香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第42話 死神の届け物
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
――無人の筈の無縁塚。
そこに背の高い人影があった。
手には歪に歪んだ大鎌。三途の川の船頭、死神の小野塚・小町だ。
仕事をさぼり、昼寝に訪れた彼女は適当な場所に横になる。……と、尻に違和感を感じ、その辺りを探ってみた。
「うん? 何だいコレは」
彼女の手に触れたのは、一本の煙管だ。
「……コイツは」
見覚えがある。というか雁首に名前が刻まれている。
「霖之字の煙管じゃないか」
暫し考えた小町は、その煙管を懐に収め、
「まったく、しょうがないヤツだねぇ。優しいアタイが親切に届けてやるとするか」
それを口実に、サボリを正当化しようという算段だ。
ついでに、……あくまでもついでに、香霖堂でお茶でも御馳走になるとしよう。
そう考え、小町は香霖堂に向け飛び立った。
●
今日も今日とて客の入りが無い香霖堂。
店主は店主で何をするでもなく、日がな一日水煙草片手に本を読んで過ごしている。
先日のちょっとした外界旅行以来、霖之助は電気というものに興味を示し、今日も紅魔舘から借りてきた外界の電気に関する本を乱読している所だった。
「ふむ……。どうも、詳しい記述が示された本が見当たらないな」
肩のこりを解しがてら、カウンターに置いたお茶を啜る。
紅魔舘の蔵書を持ってしても、電気に関する詳しい記述は見つけられない。
……これはひょっとしたら、あの八雲・紫が意図的に情報をシャットダウンしているのかもしれないな。
正直な話、灯油同様、霖之助個人が使う分には、対価さえ支払えば紫から電気を供給してもらう事は可能であるし、紫もその事をそれとなく臭わせているのだが、霖之助はまったく気付いていなかった。
……そもそも、電気とは一体どのような物なのか?
蓮子曰わく、プラグをコンセントに差し込む事により電気が供給されるらしいのだが、
「あの時、見た感じだと壁に埋め込まれている様子だったな」
という事は、電気とは壁から供給されるような物なのだろうか?
……いや、そうじゃない。壁に埋め込まれたコンセントはただの出口で、実際に供給されているのは地下である可能性も高い。
「そうか! 電気とはすなわち澱忌! 地下深くに溜まった忌まわしき澱みの事を指していたんだ! そしてコンセントとは魂線途、読んで字の如く魂の線で繋がれた途(道)の事だったんだ!!」
……つまり、電気は地下世界の最も深い所にある!
「……相変わらず、ワケの分からない事言ってるね霖之字」
突如掛けられた声にそちらを振り向くと、そこには何時の間に入って来たのか、呆れた表情の小町が立っていた。
「来たなら一言くらい声を掛けてくれ」
憮然として霖之助が告げるが、小町はヤレヤレと肩を竦め、
「3回ほど声を掛けたんだけどね。アンタ全然気付かなかったじゃないか」
……そうだったろうか?
考察に集中していた為、気付かなかった。
「いつも通りのアンタらしくて安心したよ」
嫌味の無い笑みを浮かべて告げる小町。対する霖之助はからかわれていると思ったのか? 浅く溜息を吐き出し、
「それで? 今日は何の用だい?」
問い掛けてみると、小町はその豊満の胸の間から一本の煙管を取り出して霖之助に手渡し、
「はいよ。無縁塚に落ちてたから拾ってきてやったよ」
煙管を受けとった霖之助は、未だ彼女のぬくもりが残るそれに視線を落とし、そして小町に向き直ると再度の溜息を吐き、
「あぁ、ありがとう。それに関しては素直に礼を言わせてもらうが、君はもう少し恥じらいというものを憶えた方が良いと思う」
懐から取り出した所為で、胸元が乱れているのも気にせず平然としている小町に苦言を告げるも、彼女は全然気にしていない。
それどころか、小気味よい笑みを浮かべて、
「おや? アタイの事、女として見てくれるってのかい。そいつは嬉しいねぇ」
そういうサバサバした所が、彼女の魅力の一つなのだろう。
小町は興味深げにカウンターの上に置かれた水煙草を見て、
「ところで、こいつは一体何だい? 霖之字」
「水煙草という。……その名の通り、煙草の一種だね」
答えた霖之助は、吸い口を小町に差し出し、
「吸ってみるかい?」
「勿論さ」
霖之助から吸い口を受け取り、深く煙を吸い込む。
煙を肺で堪能し、紫煙を一気に吐き出した。
「感想は?」
「悪くは無いけど、アタイはやっぱりコイツの方が良いね」
言って取り出したのは愛用の煙管だ。
やはり、慣れた物が一番良いというのが愛好家の性だろう。
霖之助は肩を竦めると引き出しから刻み煙草を取り出してカウンターの上に置き、
「煙管のお礼だよ。好きなだけ吸っていってくれ」
「お、太ッ腹だね霖之字」
嬉々とした表情で火皿に煙草を詰めていく小町。
そんな彼女の背後では、丁度手伝いにやって来た閻魔様が悔悟の棒を大きく振りかぶっていた。