とある魔術の禁書目録・外典
書いた人:U16
第6話
9月1日。
長かった夏休みも終了し、新学期を迎えた上条達は当然学校に登校する。
久しぶりに見る生徒達の中には、全力で遊んできましたといわんばかりに真っ黒に日焼けした者や、夏休み中に恋人が出来たからか? 行動の一つ一つに余裕の見られる者。最後の悪足掻きとばかりに、友達から借りた宿題をやっている者など様々だ。
そんな中、上条が同居している巫女さんこと、姫神・秋沙と一緒に登校してくると、青髪ピアスが話しかけてきた。
「カミやーん、ビッグなニュースがあるやん」
「ニュース? 小萌先生の実年齢が解明されたとか?」
「それはそれでかなり衝撃的なニュースやろねんけども、ちゃうねん。転校生や転校生!」
青髪ピアスのもたらした情報に、クラス中がにわかに活気づく。
既にこの学校は1学期の内に既に姫神、風斬と二人の転校生を迎えているというのに、更に追加で新顔を招き入れようというのか!?
「……それで、男か? 女か?」
そう、重要なのはそこだ。
上条だけでなく、クラス中の生徒達が青髪ピアスの情報に固唾を呑む。
「男が二人、女が一人や」
「三人もかよ!?」
「まあ、クラスはウチと違とごうて、お隣さんやねんけどもな」
流石に一クラスに転校生5人は無理があるからだろう。が、それにしても一クラスに一気に3人も増やすというのも珍しい。
「……隣のクラスっていうと、黄泉川先生のクラスか」
隣のクラスの担任である黄泉川・愛穂は、体育の担任であると同時に、警備員も務めている。万が一、転校生が暴れたとしても対処する事が出来る数少ない人材だ。
……もしかすると、わけありの転校生かも知れないな。
とはいえ、クラスが違う以上、余り顔を会わせる事もないだろう。
そんな事を考えていると、担任の小萌先生がやって来た。
「はーい、皆さん揃ってますかー? おや? 土御門ちゃんはお休みですかー? 連絡は来てないですけど、お寝坊ですかねー?」
たるんでますねー。と頬を膨らませる小萌先生の言葉とは裏腹に、土御門は今、窓の無いビルに軟禁されていた。
●
学園都市にある全てが閉ざされたビル。
窓もドアも階段も無い。
もはや特殊な手段以外での侵入は不可能であり、その特殊な手段もレベル4級の空間移動系能力者の協力が必要不可欠というものである以上、20人にも満たない。
そんなビルの一室。巨大なガラスの円筒の中に赤い液体を満たし、その中で上下逆さまに漂う人間。
学園都市総統括理事アレイスター・クロウリー。
その容姿は、男とも女とも、子供とも大人とも、聖人にも囚人にも見える曖昧な存在だ。
そんな存在を前に、アロハシャツにハーフパンツ姿の土御門・元春は舌打ちする。
「……どうするつもりだ? アレイスター」
土御門は手にしたレポートをアレイスターが漂うガラスに叩き付け、
「学園都市に侵入を許した魔術師、シェリー・クロムウェルは流れ者じゃない、イギリス清教所属の魔術師だ」
過ちを犯した魔術師は魔術師が裁き、罪を犯した能力者は能力者が裁く。それが両者においての暗黙の了承だった。
上条がこれまで相対してきた魔術師は組織から脱退した者達ばかりだったので、それほど大きな問題にはならずに済んできたが、今度ばかりは違う。
シェリー・クロムウェルは現在もイギリス清教に所属する魔術師だ。
それがイギリス清教の意向に背き、学園都市に乗り込んできた。……これは本来ならば、イギリス清教の魔術師が裁くべき問題であり、下手に科学サイドが手を出してしまうとそれだけで魔術と科学の均衡を乱すこととなり、一歩間違えれば、それは科学対魔術の全面戦争の火種となりうるだろう。
それを知りつつ、アレイスターは今回の一件に土御門を介入させないよう軟禁した。
今回、シェリーが狙っている標的は二人。
イギリス清教の魔導図書館、禁書目録と学園都市、虚数学区・五行機関の鍵、風斬・氷華の二人。
彼女達が狙われれば、間違いなくあの少年が出てくる。
否、それこそがアレイスターの狙いか?
