とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第9話
 
 9月19日。
 
 この日、遂に大覇星祭が開幕された。
 
 大覇星祭とは、今日から1週間を掛けて行われる学園都市全体の大運動会で、この期間は学園都市への外部からの入場も許可される。
 
 もっとも、運動会と言っても、この日ばかりは能力の使用を全力で許可される為、気を抜くと即怪我に繋がるので、無能力者達にとってはこのルールは余りありがたくない。
 
 ……とはいえ、勝負事になるとレベルに関係なくやたらとムキになる者も居るもので、上条もそんな連中の一人だった。
 
「おいおい、赤組如きが、この上条さんの居る白組に本気で勝つつもりですか?」
 
「言ったわね! その余裕ぶっこいた態度が何時まで保てるか? 楽しみにさせてもらうわ!」
 
 挑発する上条に対し、食ってかかるのは常盤台女子中学に通う学園都市第3位の御坂・美琴だ。
 
 その傍らで、「……大人げない」と溜息を吐いているのは、上条と同じ体操服を着用した姫神・秋沙である。
 
「残念でした、大覇星祭が終わるまで余裕で持ちますー♪
 
 つか、お前に負けるような事があれば罰ゲーム喰らってやっても良いし。何でも言うこと聞いてやるよ」
 
「い、言ったわね。よぅし、乗った。……何でも、ね。よぅし」
 
 罰ゲームの何でも言うことを聞くに密かに気合いを入れる美琴。
 
「おやおや、このおぜうさまは捕らぬ狸の皮算用っていう諺をご存じですかな? まあ、妄想するだけならタダだしな! その代わり、お前が負けたら、ちゃんと罰ゲームだからな」
 
「なっ!? そ、それって、負けたら、な、何でも言うこと……」
 
 美琴の脳内で一瞬にして再生される18禁スレスレの命令の数々。
 
 真っ赤になる美琴に気付かず上条は続ける。
 
「おやー? 早くも後悔し始めましたか? おぜうさま」
 
「じょ、上等じゃない! 後で泣き言言うんじゃないわよ!!」
 
「はっはっはっ、その台詞が出た時点で負けが6割方決定しましたなぁ!」
 
 常盤台は確かにエリート校だが、今上条達の通う学校にはレベル5が3人に聖人と学園都市の最終兵器たる風斬までも居るのだ。
 
 正直、常盤台であっても勝つことは難しいだろう。
 
 姫神は溜息を吐き出し、美琴のランニングシャツの裾を引いて、考え直すように進言しようとするが、それよりも早く横から元気な声が掛けられた。
 
「上条さ──んッ!!」
 
 人混みの中、大きく手を振って己の存在をアピールしながら近づいて来るのは佐天・涙子。
 
 少し前、無能力者狩りに襲われていた所を上条に助けられた女子中学生だ。
 
 彼女は息を切らせながら上条の元までやって来ると、
 
「上条さんの学校は、どっちの組になったんですか?」
 
「ウチの学校は白だけど?」
 
 言って、頭の白いハチマキを指す。すると佐天は顔を綻ばせ、
 
「わあ、じゃあ私と同じですね! な、ならですね、白組合同の競技とかあったら、私と一緒に組んでもらえませんか?」
 
 僅かに頬を染め、緊張を悟られないように告げる佐天に対し、上条は気負いの無いまま、
 
「打倒赤組だな。この上条に任せなさい」
 
「わっ! やった♪」
 
 小さくガッツポーズして、喜びを噛みしめ、
 
「約束ですよ!!」
 
 大きく手を振りながら、来たとき同様人混みの中に消えていく。
 
「……ねぇ、何でアンタ佐天さんと知り合ってんの? いや、そもそもどーして、私と佐天さんで、ああも扱いが違うのかしらぁ!!!」
 
「う、うおおぉぉ!? 何で御坂さんは、いきなり怒り狂ってますか!?」
 
 美琴から怒りの雷撃が飛び、それを上条が慌てて打ち消していく中、彼から少し距離を置いた安全圏から姫神は小さく溜息を吐き出し、
 
「処置無し……」
 
 呆れたようにそう呟いた。
 
 そして、それは密かに人混みの中から観察していた彼らの保護者にも当てはまる。
 
「あらあら、何だが初めて見る女の子が二人ほど増えてるわね? ……一体誰に似たのかしら?」
 
「か、母さんはモテモテだったからなぁ……。嘘ですゴメンなさい。ですからそのバスケットの中に手を伸ばさないで下さい」
 
「うふふ、──大丈夫ですよ、刀夜さん。……ちゃんと音を小さくする機械も取り付けてあるから」
 
「ひぃいい!?」
 
 ……なるほど、こいつらの影響か。でも、まあ、若いってのは良いわねぇ。
 
 刀夜の傍らに居た美琴に良く似た女性……、彼女の母親である御坂・美鈴はそんな事を思いながら、刀夜のパンフレットを覗き見て、競技の予定を再確認した。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 開会式における長々しい校長先生達の挨拶が終わり、上条が最初の種目が行われる予定である自分の高校に向かう。
 
 そこで彼を出迎えてくれたのは、まったくもってやる気を感じさせない青髪ピアスの、
 
「うっだぁー……。やる気なぁーいーぃ……」
 
 という声だった。
 
 否、彼だけではない。クラスメイトの殆どが青髪ピアスと同じように、既に体力気力共に尽きたような表情をしている。
 
「いや、ちょっと、待ってくれ。何でまだ一種目も競技が始まってないのに、もう最終日みたいなローテンションなんだ!?」
 
 上条にしてみれば、美琴との賭けもあるので、クラスメイト達のテンションは死活問題に直結するので必死にもなる。
 
 対するクラスメイトを代表して青髪ピアスが気怠げな眼差しで上条を見つめ、
 
「こっちは前日の夜に大騒ぎして一睡も出来んかったつーの! しかも、開会式前にもクラス全員で作戦会議してモメまくった挙げ句に、残り少ない体力0まで磨り減らしたっつーの!」
 
「それに加えて、開会式で校長のお話15連発。更に怒濤のお喜び電報50連発。
 
 もう、これが最初の競技で良くね? って感じだにゃー」
 
 ……確かに、土御門の言うとおり、開会式だけで、3桁に及ぶ生徒達が貧血でぶっ倒れて担架で運ばれた。にも関わらず、話を打ち切ろうとしないあの校長先生方は頭が逝かれてると思う。
 
「や、ヤバイ!? 体力バカの青髪ピアスと土御門でさえこんな調子じゃ、勝てる相手にも勝てねぇじゃねぇか!?」
 
「ところがどっこい、カミやん。僕らの初戦の相手は私立のスポーツエリート校らしいッスよ?」
 
「不幸だぁ──!!」
 
 叫き散らす上条の背後から現れたのは、大覇星祭の運営委員のパーカーを羽織った吹寄・制理と風斬・氷華の二人だ。
 
「何を叫いているの? 貴様」
 
「お弁当でしたら、後からオルソラさんが届けてくれる手筈になっている筈ですけど?」
 
「いや、そうじゃなくて……」
 
 言いながら、後ろの方でぐだっているクラスメイト達を指す。
 
「な、何なの? この無気力感は!?」
 
 新手の精神攻撃にでも当てられたかのような級友達の姿に戸惑う吹寄。
 
 対する上条は、何処か達観したかのような視線で虚空を見つめつつ、
 
「何でも、ハッスルし過ぎて競技前から燃え尽きたらしいぞ」
 
 この状況下では流石に罰ゲームを諦めているのだろう。
 
 虚ろ目の上条の肩を姫神は優しく叩き、
 
「罰ゲーム。……きっと。超電磁砲のキャッチボールとか」
 
 ちょっと追い詰めてみる。
 
「…………」
 
 ……有り得る。日頃の美琴の言動を思い出し、そんな事を考えた上条は思わず喉元に酸っぱいものを感じ、フラフラとした足取りで水飲み場の方へ向かおうとして、その声を聞いた。
 
「だから、ウチの設備や授業内容に不備があるのは認めるです! ですが、それは私達の所為であって、生徒さん達には何の非も無いのですよ!」
 
「はん。設備不足はお宅の生徒の質が低い所為でしょう。結果を出せば統括理事の方から追加予算が下りるはずなんですから。
 
 あぁ、落ちこぼればかりのお宅の生徒達では、それも不可能ですか。
 
 そうそう、そう言えばお宅の所は、一学期の期末能力測定も酷かったらしいじゃないですか。大変ですね、出来の悪い失敗作ばかりを抱えると」
 
 どうやら、言い争っているのは、小萌先生と何処かの学校の男子教師らしい。
 
「せ、生徒さん達に成功も失敗も無いのです! あるのはそれぞれの個性だけで、皆一生懸命に頑張っているのですよー!
 
