香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第60話 本日休業(食事編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「では、今後ともご贔屓に――」
 
 人里にある大きな屋敷。
 
 その玄関で深々と頭を下げた男が家を後にした。
 
 幻想郷の人間の里における庄屋の屋敷。家としての歴史や財政力では稗田家や霧雨家に劣るものの、人里内における権力という面ではかの二家よりも上回る。
 
 ……とはいえ、件の二家が本気を出せば容易に庄屋の地位を剥奪出来るともまことしやかに囁かれているが。
 
 ともあれ、その庄屋の家で一仕事を終えた霖之助は上機嫌で香霖堂への帰路を歩いていた。
 
「それにしても……」
 
 懐の札束を確認し、僅かにほくそ笑み、
 
 ……予想以上に高値で売れたなぁ。
 
 元々、副業の骨董品鑑定で庄屋とは多少の面識はあったのだが、試しに外の世界の道具を売りに出してみたところ、飛びついてきた。
 
 今回、彼に売った道具の名称はロボピッチャー。用途は球を投げる。
 
 おそらく外の世界でも、弾幕ごっこのような決闘があるのだろう。
 
 山の巫女こと、東風谷・早苗がスペルカードルールに平然と参加していた事からも、それは間違いあるまい。
 
 このロボピッチャーという道具は、弾幕合戦における初心者の回避練習用として作られた物ではないかと霖之助はにらんでいる。
 
 ……なかなかの稀少品だったが、こんな高値で売れたのなら文句は無いな。
 
 なにしろ香霖堂の倉庫には、もう一台ロボピッチャーがあるのだ。
 
 但し、こちらは庄屋に売った物と違い、用途は信号を撃ち出すと霖之助の能力は見いだした。
 
 物は試しと実際に起動させてみた所、上空に『ボスケテ』という狼煙を撃ち上げてくれた。
 
 ――ボスケテ。
 
 一緒に見学していた霊夢や魔理沙も、何の事か分からず首を捻るばかりだったが、霖之助の明晰な思考力と知識は即座にそれが何の事を示しているのかを判断した。
 
 ボの濁点はノイズなので取り除いてホとし、これを分解すると十と八になる。
 
 十はその形状から基督教における象徴を意味し、八は“や”すなわち夜を意味する。
 
 つまり、夜の十字架という事だ。
 
 とはいえ、コレだけでは正直、何の事だか分からない。……だが、ここにスケが入る事で意味が変わってくる。
 
 スケとは女の俗語であり、そこにテ(手)が加わる事により、『夜、女の手の中にある十字架』という解読する事が出来る。
 
 さて、夜中に女性が手に十字架を握るというのはどんな時だろう?
 
 それは絶望に戦き、信じる神に助けを求めている時に他ならない。……だが、時刻は夜だ。走ったりして騒音を発てられては、既に就寝している人達に対して申し訳が立たないと殊勝な女性なら思うだろう。
 
 とはいえ事は一刻を争う。急いで来て欲しいというのもまた事実。
 
 それらを踏まえた上で僕が出した結論は、『神様(ボス)、決して走らず、急いで歩いてきて、そして早く私を助けてください』という意味合いが隠された暗号に違いない。
 
 自信満々の態度でそう言ったら、呆れた表情で、それだけは無いと却下された。
 
 ……結構、合ってると思うんだが。……今度、外の世界に詳しい山の巫女か紫にでも聞いてみよう。
 
 そんな事を考えながら歩いていると、霖之助の鼻腔をくすぐる香りが漂ってきた。
 
 懐から懐中時計を取り出して時刻を確認。
 
「そろそろ昼時か……」
 
 本来、食事の不要な霖之助には関係無い事ではあるものの、今日は懐も温かいし気分が良いという事もあり、手近な食堂の暖簾を潜った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日は天気が良い為か、店中の窓を開け放ち心地良い風を店内に取り込んでいる為、手狭な感じがする筈の店でありながらも閉塞感を感じる事が無い。
 