……上手く立ち回ってくれよ、カミやん。
もはや、祈る事しか出来ない自分に歯噛みする土御門だが、当の上条といえば……。
●
小萌先生のホームルームも終え、他の生徒達同様、好奇心から隣のクラスに転校してきたという生徒を見に行こうとした上条が、同じクラスの男子生徒達に取り押さえられた。
「な、何しやがる!?」
「やかましい! お前が見に行ったら、その時点で転校生の女の子と理不尽なフラグが立つに決まってる!」
「お前等の扱いの方が理不尽だ!?」
しかし、その抗議は隣のクラスから聞こえてきた爆音と衝撃によって打ち消されてしまった。
たちこめる噴煙の中、対峙する三つの人影。
嘲りを含んだ声色が響き渡る。
「ハッ、ごちゃごちゃ言ってねェで、タッグ組むなり同盟結ぶなりして二人で掛かって来いつってンだろうが。
ちっとは、楽しませろよ、雑魚共」
そう宣言するのは白い人影だ。上条達と同じ、白いカッターシャツに黒いズボンという夏服が恐ろしく似合っていない白髪の少年、本名不明の学園都市最強、“一方通行”。
対するのは他の生徒達と同じ夏服に身を包み、背中に3対6枚の白い大翼を拡げた少年。学園都市bQ、“未元物質”の垣根・帝督。
「それはアレか? 俺に足手まといと組んでハンデ付けてくれって言ってんのか?」
一方通行に対し軽口で挑発する垣根を睨んでいた最後の一人、麦野・沈利が口を開く。
「こっちとしても、アンタなんかと組むのなんて、真っ平御免だわ」
そんな彼女が着ているのは、地味な夏服のセーラー服。
……正直、余り似合っていない。
垣根が直接攻撃を狙い、麦野が僅かに牽制を入れ、一方通行が余裕で待ち構える中、三人のレベル5が形成するトライアングルの中心に4つの人影が唐突に現れた。
上条の右拳が一方通行の腹に突き刺さり、麦野が粒機波形高速砲を放つ前に風斬が腕を払い即座に姫神が床に叩き付け、吹寄のショートレンジからの体当たり、八極拳でいう鉄山靠が垣根の身体を吹き飛ばす。
一瞬でレベル5の能力者達を蹂躙してみせた無能力集団は面倒臭そうに溜息を吐くと、
「はいはい、取り敢えず学校で暴れない」
「……というか。どうして。この人達がうちの学校に居るの?」
「さ、さあ? ……可能性としては二つありますけど」
一つは自分の意志で以前の学校から何かしらの目的を持って転校してきた。
もう一つは、風斬のように何者かの意志により、勝手に転校を決められた。
この場合、前者は一方通行であり、後者が垣根と麦野だ。
「取り敢えず、上条さんとしましては、今後学校生活でもバイオレンスな日常が待っていると思うとウンザリします」
本当に、心底ウンザリしたように溜息を吐き出す上条。
とはいえ、次も同じように奇襲が成功するとは思いがたい。
今回はレベル5の三人が、互いの事に集中していたお陰で不意を付く事が出来たが、それが成功しなかった場合、彼らを制圧する術は無いのだ。
……そう考えると、うちのチームってバランス悪いよなぁ。
何しろ上条を除いて全員が近接格闘系だ。辛うじて上条が拳銃や投げナイフ。奥の手として“竜王の顎”が使えるくらい。
上条が今後の対策を考えていると、風斬が控えめに挙手して、
「あ、あの……。でしたら、皆さんの歓迎会を開いて親睦を深めるというのはどうでしょう?」
仲良くなれば、そうそう喧嘩したりしないだろうという目論見らしい。
上条としては、この三人が仲良くなっているような光景など、とても想像出来ないが、それでじぶんへの負担が減るというのであれば、風斬の提案に乗るのも吝かではない。
「じゃあ、始業式が終わったらこいつら誘って、どっか遊びに行くか?」
二日連続で遊ぶというのは家計的にかなり厳しいものがあるが、背に腹は代えられない。
「まぁ、カラオケとかなら割り勘にすればそんなにお金も掛からないでしょ」
という吹寄の案に従い、放課後は親睦会も兼ねてカラオケという事になった。
●
褐色の肌に黒を基調とした着古したゴシックロリータ系のドレス。
手入れされていない金髪を長く伸ばした荒んだ美人。
それが学園都市に侵入した魔術師、シェリー・クロムウェルの容姿だった。
正面から学園都市に力ずくで侵入した彼女の姿は、防犯カメラにしっかりと映っており、現在、特別警戒宣言が発令され、風紀委員の者達には侵入者の捜索が命令が下されている。
そんな中、風紀委員を務める白井・黒子が、シェリーと接触した。
黒子はまずスカートのポケットから信号弾を取り出すと、それを上空に向けて射出。
直後、眩い閃光が周囲を埋め尽くす。
それを見た通行人達の行動は迅速だった。
歩行者だけに留まらず、車で走行中の者達までもが車を降りて近場のビルの中へ避難する。
この信号弾は学園都市内における避難命令を意味しており、これから戦闘行動があるので流れ弾に注意しろと促すものだ。
ものの30秒で人気の無くなった大通りにおいて、白井とシェリーが対峙する。
白井は、「さて……」と一息吐くと、
「動かないでいただきたいですわね。私、この街の治安維持を務めております白井・黒子と申します。
自身が拘束される理由は、わざわざ述べるまでも無いでしょう?」
対するシェリーは白井の言葉なぞ聞いていない様子で突然消えた周囲の人気を見渡し、たっぷり5秒経ってから漸く白井の存在に気付いたかのように、
「探索中止。……手間かけさせやがって」
面倒臭げにそう告げた。──瞬間、10m以上離れていた筈の白井の姿が突如シェリーの眼前に現れる。
一瞬だけ怪訝な表情をするシェリーだが、気付けば地面に転ばされ、ドレスの裾を鉄杭で縫い止められていた。
圧倒的不利な状況であるにも関わらず、シェリーに焦りの色は無い。
それどころか不敵な笑みを浮かべている。
不審に思った黒子が不審げに眉を顰めた瞬間、彼女の背後の地面が爆発した。
「な……」
そこから現れたのは砕かれたアスファルト等で構成された巨大な腕だ。
「んです……」
腕の隆起に巻き込まれ身体が宙に浮き、地面に背中から落ちた。
……外部の人間なのに、能力者なんですの!?
危険と察し、黒子がその場を離れようとするよりも速く、不可視の何かが巨大な腕を撃ち貫き、その威容を解体させた。
……何が?
