香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第2話 魔女達の誕生会
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夢うつつの中、霖之助は過去の出来事を思い出す。
 
 ──それはまだ、彼が人里の道具屋、霧雨店で修行中だった時の出来事。
 
 休憩時間中。日向で本を読む彼の元へ幼い少女が歩み寄る。
 
 少女は、そこが自分の定位置であるかのような態度で、霖之助の膝の上に腰を落ち着かせ、下から見上げるように口を開く。
 
「なぁ、霖之助は半分妖怪だから、長生きするんだろ?」
 
 無邪気に問い掛けてくる少女は、この店の店主の一人娘だ。
 
 自分が半人半妖である事に、なんの引け目も優越感も感じていない彼は、何時もと変わらぬ調子で本のページを捲りつつ答える。
 
「そうだね……。お嬢よりは随分と長く生きるかな?」
 
 それでも、蓬莱人や吸血鬼、純粋な妖怪達に比べれば短命といえるだろうが。
 
 内心でそう思いつつ、苦笑い気味に告げる彼に向け、少女は好奇心に満ちた眼差しで、
 
「じゃあさ! 魔法使いって、霖之助と同じくらい長生きするか?」
 
 少女の言う魔法使いとは、職業としてのものではなく種族としての魔法使いの事だろう。
 
 魔法使いには二種類あり、生まれながらに魔法使いな者と人間が魔法使いになる者とがある。
 
 元が人間の者が魔法使いになるには、捨食の魔法(食事を摂らなくても魔力で補えるようになる魔法。自分にしか使えない)を修得した時点で魔法使いとなる。……らしい。
 
 と本で聞きかじった程度の知識を少女に教えてやる。
 
「まぁ、並の妖怪よりは寿命は長いと思うから、僕よりは長生きなんじゃないか?」
 
 すると少女は満足そうな表情で、そうか、と頷くと、
 
「じゃあ、わたしは魔法使いになるぜ!」
 
 宣言して霖之助の膝の上から飛び降り、踵を返して彼と正面から対峙する。
 
「そんで、霖之助のお嫁さんになって、一緒の時間を暮らしてやる」
 
 無邪気な笑みを浮かべて告げる少女に、霖之助は一瞬唖然とするも、すぐに子供の戯れ言だと思ったのか? 肩を軽く竦めて、
 
「それなら、まず魔法の勉強をしないとなぁ」
 
「おう! 頑張るぜ!」
 
「その前に旦那を説得しないといけないか」
 
「心配すんな、駄目って言われたら家出てってやる」
 
 何の躊躇いも無く言い切った少女に、苦笑を浮かべながら、
 
「そうか。じゃあその時は、よろしく頼むよ、……魔理沙」
 
「任せとけ! わたしが霖之助を幸せにしてやるぜ」
 
 本当に嬉しそうに告げる少女。
 
 その数年後、彼は霧雨店を去り、彼を追うように少女も家を出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねぇ、ちょっと……」
 
 肩を揺すられ、微睡みから目を覚ます。
 
「ぅん……?」
 
 僅かに開いた瞼の向こう。カウンター越しの彼を揺り起こしたのは金髪の少女。
 
 夢の中で見た、魔法使いに憧れた少女とは違う、本物の魔法使いの少女は呆れたような眼差しで霖之助を見下ろし、
 
「……ホント、不用心ね。泥棒でも入ったらどうするつもりなの?」
 
 そう告げるのは、肩までの金髪に青と白のワンピースドレス姿の少女。その手には施錠された魔導書と彼女の周囲に浮かぶ数体の人形。魔法の森に住む人形遣い、アリス・マーガトロイドだ。
 
