香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第13話 本日休業(病気編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……半妖というのも厄介なものね」
 
「面目ない……」
 
 ここは永遠亭の一室。所狭しと様々な器具や薬の置かれた独特の匂いが鼻を付く部屋。
 
 八意・永琳の診療室だ。
 
 ベットに横たわるのは、魔法の森の入り口で古道具屋を経営する男性、森近・霖之助。
 
 今、彼は病を患い、永琳の世話になっていた。
 
 半人半妖の彼は、人間と妖怪、それぞれが掛かりやすい病気に掛かりにくいという特性を持つ。
 
 その体質自体は、彼自身とても重宝しているのだが、逆に半人半妖にしか掛からない病気というものも存在する。
 
 病状としては、風邪と酷似していて大した事はないのだが、厄介な事に半人半妖というのは人間と妖怪それぞれの薬に対しても効果が得られにくいという特性も併せ持っているのだ。
 
「一長一短とはよく言ったものだわ」
 
 病気にはならないが、薬も効かない。
 
 その為、こうして八意女医の世話になっているというわけだ。
 
 背後を振り返る事なく半人半妖用の調薬を続ける永琳。
 
「はい、出来たわよ」
 
 調薬を終え、薬を手に振り向くと、そこでは霖之助が浅い寝息を発てて眠っていた。
 
 ここまでは、魔理沙が運んでくれたようだが、元々体力のある方ではない霖之助、流石に力尽きたのだろう。
 
 とはいえ、薬を飲まない事には一向に良くはならないし、かと言って疲れ果てて眠っている患者を起こすのも忍びない。
 
 仕方ない、と小さく肩を竦めると、出来上がった粉薬に棚から取り出した小瓶の液体を数滴落として練り合わせ丸薬にする。
 
「ちょっと失礼するわよ」
 
 霖之助の顎を僅かに持ち上げて口を開かせると、そこに薬を放り込み、自身はコップの水を口に含んで、そのまま霖之助に口移しで流し込んだ。
 
 普通に水を流し込むだけでは薬は口内に留まるので、自らの舌を霖之助の舌に絡ませて食道への道を確保して丸薬を奥へと押し流す。
 
 薬が無事に喉を通り過ぎたのを確認すると永琳は一息を吐き、
 
「後は、安静にして消化の良い食べ物を摂れば明日にでも回復するでしょう」
 
 施すべき治療が終わると、後は永琳のお楽しみタイムだ。
 
 ……半人半妖のサンプル。……ある意味、結構貴重よね。
 
 ほくそ笑みながら、髪の毛を数本抜き取り、腕に注射器を突き立てて試験管一本分の血液も採取する。
 
 人間と妖怪、両方の病気に掛かりにくい体質というのは大変興味深い。
 
 両方の薬が効きにくいというのもだ。
 
 ……なら、毒はどうなのかしら? 人間用の毒と妖怪用の毒、両方にも耐性がある? だとしたら、雑種というよりはハイブリットと呼ぶ方が正しいのかもしれないわね。
 
 彼を研究する事で、耐毒性の薬が出来るかもしれない。
 
 ……とても興味深い存在だわ。
 
 確か里には半人半獣の少女や冥界には半人半霊の少女も居たはずである。
 
 ……暫くは退屈せずに済みそうね。
 
 そんな事を考えながら研究を続けていると、薬が効いてきたのか? 若干、体力の回復した霖之助が目を覚ました。
 
 ぼやけた頭で周囲を見渡す霖之助の視界に、自分と同じ銀色の髪をした女性の姿が入る。
 
「……母さん?」
 
 もはや記憶の片隅にも残っていない筈の女性と重なって見え、思わず霖之助はその名を口に出していた。
 
 言ってから完全に覚醒したのか? 自分を見下ろす女性が母親とは似ても似つかない女性であることに気付き、彼にしては珍しく慌てた様子で、
 
「い、いや済まない……。どうも、少し寝惚けていたようだ」
 
 取り繕おうとする霖之助に対し永琳といえば少し考えた様子で、
 
 ……母、ね。
 
 長い年月を生きてはきたが、一度たりとも子供を成した事はない。……否、一人だけ。自分の卵子を元に作ったクローンが居た。
 
 月の都の研究室に置いてきた筈の彼女と幻想郷で再会するとは夢にも思わなかったが、向こうがこちらに気付いていないようなので、わざわざ名乗り出る事もあるまい。
 
 ……まあ、今はそんな事よりも、
 
「良いのよ? お母さんと呼んで甘えてくれても」
 
 からかうネタがあるのだ。存分に遊ばせてもらおう。
 
「だから、寝惚けていただけで他意は無い」
 
「ふふふ、目が覚めたらお腹が減ってるでしょ? すぐに持って来るわ」
 
「頼むから、話を聞いてくれ」
 
 項垂れる霖之助を無視して部屋を出て勝手場に向かった。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 お櫃に残っていたご飯を土鍋に移し、水を加えて火に掛ける。
 
 一煮立ちさせて、良い感じにご飯がふやけてきたら、仕上げに塩を少々ふりかけて味を調え、付け合わせに梅干しを一つ添えて、病人食のフルコースであるお粥が完成する。
 
 土鍋を盆に乗せて自室に向かう永琳。
 
 そこでは上半身を起こした霖之助が暇潰しに、医学書を読んでいた。
 
 対する永琳は両手にお盆を持ったままで器用に肩を竦め、
 
「体調が悪いのだから、大人しく寝てなさい。そんな体勢で本を読んでいたら肩口が冷えるでしょうに……」
 
 言いながらベッドの傍らの椅子に腰を下ろすと土鍋の蓋を開け、レンゲを使って粥を一掬いし、息を吹きかけて熱を冷ますと、それを霖之助に突き出し、
 
「はい、アーン」
 
「自分で食べられるから、それを渡してくれないか?」
 
 眉間を指で押さえながら呻くように告げる霖之助に対し、永琳はからかうように、
 
「今日は、お母さんに甘えなさい」
 
「だから、それは……」
 
 霖之助が抗議の声を挙げようとするのと同時、部屋の障子が開いて鈴仙が姿を見せた。
 
「師匠。置き薬の取り替えと集金終わりまし……」
 
 暫く永琳と霖之助を見比べていた鈴仙だが、顔を朱に染めると慌てふためいた様子で、
 
「し、失礼しました!?」
 
 勢い良く障子を閉めて走り去って行ってしまった。
 
「あら? 何か誤解されたみたいね」
 
 余り気にしないのか? 軽い調子で言うと、霖之助の口元にレンゲを差し出す。
 
 対する霖之助も諦めたのか? 差し出されたレンゲを受け入れた。
 
「美味しいかしら?」
 
「普通のお粥だね。味気も素っ気も無い」
 
「あら? 残念だわ。──折角、お母さんが愛情を込めたのに」
 
 もはや、抗議すら諦め、黙々とレンゲを口にする霖之助。
 
「そんなに、拗ねなくても良いじゃない」
 
「……別に拗ねていない」
 
 憮然とした口調で告げる霖之助。
 
 どうも、日頃から自分よりも年下の少女ばかりを相手にしている霖之助にとって永琳は、紫とは違う意味で苦手だ。
 
「ふふふ、まあ良いわ」
 
 食べ終わった土鍋を脇に退け、霖之助の身体をベットに横たえさせると、
 
「ゆっくりお休みなさい。明日になれば元気になってると思うわ」
 
 母親のような優しい手つきで布団を掛けてやった。
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