黒子が思案するよりも早く、降り注ぐ瓦礫が彼女の視界からシェリーの姿を隠す。
その短時間で、シェリーが逃亡するのに充分だった。
瓦礫のカーテンが消え失せ、侵入者の姿を見失った事を理解した黒子は、今度は先程の攻撃を放ったであろう人物を捜し周囲を見渡すものの近くに人影らしきものは見当たらない。
「……一体、何が起きているんですの?」
わけが分からないと小首を傾げる黒子。
「ちょっと、一体何事よ? これは」
不機嫌そうな声色で黒子に声を掛けたのは彼女の先輩である御坂・美琴だ。
美琴の姿を認めた黒子は、彼女の胸に飛び込む、
「──お姉様! ああ、お姉様! お姉様!!」
「あ、こら!? 何抱きついてんの黒子! ひゃん!? 妙な所に顔擦り付けない!?」
と、戯れる二人から少し離れた場所。
彼女達から見えない場所にある物陰に気配を消して隠れる人影は取り敢えず安堵の吐息を吐き出し、
「……さて、一応、彼の方にも連絡を入れておきますか」
人影は手にした黒曜石のナイフを懐にしまうと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して何処かへ連絡を入れた。
●
放課後となり、転校生達を半ば強制的に連行した上条達は地下街にやって来ていた。
メンバーは、上条、吹寄、姫神、風斬の4人に加え、一方通行、垣根、麦野に更に一方通行と放課後遊びに行く約束をしていた打ち止めと彼女の護衛に付いてきた御坂妹を入れた9人。
一行は取り敢えず、学校の給食を出してくれるというレストランで昼食を摂ることにしたのだが、そこでミサカ達は元より、風斬や一方通行も給食初体験である事を知り、吹寄達が懇切丁寧にミサカや風斬に給食のマナーなどについて説明する横で、上条と垣根は互いにアイコンタクトを交わし、無言のままで頷き合うと真摯な眼差しで一方通行に出鱈目な講義を開始する。
とはいえ、すぐ隣のテーブルで吹寄達による正しい給食講座をやっている為、速攻でバレ男子テーブルはさながら戦場のような食事風景となり、早々と店を追い出されてしまった。
「……ひもじいなぁ」
ロクに食事が出来なかった為、コンビニで買ったパンを食べながら歩く上条。
「自業自得」
そんな上条を、バッサリと一刀両断したのは姫神だ。
上条の他には一方通行と垣根も殆ど食事が出来なかったので、コンビニのパンを食べている。
「くだらねぇ真似しやがって、殺すぞ三下共」
「おーおー、その三下に負けてるくせによく吠えますなぁ」
「あぁ!?」
充分な食事を摂れなかった為か? 非常に不機嫌な様子で、歩道の真ん中であるというのにも関わらず睨み合う上条と一方通行。
二人は暫く睨み合った後、近くにある建物の存在に気付くと同時に顎をしゃくって店に入れと示し肩を怒らせながら入店する。
「もう、……一体何がしたいのよ、コイツ等は?」
呆れたように愚痴りながらも、吹寄を先頭として一同は上条達の後を追いその店……、ゲームセンターに入っていく。
すると、彼らが入店した直後店内が一斉にざわめき始めた。
……何事? と眉を顰める吹寄達だが、ギャラリーの視線は上条に注がれており、そこかしこから連射王という言葉が聞こえてくる。
「お、おい! アイツ、連射王・上条じゃねぇか?」
「マジかよ!? 俺、てっきり都市伝説の類かと思ってたって!?」
……連射王?
「そういえば、以前そんな事を言っていたような気がします。とミサカは思い出しながら言ってみます」
「って言うかさ、……連射王って何?」
麦野のもっともな質問に答えてくれたのはいつの間にか彼女達の背後に立っていた店員だ。
彼は勿体ぶった仕草で制服の蝶ネクタイを直しながら、
「それは、あらゆるゲームの中で、難度の高いシューティングゲームを縦横にプレイ出来る者だけ持てる最高の攻撃手の称号であり、そしてゲームが出来ない人々を楽しませる事が可能な、ゲームセンター最強の守り手の呼び名の事です」
それだけを告げると、店員はそそくさと仕事に戻って行った。
「ハッ! つまり、テメェはシューティングゲームが得意だってんだろ」
そう告げる一方通行が選んだ筐体はオーソドックスな縦スクロールのシューティングゲームだ。
「来いよ、高橋名人。吠え面かかせてやる」
「負けた時の言い訳が、相手の得意ジャンルでした、か。準備良いじゃねえか一方通行」
「テメェこそ、自分の得意分野で負けた時の言い訳を今から考えとけよ」
睨み合いながら隣り合う席に座る上条と一方通行。
「せめてものハンデだ。2P側でやらせてやる」
との上条の言葉に意味が分からず一方通行は眉を顰める。
すると、先程の店員がやって来て解説してくれた。
「通常シューティングゲームというのは、2P側の機体の方が有利に出来ているんです」
「……? 何で? ってミサカはミサカは尋ねてみる」
という打ち止めの問い掛けに対し、店員は一度頷くと、
「通常シューティングゲームの2P側というのは、余り上手くない人……、というと少々語弊がありますか。
えー……、大体が1P側の人に誘われた、というパターンが多いんです。だから、ゲームの制作会社の人達も、色々と工夫してそんな人達にも楽しんで貰えるように、と2P側を有利になるようにバランス調整しているわけです」
それだけ説明すると、店員は一礼して再び仕事に戻って行った。
打ち止め達が説明を受けている間に上条はゲームを開始し、アチョーなどと叫びながら連射している。
ちなみに、アチョーと叫ぶと連射の時に気合いが20%増加するらしい。
あっという間に3面4面とノーミスクリアーし、5面ボスさえも被弾することなく撃破してみせた。
「よく躱わせるわね、あんなの」
5面ボスの熾烈な攻撃の前に思わず呼吸する事も忘れ、手に汗握って見守っていた吹寄が安堵の吐息と共に吐き出す。
