香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第5話 喪服美人
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夜半も過ぎた頃。今日も客は来なかったな。とそろそろ店じまいの準備を始めようとした霖之助が僅かに腰を浮かせた所で、本日最後の来客があった。
 
「いらっしゃい……」
 
 腰を椅子に戻し入ってきた客へと一度視線を向ける。
 
 何時もならば、そこで興味を無くし読みかけの本へと視線を戻すのだが、その客からは視線を逸らす事が出来なかった。
 
 やって来たのは人里で寺子屋を営む傍ら人里を襲う妖怪から里を護る半人半獣の女性、上白沢・慧音だったのだが、何時もの彼女と身に纏う服が違う。
 
 黒一色で仕立てられた着物を身に纏い、頭にはいつもの特徴的な立体型の帽子を被ってもいない。
 
 しかし、霖之助は彼女のその恰好を見慣れているのか? 無言で立ち上がると来客用の椅子を差し出して奥へ引っ込み、彼女の分のお茶を用意して戻ってきた。
 
 暫くはお互いに無言で茶を飲んでいたのだが、無言に耐えられなくなったのか? それとも彼にしては珍しく相手に気を使ったのか? は分からないが、先に口を開いたのは霖之助の方だった。
 
「……また、誰か死んだのか?」
 
 霖之助の声に慧音が僅かに反応を示す。
 
 湯飲みをカウンターに置くと小さく一息を吐き、
 
「花屋のお千代だ。……覚えてるか? お前がまだ人里に居た頃、私に花を贈ってくれた事があっただろう?」
 
「……古い事を逐一良く覚えているものだね。流石は歴史食いの半獣と言ったところか?」
 
「茶化すな霖之助。たかが300年前の事くらい、わざわざ歴史を覗かなくても思い出せる」
 
 今回死んだのは、その時、霖之助が花を購入した店の看板娘の子孫にあたる人物らしい。
 
 霖之助にとっては何の繋がりもない赤の他人だが、慧音にしてみれば誕生から死ぬまでを看取った相手だ。
 
 悲しくないわけがない。
 
 誰かが死ぬ度に慧音は悲しみ、こうして香霖堂へ足を向けて来た。
 
 かつての恋人であった霖之助に慰めてもらう為に。
 
「……だから、バカな事は止めろと言ったんだ。半妖の僕に付き合って人間である事を捨てるなんて馬鹿げている。
 
 その結果、君はこうして知り合いが死ぬ度に深く悲しんでいるじゃないか」
 
 いっそのこと人里を離れ、自分と同じように人間との付き合いを最小限にして生きていくようにすれば、彼女の背負う悲しみも減るであろうに、彼女は一向に人里を離れようとはしない。
 
 それに、これは魔理沙にも言える事だ。
 
 彼女は既に人里を離れて生活しているが、人間から魔法使いになった場合、絶対に避けられない別れが待つことになる。
 
「……確かに、誰かが死ぬ事は悲しい。だがな、霖之助。──それでも私は人間が好きなんだ。
 
 それに悲しい事ばかりじゃないぞ? 新しい命が生まれるのは喜ばしい事だし、結婚ともなれば、私事のように嬉しい」
 
 このやりとりも何度も繰り返したものだ。
 
 そして結果はいつも平行線に終わる。
 
 霖之助は慧音に里を出るように勧め、慧音は霖之助に里に戻るように勧めるものの互いに譲らない。
 
「……相変わらず頑固だな君は」
 
「……そういうお前も全然変わらないな」
 
 互いに溜息を吐き出し、慧音はすっかり冷めてしまったお茶を一息で飲み干し、
 
「邪魔をしたな」
 
 立ち上がり、店の扉を開けると外では雨が降っていた。
 
 この様子では暫く止む気配は無い。
 
「済まない霖之助。良ければ傘を貸しては貰えないだろうか?」
 
 との問い掛けに、霖之助は視線を傍らの傘置きに向ける。
 
 そこに立て掛けられているのは一本の蛇の目傘。
 
 霖之助は視界からその傘を外しつつ、
 
「悪いね、置き傘は一昨日魔理沙が持って行ってしまってね。
 
 その、なんだ……、慧音」
 
 霖之助の意図を悟ったのか? 慧音は寺子屋の生徒達の前では決して見せないような大人の女としての笑みを浮かべると、
 
「──霖之助。言っておくが、私はまだお前の事を愛しているし、半獣になった事も後悔なんてしていないぞ」
 
 そうまで言われて躊躇うのは彼女に対して失礼だ。
 
 霖之助は小さく咳払いすると、
 
「雨も降っているし、今夜は泊まっていってはどうだろう?」
 
「そうだな、ではお言葉に甘えさせてもらうとしよう」
 
 慧音が奥の部屋に上がり、霖之助は表に閉店の看板を出して戸締まりをした。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
「という事で、お言葉に甘えてお泊まりする事になりました」
 
 慧音を追って座敷に上がった霖之助を待ち構えていたのは、似つかわしくない少女趣味なパジャマを着て満面の笑みを浮かべた八雲・紫だった。
 
 慧音と霖之助は呆れたような表情で顔を見合わせると同じタイミングで肩を竦め、
 
「あぁ、妖怪の大賢者が一緒というのも心強い」
 
「そうだな。いっその事、彼女にも手伝ってもらうとしよう」
 
 言って、慧音が別室に向かい霖之助に借りた服に着替えると、霖之助は押入の中から様々な骨董品を取り出してきた。
 
「……アレ?」
 
 意味が分からず首を傾げる紫に対し、霖之助と慧音は手際よく骨董品を手に取りつつ、それらを鑑定していく。
 
「……何してるの?」
 
 不審げに問い掛ける紫に対し、霖之助と慧音は真剣な表情で、
 
「見ての通り骨董品の鑑定だが?」
 
「霖之助が鑑定し、私が歴史を覗いて真偽を確かめるんだ。そして本物だった場合は鑑定書を付けて依頼主に返却する」
 
 香霖堂の密かな収入源である骨董品の鑑定。
 
 霖之助の目利きと慧音の能力。この二つが合わされば100%確実な鑑定結果が得られる。
 
 里の好事家達の間では二人の連名による鑑定書の付いた骨董品は高額で取り引きされるので、なかなかの人気を有している。
 
「え……? 夜のお楽しみは?」
 
「……何を言っているんだ? 君は。ほら、いいからこっちの分の鑑定を頼む。長生きしてるんだから、それなりの鑑定眼と知識は持っているだろう?」
 
「別に帰りたければ帰ってもらってもかまわないぞ?」
 
 どこか艶を含んだような声色で告げる慧音。そんな事を言われて帰る事など出来ず、結局、紫は明け方まで骨董品の鑑定に付き合わされる事になり、翌日は昼過ぎまで布団から出てこなかったのだが、いつもの事なので彼女の式は大して気にしなかった。
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