 霖之助は女性店員に案内された座敷テーブルに腰を下ろし、壁に書かれたお品書きの中からカレー丼を注文した。
 
「ふう……」
 
 座布団に腰を下ろした霖之助は、出されたおしぼりで両手を拭い人心地吐き、何とはなしに壁に書かれたお品書きを眺める。
 
 ……うん。賑やかな食卓も悪くは無いが、こうして一人で食事というもの偶には良いものだ。
 
 食事というものは本来、他の生命を自らの内に取り込む事により、自身を生き永らせる行いだ。――それに対し、食材の味や性質を把握し長い年月を掛けて培ってきた調味料を駆使した究極の娯楽が料理だ。
 
 人間という生き物は生命維持の為の行為でさえ娯楽として楽しもうとする。
 
 そのような行為、世界中のどのような生物でさえ、例え闇の生物である妖怪や悪魔であっても行わない。……彼らは生き血を啜り、屍肉を啄み、生肉を食らうだけだ。
 
 ……まったく、大した生き物だな人間というものは。
 
 とはいえ、本来ならば必要のない食事を、こうして摂りに来ている時点で自分は人間よりも更に度し難い存在なのかもしれないが。
 
 そんな益体も無い事を考えながら料理がやって来るのを待っていると、店員がやって来て、
 
「すみませんお客様。――相席よろしいでしょうか?」
 
 と問い掛けてきた。
 
 今日は一人で食事を摂りたい気分だったのだが、時刻は昼時を迎え店内は人が溢れかえっているような状況だ。
 
 ここで断るのは流石に気が引けたので了承した。
 
 店員に促されやって来た客は白のワイシャツと赤のもんぺをサスペンダーで吊った長い白髪の少女、藤原・妹紅だ。
 
「ありゃ? 香霖堂じゃないか。……珍しいね、アンタが人里にまで出てきてるなんて」
 
 軽口を言いながら霖之助の対面に腰を下ろす妹紅。
 
 彼女はお品書きを一瞥すると、通りがかった女性店員に向かってシーフードカレーを注文した。
 
「……シーフードカレー?」
 
 その注文を聞いて不審げに眉根を寄せたのは店員ではなく、意外な事に霖之助だった。
 
「ん? シーフードカレーがどうしたって?」
 
 店員が去るのを見送った妹紅は霖之助に向き直り問い掛けてみた。
 
 普段ならば、波風を立てないようにしている霖之助ではあるが、妹紅には以前、輝夜と二人で香霖堂を半壊させられたという恨みがある。
 
 ……遠慮してやる義理も無いな。
 
 そう結論した霖之助は一息を吸い、
 
「まぁ、相手が君だから言わせてもらうが、……ハッキリ言ってシーフードカレーは無いな」
 
 流石にその言葉は予想外だったのか、思わず間抜けな返事を返してしまう妹紅。
 
「うん?」
 
 対する霖之助は構う事無く言葉を放つ。
 
「カレーは幅広い応用の利く素晴らしい料理だ。何を入れても美味しい。
 
 意外と思うだろうが、水炊きした大根や納豆などにも合う。
 
 だが、……いや、だからこそ、シーフードだけは認めない。
 
 何だ、貝とかイカとか、そんな物を入れたらカレーが死ぬ」
 
 初めの内は霖之助の放つ迫力に押されていた妹紅であるが、そこまで言われて我に返ったのか強い力を放つ眼光で対面に座る男性を睨み付け、
 
