香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第22話 魔女達の出陣(七曜編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 薄暗くカビ臭い紅魔舘の地下図書館。
 
 そこの主である少女は己の使い魔を使わず、一人、本の選定を行っていた。
 
「あの店主の弱点……、それは恋愛に興味が無いという事」
 
 まずはそれを打ち崩す。
 
「彼に恋愛に興味を持たせてしまえば、後は小悪魔なり咲夜なりが好きに料理してくれるわ」
 
 別にそれ以外……、魔理沙以外ならば彼が誰と恋人関係になろうと構わないのだ。
 
「……これにしましょう」
 
 手に取った本は外の世界の恋愛小説。
 
 それを懐に忍ばせると、数ヶ月ぶりに日の光の下へと出る。
 
 目指すは魔法の森の入り口にある古道具屋。
 
 ……待ってなさい森近・霖之助。私が貴方を恋愛地獄に叩き落としてやるわ。
 
 七曜の魔女は決意新たに紅魔舘を飛び立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 香霖堂の前に降り立ったパチュリーは大きく深呼吸すると、僅かな躊躇いも見せずに香霖堂のドアを開ける。
 
「やあ、いらっしゃい。……これは、珍しいな。何ヶ月ぶりだい?」
 
「さあ、覚えていないわ」
 
 素っ気なく告げて真っ先に向かうのは本の置かれている棚。
 
 取り敢えずそこで、めぼしい本を漁るのは愛読狂の性というべきか……。
 
 ……見た事も無い本が色々あるわね。――コレとコレと……、ついでにコレも買っていこうかしら。
 
 一冊一冊はそれ程厚みもない週刊雑誌の類だが、数が揃えばそれでもかなりの重さになる。
 
 両手いっぱいの本を持ってカウンターに向かい、支払いを紅魔舘のツケで済ませたパチュリーは、そのまま踵を返して帰ろうとした所で、今日香霖堂を訪れた目的を思い出して慌てて振り返った。
 
「……忘れる所だったわ」
 
 再度、カウンターに赴くと、懐から一冊の本を取り出すパチュリー。
 
「……コレは?」
 
「この店には、売り物とは違う貴方の個人的な収集物の本もあると聞いたのだけど」
 
「随分と、耳聡いね」
 
「情報元は秘密という事にしておきなさい」
 
 本当の所は監視している内に気付いた程度の事なのだが、こう言っておいた方が色々と含みを持たせられるだろう。
 
「そこで、貴方の秘蔵の収集物から面白そうな本を貸してもらえないかしら?」
 
「この本はその手付けというわけかい?」
 
「貸すだけよ。それなりには価値のある本だから、対価としては十二分だとは思うけど」
 
 パチュリーの手は未だ本の表紙の上に置かれたまま。
 
 これでは本の内容を確認する事も出来ない。……が、霖之助の能力を持ってすれば何の本か? 程度は知る事が出来る。
 
 ……赤と黒。用途は娯楽の為の小説か。
 
 娯楽小説という事は、暇潰しにはもってこいだろう。
 
 そう判断した霖之助は、カウンター席を立つと奥の部屋に赴き、倉庫から一冊の本を持ち出して来るとそれをパチュリーに差し出し、
 
「外の世界の式に関する本だ。これなら対価として充分だと思う」
 
 書かれているタイトルは“非ノイマン型計算機の未来・1巻”。
 
 外の世界の式……。その言葉に食指を動かされたパチュリーは、霖之助から本を受けとり、
 
「読み終わったら返しに来るわ」
 
「あぁ、君の使い魔が香霖堂に来る時にでも預けておいてくれれば良い。
 
 僕も読み終わったら、彼女に預けておくよ」
 
 霖之助の提案に頷き、パチュリーは香霖堂を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 当初の予定では、霖之助に恋愛小説を読ませ、彼に恋愛への興味を持たせる事により霖之助の先天性朴念仁体質を改善するという作戦だったのだが、その副産物として借りてきたこの本。
 
「……なかなか興味深いわね」
 
 これによると、現在外の世界での主要な式はノイマン型コンピューターと呼ばれる種類のものらしいのだが、数は少ないなりに、それ以外の亜種も存在するらしい。
 
「性能が高くても耐久性に問題があったりするのね。
 
 でも、それなら頑丈そうな妖怪に式を付ければ解決する問題じゃ無いのかしら? それとも軽い衝撃でも式が外れる程に脆いのかしら? いえ、最初から何重にも障壁を重ね掛けしておけばひょっとしたら……」
 
