香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第57話 新しい傘
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
ある日の事……。
「うらめしやー」
香霖堂のドアを開け、いきなりそんな物騒な事を言いながら、見かけない妖怪がやって来た。
大きな傘を持った青みがかった髪のオッドアイの妖怪少女、からかさお化けの多々良・小傘だ。
初めて見るお客を前に、霖之助はいらっしゃいと声を掛け、そのまま視線を読んでいた本へと落とす。
「あぁ、ちょっと無視しないでー」
少女の声を聞いて、霖之助は面倒臭さげに視線を上げ、
「別にそんなつもりは無いよ。お客なら、好きなように店の商品を見てもらって構わないし、そうでないならそのままUターンして帰るべきだ」
「客! お客だから、構ってちょうだい」
なにやら必死な様子の少女を、霖之助は面倒な客だなぁ……、と思いつつも、客ならば仕方無いと割り切って相手をする事にした。
「それで、本日はどのような御用件で?」
問うてみると、小傘は小さく頷き、
「実は……、このお店の傘が幻想郷で一番だという噂を聞いて来たの」
小傘の言葉を聞いた霖之助はなるほどと納得する。
なにしろ、香霖堂謹製の傘と言えば、八雲・紫、風見・幽香、スカーレット姉妹が愛用している事で有名だ。
彼女らの名前は、幻想郷に住んでいれば必ず一度は耳にする程に有名であり、また強力な力を有している。
そんな彼女達が愛用する傘。――謂わば、それは強者の証と言っても過言ではない。
彼女達以外では、紅魔舘の門番である美鈴も愛用しているが、彼女の場合も傘を使うようになってから、魔理沙との対戦成績の勝率が二割程上がったという。
「確かに、ウチの傘は幻想郷でも力のある妖怪達御用達の一級品なのは認めよう。
それで? 君もウチの傘をご所望なのかな?」
商売用の笑みを浮かべて問い掛ける。
すると小傘は手に持っていた傘を広げ、
「……この傘を、もっと可愛く出来ないかしら」
切羽詰まった表情で、そう言った。
からかさお化けにとって、傘は自らの存在意義だ。それを改造しようというのなら、それ相応の理由があるのだろう。
その事を問うてみると、小傘は泣きそうな表情で、ポツリポツリと語り始めた。
曰く、ちょっとデザインが悪かったという理由で捨てられ、その捨てた人間を見返してやろうと、頑張って妖怪になったというのに、最近では誰も驚いてくれない。
それどころか最近会った人間達には『付喪神(ぼけどうぐ)』『風で飛ばされている普通の傘の方が怖い』『私が友達からそんな傘を渡されたら、断って雨に濡れて帰る』とまで言われる始末。
「私だって……、私だって頑張ってるんです! でも、今どき誰もからかさお化けなんて怖がってくれなくて……!?」
今の幻想郷は、人里でも昼間から平然と妖怪が闊歩しているような状況なのだ。
今更、人を驚かせるだけの妖怪にいちいち怖がっていられない。
小傘は流れる涙を拭い、懸命に笑顔を取り繕いながら、
「だから、もう良いかなって……。普通の傘に戻ろうかなって」
今度はせめて、捨てられないような傘になりたい。
そう思い、香霖堂のドアを叩いたという小傘に対し、霖之助は小さく吐息を吐き出し、
「なるほど……。君の言い分は分かった」
だが、
「――その注文を受けるわけにはいかない」
言って、霖之助は立ち上がり、小傘に店内を良く観察するように告げる。
周囲を見渡し、初めて気付いた。
「付喪神がたくさん」
そこには、自分と同じように意思を持った道具達がある。それも、一つや二つどころではない。百を超えんばかりの数の付喪神達だ。
我が意を得たりと、霖之助は深く頷き、
「付喪神には二種類のパターンがある。
一つは君のように、人間に粗末に扱われた道具が恨みをもって妖怪と化したもの。
……もう一つは、人間に丁寧に扱われ、廃棄される際に供養された道具が所有者や使用者に恩を返す為、付喪神となったもの」
そして、香霖堂にある道具達は全てが後者だ。
「今の自分を捨てるだけの覚悟があるのなら、祟り神としての付喪神ではなく、和ぎる神としての付喪神になってはどうだい?」
霖之助の言葉はとても魅力的に感じる。
……だが、小傘は力無く首を振り、
「無理よ……。こんな傘を大事に使ってくれる人なんて、居るわけがないわ」
だからこそ、彼女は捨てられたのだ。
だが、霖之助は軽い調子で、
「なんだ、そんな事か――」
一息。
小傘の肩に優しく手を添え、
「それなら、僕が君を使おう。今後、九十九年間、大切に慈しみながら君を使い続けよう」
その言葉に、嘘偽りは微塵も感じられない。あるのは心からの言葉と真摯な眼差し。
「いいの……? 本当に、こんな茄子みたいな色の傘で……」
「紫という色は、古代中国や律令時代の日本では高位を示す色と言われてきた程に格の高い色だ」
「時代遅れの古いデザインよ……?」
「レトロ趣味というやつだね。古い物にこそ味わいがあり、そこに価値を見出せる者も居る」
……もう、限界だった。
否定され続けてきた自分を、認めてくれる人にようやく出会えた。
それまで我慢していた涙が小傘の瞳からこぼれ落ちる。ただ、先程までとは涙の意味が違う。
「ふ、不束者ですが……、今後とも末永くよろしくお願いします」
彼の為に頑張ろう。そう強く決心し、深々と頭を下げる。
「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」
優しい笑顔で告げる霖之助に、小傘の胸は高鳴る。――が、悲しい事に霖之助が彼女に向ける愛情は、あくまでも道具としての小傘に向けたものであり、少女としての小傘に向けたものでは無かった。
ともあれ、翌日には早速、小傘に改良が加えられ、雨だけではなく、紫外線、弾幕まで防げる上に、スペルカードを使用し、なおかつ意思も持つという世界に一本だけの傘が誕生するのだった。