「ハッ、全然分かってないのはアンタの方だ香霖堂。
 
 カレーは強い食べ物だ。シーフードの具材を入れた程度じゃ死なん! 何度でも甦るさ!」
 
 力説で霖之助に反論する妹紅だが、霖之助本人は至ってクールなまま、否、それどころか冷笑を浮かべ、
 
「ヤレヤレだ。物を知らない子供はこれだから困る」
 
 実際の所、霖之助よりも妹紅の方が大分年上なのだが、この際、そんな事は気にしない。
 
「言葉で説明するよりも、実物を見せた方が話が早そうだね」
 
 言うと同時、まるでタイミングを見計らっていたかのように、店員が霖之助の注文したカレー丼を持ってやって来た。
 
 霖之助は黙ってそれを手に取ると妹紅に向けて差し出し、
 
「これこそがカレーライスから分派し、和食とインド料理との高い次元での融合を成功させた究極の一品――」
 
 仰々しい手付きで丼に載せられた蓋を外し、
 
「カレー丼だ……!」
 
 丼の上に掛けられたやや黄色みの強いルーは、出し汁で延ばされ幾つかの香辛料を新たに加えられた一品。
 
 具材は鶏肉にタマネギ、そして炙った長ネギとシンプルにして長年を掛け洗練された物を使用。
 
 付け合わせのお新香は沢庵とキュウリの浅漬けの二種類。
 
 自身に満ちた表情で勝利を確信する霖之助だが、対する妹紅は失笑すら浮かべて、
 
「これが究極の一品? は……、はは……、ははははははは!」
 
 一息、
 
「――自惚れるなよ小僧」
 
 指を一本立てた右手で、そのカレー丼を指さし、
 
「カレー用のルーに追加で香辛料を加えた所為で若干薬臭い。
 
 醤油を加えた為、醤油の風味が香辛料の香りを邪魔している。
 
 くず粉でとろみをつけてある為、なかなか冷めにくい。逆に言えば、熱くて食べにくい。
 
 そして最後に、そのお新香だ」
 
 最後に指摘したお新香。
 
 心当たりがあるのか、霖之助の表情に僅かな動揺が走る。
 
「……気付いているようだね。――そう、カレーを食べる上で福神漬け以外の付け合わせは絶対に認めない。――絶対に、だ! 反論は認めない」
 
「ッ!?」
 
 ……拙い。何か反撃の糸口を。
 
 表面上は何とか平静を取り繕いながらも、内心で焦る霖之助。
 
 どうにかして打開策を打ち出そうとする霖之助の背後、衝立の向こうから煩わしそうな声が聞こえてきた。
 
「まったく……。騒がしいですね。食事くらいもっと静かに出来ないんですか」
 
 年若い女の声だ。
 
 立ち上がり、衝立の向こうからこちらを覗き込んできたのは、茶色がかった黒髪をおかっぱにカットした黄色い着物に大きな花の髪飾りが印象的な少女。
 
 人里一の名家、稗田家の当主である、稗田・阿求だった。
 
「なんだ、貴方達でしたか……」
 
 呆れた表情で告げる阿求は、そのまま衝立を越えて霖之助の隣の席に腰を下ろし、
 
「いい歳した大人が、何をつまらない事で言い争っているんですか。まったく……」
 
 言って、席を移る時に持参した湯飲みのお茶を啜り、注文の品を持ってきたのにも関わらず肝心の客の姿が見えない事にあたふたする店員に対し手を挙げて、こちらの席に移った事を知らせ、料理を受け取る。
 
