香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第48話 さとり対三月精
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……退屈ねぇ」
 
 ポツリと呟いたのは蜂蜜のような金髪をツインテールにした赤と白を基調としたゴシックロリータドレスに昆虫のような羽根を持つ妖精少女。日の光の妖精、サニーミルクだ。
 
 近頃は、何も面白い事が無い。
 
 ぐでー……と、テーブルに突っ伏し憂鬱な溜息を零す。
 
 そんな彼女を見た月の光の妖精、……儚げな色の金髪の巻き毛に蜻蛉のような羽根。リボンを多様した白色のワンピース姿のルナチャイルドは読んでいた新聞をテーブルに広げると、
 
「なら、森の入り口にある古道具屋にでも行ってみる? なんだか、面白い事になってるみたいだし」
 
 彼女が指さす記事には、香霖堂の店主が電気の実用化に成功し、外の世界の道具を扱えるようになったと書かれていた。
 
「たしか、香霖堂とか言ったかしら。……よく、巫女とか魔理沙さんが出入りしてるけど」
 
 そう言って現れたのは、お盆にコーヒーセットを載せた星の光の妖精である。スターサファイアだ。蝶のような羽根に大きなリボンを結んだ長い黒髪。青を基調としたエプロンドレス姿の彼女は、他の二人にコーヒーを差し出しつつ自分も席に着く。
 
「電気って何?」
 
「なんでも、外の世界の万能のエネルギーだって」
 
 問い掛けるサニーミルクに対し。新聞に視線を落としながら答えてやるルナチャイルド。
 
「……それは」
 
 三人は顔を見合わせ、
 
「面白そうね!」
 
 同時にそう言った。あわよくば、電気を頂戴しようという考えの元、三月精達は香霖堂へ向かう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 香霖堂の扉が、そっと開く。
 
 本来ならば、来客を知らせる筈のカウベルは音を鳴らさない。
 
 ルナチャイルドの力で音を消し、サニーミルクの力で姿を隠した三妖精がまんまと香霖堂に侵入した。
 
 店主である霖之助は、読書に夢中でその事に気付かない。
 
『上手くいったわ』
 
『――ところで、電気ってどれかしら?』
 
 姿も音も無い為、安心して物色を始める三人だが、彼女達の存在に気付いた者が居た。
 
「――霖之助」
 
 興味深げにパソコンを弄っていた客が声を挙げる。
 
 名を呼ばれた霖之助は、本から顔を上げ、己の名を呼んだ客に視線を向けた。
 
「……読書の邪魔をするな。
 
 そう言わないで。折角、お客が来たのを知らせてやったのだから」
 
「――客?」
 
 店内を見渡してみるが、彼女……、さとりと自分以外の人影は見当たらない。
 
 小首を傾げる霖之助に対し、さとりは虚空を指さし、
 
「あそこら辺に、姿を隠している妖精が三匹。
 
 ――貴方達。名前は何というの? ……そう。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアね」
 
 自分達の存在がバレた事に驚愕し、慌てて脱出を図る三人だが、それよりも早く霖之助の袖の中から飛び出したマジックハンドが三妖精達を絡め捕らえた。
 
「……便利な道具ね、それ」
 
「あぁ、谷河童のにとりから物々交換で入手した“のびーるアーム”という道具なんだが、自動追尾機能も付いているらしい。
 
 ――良い買い物をしたと思うよ」
 
「ぱーそなるこんぴゅーたーと交換したの? 電気が無いと使えないと知っていて」
 
「ちゃんと説明はしたんだがね。取り敢えず、持って帰って分解したいんだそうだ」
 
 言って、ヤレヤレと肩を竦める。水から電気を生成する方法も模索すると言っていたが上手くいっているのであろうか?
 
 ……まぁ、パソコンならば、まだまだ在庫はあるから、地下でも一台どうだい?
 
 思考で物を売りつけてくる霖之助に対し、さとりは呆れた表情で、
 
「せめて商談の時くらいは、ちゃんと口で話しなさい。……面倒が無くて良い?
 
