香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第32話 騒霊のオルゴール
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「メガネ――ッ!?」
 
 そんな怒鳴り声と共に、香霖堂のドアを蹴り開けてやって来たのは小さな妖精の少女だ。
 
 青と白のワンピースを身に纏い、3対6枚の氷の羽根を持つ氷精。
 
 霧の湖を根城にする妖精チルノだ。
 
 否、彼女一人ではない。背後には数人の妖精達が居る。そして妖精達が連れてきているのはグッタリと力無く横たわる三人の騒霊姉妹。
 
 霖之助は読書タイムの邪魔された事に落胆の溜息を吐き出しつつも、席を立ってプリズムリバー三姉妹達の様子を見る。
 
「ふむ……、意識はあるかい?」
 
「なんとか……」
 
 霞むような声で答えたのは長女のルナサだ。
 
 全く要領を得ないチルノに説明させる事を早々に諦めた霖之助がルナサから聞き出した所、ルナサがポケットから小さなオルゴールを取り出した。
 
 曰く、このオルゴールが彼女達が生まれる原因となったマジックアイテムなのだと言う。
 
 オルゴールの不調が原因で、ここ暫く彼女達の体調が優れなかった。
 
 とはいえ、近くに控えたライブに向けて体調の悪さを騙し騙し練習していた所、身体を維持するのも難しい程に体調を崩し、近くで遊んでいた妖精達に頼んで香霖堂に運んでもらったらしい。
 
 騒霊姉妹を奥の部屋に寝かせ、いつもの席に座ってオルゴールと対峙する霖之助を不安そうな表情でチルノ以下妖精達が見つめる。
 
「……ねぇ、メガネ。楽器の姉ちゃん達良くなるの?」
 
 陽気な彼女らしからぬ弱々しい声で問い掛けると、彼女の傍らに立っていた緑色の髪をサイドテールにした青い服と昆虫のような支脈の羽根を持つ妖精が、背後からチルノの身体を優しく抱き締め、
 
「私達、霧の湖の周辺に住んでいるんですけど、皆、時折聞こえてくるプリズムリバーさん達の音楽が大好きなんです」
 
 プリズムリバー三姉妹の住む廃洋館は、霧の湖の近くにあると聞く。
 
 おそらく、練習中の音楽が零れ聞こえたものなのだろう。
 
「音楽に合わせて踊るのが皆、大好きで……」
 
 彼女達の音楽が聞こえてくると、皆遊ぶのを止めて踊り出すのだと言う。
 
「アタシ、楽器の姉ちゃん達の音楽が聴けなくなるのはイヤなの!」
 
 強い口調で断言するチルノはスカートの隠しポケットから氷づけにされた蛙を取り出し、
 
「お願いメガネ! これあげるから、姉ちゃん達治して!」
 
 彼女がそれをカウンターの上に置くと、他の妖精達も自分の宝物であろう小物をポケットから取り出し、次々と置いていく。
 
 その殆どがガラス玉や奇妙な形の石と何の価値も無いような物ばかりだ。……が、彼女達が真剣にプリズムリバー姉妹の回復を願っている事は伝わってくる。
 
 霖之助は小山になったガラクタを前に、細く長い吐息を吐き出すと、
 
「分かった。……その依頼、香霖堂が引き受けよう」
 
 妖精達の熱意に絆されたという理由だけではない。
 
 視線を落とし、年代物のオルゴールを見つめる。
 
 ……随分と昔に作った物が、こうして自分の手に戻ってくるとはね。
 
 霖之助が慧音と別れ、暫く外の世界を回っていた頃の話だ。
 
 路銀を稼ぐ為に、適当なマジックアイテムを制作しては売っていたのだが、その中の一つが、今彼の手の内にある。
 
 長い年月を経て、様々な人の手を渡り、その度に曰わくを付加されてきた。
 
 その音色は人有らざる者を呼び寄せると言われたり、または呪いのアイテムであると言われ持つ者を不幸にするとも。
 
 そして、元々は聴く者に安らぎを与える程度の音を奏でる事しか出来なかったオルゴールは、制作者の思惑とは別の物へと変化していく。
 
 その結果がプリズムリバー伯爵家の一家離散であり、騒霊姉妹の誕生でもあるのだろう。
 
 オルゴールを分解した霖之助は頭を捻る。
 
 自分が作った通りに修復する事は簡単だ。……だが、それではプリズムリバー姉妹の存在は消滅してしまう。
 
 それでは、妖精達との約束を果たす事にはならない。
 
 彼に課された依頼は、長い年月を経て追加された新たな能力を残したまま、オルゴールを修復するという事だ。
 
 ……これは少々骨が折れるな。
 
 とはいえ、この難題を前に、自然と霖之助の口元が吊り上がる。
 
 難解な注文ほど制作者としては燃えるというものだ。
 
 鯨の髭を板バネの代わりに、潮騒が聞こえるという巻き貝の殻を削り歯車を作成。
 
 飲まず食わずの作業は、夜を徹して行われた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝……。ルナサ達は、店の方から零れ聞こえてくる優しい音色で目が覚めた。
 
