香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第64話 香霖堂の制服
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、先日アリスに発注した制服だが、手伝いの少女達には意外と評判が良かった。
 
 永江・衣玖の場合。
 
「おはようございます」
 
 礼儀正しい挨拶と共に朝一番にやって来た衣玖。
 
「おはよう」
 
 早速、持参した前掛けを身につけようとする彼女に待ったを掛けた霖之助は、カウンターの下から制服を一セット取り出し、
 
「実は君にプレゼントがあるんだ」
 
 真剣な表情で、服を差し出しながら、
 
「良かったら、仕事中はこの服を着て貰えないだろうか?」
 
 如何に制服とはいえ、彼女達は無給で手伝いに来てくれている立場。強制する権利は霖之助には無い。
 
 制服を受け取った衣玖はそれを広げると、色合いや形状から霖之助の服とお揃いである事を察し、
 
 ……これは、ぺあるっくというものでしょうか。
 
 休憩時間中に読んだ外の世界の本に書いてあった。
 
 何でもそれは、恋人同士のみが着る事を許されたお揃いの服との事。
 
 ……つまり彼は遠回しに、店主とお手伝いという関係から一歩進んで恋人になろうと言っているわけですね。
 
 空気を読んで、そう判断する。
 
 そして最終的な目標は、結婚して夫婦になる事だ。
 
「はい。喜んで受け取らせていただきます」
 
 柔らかな笑みを浮かべて、そう答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 小悪魔の場合。
 
「……森近。あの服の事なのだけど」
 
 霖之助に話し掛けたのは、小悪魔と一緒に香霖堂を訪れていたパチュリーだ。
 
 半分、瞼を閉じたような彼女の視線の先にはご機嫌な様子で棚の商品にハタキを掛ける使い魔の姿がある。
 
 但し、その身に纏う衣装はいつもの司書然としたタイトスカートの女性用スーツではなく、霖之助から手渡された青と黒の小袖だ。
 
「あの娘、紅魔舘に帰ってもあの恰好でいるのよ」
 
 ……まるで、これ見よがしに見せつけるように。
 
 そんなパチュリーの心の声など聞こえない霖之助は興味が無いのか、読んでいる本から視線も上げず、
 
「気に入ってくれたようで何よりだ」
 
 だからこそ気付かないのだ。
 
 彼女が手伝いに訪れる度に、制服を彩る装飾品が僅かずつではあるが、増えていっている事に。
 
 先週手伝いに訪れた時には、逆ナイロール型と呼ばれるレンズの下半分にフレームの付いた眼鏡。……色違いで、女性用と男性用の違いがあるものの霖之助のそれと良く似た形状の伊達眼鏡を掛けていたし、今日などは出掛ける前に三十分も掛けて頭頂部に髪を一房立てていた。
 
 それに、
 
 ……まだ完成してないみたいだけど、この前から空き時間に作ってるポーチ。アレは間違い無く森近の帯に装着されているのと同じ形をしていたわ。
 
「迷惑なようなら、止めるように言い聞かせるけど?」
 
「別にかまわないよ。何かしら実害が有るわけでもないし」
 
「でもほら、服が早く傷んだりするんじゃない?」
 
 必死に食い下がろうとするパチュリーの態度を不審に思い、ようやく霖之助が視線を彼女に向けた。
 
「……パチュリー。……もしかして君」
 
 何故だか分からないが、霖之助に真剣な表情で見つめられてパチュリーの鼓動が高鳴る。
 
 いや、それ以前に何故こうまでして小悪魔から香霖堂の制服を着替えさせようとしているのか?
 
「な、なによ……」
 
 顔が紅潮してまともに霖之助の顔を見ることが出来ない。
 
「もしかして君も、香霖堂で働きたいんじゃないのか? だから、そうやって小悪魔から制服を脱がして自分が着てみようと……。
 
 なるほど。そういう事なら遠慮はいらないとも。早速着替えてくるといい」
 
 勝手に納得して、パチュリーに真新しい制服を押し付ける。
 
「ちょ、ちょっと……」
 
「なに、心配は要らない。元より君に力仕事は期待していないからね。
 
 事務職の方でも、そろそろ人手が欲しいと思っていたんだ」
 
 強引に香霖堂の制服を押し付けられたパチュリーだったが、僅かに思案すると、
 
「……読書の合間の気分転換で良ければ手伝ってあげても良いわ」
 
「あぁ、それでかまわないよ」
 
 ……当然、給料は出ないが。
 
 その事は敢えて声に出さず、パチュリーも店員として香霖堂で働く事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 四季・映姫・ヤマザナドゥの場合。
 
「…………」
 
 身につけた制服の細部をチェックしながら、映姫は自分の制服だけが他の手伝いの少女達の制服と若干異なる事に小首を傾げていた。
 
 ……これは差別の一種でしょうか?
 
