香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第49話 働く天人
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あー……、もう! また負けたぁ!!」
 
 ブチブチと文句を言いながら一抱え以上もある大きな石に乗って空中を移動するのは、天人の少女だ。
 
 白をベースにしたシャツに濃紺のロングスカート。色取り取りのアクセサリーをスカートに巻き付けてある。そして、なにより特徴的なのは彼女の帽子に付けられた桃のアクセサリーだろう。
 
 不良天人、比那名居・天子は紫との弾幕ごっこに敗れ、不機嫌なままで空を飛んでいた。
 
「……別荘、欲しいなぁ」
 
 天界は退屈過ぎるのだ。だから、地上の生活に憧れる。……それに、親のおこぼれで天人になれた天子の事を成り上がりと蔑む天人達も居る。
 
 そんな事を言われてまで天界に固執したいと思うほど、天子は達観していない。
 
 その為、地上に別荘が欲しいのだが、博麗神社は紫の監視が厳しくて無理。
 
 もう一件、妖怪の山にも神社あると聞いて行ってみたのだが、そこには本物の神様が居た。……しかも二柱。
 
 天人特有の上から目線で、神社の乗っ取りを宣言してみたら、3対1でフルボッコにされたので、それ以来守矢神社には近づいてもいない。
 
「……何処かに神社落ちてないかなぁ」
 
 新しく建てれば? とも思うが、神社とはただ建物があれば良いというものではない。
 
 由来に御神体、そしてそれを奉る神職の存在が絶対に必要である。
 
 何とはなしに空を飛んでいると、魔法の森の入り口に一件の怪しげな風体の建物が見えてきた。
 
「……ゴミ屋敷?」
 
 それだけならば、関わろうとも思わなかっただろう。
 
 しかし、そこから放たれる雑多な神気に当てられ、天子はふらふらと地上に降り立つ。
 
「香霖堂……?」
 
 入り口に掲げられた看板の文字を読み取り、恐る恐る店に足を踏み入れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……何ここ?」
 
 それが天子の香霖堂に対する第一印象だった。
 
 見た事も無いような道具が雑然と並ぶ店内。それ自体にも興味はあるが、店のそこかしこに棲まう常人には見えない小さな神達の存在に目を見張る。
 
 勿論、神達は存在しているのではなく、分霊としてそこに在るだけだが、これほどまでに多数の神がひしめき合っていながらも、空間におかしな所が出ていないのは奇跡と言っても過言では無いだろう。
 
 ……うん。良いんじゃない?
 
