香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第1話 メイド長と門番さん
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 薄暗い店内。
 
 和風なのか? 中華風なのか? 言葉で言い表すのが難しいデザインの衣装を纏った眼鏡姿の青年、森近・霖之助がカウンターの椅子に腰掛け、手持ちぶさたに適当に弄っている物は、最近神社の近くで拾ったルービックキューブと呼ばれる外の世界の道具だ。
 
 正六面体の形をした道具で、様々な色をした部品が組み込まれている。
 
 彼の能力は道具の名前と用途が分かる程度の能力である。これは初めて見る道具であっても、一目見ただけで、その道具の名前が思い浮かび、名前を口にしただけでその用途が分かるという非常に道具屋向きの能力であるが、一つ致命的な欠点がある。
 
 それは、道具の使用方法が分からないという事だ。
 
 例えば掃除機。
 
 名前とこれが掃除に使う為の道具である事は分かるのだが、どうやって掃除に使うのかが分からない。
 
 手元にスイッチらしきものはあるのだが、これを弄ってみても云とも寸ともいってくれないので途方にくれ表に積んであるのが現状だ。……もっとも、幻想郷には電気がひかれてないので、使用方法が分かったとしても使えなかったであろうが。
 
 ともあれ、今回拾ったこのルービックキューブだが、名前と用途がパズル的な玩具である事が分かった為、大方の使い方は理解出来た。
 
 これは力業で一度分解し、同じ色の面通しになるように組み立てるという玩具である事を発見した彼は、めでたくこの品を非売品に指定。こうして暇潰しがてら弄っているのである。
 
 こうして時間を潰していると、10時を過ぎた辺りで来客があった。
 
 白のエプロンと濃紺のエプロンドレス、それにレースのホワイトプリムを頭に装着した見事な侍女服にサングラスとマスクで正体を隠した女性は、周囲に人気が無いことを確認すると素早く店内に飛び込む。
 
 そして、カウンターの向こうに霖之助の姿を見つけると、カウンターに乗り出して彼に顔を近づけ、
 
「……以前、頼んでおいた物が入荷されたと聞いたのですが」
 
 そう言われても、相手の正体が分からなければ頼まれていた品物も分からない。
 
 だが、霖之助は彼女の服装から、
 
「……ひょっとして、紅魔館のメイド長さんかい?」
 
 幻想郷広しと言っても、そんな格好をするような場所はあそこくらいしか思い浮かばない。
 
 言われて初めて自分が正体を隠している事を思い出した女性は、マスクとサングラスを外し、
 
「──それで、例の品物は?」
 
 鬼気迫る形相で、そう問い掛けたのは、悪魔の棲む館とも呼ばれる紅魔館のメイド長を務める少女、十六夜・咲夜だ。
 
 対する霖之助は、彼女の放つ雰囲気に若干たじろぎながらも深く頷き返し、
 
「あぁ、メイド長さんに頼まれていた物ね」
 
 言いながらもカウンターの奥に置き取りしておいた品物を取り出し、
 
「はい、コレね」
 
 予め、紙袋に入れておいた品物を彼女に手渡し、中身の確認をしおてもらう。
 
 渡された紙袋を慎重に受け取り、そっと紙袋を覗き込む咲夜。
 
 そこに収められている物は、柔らかな布を何重にも重ね、魔法の森に棲む人形師による匠の技によって丁寧に形を整えられた豊胸用パッド。
 
 見たところ形に不備はない。
 
 咲夜は紙袋に手を入れて、品物をつついてみる。
 
 すると返ってくる感触は柔らかくも張りのある弾力。
 
「こ、これは……」
 
 まるで本物のような感触に、目を見開いて驚く咲夜。
 
 対する霖之助は、口元に薄い笑みを浮かべながら中指で眼鏡を押し上げ、
 
「外の世界のシリコンと呼ばれる特殊な素材を使用してる特注品だからね。
 
 まず、見た目と感触でバレる事はないと思うよ」
 
 何処か勝ち誇ったように告げる霖之助の腕を力強く握り締めた咲夜は、感謝の念を込めた眼差しで彼を見つめ、
 
「……森近さん。──貴方に、最大の感謝を」
 
 涙を滲ませながら感謝の念を示すメイド長に、霖之助は引きつった笑みを返しつつ、
 
「い、いや……、その分、お値段は若干割高になるけど……」
 
「えぇ、その程度なら、全然問題ありません」
 
 告げ、スカートの隠しポケットからがま口の財布を取り出し、霖之助の言い分通りの額を支払う。
 
 手渡された金銭を確認した霖之助は、
 
「はい、確かに」
 
 シッカリと頷き、商売用の笑顔を浮かべた瞬間、彼の眼前に咲夜の顔があった。
 
 入店した時よりも、更に鬼気迫る表情の咲夜は、その近距離で口を開く。
 
「くれぐれも、この事は内密に……」
 
 告げ、口止め料にと霖之助に幾ばくかの硬貨を握らせる。
 
 手の内の硬貨を確認した霖之助は、商売用の笑顔のまま、
 
「あ、あぁ、ウチはお客様の信用第一だから、安心してもらって結構だよ」
 
 そう告げる彼の後頭部に汗が浮かんでいるのは気の所為だろうか?
 