「やぁ、来ました来ました。頂きましょう」
 
「待て阿求」
 
 早速、スプーン片手に料理に手を付けようとする彼女を霖之助が止めた。
 
「何ですか? 私、お腹が空いてるんですけど」
 
 憮然とした態度で告げる阿求だが、霖之助は彼女の顔など見ていない。
 
 彼の視線の先にあるのは、阿求の手にした料理の盛られた皿だ。
 
 みじん切りにされたニンジンやタマネギといった野菜と共に香辛料を加えたご飯を黄金色に輝くまで炒められた料理。
 
 浅い底の器には、お米が椀型に盛られ、その中央には意図的に凹みが作られており、そこには生卵が落とされている。
 
 だが、その料理から漂ってくる香りは、間違い無くカレーのそれだ。
 
「……何だその、……カレーを愚弄したような食べ物は」
 
「……はい? すみません。今、ちょっと聞きにくい言葉が聞こえたような気がしたので、もう一度言ってもらえますか?」
 
 一度、見聞きした事を忘れない程度の能力を有する阿求でも聞き取れなかったものは覚えようがない。
 
 まぁ、そういう事もあるか、と霖之助は改めて同じ言葉を放つ。
 
「何だ、そのカレーを愚弄したような食べ物は?」
 
 今度は良く聞こえるように、少し大きな声で言ってやる。――途端、霖之助の顔に阿求の小さな拳が突き立てられた。
 
「まったく……、これだから学の浅い輩は困ります。
 
 いいですか? これこそが人類が試行錯誤の末に完成させたカレーの最終形態ドライカレーです」
 
「は? 何言ってんだアンタ、カレーの最終形態にして究極かつ至高と言ったら――」
 
 丁度、料理を持って来た店員から皿を受け取った妹紅がそれを手に自信満々の表情で、
 
「シーフードカレーに決まってるだろ」
 
 それを聞いた阿求はあからさまな嘲笑を浮かべ、
 
「ちょっと聞きましたか? シーフードカレー如きが最終形態にして究極かつ至高だそうですよ?
 
 よっぽど、今までさもしい食生活を送ってきたんですね。可笑しいを通り越して、思わず同情してしまいそうです」
 
「まぁ確かに君の家柄が立派なのは認めるがね。
 
 正直、味覚は逝かれてると断言しておいてやろう」
 
「まぁ、お前等もどっちもどっちだけどな」
 
 六つの眼光が交差した時、一触即発の空気に割り込むように声が放たれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「この勝負、我々永遠亭が預かった!」
 
 声の方に三人が同時に振り向いてみると、そこには困り半分、面白半分といった表情の八意・永琳と彼女の弟子である鈴仙・優曇華院・イナバ、そして永遠亭の妖怪兎達を束ね、霖之助の交渉術の師匠たる因幡・てゐの三人が居た。
 
 鈴仙とてゐの持つ荷物からして、人里に薬売りに来たのだろう。
 
「アンタ達がどれだけ言い争っても、決着着きそうに無いからね、代わりに私達が審判してあげようっていうのさ」
 
 ……確かにてゐの言う通り、このままでは永遠に決着が着かないだろう。
 
 霖之助としてはてゐの提案はありがたいが、
 
「君はどうだい?」
 
 問い掛けの先に居るのは妹紅だ。
 
 彼女と永遠亭との確執は、既に幻想郷では知らない者は居ないと言われる程有名である。
 
 永遠亭の連中が妹紅に不利な審議をしないとも限らない。
 
 ……が、意外な事に妹紅はアッサリと、
 
「別にかまわないよ。そっちの方が手間が省ける」
 
 曰く、彼女と確執があるのは、あくまでも蓬莱山・輝夜一人であり、永遠亭の他の住人達に対しては恨みなど微塵も無いとのこと。
 
 そしてそれは永琳達も同じらしく、彼女からすれば、姫の喧嘩友達にしか思っていない。
 
 ――そもそも、不老不死である蓬莱人同士の殺し合いなど、スペルカードルールでの弾幕ごっこよりも遙かに安全なのだ。正直、遊び以外の何ものでもないだろう。
 
 となってくると、阿求が断る道理も無く、こうして永遠亭審判の元【第1回・bPカレー選抜大会】が開催された。
 
 ルールは簡単。永琳、鈴仙、てゐの三人が、それぞれ霖之助のカレー丼。妹紅のシーフードカレー。阿求のドライカレーを1/3ずつ食してどれが一番美味しいかを決めるだけだ。
 
 三人が交互に提供されるカレー料理を食していく。
 
 面白そうに食べるてゐ、味わいながら食べる永琳、何故か霖之助に対し申し訳無さそうに食べる鈴仙、とそれぞれ食事風景に差はあるものの、30分と経たずに全ての皿を完食してみせた。
 