 それを教師の都合で切り捨てるなんてーっ!!」
 
「おやおや、それが自分の力量不足を隠す言い訳ですか? ははは、なかなか夢のあるお話だ。
 
 ──では私は現実的に貴女の夢を打ち砕いてみせましょうかね? この私の育成したエリートクラスで、お宅の所の落ちこぼれを完膚無きまでに叩きのめして。
 
 一応、相手校の代表として忠告しておきますと、怪我人が出ないといいですなぁ」
 
 ……どうやら、相手の男性教諭は相手校の教師らしい。しかも、小萌先生に個人的な恨みがあるらしく、去り際にも、
 
「貴女には前回の学会で恥をかかされましたからねぇ。借りは返させてもらいますよ?
 
 一応、手加減はするように言っておいてあげますが、お宅の失敗作共が余りにも愚図だった場合の時までは保障しまねますなぁ」
 
 と言い残して高笑いしながら去って行く。
 
 ムカツク野郎だな。とは思うものの、レベル0の上条としては、その程度の罵詈雑言は言われ慣れているので、さして気にならない。
 
 ……だが、
 
「……違いますよね」
 
 小萌先生の声が聞こえた。
 
「みんなは落ちこぼれなんかじゃありませんよね……?」
 
 ただでさえ小さな肩を振るわせながら、今の罵倒は全て自分のせいで皆に降りかかったのだと告げるように。空を見上げて、何かを堪えるようにそう呟いた。
 
 ゆっくりと振り返る上条の視界に、無言で立つクラスメイト達の姿が見える。
 
 否、彼らだけではない。そこには競技に参加する予定の隣のクラスの生徒達も居た。
 
 そこには先程までの倦怠感は微塵も見られない。あるのは静かな闘志のみ。
 
 そんな彼らに対し、上条は一度だけ確認の為、口を開く。
 
「──やるぞ」
 
 返事は無い。ただ、踵を返し競技場へと向かう背中達が答えを雄弁に語っていた。
 
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 御坂・美琴は学生用応援席に居た。
 
 ……まあ、ウチに勝てるとは思わないんだけどね。
 
 何しろ常盤台女子中学と言えば優勝候補の一角だ。
 
 対する上条達の通う高校は特徴らしい特徴も無い無名中の無名。
 
 勝算は1%未満の筈だ。だというのに、上条の余裕が気になり見に来てしまった。
 
 本来ならば、己の出場する競技の都合上、最後まで見ているとかなり厳しいのだが、白井も一緒に連れて来ているので、何とか間に合うだろう。
 
「それにしても、お姉様も物好きですのね。こんななんの花もない競技にまでご観覧になるだなんて」
 
「ま、まあね。特に理由なんて無いんだけど、何となくよ、何となく」
 
 美琴の態度に、何やら怪しいと感じつつも、やって来た観客達に気を取られてしまう。
 
「応援席はこちらでよろしいのでございますか?」
 
 丁寧な問い掛けに振り向いてみると、そこには黒い修道服を着たシスターさんが居た。
 
 否、それだけではない。傍らには二重瞼の可愛らしいショートカットの少女や、彼女の持つバスケットを虎視眈々と狙う白いシスター。それに御坂・美琴そっくりな少女と、彼女に手を繋がれた小型版美琴。それに彼女達を引率する。
 
「どうやら、こっちは学生用の応援席のようだな? ……一般の応援席は向こうのようだが、今からでは間に合いそうに無いし、席も空いているから別にかまわないだろう」
 
「……アンタ」
 
 引率の女性……、木山・春美と御坂・美琴の視線が合う。
 
「おや? 奇遇だね。元気そうで何よりだ」
 
 木山は気負い無く美琴に挨拶すると、彼女の隣に腰を下ろした。
 
「もう出てきたの?」
 
 気遣うように問い掛ける美琴に対し、木山は小さく頷き、
 
「あぁ、今はゼロから再スタートの最中だ。大覇星祭終了後から、この学校で教鞭を執ることになっている」
 
「そ……、おめでとう。……で良いのかしら?」
 
「あぁ。こちらこそ、止めてくれてありがとう。と言うべきなんだろうな」
 
 お互い、それで満足したのか? 横がえらく騒がしいので視線を向けてみると、そこでは暴れる打ち止めを強引に抱っこして、傍らには御坂妹を侍らした白井が山賊のような笑みを浮かべていた。
 
「アンタ、助けなくていいの?」
 
 白井越しに問い掛けてみると、妹の方は無表情のまま、
 
「偶には良い薬になると、ミサカは内心でざまあみろと思いながらも表情に出す事無く言ってみます」
 
 ……いや、思いっきり口に出してるじゃない。
 
 と内心で突っ込んでいる内に、選手達が入場してきた。
 
「……アイツの事だから、平然とサボったりしてそうだわ」
 
 誰にとはなく小さく呟く。
 
 周りの女の子達も知り合いの顔を見つけて応援し始める中、それまで白井に捕獲されていた打ち止めが何とか彼女の拘束を振り切って立ち上がると、白組の集団に向け、
 
「一方通行、頑張って──ッ!! って、ミサカはミサカは大声で応援してみる!!」
 
 その言葉に真っ先に反応したのは、美琴と白井の二人だ。
 
 慌てて白組の方へ視線を走らせてみると、そこに特徴的な白い髪の少年が居た。
 
 彼だけではない、第2位の垣根・帝督と第4位の麦野・沈利まで居るではないか。
 
「ちょっと、何でアイツ等があの学校に居るのよ!?」
 
 土壇場になって初めて知った事実に、美琴が慌てるが、もう遅い。既に賭は成立し、競技はスタート直前なのだ。今更約束を反故になど出来よう筈もない。
 
 ……や、ヤバイ。レベル5が3人も居るなんて、聞いてないわよ!?
 
 しかし、すぐにあの面子が真面目に運動会に参加するだろうか? という疑問が美琴の脳裏を過ぎる。
 
 ……そ、そうよ。アイツ等の事だもの、学校行事なんて適当に流すに決まってるわ。
 
 だが、上条を中心にグランドに立つ彼らの表情を見て、その考えは甘かったと思わざるを得ない。
 
 脚を肩幅に開き、腕組みをして正面を向いて立つその姿。
 
 威風堂々とした佇まいは、仁王立ちというレベルを超越したガイナ立ちの域にまで達していた。
 
 ……な、何で、アイツ等までやる気出してんのよ──ッ!?
 
