とあるファミレスの労働白書
 
書いた人:U16
 
 深夜0時過ぎ、上条・当麻はこの時間になると、同居人の少女インデックスに気付かれないよう学生寮の自室を抜け出す。
 
 別に誰かと逢い引きしようというような艶っぽい理由では無い。彼の向かう先は、色気など皆無な近所のファミリーレストラン。
 
 彼はそこで、深夜のアルバイトをしていた。
 
 ……理由?
 
 聞くだけ野暮というものだが、敢えて言おう。親からの仕送りと学園都市からの援助。
 
 同居人が増えた今、彼の財政事情はかなり切迫しているのだ。
 
 しかも、この夏休みに起きた事件によって、彼の実家は全壊。
 
 親に仕送りの増額。……しかも、記憶喪失の彼からすれば、数度しか会ったことのないような人達にそのような事を頼むのは、かなり気が引けた。
 
 よって彼はアルバイトを始める事にしたのだが、問題は同居人の少女だった。
 
 この少女、自分が彼の負担になっている事を知れば、自らの行動を自重するであろうが、それは上条の望むところではない。
 
 それに、彼女に哀しい表情をさせてしまうと、イギリス清教の神父が上条を殺しに殴り込みを掛けてくるだろう。……それはもう、修羅とか羅刹もかくやといった表情で。
 
 っていうか、今度会ったらイギリス清教の方にインデックスの生活費を請求してやる。
 
 そうやって、やや黒いことを考えながら歩いていると、いつの間にか目的地の一つに到着していた。
 
 上条の住む学生寮から徒歩15分の所にある見るからにボロいアパート。
 
 その一室に向かい、ドアを三度ノックするとさして待たずにドアが軋みを挙げて中から開いた。
 
 そこから現れるのは、この部屋の主、月詠・小萌の同居人で上条のクラスメイト、姫神・秋沙だ。
 
 彼女は何時も通りの巫女装束で部屋を出ると、見送りにきていた小萌先生に向け、
 
「じゃあ。行ってきます」
 
「はい、いってらっしゃいなのですよ。――上条ちゃん、今日も姫神ちゃんをよろしくなのです」
 
「はいはい、任せられましたよー」
 
 気軽に返して姫神と共にバイト先までの道を歩く。
 
 肉親が居らず、小萌先生の元に居候の姫神としては少しでも小萌先生に対する負担を軽減しようとバイトする事にしたのだが、割の良いバイトとなると、どうしても時間帯が深夜のものになってしまう。
 
 女性の一人歩きは危険という事で頑なに姫神のバイトに反対していた小萌先生であったのが、姫神のバイト先に上条も居るという事を知って、彼が姫神の送り迎えをすることを条件に姫神のバイトを許可したのだった。
 
 そしてバイト先であるファミリーレストランに到着した上条達は職員用の入口から店に入ると、タイムカードを押して更衣室に向かう。
 
 この更衣室兼従業員休憩所、男女の区切りがカーテンで仕切られているだけで、バイトの怖い先輩からは、女子は上条と一緒に絶対に着替えるべからずと言い渡されている。
 
 だが今日は時間も押し迫っているという事もあり、更衣室の外で待つという上条を強引に引き込んで姫神は着替えを始めた。
 
 いくらカーテンで仕切られているとはいえ、所詮は布きれ一枚。
 
 蛍光灯の明かりだけで十二分にシルエットは浮かび上がる。
 
 カーテンに浮かぶ影に、内心ドキドキしながら着替えを始める上条。
 
 それでも滞り無く着替えを終えた彼は、ドア側にいる姫神の着替え終わるのを待っていると、まるで神様がタイミングを計ったように、換気の為に開けていた小窓から風が吹き込み仕切のカーテンを大きく舞い上がらせた。
 