 神社となるべく素質は充分にある。
 
 そんな事を考えながら店の奥に進むと、眼鏡を掛けた青年がカウンターの上に置いた懐中時計を弄っていた。
 
「ちょっと、そこのアンタ」
 
 天子が話し掛けるが、青年……、霖之助はまったく気にも止めずに作業に没頭している。
 
「ちょっと!?」
 
 怒鳴っていると、奥の部屋から割烹着を身につけた女性が姿を現した。
 
「おや、お客様でしたか」
 
 丁寧な仕草で一礼し、
 
「いらっしゃいませ。香霖堂にようこそ」
 
 そう告げる女性の姿を見て、天子は動きを停める。
 
「あれ? アンタ……、あの時の龍宮の使い」
 
「衣玖です永江の。総領娘様。……それで、今日はこんな所にまで、何の用でしょう?」
 
 問い掛けると、天子は薄い胸を張り、
 
「うん。取り敢えず、ここを壊して神社にしようと思うから」
 
 その言葉を聞いた衣玖は、3秒ほど思案し、視線をカウンターで作業していた霖之助に向ける。
 
 すると、丁度作業が一区切り着いたのか、大きく息を吐き出した霖之助が首の関節を鳴らしつつ、
 
「お茶を貰えるかい?」
 
「分かりました。少々お待ちを」
 
 言って衣玖が奥の部屋に引っ込むのを見送った。
 
 それから視線を天子に向け、
 
「さて、客がどれだけ上から目線でも気にしないのが商人というものだ」
 
 上から目線の天子よりも、更に偉そうな態度で告げる霖之助。
 
「それで? お客様は何をご所望かな?」
 
「聞いて無かったの? 私はこの店を壊して、神社を建てるって言ったのよ」
 
 対する霖之助は小さく頷き、
 
「と言う事は、この店ごと買い取ってくれるというのかい。……だが、この店を含めて商品全てというと、かなり値が張るからね。――君にその代金が払えるかな?」
 
「代金? ……なんでそんなもの払わなきゃいけないの?」
 
 素でそう告げる天子に、霖之助は難しい顔を向けると、奥から衣玖が湯飲みを持って現れた。
 
「すみません。総領娘様は天界の比那名居家の跡取り娘様ですので、通貨の概念が乏しいのです」
 
 それを聞いた霖之助は深々と溜息を吐き出し、
 
「なるほど。大体の事情は分かった。……どうやら君はお金を持っていないようだね」
 
「だから、どうしようって言うの?」
 
 そもそも天界ではお金自体が必要では無いのだ。
 
 霖之助はしっかりと頷くと、
 
「代金さえ支払ってもらえれば、君の望む通り、この店は君に明け渡しても構わない。
 
 ……が、君はその代金を持っていない」
 
 ならば、
 
「代金分、ここで働いてもらおうか。そうしたら、この店は君にあげても良いだろう」
 
「働く?」
 
 天界では、日がな一日、釣りをしたり踊ったり歌を歌ったりしてばかりで、働いた事など一度も無い。
 
 ……力尽くで奪うよりも、そっちの方が面白そう。
 
 そう思った天子は偉そうな態度で、
 
「良いわ。その提案、のってあげる」
 
「なら、この書類にサインを」
 
 言って、何処とも知れないような国の言葉で書かれた文字と、怪しげな紋章の書かれた羊皮紙を取り出す霖之助。
 
 天子は深く考えもせずに、その書類にサインした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 当然、今まで家事などした事も無い天子は、掃除の仕方は疎かお茶の淹れ方すら知らなかった。
 
 幾度も失敗し、衣玖に教わりつつも何とか迎えた初日の営業時間終了。
 
 初めて尽くしの出来事に、流石の天人も疲労を隠しきれない。
 
 とはいえ、
 
「これで、この店は私の物ね」
 
 自信満々にそう告げる天子だが、霖之助は半眼を彼女に向けつつ一枚の紙を突き付け、
 
「何を馬鹿な事を。これを見てみるといい」
 
「……何これ?」
 
 そこには商品の名前と数。そして数字が書かれていた。
 
「今日一日で、君が壊した物の請求書だ。むしろ僕がお金を貰いたいくらいだよ。
 
 ――ちなみに、何も壊さなかったと仮定して、毎日働けばおおよそ一万二千年ほどで完済出来る。それまでは頑張ってくれ」
 
「そんなに時間が掛かるなんて聞いていないわ!?」
 
 と抗議する天子に対し、
 
「今、言ったよ」
 
 と取り合わない霖之助。
 
 そんな彼の態度が気に入らなかったのか、逆上した天子は緋想の剣を抜き放ち、
 
「もう良いわ。こんな店壊れちゃいなさいよ!!」
 
 勢いよく床に剣先を振り下ろそうとした瞬間、天子の身体から一切の力が抜けた。
 
「……な、何?」
 
 床に跪き戸惑う天子に対し、霖之助は彼女がやって来た際にサインさせた書類を取り出し、
 
「料金の支払いが終わるまでの間、君は店と店主である僕と店員、そして客に対してあらゆる力の行使を禁止されている」
 
「聞いてないわよ、そんな事!?」
 
「君が自分でサインしたろう?」
 
 元々は霊夢と魔理沙用に用意した呪いの契約書だったのだが、用心深いあの二人は頑なにサインを拒否し無用の長物となっていたので、丁度良いと天子に使ってみたのだ。
 
 如何に天人とはいえ、自身の意思でサインしてしまった呪いまでは覆せない。
 
「……小悪魔とはいえ、流石に悪魔の眷属ですね」
 
 この呪いの契約書を用意した小悪魔に密かに感心を示す衣玖。
 
「君も働いてお腹が空いているだろう。夕食くらいは食べていくといい」
 
 屈辱に震える天子に向け、そう告げる霖之助。
 
 確かに、お腹は減っているが、自分を騙してくれた霖之助の言う事を素直に聞くのは彼女のプライドが許さない。
 
 結構よ! と帰ろうとした天子だが、立ち上がった瞬間に、彼女のお腹が可愛らしい音を発てて鳴いた。
 
 天子は羞恥で顔を真っ赤にして、僅かに思案した後、
 
「……そ、そこまで言うなら、食べていってやるわよ!」
 
 ズカズカと奥の部屋へ上がっていく。
 
 慌てて天子を追う衣玖。
 
 残された霖之助は、先程の請求書に夕食代の項目を書き加えた。
  
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