「では、これより審査に入ります」
 
 そう宣言して、三人が霖之助達の席から目の届かない場所に消えた。
 
 それを見送った霖之助は、自身に満ちあふれた表情で、
 
「まあ、この器の状況を見れば、カレー丼の勝ちは確定なわけだがね」
 
 それを聞いた阿求は呆れた表情で、
 
「寝言は寝てから言ってください。
 
 どうみてもドライカレーの勝ちに決まってるじゃないですか」
 
 対して妹紅は肩を竦め、
 
「二位決定戦は色々大変だな……。まぁ、一位はもう決まってるから、私としてはどっちでも良いけど」
 
 三者の視線が交錯し、見えない火花が飛び散る。
 
 ……とはいえ、この啀み合いも永遠亭の連中が結果を報告しにくれば終わりを迎える。……筈だったのだが、五分経っても、十分が過ぎても誰一人姿を現さない。
 
 不審に思って三人が揃って永琳達の消えた方に確認に行くも、そこに彼女達の姿は無く店員が言うには既に帰ったとの事。
 
 事ここに至り、彼女達の狙いに気付いた霖之助は愕然とした表情で、
 
「……やられた!? まんまと昼食だけをたかられた!」
 
 間違い無く、因幡・てゐの入れ知恵だろう。
 
「あの兎ッ!?」
 
 咄嗟に駆け出そうとする妹紅だが、彼女の肩を掴み、引き留める者が居た。
 
「お客さん。お勘定」
 
 満面の笑みを浮かべる店員だ。
 
 同時、思い出したかのように妹紅のお腹が空腹を訴えるように鳴る。
 
 彼女は僅かに視線を彷徨わせた後、お品書きを見つめ、
 
「掛け蕎麦、追加でお願い……」
 
 そう告げて、すごすごと自分の席へ戻って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「何故、君まで掛け蕎麦なんだ? 一応、名家なんだろう君の家は。もっと良い物を注文したらいいだろうに」
 
 妹紅と同じように掛け蕎麦を注文した霖之助が嫌味混じりに問い掛けると、阿求はふて腐れた表情で、
 
「そうしたいのは山々なんですが、最近、何処ぞの古道具屋に騙されて、株式取引などというものに手を出してしまいまして――。正直。余り余裕が無いんですよ。
 
 これで大損出したりしたら、稗田家は私の代で終了です。
 
 そんな事になったら、幻想郷の大きな損失ですよ。
 
 ――そんな事より、どうして貴方が掛け蕎麦なんて啜ってるんですか? 別に食事の必要なんて無いでしょうに」
 
 対する霖之助は気にした様子もなく、
 
「今日はどうしても、何かを食べたい気分だったんだ。――贅沢を言えばカレー丼が。
 
 まぁ、稗田家が潰えたとしても、幻想郷の歴史は僕が記していってやるから安心して良いよ。安らかにくたばりたまえ」
 
「うわ、最悪ですよ、この男」
 
 そんな言い合いをしていると、妹紅が呆れた表情で、
 
「……アンタ等、仲が良いのか悪いのかどっちだ?」
 
 言葉だけを聞く分には辛辣な言い争いに聞こえるのだが、そこに憎悪や嫌悪は微塵も含まれていないように感じる。
 
 それを感じての質問だったのだが、対する阿求と霖之助は仏頂面のままで一瞬だけ視線を合わせ、
 
「基本的には仲が良いですよ」
 
「応用的には最悪だがね」
 
 言って、同時に肩を竦める。
 
 ……やっぱり、変わった関係だな。
 
 と思いつつも、良く似た人間関係を自分は知っている。
 
「……そうか」
 
 自分とあの女の場合、基本的には憎悪や嫌悪しか無いものの、永遠を生きる上でお互いになくてはならない存在だ。
 
 ――もし、輝夜という存在が居なければ、今頃妹紅は退屈という地獄に押し潰され、考える事すら放棄した生ける屍と成り果てていただろう。
 
 そう考えると、途端に輝夜の存在がとてもありがたいものに思えてくるから不思議だ。
 
 ……偶には、酒でも差し入れてやろうかな。
 
 そんな事を思いつつ、妹紅は器に残った汁を一気に喉へと流し込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――後日。
 
 妹紅の差し入れた酒に毒が入っている入っていないで言い争いになり、大喧嘩の末、迷いの竹林の一角が焼失したのは、また別のお話。
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