香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第33話 魔法の箒の作り方
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、霊夢が暇潰しに香霖堂を訪れてみると、店主である霖之助が読書ではなく何やら道具を製作していた。
 
「……何作ってるの? 霖之助さん」
 
 別に気配を消していたつもりなどはないが、作業に集中していて気付かなかったのか、少し驚いたような様子で霖之助が頭を上げる。
 
「あぁ、霊夢か。どうしたんだい?」
 
「それはむしろ私が聞いてるのよ」
 
 呆れたように溜息を吐き出し、
 
「それで? 一体何を作ってるの?」
 
 問われた霖之助は制作途中の竹細工を掲げ、
 
「何に見える?」
 
 と逆に問い返してくる。
 
 霖之助が持つのは竹製の柄に細い竹の枝を多数使用した、有り体に言って竹箒と呼ばれる掃除道具だ。
 
 むろん博麗神社にもあるし、親友でもある霧雨・魔理沙は魔女の基本装備として常に持ち歩いている。
 
「……どう見てもただの竹箒よね?」
 
「惜しいね。――正解は、“魔法の箒”だ」
 
 自信満々に告げる霖之助に対し、霊夢は冷めた表情で、カウンターの上に置いてあった霖之助のお茶を奪って一口啜り、
 
「……そんなの全然珍しくないでしょ。魔理沙で見慣れてるし。そんなに自信満々に答えられてもかえって拍子抜けしちゃうわよ」
 
 と告げる霊夢に対し、霖之助は勝ち誇った表情で、
 
「少し、誤解があるようだから正しておくが。魔理沙の箒は魔法の箒じゃない。どこにでもある普通の箒だよ」
 
 霖之助の言っている事の意味が分からず、彼の顔を凝視してしまう霊夢だが、霖之助は構う事無く、
 
「魔理沙が箒で空を飛んでいるのは、箒を触媒としてはいるが、歴とした自分の魔法によるものだ。
 
 対してこの箒は、箒自身が空を飛ぶ為、飛行能力を持たない者であったとしても、空を駆ける事が出来る」
 
 そこまでの説明を受け、霊夢は初めて霖之助の持つ箒に興味を示した。
 
「へー……。それじゃあ、それを使えば霖之助さんも空を飛べるのね。
 
 どう? 一緒に弾幕ごっこする?」
 
「遠慮しておくよ。わざわざ自分から好き好んで疲れるような事はしない主義だ」
 
 言いながらも作業の手を停めない。
 
「そんな事だから阿求に、鍛えてないとか書かれるのよ」
 
「好きに書かせておけば良いさ。……と、これで完成だ」
 
 掃除用の箒と違い、飛行が目的である為、乗り心地向上の為かサドルが装備されている。
 
「じゃあ早速試乗を頼めるかい? 霊夢」
 
「自分で試さないの?」
 
 問うてみると霖之助は肩を竦め、
 
「万が一があった場合、飛べない僕だとどうしようも無いからね」
 
「お茶葉サービスしてくれるなら良いわ」
 
 断った所でどうせ持っていかれるのなら、それ位はサービスしてやった方が良いだろう。
 
「……分かった。サービスしよう」
 
 交渉成立。
 
 早速、霖之助から竹箒を手渡された霊夢は、その予想外の重さに驚いた。
 
「……重ッ!? 何これ? 二貫(約7.5s)くらいあるじゃない」
 
「まあね。操縦性の向上の為、意思力の伝達を高めるのに柄の内部に水銀と白金の化合物を仕込んである。
 
 ちなみに、化合の割合は企業秘密だ」
 
「聞く気も無いわよ、そんなの。それより、どうやって飛ぶの? これ」
 
「あぁ、それなら頭の中で命令するだけで良い。飛ぶなら“飛べ”右折なら“右に曲がれ”という風にね」
 
 言っている間にも既に霊夢は箒に乗ったまま上昇していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「へー……。こりゃ楽で良いわ」
 
 自分の能力で空を飛ぶ事に不満があるわけでも、それが不便だと思った事も無いが、こうしていつもと違う手段で空を飛ぶというのも、
 
「結構、新鮮よね」
 
 暫く飛んでみて満足したのか、ゆっくりと霖之助の前に降りてくる霊夢。
 
「良いんじゃないの? 普通に歩くよりも速いし、量産したら結構売れるかも」
 
 里にこの魔法の箒が行き渡れば、今よりも博麗神社に訪れる参拝客の数は増えるだろうし、永遠亭に急患を運ぶ時にも重宝されるだろう。
 
 そうなれば、香霖堂大繁盛間違い無しだ。
 
 霊夢に言われるまでもなく、霖之助としてもそのつもりで制作したのだが、この空飛ぶ箒には致命的な欠点がある。
 
「……コストがね。掛かるんだよ」
 
 材料費だけでも一本あたり、およそ50円以上の値段が掛かるという。
 
「ご、50円ですって……」
 
 その法外な値段に、思わず手にした箒を凝視してしまう霊夢。
 
 倹約すれば、1年は食うに困らないだけの額である。
 
「よくそんな貯えがあったわね……」
 
「全財産だよ。まあ、君達がツケを払ってくれるんなら話は別だが」
 
 という霖之助の話は華麗にスルーし、
 
「でも逆に言えば、それだけのお金が用意出来るようなお金持ちなら買うって事よね?」
 
 何かを思いついたように提案する霊夢に対し、霖之助は大仰に溜息を吐き、
 
「そんな物好き、人里中探しても阿求くらいしか居ないよ。そして僕は彼女にだけは売るつもりは無い」
 
 昔から便利な道具を貸すと、調子に乗って無理するのだ。ハッキリ言って危なっかしくて見ていられない。
 
 阿求以外なら、魔理沙の実家でもその程度の財力はあるが、あそこはマジックアイテムの類は一切扱わない事をポリシーとしている。
 
 言われた霊夢は暫し考え、霖之助と同様の溜息を吐き、
 
「霖之助さんって、偶に凄い物作るくせに、売り物にならないような物ばかりなのね」
 
「その分、希少価値は出るさ。暫くは自分で使う事にするよ」
 
 告げ、霊夢から箒を手渡された霖之助は、今度は自分で空を飛んでみた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数日後。
 
「えへへ」
 
 嬉しそうな笑みを浮かべ、霖之助と空を併走する魔理沙の姿があった。
 
「魔理沙……。これは外しちゃ駄目かい?」
 
 そう告げる霖之助の手元。
 
 箒の柄に巻き付けられた青と黒のリボン。
 
 対する魔理沙は断固とした態度で、
 
「絶対駄目だぜ。これはアレだ……」
 
 暫し考え、
 
「そう、教官としての命令だぜ」
 
 現在、魔理沙は霖之助に箒を使った空の飛び方の指導中だ。そんな彼女の跨る箒の柄には霖之助の物とお揃いの白と黒のリボンが巻かれている。
 
 ……香霖とお揃いだぜ♪
 
 そんな事を考えて顔を綻ばせつつ、
 
「じゃあ次は錐揉みの練習をだぜ」
 
「はいはい。お手柔らかに頼むよ教官」
 
「いーや、ビシバシいくね。付いて来いよ香霖」
 
 急上昇する魔理沙に離されないよう、霖之助も箒の先を天高く向けた。
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