香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第16話 本日休業(見合い編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日、霖之助が買い出しに人里まで足を延ばした時の事だ。
 
 丁度、近くを通り掛かったので久方ぶりに挨拶しようと、古巣である霧雨店に立ち寄って世間話をしていると、話が妙な方へ流れ始めた。
 
 霧雨の親父さん曰く、「お前も、もういい歳なんだから、そろそろ嫁でも貰って落ち着いたらどうだ?」との事。
 
 正直な話、霖之助に結婚願望などは無いのだが、大恩ある大旦那の薦めを無碍にするわけにもいかない。
 
 それに、商人として人里で最大の商家、霧雨店との付き合いの大切さは弁えている。
 
「落ち着こうにも、相手が居ませんから」
 
 これで、この話は打ち切ろうと考えていたのだが、甘かった。
 
 後から魔理沙の母親に聞いた話なのだが、霧雨の親父さん、最近は仲人に填っていて今年に入って務めた仲人は6組にも及ぶそうだ。
 
 それを事前に知っていれば、店に来る客から名前を借りて、適当な嘘をでっち上げてこの場を乗り切ったのだろうが、時既に遅し……。
 
「そんな事なら心配するな、ちゃんと世話してやる」
 
 力強く自らの胸板を打ち宣言する。
 
「いや……、待って下さい親父さん。正直とてもありがたいんですが、人間と僕とでは寿命が違います」
 
 こればかりは崩しようの無い事実だ。
 
 霖之助としては、これを切り口にして何とか穏便に断ろうと思っていたのだが、流石は魔理沙の父親と言った所か?
 
「なに、心配するな、ちゃんとアテはある。安心して待っていろ霖之助」
 
 それから暫く思案し、壁に掛けられている日めくりに視線を送り、
 
「丁度良い。明日は大安じゃないか」
 
 霖之助の意見も聞かずに見合いの日取りを決め、更には「明日また来るのも面倒だろう。今日は泊まっていけ」と言い置いて、自分は相手の家へと走って行った。
 
 そういうアグレッシブな所は魔理沙の父親なんだなぁ。と思わずにはいられない。
 
 ──結局、先方の方にも話を取り付けてきたきたらしく、明日見合いを行う事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、霧雨の親父さんに借りた服を着て、お見合いの場となる霧雨店の一室で、霖之助は出されたお茶を啜っていた。
 
