香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第39話 屋台の修理
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
深夜の香霖堂のドアを叩く音があった。
最初の内は無視しようと思っていた霖之助だが、この手の輩は出て行くまで延々とドアと叩き続けるものと相場が決まっている。
深々と面倒臭そうな溜息を吐き出し、読みかけの本に栞を挟んでドアの鍵を開けてやると、そこに居たのは屋台を営む夜雀、ミスティア・ローレライだった。
「本日の営業は終了しました。またのご来店をお待ちしております」
それだけを告げてドアを閉じようそするが、それよりも早くミスティアの足がドアの隙間に滑り込む。
「お客様〜♪ お客様は神様です〜♪」
暫し考えた霖之助は溜息を一つ、
「……ちゃんと代金は支払ってくれるんだろうね?」
「当然当然当たり前〜♪」
……その当たり前がまかり通らないのが幻想郷なのだ。
とはいえ、ちゃんと支払いをすると言っている客を蔑ろにするわけにもいかず、霖之助はミスティアを店に招き入れた。
「それで? 一体何をお求めで?」
早速、商談モードに入る霖之助に対し、ミスティアは身振り手振りで大きな円を作り、
「タイヤをねー。探してるのよ」
「タイヤ? ……屋台のかい?」
「そうそう、それそれ」
確かに、幻想郷では未だにゴムの加工技術は無く、人里の屋台は全て木製の車輪を使用している。
……が、ミスティアの屋台は元々外の世界から幻想郷入りした屋台を改良した物だ。
外壁などの修理は自分で出来ても、タイヤなどの代用品はどうしようも無い。
「なるほどね……。事情は大体分かった」
言って、霖之助は行灯の明かりを提灯に移すと、
「ちょっと、外の倉庫を見てこよう」
ちなみに、格好を付けて外の倉庫などと言ってはみたものの、実際は店の周りに野晒しにされているだけだ。
店の裏手に積み上げられたタイヤ。
その中から一つを抜き出し、店で待っているミスティアの元へ持っていく。
「やあ、待たせたね」
持ってきた車のタイヤを足下に降ろし、
「ご注文の品はこれで良かったかな?」
幻想郷広しといえど、こんな品を取り扱っているのは香霖堂だけだという自負から、思わず笑みが零れる。
だが、ミスティアは不満そうな表情で、
「違う違うー」
言って、霖之助の手を取り外に出る。
そのまま500m程離れた所に鎮座する……。正確にはパンクして動けなくなった屋台の所まで彼を引っ張って行き、
「これ! このタイヤー」
実物を見て、納得した。
確かに、霖之助の用意した物とは大きさも太さも違う。
だが、これと同じような物は香霖堂には無かったと思う。
……ここで無いと言うのは簡単だが、それでは香霖堂という店が安く見られる。
暫し思い悩んだ霖之助だが、何かを思いついたのか? 手を打ち合わせ、
「同じタイヤが無いのなら、香霖堂にあったタイヤをこちらに付け替えれば良い」
結論すれば話は早い。
ミスティアと協力し、二人で屋台を香霖堂まで運ぶと、まだ辺りは闇に覆われているというのに修理を開始した。
●
屋台に付いていたタイヤを取り外し、店の裏手から先程と同じサイズのタイヤを持ってくる。
そのまま取り付けられたら楽だったのだが、屋台用のタイヤと車用のタイヤとでは、規格からして全くの別物だ。
早々簡単には、取り付けられない。
なので霖之助は、タイヤとタイヤを繋ぐシャフトごと新調する事にした。
それが完成する頃には、既に日は高々と登り切っていたが、霖之助は構う事なく、取り付けの作業に取りかかる。
タイヤのサイズが変わった事により、バランスが悪くなってしまったので、それを補う為に支え棒の長さを調整したり、店にあった使えそうな道具を取り付けたりと、当初の目的を忘れ作業する事、一昼夜。
汗と油、そして煤で汚れた頬を拭い、完成した屋台を満足げに見つめる。
「見るがいいミスティア。――これが移動式香霖堂、第二支店だ!」
自信満々に告げた霖之助を、ミスティアは笑みのまま蹴り飛ばした。