 上条達は兎も角、垣根や麦野は競技前に行われた小萌先生のエピソード程度でやる気を出したりはしない。
 
 彼らがやる気を出したのは、あの男性教員に自分達までも格下に見られているという事実だ。
 
 学校自体がどれだけバカにされようとも何とも思わないが、プライドの高い彼らはあの男性教諭に自分までもが落ちこぼれ扱いされたようで酷くプライドを傷つけられた。
 
 その結果、少なくともこの競技だけはやる気を見せているのである。
 
 そんな中、唯一やる気を見せなかった一方通行だが、先程の打ち止めの声援を受けた後、小さく舌打ちし、
 
「チッ、面倒臭ェ」
 
 と愚痴りながらも、その瞳にやる気を漲らせている。
 
 ……い、一体、私に何やらせるつもりなのよ、アイツ!?
 
 そうまでして勝ちたいのか!? と思うが、上条自身、既に美琴との約束をすっぽりと忘れていた。
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 
 入念にストレッチを開始している相手側に対し、上条達の組は誰も一言も発する事なく、ただ相手側を睨み付けていた。
 
 あくまでも競技のつもりでいる相手校に対し、上条達は合戦にでも臨むかのような心構えで相対する。
 
 彼らの背後に立つ棒倒しの為の棒が、兵団の持つ槍か旗印のように見えるから不思議だ。
 
 やがて競技開始のアナウンスと共に、相手側から一斉に攻撃の手が放たれた。
 
 対する白組は不動。──否、ただ一人。上条だけが動く。
 
 彼は右腕を眼前に掲げると、
 
「……解放」
 
 その右腕に宿ったものを解き放つ。
 
 現れ出たのは不可視の竜。頭部だけで軽く2mは越えるそれは巨大な牙を剥きだしにして襲いかかる異能の嵐を迎え撃つ。
 
「──“竜王の顎”!!」
 
 荒れ狂う弾幕を全て呑み込まんと、縦横無尽に暴れ回る竜王の姿は見えないものの、そこに確実に存在し、有りとあらゆる能力を食らい尽くしていった。
 
 放たれた筈の力が突如掻き消えた事に対して動揺を隠せない赤組の面々。
 
 そこで初めて参謀の……、否、軍師・吹寄が動く。
 
「てぇ──ッ!!」
 
 混乱する敵陣に向けて、麦野・沈利の粒機波形高速砲を主砲に、ありったけの飛び道具が赤組に放たれる。
 
 見るからに不健康そうな白色の光の周囲を火、水、土、風、雷、氷、その他諸々の弾丸が飛んで敵陣に着弾し、一気に相手生徒を吹っ飛ばすが、白組の反撃はまだ終わらない。
 
「征きなさい! 本命!!」
 
 吹寄の指示の元、粉塵のたちこめるグランドを高速で駆け抜ける人影が3つ。
 
 一人は学園都市最強の一方通行。
 
 一人は世界に20人も居ないと言われる聖人、青髪ピアス。
 
 一人は学園都市の最終兵器、五行機関の鍵とまで噂される“正体不明”風斬・氷華。
 
 3つの人間核弾頭が敵陣と衝突。
 
 ──直後、数十人単位で赤組の構成メンバーが宙を舞った。
 
 阿鼻叫喚の地獄絵図のような赤組陣地に向け、残党を処分すべく吹寄が行軍の命令を下し、その五分後には敵陣の全ての棒が倒され、相手側の生徒達は二回戦を行えない程に損耗していた。
 
 ……ちなみに、あの男性教諭に関してだが、ドサクサに紛れて青髪ピアスがちゃっかりと制裁を加えていたらしく、競技が終わった後、何故か学校の屋上から伸びるアンテナの上からぶら下がっている所を発見されたらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第一種目を見事な勝利で飾った上条達は、次の競技の準備があるという吹寄と風斬と別れ、何処かの競技でも見に行こうという事になり、ゾロゾロと集団で移動していた。
 
 その集団の中に、レベル5組や土御門や青髪ピアスも混じっていたりする。
 
 あーだ、こーだ、と意見を衝突させながら歩いていると、突如上条が御坂・美琴によって拉致された。
 
 理由は簡単。現在、美琴が競技中の借り物競走。……その借り物として、上条が丁度良かったからだ。
 
 その勢いのままで競技場まで戻ってきた上条・美琴組は二位以下を大きく引き離したぶっちぎりの一位でゴール。
 
 ……ゴールしてから、何で俺、敵に協力してんだろ? と小首を傾げてしまう。
 
 そんな彼を、この競技の記録係りとして務めていた吹寄が、
 
「まったく……、貴様という奴は、こんな所で無駄な体力を消耗して……」
 
 愚痴りながらも、パーカーのポケットから出したハンカチで、上条の頬に付いた汚れを拭ってやる。
 
「お疲れ様でした」
 
 そう言って、上条にスポーツドリンクの入った自前の水筒を差し出してくるのは風斬だ。
 
 ちなみに、この水筒はストローで飲むタイプのものなので、否が応でも間接キスになる。
 
 正規選手の筈である自分を放っておいて、上条を気遣う運営委員の二人。
 
 美琴は渡されたペットボトルやスポーツタオルなどを眺め、どうにかしてこの空間に割り込もうとするが、彼女は白井曰く、輪の中心になる事は出来るが、輪に入る事が出来ないタイプの人間である。
 
 結局、色々努力して自分も上条に世話焼きスキルを発揮しようとするも、全て徒労に終わってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、上条は美琴達と別れ、次の競技である大玉転がしに参加するため、競技場を目指して歩いていると、唐突に声を掛けられた。
 
「もし、少々道を尋ねたりと思うのだけれど、よろしきかしら?」
 
 妙な言葉使いだな? と思い振り向いてみると、そこに居たのは異様に髪の長い女性だった。
 
 どれだけ長いかというと、彼女の身長に比べ髪の長さが2.5倍もある程だ。足下まで伸びた髪は折り返して再び後頭部まで戻り、更にそこでターンして背中の半ばまで伸びている。
 
 歳の頃は18歳くらいの見事な金髪をした女性は、小首を傾げながら上条の返事を待っている。
 
「はぁ、別に良いですけど、何処に行きたいんですか?」
 
 女性は手にしたパンフレットを広げ、
 
「この競技を見に行きたしのだけど、競技場所は疎か現在地まで分からなくなってしもうたりけりよ」
 
 個性的な日本語だなと思いつつも、敢えてそれには触れないようにしつつ女性の示したパンフレットの場所を覗き込む。
 
「あぁ、これなら俺が今から出る競技ですよ」
 
 というわけで、そのまま案内する事になった。
 
 適当な話をしながら、女性を引率して歩く上条。
 
「それで、その知り合いの日本人に日本語を教わったと?」
 
 ……土御門みたいな奴が他にも居るんだなぁ。
 
 と妙な関心してみせる上条。
 
「もしよろしければ、この後も貴方に付いて行ってよろしけりかしら?」
 
 特に予定も無いとの事なので、ついでに観光案内とかもしてくれると嬉しいとまで言われ、上条としても別段断る理由も無いのでOK.した。
 
 ……競技中は、オルソラ達に任せておけば良いだろうし、観光案内なら俺よりも五和の方が詳しいくらいだしな。
 
 そんな事を考えながら歩いていて、ふと未だに自己紹介もしていない事に気付き、
 
「俺は上条・当麻って言います」
 
 高校一年であることを告げると女性も自己紹介を始める。
 
「私はローラ・スチュアート。イギリスから観光で来たるところよ」
 
 言いながら歩き始め、新たな乱入者を連れて、次の競技場へ向かった。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、次の競技である大玉転がしだが、妙にハッスルしてくれた青髪ピアスのお陰で、結構余裕で勝利する事が出来た。
 