「……良いお茶だ」
 
 これは、グラム当たり1円はするような超高級品だろう。
 
 香霖堂ではとても扱えるような品ではない。
 
 ……霊夢が飲んだら、感激で泣き出すんじゃないだろうか? そう思える程に美味かった。
 
「これだけでも、今日見合いする価値があったというものだな」
 
 後は、どうやって後腐れ無く断るか、だ。──出来れば、相手の方から断ってくれた方がありがたい。
 
 そんな事を考えながらお茶を味わっていると、相手が到着したのか? 襖が開き霧雨夫妻に付き添われて一人の女性が部屋に入ってきた。
 
 いつものような洋装ではなく、今日は藤色の着物を身に纏い、青みがかった灰銀の髪をアップに纏めており、彼女のチャームポイントでもある特徴的な帽子も被っていない。
 
 例え、どれだけいつもと違う格好をしていようとも、彼女を他の誰かと間違う事も無く、霖之助は思わず彼女の名前を呼んでいた。
 
「……慧音?」
 
 名を呼ばれて、慧音も初めて相手が霖之助であることに気付いたのか? それまでの緊張した様子が嘘のように驚いた表情で、
 
「霖之助……。という事は、今日のお見合いの相手というのは、お前なのか?」
 
「……どうやら、そういう事らしいね」
 
 着慣れない服の為か? 少々ぎこちない仕草で肩を竦める霖之助。
 
「二人共、知り合いなのか?」
 
 どうやら、仕掛け人である霧雨の親父さん自身知らなかったらしい。
 
「えぇ、彼女とは昔から色々と──」
 
 そういう事なら話は早い、と霧雨の親父さんは小さく頷き、
 
「ならば、紹介などは必要無いな。後は若い者に任せて退散するか」
 
 と言い残し、部屋から出ていった。
 
「……実年齢は、我々の方が年上なのだがな」
 
 苦笑を浮かべながら霖之助の対面の席に腰を下ろす慧音。
 
 彼女もお茶を一口飲み、
 
「……良いお茶だな」
 
「分かるかい?」
 
「当然だ。……しかし、意外だな。お前が見合いなんかを受けるなんて」
 
 目を細めて告げる慧音に対し、霖之助は小さく溜息を吐き、
 
「霧雨の親父さんの頼みだからね、流石に断るわけにもいかない。
 
 ──まぁ、相手が君なら話は早くて助かる。この話は縁が無かったという事にしてくれないか?」
 
 勿論、霖之助が慧音を嫌っているからというわけではなく、結婚しないというのは彼の性分なのは慧音自身も分かっている。
 
 分かってはいるが、女性としては面白いものではない。
 
 それに慧音自身、霖之助とならば結婚するのに吝かではないのだ。
 
「……そんなに、私と結婚するのは嫌か? 霖之助」
 
 沈んだ声色で告げる慧音に対し、霖之助は落ち着いた態度で、
 
「君だから嫌、というわけじゃない。誰にも邪魔されず、悠々自適な生活を送っている今が気に入っているだけだ」
 
「……他に誰か好きな相手が出来たから、というわけではないのか?」
 
 探るように問い掛ける慧音の質問。
 
 霖之助は軽く肩を竦めると、
 
「それこそまさかだね。僕が誰かを好きになった事は……、今まで一度しかない」
 
 その一度の相手が、人間だった時の慧音だ。
 
 互いに愛し合った結果、種族の違いから霖之助は慧音の元を去り、慧音は彼と同じ時間を歩む為、半人半獣となった。
 
 それ故、霖之助は悔いたのだ。彼女の人生を狂わせてしまった事を。
 
 それ故、霖之助は決断したのだ。もう二度と誰かを愛したりしないと。
 
 だからこそ、魔理沙や霊夢の想いは霖之助には届かない。
 
 だからこそ、慧音の想いに甘えるわけにはいかない。
 
「……馬鹿な奴だ」
 
「何を今更──」
 
 慧音は一息にお茶を飲み干し、勢い良く立ち上がると、
 
「霧雨の店主には、私から言っておく」
 
 それだけを言い残し、部屋を出て行った。
 
 残された霖之助は冷めたお茶を啜り、
 
「本当に、救いがたい馬鹿なのかもな僕は……」
 
 自嘲的に呟いた。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 数日後、いつものように霖之助が店で読書という名の店番をしていると、ガラス窓を砕いて文々。新聞が投げ込まれた。
 
 わざわざ新聞を張ってある箇所を避けてガラスを撃ち抜いてくるあたり、ひょっとしたら狙っているのかもしれない。
 
 ……しかも、何やら今回のは殺気すらこもっていたような気がした。
 
 ともあれ、ざっとガラスの欠片を片づけて新聞を拡げる。
 
「……読み終わったら、これを張っておくか」
 
 独りごち、一面の見出しが目に入った。
 
 そこに書かれていたのは、『里の守護者、香霖堂の店主と電撃婚約!!』という大きな文字。
 
 記事によると、先日の見合いと、慧音が結婚を承諾した旨が書かれており、幸せそうな表情でインタビューに答える慧音の写真までが掲載されていた。
 
 書かれている文字に怨念が込められているように思うのは、気のせいだろうか?
 
 読み終わった後で、何とも言えぬ感情の入り交じった溜息を吐き出す。
 
 ……どうやら、僕はまだ彼女に見捨てられてはいないらしい。
 
 その感情の中に安堵を見つけ、苦笑を零す霖之助。
 
 香霖堂のドアが勢い良く吹き飛び、数人の少女達がドス黒いオーラを背負って来店するのはこれから数分後の出来事なのだが、未来を見通せぬ霖之助はそんな事は知らず、今は笑みを浮かべていた。
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