香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第44話 地下世界のエネルギー
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 てゐの案内で地下世界の入り口までやって来た霖之助。
 
 以前、霊夢と魔理沙が地下世界に行った時に使用した間欠泉と違い、こちらの道は下に降りる為の階段が用意されている。
 
 その階段に沿って地下へと降りていた霖之助は、階段の傍らをショートカットしていく顔見知りを発見する。
 
「……こんな所で何をしてるんだ? 君は」
 
 問い掛けの先に居るのは、釣瓶の中に入った小柄な少女だ。
 
「ギィギィ!?」
 
 まさか霖之助がこんな所に居るとは思わなかったキスメは驚愕に目を見開き、そのまま一気に降下しようとする。
 
 ……が、それよりも早く霖之助がキスメの釣瓶に飛び乗ってきた。
 
「丁度良い。このまま、土蜘蛛の黒谷・ヤマメ君の所まで頼むよ」
 
「この釣瓶は一人乗りなんです、ギィギィ!」
 
 降りろと急かすキスメに対し、霖之助は残念だと零し、
 
「じゃあ、一人分軽くするとしよう」
 
 言って、キスメの身体を摘み上げた。
 
「わーわー! 冗談です! 冗談ですよ、ギィギィ!!」
 
「分かってもらえたようで何よりだ。やはり、交渉とは誠意を持った話し合いに限るね」
 
「……この店主、鬼です」
 
「半妖だよ。謂わば人間と妖怪の長所を持ったハイブリッドだ。鬼なんてありふれた種族と一緒にしないでくれ」
 
 ああ言えばこう言う。
 
 これ以上、この店主に何を言っても無駄だと悟ったキスメは、諦めの溜息を吐き、
 
「そう言えば店主さん。ヤマメさんと知り合いなんですか? ギィギィ」
 
 ふと思いついた質問を投げ掛ける。
 
 霖之助は小さく頷き。
 
「あぁ、以前ちょっとした縁で知り合ってね。それからは取引相手として付き合ってもらってる」
 
 今回、彼女には魂線途の“線”の方で力を貸してもらわなければならないのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「騒がしいと思ったら、香霖堂かぁ」
 
 地下に着いた霖之助達を待ち構えていたのは、金の髪を結い上げ、膨らんだスカート姿の妖怪少女、土蜘蛛のヤマメ本人だった。
 
「やぁ、久しいね」
 
 手を挙げて気軽に挨拶し、早速商談に入る。
 
「今日は、少し頼み事があってきたんだが」
 
「頼み事? 糸ならこないだあげたばかりだよね?」
 
 問われた霖之助は小さく頷き、
 
「別の事に使うのに大量の糸が欲しいんだ」
 
 曰わく、地下世界にあるであろう電気を香霖堂まで引き入れるのに土蜘蛛の糸を使用したい。と言う。
 
 正直に要件を話し、協力を願うがヤマメは意味が分からず小首を傾げ、
 
「電気? 電気って何?」
 
 まずはその部分から説明が必要だった。
 
「そうだね。……なんと言ったものか」
 
 暫し考え、
 
「外の世界の道具を使うのに必要な燃料のような物かな?」
 
 そう言われても、ピンと来ない。
 
 ヤマメが想像する燃料などは全て固体であり、薪や石炭なんかを桶にでも入れて釣瓶の要領で地上まで運ぶという感じなのだが……。
 
「いや、電気とは形のあるものでは無いらしい」
 
「???」
 
 余計にワケが分からない。
 
 ヤマメと一緒にキスメも同じように首を傾げる。
 
 身振り手振りで糸を不可視の何かが絡みつくように上昇する様を必死に説明しようとする霖之助だが、余計に相手を混乱させてしまう。
 
 元より彼は説明したり蘊蓄を語ったりするのは好きなのだが、それを相手に理解させようとするのが物凄く苦手なのだ。
 
 結局、小一時間ほど説明して、ようやくの納得を得られた。
 
 協力する代価として、外の世界の道具が動いている所を見せるという条件になったが、問題はあるまい。
 
 むしろ自分の蘊蓄を語る良い機会だ。
 
「それで? その電気ってヤツは何処にあるのさ?」
 
 長年、地下世界で過ごしてきたが、そんな物は見た事が無い。
 
 対する霖之助はしたり顔で頷き、
 
「それをこれから探しに行くんだ」
 
 霖之助のパーティーにヤマメとキスメが加わり、一行は更なる地下を目指し進み始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「やぁ」
 