 思い切ってその事を霖之助に問うてみると、霖之助はやや呆れた表情で、
 
「まぁ、差別と言えば差別かな……」
 
 言って表情を改め、
 
「閻魔様……、いや映姫」
 
「は、はい」
 
 霖之助の真剣な表情に、思わず緊張する。
 
「君に、香霖堂の番頭を頼みたい」
 
「ば、番頭……」
 
 番頭――。それは、商家における店主に次ぐ地位を持った位で、能力のみならず店主から高い信用が無いと務まらない。
 
 ……つ、つまり、私の事を信用してくれていると。
 
「それに、これからは少ないながらも給料を支払おうと思う」
 
「い、いえ。――それは流石に」
 
 是非曲直庁では原則として副業は禁止されている。皆の模範となるべき閻魔が率先してそれを破るわけにはいかない。
 
 なので、
 
「お給料を頂くわけにはいかないのです。――勿論、今後もお店の手伝いとして番頭の位に恥じない働きはいたしますが」
 
「そうか……」
 
 神妙な表情で頷くものの、実は霖之助、是非曲直庁では副業が禁止されている事は小町から聞いて知っていた。
 
 その上で敢えて給料を出すと言ったのだ。……当然、断られる事を前提として。
 
 そんな下心を微塵も感じさせない真摯な表情で霖之助は言葉を続ける。
 
「じゃあ、これからも香霖堂の事を頼めるかい?」
 
「えぇ、任せてください。貴方と私、……そして他の手伝いの娘達と一緒にこのお店を盛り上げていきましょう」
 
 そう言うと、どちらからともなく手を差し出しシッカリと握手を交わした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 紅・美鈴の場合。
 
「……え? 制服ですか?」
 
「あぁ、これなんだが、一度袖を通してもらえるかい」
 
 言って、美鈴に制服を手渡す霖之助。
 
「あ、はい」
 
 真新しい制服を手に奥の部屋へ向かう美鈴だったが、五分と経たずに服の前をはだけさせた状態で戻ってきた。
 
「あの……、これってどうやって着るんですか?」
 
 図書館に勤めており、日頃から様々な書籍に触れている小悪魔やパチュリーは着物の着付けの仕方を知識として知っていたのだが、基本的に体育会系の美鈴にその知識は無かった。
 
