香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第38話 巫女装束の代金
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幻想郷には二人の巫女が居る。
 
 赤い方が博麗・霊夢で、青い方が東風谷・早苗という。
 
「ごめんください」
 
 香霖堂の扉を開けてやって来たのは青い方の巫女だ。
 
「やあ、いらっしゃい」
 
 読んでいた本を閉じ、早苗を迎え入れる。
 
 霊夢や魔理沙などが見れば、自分達と対応が違うと不平不満を口にするだろうが、そもそも客ですら無い彼女達と、ちゃんと代金を支払ってくれる彼女とを一緒くたにする時点で間違っていると霖之助は思う。
 
「注文のあった巫女装束とお祓い棒も出来てるよ」
 
「ありがとうございます」
 
 彼女が香霖堂に巫女装束とお祓い棒を注文しに来たのは、1週間程前の事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……こんにちわ」
 
 幾分、くたびれた声色で店にやって来た客に対し、霖之助は面倒臭そうに本から視線だけを上げて相手を確認する。
 
「随分とボロボロだね」
 
 一目見て分かる程に、早苗の服装はボロボロだった。
 
 左の袖は千切れ、所々綻び、髪もボサボサで明らかに弾幕ごっこで敗北したのが分かる状態だ。
 
「あ、あはは……。来る途中で霊夢さんに会ったので、不意打ちで挨拶してみたんですが、負けちゃいました」
 
 苦笑混じりに告げる早苗。
 
 幻想郷にやって来た当時の彼女と比べると、随分ここの風習に馴染んだものだと、感慨深げに溜息を吐く。
 
 ……その内、ツケとか言い出しそうで怖いよ。
 
「香霖堂さんで、服の修繕とかもやってくれると霊夢さんに聞いたんですが」
 
「あぁ、やってるよ」
 
「じゃあ、すみませんけど、お願い出来ますか?」
 
 お金さえ払ってくれるのならば、別に構わない。
 
 奥の部屋のタンスの一番下。替えが入ってるから、着替えてくると良い。
 
「はい。分かりました」
 
 頷き、霖之助の指示通り奥の部屋へと姿を消した。
 
 早苗が姿を消してからおよそ10分後……。
 
「あの、香霖堂さん」
 
 襖の向こうから顔だけを出した早苗が恐る恐るといった様子で、
 
「どうして、霊夢さんの巫女装束がここにあるんですか?」
 
 早苗としては、もしや霖之助と霊夢がそういう関係なのではないか? と邪推していたが、返ってきた返答は、素っ気無く、
 
「僕が彼女の巫女装束やお祓い棒を作っているからだけど? それがどうかしたかい?」
 
「い、いいえ。何でもありません」
 
 奥の部屋に引っ込んで頭を振り、煩悩を退散させて、更には頬を叩いて気合いを入れ直す。
 
 しかし、袖を通してみて初めて知ったのだが、この巫女装束。
 
「霊力が……」
 
 別に増幅されるとかいうわけではないが、妙な違和感を感じる。
 
 それも悪い方ではなく良い方に。
 
「すみません。ちょっと……」
 
 それだけを告げると、表に出て空に浮いてみる。
 
 何事か? と早苗の後を追って外に出た霖之助。
 
 ……やっぱり。
 
 実際に空を飛んでみて確信する。
 
 ……霊力の制動が鋭敏になってる。
 
 今までの制動がp単位で行っていたとすれば、今はo単位での制動が可能だ。
 
「香霖堂さん。この服って……」
 
「あぁ、特殊な染料で染めた糸で服全体に紋様を刻んであるんだ。
 
 霊夢は魔理沙程の速度も火力も無い分、精密な動きが得意だからね。短所を補うより、長所を伸ばすように仕向けてある」
 
 ……もっとも、霊夢自身はその事に気付いているのか、いないのか定かではないが。
 
「もしかしてお祓い棒も?」
 
「当然、普通の品じゃない。榊自体が樹齢100年以上の霊木を使用しているし、霊力を高める為、芯には特殊な合金を仕込んである。
 
 勿論、紙垂にも細工がしてあって……」
 
「あの、香霖堂さん」
 
 霖之助の説明を遮り、早苗が口を開く。
 
「私にも、巫女装束とお祓い棒を作ってもらえませんか?」
 
 同じように神に仕える者として、霊夢の有り様は憤りもするが、同時に尊敬する事もある。
 
 だからこそ、少しでも彼女に近づきたい。
 
 近づき、彼女を越える事が出来た時、自分は最も敬愛する二柱に対し、どんな顔で会う事が出来るだろう?
 
 霖之助にとって早苗の注文は、ある程度予想していた問い掛けだ。
 
 ……何しろ、僕の作った服だからね。見る物が見れば、その価値が分かる。
 
「多少、お高くなるが、良いかい?」
 
「えっと……、お幾ら位になりますか?」
 
 すかさず財布と取り出す早苗に、好感を覚えるが、彼が彼女に欲した物はお金では無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「デザインは同じなんですね?」
 
「あぁ、その神社独自の様式というものがあるからね。それは尊重すべきだと思う」
 
 とはいえ、博麗神社にはそんなものは無く、霊夢の巫女装束も年を経る事に微妙に変化していっているのは、偏に霖之助の趣味だ。
 
 取り敢えず着込み、不備が無い事を確認した上で、巫女装束にもお祓い棒にも文句は無かったが……、
 
「あの……、本当にそんな物で良かったんですか?」
 
 問い掛ける先にあるのは、カウンターの上に乗せられたダンボール箱だ。
 
 中には、早苗が幼少の頃より使ってきた学校の教科書が収められている。
 
 いずれ、外の世界に修行に出たいと思っている霖之助にとって、外の世界の常識を勉強するのに、これほど最適な物は無い。
 
「あぁ、他にも外の世界の書物や道具なんかがあるなら、勉強させてもらうよ」
 
 笑みを浮かべながら告げる霖之助に、早苗は罪悪感を感じずにはいられず、
 
「やっぱり悪いです」
 
 言って暫し考え、
 
「人手がいるような時とか、妖怪退治の依頼とかあったら言ってください。
 
 私、頑張りますから」
 
 むん! とガッツポーズを取る早苗。
 
 何故、彼女がそんなに張り切っているのかは分からないが、人手が確保出来るというのであれば、手伝ってもらおう。
 
「あぁ、その時は遠慮無く声を掛けさせてもらうよ」
 
 取り敢えず、彼女には今度倉庫の虫干しをする時にでも手伝ってもらおう。
 
 そう思う霖之助だった。
 
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