 地霊殿にまでやって来た霖之助を出迎えたさとりに対し、気軽に挨拶する。
 
「随分と珍しいお客さんですね。貴方はお店で本を読みながら考え事をしてるタイプの人だと思ってましたが、……こんな所にまで足を伸ばす事もあるのですね」
 
 ゆっくりと霖之助の側にまで近づき、
 
「……それで? 今日はどのような要件でしょう? まさか、私に会いに来てくれたわけでは無いでしょう?」
 
 それだと、ちょっと嬉しかったりするが、この男に限ってそれだけは絶対にあるまい。
 
「あぁ、実は電気と言う物を探していてね。君は電気に心当たりとかは無いかい?」
 
「……電気。ですか?」
 
 一々説明をしなくても、彼女の場合相手の心を読めば事足りる。
 
 ……電気は澱忌で忌まわしき澱みの事だから、地下にあると。
 
 霖之助の思考を読んださとりは大きく頷き、
 
「相変わらずの思考のようで、安心しました」
 
 それにしても、忌まわしき澱みとやらが何なのか? そもそもそんな物をどうやって燃料にするのか? 謎は尽きないし、霖之助自身それをどう扱えば外の世界の道具を動かす為の燃料になるのか、いまいち分かっていない。
 
 とはいえ、以前彼に説明してもらった道具達が動くのを見てみたいという欲求もある。
 
「電気とやらは存じませんが、協力はしましょう」
 
「それは助かる」
 
 僅かに思案し、
 
「じゃあ、早速だが元地獄の底とやらに案内してくれないか?」
 
 霖之助の話を聞いたさとりは、彼の思考を読み、
 
「なるほど。忌まれた力そのものは私達自身に宿る為、抽出は不可能。
 
 しかし、忌み嫌われた力への想念が澱みとなって溜まっているかもしれないと、お考えですか」
 
「あぁ、その場合は最も深い場所に溜まるのではないか、と思ってね」
 
 それならば一理あるかもしれない。
 
 さとりは頷くと、彼らを先導して灼熱地獄跡地へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さとりに先導してもらったお陰で、トラブルも無く無事灼熱地獄跡地を抜け地底都市最深部に辿り着けた霖之助一行。
 
「……暑い」
 
 皆の呟きが見事に同調する。
 
 余りの暑さに、それ以外の事が考えられないような有様だ。
 
「よし、帰ろう」
 
 ……こんな所には1分と居たくない。
 
 5秒で結論し、踵を返した霖之助を慌ててさとりが引き停める。
 
「ちょっと、電気とやらはどうするの?」
 
「確かに電気は魅力的だが、その為の試練がこの暑さだと言うのであれば、僕は喜んで電気の無い生活を送ろう」
 
 霖之助の言葉に、嘘偽りは無い。
 
 さとりとしても、この暑さには辟易しているが、折角此所まで来たのに何もせずに帰るというのも口惜しいと思う。
 
「なら、話だけでも聞いてみるのはどうかしら?」
 
「……話?」
 
 ……こんな所に誰か居るんだろうか?
 
「えぇ、私のペットが居るわよ」
 
「なら、地霊殿の方に呼び出してくれ。――正直、僕は限界が近い」
 
 霖之助の言葉に、一理あると思ったさとりは、彼女と共に付いて来たお燐に言付けを頼み、一路地霊殿へと戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 地霊殿に帰ってきたさとり達は汗が気持ち悪いとか言って風呂へ直行。
 
 流石に、それに付いて行くわけにもいかず、残された霖之助が手持ち無沙汰に地霊殿の壁にはめられたステンドグラスを鑑定していると、入り口の方から威勢の良い声がやって来た。
 