 身体を起こしてみるも、先日まで感じていた体調の悪さは微塵も感じない。否、むしろ今までよりも体調が良いくらいに。
 
 驚いた表情で顔を見合わせるメルランとリリカ。ただ一人、彼と面識のあるルナサだけは霖之助の事を信用していたのか、そこにあるのは驚愕ではなく信頼の笑みだ。
 
 ゆっくりと襖を開き、奥の部屋から店の方へと顔を出した三人は、そこで更なる驚きに目を見開く。
 
 カウンター席に座る霖之助。その前に置かれた小さなオルゴールの上には、希薄ながらも確かな存在として人型の何かが浮遊しいる。
 
 幽霊のような存在なのか? 半透明な為、髪や肌の色は無いに等しいが、その足首まで伸びた長い髪や儚げな面立ちは天寿を全うする遙か以前、少女時代のレイラ・プリズムリバーその人に間違い無かった。
 
 霖之助を押しのけ、我先にと慌てた様子で彼女の元に駆け寄る三人。
 
 そんな姉達に困ったような笑みを浮かべるレイラ。
 
「れ、レイラ……」
 
 震える声で彼女の名を呼んだのは、誰だったのだろうか?
 
 だが、レイラはその声に応える事もせず、悲しげな表情で首を横に振るのみ。
 
 そんな彼女の代わりに霖之助が答える。
 
「そこに居る彼女は、ただの残留思念だよ。そう遠くない未来、彼女は消滅する」
 
 淡々と告げられた霖之助の言葉に、ショックを隠しきれない三人。
 
「むしろ、彼女の想いがあったからこそ、君達が今まで存在出来たんだろうね……」
 
 僅かな間。
 
 霖之助の言った言葉の意味を考えたリリカが、ようやくと言った様子で口を開く。
 
 ……が、それは上手く言葉にならず、カラカラに渇いた喉を潤す為に生唾を飲み込み、舌で唇を湿らせて何とか言葉になった。
 
 「それって……、レイラの残留思念が消えたら、私達も消滅するって事?」
 
 レイラの残留思念のお陰で、今まで自分達が存在出来たというのであれば、逆説的にそういう事だろう。
 
 霖之助は小さく頷く事でそれを肯定し、
 
「昨日までの君達なら、ね」
 
 まるで今は違うとでも言いたげな言葉遣いで告げる霖之助は勝ち誇った笑みを浮かべ、カウンター席の引き出しから一枚の円盤を取り出す。
 
 裏面が鏡のように磨き上げられ、角度によっては虹のような光沢が映える直径12p程度の薄い円盤。
 
「名称はコンパクトディスク。用途は記憶を封じ込める程度の道具だ」
 
 自信に満ち溢れた表情で彼は胸を張り、
 
「長年使い方が分からなかったんだが、この度めでたく判明したんだ。
 
 このコンパクトディスク。その名称からして外来語のように聞こえるが、それは間違いだ。日本語で書くと、“魂魄と出いすく”。
 
 “魂魄”の魂とは精神を支える気、魄とは肉体を支える気をさし、総じて魂や幽体だけに留まらず霊体や思念体の総称と思ってもらっていい。
 
 それらを“出いすく”つまり出会いやすくする道具だったんだ。
 
 そこから記憶を封じ込める程度の道具とは、流石は僕の能力だね。なかなかに粋な解釈をしてくれる」
 
 曰く、魂や幽体を封じ込める事により、わざわざお盆を待たずとも好きな時に封じた者と再会出来るのだと言う。
 
 しかも、この“魂魄と出いすく”に封印された霊体は、それ以上魂が消耗する事も無い。
 
「おそらく、外の世界ではこの道具を使って、冥界の順番待ちを解消してるんだろう」
 
 この道具を複製して、冥界や是非曲直庁に売り込んでみるのも良いかもしれない。
 
 向こうは冥界の混雑を解消出来、死人達は魂の摩耗による消滅を回避出来る。
 
 ……今後、数百年は是非曲直庁で僕の名前が語り継がれる事になるのだろうと共に、偉業を成し遂げた人物として天国行きが約束されるわけだ。
 
 深く頷き、自らの所行を自画自賛する霖之助。
 
 薄れ消えゆくレイラに代わり、CDから新たなレイラが顔を覗かせ、綻んだ笑みを見せてくれた。
 