 羞恥心が薄いのか、着物の隙間から覗くのを気にもせず霖之助に手伝いを願う美鈴。
 
 対する霖之助も余り気にした様子もなく立ち上がると、美鈴に着付けの仕方をレクチャーしながら着せていく。
 
 一通り着替え終わった美鈴であるが、足下の自由度が低い事が不満なのか、頻りに下半身を意識しているようだった。
 
「……ふむ、やはり和服は慣れないかい?」
 
「あ……、いや、その……、服自体は素敵だと思うんですけども、この服だと足技が出し辛くて」
 
 元々戦闘用に作った服でもないし、余り頑丈な生地を使っているわけでもないので、派手に暴れられても困るのだが……。
 
「分かった。なら、この辺にスリットでも入れてみようか」
 
 苦笑気味に告げて。美鈴の右足側を太股から足首に掛けてなぞる。
 
「あ、はい。お願いします」
 
 礼を述べると、早速その場で帯を解いて服を脱ぎ始める美鈴。
 
 羞恥心の薄い彼女に対し、霖之助はやれやれと溜息を吐きながらも背後を向いて見ないようにする。
 
 すると、暫くして脱ぎ終わったのか、美鈴から制服を手渡された。
 
「じゃあ、三十分ほど待っていてくれ」
 
 ここ暫く、針仕事はアリスに任せきりだったが、スリットを入れる程度の仕事なら、三十分もあれば充分だ。
 
 布地にハサミを入れると、当て布を施して切断面を強化。
 
 使用されるのは外の世界から流れ着いた電動ミシンだ。
 
 直線を縫う程度、このミシンさえあれば十秒もあれば事足りる。
 
 三十分どころか十分で仕上げた霖之助が戻ってくると、下着姿の美鈴が手持ち無沙汰にストレッチ運動をしていた。
 
「あれ? もう終わったんですか?」
 
「あぁ、確実、迅速、良品質が香霖堂のモットーだからね。
 
 ――それと、そんな恰好でストレッチをするのは、異性の前では避けた方が良いだろう」
 
 言われ、今の自分の恰好が大開脚状態なのに気付いた美鈴が僅かに頬を染めて、
 
「あはは……、すみません。お目汚ししました」
 
 そそくさと霖之助から手渡された制服を身につけていく。
 
 着替え中の美鈴に背を向けた霖之助は、その体勢のまま、
 
「いや、……一つ勘違いしないでほしいのは、君はとても魅力的な女性だという事だ。
 
 そんな君が、あられもない恰好をしていると、世の男達の理性が保たないという事を覚えておいてくれ」
 
 ……まぁ、人間の男が束になって掛かっていった所で、彼女には敵わないんだろうがね。
 
 とは思うが、敢えて口に出したりはしない。
 
 対する美鈴は一人の女性として見られている事自体初めての経験だったのか、先程とは比べものにならない程に頬を染め、
 
「あ……、は、はい。気を付けます……」
 
 消え入りそうな声でそう言った。
 
 やがて着替え終わった美鈴に対し、霖之助は渋い表情で、
 
「んー……、どうもその制服に、その帽子は合わないな。とってもらえるかい」
 
「あ、はい」
 
 素直に返事を返し帽子を取る美鈴だが、霖之助の表情は渋いままだ。
 
「ちょっと待っていてくれ」
 
 そう言って店の方へと姿を消す霖之助。
 
 残された美鈴としては、似合わなかったのかな? と密かにショックを受けざるをえない。
 
 だが、一分ほどで戻ってきた霖之助は美鈴を座らせると素早く背後に回り込み、手にした櫛で丁寧に彼女の髪を梳り始めた。
 
「あの……、霖之助さん?」
 
「あぁ、ちょっと待ってくれるかい」
 
 言いながら、優しい手付きで美鈴の髪を編み上げていく。
 
 一歩、二歩と下がり、美鈴の後ろ姿を見た霖之助は満足そうに頷き、
 
「うん、これで完璧だな」
 
 言われ、姿見の前に立たせる。
 
 そこに映るのは、いつものがさつな雰囲気など微塵も感じさせない、楚々とした感じの女性が居た。
 
「これ……、私ですか?」
 
「当然だろう。君は自分の容姿に、もっと自信を持つべきだと僕は思うがね」
 
 言って、軽く美鈴の背中を叩き、
 
「さあ、今日もよろしく頼むよ」
 
「は、はい! 頑張ります!」
 
 元気良く返事を返し、店を出て人里へと駆けていく美鈴。
 
 その背中を見つめながら霖之助は思う。
 
 人里での仕事がメインの美鈴用に、制服を特注で仕立てさせたのだ。彼女の髪は綺麗だとは思うが、そのままでは特注で仕上げた装飾が無駄になってしまう。
 
 わざわざ一手間加えた甲斐あって、元気良く駆けていく美鈴の背には憚る物無く香霖堂の三文字が大きく輝いていた。
 
「うん、完璧だな」
 
 独りごち、霖之助はいつものようにカウンターに戻ると本を広げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ミスティア・ローレライの場合。
 