 彼が張り切った原因は応援席の少女達だ。
 
 この前から寮で何をやっているのだろう? と思っていたのだが、どうやら彼女達は応援用のチアリーディングの衣装を作っていたらしく、小萌先生を筆頭に、五和、オルソラ、インデックス、御坂妹に打ち止め、果ては木山までも丈の短いスカートとタンクトップ姿で応援してくれたのだ。
 
 これで頑張らない筈が無い。──当然、上条も頑張ったし、クラスメイトの男子生徒達も無駄に頑張ってくれた。
 
 おそらく、彼女達がこの格好で応援してくれている限り、男子生徒は5割り増しの実力を発揮し続けるだろう。
 
 ちなみに、ローラを皆に紹介した時、土御門が腹痛にでも襲われたような表情で視線を逸らしていたのだが、何かあったのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、その頃。
 
 学園都市の外のホテルにて対峙する二人の女性が居た。
 
 一人は白いローマ正教式の修道服に身を包んだ女性、名をリドヴィア・ロレンツェッティ。
 
 もう一人は、丈の短いキャミソールに簾のようなスカートの上にパレオを巻いた扇情的な衣装の女性、名前をオリアナ・トムソン。
 
 かつては仲間だった二人の女性が、ここに至り決して引けぬ争いを行っていた。
 
「……どうしても、協力は仰げぬという事ですか?」
 
「悪いけど、そういう事なのよね。
 
 霊装を使い、無理矢理ローマ正教に改宗させるようなやり方は間違っている。と、お姉さんは判断したので、貴女を止めにきたの」
 
 そう告げるオリアナの右手には単語帳のような物が携えられている。
 
 対するリドヴィアは大仰に溜息を吐き、
 
「嘆かわしい……、かつては共に主の為に宣教を為した筈の貴女が何故……」
 
「んま、失礼ね。愛とは最も偉大な感情の事なのに。──お姉さんは悲しいわ。
 
 まあ、ただ、今までのお姉さんの考えは間違っていると、ある少年に教えてもらったから……。
 
 彼の期待に背かない為にも、お姉さん頑張っちゃうのよ」
 
 ……かつて、全ての人々が幸せになれる基準点を求め、ローマ正教による教えの統一に協力していたものの、とある仕事の最中にかち合った少年が言ってくれたのだ。
 
 逃げるな、と。
 
 例え、自分が正しいと思いやった事で誰かが不幸になっていたとしても、それを理由に全ての者達の思考を無理矢理に矯正するのは間違っている。
 
 もし、自分の行いのせいで誰かが不幸になったのならば、今度はその不幸を取り除く為に動け、それが駄目だったなら、また違う方法で救えばいい、と。
 
 無論、そんなもの子供の甘い絵空事だと否定した。
 
 しかし、少年はその否定ごとオリアナを打ち倒し、尚かつ彼女を引き上げてくれたのだ。
 
 それからだ。彼女がかの少年を基準として定めたのは。
 
 だからこそ、オリアナはかの少年の期待に応える為にも、リドヴィアを救うと決めた。
 
「……つまり、男に拐かされたと」
 
 吐き捨てるように告げるリドヴィア。対するオリアナはたいして気にした風もなく、
 
「まあ、言われてみれば、そうとも言うかも知れないわねん」
 
 オリアナの目的はイギリス清教が介入してくる前にリドヴィアを何とかして、彼女と使徒十字をそのままバチカンに送り返す事だ。
 
 手にした単語帳の1ページを口にくわえる。
 
「では、貴女を打ち倒した上で、再び主の教えを説くとしましょう」
 
 十字架を構えるリドヴィア。
 
 同時に発動する術式。
 
 閃光と風が激突する。
 
 一瞬の交差の後、オリアナの脇腹から血が飛沫、リドヴィアはそのまま倒れ伏した。
 
 リドヴィアの意識が完全に断たれているのを確認し、安堵の吐息を吐くオリアナは、血の流れ出る傷口を押さえつつ、
 
「まったくもう……、お姉さん濡れ濡れじゃない」
 
 言って僅かに苦悶に眉を顰め、単語帳から一枚ページを破り、それを傷口に張り付けて応急の処置を施す。
 
「さて、……今の内に、リドヴィアと使徒十字をバチカンまで運んでおこうかしら」
 
 オリアナがリドヴィアに放った術式は“昏睡の風”。これは痛みを与えずに相手を気絶させる術式だ。よってリドヴィアに怪我は無い。
 
「その必要は無いのである」
 
 痛む傷口を庇いながら、何とかリドヴィアを立たせようとした所で、突然背後から声を掛けられた。
 
 単語帳の1ページを口にくわえ、慌てて振り向くオルソラ。
 
 しかし、そこには誰の姿も無く、再度声を掛けられた時には、リドヴィアは突如現れた屈強な男性に抱かれ、更に男の傍らには使徒十字の梱包された包みまでも置かれていた。
 
「どちら様かしら? お姉さん的には、自己紹介して欲しい所なのだけど」
 
 言いながらも、この男と対峙してからというもの、背筋から流れる汗が止まらないのを自覚する。
 
「心配は無用である。私はローマ正教“神の右席”が一人、後方のアックア。
 
 今日の所は、リドヴィア・ロレンツェッティと使徒十字を回収しに来ただけである」
 
 ……神の右席?
 
 初めて聞く名に、眉を顰めるオリアナ。
 
「彼女の存在は、ローマ正教としてもとても貴重であるので、悪いようにはしない事を約束しよう」
 
 その布教活動によってローマ教皇の憶えも良いリドヴィアだ。アックアの言うとおり、悪いようには扱わないだろう。
 
 ほんの一瞬。
 
 余所見をしていたとかいうレベルではなく、瞬き程度の時間の隙を付いて、アックアの姿がオリアナの前から消える。
 
 慌てて周囲を見渡すものの、何処を探しても彼の姿は見当たらない。
 
 アックアが消えた事で、無意識の内に安堵の吐息を吐き出しつつ、オリアナは視線を学園都市の方へ向け、
 
「……もし、さっきの男と戦う事になった場合、あの子は勝てるのかしらん?」
 
 口調は戯けているものの、表情は真剣そのものだ。
 
 彼女の見立てでは、おそらく勝ちは無いだろうと見る。
 
 周囲を探ってみるも、アックアの気配が既に無い事にオリアナは気持ちを切り替え、
 
 ……でも、まあ今は取り敢えず。
 
「彼の応援に駆けつける方が先決よね?」
 
 元々、日本にやって来た理由はそれなのだ。
 
 オリアナは傷に治癒魔術を施しつつ、まるでスキップでも踏むように学園都市へと向かった。      
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、大玉転がしに続き、パン食い競争に参加した上条だったが、今回は惨敗に終わった。
 
 というのも、激辛マスタードパンなどというキワ物を引き当ててしまい、思わず悶絶している内に、他の生徒達が全員ゴールしてしまったのだ。
 
「ふ、不幸だ……」
 
 呟きながら、オルソラが用意してくれたアイスミルクココアを口に含む。
 
「うぼぁ……。舌が痺れて味が全然分からねぇ……」
 
 項垂れる上条の足下では、彼の残した激辛マスタードパンを完食し、しかしその辛さに悶え苦しむインデックスと、あたふたとそれを介抱する五和の姿がある。
 
 ……そして現在は、彼らの身内が参加しているカルトクイズの観戦中だ。
 
 クイズの何処が運動会? と聞きたくなるが、クイズの出題方式が50m先にバラ撒かれた問題の書かれた紙をダッシュで拾ってきて答えるという形式の物で、100問を先に正解した者が優勝だ。
 