 当然の如く上条の視界に入ってくる半裸の姫神。
 
「…………」
 
「…………」
 
 一瞬、時間が制止したかと思われる空間の中、先に動いたのは、このような状況に慣れた上条の方だった。
 
「わ、悪い姫神!」
 
 姫神が叫び出す前に、先手必勝で謝りながら素早く背後に身体ごと振り返る。
 
 過去、このような状況に遭遇した回数は……、およそ5回。記憶喪失になる前のものを合わせると、その5倍以上は確実にあるだろう。
 
 まあ、何度遭遇したとしても、決して慣れる事はないのであるが……。
 
 やがて、姫神も着替え終わったのか、上条に向け声が掛けられた。
 
 恐る恐る振り返る上条が姫神の表情を確認するが、元来、表情の変化が少ない少女なので、怒っているのかどうか今一判断に悩む。
 
 ともあれ、着替えを覗かれて怒らない女子などいる筈もないので、上条は謝る事にした。
 
「あーと、……悪い姫神」
 
 両手を合わせて、拝みこむように頭を下げる。
 
「別に。いい」
 
 上条は伺うように顔を上げ、
 
「ホントに?」
 
 恐る恐る尋ねる。彼の周囲にいる女の子達なら、ここで噛み付きとかビリビリとか拳骨とか新感覚日本刀アクションとかを平然とやってのけるので、彼としては気が気ではない。
 
 対する姫神は小さく頷き、
 
「君には。色々とお世話になってるから」
 
 世話というのは、姫神のバイト先への送り迎えを指す。
 
「それより。早く行かないと。店長に怒られる」
 
「お、おう」
 
 姫神に促され、更衣室から出て上条達は店へ向かった。
 
 上条と別れ、彼の姿が見えなくなったのを確認した姫神は朱に染まった頬に手を添えて、その熱さを冷却するように深く吐息を吐き出し、
 
「……見られた」
 
 誰にも聞かれないように、小さな声でそう呟いた。
 
 
 
 
 さて、更衣室から出て仕事場であるフロアに向かうと、いきなりバイトの先輩から怒鳴られた。
 
「遅い! 貴様、何をのんびり着替えているの!? 上条・当麻」
 
 首を竦め、恐る恐る怒れる相手の顔を覗き見る。
 
 そこに居たのは、紛れもなくバイトの先輩であり、上条にこのバイトを紹介してくれた恩人であり、更に彼のクラスメイトでもある吹寄・制理だった。
 
「ほら、姫神さんは、もうフロアの方に出てるわよ! 貴様も早く行って手伝ってきなさい!
 
 ――それでなくても、今日は何だか客が多いんだから」
 
 言いたいことだけ言うと、吹寄は上条の返事も待たずに踵を返してフロアへ向かって歩き出す。
 
 彼女がアルバイトしている理由は、趣味である通販アイテム購入の資金稼ぎの為だそうだ。
 
 彼女のバイト時間は基本的には放課後に入っていたのだが、最近はシフト変更して深夜時間に回っている。本人曰く、深夜割増がつくから効率が良いらしいのだが、彼女がこの時間帯に働くようになったのは、上条がバイトを始めてからだったりする。
 
