香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第10話 隙間の迎賓席(番外編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──危険。
 
 ──危険ネ。
 
 ──危険だわ。
 
 スキマから、そんな声が聞こえる。
 
 彼の店は危険だ。
 
 幻想郷で唯一、外の世界の道具を扱う店。
 
 今の所は使い方が分からず、ただの置物として死蔵されているが、その使用法が解明され普及されてしまえば、幻想郷の文化レベルが一気に上昇していまいかねない。
 
 某大国の環境汚染然り。……急激な文化レベルの上昇は、必ず何処かに歪みを残す。
 
 閉鎖された幻想郷では、僅かな歪みでさえ致命的な傷になりかねない。
 
 更に発達した文明は、その居場所を拡大させようとして、人間と妖怪の対立を促すだろう。
 
 ──だから、彼の店は危険だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──危険。
 
 ──危険ネ。
 
 ──危険だわ。
 
 スキマから、そんな声が聞こえる。
 
 彼の持つ道具は危険だ。
 
 今はまだ、認められてはいないようだが、彼の持つ最上位の神器が彼を主人と認めた時、幻想郷のパワーバランスは一気に崩れる。
 
 彼の神器を前にすれば、幻想郷において彼に勝てる存在は居なくなり、その一撃は100年以上に渡り幻想郷と外の世界を隔離してきた博麗大結界でさえ容易く破壊されてしまうだろう。
 
 博麗大結界の破壊は、幻想郷の終焉も同義。
 
 ──だから、彼の持つ道具は危険だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──危険。
 
 ──危険ネ。
 
 ──危険だわ。
 
 スキマから、そんな声が聞こえる。
 
 彼の道具作成能力は危険だ。
 
 突出した才能の無い普通の魔法使いが、山一つを軽々と吹き飛ばせる程の火力を有する火炉を作成出来る彼の魔法技術。
 
 更には外の世界の道具をも取り込み、新たな効果まで付随させる。
 
 そのような物が量産されでもしたら、人間と妖怪の力関係は一気に逆転してしまう。
 
 どちらかが滅んでも、幻想郷は成り立っていけない。
 
 ──だから、彼の道具作成能力は危険だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──危険。
 
 ──危険ネ。
 
 ──危険だわ。
 
 スキマから、そんな声が聞こえる。
 
 彼の能力は危険だ。
 
 見ただけで、道具の名前と用途が分かる程度の能力。
 
 皆、その事を余り役に立たない能力だと軽んじているようだが違う。
 
 本来、知り得る筈の無い知識を得られる。
 
 その事がどれだけ異常な事か。
 
 限定的にではあるが、彼は未来の知識も、地球外の知識も、他次元の知識も、異世界の知識でさえも得ることが出来るのだ。
 
 そのような事は、この世の何処かにあるという全ての情報が詰まった物質。──アカシックレコードでもない限り到底不可能の筈である。
 
 もし仮に、彼の能力の本質が限定付であれ、アカシックレコードにアクセス出来るものであるとしたら? もし仮に、その限定が解かれる事があるとしたら?
 
 彼は正に全知の存在へとなりえてしまうだろう。
 
 ──だから、彼の能力は危険だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──危険。
 
 ──危険ネ。
 
 ──危険だわ。
 
 スキマから、そんな声が聞こえる。
 
 彼の存在は危険だ。
 
 原初の能力を操る私を……、妖怪の賢者と呼ばれた私を……、こんなにも惚れさせてしまったのだもの……。
 
 ……私が、毎月足繁く通っている本当の理由を、彼は気付いてくれているのかしら?
 
 あの朴念仁が気付いているはずもあるまいと、半ば自虐的な笑みを浮かべる。
 
 だが、それも今日までだ。
 
 これより彼女は森近・霖之助を神隠す。……危険人物である彼を隔離する事で、幻想郷の平穏を守るという名目で。
 
 ……これからは、ずっと一緒よ。
 
 本当に大切な者は、誰にも触らせずに自分一人だけのものにする。──それが妖怪、八雲・紫の愛情表現。
 
 薄い笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。
 
「さてと……、じゃあ行ってくるわね」
 
 ここは、彼女の操る隙間の中。──それも、彼女の式でさえも立ち入らせた事のない特別な空間。
 
 この空間にある物は小さな丸いテーブルとそれを囲うように椅子が3脚。
 
 内一つはそれまで紫が座っていたもので、一つは霖之助の為に用意した席。そして最後の一つには痩せ細った人影が身じろぎもせずに佇んでいる。
 
 動かないのは当然か……。その人影はとうの昔に事切れ、身に着けている衣装もボロボロに擦り切れているような状態だ。
 
 頭に被せられた白いリボンの巻かれた黒い帽子に白いワイシャツ。帽子と同じ色のネクタイにスカート。その恰好が辛うじて遺骸の生前が女性であった事を物語っている。
 
「帰ってきたら、三人でお茶にしましょう。──蓮子」
 
 まだ彼女が人間であった時の親友の名を呼び、紫はその場から姿を消した。
 
 残されたのは、物言わぬ骸だけ。
 
 もうすぐ骸は一つ増えるだろう……。
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