 なので、最短でも10qをダッシュする事になるし、問題の中にはハズレも混じっている。
 
 勿論、競技中は妨害も行われるので、体力の消耗具合は軽くフルマラソンに匹敵する程だ。
 
 そんな中、ガンダム、美少女、健康グッズのジャンルで仲間達が奮戦し、今も吹寄が、43問を連続正解してみせ会場を沸かせていた。
 
「あらん? ぼーやの出番はもう終わっちゃったのん?」
 
 その言葉と共に、いきなり上条の背後から彼の背中にしなだれ掛かってきた女性が、その豊満な胸を彼の背中に押しつける。
 
「どわっ!? って、オリアナ!? お前、何でこんな所に?」
 
 そこまで言って、彼女から微かに血の臭いがする事に気付き、
 
「……お前!?」
 
 慌てた様子で彼女のパレオに手を掛けて有無を言わさず引っぺがした。
 
「きゃん
 
 腰ではなく腹に巻かれたパレオの下には単語帳の1ページが貼られ、止血されてはいるものの、大きく裂かれた真新しい傷跡がある。
 
「五和! オルソラ! ――直せるか!?」
 
「大丈夫です」
 
「お任せくださいなのですよ」
 
 五和が鞄から色々な道具を取り出し、オルソラが歌うように治癒魔術の詠唱を開始する。
 
 異なる魔術の重ね掛けにより、見る見る内に傷口が薄くなっていくのを安堵の吐息を吐きながら見守る上条。
 
 しかし、だ。そこに至り問題が一つ浮上する。治癒魔術を他の人に見られた。……というのは、別段問題は無い。能力の一種だと言えば学園都市内であれば大抵の事は納得してくれる。
 
 問題は、今上条の手にはオリアナのパレオが握られており、彼女のスカートは格子状のスリットだらけのもので、パレオが無いとその色っぽい下着が丸見えになってしまうという事だ。
 
 今まではオリアナの治療を優先していた為、気にならなかったが、健全な男子高校生の上条さんとしては、オリアナのレース満載な黒い下着は正直刺激が強すぎる。  
 
 思わず、鼻を押さえて顔ごと視線を逸らす上条に、背後から大きく口を開いたインデックスが襲いかかり、その頭に噛みついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 競技を終了し、見事優勝してしてみせた三人が満足気な表情で戻ってきた。
 
「……なるほど。それで、競技が終わって帰って来てみれば、上条が殺人現場の被害者みたいになっていたわけね」
 
 その上条といえば、彼には魔術の類は一切効果が無い為、今は姫神に手当をしてもらいながら、
 
「それで? 何があったんだよ? ……お前ほどの魔術師が傷を負うなんて、ただ事じゃ無いだろ」
 
 もし、何らかの面倒毎であった場合は、即座に手伝いに行くつもりだ。
 
 対するオリアナは妖艶な笑みを浮かべてみせ、
 
「あらん? お姉さんの事、心配してくれるのかしら?」
 
「当たり前だろ。……厄介事なら言ってくれ。俺に出来る限りで力になる」
 
 上条の言葉を前に、オリアナの笑みの質が変わる。
 
 艶から摯へ。そして、僅かな間をおいて再度艶へと戻ると彼にしなだれ掛かり、
 
「なら、お姉さんもご一緒させてもらって良いかしらん? 元々お姉さんがここにやって来たのも、君を応援する為なんだし」
 
 だが、上条は取り合わず、真剣な表情のままで、
 
「……本当に良いんだな?」
 
「ふふふ、心配ご無用よん♪ そちらの方はもう解決済み。君はお祭りに全力をつくしなさいな」
 
 言って、上条の頬に触れるだけのキスをして離れていった。
 
 ドギマギする上条に対し、少女達から追求の声が上がる中、救いは意外な所からやって来た。
 
 上条が短パンの尻ポケットにねじ込んでおいた携帯電話から呼び出しのベルが鳴る。
 
 周囲の視線に晒されながらも恐る恐る電話に出てみると、電話の相手は上条の母、詩菜だった。
 
『当麻さん。そろそろお昼なのだけど、何処で合流すれば良いのかしら?』
 
 電話からの問いかけに、上条は周囲を見渡して現在地を確認すると、
 
「じゃあ、何処かの喫茶店……には、全員は入らないか。なら近くの公園で、細かい場所はメールに地図を添付しておくから」
 
『えぇ、お弁当もいっぱい作ってきたから、女の子が何人か増えていても全然平気よ?』
 
「おぶわ!? な、何、妙な事を言ってらっしゃいますか!? 母上。そんな雪だるま式に女の子が増えるようなわけ、ある筈が……」
 
 言いながら、ちらりと視線を周りに向けてみる。
 
 そこに居るのは、姫神、吹寄、風斬、五和、オルソラ、オリアナ、ローラ、ミサカ、インデックス、木山、小萌、麦野、打ち止め、一方通行というメンバーだ。
 
 青髪ピアスは同じパン屋下宿している誘波が弁当を作って持ってきてくれるという事で姿を消してしまったし、土御門は妹の舞夏が呼びにきたので付いて行き、垣根は先程のカルトクイズの影響で、ガンダムオタク達からヒーロー扱いで祭り上げられている。
 
 上条は右手で一方通行の服の裾を掴み、
 
「お前は、どっか行ったりしないよな?」
 
 縋るような目で彼を見た。
 
 対する一方通行は鬱陶しそうにするが、打ち止めが彼女達から離れようとしない為、上条達から離れるわけにもいかない。
 
 別に打ち止めを置いて彼1人だけ離れてもいいのだが、そうすると打ち止めが駄々を捏ねた上で、最終的には名残惜しいそうに分かれて一方通行に付いてくるのだ。
 
 その場合、残れと言った所で、彼女は断固として聞かない為、一方通行は仕方なく上条達に付いて行っている。
 
 女子13人に対して男2人という状況で、あの母親がどんな顔をするのか想像した上条は胃に幻痛を感じながら、皆を連れて件の公園に向けて歩いていると、通りの向こうから上条達を呼ぶ声がした。
 
「上条さ――ん!!」
 
 見れば、そこでは伸ばした黒髪にワンポイントのアクセントとして、大きめの花の髪飾りを付けた体操服姿の女子中学生、佐天・涙子と黒髪のショートカットに花冠と見間違う程に大量の花の髪飾りを頭に付けた少女、初春・飾利。更には茶色の髪をツインテールに纏めた常盤台女子中学校の体操服を着た白井・黒子の姿まであった。
 
 元気よく腕を振って、自らの存在をアピールしていた佐天だが、初春達を引っ張って上条の所まで駆け寄ってくると、
 
「私達、これからお昼にするんですけど、ご一緒に如何ですか?」
 
 目を輝かせて問いかけてくる佐天を誰が拒めようか?
 