 始めは気圧されていた上条だが、すぐに我に返ると、慌てて彼女の後を追い、
 
「そんなに、今日は客が多いのか?」
 
「って言うか、冷やかしね。何人かクラスメイトが来てるわよ」
 
 言って軽く顎をしゃくり4人掛けの椅子に座る派手な髪色の少年達を示す。
 
 そこには、青髪ピアスと金髪グラサン、そしてメイドさんが居た。
 
 上条の姿に気付いた彼等は、空になったグラスを掲げて水のお代わりを催促する。
 
「行ってきなさい。目当ては貴様のようだから」
 
「ぐあ、上条さん生け贄ですか!?」
 
 ウンザリした仕草で、お冷やの入ったポットを掲げ、彼等の待つテーブルに向かう。
 
「なかなか様になってるにゃーカミやん」
 
 隣人の土御門・元春が上条にグラスを手渡し、
 
「でもお客様に水を注ぐ時の仕草がなってないぞー」
 
 本物のメイド(見習い)であり、土御門の義妹である土御門・舞夏がクレームを付けた挙げ句、実演による手本を見せ、
 
「しかし、カミやんも好き者やねー」
 
 最後にクラスメートの青髪ピアスが、にやにや笑いながら耳打ちしてきた。
 
「……好き者って何がだよ?」
 
 訝しげな表情で問いかける上条に対し、青ピはみなまで言うなと彼を制し、
 
「カミやんがこのバイト始めたんて、ここの制服が目当てなんやろ?」
 
 言って、フロアで働く少女達を眺める。
 
 別に露出が激しいわけではないが、暖色系のチャック柄のスカートと胸元で揺れる同色の大きなリボンが特徴の可愛らしい制服だ。
 
 しかも、この店で働く少女達は、姫神や吹寄を筆頭に可愛い娘達が揃っている。
 
「んなわけあるか。バイト探してたら、吹寄に紹介されたんだよ」
 
「ほっ、ほー」
 
 と三者三様に含みがありそうな表情で頷き、更には顔を寄せ合って小声で話し始めた、
 
「この私めの情報によると、更に姫神ちゃんも、カミやんの後を追うようにここのバイトを始めたそうですやん」
 
「姫神っていうと、あの巫女さんのことかー? じゃあ、あのシスターはどうなったんだー?」
 
「現在進行形で、絶賛居候中だぜい。つーか流石フラグまみれ、フラグの数は三桁を軽く超えていっらしゃいますか!?」
 
 聞き耳をたてていると、散々な言われようなので、上条は彼らに気付かれないように、その場を離れる事にした。
 
 すると、まるで上条の手が空くのを待っていたかのようなタイミングで呼び出しのベルが鳴る。
 
 ボードを確認。少人数用3番テーブル。
 
 上条はメニュー用端末を携えて、テーブルに向かう。
 
 そこには彼がバイトを始めて以来、この店の常連となった客、常盤台中学のレベル5、御坂・美琴の姿があった。
 
「よう、また来たのか」
 
「何よ? 文句でもあるの?」
 
 美琴が拗ねたように頬を膨らませるが、上条はやれやれと肩を竦め、
 
「あのな、この店でバイトしてる俺が言えた義理じゃないけどな、ちゃんと栄養のバランス考えた物食わねえと、でっかくならねえぞ」
 
「し、仕方ないじゃない、成長期なんだから寮の夕食だけじゃ全然足らないのよ!!」
 
 手をバタバタさせて言い訳する美琴を余所に、上条はマニュアル通りに注文を取ろうとして、不気味な笑い声に中断させられた。
 
「ふ、ふふふ……、そう……、そうなんですの。
 
 最近、毎晩毎晩何処かに出かけているなあ、と思っていたらそういうことだったんですのね、お姉さま」
 
「その声は、黒子ッ!」
 
「何処だ!? 下か!」
 
 慌てて上条がテーブルの下を覗き込むと、そこには誰も居らず代わりに美琴のスカートの中身がバッチリ見えて、慌てて身を起こした。
 
 流石に私服の下にまで、短パンを履くような事はしないらしい。
 
「残念、上ですわ!」
 
 その声に上を見上げると、そこには白井・黒子がヤモリとかイモリとかの如く、天井に張り付いていた。
 
「……いいから、降りてらっしゃい黒子」
 
 呆れ声で美琴が告げると、白井は天井を剥がれ美琴の対面の椅子の上に落下した。
 
「アンタは、また人のことストーキングして!」
 
「そんなッ!? ストーキングだなんて!! 最近夕食を残しがちな、お姉さまの体調を心配した結果ですのに!!
 
 へー、そうでしたの。アルバイト中の殿方さんに会うために、わざわざ入浴前にエクササイズして、カロリー消費してから来るなんて、気の入れよう! 体型を気にしないお姉さまが、いきなりダイエットに目覚めたかと思って、物凄く焦りましたわよ私!!」
 