 ともあれ、彼の言葉を信用した咲夜が踵を返そうとした瞬間、背後から声を掛けられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あれ? 咲夜さんも今日はお休みですか?」
 
 意外そうな表情で声を掛けたのは、紅魔館で門番を務める少女。
 
 大きくスリットの入った緑のチャイナドレスに身を包んだ彼女の名は紅・美鈴。 
 
 とは言っても、彼女は人間ではなく華人小娘と呼ばれる種族(?)の妖怪だ。
 
 武術の達人でもある彼女にとって、気配を感じさせる事無く店内に入ってくるなど造作もない事なのだろう。
 
 突如掛けられた声に、あからさまに慌てふためきながらも、辛うじて品物の入った紙袋だけは死守してみせたのは、完璧で瀟洒なメイドの面目躍如といった所か?
 
「め、美鈴!? あ、貴女こそ、どうしたの?」
 
 何処か責めるような口調で問い質す咲夜に、美鈴は脳天気な笑みを浮かべつつ、
 
「やだなぁー、今日は休暇を貰いますって申請してたじゃないですかー」
 
 久しぶりの休暇で浮かれているのか? コロコロと嫌みのない笑みを浮かべる美鈴。
 
「そ、そうだったかしら? じゃあ、何か買い物に来たの?」
 
「あ、はい。前に注文してた物が届いたって聞いたもので」
 
 告げ、視線で霖之助に催促する。
 
 対する霖之助は、咲夜の時と同じようにカウンターの奥から紙袋に入れられた物を取り出して美鈴に手渡す。
 
「はい、コレだね」
 
「わー、ありがとうございます」
 
 礼を述べ、紙袋から商品を取り出す。
 
 彼女が何を買ったのか? 気になった咲夜も興味深そうに美鈴の手元を覗き込む。
 
 そして紙袋から出てきたのは、女性用の胸当てだ。
 
 但し、そのサイズは咲夜が普段使用している物とは比べ物にならない程大きい。
 
 美鈴は取り出したそれを服越しに己の胸に当て、
 
「大体、あってそう」
 
「あぁ、作ったのは魔法の森に棲む人形遣いだからね。彼女の作品だから品質は保証するよ」
 
 更に、サイズが合わなかったら、無料で補修してくれるとの事。
 
「わぁ、助かります。人里で売ってる物だと、サイズが合わなくて」
 
 羞恥心が薄いのか? 余り恥ずかしげもなく告げる美鈴。
 
 そう告げる彼女の背後、異様な雰囲気を醸し出すメイド長の存在に、美鈴は気が付いて居るのだろうか?
 
 答えは否だ。仕事中の彼女ならば、気が付いただろう。
 
 しかし、久々の休暇で気が弛んだ彼女はそんな事には気付かず、軽い調子で咲夜に質問を投げ掛けてしまった。
 
「そう言えば、咲夜さんは何を買ったんですか?」
 
 問い掛けた瞬間、咲夜の放つ雰囲気が、重々しいものから攻撃的なものに変わった事で、ようやく自分が地雷を踏んだ事に気付いた美鈴。
 
「あ、あの……、咲夜さん?」
 
「ふ、ふふふ……。そう、貴女も大変ねぇ美鈴。
 
 でも、大丈夫よ。もう二度とそんな事で悩まなくても良いようにしてあげる」
 
 そう告げる咲夜の手には、何時の間に取り出したのか? 銀のナイフがシッカリと握られている。
 
「さ、咲夜さん?」
 
「──大きくて邪魔なんでしょ? 重くて肩がこるんでしょ?
 
 ……なら、切り取っちゃえば良いのよ」 
 
 もはや、彼女を止める事は出来ないと悟った霖之助は、溜息を吐きながら、
 
「弾幕合戦なら、店の外でやっておくれ」
 
 言い捨て、自分はバラしたルービックキューブに取り組み始める。
 
「え? え? え?」
 
 未だ事態を理解していない美鈴に向け咲夜から第一刀が投じられ、それを合図に幻想郷を舞台にした鬼ごっこが開始された。
 
 取り残された霖之助は、幾つかのパーツを組み込んだ後、何かを思い出したように顔を上げ、
 
「……そういえば、門番さんから代金受け取ってないな」
 
 だが面倒なのか? 椅子から立ち上がる事もせずに、破壊された扉を見つめ、
 
「……まあ、暫くは雨も降りそうにないし、別にいいか」
 
 料金の事よりも、そちらの方が彼にとっては重要な問題だった。
 
 ともあれ、今日も幻想郷は概ね平和だった。
inserted by FC2 system