「このゲームはもうクリアしてるからな、パターン化は完璧」
「……その努力をもうちょっと勉強の方にも回しなさいよ」
今度は呆れの溜息を吐き出す吹寄。
その後も上条はノーミスのまま最終面をクリアーしてみせハイスコアの最上位に上条の名が刻まれる。
席を立った上条は余裕の表情で、
「これが見本だ一方通行」
まさにシューティングゲームのお手本ともいうべきプレイを見せつけた上条に、いつの間にか出来ていた人だかりから拍手喝采が送られる。
上条が腕を上げて応える中、一方通行のプレイが始まり、皆が驚愕に目を見開く事になるとは、この時誰も予想していなかった。
ちなみにこの間、垣根はガンダムの全方位ドームスクリーン型オンラインゲームをこなしており、次々とハイスコア記録を塗り替えている最中だった。……一応言っておくと、愛機はEz8だそうな。
まあ、それはともかく、一方通行は持って生まれた演算能力を駆使し、上条のプレイを一度見ただけで攻略法をパターン化し、ベクトル操作能力を用いて自機を精密操作し人間の限界を超える秒速32連射という離れ業を行ってみせた。
そして、5面終了時までパーフェクトプレイ。一機たりとも敵の撃ち洩らしはなく、得点アイテムも全て回収している。
「おう、顔色が優れねェぞ最弱」
ステージ間の合間を縫って余裕の表情で上条に振り返る一方通行。
「クッ!? これがレベル5の実力だっていうのか……」
初めてレベル5の能力者に対して恐怖を感じた上条。
頬を伝う汗を拭いながら告げる上条を呆れた眼差しで眺めながら、麦野は肩を落とし、
「いや、もっと他の所で感心しなさいよ」
そんな麦野の憂鬱を無視して内心でかなり焦る上条だったが、まるで彼を助けるように異変は起きた。
それまでなんの変哲も無くゲームを映し出していた画面がボコリという音を発てて巨大な目玉に変形したのだ。
眼球はギョロギョロと周囲を見渡し、やがて目的の者を見つけたのか? 女の声で、
『──見ぃつっけた』
妖艶ではあるのだが、どこか錆び付いたような声で目玉は笑う。
『うふ、うふふふふふふふ。幻想殺しに虚数学区の鍵。どちらから先に始末しようかしら? くふふふ、迷っちゃう──』
まだ目玉は何かを言いかけていたが、それよりも早く放たれた上条の拳が目玉の化け物ごと、その背後にあった筐体のモニターを貫いた。
「……敵だな。この気持ち悪い演出は魔術師か? ──しかし、また面倒だな。今度はご指名みたいだし」
右腕を筐体から引き抜き、何事も無かったように告げる上条。
それに応えたのはソリューションのメンバーではなく、それまでゲームをプレイしていた一方通行だった。
彼は上条の胸ぐらを掴み上げると、
「テメェ、何してやがる!?」
怒りを露わにする一方通行に向けて上条は逆に惚けた表情で、
「おいおい、たかがゲームに何マジギレしてくれてやがりますか?」
「たかがゲームの勝ち負けでムキになって、筐体ごとブッ壊すような野郎にゃァ言われたくねェなァ」
睨み合う事数秒。一方通行は上条を突き飛ばし、
「邪魔してくれた野郎を片づけたら、もう一勝負だ。──逃げンじゃねェぞ、最弱」
「おーおー、弱い犬ほどよく吠えますなぁ」
とは言いつつも、上条は如何にして一方通行に勝つ事が出来るかを必死になって考えていた。
……シューティングじゃ駄目だ。かといって格ゲーやパズルもあのチート技で攻めてくるに違いない。……ダンスゲームとか、身体を動かすのはどうだ? いや、尚更チート技使ってくる可能性があるな。ならここはガンシューティングの二人用で邪魔しつつ……
「──ほら、行くわよ上条」
思考の海に沈んでいると、吹寄に腕を掴まれ店外に無理矢理引っぱり出された。
「行くって、どこに行くんだ?」
「まだ決めてないわよ。ただ、あんな所で戦闘になるよりは被害の少ない所の方が良いでしょ?」
「オマケに相手の能力も分からない」
姫神が真剣な表情で告げると、それに答える声が傍らから聞こえた。
「それでしたら、僕が把握してます」
いつからそこに居たのか? 誰にも悟らせないままそこに立っていたのは海原・光貴だ。携帯電話で連絡を取ろうとしたのだが、地下街で電波状況が悪かった為、仕方なく直接で向いて来た。
そんなトラブルがあったが為に、内心ではそこはかとなくムカつきながらも、それを微塵も現す事無く彼は爽やかな笑みを崩さないまま、
「侵入してきた敵はイギリス清教の魔術師、シェリー・クロムウェル。
ゴーレムを使役する魔術師のようですね」
どこから得た情報かは知らないが、信用は出来るだろう。
「ゴーレムって言うとアレか? 土で出来た巨人みたいなの?」
「えぇ、土でも泥でも岩でも死体でもいいんですが、そんな所です。……とはいえ、貴方の右手で触れれば即座に壊れるでしょうが」
対応策を教えて貰った上条は頷くが、解せないことが一つある。
「でもイギリス清教ってアレだろ? 土御門や神裂なんかが属してる所だろ? 何でそんな所から刺客が送られてくるんだ?」
イギリス清教に恨みを買った覚えの無い上条はそう問い掛ける。
禁書目録の扱いを知れば、ステイル辺りは嬉々として刺客となって乗り込んで来そうだが、シェリーが学園都市に乗り込んできたのはそんな理由ではないだろう。
何しろ、シェリーの目的の一つに、その禁書目録の殺害も含まれているのだから。
上条は頭を掻きながら、
「じゃあ、何か? 周りが開けた場所の方が良いのか?」
「多少の障害物程度なら、盾にもなりませんよ? むしろ、新しいゴーレムを作る材料にしかならないんじゃないでしょうか?」
言われて頷き、
「この辺で開けた場所って、どこら辺にある?」
問うてみるが、誰からも返事はない。
不思議そうにしている上条と一方通行が不審気に眉根を寄せていると、吹寄が納得顔で頷き、
