香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第40話 さとりのプレゼント
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 霊夢と魔理沙が博麗神社でノンビリとお茶を飲んでいると、珍しい客がやって来た。
 
 やや青みがかった銀髪に、半開きの目。薄紫の服に身体にまとわりつくような第三の眼差しを持つ妖怪。地下世界、地霊殿の主、古明地・さとりだ。
 
「こんにちわ」
 
「随分と珍しい客が来たもんだぜ」
 
「本当ね。どうしたの? アンタがわざわざ地上に上がってくるなんて」
 
 また地底で何かしらの問題でもあったのか? と僅かに身構える霊夢だが、さとりはそれを制し、
 
「いえ。今日、地上にやって来たのは私用の為です」
 
「私用……?」
 
「はい。実はもうすぐ妹の誕生日なのですが、何か珍しい物でもプレゼントしてあげようと思いまして。
 
 出来れば地下世界に無いような物をあげたいので、そういう物を取り扱っているお店を紹介してもらいたいのですが」
 
 要件を聞いた二人の脳裏に思い浮かんだのは、あの怪しい風体の古道具屋。
 
「なるほど、香霖堂ですか」
 
 別に案内するのは構わないのだが、店主の前で自分の考えている事をバラされるのは、流石に勘弁してもらいたい。
 
 ……そんな事になったら、
 
 想像し、頬を染めて悶えたり、しかし、次の瞬間には顔を青ざめさせ気落ちしたりと忙しい。
 
 そんな彼女達の心を読んださとりは深々と溜息を吐き出し、
 
「心配なさらずとも、道案内まで頼もうとは思っていませんし、貴女方の心情をバラそうなどとも考えていませんよ」
 
 まあ、彼女達の場合、わざわざ心を読まなくても、その表情を見ればおおよその事は想像が付くが……。
 
 魔理沙の思考から香霖堂の場所を察したさとりは踵を返し、件の店へと飛び立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ごめんください」
 
 ドアを開け、薄暗い店に入ると、それまで本を読んでいた店主が顔を上げ、
 
「いらっしゃい。初めて見る顔だね」
 
 ……まともな客かな? ちゃんと代金を支払ってくれるんだろうな?
 
「えぇ、古明地・さとりと申します。この店には珍しい物があると、霊夢達に聞いてやって来ました」
 
 ……霊夢達の紹介か。なら、ちゃんと支払ってくれる可能性はほぼ皆無だな。……どうやって追い出すか。
 
「……ちゃんとお金は支払いますから、そんなに警戒してもらわなくて結構ですよ」
 
「おや? 口に出ていたかな?」
 
「いいえ。それが私の能力ですので」
 
「……能力?」
 
 ……あぁ、そう言えば何時だったか魔理沙達が、覚妖怪に会ったと言っていたなぁ。
 
「はい。その覚妖怪が私、古明地・さとりです」
 
「ふむ……」
 
 覚妖怪の対処法は古来から一つだけ、……心を無にする事だと言う。
 
 ……無。
 
 ……無か。――しかし、無とは簡単なようで難しい。
 
 哲学において“無”という場合は、有に対する無であって、相対的な概念である。
 
 つまり、無とは存在しない。という事であるが、それを認識してしまった時点で、無が存在するという事になる。……これは一つのジレンマだ。
 
 そもそも無とは数学的な意味合いでは0を示し、0の理念は、仏教では“空”を意味する。
 
 この場合の空とは、「膨れ上がった」「うつろな」との意味であるが、膨れ上がった物は中が空であるとの考え方から来ているという。
 
 そこから連想されるのはすなわち風船だ。
 
 風船と一言に言っても様々な種類があるが、幻想郷で最もポピュラーなのが紙風船だろう。
 
 この紙風船。和紙をボール状に貼り合わせただけの玩具であるが、実に奥が深い。
 
 そもそも紙風船の語源は神封仙。すなわち、神や仙人さえも封じる事が出来る法具を真似て作られているのだ。
 
 主に紙風船を構成する和紙を染めているのは、赤、黄、白、青、緑の5色だ。この内、緑は黒が劣化したものであり、緑を黒に置き換えると、それぞれ四方を守護すると言われる四神と中央に座す黄龍を現す事になる。
 
 なるほど、四神と黄龍の力があれば神や仙人であろうとも封印出来るというものだと納得もする。
 
 そんな大層な法具が、何故子供の玩具のような扱いを受けているのか? それにも当然、理由がある。
 
 僕が思うに――。
 
「ふ、ふふふ……」
 
 霖之助の心を読んださとりが、思わず吹き出してしまった。
 
「貴方、本当に面白いですね」
 
 人妖を問わず、今まで様々な者達の心を読んできたが、ここまで心が忙しない人に出会ったのは初めてだ。
 
 そもそも、どんな思考をすれば、無から紙風船を経て四神にまで話が飛躍するのだろう?
 
 その行程も楽しかったが、彼の心を読んでいるだけで退屈はしないのだろうと思ったさとりは、手近にあった商品を手に取り
 
 ……今度は、どんな思考を見せてくれるのかしら?
 
 そんな期待と共に、霖之助に質問を投げ掛けた。
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