「やあ」
 
 屋台を開くミスティアの元に霖之助が訪れた途端、夜雀は敵意を剥き出しにして、
 
「帰れ帰れ帰れー♪ やっぱりその前に屋台直せー♪」
 
 歌うように抗議の声を挙げた。
 
 対する霖之助はわざとらしく大袈裟に肩を竦め、
 
「どうやらその件に関しては誤解があるようだね。後日、ゆっくり話し合おうじゃないか」
 
 言いながら、自然な仕草で椅子に腰を下ろす。
 
 いつもならばそこで注文を聞いてくるのだが、霖之助相手に警戒しているのか、それとも客としてみなしていないのか、一向に注文を取る気配は見受けられない。
 
「やっぱり、アンタって悪い奴だったの? 青いの」
 
 ミスティアの代わりに霖之助に声を掛けてきたのは、客として飲みに来ていた以前霊夢に本を強奪された妖怪少女だ。
 
「失礼な。彼女との間に、ちょっとした誤解があるだけだよ。
 
 僕ほどの善人。幻想郷中を探しても、五人と居やしないだろうね」
 
「怪しいなぁ」
 
 けらけらと笑いながら八目鰻の串焼きを頬張る妖怪少女。
 
「それで? 何か用ー♪」
 
 ようやく霖之助の前にコップが置かれたので口を付けてみたら、酒ではなく水だった。
 
 僅かに眉を顰める霖之助としてやってりな表情のミスティア。
 
 霖之助は大仰な溜息を吐き出すと、持って来た包みを取り出し、
 
「今日は取り敢えず詫びの品を持って来ただけだよ」
 
 包みを差し出し、
 
「こんな仕事をしていると、油跳ねなんかで服の汚れが大変だろう。
 
 良かったら、仕事中はこの服を着てくれればいい」
 
 包みを受け取ったミスティアが包装を解くと、中からは青と黒の小袖とエプロンが出てきた。
 
「ま、まあ一応。貰っておくけどー。これで許したわけじゃないからー」
 
「当然、これくらいで誤解が解けるとは思ってないとも」
 
 言って立ち上がり踵を返す霖之助に対し、ミスティアは慌てて彼を呼び止めると、焼き上がっていた何本かの串を笹皮に包み、
 
「これ、持って行きなさいー。……言っておくけど、ただの余り物だからー。許したわけじゃ無いからー」
 
「分かってるよ」
 
 ミスティアから包みを受け取ると手を振りながら去って行く霖之助。
 
 彼の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、ミスティアは客の妖怪少女に屋台の番を任せ自身は背後の藪に身を隠し、
 
「これは服が汚れるのがいやだから、ちょっと着替えるだけー」
 
 他の少女達と違い、油仕事の多い彼女の為に前掛けではなくエプロンを用意してあるのは霖之助なりの気遣いか。
 
 着替え終わったミスティアはくるりと一回転して服の具合を確かめてみると、
 
「まぁまぁかもー♪」
 
 ご機嫌な調子で歌を口ずさみつつ、仕事に戻っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 メディスン・メランコリーの場合。
 
「せーふく?」
 
 意味が分からないのか小首を傾げて問うてくるメディスンに対し霖之助は小さく頷くと、
 
「そう、制服だ」
 
 一息を入れ、まず己の中にある思考を整理。然る後、蘊蓄を開始する。
 
「制服とは、ある一定の集団や組織における所属者が着用を義務づけられた服の事だ。
 
 これを身につける事により、一見しただけで、何処の組織に所属しているのか第三者からでも分かるのがメリットと言えるだろう。
 
 幻想郷で制服を採用している所といえば、永遠亭の妖怪兎達や紅魔舘の妖精メイド達が挙げられるね」
 
 それには心当たりがあるのか頷き返すメディスン。
 
「それと同じような物だ。
 
 これは香霖堂に所属する者の証と言っても良いだろう」
 
「でも、あの幽霊付きは着てないわよ?」
 
 メディスンの指さす先に居るのは掃除中の妖夢だ。
 
 霖之助は静かに頷くと、
 
「彼女はまだ見習いだからね。制服を着る権利すらないんだ」
 
 その説明で納得したのかメディスンは数度頷くと、
 
「なるほど。ダメダメって奴ね」
 
「その通り。ダメダメってヤツだ。もしくは半人前という覚えておくといい」
 
 妖夢が抗議の声を挙げようとするが、いつも通り無視。
 
「分かったわ。――つまり、コレを着れば私も仲間が出来るのね」
 
 ……仲間か。
 
 それを聞いた霖之助は、僅かに考え、
 
「そうだね。仲間だ。――だけど覚えておくと良い。
 
 仲間というのは君が困っている時には力を貸してくれる存在であるが、君が間違った事をしでかした時には全力で止めに入る存在だという事を」
 
「……良く分からないわ」
 
「なに、その内分かるようになるさ」
 
 言っている霖之助としても他意は無い。面倒事に巻き込まれないように予め釘を刺しておこうというだけだ。
 
「さあ、着替えて人里に行って鈴蘭を人間達に普及してくるといい。あぁ、そうそう、脱いだ服は洗って解れを繕っておいてあげるから、そのまま置いておくといい」
 
 勿論、洗濯するのも解れを繕うのも丁稚の仕事だ。
 
「ありがとう。香霖堂って良い人だね」
 
「なに、仲間なら当然だよ」
 
 笑顔を交わすメディスンと霖之助から僅かに離れた場所。
 
 彼らの会話を聞いていた妖夢はどこか諦めきった表情で、
 
「あの……、私も仲間なんですよね?」
 
 その呟きに対する返答は、やっぱり無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 比那名居・天子の場合。
 