「あ、あぁ、俺たちもこれから弁当にする所なんだ」
 
 と、そんな会話を交わしていると、後ろの方で、
 
「あれー? 麦野こんな所で何してんの?」
 
「私達、これからお昼にするんですが、一緒にどうですか?」
 
 視線を向けると、そこに居たのはアイテムの構成員、フレンダと絹旗・最愛の二人だ。
 
 フレンダの持つ紙袋からは妙に金属的な音が聞こえる。……おそらくサバ缶が大量に買い込まれているのだろう。
 
 僅かに悩んだ麦野が視線を上条に投げかけてくるのを見て、彼は小さく肩を竦め、
 
「良いぞ。もう、ここまで来たら、何人増えても一緒だし」
 
 という上条の了承を受け、麦野自身こんな程度の事で喜んでいる自分を自覚して妙な気分になりつつも、それを表に出す事をせず、
 
「じゃあ、あんた達も一緒に来る? つーか、滝壺はどうしたのよ?」
 
「滝壺さんでしたら、さっき浜面に荷物持ちさせて屋台エリアを歩いてるのを見かけました」
 
 という絹旗の答えに麦野は目を白黒させ、
 
「は? 何? あいつ等デキてたの?」
 
「さあ? 滝壺さん、何時もボーっとしてますから、良く分かりません。普通に荷物持ちに使ってる可能性もありますし」
 
「それにしても、浜面ってのは趣味悪過ぎるような気もするけどねー」
 
 とフレンダが肩を竦めながら告げる。
 
 それを聞かされた麦野としては、年下の滝壺に先を越されたようで、どうも面白くない。
 
 別段、麦野が彼氏募集中というわけではないのだが、彼女とて年頃の少女である以上、そういう色恋沙汰に興味が無い事もない。
 
 そこで候補の最低限の条件として自分よりも強い男というものを上げてみると、驚く事に候補が一気に三人にまで絞られた。
 
 すなわち、一方通行、垣根・帝督、そして、上条・当麻である。
 
 ……まず、一方通行はパスね。……アイツ、ロリコンだし。垣根はガンダムオタクだし、って、消去法で一人しか残って無いじゃない。
 
 かくいう上条も相当なものなのだが、その事はまだ付き合いの浅い麦野は知らない。
 
 チラリと上条の方を横目で確認してみると、こちらの心境など知らない上条は右腕をオリアナに組まれ、左腕を佐天に引っ張られるようにして歩いている。
 
 その事が何だかムカついた。
 
 ……いや、でもコイツの場合、相当競争率高いし。
 
 そこまで考えた麦野は頭を振り、
 
 ……待て待て、競争率が高いのは、正直だから何? って感じじゃないの? 私は麦野・沈利よ。私が選ばれるんじゃなくて、この場合、私が選んでやったのよ!
 
 そう結論し、心に若干の余裕を持つことが出来たと思ったら、また余所から声を掛けられていた。
 
 ……もっとも、今度は上条ではなく、小萌先生にだが。
 
「ありゃ? 小萌先生じゃんよ。私達これからお昼にするんだけど、先生も一緒にどうじゃん?」
 
 その特徴的な口調から、相手が即座に麦野の担任である黄泉川・愛穂であると看破する。
 
 しかし、そこに居たのは警備員の装備で身を固めた黄泉川一人ではなく、同じく警備員の装備を着用した手塩・恵未に、最近上条達の学校に保険医として赴任してきた芳川・桔梗と数学教師の親船・素甘の姿も見える。
 
 おそらく、丁度通りかかった所を黄泉川に強引に誘われたのだろう。
 
「それでしたら、皆さんも一緒に如何ですか−? 食事は大勢で食べる方が美味しいのですよー」
 
 小萌先生の提案に即座に同意した黄泉川の独断により、更に4名が追加され、これで合計24人の大所帯となる。
 
 そんな状態で上条夫妻と合流するのだが、向こうに更なる追加人数が居ようとは、流石に誰も予想していなかった。    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あらあら、これは予想以上の団体さんね」
 
 流石に20人以上でやって来るとは予想していなかったのだろう。詩菜の笑顔も心なしか引きつっているように思える。
 
 そんな詩菜の側に居るのは、彼の夫であり、上条の父親でもある刀夜と、御坂母娘の二人。そして、
 
「女教皇様!?」
 
 元天草式十字凄教の女教皇にして、現在はイギリス清教の魔術師、神裂・火織がそこに居た。
 
 実は神裂、とある人物がお忍びで大覇星祭にやって来たので、その護衛として付いて来たのだが、この人混みではぐれてしまった所を上条夫妻に拾われたらしい。
 
 まあ、そこまでは良いのだ。問題は、その神裂の探し人たる人物が上条達の中に居た事と、その中には天草式十字凄教の五和が居た事。更に、御坂・美鈴に妹達の存在がバレてしまった事だ。
 
 まずは、神裂の存在に気付いたローラがその場で一番身体の大きい手塩の背中に隠れようとするが、それよりも早く神裂が動いた。
 
「こんな所に居たんですか!? いきなり人混みの中に紛れて姿を眩ましたと思ったら、一体何をしてたんです!? 貴女、自分の立場ってものを理解してますか?」
 
 ツカツカとローラの元に歩み寄ると、その耳を引っ張り上げる。
 
「い、痛たたたたたたッ!? か、神裂さん、聖人の力でそんな事されたら、私の耳取れちゃう!?」
 
 目尻に涙を溜めて懇願するローラを救ってくれたのは、五和だった。
 
「女教皇様!?」
 
 その呼ばれ方に神裂の肩がビクリと震えた。
 
 そして恐る恐る振り返り、そこに見知った顔を発見すると、神裂はぎこちない仕草で顔を逸らし、
 
「ひ、人違いです……」
 
 何とか神裂に視線を合わせてもらおうと四苦八苦する五和に対し、神裂は聖人の力を総動員して五和から視線を逸らし続ける。
 
「つーか、天草式の元女教皇って、神裂の事だったのか?」
 
 天草式十字凄教の現教皇代理を務める建宮から話には聞いていたものの、元女教皇の名前までは聞き及んでいなかった為、驚きの声を挙げる上条。
 
 別段、五和に今すぐ神裂に天草式に戻って来てもらおうというつもりはない。彼女達が今でも頑張っているのは、いつか神裂に認めてもらいたいからだ。
 
 彼女に認められて初めて、彼らは神裂に天草式十字凄教という居場所を返す事が出来る。
 
 対する神裂は、自ら彼らから離れたという負い目もあり、どうも視線を合わせる事すらも出来そうにない。
 
 そんな彼女らを溜息混じりに見守りながら、上条は視線を御坂家の方へと向ける。
 
 そこでは美琴が悪戦苦闘しながらも、妹達の事情を母親に言って聞かせている所だった。
 
 対する美鈴は未だ納得していない表情のまま、
 
「まあ、大体の事情は分かったし、余り詳しい事情は聞かない方が良いんでしょうけど……」
 
「それが賢明だろう。この計画は、学園都市の暗部にかなり直結してる。
 
 表沙汰にしようとしても、必ず揉み消されるだろう。下手をすれば、最悪の手段で」
 
 と、忠告したのはそれまで暢気におにぎりを食べていた刀夜だ。
 
 こうして、ここで会話している内容も、学園都市の総統括理事であるアレイスターには筒抜けになっているのだ。下手な動きを見せる事は出来ない。
 
 学園都市側からすれば、まだ美琴には利用価値がある為、美鈴が殺されるような事は無いだろうが、それでも彼女を人質に取り、美琴に汚れ仕事をやらせる事くらいは平然とやってのけるような者達も存在する。
 
 そこに口を挟んできたのは、レベル6シフト計画に関わってきた芳川だった。
 
 彼女は、私自身言えた立場では無いのだけれど、と前置きし、
 
「納得してくれ。とは言えないけれど、彼女達は今、彼女達なりに幸せを見つけようとしているわ。……出来れば、見なかった事にして、そっとしてやってくれないかしら?
 
