香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第43話 兎の道案内
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 己の考察(第42話参照)から、電気は地下にあると判断した霖之助は、地下世界を目指すべく迷いの竹林を訪れていた。
 
 ……たしか阿七が、地下世界の入り口は迷いの竹林にある。と言っていたが。
 
 素人が迂闊に足を踏み入れて、辿り着くのは困難だろう。
 
 ……さて、どうしたものか?
 
 入り口の場所を知っているような者となると、相当迷いの竹林に精通している者でなければならない。
 
 ……となると、候補は二人に絞られる。
 
 一人は永遠亭の妖怪兎達を束ねる因幡・てゐ。
 
 もう一人は、迷いの竹林を根城にする変わり者、藤原・妹紅。
 
 ……とはいえ、その二人をこの竹林の中から探し出すだけでもかなりの困難だ。
 
 と霖之助が何もしない内からウンザリし、溜息を吐き出していると、竹林の上空で派手な火花が上がった。
 
 ……何だ?
 
 上空を見上げ、全てを理解する。
 
 二人の少女が、互いに光弾と炎弾を撒き散らしながら戦闘しているのだ。
 
 雅な着物を身につけ、色取り取りの光弾を展開しているのが永遠亭の姫、蓬莱山・輝夜。
 
 炎の翼を背負い、白のワイシャツに紅のもんぺ姿の少女が、藤原・妹紅だ。
 
 ……これは丁度良い。
 
 まさか、これ程早く目的の人物を見つけられるとは思っても見なかったが、これも日頃の行いの良さの賜物だろうと納得し、霖之助は上空で暴れる彼女達を目印に竹林を歩き始める。
 