 自分が秘密にしてきた行動をベラベラ喋り出す白井を前に、美琴としては、気が気ではない。
 
 いっそ、殺るか!? などという危険な思想が脳裏を過ぎったが、問題の上条自身は、全然聞いてはいなかった。
 
 むしろ、彼が気にしているのは、後ろから突き刺さる同僚達からの痛い視線。
 
 要約すると、「――またか、この野郎」。
 
 焦った上条は、強引に話しを逸らした。
 
「わ、悪い。今、バイト中だからな、スマンが先に注文してくれ」
 
 話題変更のチャンスと、便乗した美琴が素早く注文する。
 
「私は、激辛麻婆パスタね、ドリンクバー付きで。黒子は何にする? どうせだから、奢るわよ!?」
 
「あら、そうですの? ではお姉さまと同じものを」
 
 上条は素早く携帯端末を操作し、
 
「ご注文繰り返します。激辛麻婆パスタ二つでよろしいでしょうか?」
 
 少女達の確認をとって、足早にその席を後にした。
 
 
 
 
 上条が美琴達の席の料理を厨房に依頼し、自身は別の仕事を行おうとしていたところに入り口の自動ドアが開き団体の客が入ってきた。
 
 客の数は十三人。内一人は幼女で、十一人は皆同じ顔をしていて、残る一人はロープで縛られて身動きを封じられた挙げ句、目隠しをして猿轡を噛まされ、三人程に担ぎ上げられていた。
 
 普通ならば、来店拒否を行いたくなる状況であるが、残念ながらその客の大半は上条の知り合いだった。
 
 上条は店内の客が彼女らの存在に気付くよりも早く、目立たない席に案内しようと、他の店員達の誰よりも早くコンタクトを開始した。
 
「いらっしゃいませ、何名様になりますか?」
 
「十三名です。とミサカは平然と答えますが、何故あなたがここに居るのですか? と小首を傾げながら問いかけます」
 
 台詞で分かる通り、妹達の来店であった。
 
「あー……、詳しい事情は後で説明するから、取り敢えず席に案内するわ」
 
 そう告げて、一番奥の団体席へと彼女達を案内する。
 
「……で姫、これは一体何事ですか?」
 
「はい。第三回学園都市在住ミサカ親睦会ですとミサカは答えます」
 
 何ですか、ミサカ親睦会って!! と叫びたくなったが、今は仕事中とセルフコントロール。後で、美琴から厳重注意して貰おう。……下手な都市伝説になりかねん。
 
 それに場所を提供するくらいなら、上条にも出来る。問題は親睦会を開くことではなく、公の場に同じ顔をした女の子が集まるということなのだから。
 
「では姫、後二つほど質問をよろしいでしょうか?」
 
「どうぞ、とミサカは貴方を促します」
 
「そちらの小さなお子様は、どちら様でせう?」
 
 と話を振られた少女は、ぴょんと元気良く立ち上がり、
 
「初めまして、ミサカはミサカはシリアルナンバーミサカ20001って言うの、貴方が上条当麻? ミサカはミサカは貴方にお礼が言いたかったりして、ありがとうって言ってみる。
 
 私達を、お姉さまを、一方通行を助けてくれて、ありがとうって言ってみる」
 
 面と向かって礼を言われた上条は、照れて頭を掻きながら、
 
「まあ、気にすんな。俺は自分の為に戦っただけなんだから」
 
 そんな上条を下から覗き込むように見つめていた打ち止めは、その顔に満面の笑みを浮かべると、
 
「ふーん、貴方一方通行と何処か似てるねって、ミサカはミサカは笑いながら言ってみたり」
 
 今、とんでも無いものと比較されたような気がするが、取り敢えず、スルーすることにした。
 
「で、三つ目の質問な? その荷物は何なんだ?」
 
 とソファーに乱暴に打ち捨てられた荷物を指す。
 
 対するミサカは、唇の先を少しだけつり上げ、
 
「財布です。とミサカは冷笑を浮かべながら告げます」
 
「むぐー!!」
 
 何処かで見たことのあるような髪色と、何処かで聞いたような声の気がしたが、敢えて上条は無視する。
 
 というか、関わってはいけないと頭の何処かで警鐘がなっていた。
 
 まあ、ぶっちゃけた話、簀巻きの中身は一方通行なわけだが、突如演算処理を切られた挙げ句、待ち構えていたシスターズが群をなして襲ってきたのだ。
 
 能力の使えない一方通行など、ただの貧弱坊やに過ぎない。結果、一分も保たずに捕縛された。この時、彼は世界に一つしかないという電極内蔵チョーカーが、首輪にしか思えなかったらしい。
 