「どうも、特別警戒宣言が出されたみたいよ。隔壁を降ろして銃撃戦が始まるから、地下街は閉鎖しますって」
どうやら、テレパスによって避難誘導していたらしいのだが、上条は全ての異能の力を問答無用で打ち消すし、一方通行も反射の鎧を身に纏っている為、テレパスさえ反射してしまったようだ。
二人だけが取り残された状況で、妙な親近感が生まれたが、元々相性最悪な二人の為、それを表に出す事はない。
「一般人が居なくなるつーンなら、むしろ好都合じゃねェか」
確かに、一般性とが先頭に立って戦う事は警備員や風紀委員は良い顔はしないだろうが、無人の地下街で迎え撃つのが一番被害が少ないのも事実だろう。
「見知った顔が居たと思ったら、何を悪巧みしてるんですの?」
作戦会議を開いていた一同の元へ、一人の少女が瞬間移動で姿を現した。
常盤台中学の制服を着込んだ風紀委員の少女。女子寮での御坂・美琴のルームメイトでもある白井・黒子がそこに居た。
「ありゃ? 白井じゃねぇか。……お前の方こそ、何してるんだ?」
との上条の問いに、白井は左腕の腕章を示し、
「今は風紀委員の仕事の最中ですの。避難誘導中ですのよ?」
そんな彼女を追って来たのか? 少し離れた所から、白井の名を呼ぶ声が聞こえ、角を曲がって彼女の憧れの先輩である御坂・美琴が姿を現した。
「まだ避難してない人が居たの? 黒子」
顔を出した御坂はそこに居た面子を見て暫く考え、2秒で結論。
「……それで、今度はテロリストが相手なわけ?」
「いきなり、決めつけられた!? つーか、なんでお前等まで一緒にいやがりますか!? 狙われてるの、上条さんと風斬だけなんで他の連中は避難した方が良いのでは!?」
そう言ってみるが、周囲の者達は冷めた視線で彼を見つめ、
「貴様一人に任せて、風斬さんに何かあったら、どうするつもり?」
吹寄の意見に傍らの姫神も頷いて肯定する。
……まあ、ソリューションのメンバーは良いとしよう。
「ハッ、テメェがバックレないための監視だ。──逃げンじゃねェぞ」
そんな一方通行に付いて来ている打ち止めと彼女の護衛を務める御坂妹。
他のレベル5の連中にしてみれば、別段学園都市に思い入れは無いものの、そこに喧嘩を売ってくるテロリストというものが自分の能力を安く見ているようで気にくわないという理由だ。
白井は風紀委員として、そして美琴は彼女の付き添いという名目で、この場に残った。
……そう言えば、いつの間にか海原の姿が居なくなってんな。
以前の言葉通り、彼は表だって上条達と馴れ合うつもりはないらしい。
あくまで御坂・美琴とその周囲の者達を守る為の共闘関係。上条と彼の間柄はそれだけだ。
ちなみに垣根は未だゲーム中だったりする。
取り敢えず白井が風紀委員のデータバンクから引き出した情報に従い、上条達は地下街の大型駐車場へ向かおうとしていると、彼らの前にゴスロリ姿の女が立ち塞がった。
ライオンのたてがみのような金髪に浅黒い肌。既に接触している白井がいち早く構え、敵である事を知らせる。
「気を付けてください! 彼女が侵入者です!」
「くふふふ。虚数学区の鍵に幻想殺しまで一緒か。わざわざ出向く手間が省けたわ」
直後、シェリーの腕が一閃し、壁に文字を書き綴り術式を発動させた。
ガラスが砕け、アスファルトが捲り上がり道路と歩道を区切るガードパイプや途中放置されていた自転車やバイクなどを巻き込んで、それは完成する。
巨大な人型の人形。ゴーレム“エリス”。
その威容の前では何人の人間が集まろうとも関係無い。ただ前進し、その巨体から繰り出される剛腕で屠っていくだけだ。
今まではそうやって彼女の前に立ち塞がる者達を駆逐してきた。
……だが、彼女のその考えも今日を境に変わらざるをえなくなる。
まず不健康そうな白色の閃光が飛び、エリスの右腕を吹き飛ばす。
「……は?」
目の前の現実が理解出来ず、呆然としているシェリーの視界に入ってくるのは連続で放たれた閃光が、左腕、右足、左足と、エリスの四肢を次々ともいでいく光景だ。
「ふん。見かけ倒しね」
それを為した人物、麦野・沈利が告げると同時、御坂・美琴の元からゲームセンターのメダルが飛ぶ。
否、飛ぶなどという可愛らしい表現では収まらない。
速度は音速の3倍以上。破壊力はエリスの胴体を軽々と貫通し、一拍をおいて発生した余波の衝撃波で残りの部分を跡形もなく吹き飛ばす程だ。
僅か20秒にも満たない時間で己の必殺を封じられたシェリーは、理解出来ないといった表情で、眼前の集団を睨む。
シェリーが弱いのではない。相手との相性が最悪なだけだ。
現に接近戦でエリスのパワーと張り合えるのは、聖人か風斬くらいのものだろう。
今回は、エリスの攻撃が届かない長距離から、その身体を貫く破壊力を持った能力者が二人も居たという事が彼女にとっての不運だったのだろう。
しかも、御坂と麦野の二人の攻撃をどうにか出来たとしても、まだ学園都市最強の一方通行や第2位の垣根。更にはソリューションのメンバーまで控えている。
現状でのシェリーの勝算は限りなく0に近い。
その事を悟ったのか? シェリーは素早くオイルパステルを走らせると壁を爆砕し、それを煙幕代わりに上条達の前から姿を消した。
「……逃げた。のか?」
一応、警戒は解かずに周囲の気配を探ってみるも、シェリーらしきものは無い。
……魔術師がこのくらいで諦めるとは思えないけどな。
そもそも相手の目的が不明な以上、イギリス清教に恨みを買った覚えの無い上条としてはそこら辺がハッキリとしないのがどうにも解せない。
「……どう思う?」
傍らに居た少女達に問うてみる。
「多分。様子見に引いただけだと思う。私達が解散したら。風斬さんと君に個別に襲ってくる可能性が高い」
「……だよなぁ」
姫神の冷静な予想は上条の考えとほぼ一致する。
「風斬、悪いけどこの事件が片付くまで、家に泊まってくれるか?