 正直な所、この件に貴女が関わってきた所で、事態を悪化させて娘さんを苦しめる結果にしかならないと思うわ」
 
 口に出しては言わないが、芳川や黄泉川など学園都市の暗部を知る大人達も黙って上層部に従っているわけではない。今は彼らに抵抗するだけの力を蓄えている最中だ。
 
 その事を彼女らの視線に宿る力強さから感じ取った美鈴は深く溜息を吐き出し、それでも親として自分に出来る事を考え、
 
「……流石に2万人を養子縁組っていうのは無理があるけど」
 
 言って鞄から一枚の名刺を取り出してミサカに手渡した。
 
「これ、私の携帯番号とメアドが書いてあるから、何か困った事があったら連絡してちょうだい。
 
 母親として、力になるから」
 
 ミサカは名刺と美鈴の顔を交互に見比べ、やがて一言を放つために口を開き、
 
「では早速一つよろしいですか? とミサカは問いかけます」
 
「なに?」
 
 美琴にはしてあげられなかった分、母親として頼られると嬉しい美鈴は若干頬を綻ばせながらミサカの次の台詞を待つ。
 
「好きな男性が居るのですが、鈍感すぎて気付いてもらえません。
 
 この場合、どうすれば相手に自分の気持ちを伝える事が出来るのでしょうか? とミサカは尋ねます」
 
 恋愛の悩みねー。とほくそ笑む美鈴。こういう時に有効な手段は昔から決まっている。
 
「酔わせた勢いで既成事実を作って、責任取らせれば完璧よ!」
 
 言った瞬間、背後から美琴に殴られた。
 
「ば、バカな事言ってんじゃないわよ、このバカ母! この娘達世間知らずなんだから、本気にするじゃない!?」
 
 ちなみに早速ミサカネットワークを使って、酒を購入した  。
 
「それにしても、この人数……。遂に父親越えを果たしてくれたわね当麻さん」
 
 ボソリと呟かれた詩菜の声に対し、上条父子は聞こえない振りで弁当を口の中に押し込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、一旦解散し、上条は佐天と約束していた白組の合同競技に出る事になった。
 
 競技は二人三脚障害物マラソン。
 
 上条は佐天と肩を組み合いながら、極力右手側を見ないようにして佐天に話しかける。
 
「取り敢えずアレだ。全力で逃げよう。――何だが隣の人が理不尽なくらいにバチンバチンいってるし」
 
 横目でチラリと覗き見ると、そこにはあからさまに機嫌の悪い御坂・美琴と満面の笑みを浮かべた海原・光貴の姿がある。
 
 この競技は組毎に高校生と中学生が組む事が前提となっているので、他にめぼしいパートナーが見当たらなかった美琴に海原が声を掛けた形なのだが、よもや上条達も同じ競技に出場しているとは思わなかったらしく、仲睦まじく寄り添って肩を組んでいる姿を見せびらかさられているようで、大変面白く無い。
 
 とばっちりを恐れて二組の周りからは人気が無くなっている中、自身も電撃の余波を喰らっていながらも微笑を絶やさない海原は、
 
「い、1位を目指して頑張りましょうね、御坂さん」
 
「当たり前じゃない! 邪魔する奴らは全員消し炭にしてでも優勝してみせるわよ!!」
 
 言外に、足を引っ張ったら殺すと告げる美琴に対し苦笑を浮かべる海原。
 
 そんな緊迫感漂う雰囲気の中、遂に競技はスタートする。
 
 スタートの合図と共に佐天の身体を引き寄せ、同時上条の身体にしがみつく佐天。
 
 そのまま彼らは猛然とダッシュをかける。
 
 普通に二人三脚のつもりでスタートした御坂・海原組は出遅れた感じで上条・佐天組を追いかけるも、なかなかに追いつけない。
 
 とはいえ、如何に上条が鍛えていると言っても、このまま2qを逃げ切れるわけではないのは明白であるし、当然、他の走者からも妨害が入る。
 
 スタートダッシュで稼げた距離はおよそ200m。後続との差はおよそ50mという所だ。
 
 そこで上条は一旦佐天を降ろして、通常の二人三脚モードに戻る。
 
 これだけ離れれば、最も警戒しなければならない美琴の超電磁砲も届かない。
 
 後はこのリードを守りつつ、ゴール前で再びスパートをかけるつもりでいたのだが、その目算は背後から追走してきた追っ手によって、見事に崩れ去ってしまった。
 
「にゃー♪ もうバテたか? カミやん。意外とだらしないにゃー」
 
「行けアニキ、GoGoGoだぞー!」
 
 土御門兄妹ペアと、
 
「うははははは! 腑抜けた輩は僕らの後からチンタラ追ってくるがよかですたい!!」
 
「あ、お先に失礼しますね? 佐天さん」
 
 青髪ピアス・初春ペアが一気に上条達を抜き去って行く。
 
 ちなみに二組とも、上条達がスタートダッシュで見せた抱きつき走行のままだ。
 
 おそらく体力馬鹿なあの二人ならば、あの走行でゴールまで走りきる事が可能だろう。
 
 勿論、上条とて無理をすれば、ゴールまで走りきる事が可能だ。……但し、それをやった場合、体力を使い果たして今日の残りの競技はボロボロになるだろうが。
 
 二組とも同じ白組だ。負けたところで別段問題は無い。……のだが、あの二人に負けるというのは上条のプライドというか、もっと根源的なものが許さない。
 
「――佐天! スパートかけるぞ!!」
 
「え? きゃッ!?」
 
 傍らを走る佐天を引き寄せ、まだレース序盤だというのに一気にスパートをかけた上条・佐天ペア。
 
 みるみる内に後続を引き離し、先行する二組に追いついていく。
 
「ちょ、ちょっと!? こんな時でも私の事スルーすんのアンタ!?」
 
 という御坂の声が後方から聞こえてきたような気がするが、今の上条の頭にまでは入ってこない。
 
「おおおおぉぉぉ!!」
 
「にゃぁ――!!」
 
「ぬううぅぅぅ!!」
 
 三組共に全力。横一線のままで一気にゴールまで傾れ込んだ。
 
 ゴールと共に体力が尽きたのか? そのまま飛行機が胴体着陸するようにグランドに転がり込む三組。その際、ちゃんと少女達を庇うようにして背中から突っ込んでいくのはある意味流石というべきか。
 
 ほぼ同着であった為、判定は写真判定にまで持ち込まれ、――結果、
 
『一着、上条・佐天ペア、二着、土御門兄妹ペア、三着、青髪ピアス・初春ペアとなりました』
 
 アナウンスを聞いた瞬間、地べたに寝転んだままで天に向けガッツポーズを取る上条。
 
 そんな上条に向け、
 
「す、凄いです上条さん! 一着ですよ! 一着!!」
 
「おう! やったぞ、佐天!!」
 
 視界いっぱいに入る笑顔の佐天の頭を乱暴に撫でてやる。
 
 ちなみに、先ほどのアナウンスは吹寄の声だったので、思わず何時もの調子で本名ではなく青髪ピアスと言ってしまったのだろう。
 
 ゴール地点で、そんな事をしていたので、丁度ゴールしてきた4位の御坂・海原ペアに踏まれてしまう上条。
 
 それが故意なのか、事故なのかは、美琴だけが知っているが、この時、彼女は佐天といちゃつく上条にムカついていたとだけ言っておこう。
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、綱引きでは長点上機学園を相手に、風斬、青髪ピアス、そして一方通行を有する上条達の高校が圧勝して大番狂わせをみせたり、佐天に言われて見にいった玉入れでは、相手校の常盤台女子中学校に居た御坂・美琴が何故か八つ当たり気味に、上条に向けて雷撃の槍を放ってきたり、二人三脚で体力を使い果たした上条が残りの競技ではボロボロにされたり、怪我した生徒を姫神と一緒に保健室に運んで手当したり、人手が足りないという事で、臨時に運営委員の仕事を手伝わされたりと、色々ありながらも初日のプログラムを全て消化し、今は皆でナイトパレードを眺めていた。
 
