香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第61話 本日休業(露店編)
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
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食事を終えて帰宅する道中。人里の広場の一角で、霖之助は奇妙な物を見つけた。
おそらく拾ってきたのであろうボロボロの茣蓙を道端に敷き、その上に土の付いたままの鈴蘭を無造作に並べただけの露店。
まぁ、それだけならば教養の無い妖精か知能の低い妖怪が人間の真似事をしているだけだと思い通り過ぎただろう。……だが、その露店を開いているのは妖精でも妖怪でもなく人形だった。
……人形が露店の店番?
となると、これは魔法の森に住む人形遣いの仕業だろうか? そう考え周囲を見渡してアリス・マーガトロイドの姿を探していると突然手を引かれて路地裏へと引き込まれた。
……何事か? と自分を路地裏へ引き込んだ人物を見やってみると、そこでは特徴的な帽子を被った青色のワンピース姿の知的な雰囲気を纏う女性が、半身になって物陰から件の人形の様子を観察している所だった。
「……一体、何の用だい? 慧音」
不機嫌そうな声色で問い掛ける霖之助に対し、慧音は露店の人形の方に気を払いつつ霖之助の方に向き直り、
「急にこんな所に引き込んで悪かった。――丁度、お前に用事があった所だったんだ」
その慧音の言う用事とは……。
「あそこで露店を開いている人形だが、名前を――」
「メディスン・メランコリー。……毒を操る程度の能力を持つ人形か」
彼の能力を持ってすれば、人形であるメディスンの名前と用途を知る事くらいは造作も無い。
……そう言えば、幻想郷縁起にも名前が載っていたな。
記憶の隅からメディスンに関する情報を探り出す。
「あぁ、その通りだ。そして、人間への友好度は悪い」
もし彼女が本気で人間の里への襲撃を行った場合、確実に八雲・紫などの妖怪の賢者達が動き、メディスンは屠られるだろうが、人間も多数の死傷者が出るだろうと予測される。
それを回避する為、彼女と人間とのコミュニケーションを高めてもらう事も兼ねて、八意・永琳に仲介に入ってもらい、メディスンに露店での売り子紛いの真似をやってもらっているのだが……、
「まぁ、あれだけ無愛想にしていれば客なんて来ないだろうね」
というか、全身から来るなという気配が漂っている。
「……それで、僕にあの娘の面倒を見ろと言うわけか」
「その通りだ」
商売が上手くいくようになれば、メディスンも人間達に気を許すようになるだろう。という慧音の思惑がある。
「勿論、私も全力で手伝う。――だから頼む。力を貸してくれ」
深々と頭を下げられる。
本来ならば、受けた所でメリットも無いような話しなのだが、彼女には負い目がある為、正面から頼まれると断るわけにもいかない。
霖之助は小さく嘆息すると、慧音と共にメディスンの元へ向かった。
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「やあ、売れ行きはどうだい?」
いきなり声を掛けてきた霖之助に対し、メディスンは露骨に嫌そうな顔で、
「何よアンタ」
と、余り友好的でない返答を返す。
まあ、その程度は予想の範囲内だ。霖之助は全く気にしてないような態度で、
「僕は森近・霖之助。魔法の森の入り口で店を構えている商人だ。
人形が商売をしているだなんて随分面白いと思ってね」
対するメディスンはつまらなそうに鼻を鳴らし、
「ふん、もう止めよ、止め。全然面白くないもの」
言い捨て立ち上がると、手元の荷物を手早く纏め、踵を返して霖之助達の元から去ろうとする。
そんなメディスンの背中に向け、霖之助は声を投げ掛けた。
「なんだ、君の負けか。――案外つまらない結果に終わったな」
その言葉にメディスンの歩みが停まる。
「どういう意味よ……?」
自身としてはつまらないから止めるだけであって、微塵も負けたとは思っていなかったメディスンに対し、霖之助の放った言葉は彼女のプライドを刺激するのに充分なものだった。
「なに。君は商売が上手くいかなくて止めるのだろう?
