈夫だろうか?
防御力に関しては、かなり改良して能力値を底上げしたものの、攻撃力に関しては以前とまったく変わっていない。
……次はその辺を重点に改良してみようか。
確か、フランキスパス12とかいう飛び道具があった筈だ。アレを傘に仕込むのも面白いかもしれない。
なんでも、アメリカの一部の州で発売禁止になった物が幻想郷に流れ着いたのだとか……。
後日、その改造を行おうとして紫に止められる事になるのだが、それは割愛する。
ともあれ霖之助が魔法の森に足を踏み入れようとした所で、軽快な歌声と赤い光が見えた。
……これは、
予測を立て近づいてみると、思った通り提灯に映える香霖堂の三文字。
ミスティア・ローレライの経営する屋台にして、香霖堂第二支店だ。
……丁度良いから、ここで何か食べていこう。
ついでに本店の経営者として店舗視察というお題目を掲げて、暖簾をくぐる。
「いらっしゃいー♪」
出迎えてくれたのは、青と黒を基調にした和服にフリルを多用した白のエプロンと頭に三角巾という出で立ちのミスティア。
「やあ、調子はどうだい?」
問い掛けながらも、自分が渡した服を着てくれていた事に満足感を覚える霖之助。
対するミスティアは照れくさいのか、霖之助から視線を逸らし、
「まあ、ボチボチー。 ……それで、注文は何にするの−?」
カウンターの席に着いた霖之助にコップを差し出し、そこに日本酒を注ぎながら問い掛ける。
霖之助はカウンターの上に置かれたお品書きを手に取って眺め、
……さて、何にしようか。
いつも八目鰻の蒲焼きばかりというのも芸がない。……まぁ、偶にここの料理は八目鰻以外にも普通の鰻や鯰なんかを使ってる事もあるが。
真剣な表情でメニューと睨めっこする事、数十秒。
霖之助はメニューの端に八目鰻以外の物を見つけた。
「この兎肉の炙り焼きを一つ」
「ゴメンねー。それ来月からなのー」
……がーんだな。出鼻を挫かれた。
「じゃあ、この兎肉の塩焼きを」
「だからゴメンねー。兎肉自体、八目鰻が捕れなくなる春からのメニューなのー」
もうすっかり霖之助の胃は、兎肉を受け入れる体勢になっていたのだが、そういう理由があるのならば仕方が無い。
兎肉への未練を断ち切り、八目鰻料理を注文する。
「じゃあ、八目鰻の串揚げを一つ」
注文を聞き返されるのは面倒なので、ハッキリと注文を告げる。
「はーい、串揚げ一つー♪」
ミスティアが早速、料理に取り掛かり、霖之助は出された酒に口を付け、ようやくの一息を吐く。
……ふう。
酒自体は人里で買える、安酒であるが、こういう場所で飲むとなると、不思議と美味く感じるから不思議なものだ。
串揚げが揚がるのを待って、もう一口酒を飲もうとした所で、新しい客がやって来た。
「うん? 香霖堂じゃないか」
暖簾を潜って顔を見せたのは、竹林に住む白髪の少女、藤原・妹紅だ。
「やあ、不思議と食べ物屋で良く会うね」
「そう言われてみれば、そうだな」
肯定しつつも、大して気にした様子も無く長椅子に腰を下ろし、
「ミスティア何時もの」
「はーい♪」
返事を返し、八目鰻の蒲焼きを焼き始める。
炭の爆ぜる音とタレの焦げる良い香りが周囲を満たす中、妹紅が懐から笹包みを取り出した。
それを解くと、中から現れたのは白米の握り飯が三つ。
……持ち込み! そういうのもあるのか。
改めてお品書きを確認してみると、ご飯の類が書かれていない。
「ミスティア……」
「なにー?」
「この店では、ご飯の類は扱ってないのかい?」
「無いよー」
「何だ? 腹が減ってんだったら、一つくらいなら分けてやるよ」
「いや、そうじゃない」
握り飯を差し出す妹紅をやんわりと断りつつ、霖之助は眼鏡を中指で押し上げて商談モードへと思考をシフトさせる。
「どうだろうミスティア。もっと事業を拡張する気は無いか?」
「拡張ー?」
「そう拡張だ」
言って、定期購入している文々。新聞に書かれていた記事を思い出す。
「確か、君がこの屋台を始めた理由は、屋台から焼き鳥を撲滅させる事が目的だったと思うが」
「そうだっけ?」
小首を傾げ、暫し考え、
「そうそう、そうだったー♪」
……なるほど、この娘も鳥頭か。
これは扱いやすいと内心でほくそ笑みながらも、それを表情に出す事無く話を続ける。
「なら、まずはもっとメニューの充実を図るべきだと思う。
そうだな。今の屋台の機能をそのまま使うような物が望ましいだろう。だとすれば、豚や牛肉なんかの串焼き。
珍しい所で焼き饅頭とかはどうだろう?」
「焼きまんじゅうー?」
「あぁ、餡の入って無い饅頭を串に刺して、甘く仕上げた味噌ダレを塗って焼いた郷土料理だ。
中には餡の入った物もあるらしいね」
「それはちょっと興味あるな」
妹紅も乗ってきた事に、霖之助は小さく頷き、
「まぁ焼き饅頭は置いておくとしても、豚や牛の串焼きをメニューに加えるとなると、ご飯を欲する客も増えてくるだろうね」
「でも、竈とか無いよー」
おまけに、牛や豚なども手配出来ない。現状のメニューにある八目鰻などは、全てミスティアが川から取ってきた物だ。
「それらは全て、僕の方で用意しよう」
牛一頭をまるまる仕入れたとしても、冷蔵庫のある香霖堂でならばある程度の保存は利く。
勿論、タダで売るつもりなど更々無いが、霖之助の目的としてはそれら以外の調味料や炭といった消耗品にある。
メニューが増え、売り上げが上がれば自然と消耗品の減りも早くなる。そこに肉やご飯と一緒に仕入れさせるように仕向けるのだ。
今、飲んでいる安酒だけではなく、何種類か酒を用意させるのも良いだろう。
……天子経由で天界の酒を仕入れるのも有りだな。萃香に頼んで酒虫を仕入れてくるのも良いかもしれない。
当たりを付けて交渉を開始。
当然、いきなり高値で売りつけるような真似はしない。初めは格安に、客が入り需要が増えてきてから仕入れ値と代金を徐々につり上げていく。
まあ、こんな辺鄙な場所に訪れるのは妖怪が殆どなので、人里での正当な単価など分からないだろう。
「あぁ、後、香霖堂の宣伝をしてくれるのなら、もう少し値引きしてもいいが」
「するするー。なんなら、香霖堂のCMソングも作るよー♪」
「ほう、それは楽しみにさせてもらおうか」
完成したあかつきには、丁稚の二人に人里の大通りで歌わせながらチラシを配らせるのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら、霖之助は出された串揚げに齧り付いた。