 そんな一方通行の思惑など知らずに、上条はごく普通にマニュアルを実行していく。
 
「分かった、取り敢えず注文取らせてくれ」
 
 そう言って、彼女達にメニューを渡す。
 
「ではミサカはミックスサンドセットをお願いしますと、事務口調で告げてみます」
 
「それではミサカはツナサンドとコーンサラダのセットをお願いしますと、言ってみます」
 
「ならばミサカは……」
 
 と順調に注文を取り終え、それを厨房に伝えようと踵を返した上条に、横のテーブルから声が掛けられた。
 
「おい、そこの店員。何だこの紅茶は? 僕を馬鹿にしているのか?」
 
 イギリス清教所属の魔術師、ステイル・マグヌスがそこに居た。
 
 
 
 
 上条は視線の先にいる胡散臭さ100%の自称神父の顔を2秒ほど凝視した後、
 
「さて、御仕事御仕事」
 
 何も無かったように、その場を通り過ぎようとした。
 
「やれやれ、ここの店員は客の対応もロクに出来ないのか?」
 
「やかましい、ってか、何でお前がココに居るんですか? 居るんですよ? 居るんだってば三段活用!」
 
 頭を抱えて、うがー!! と悶える上条に、背後から新たな声が掛けられた。
 
「……何をはしゃいでいるのですか? あなたは」
 
 呆れ果てたように問い掛ける、聞き覚えのある声色に振り向く上条。
 
 そこには、ドリンクバーに行っていたのだろう、グラスに飲み物を満たした長身の女性が立っていた。
 
「……神裂も来てたのか? ってか、また何か事件ですか!? と上条さんは問い掛けます」
 
 口調を真似された御坂妹達の居る隣のテーブルから、痛い程、抗議の視線が突き刺さるが、もはや後の祭りである。
 
「いえ、今回はただの事後処理の報告に来ただけです。
 
 あなたを巻き込むような事にはなりませんので、御安心下さい」
 
「あー、なら良いけどさ。学園都市内で、なんかあったら、言ってくれよ?
 
 協力する分には惜しまないから」
 
「いえ、これ以上あなたに負担を掛けるのは……」
 
「だから、それは良いってば……。それより、もう注文は終わってるのか?」
 
 上条の問い掛けに、神裂は若干恐縮しながら、
 
「ええ、終わっています。――それよりも」
 
「ん?」
 
「……何故、このような場でお仕事を?」
 
 神裂の質問に、上条は罰の悪そうな顔で、
 
「いや……、その居候の食費がかさんで、かなり生活がピンチだったり」
 
 その原因である居候の親友兼姉代わりだった神裂は、とても申し訳なさそうな顔をするのに対し、ステイルはいい気味だといわんばかりに、
 
「自業自得だ。――精々、気合いを入れて働くんだね」
 
 そして一瞬だけ表情を改め、
 
「……言っておくが、もし彼女にひもじい思いをさせてみろ。僕が絶対に君を殺しに行く」
 
 その程度の事で殺されるなら、何度死んでいるか分からない。
 
「つーか、インデックスの消化能力の赴くままに食わしてたらあっというまにデブくなっちまうぞ!?」
 
 そ、それは……、と口ごもるステイル。神裂が口を開いて何か言う前に、隣のミサカテーブルからクレームが出た。
 
「私達の注文がまだ通っていないようなのですが、とミサカは空腹を訴えるような眼差しで問い掛けます」
 
「はい、大変失礼しました!」
 
 上条は神裂達に、軽く挨拶すると早足でその場を去り厨房にオーダーを入れた。
 
 ホッと一息を吐いた上条だが、彼の仕事はまだ終わらない。
 
 
 