どうも、コレで終わりとは思えないし」
お泊まりと聞いて、風斬は耳の裏まで真っ赤にしつつ、
「わ、分かりました! その間は姫神さんに私の部屋に行ってもらうという事で」
「大却下」
「じゃあ、帰りに女子寮に寄ってお泊まりセット持ってきましょうか」
何故か自身も泊まる気満々の吹寄。
そのやり取りを見ていた打ち止めを除く他の少女達は、このままでは危険と判断。
早急にこの事件を解決する事を決意する。
だが、そんな空気すら反射する一方通行は、上条の服の襟を掴み、
「おら、とっととゲーセン行って、さっきの続きやンぞ」
どうやら、一方通行にしてみれば何時でも瞬殺出来るテロリストよりも上条とのゲームの方が大事らしい。
まぁ、対上条戦における初の勝利を目前にしていて気持ちが逸っているのかも知れないが。
「まてまて、今から行った所で、ゲーセン閉まってんだろ」
上条の言う通り、特別警戒宣言が発令されている今、地下街にある全ての店舗が閉店している状態だった。
舌打ちし、このまま地下街に居ても埒が開かないと判断した面々は、取り敢えず地上に出る事にした。
すると、地下街に設置されたアンテナの近くまで来たためか? 携帯電話の通話範囲内に入った上条の携帯電話がいきなり鳴り始めた。
モニターに表示される電話番号は見たこともない相手のものだ。
……間違い電話かな? と思いながらも、上条は通話ボタンを押す。
『やっと繋がったか!? 今まで何処に居た! いや、今はそんな事を言っている暇は無いな。
いいか、上条・当麻要点だけを話す。君は言われた事だけを確実にこなせ』
いきなり捲し立てる声には聞き覚えがある。
「……えーと、確かイギリス清教のステルスだったか?」
『僕は隠密兵器か!? ステイルだ! ステイル・マグヌス!! その空っぽの頭に叩き込んでおけ』
「あー、はいはい。それで、一体何の用だよ?」
上条に促され、本来の目的を思い出したステイルは咳払いを一つ、
『身内の恥を曝すようで非常に面白くないんだが、今学園都市に、一人の魔術が向かっている』
「あぁ、テロリストって事で来てるな。金髪のゴスロリ女」
『もう、接触したのか? ──なら話が早い。彼女の名はシェリー・クロムウェル。さっきも言ったように、イギリス清教の魔術師だ。
彼女の目的は君と風斬・氷華。そして、禁書目録の少女だ。
正直、君はどうなってもかまわないが──』
そこから先はもう聞いていなかった。
上条は携帯電話を切って走り出す。
「ちょ!? どうしたのよ?」
彼の後を追いかけ走り出す少女達。
「あの女の行き先が分かった! インデックスの所だ!」
地下街から外に出た所で途方に暮れる。
……何処に居る?
確か小萌先生のアパートに居候しているはずだが、上条は小萌先生のアパートの場所も彼女の電話番号も知らない。
「上条!」
背後から怒鳴られ、慌てて振り向くとそこには息を切らせた吹寄が携帯電話を片手に、
「小萌先生に電話して聞いてみたけど、シスターの娘はアパートには居ないらしいわ!」
小萌先生経由でアパートに連絡を入れてみたのだろう。吹寄の報告が重い。
「携帯の番号を聞いたから。そっちの方にも掛けてみたけど。どうもバッテリーが切れてるみたい」
続く姫神の報告に舌打ちする。
記憶力が良いんだったら、携帯の使い方を覚えておけと言いたい所だが、ここでそれを言っても始まらない。
広範囲の場所を探すとなると、あの目玉の化け物を使えるシェリーの方が断然速い。
歯噛みする上条だったが、その思考は続いて放たれた御坂妹の言葉によって払拭された。
「報告します。先程、ミサカ1075号が禁書目録の少女の確保に成功しました。
場所は第7学区のスーパーマーケットで、試食品を貪り食っていた所を保護しましたとミサカは言ってみます」
「近くに居る17号、2004号、12459号にも援護に向かってもらったってミサカはミサカは言ってみる」
ミサカ達の報告を受け、勝機が見えてくる。
とはいえ、ここからミサカの報告のあったスーパーマーケットまでは結構距離がある。通常時ならばバスや他の交通機関で向かえば良いのだろうが、今は特別警戒宣言中。
道には車一台走っていない。
「走って行くしかねぇか……」
軽く準備運動を始める上条を停めたのは麦野だ。
彼女は携帯電話を片手に、
「あぁ、浜面? すぐ第7学区の地下街の入り口まで車で来て。大人数の乗れるデカイので。──西口よ。西口。1分以内」
電話のスピーカーから無茶言うな! との叫びが聞こえてきたが、麦野はそれを無視して通話を切った。
意外そうな眼差しで自分を見つめてくる上条達に対し、麦野はそっぽを向いて視線を逸らしながら、
「勘違いすんじゃないわよ。私はただ、走って汗をかくのが嫌なだけで、それ以上の意図は無いんだから」
そうは言うが説得力は余り無い。面倒ならば、ここで帰ればいいのに、彼女はそれをせずに最後まで付き合うつもりでいるのだから。
「取り敢えず、私は黒子と一緒に、先に行ってるわ」
そう言い残して、美琴は白井の瞬間移動で一足先にインデックスの元へ向かった。