「さあ、私にも制服とやらを渡しなさい。――特別に着てやっても良いわ」
 
 自信満々に告げる天子を一瞥した霖之助は、そのまま視線を読みかけの本に落とした。
 
「ちょっと、話聞いてるの!?」
 
「聞いてないよ」
 
「聞けぇ――!!」
 
 地団駄を踏み始める天子。
 
 無視してもいいのだが、騒がし過ぎて読書に集中出来ないので、仕方無く相手をしてやる。
 
「言っておくが、君は妖夢と同じ丁稚扱いだからね。制服は無いよ」
 
「アイツ前掛けしてるじゃない!」
 
「君は自前のがあるだろう」
 
「新品が欲しいのよ! 新品が!」
 
 駄々をこねる天子。
 
 対する霖之助はいつもの事だと溜息を吐き出して引き出しから耳栓を取り出して装着。
 
 無視して読書に集中する事にした。
 
 こうなると霖之助が意地でも動かないのは分かる程度には天子も香霖堂歴は長い。
 
 早々に駄々をこねる事を諦めて奥の部屋へ向かった。
 
「ふふん、そっちがその気なら私にも考えがあるわ」
 
 奥の部屋に辿り着いた天子は、タンスを漁り始める。
 
 丁稚用の前掛けなどには用はない。彼女が狙うのは正社員用の制服……ですらなく、霖之助が着ている店主用の物だ。
 
 タンスを虱潰しに探した結果、残るは一番下の引き出しのみ。
 
「ここね!」
 
 勢いよく引き出しを開けると、視界いっぱいに傘の先端が映り、次の瞬間には眉間に強い衝撃を受け吹き飛んだ。
 
「…………?」
 
「まったく……。香霖堂の丁稚という事で今まで見逃してきてやりましたけど、霖之助さんの着替えに手を出すとあっては、放っておけませんわ」
 
 突然の衝撃に目を白黒させる天子の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある女性の声だ。
 
 慌てて上半身を跳ね起こしてみると、そこには予想通りの女の姿が――、
 
「八雲・紫!」
 
「お久しぶりね。会いたくなかったわ」
 
「それはこっちの台詞よ!」
 
 一触即発の雰囲気を纏ったまま睨み合う両者。
 
 紫としては香霖堂の中で弾幕ごっこを開始して店を壊し霖之助に嫌われるのだけは絶対に避けたい所であるし、天子としても呪いで店内における力の行使を封じられている状況なので店の中での弾幕ごっととなれば一方的に攻撃を受けるしかない。
 
 とはいえ双方共に相手に弱みを見せたくないので店外での戦闘に誘うわけにもいかず、睨み合いが続き、時間だけが過ぎていった。
 
 そんな中、空気を読まずに部屋に入って来たのは博麗神社の巫女こと、博麗・霊夢だ。
 
 彼女はブチブチと文句を言いながら服を脱ぐと、手慣れた仕草で引き出しから霖之助の服を取り出して身につけていく。
 
 その余りに自然な仕草に口を挟めずにいる二人を無視して、霊夢は脱いだ服を持つと再び店の方へ赴き、
 
「じゃあ霖之助さん。服の修繕お願いね」
 
 そんな声が聞こえてきたので、慌てて店の方に行って顔を覗かせる天子と紫。
 
 そこでは霖之助の服を着た霊夢が、余裕の表情でお茶を飲んでいた。
 
「分かったよ。……ところで霊夢、わざわざその服を着なくても、もっとサイズの合いそうな服もあっただろう」
 
 霊夢の予備の巫女装束やら、早苗の予備の巫女装束やら、店の制服やら、だ。
 
 対する霊夢は周囲を見渡して、香霖堂の制服を着た少女達に勝ち誇った視線を向けると、
 
「別に良いじゃない。――私と霖之助さんの仲なんだし」
 
「ヤレヤレだ」
 
 諦めの溜息を吐き出し、文句を言いながらも修繕を開始する霖之助。
 
 他の少女達は、霖之助の服を賭け霊夢に弾幕ごっこを挑むべくスペルカードのチェックを開始した。
  
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