香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第45話 電気
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 地底から戻ってから数日。
 
 店にも戻らず、霖之助は紅魔舘の図書館に入り浸っていた。
 
「この本によると、どうも電気とは雷と同じような物らしいわ」
 
 小さな丸眼鏡を鼻に乗せたパチュリーが、一冊の本を片手に告げる。
 
「雷……、という事は木気か」
 
「あの地獄烏は熱を操っていた。……という事は、火気から木気に変換出来るようにすれば良いという事?」
 
「いや、空の能力は八咫烏を取り込んだ為に得たものと言っていた。
 
 八咫烏は太陽の化身。つまり陰陽五行の内では陽を司り、木気は陽中の陰に分類される」
 
 さて、と一息を入れ、
 
「日月火水木金土を司る魔女は、これをどう見る?」
 
「どう見るもこうも無いわ」
 
 パチュリーは不敵な笑みを浮かべ、
 
「同じ陽に分類されるのならば、変換は可能という事でしょう?」
 
「変換とは、少し違うかな? 言ってみれば、陽の中から陽中の陰を抽出するんだ」
 
 抽出……。口で言うのは簡単だが、無形の物から無形を抽出するとなると、一筋縄ではいかない。
 
 ……とはいえ、それはあくまでも外の世界の考えだ。
 
 幻想郷には幻想郷なりの考えがある。
 
「逆転の発想でいきましょう」
 
 小悪魔が持ってきた紅茶を一口飲み、
 
「陽が陽中の陽と陽中の陰で構成されているというのであれば、陽の中から陽中の陽を抜き出してしまえば、陽中の陰……すなわち木気だけが残るのね」
 
「そう。そういう事だ。そして、陽中の陽とは火気」
 
 熱から火を作り出す事は、
 
「――至極容易い」
 
 二人が同時に言葉を発し、思わず笑みを零す。
 
 とはいえ、まだまだ問題は山積みなのだ。
 
 抽出した木気を溜めておくべき蓄電池の開発。地下から地上への送電線の設置等々。やらなければならない事は山ほどある。
 
 しかし、興の乗ってきた知識人二人は、もう誰にも止められない。
 
「やはり、蓄電池には木気と相性の良い木を素材として利用すべきではなくて?」
 
「僕もそう思っていたんだが、それだけだと時間が経てば拡散してしまうのではないか? と思ってね。
 
 そこで考えたのだが、木の周囲を粘土で固めてみてはどうだろう?」
 
「なるほど、五行相克ね。それなら大気中に放出拡散されるのを防ぐ事も出来る筈……」
 
 こうして、幻想郷式原子力発電の理論は徐々に完成に近づきつつあった。
 
 ……ちなみに、通常の原子力発電などでは、核分裂によって得られた熱エネルギーを利用して蒸気タービンを回し、これによって電力を発電するというシステムであり、陰陽五行とかはまったく関係無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほう……。これが河童の技術力か」
 
 河童との面識はあるが、その技術力を目の当たりにするのは初めてだ。
 
 土蜘蛛の糸を送電線とする魂線途を敷設する為に、霖之助は魔理沙経由で谷河童のにとりへと協力を願い出た。
 
 もし、この実験が成功すれば、動いている外の世界の道具を見る事が出来ると聞いて、最初は渋っていたにとりも俄然やる気を出して作業に取り掛かってくれたのだが、
 
「……まさか土蜘蛛と協力して作業する日がくるとはね」
 
「それはこっちの台詞よ。あの時は、よくも人間を嗾けてくれたわね」
 
 ヤマメとにとり。……二人の仲が悪いのだ。かれこれ1時間毎に喧嘩しては作業に戻るのを繰り返している。
 
 とはいえ、にとりはにとりで土蜘蛛の糸の有効な活用方法を知って内心では驚いているし、ヤマメも河童の技術力の高さには舌を巻いているというのが本音だ。
 
 迷いの竹林から魔法の森まで、最短距離を木から木へと土蜘蛛の糸を張り巡らせていく。
 
 作業と喧嘩を繰り返しつつ行う二人を霖之助が眺めていると、背後から突然声を掛けられた。
 
「随分と、面白い事をしていらっしゃるのね」
 
 聞き覚えのある……、否、むしろ聞き慣れた声だ。
 
 相手を刺激しないよう。ゆっくりと振り返ると、そこには予想通りの人物、八雲・紫が居た。
 
「ご覧の通り、今日は店の方は営業していなくてね。出来たら、また後日来てもらえな――」
 
「この理論。実に幻想郷的で、なかなかに面白いですわ」
 
 そう告げる紫の手には、一冊のレポートがある。
 
 パチュリーと二人で作った原子力発電に関するレポート。
 
 ……何処から? と聞くのは無駄だろう。
 
 なので、霖之助は小さく肩を竦めると、
 
「妖怪の賢者様にお褒めに与るとは光栄です」
 
 深々と一礼して、そう告げる。
 
 紫は霖之助にレポートを返すと、
 
「そのレポートに免じ、貴方が個人で利用する分には見逃しましょう。――ですが、電気と言う文明は幻想郷には過ぎた物。
 
 その事を努々お忘れにならぬよう……」
 
 そう言い残して姿を消した。
 
 暫くは紫の消えた辺りを見つめていた霖之助だが、
 
「おーい、霖之助――っ! 準備出来たよー!」
 
 というにとりの声に急かされ、踵を返して香霖堂へと戻る。
 
 そこに居るのは、多数の協力者達だ。
 
 彼女達の視線は、カウンターの上に置かれた電球とスイッチに注がれている。
 
 霖之助は堂々とした態度で、いつもの席へと腰を下ろすと、スイッチに指を乗せ、
 
 ……なに、緊張する事は無い。――なにしろ、成功する事は妖怪の賢者が保証してくれているのだ。
 
 絶対の自信を込めた笑みを口元に浮かべ、スイッチの上に置かれた指に力を入れる。
 
 ――直後、香霖堂から歓声が溢れ出した。
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