 ……私の能力をそんな風に捉えたのは、貴方が初めてよ」
 
 もはや自身でも呆れているのか、関心しているのか良く分からない。
 
 さとりとしては、別に褒めたつもりは無いのだが、褒められたものと勘違いした霖之助が上機嫌で読書に戻り、さとりはそれを訂正しないまま再度パソコンに取り組み始めた。
 
「ちょ、ちょっと!?」
 
 そんな彼らに、慌てて声を掛けたのは捕らえられたままで放置されたサニーミルクだ。
 
「本読むんなら、先にこれ解いてからにして!」
 
 抗議の声を挙げる妖精を前に霖之助はさとりの方を一瞥する。
 
 彼の思考を読み取ったさとりは小さく頷き、
 
「ところで貴女達。このお店に何しに来たのかしら?」
 
「え? 何しにって、そりゃ勿論……、うん。買い物よ買い物!」
 
 断言したサニーミルクに対し、さとりは優しそうな笑みを浮かべて頷き、
 
「電気を盗むつもりで忍び込んだらしいわ」
 
「うぇ!?」
 
 何故その事がバレたのか分からず、目を白黒させる三妖精を前に霖之助はゆっくりと立ち上がり、商品棚から小物を取り出した。
 
「さて、これは乾電池という外の世界の道具で、電気を蓄積し携帯出来る物だ」
 
「ちくせき?」
 
「……まぁ、溜めておけると考えてもらっていい」
 
 言いながら、電池をシンバルを持ったチンパンジーのぬいぐるみにセットし、スイッチを押す。
 
 途端、それまで身動き一つしなかったぬいぐるみが、激しい勢いでシンバルを打ち鳴らし始めた。
 
「わッ!?」
 
「ぬ、ぬいぐるみが動いた!」
 
「……貴方も人形遣いなの?」
 
 対する霖之助は勝ち誇った表情で、ぬいぐるみから電池を抜き取り、
 
「それ相応の対価を払えるのなら、この電池と交換してあげてもかまわないが……」
 
 そう言われた三人は互いに顔を見合わせ、
 
「対価って……」
 
「何かあったかしら?」
 
「スターのきのこの盆栽とか」
 
 額を付き合わせて相談し始める三妖精の脳裏に、とある道具が思い浮かぶ。
 
「天狗の秘法――」
 
 その思考を読んださとりが道具の名を告げると、霖之助は「ほぅ」と関心したような吐息を吐いて小さく頷き、
 
「ふむ……。それなら、交換してやらない事もないが。――どうだい?」
 
 問われた三妖精は、再度額を付き合わせて相談。
 
 ……使い方の分からない天狗の秘法と、ぬいぐるみを動かす事の出来る電池。
 
 満場一致で、結論が出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……それで、それが天狗の秘法?」
 
 さとりが不思議そうな眼差しで見つめるのは、カウンターの上に置かれた大振りの木槌だ。
 
「名称は打ち出の小槌。用途は――」
 
「何でも願いが叶えられる程度の道具ね」
 
 先手を打たれ、説明に入るタイミングを取られたのが面白く無いのか、少し仏頂面になる霖之助。
 
 そんな彼を無視して、さとりは霖之助に半眼を向ける。
 
「それで? 貴方は、この道具を使って、どんな願い事を叶えるのかしら?」
 
 金銀財宝か? 無敵の力か? はたまた無限の知識か? ……どのような欲望を見せてくれるのか、と霖之助の思考を読むさとりは、思わず吹き出してしまった。
 
「ふふふ……、やっぱり貴方らしいわ」
 
「それは、褒められてるんだろうか?」
 
 言いながら打ち出の小槌を手に、奥の倉庫へと向かう。
 
 ……この手のアイテムは、得てして使用回数に制限があるものだ。
 
 折角の稀少品。使って壊れましたでは意味が無い。
 
 ――この日、香霖堂の非売品に新たな一品が加わった。
 
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