 早口で呟くパチュリーは、羽根ペンを片手に自分の考察を紙に書き込んでいく。
 
 その様子を本棚の影から見守る小悪魔としては、
 
「……パチュリー様があんなに嬉しそうな顔をしているなんて」
 
 過去、彼女があんな表情をしていた時の事を思い出し、背筋に怖気が走る。
 
「……なんだか嫌な予感がしますねー」
 
 願わくば、その被害が自分以外の誰かに向かう事を妖怪の山の神社に居る二柱辺りに祈る小悪魔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後……、先日霖之助から借りた本を携え、パチュリーは再び香霖堂を訪れていた。
 
「お邪魔するわ」
 
 そう言いながら来店したパチュリーに対し、霖之助は僅かに驚いた表情で、
 
「おや? 本なら、君の使い魔にでも渡しておいてもらえれば良かったんだが……」
 
 パチュリーは無言のままでカウンターに歩み寄ると、霖之助から借りていた本を取り出して置き、ページを開いて奥付を見せ、
 
「この本、全部で15巻まであるのよね?」
 
 その言葉で、わざわざ彼女自身が尋ねてきた道理がいった。
 
「残りの14冊にも興味があると」
 
「えぇ、とても興味深かったわ。
 
 “にゅーろこんぴゅーたー”の“人格移植おーえす”とか言ったかしら」
 
「確か、式神に対し自身の人格を三分割して複写するものだね」
 
「えぇ、何故わざわざ人格を三分割してジレンマを引き出すような非効率的な真似をするのかは分からないのだけど、レミィで試してみたら少しは我が儘も減りそうだわ」
 
 差し当たり、当主としてのレミリア、お嬢様としてのレミリア、幼女としてのレミリアといった所か。
 
 ……何故だか我が儘に関しては速攻で可決するような感じがする。
 
「他には、“流体脊髄ゆにっと”というものが面白そうだったわ」
 
「ふむ……、流石にお目が高いね。なんでも、ある種の遺伝子改造された菌類の織りなす大規模神経繊維集積だとか。
 
 噛み砕いた言い方をすると、思考するキノコと言った所かな?」
 
 但し、その思考速度は人間など及びもよらない。電子制御にのみ特化した存在。
 
「電子制御というのが何かはいまいち分からないけど、それを利用して自分の精神とリンクさせれば呪文の高速詠唱や多重詠唱なども可能になるんじゃないかと考えているわ」
 
 イメージ的には、手の平大の手足が生えたキノコを肩に乗せ、自分の代わりに呪文を唱えさせるといった所か。
 
「基礎理論は、式神に近いらしいから予め命令されていたもの以外は詠唱出来ないだろうけどね。
 
 それでも、他にも用途はあるだろう」
 
「たとえば?」
 
「……そうだね」
 
 暫し考え、
 
「キノコやカビについての仕組みは知っているかい?」
 
「えぇ、本に載っている程度の知識内なら」
 
 ならば話が早い。これが魔理沙ならば、キノコが専門であるにも関わらず、その生態系の仕組みなどに関しては余り詳しくないので一から説明しないといけない所なのだが、流石に知識人を相手にするのは説明の手間が省けて助かる。
 