 霖之助は窘められるのを聞き流しながら、カウンターの上に置いてあった眼鏡を手にとって掛ける。
 
「なに、わざわざこんな所まで来て盗みを働こうなんて物好きな輩は居ない……」
 
 断言しかけて、そのような輩の存在を思い出し、
 
「──今度からは鍵を掛ける事にするよ」
 
 もっとも、鍵を掛けたら、今度は壁を破壊して商品を持ち去って行きそうな連中だが。
 
「それよりも、今日はどのようなご用件で?」
 
 商売用の笑みを浮かべて、眼前に立つ人形遣いの魔法使いに向け問い掛けた。
 
 アリスは僅かに肩に掛かる程度の長さに伸びた金髪を払い、
 
「ちょっと入り用になってきたから、報酬受け取りにきたの」
 
 それを聞いた霖之助は了解したと小さく頷き、カウンターの下に置いてある手提げ金庫を取り出して開錠すると、中に収められていた封筒を取り出し、カウンターの上に置く。
 
「お客さんの評判も良かったからね。今回は少し色を付けさせてもらったよ」
 
 それに、今後も彼女には色々と仕事をしてもらわなくてはならないので、それくらいはやっておいて損はないだろう。
 
 封筒を受け取ったアリスは中身を確認して、
 
「あら、良いの? こんなに」
 
 当初に提示された金額よりも、一割程多く入っている。
 
「構わないよ。先方が気に入ってくれてね。今後ともよろしくって事さ」
 
 言って手を差し伸べる。
 
 アリスとしても、森で入手の難しい材料などを仕入れる時には少なくとも金が要るので、不定期ではあるが纏まった収入があるのは正直ありがたい。
 
「……そうね、今後ともよろしく」
 
 霖之助の手を取り、契約を成立させる。
 
 そして、何時もならば、貰う物さえ受け取れば、そのまますぐに帰ってしまう所なのだが、今日は何かを探すように店内をうろつき始めた。
 
「……何か買い物かい?」
 
「え、ええ、ちょっとね」
 
 歯切れも悪く店内の物色を続けるアリス。
 
 ……実は今日は、霧雨・魔理沙の誕生日であり、彼女へのプレゼントを探しているのだが、何を贈れば喜んで貰えるのか皆目見当もつかない。
 
 ……魔理沙が喜びそうな物といったらマジックアイテムの類なんでしょうけど、それだとちょっと色気に掛けるような気もするし。
 
 悩みながら、棚に無造作に並べられた品物を物色していると、珍しい事に香霖堂に二人目の来客があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いらっしゃい。……と、随分と珍しいお客さんだね」
 
 店の入り口に立っているのは、ゆったりとしたネグリジェのようなローブを纏い、三日月のブローチを付けたボンネット型の帽子を被った顔色の蒼白な長い髪の少女。悪魔の棲む館、紅魔館が地下の大書庫、ヴアル図書館の主パチュリー・ノーレッジだ。
 
 吸血鬼でもないのに太陽を嫌う彼女が紅魔館の外に出てくる事は、本当に稀である。
 
 紅魔館にも商品を卸しているので仕事がら彼女の事は知ってはいたが、紅魔館以外で彼女と会うのは初めてではないだろうか?
 
「それで? 本日はどの様なご用件で? 七曜の魔女様」
 
 紅魔館は極上の商売相手だ。商売用の笑みを浮かべて愛想良く問い掛ける霖之助に対し、パチュリーは店内を見渡した後、
 
「少しお店の中を見せて貰っても良いかしら?」
 
 霖之助の了承を得てから店内を物色し始めた。
 
 そうなってくると、わざわざ客に付いて商品の説明をする程商売熱心ではない霖之助は早々に別の事に取りかかり始める。
 
 今やっている最中の仕事は、とある少女からの依頼で、ミニ八卦炉の修復というものだ。
 
 まぁ、修復と言っても、外殻はヒヒイロカネで補強してあるので錆びる事はない。内部にこびり付いた煤を落とす程度の事だ。……とはいえ、マジックアイテムであるが故に素人が無理にこじ開けようとすると、大火傷で済まないだろう。
 
 適当に手を動かしていると、何やら店の中から不穏な空気が流れている事に気付いた。
 
 その不穏当な空気の中心に居るのはアリスとパチュリーの二人だ。
 
 二人は互いに微動だにしないままで、棚に置かれている小瓶に手を伸ばした状態で固まっている。
 
「……大変申し訳ないのだれど、それは私が先に見つけたの。手を引いてもらえないかしら?」
 
 パチュリーが告げて己の元に小瓶を引き寄せようとするも、小瓶は微動だにしない。
 
 その小瓶を握り締めたままのアリスはパチュリーを睨み付け、
 
「言っとくけど、先に目を付けたのは私の方よ。貴女の方こそ諦めてちょうだい」
 
 眼光が重なり、互いに一歩も引くつもりは無い。
 
「……今日は、私の友達の誕生日なの。そのプレゼントにコレを挙げようと思っているんだけど、引いてくれないかしら?」
 
 アリスが牽制のジャブを放つ。
 
「あらそうなの? でも、残念ね。今日は私の親友の誕生日なの。
 
 ただの友達相手なら、こんな高級な触媒でなくても、もっと安い物でも良いんじゃないかしら?」
 
 カウンターで放たれるパチュリーの言葉。
 
 友達と言ったアリスに対し、親友と返したパチュリー。
 
 友達止まりの貴女とは彼女との関係の深さが違うの。と言われているようで、悔しさに歯噛みするアリス。
 
 お互い、その人物が誰の事を言っているのかなど理解している。だからこそ、決して引けない。──引くわけにはいかない。
 
 人付き合いの苦手な自分にも、何時も気軽に話しかけてくれる彼女。
 
 引きこもりがちな自分に、何時も楽しい話を聞かせてくれる彼女。
 
 彼女の屈託のない笑みを受けるべきなのは自分でありたいという想い。
 
 彼女達の気持ちは、いつしか性別という壁さえも越えて、あの少女に恋愛に近い感情を抱かせるようにまでなっていた。
 
 力づくでも奪い取ると、いう一触即発な雰囲気を醸し出し始めた二人の魔法使い。
 
 流石に店の中での弾幕沙汰は勘弁して貰いたいと、霖之助が重い腰を上げようとした所で、本当に珍しい事に、本日三人目の来客が訪れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おーい、香霖居るかー!?」
 