 新たなレイラは先程の者と違い、存在感もしっかりしていて手を伸ばすと触れる事も出来る。
 
 正直、霖之助の言っている事の意味は殆ど分からなかったが、今後はレイラと一緒に居られるという事は理解出来た。
 
「凄いじゃん店主!」
 
「ホント、今まで胡散臭いだけの怪しげで偏屈で無愛想な売れない古道具屋だと思っていたのに見直したわ!」
 
「ごめんなさい。ごめんなさい」
 
 妹達の非礼を、全力で謝罪するルナサ。
 
 頬を引きつらせながらも、気にするなと言いつつ、霖之助は報酬についての話しを切り出した。
 
「さて……、代金に関してだが、貴重な材料を使用してるからね。少々割高になるが良いね?」
 
 再びレイラと会えたのだ、多少高額な代金程度むしろ望むところだ。
 
 力強く頷いたプリズムリバー姉妹に対し、霖之助は店の片隅で集まり眠りこけている妖精達を指差すと、
 
「僕の報酬は彼女達からもう貰っているからね。次のライブに彼女達を招待してやってくれないか?」
 
 言って、妖精達が彼女達を本気で心配していた事を教えてやると、姉妹は揃って顔を見合わせ、
 
「こりゃ、張り切らないとね!」
 
 リリカが告げると、メルランが頷き、
 
「えぇ、恥ずかしいところなんて見せられないわ」
 
「頑張りましょう」
 
 決意新たに、揃って頷く。
 
「ねえ、姉さん達」
 
 恐る恐ると口を開いたレイラに自然と三人の視線が向かう。
 
「私も……、私にも手伝わせて」
 
 対する姉妹は一度視線を合わせた後、楽しそうな笑みを浮かべて揃って頷き、
 
「当然」
 
「ビシビシ鍛えるわよー!」
 
「どんな楽器が良い? あー……、ベルとかパッカーションも良いかも」
 
 浮かれながら話し合い、その姦しさに妖精達も目を覚ました。
 
 霖之助は肩を竦め、
 
「さあ、起きたなら帰った帰った。
 
 今日も香霖堂は絶賛営業中なんだから。……まあ何か買って行ってくれるというんなら話は別だが」
 
 そう言うと、少女達は揃って店の外へ出ていく。
 
「……君達はせめて何か買って行こうとかは思わないのか?」
 
「んー……。一日遊んだら飽きた」
 
 妖精達を代表してチルノが告げる。
 
 彼女達が寝ていた所をよく観察してみると、そこには商品棚に置かれていた筈の様々な売り物が散乱しており、またその大半が壊れているではないか。
 
 慌てて駆け寄り、壊れた商品を慈しむように手に取る霖之助を尻目に少女達が帰って行く。
 
「じゃあねー、メガネ。アンガト――!!」
 
 チルノを先頭に元気よく手を振る妖精達。
 
 トランペットで陽気な音楽を奏でるメルラン。
 
 妖精達に混じって手を振るレイラ。
 
 そんなレイラにじゃれつくリリカ。
 
 何度も何度も霖之助に頭を下げながら帰っていくルナサ。
 
 そんな少女達を見送りつつ、霖之助は溜息を吐きながらいつもの指定席へと腰を降ろした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……さて」
 
 小さく呟き、霖之助はカウンターの片隅に積み上げられたガラクタの中から握り拳よりも二回り程小さな真紅の石を取り出す。
 
 昨日、妖精達が置いていったガラクタの一つ。
 
 大妖精と呼ばれていた緑色の髪の妖精が持ってきた物だ。
 
「エイジャの赤石。……用途は、光を増幅させる程度の能力。か」
 
 誰も居ない店内で、霖之助は密かにほくそ笑む。
 
 確かにオルゴールを修復するのに、高価な材料を幾つか使用したが、その見返りがエイジャの赤石とCDの使い方となれば、充分以上に元は取れている。
 
 それになによりも、
 
 ……あれだけ喜んでもらえれば、道具屋冥利に尽きるというものだな。
 
 綺麗に纏めたつもりだが、報酬を返すつもりは毛頭無い霖之助だった。
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