香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第37話 本日休業(パーティー編)
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
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面倒臭い……。
そうとしか形容出来ない溜息を霖之助は吐き出す。
理由は、彼の手にある一通の招待状だ。
紅魔舘から彼宛に届いたパーティーの招待状。何時もであればスルーする所だが、今回ばかりは逃げられそうにない。
何でも今回のパーティーはフランドール・スカーレットの誕生パーティーらしく、彼女直筆の招待状をわざわざ直接届けに来たのだ。
これがレミリアなら即座に断れただろうが、無邪気なフランドールが相手となると、どうも強く出られず、了承してしまった。
とはいえ、こうなってしまった以上は仕方がない。
「騒がしいのは苦手だが、諦めるとしよう」
ついでだから図書館で本を借りてくるのも良いかもしれない。
そう結論し、霖之助は箒に乗って紅魔舘に向かった。
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「お久しぶりです。店主さん」
「やあ、ひさしぶりだね。美鈴」
紅魔舘に到着した霖之助は、門番を務める美鈴に気軽に挨拶し、懐から招待状を取り出すと彼女に差し出す。
「随分とお早いんですね。一番乗りですよ」
「ここは暇潰しには事欠かないからね。パーティーが始まるまでは図書館に籠もらせてもらうよ。……それより君は、今日も門番の仕事かい?」
「はい。それが私の仕事ですから」
自らの仕事に誇りを持っているのだろう。その姿勢は素直に感心出来た。
招待状のチェックが終わった美鈴は、霖之助に対し半歩道を譲り、
「ようこそ紅魔舘へ。当主以下紅魔舘一同は森近・霖之助様を歓迎します」
深々と一礼して告げる。
対して霖之助は美鈴に一言礼を述べ、門を潜った。
中庭の道を通り紅魔舘の玄関へと辿り着く。道すがら、擦れ違う妖精メイド達とは執事のアルバイトをしていた時(第6話参照)に顔見知りだ。
手短に挨拶を交わしつつ、図書館を目指していると、メイド長である咲夜と出会った。
「あら? 随分とお早いお越しなんですね」
「あぁ、暇潰しに図書館の方を覗かせてもらおうと思ってね」
そう言うと、咲夜は呆れた顔で小さく肩を竦め、
「まあ、そんな事だろうと思いましたけど」
と、その時彼女の名を呼ぶメイド妖精の声が聞こえてきた。
「相変わらず、忙しそうで何よりだ」
「そう思うなら、また家に働きに来てくださいな」
「まあ、気が向いたらね」
……余程の事でも無い限り、向かないだろうが。
内心で、そう思っていると、咲夜もそれを読んだのか? それとも元より余り期待していないのか? 小さく微笑を浮かべ、
「それじゃあ、失礼しますわ」
言うと同時、姿を消した。
残された霖之助は特に感慨も無く再度進行方向を図書館に向けると歩き出す。
「それにしても……」
歩きながら周囲を見渡し、
「いつ来ても広いお屋敷だ。掃除の事を考えると嫌気が差すね」
「別に私が掃除するわけじゃないから問題無いわよ」
聞こえてきた声に振り向いてみると、そこにはこの館の主、レミリア・スカーレットが居た。
「やあ、主人自らお出迎えとは……。僕の格も随分と上がったものだ」
……これは、草薙の剣に認められ、天下を統べる日も近いかもしれない。
「偶然会っただけよ。……というか、アンタのその無意味な自信が何処から来るのか教えて欲しいものだわ」
草薙の剣の話をするつもりは無いが、自身の偉大さを知ってもらうには良い機会だろう。と霖之助は力強く頷き、
「聞きたいかい? なら――」
「パチェ、入るわよ」
霖之助の言葉を見事にスルーし、レミリアが図書館のドアを開く。
暫く、どうしたものかと静止した体勢のまま悩んだ霖之助だが、妖精メイド達が妙な目で見てくるので、咳払いを一つすると、レミリアに続いて図書館に足を踏み入れた。
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埃と紙とインクの匂いに満たされた地下図書館。
「久し振りに来たが、……やはり、ここは落ち着くね」
呟いた霖之助に対し、レミリアは心底理解出来ないとでも言うような表情で、
「……パチェもそうだけど、その感覚だけは理解出来ないわ」
「私としては、日光浴をしたがる吸血鬼の気持ちの方が理解出来ないわ」
「あらパチェ、居たの?」
上方の本を立ち読みしていたのであろうパチュリーは、そのまま降下してレミリア達の前に音もなく着地すると、
「当然居るわ。私がここから余り出ないのは良く知ってるでしょう?」
「最近はそうでも無いようだけど?」
横目で霖之助を眺めつつ告げるからかいを含んだレミリアの声色に、パチュリーはフラットな表情のまま踵を返し、
「いらっしゃい。お茶くらいは出すわ」
自ら先導して歩き始め、小悪魔にお茶を持ってくるように命令する。
閲覧室まで案内し、愛用の椅子に腰掛けたパチュリーは一息吐き、
「それで? 何の用なのかしら……って、森近は何処!?」
先程まで一緒に居た筈の霖之助の姿が無い事に、慌てて周囲を見渡すパチュリー。
対するレミリアは落ち着いた様子で椅子に深く腰掛け、
「落ち着きなさい、パチェ。どうせ、気になる本でも見つけて、立ち読みしてるんでしょ」
言って、小悪魔の運んできたお茶を一口飲み、
「……らしくないわね。そんな程度の事で取り乱すなんて」
「別に取り乱してなんかいないわ。不慣れな人間が図書館で遭難されたら迷惑と思っただけよ」