「う、うわぁ!? 凄いんだよ、当麻!! なんだかピカピカ、チカチカって!!」
 
「あ、余り近づき過ぎては危ないです」
 
「そのロープから向こうには入るなよインデックス。つーか、毎年電飾の数が増えてってるなぁ」
 
 インデックスの世話を焼く神裂を眺めながら適当に呟くと、五和が答えてくれた。
 
「過去最大の電飾数らしいですけど、毎年このキャッチフレーズは使用されてるみたいです」
 
「最終的にはどこら辺までいくんだろうなぁ……」
 
 投げやり気味に呟いていると、傍らに居た姫神が何かに気付いたのか? パレードの方を指さし、
 
「アレ。吹寄さんと風斬さん」
 
 彼女の指す方向。そこには派手な衣装を身につけ、顔にも化粧を施して満面の笑みを浮かべながら手を振って歩く二人の姿があった。
 
「ここのパレードのコンセプトは、勝利の女神らしいでございますね」
 
 パンフレットを見ながらオルソラが解説してくれる。
 
 ちなみに、上条夫妻は明日からまた仕事があるという事で帰ってしまったのだが、
 
「ところでお姉さん、今日泊まる所が無いから、泊めてほしいのだけれど?」
 
 上条にしなだれ掛かりながら、耳元に息を吹きかけつつ告げるオリアナ。
 
 対する上条は、ギリギリの所で理性を保ちながら、
 
「へ、部屋なら空いてるから、好きに使ってくれれば良いですよ? つーか、オリアナさん? ……あたってるんですが」
 
「ふふふ、何があたってるのかしらん?」
 
 言って、よりいっそう密着して胸を押しつけてくる。
 
「あばばばばば!?」
 
 混乱の余り、言語能力が崩壊しつつある上条。
 
 対する少女達は溜息を吐き出し、厄介な事になりそうな予感をヒシヒシと感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 窓の無いビルの中、学園都市の総統括理事であるアレイスターは面白く無いような表情で眉根を寄せる。
 
 全世界の魔術活動を同時に停止されるという計画。
 
 これには量産型能力者と虚数学区の鍵の力が必要だ。その為にも、まずは妹達を世界中に配置する必要があるのだが……。
 
「……予想以上に身持ちの堅い少年だな」
 
 彼女達を世界中に配置する理由として、件の少年の子供をあらゆる環境下で育て、来るべきレベル6の為の梯子とするというものなのだが、その少年が一向に妹達に手を出そうとしない。
 
 ……その為に態々、彼女達と一緒に住める寮まで用意してやっというのに。
 
 液体の満たされたカプセルの中で嘆息し、一つの事実に気付く。
 
 ……もしや、あの少年。年上好みだったのか?
 
 だとすれば、これは誤算だ。
 
 ……一刻も早く、彼好みのお姉さん系能力者のクローンを最低でも一万人近く用意しなければ。
 
 どこかズレた考えを持つアレイスターの視界の隅に開いたウインドウ。
 
 そこに映るのは、上条・当麻に食いついて文句を並べる量産型能力者のオリジナルの少女。
 
 それを見たアレイスターは、思わず同情せずにはいられない。
 
 端から見ても分かりやすい程に、御坂・美琴が上条・当麻へ好意を抱いている事が分かるというのに、当の本人だけが気付いていない状況。
 
 既に上条の好みは年上のお姉さんという結論を出しているアレイスターは、決して報われない美琴の恋心を思い、思わず目頭を熱くさせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一週間の大覇星祭を満喫しきったローラと神裂の乗るイギリス清教所有の小型ジェット機。
 
 既に空港を発ち、イギリスに向かう機内で、神裂は探るような視線でローラに問いかける。
 
「それで、今回の来日の目的は一体何だったんですか?」
 
 対するローラは微笑を崩さず、
 
「さて? 何のことなりしかしらね」
 
「惚けないでください。大会中、まるで彼を見極めようとするように監視していたではありませんか」
 
 神裂の言葉に対し、ローラは心底関心した様子で、
 
「流石は神裂ね。よもやあのチアガール姿で応援しながらも、私の視線の先に気付いていようとは」
 
 この一週間、神裂達は上条達の寮に厄介になっていたのだが、初日の夜、寮に帰ってから、ローラが自分たちもチアガール姿で応援したいとか言い出してくれたおかげで、翌日からチアガールが3人追加される事になったのだ。
 
 しかも間の悪い事に、ローラがそれを言い出したのは、五和が天草式の皆に連絡を取った後であった為、翌日やって来た天草式一同の前で、神裂はチアガール姿を思い切り曝す事になってしまった。
 
 その事を思い出したのか? 顔を羞恥で真っ赤に染めてプルプルと震えだした神裂を見やりつつ、ローラは上条の事を思い出す。
 
 ……あの身体能力に、幻想殺し。単体戦力としては、使い方次第では聖人にも匹敵するであろうかしら? でも本当に厄介なのは、あの組織力なりけりよね? 味方に引き込む事が出来れば最良であろうが贅沢は言うまいよ。
 
 今回の訪日で、彼らが盲目的に学園都市の味方では無いという事が分かっただけで僥倖というものだ。
 
 神裂の小言を聞き流しつつ、ローラは視線を窓の外に向ける。
 
 ……さて、今回、裏ではローマ正教も動いていたようであるし、次はどちらが動くのであろうかしら?
 
 当然、どちらが動こうとも、美味しい所は全て掻っ攫っていくつもりで動く。
 
 ……最後に勝つのは、私達イギリス清教なりけるのよ、アレイスター。
 
「って、聞いているのですか!? 最大主教!!」
 
 人の話を聞いていない節のあるローラの頭を神裂が鷲掴みにして、握力だけで締め上げる。
 
「い、痛たたたたたたたッ!? 頭! 頭が潰れちゃうのよ、神裂さん!?」
 
「やかましい、このバカ女! アンタが妙な事を言い出さなけりゃ、あんな恥ずかしい恰好を、天草式の皆に見られずに済んだものを!?」
 
 メキメキと頭蓋骨の軋む音が聞こえる。
 
「ぎゃぁ――ッ!? すている! ステイル――ッ!!」
 
 助けを求める人物は遠い地で別件の仕事中の為、ここには居ない。
 
 乗客席の方でバタバタし始めた、たった二人の乗客に対し、機長と副長は互いに顔を見合わせ、「……またか」と肩を竦めあうのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ところでオリアナさん」
 
「ん? 何かしらん?」
 
 風呂上がりにリビングでくつろぎながら、ファッション誌を読んでいたオリアナが上条の声に視線を上げる。
 
「何時まで日本に滞在するおつもりで?」
 
 大覇星祭が終了しても、オリアナは寮を離れる気配をみせず、むしろ荷物を次々と運び込んで居着いてしまった。
 
 どことなく引き気味な彼に対し、オリアナは妖艶な笑みを浮かべると、
 
「あらん。お姉さん、ここに居るとご迷惑?」
 
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
 
 正直、彼女が来てからというもの、上条は色々と目のやり場に困る。
 
 というか、せめて風呂上がりにショーツ一枚の上にバスタオルを羽織っただけの恰好でリビングを彷徨くのは止めてもらいたい。
 
 まあ、それに関しては木山も同じで、最近では御坂妹まで真似し始めてきた。
 
 もう、こうなったら、小萌先生の説得に期待するしか無いだろう。と思うのだが、目の前には、オリアナの差し出したビールを美味そうに飲みながら上機嫌で談笑する三人の成人女性。
 
 ……あれ? オリアナってまだ未成年だったような? でも、小萌先生でOK.だから、問題無いのか?
 
 とか思いつつ、結局今日もオリアナに上手く話しを逸らされたなぁ……、と諦めの溜息を吐く上条だった。
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