 
 新たな来客に視線を向けると、そこには小学生を同伴した二人の女性の姿があった。
 
 相次ぐ知り合いの来客に、上条はウンザリ顔で、
 
「……いらっしゃいませ。――つーか、何しに来たんですか? 小萌先生」
 
「それは勿論、上条ちゃん達が真面目に仕事しているか確認ですよー」
 
 その後ろで、面白そうにファミレスの制服姿の上条を見ていた小萌先生の連れであるジャージ姿の女性、黄泉川・愛穂が口元を綻ばせ、
 
「いやいや、なかなか似合ってるじゃん、少年」
 
 そう告げると最後の一人、化粧っけのない女。上条は初対面であるが、黄泉川の友人である科学者、芳川・桔梗は浅く溜息を吐き、
 
「……どうでも良いけど私、退院したばかりでファミレス料理みたいな重い物は勘弁してもらいたいんだけど?」
 
「大丈夫じゃんよ。最近のファミレスは健康とかヘルシーな物も置いてあるじゃん。な? 少年」
 
 そう言われても、上条とてメニューの全てを網羅しているわけではない。
 
「まあ、消化器系には大してダメージを受けていなかったから、問題無いんじゃないかな?」
 
 声のした方へ振り向いてみると、そこには数人の看護士に囲まれた上条の専属主治医となっているカエル顔の医者が食事を摂っていた。
 
「あら? あなたも来てたの?」
 
 顔見知りらしい芳川が話し掛けると、カエル顔の医者はしたり顔で、
 
「そりゃあ僕だって、偶にはファミレスで食事くらい摂るさ。ここは病院からも近いしね。
 
 ――ちなみに今は休憩時間中だよ?」
 
 飄々と告げる医者に対し、上条は曖昧に頷くと取り敢えず小萌先生達三人をテーブルに案内してメニューを渡し注文を取って厨房に発注する。
 
 ――その後も、何故かクラスメイトの女子達などが来店し、深夜にも関わらずに大いに賑わった。
 
 
 
 
 そして太陽も昇り始め、上条達のバイト時間も終了。
 
 同じ時間にバイトを終了した吹寄と別れ、姫神と共に帰路に着く。
 
 流石に疲れの見える姫神を気遣うように、歩くペースを落としながら、
 
「……大丈夫か? 姫神。
 
 キツイようなら、オーナーに言ってシフト変えて貰った方が良いんじゃないのか?」
 
 上条はそう言うが、現在彼らの務めるファミリーレストランの一番の売り上げ時間は彼等が務める深夜であり、その中でも姫神と吹寄の二人はもはや看板娘と化している為、オーナーはシフト時間の変更に良い顔をしないであろうし、何よりも姫神自身がそれを拒否するだろう。
 
「……全然平気」
 
 彼女にとって、バイトへの行き帰りで上条と二人きりで過ごせる時間というのは、それほどまでに貴重なものなのだ。
 
 そうか。と頷きながらも、なお釈然としない上条は姫神の足下が疲れを引きずっているのを確認すると、彼女の前にしゃがみ、
 
「ほら、乗れって」
 
「……何?」
 
「――おんぶだよ。こんな朝早くじゃ、誰かに見られるような事も無いだろ」
 
「……でも」
 
「あー、もう! おんぶが嫌なら、お姫様抱っこで強引に連れてくぞコンチクショウ!!」
 
 ついには叫びだした上条の背中に、姫神は怖ず怖ずと身体を預ける。
 
 上条は姫神を背負って歩き出しながら、
 
「ちょっとでも休んどけ、アパートに着いたら起こしてやるから」
 
「……うん。ありがとう」
 
 礼を言って目を閉じる。
 
 疲れが溜まっていた事と、世界で一番安心出来る場所という事からか、姫神はすぐに寝息を発て始めた。
 
 
 
 
 ……その頃、この物語の正統ヒロインは。
 
「ねえスフィンクス。この作品のタイトル知ってる? “とある魔術の禁書目録”っていうんだよ。
 
 でもね、本当のヒロインはインデックスなのに、出番はここだけしかないの。
 
 しかも、オチ要員だよ? この扱いは余りじゃないかな?」
 
 ベットの中、意味不明な寝言を呟いていた。
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