 ちなみに、空を飛んで近づいて行くと、敵と間違えられて自分の方にも弾幕がやって来るので、それだけは絶対にしてはならない。
 
 歩き続ける事数分。
 
 少し開けた広場まで出ると、そこには既に先客が居た。
 
「おや?」
 
「ん? 香霖堂じゃない」
 
「やあ、師匠。それに鈴仙もか」
 
 永遠亭の兎コンビ。鈴仙・優曇華院・イナバと霖之助の師匠こと因幡・てゐだ。
 
 鈴仙は霖之助に興味無いのか、一瞥しただけでそっぽ向いてしまったが、師弟関係にあるてゐは霖之助の元に寄って来て、
 
「何? 永遠亭に用でもあるのかい?」
 
「いや。永遠亭じゃなく、地下世界の方に用があってね。道案内を頼もうと思って、妹紅か師匠を捜してたんだが、ちょうど良かった。――頼めるかい?」
 
「タダ……?」
 
 間髪入れず問い掛けてくるてゐに対し、霖之助は懐から飴玉を取り出すと、
 
「相場としてはこんな物かな?」
 
 飴を貰ったてゐは、暫し考えた後、
 
「まぁ、及第点かな……。お金を渡そうとしたら、その時点でアンタの負け。弱みに付け込まれて財布ごと取られると思いなよ」
 
 不測の事態に備え、子供騙し程度の品を幾つか用意しておくべし。
 
 てゐならば、口先だけで案内を引き受けさせていただろう。
 
 こういう事は、霧雨道具店では習わなかったので、色々と勉強になる。
 
 飴玉を口の中に放り込み、舌の上で転がすてゐ。
 
 霖之助は懐から新たな飴玉を取り出すと、一つは自分の口に放り込み。もう一つを鈴仙に差し出した。
 
「君もどうだい?」
 
「いらない」
 
 そげなく断られたが、霖之助は気にせず飴玉を懐に戻した。
 
「しかし……、毎度毎度よく飽きないね、あの二人は」
 
「もう日課になってるからね。……週に1回は殺し合わないと落ち着かないんでしょうよ」
 
「そいつは何とも高尚な日課な事だね」
 
 微塵もそう思っていない口調でそう言った。
 
 暫くは、輝夜と妹紅の弾幕合戦を眺めていた三人だが、興が乗ってきた二人の攻撃は激しさを増し、周囲に落ちる流れ弾の数も徐々に増えてくる。
 
「ヤレヤレ、危なっかしいな」
 
 ポーチから太極印模様の番傘を取り出して差す。
 
 勿論ただの傘ではなく、八雲・紫や風見・幽香の愛用している物と同じ、雨、日射し、弾幕まで防ぐ優れ物の傘だ。
 
 それを即座に察したてゐは、霖之助の傍らに立ち、安全圏を確保する。
 
「鈴仙も入ったら? 危ないよ」
 
「いいわ」
 
 月の民として根底の部分に選民思想的な意識のある鈴仙は、穢れた地上の民である霖之助の庇護下に入る事を拒否し、霖之助達の方を一瞥もせずに上空の二人を見上げている。
 
 その時だ。光弾と炎弾の混成弾が霖之助達の方へ降り注いで来た。
 
 余りにも数が多く、躱しきれないと判断した鈴仙は、防御を選択するが、直撃の寸前、彼女の眼前に傘が広がり、全ての弾幕を防ぎきった。
 
「危なかっしい事この上ないな」
 
 霖之助は溜息混じりに告げて、傘を差した状態のまま、
 
「怪我は無かったかい?」
 
 鈴仙の事を心配するように問い掛ける。
 
 対する鈴仙は、不意打ちのような気遣いに戸惑いつつも、辛うじて返事を返すだけに留まるが、
 
「そうか。それは良かったよ……」
 
 安堵の吐息を吐き出す霖之助。
 
 見下していた筈の霖之助に助けられ、尚かつ優しくされたという事実に戸惑う鈴仙だったが、霖之助の腕に怪我がある事を発見。
 
「あぁ、さっきのが一発擦ったみたいでね。まぁ掠り傷だから、大した事も無いんだが」
 
「止血します」
 
 みなまで言わさずスカートのポケットからハンカチを取り出し、霖之助の怪我をした箇所に丁寧に巻いていく。
 
 極力、感情を込めないように告げ、黙々と作業する鈴仙だが、頬は赤く染まり気を抜くと泣いてしまいそうだった。
 
 その感情が何なのか、本人にも理解出来ず、持て余したままで治療が終わる。
 
「ありがとう。助かったよ」
 
「い、いえ……。礼を言うのは私の方で……」
 
 想いが言葉にならないのがもどかしい。
 
「さて、それじゃあ、僕はそろそろ行くよ」
 
 言って、霖之助は傘を鈴仙に差し出し、
 
「良かったら、使うといい。また、さっきみたいに流れ弾があるかも知れないしね。
 
 じゃあ、道案内を頼めるかい、師匠」
 
「了解」
 
 鈴仙はただ去って行く霖之助とてゐの後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 鈴仙の姿が完全に見えなくなると、霖之助は傍らを歩くてゐに向け、
 
「あれで良かったのかい? 師匠」
 
 取り敢えず、てゐに言われるまま態々血糊まで使って振る舞ってみたのだが、アレには何の意味があったのだろうか?
 
 ワケが分からず首を傾げるしか出来ない霖之助を尻目にてゐはニヤリとしか形容出来ないような笑いを浮かべ、
 
「練習にしては上出来さね」
 
 少々、気障すぎる感じもしないでもないが、初心な乙女相手にはあれ位で丁度良い。
 
 ……やっぱり、コイツにはジゴロとしての才能があるね。
 
 この才能をどうやって活用して一儲けするか? それが問題だ。
 
 そんな事をてゐが考えているとはつゆ知らず、
 
「ところで、あの傘はそこそこ高価な物だから、回収しておいてもらえると助かるんだが」
 
「あぁ、そんな事なら心配しなくても、鈴仙がちゃんと返しに行くよ」
 
 そう。そうすれば、彼に会う口実が出来るからだ。
 
 ……さあ、面白くなってきた。どうやって、鈴仙をからかってやろうか。
 
 ほくそ笑みながら歩くてゐ。
 
 目的の場所は、すぐそこまで迫っていた。
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