やがて、5分も経たずに一人の男が大型のワゴン車に乗って上条達の前に滑り込んでくる。
男……、浜面が何かを言うよりも早く上条達が全員乗り込み、
「ナビするからそのまま真っ直ぐ進んでくれ」
有無を言わせず、そのまま急発進させる。
ちなみに、浜面は文句を言おうとはしたのだが、面子の中に一方通行の姿を見つけので、大人しく上条の言うことに従った。
●
他に走行する車の無い道を走ること10分ほど。
主要道路から狭い道へと入る為に車が右折した途端、彼らの乗るファミリーワゴンに物凄い勢いで警備員が飛んできてブチ当たった。
余りの勢いに車の片輪が浮きながらも、咄嗟にベクトル操作した一方通行のお陰で、車は平常通り着地する。
上条達は車から降りると、姫神が迅速に治療を開始。彼女の応急処置の腕前は、あのカエル顔の医者直伝だ。生きた状態で、あの医者の元まで保たせる事が出来れば後は彼が何とかしてくれるだろう。
彼女の補助に吹寄と御坂妹が付く。風斬が彼女達の元に居ると狙われかねないので、今回は攻撃側に参加する。
警備員の飛んできた方に視線を向ける。……そこはまるで戦場のような様相だった。
エリスを操るシェリーに向け、警備員達が攻撃を繰り返すも、彼らの装備ではエリスを傷つける事が出来ないし、それ以前に残弾も尽き残された手段も乏しい。
そこかしこに負傷者が倒れている状況で薄い笑みを浮かべ、勝者としての悦楽に浸るシェリーに向け、上条は一気に駆けた。
上条の存在に気付いたシェリーは攻撃対象を警備員から上条へと変更する。
自身に向き直るエリスを恐れる事無く突き進む上条。
「ハッ、遅ェぞ最弱」
そんな彼を追い越し、跳び蹴りをエリスの顔面に叩き込んだのは一方通行だ。
ベクトルを操作し、全ての力を足裏に集約してエリスの顔面を砕く。
直後、エリスに攻撃を仕掛けた一方通行ごと屠るような勢いで、不可視の何かがエリスの体表を浸食し始める。
垣根の“未元物質”だ。
この世に存在しない物質を操る彼の手により、エリスは腐食し、溶解し、爆発し、炎上し、凍結し、帯電し、ありとあらゆる方法をもって跡形も無く破壊された。
いつの間にか彼らの背後に姿を現した垣根は怒りの表情のまま背中に三対六枚の白い大翼をひろげ、
「お前か……? 特別警戒宣言とかで、人の記録更新を停めてくれたクソ野郎は」
……そんな事で怒るなよ。
その場に居た全員が同じ事を考えている中、先程の彼の攻撃をエリスもろとも喰らった一方通行は傷一つ無いままの姿を皆の元に晒し、
「いィ度胸だ三下。テメェ俺ごと殺るつもりだったな」
それは既に彼は垣根の未元物質さえ掌握している事を指し示す。
「……チッ、生きてやがったか」
心底残念そうに舌打ちし、一方通行と睨み合う垣根。
そんな中、上条は振り上げた右手を見つめ、次にそれまでエリスだった物を見つめ、拳のやり場に困って切なげな溜息を吐いてから、取り敢えず持て余した拳を一方通行と垣根の頭に落として喧嘩の仲裁をする。
エリスという最大の盾にして最強の攻撃手段を上条に回したシェリーに向け、残弾の無くなった銃を捨て、警備員の中から二人の女性が吶喊を掛けた。
盾を構えた女性は黄泉川・愛穂、拳を固めた女性は手塩・恵未。
雑魚と侮っていた警備員達の心が未だ折れていなかった事に舌打ちしつつ、シェリーは二人に向けて石飛礫を放つ。
それに対して、まず黄泉川が突進して、手にした盾で飛礫を全て受ける。
流石に衝撃までは殺しきれずに、反動で吹っ飛ぶが、それで充分だ。
彼女の役割は、手塩の盾となり、彼女を敵の元まで辿り着かせる事。
そしてそれは成功した。
手塩はシェリーの膝よりも更に低い体勢のままで突っ込み、そこから伸び上がるような動きで一気にシェリーの腹へタックルを敢行する。
ドアどころか薄い壁くらいならそのまま破壊出来る程の破壊力を秘めた手塩のタックルを喰らい、シェリーの身体が10m以上を吹っ飛ばされた。
しかし、手塩もそれで限界だったのか? 疲労と負傷の為、その場にへたり込んでしまう。
そんな彼女達警備員に成り代わり、上条がシェリーの元へ歩いていく。
「……どうして、俺達を狙った?」
激昂するでもなく、淡々とした口調で問い掛ける。
正直な話、理由も分からないままに命を狙われるというのは気持ちの良いものではない。
それに相手の目的が分かれば何かしら対策の取りようがある。
対するシェリーの答えは曖昧なものだ。
「はん、それを聞いてどうしようと言うの?」
上条は遊びの無い真剣な眼差しでシェリーを見つめ、
「流石に意味も分からないままで命狙われるってのは納得いないだろ」
無論、理由を聞いたから殺されてやっても良いというものではないが……。
未だ上条達の殺害を諦めていないシェリーは何か考えがあるのか? 時間稼ぎの意味も込めてポツリポツリと話し始める。
「戦争を起こすんだよ。その火種が欲しいの。──その為にも私がイギリス清教の手駒だって、出来るだけ多くの人間に知ってもらう必要があるの」
「……戦争だって?」
裏ではスパイを放ち、色々と画策しているようではあるが、表面上は至って平穏である両者間にわざわざ波風を立てる必要があるのだろうか?