 訂正。霖之助にしてみれば、彼女は客というカテゴリーに入らない。
 
 勢い良く引き戸を開けて来店してきたのは、黒と白のエプロンドレスにトンガリ帽子。右手には竹箒を持った長い金髪の少女、霧雨・魔理沙だ。
 
 彼女の声を聞いた途端、アリスとパチュリーは気配を消して棚に隠れるようにして魔理沙の様子を伺っている。
 
 そんな二人の様子に気付く事無く、霖之助は何時もと同じ調子で、
 
「丁度良い所に来てくれた」
 
 言って、先程まで弄っていた火炉をカウンターに置き、
 
「頼まれていた整備が終わった所だ」
 
 カウンターを滑らせて火炉を魔理沙の前に差し出す。
 
「おぉ、ナイスタイミングだぜ」
 
 カウンターに置かれたミニ八卦炉を手に取り、小さな炎を出して具合を確かめ、
 
「ところで香霖知ってるか? ──今日は私の誕生日なんだけどな」
 
 それを聞いて、霖之助は彼女の言いたい事を理解すると、溜息を吐いて肩を竦め、
 
「誕生日プレゼントに、整備代をロハにしろって言うんだろ?」
 
 まぁ、何時もの事だ。……元より彼女と博麗神社の巫女から代金を期待する方が間違っている。
 
 だが、返ってきた返事は彼の予想とは少し違っていた。
 
「残念、外れだぜ」
 
 ……おや? と思った瞬間、カウンターに身を乗り出した魔理沙の両腕が霖之助の首に絡まり、唇を押し付けていた。
 
 時間にして僅か10秒足らずの出来事。
 
 その後、魔理沙は抱きついた拍子に落とした帽子を拾い上げて表情を隠すように目深に被ると、
 
「じゃあ、誕生日プレゼント、しっかりと頂いたぜ」
 
 帽子で隠してはいるが、その首筋まで真っ赤に染まっているのは、決して気のせいではないだろう。
 
 照れ隠しのつもりなのか? 早足で店を出ると、箒に跨りそのまま飛び去っていく少女を見送って霖之助は肩を竦め、
 
「……あの、魔理沙がねぇ」
 
 霖之助は知らない事だが、彼女が実家を勘当されてまで果たそうとした事は、幼い頃に交わした彼との約束を守る事であり、わざわざ魔法の森などという辺鄙な所に住居を構えているのは少しでも彼の近くに居たいという想いの現れでもある。
 
「……女の子は成長するのは早いものだ」
 
 幼い頃の彼女を思い出し、霖之助は感慨深げに呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 余談ではあるが、パチュリーとアリスの二人はその後、夜雀の経営する八目鰻の屋台に赴いて夜通し飲み明かしたという。
 
 ……翌日、アリスが目を覚ますと、何故か自分の傍らには全裸のパチュリーの姿があり、自分も一矢纏わぬ姿で互いに抱きしめ合うように眠っていたとか何とか。
 
 しかも、よりにもよってそれを文屋に盗撮され、翌日には新聞の一面記事として幻想郷中にバラ撒かれた。
 
「……ほぅ。意外なカップルだな」
 
 出涸らしのお茶に口を付けながら呟く霖之助の手には、文々。新聞がある。
 
「私も全然気が付かなかったぜ」
 
 とは魔理沙の言葉だが、彼女が居る場所は霖之助の膝の上。
 
「……なぁ魔理沙」
 
「別に、昔を懐かしんでいるだけで他意はないぜ」
 
「イヤ、窓の外に天狗が居るんだが」
 
「別に、射命丸がカメラを構えてようが、私は気にしないぜ」
 
「イヤ、そこら辺は気にしよう。下手したら今度の新聞の一面を飾りかねない」
 
「別に、最近霊夢や紫辺りが怪しいから、先に既成事実をでっち上げておこうなんて微塵も考えてないぜ」
 
「イヤ、満面の笑顔でサムズアップして飛び去っていく天狗にサムズアップで返されても全然説得力が無いんだが」
 
「別に、ちゃんと責任を取って香霖を婿に貰ってやるから気にする事はないぜ」
 
 幼い頃と変わらぬ屈託の無い笑みを見せる魔理沙。
 
 そんな彼女に霖之助は肩を竦めつつ、既に温くなったお茶を啜り、
 
「……まぁ良いか」
 
 妖怪の噂も七十五年。仮に魔理沙の悪戯が成功したとしても、その程度時間、彼の寿命からすれば微々たるものだ。
 
 ともあれ、一部を除き今日も幻想郷は平和だった。
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