 ……まぁ、少し物足りない気もするけどね。
 
「菌類というのは、胞子を飛ばして増殖する。
 
 そして菌類が増殖するのに、余程の事がない限り場所は選ばない」
 
 それこそ、無機物、有機物を問わずだ。
 
「高温乾燥地帯や、消毒の行き届いた所以外なら辺り構わず増殖する生物、それが菌類だ」
 
 今まで菌類は植物と思われていたが、近年では植物とは異なる独自の生態系であると考えられるようになり、現在では動物に近い生物である事が確認されている。
 
「菌類は菌糸を伸ばす事によって成長する。
 
 それらを掌握する事が出来れば、菌類から得られた情報を部屋の中に居ながらにして得る事が出来ると思うんだ」
 
 それは大雑把に言ってしまえば、菌類を利用した強制的で一方的なネットワークだ。
 
「……なるほど、それは面白いアイデアね。一度真剣に検討してみるべきかしら」
 
「その時は僕も及ばずながら協力させてもらうよ」
 
 パチュリーとしても、それは願ってもない申し出だ。彼の魔法技術の高さは魔理沙を通して知っている。 
 
「期待しているわ、店主」
 
 ガッチリと握手を交わし、その後も延々と談義に花を咲かせる二人。
 
 二人共、食事や睡眠を必要としない種族だ。時間の経過を気にする事無く話は弾み、気が付けば、既に夜が明けていた。
 
「あら、もうこんな時間なのね。そろそろお暇させてもらうわ」
 
 まさか泊まり掛けになるとは思っていなかったので、小悪魔にも言わずに出てきたのだ。ひょっとしたら心配させているかもしれない。
 
 踵を返し店を出て行こうとするパチュリーを霖之助が引き留める。
 
「これも持って行くといい」
 
 そう言って手渡したのは、“法の書”と呼ばれる魔導書だ。
 
 今回、パチュリーが持ってきた本は、前回霖之助に借りた物と新しく借りる為の交換の為の恋愛小説を一冊。
 
 そして現在、彼女の手元には彼に貸していた恋愛小説と“非ノイマン型計算機の未来”の2巻。そして、霖之助が新たに貸してくれた一冊の魔導書。
 
「流石に、これと等価交換になるような物は今は持ってないのだけど」
 
 “法の書”と言えば未だに誰も解読に成功していないと言われる難書中の難書だ。
 
 パチュリーとしても、この魔導書にはとても興味がある。……が、魔法使いは基本的に等価交換が原則。それ以外の厚意は、疑って掛かる事にしている。
 
 対する霖之助は、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、何時もの無表情に近い表情で、
 
「別に、何か見返りを求めているわけでも無いから、そんなに警戒しないでもらいたいね」
 
 表情を僅かに綻ばせ、
 
「久しぶりに満足いく討論をさせてもらったからね。これはそのお礼だよ。――勿論、貸すだけだから、読み終わったら返してもらうが」
 
 霖之助の言葉に、納得してしまった。
 
 図書館に籠もり、日々本を読んで知識を溜めてはいるものの、それを発揮する場所が無い。例え誰かに語って聞かせたとしても、相手が付いて来れず結局は独り善がりに終わっていた日々。
 
 だが、今、目の前に居る相手は、自分の全力を正面から受け止めてくれるだけの知識があるのだ。
 
 知らず知らず、パチュリーの口元に笑みが浮かんでいた。
 
「そういうことなら、お言葉に甘えて、お借りしていくわ」
 
 一息、僅かに躊躇うように、
 
「……それと、また来ても良いかしら? 」
 
「あぁ、君なら客でなくても歓迎させてもらうよ」
 
 その言葉を受け、パチュリーの表情が綻ぶ。
 
 ……もはや、彼女の中で霖之助に関する蟠りは消えていた。
 
 今はもう純粋に、彼と知識の交流を果たし自分の識を更に高めたい。その想いだけが彼女の心を満たしている。
 
 恐らく次からは交換の為の本は恋愛小説ではなく、珍しい専門書になるだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……怪しい」
 
 真剣な表情で本を読み続けるパチュリーの姿を本棚の影から見つめる影が三つ。
 
 下から順番に、フランドール、小悪魔、咲夜だ。
 
 普通に本を読んでいるだけならば何も問題は無いのだが、時折見せる微笑みがどうにも怪しい。
 
 なんというか、貴重な本が読めて嬉しいというような笑みではなく、女としての笑みなのだ。
 
 恋する乙女である彼女達は、その辺を敏感に察知した。
 
「昨日、何処かに出掛けて行って朝帰りなんですよー」
 
「パチュリー様が興味を示すような男性なんて幻想郷に居たかしら?」
 
 別に同性でも構わないが……。
 
 本命とも言うべき魔理沙は、昨晩アリスと一緒に図書館を訪れていたので候補から外れるだろう。
 
 だとしたら、パチュリーが大事に抱えて帰ってくるような本を所有している人物というのがヒントになる。
 
「……となると、心当たりが一つしかないわね」
 
「奇遇ですねー。私もあそこを想像しましたよー」
 
「あー、あの本、私、香霖堂で見た事あるー!」
 
 フランドールの言葉が決め手となった。
 
 円陣を組み額を寄せ合って相談を始める少女達。
 
 更にそんな彼女達を本棚の影から観察する人影が二つ。
 
「ど、どうなるんですか? お嬢様」
 
 恐る恐る自分と同じような恰好で覗く主人に問いかける美鈴に対し、お嬢様ことレミリア・スカーレット嬢は自らの能力……、運命を操る程度の能力を使い今後の行く末を覗いてみる。
 
「…………」
 
「あの……、お嬢様?」
 
 怪訝そうな表情で自分を見つめるレミリアに、美鈴は意味も分からず小首を傾げるしかなかった。
 
inserted by FC2 system