「だからー、電気なんてもの見た事も聞いた事も無いって」
 
 部屋に入って来たのは、猫耳に二股に分かれた尻尾を持つ火車、火焔描・燐と漆黒の翼を持った八咫烏を内包する地獄烏、霊烏路・空の二人だ。
 
「あれー? さとり様は−?」
 
「彼女なら、風呂へ行ったよ」
 
 声を掛けられ、初めて霖之助の存在に気付いたのか? 初対面の彼に対し空は不思議そうに小首を傾げる。
 
「さとり様のお客様だよ」
 
 傍らのお燐に耳打ちされ、一応の納得を示す空。
 
「君が空で良いのかな?」
 
「そうだよ」
 
 あっけらかんと答える空に対し、霖之助は慎重な態度で、
 
「少し、質問があるんだがいいかい?」
 
 問いかけを投げ掛けてみると、横から燐に袖を引かれ、
 
「兄さん、兄さん。お空ってば鳥頭だから、余り期待しない方が良いよ」
 
 という忠告を受けた。
 
 霖之助は小さく頷き、質問の内容を吟味する。
 
 ……鳥頭。という事は、記憶力の必要な事柄は余り当てにならない。……となると、
 
「そうだね。……灼熱地獄跡地でドロドロしたような物が溜まっているような場所に心当たりは無いかい?」
 
「無いよ」
 
 即答で答える空に、本当に考えているのか? と少し不安になるが、そんな彼女をフォローすべく、燐が口を挟んできた。
 
「あそこはお兄さんも実際に体験した通りの暑さだからね。
 
 液体なんかもすぐに乾燥して、パラパラになっちゃうのさ」
 
 ……納得した。
 
 まあ、澱みというくらいだから、ドロドロしたという物を連想しただけであり、電気がドロドロした物とは限らないので余り失望は無い。
 
「なら、あそこで一番強い力を持った物に心当たりはあるかい?」
 
「はいはいはい! 私! 私、最強!!」
 
 ……今度、チルノと会わせてやろう。
 
 半眼を向ける霖之助に対し、空は憮然とした表情で、
 
「あー……、その目は信じて無いね?」
 
 空は不敵な笑みを浮かべると、悠然と胸を張り、
 
「この霊烏路・空をそこらの地獄烏と一緒にされちゃあ困る。
 
 八咫烏様の力、新しい原子を作る核融合の熱を操る私こそが最強に相応しいのよ!」
 
 ……また始まった。と額を押さえ、項垂れる燐だが、霖之助は目を見開き、
 
「核だって?」
 
 外の世界の書物に書いてあった。
 
 電気を作る方法の中に核融合だか核分裂だかを利用した原子力発電という物があると。
 
 霖之助は空に詰め寄り、彼女の両肩に手を添えると満面の笑みで、
 
「君だ。……君こそ、僕が探し求めていた存在だ」
 
 一息。真摯な眼差しで空を見つめ、その手を取り、
 
「僕と一緒に、香霖堂に来てくれないだろうか?」
 
「うにゅ!?」
 
 まるでプロポーズのような物言いに、焦った空は混乱し、傍らの燐に助けを求めるが、燐は燐で、目を輝かせ二人の動向を見守っている始末。
 
「……貴方。その途中経過をすっ飛ばして結論だけを端的に言うのと、紛らわしい物言いは止めた方が良いわよ」
 
 割り込んできた聞き覚えのある声に、一同が揃って振り向く。
 
 そこに居るのは、キスメとヤマメを引き連れ、風呂上がりの為、頬を上気させたさとりだ。
 
 彼女はヤレヤレと溜息を吐き出し、
 
「それで? お空が電気とやらなの?」
 
「いや、電気そのものではなく、電気の元となるエネルギー塊と思った方がいい」
 
 つまり、電気を得ようとするならば、彼女の力を電気へと変換する為の何かが必要なのだ。
 
「……澱忌はどうしたのよ? 澱忌は」
 
「何時までも過去に捕らえられていては、人間前に進む事など出来はしない。
 
 自らの誤りを素直に認め、新しい発想を選択出来る者が賢者と呼ばれるんだよ」
 
「……私は妖怪よ。――それに貴方、照れ隠しじゃなくて、本気で言ってるわね」
 
 まあ、この程度の自信過剰で驚いていては、幻想郷でやって行けないが。
 
 ともあれ、エネルギーの目安は着いた。後はそれを電気へと変換する方法を探せば良いだけだ。
 
「今日の所は、これで失礼するよ。色々と調べる必要が出来たようだ」
 
 ……まずは紅魔舘で資料集め。……ひょっとしたら、河童の力も借りなければならないかもしれないな。
 
「糸はどうするの? 香霖堂」
 
「あぁ、また後日頼む。どうやら今回は準備不足のようだ」
 
 ヤマメに断りを入れて踵を返し、ブツブツと独り言を呟きながら去って行く霖之助。
 
 それを見送ったさとりは空の心を読んで溜息を一つ。
 
 ……だから、訂正はしていきなさいって。
 
 地上でも同じような言動で少女達に勘違いさせているのではないか? と思い、呆れたようにさとりは再度の溜息を吐いた。
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