商売とは、金銭と商品を用いた弾幕ごっこのようなものだ。
一つも商品が売れなかったから、尻尾を巻いてオメオメと逃げる。……これが負けでなくて何だと言うんだい?」
「――私は負けてない」
「まぁ、そう思うのは君の勝手だ。好きにすると良い。
……もっとも、本気で商売で勝利したいというのなら、付いてくるといい。
商売のイロハというものを教えてあげよう」
そう告げると、踵を返して慧音を伴い愛しき我が家への道を歩き始めた。
暫くは去って行く霖之助達の背中を見つめていたメディスンだったが、やがて彼らの後を追うように、魔法の森の方へ向けて小走りで駆け出した。
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魔法の森の入り口に建つ、一見した所、用途不明のゴミ屋敷にしか見えない建物。――それが香霖堂だ。
帰宅した霖之助は、留守番を言付けていた小傘にお茶を淹れてくれるよう頼み、自らは愛用の椅子に腰を下ろすと、慧音とメディスンに適当な椅子を勧め、
「さて……、まずはあの茣蓙だな」
流石にあんなボロボロの茣蓙の上に商品を載せられていては、購買意欲を無くす。
その事を言うと、慧音は呆れた眼差しで霖之助を見つめ、
「分かってはいるんだな……」
分かっていながらも整理しようとしない店外のガラクタ。
……店の中は一応、掃除はされているようだが、……というか、そもそもさっきの娘は一体誰だ?
疑問が渦を巻き、思考がループする慧音を尻目に霖之助はお茶を持って来た小傘にビニールシートを探してくるように告げた。
それを見た慧音は慌てて手伝う為に後を追い、残された霖之助はメディスンと共に商品について考える。
「売り物だが……、見ていた限り鈴蘭で良いのかな?」
「そうよ! ――それにしても人間は馬鹿ばかりね。こんなに可愛いスーさんに見向きもしないだなんて」
「まぁ、鈴蘭を土の付いたまま貰っても、困るだろうしね……」
取り敢えず、鈴蘭は店の裏に大量に余っている手の平サイズの小さな鉢植えに植えて売る事にしたのだが、それだけではどうも寂しいので、他にも何か商品を出す事にする。
「鈴蘭を元にして作る商品か……。香水やポプリ、アロマテラピー、押し花の付いた栞なども有りか……」
初めて耳にする単語が幾つかあった為、小首を傾げるメディスンであったが、その辺は霖之助が用意してくれると聞いて、取り敢えず頷いておいた。
「とはいえ、原材料がなくては話しにならないんだが……、君はどれくらいの量の鈴蘭を用意する事が出来るんだい?」
その問いに対し、メディスンは胸を張り、
「ふふん、どれだけでも出来るわよ!」
何しろ彼女が根城にしている“無名の丘”は、人間はおろか妖怪さえも近づかないので、踏み荒らされないままの鈴蘭が大量に群生している。
「なら、明日の朝にでも、早速家の丁稚を向かわせよう。……そうだな、ざっと風呂敷二つ分位の量を用意しておいてもらえるかい?」
「お安い御用よ!」
ドン、と力強く自分の胸を叩くメディスン。
勿論、霖之助とてボランティアでそこまでしてやるつもりは無い。
加工料として売り上げの何割かは貰うつもりであるし、彼女には人里の方で香霖堂の宣伝もしてもらうつもりだ。
その為にも……。
「次は挨拶の練習だね。……これは僕よりも慧音に手伝ってもらった方が良いか。
おーい、慧音。ちょっと来てくれ」
こうして、呼び出された慧音によって客への正しい対応をメディスンは学んだ。
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それから数日後。
人里の広場の一角にシートを広げるメディスンの姿があった。
そして以前と同じように物陰に潜んで、彼女の様子を観察する霖之助と慧音。
「……霖之助」
「まぁ、それほど心配する必要は無いんじゃないか。練習じゃ上手く対応出来ていたわけだし」
「いや、その事はそれほど心配はしていない……。私が気になっているのは」
僅かに言い淀みつつも、メディスンが広げる露店の右端。
そこに立て掛けられた看板を指さし、
「アレは、本当に必要なのか……?」
そこには『香霖堂第三支店』の文字。
「当然必要だ」
霖之助曰く、幻想郷縁起で人間友好度:悪に分類されているメディスンに対する警戒を少しでも抑える為に、人里でも有名な香霖堂の名前を使っているのだという。
そう。……これはあくまでもメディスンの為であって、香霖堂の宣伝とか密かな事業拡大など微塵も思っていない。
――ちなみに、メディスンの露店の売り上げの七割は霖之助が加工代として貰っていくつもりである。
……まぁ、その内この露店でも古道具を扱わせるつもりだけどね。
霖之助がそんな事を企んでいるとは露知らず、まるで我が子を見守るような心境で、慧音は霖之助と共にやって来た客に対応するメディスンの様子をそっと見守った。