言いつつ、自分の言葉を反芻し、
「……良いかもしれないわね。小悪魔、ちょっと咲夜を呼んできてちょうだい」
「店主がパーティーに来てないと知ったら、フランが暴れるから、やるならパーティーの後にしてちょうだい」
ヤレヤレと溜息を吐き出し、カップを置くとレミリアは徐に立ち上がり、
「じゃあ、パーティー遅れないでね」
「あら? もう行くの?」
「パチェがパーティーの事を忘れて無いか確認に来ただけよ」
一歩二歩と歩を進めてから振り返り、
「森近にも言っておいてちょうだい。……小悪魔」
霖之助とパチュリー。二人だけで置いておくと、何時までも本を読んでいる気がしたので、保険として小悪魔に言っておいた。
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レミリアの予想通り、読書に熱中してパーティーの事など忘れていた二人。
パーティーが始まっても二人の姿が見えない事を不審に思ったレミリアが咲夜に命じて図書館に様子を見に行かせると、黙々と本を読み続ける二人の愛読狂をなんとか連れ出そうと小悪魔が四苦八苦している所だった。
「……まったく、何をやってるの」
「あ、咲夜さ――ん。助けてくださーい」
涙目で懇願する小悪魔の頭を撫でて落ち着かせると、咲夜は時間を停めて二人の手から本を奪い、更には机の上に置かれている全ての本を手の届かない場所に移した。
「そして時は動き出す……」
宣言通り、周囲の時間が動きだし、手元から本が消えている事に気付いた二人が同時に不機嫌そうな顔を上げて咲夜の方を向く。
二人が何を言いたいのかは分かりきっているが、それを黙殺しつつ咲夜は笑顔で、
「さあ、お二人共。既にパーティーは始まっています。お急ぎを――」
言われ、壁に掛けられた時計で時刻を確認。
二人同時に諦めの溜息を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。
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「霖之助――ッ!!」
会場に入るなり、いきなりフランドールの体当たりを食らって吹っ飛ばされた。
今日のフランドールは何時もと違い、レースとフリルをふんだんに使用した紅を基調としたドレス姿なのだが、今の霖之助にそれを確認するだけの余裕は微塵も無い。
……忘れてたッ!?
吸血鬼という強大な身体能力を持つ種族の彼女が、未だに自身の身体能力を制御しかねているという事を。
このまま気を失う事が出来たら楽だったろうに、そうは問屋が卸してくれない。
「何処行ってたの? 何処行ってたの? 何処行ってたの? 何処行ってたの?」
襟首を掴まれ、頭を前後にシェイクされた。
このままでは首がもげると判断した霖之助は懐から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出してフランドールの眼前に掲げる。
「ふえ?」
小箱に気を取られ、動きが止まった一瞬の隙に、肺の中に残っている僅かな空気を全て使い、
「誕生日おめでとう。フランドール」
その言葉を受け、ようやくソレが誕生日プレゼントなのだと理解したフランドールは満面の笑みを浮かべ、ソレを受けとり、
「ありがとう、霖之助!」
礼の言葉を受けとると同時、霖之助は意識を手放した。
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「……ここは?」
次に霖之助が意識を取り戻した時、真っ先に目に付いたのは見慣れないシャンデリアだった。
「パーティーに出席して、大怪我する人なんて初めて見たわ」
傍らから掛けられた声に、視線だけを向けると、そこには椅子に腰掛けた八意・永琳の姿があった。
「……永琳か」
「あら? 今日は母さんと呼んでくれないのね?」
「面倒だから無視するけど、何故ここに?」
余り触れられたくない話題はスルーするに限る。
「何故も何も、私もパーティーに参加してたからよ」
運が良いのか? 悪いのか? と溜息を吐いて霖之助の胸に指を突き付け、
「取り敢えず、大きな外傷は無し。……胸の痣も二、三日程度で綺麗に消えるでしょう」
「かなりの激痛だったと思うが?」
「鍛えて無いからでしょ? それに種族的に食べなくても良いからと言って粗食しすぎよ」
その後、暫く医者としての観点から説教を食らい、大半を霖之助が聞き流した所で永琳は立ち上がり、
「じゃあ、私は行くけど。余り叱らないであげてちょうだい」
「分かってるよ」
フランドールに悪気は無い。ただ、ちょっと加減が出来ないだけなのは執事時代から良く知っているし、彼女の体当たりを受けて気絶するのはこれが初めてというわけでも無い。
「霖之助、起きた?」
永琳と入れ替わりに入って来たフランドールに対し、霖之助は身体を起こすと、
「あぁ、起きたよ」
返事が返ってくると、フランドールは表情を綻ばせてベッドに駆け寄り、
「ゴメンね。痛かった?」
「あぁ、痛かったとも。絶対に許さないから、そのつもりでいてくれ」
そう言ってやると、フランドールは頬を膨らませる。
「むー……」
そんな少女に向け、霖之助は優しく頭を撫でてやると、
「家に来て買い物をしていってくれたら、許すよ。……だから、また遊びに来ると良い」
そう告げると、フランドールは満面の笑みを浮かべ、
「うん、するよ! だから許してね!」
香霖堂にとって、フランドール・スカーレットという少女は上客なのだ。
……処分に困ったようなガラクタも高値で買い取ってくれるしね。
こんな上客手放せるものか。
フランドールの頭を撫でてやりながら、霖之助は内心でほくそ笑んだ。