「魔術師と科学者は距離を置いて棲み分けるべきなのよ。互いにいがみ合うばかりでなく、分かり合おうという想いですら牙を剥く。
魔術師は魔術師の、科学者は科学者の、それぞれの領分を定めておかなければ、何度でも繰り返しちまう」
それは彼女の実体験を元にした言葉だ。
過去にあった、ある実験の結果、彼女は親友に己の教えた術で大怪我を負わせ、その後とある事件でその親友を失った。
だからこそ、彼女は自分と同じ悲劇を生み出さない為……、協力しようとした結果、生まれてしまう摩擦を防ぐ為に、決定的な大きな争いが始まらない内にその可能性を示唆して科学と魔術を完全に棲み分けさせようというのだ。
少なくとも、両者間に接点がなければ、好意も憎しみも生まれる事が無いのだから。
……だからと言って、
「納得出来るわけが無いに決まってんだろうが!」
それは間違いなく彼女の優しさからくる行動なのだろう。
だが、その為にインデックスや風斬が犠牲になっても良いという理屈は上条・当麻には通用しない。
「納得してもらおうとは思わないわ。──その必要も無く……、潰れちまいな!」
シェリーの右手が一閃する。
その手に隠し持たれていたのは、白のオイルパステル。
瞬時に作り出された新たなゴーレムが上条を叩き潰さんと、巨大な拳を振り下ろす。
背後に増す威圧感を感じながらも、上条は後ろを振り向かない。
「左方へ歪曲せよ!」
澄んだ声が通り、上条へ向け、真っ直ぐに振り下ろされたエリスの拳が何故か左方へと流れ地面を抉った。
慌てて振り返り、声の主の正体を知ってシェリーは驚愕に顔を歪める。上条がエリスの存在に対して無防備だったのは、彼女がそこに居る事を知っていたからだ。
白いティーカップのような修道服を纏った長い銀髪の少女。イギリス清教の誇る生きる魔導図書館、禁書目録。御坂・美琴と白井・黒子、そして数人の妹達に護衛された白いシスターがそこに居た。
ちなみに先程の声は10万3千冊の魔導書から引用されるノタリコンと言う魔術的な暗号を発声する事により、魔術の行使に強制的な割り込みを掛けて誤動作を誘発させる強制詠唱と呼ばれるインデックスならではの技だ。
上条は後ろのエリスをインデックスがどうにかしてくれると微塵も疑っていない。
そこには相手が魔術師側の人間である事に対する不安など無い。インデックスに対する無償の信頼を込めた眼差しが彼女の姿を見つめていた。
「ナイス、インデックス」
上条の言葉を受け、インデックスは得意げに薄い胸を張り、
「お安い御用なんだよ!」
その笑顔は、上条達の役に立てた事を喜ぶものか? それとも、彼の信頼に応える事が出来た事を喜ぶものか?
ともあれ上条は拳を固め、シェリーに向けて一歩を踏み出す。
「これからテメェの幻想を、ぶっ殺してやる。──その後でエリスと出会わなかった方が本当に良かったのか? もういっぺん考えてみやがれ!!」
左足を踏み込み、腰を回して踏み込みによって得られた力を回転によって胸、肩、腕へと伝播させる。
左腕を引き絞り、大胸筋を収縮させ、代わりに後背筋を伸ばし、腰から踏み込んで腕力ではなく膂力で拳を振るう。
吹寄から学んだ東洋の気功と欧米式の科学に則った理想的なフォームを合わせた現時点で上条が放てる最高の一撃。
堅く、硬く、固く握り締められた拳をシェリーの顔に叩き込む。
シェリーの身体が、まるで人身事故にでもあったように吹っ飛び、10m以上離れたインデックスの足下まで転がって、ようやく停止した。
インデックスが足下のシェリーに意識が無い事を確認し、上条が背後を振り返ると、そこではレベル5達の手により既にただの瓦礫と化したエリスだったものがあるだけだ。
全てが解決した事による安堵の吐息と、この後シェリーの身柄について面倒臭そうに溜息を同時に吐き出す上条。
否、問題はそれだけではない。この後、彼は一方通行とのゲームセンターにおけるリベンジが待っているのだ。
「……取り敢えず、どれから片付けるかなぁ。シェリーの身柄は土御門に頼んどけばイギリス清教に送り返してもらえるのか? それとも、親船さん経由の方が良いのか?」
相手がイギリス清教の魔術師である以上、下手に公にしてしまうと政治的に拙いだろうし、逆に言えば学園都市側におけるイギリス清教への手札にもなる。
とはいえ、上条はそんな事気にしないし、利用させるつもりもない。
怪我人達は姫神が応急処置してくれているので、救急車さえ呼んでおけば大丈夫だろう。
一通りの後始末が終わり、シェリーの身柄を警備員達から隠し通した上条達は、ようやく軟禁を解かれて姿を現した土御門に彼女の事を託し、一応の決着をみた。
●
時間も時間ということもあり、どこかで食事でも……。と思ったのだが、特別警戒宣言が解除されたばかりで、殆どの店が未だに営業を再開していない。
仕方なく一同はコンビニの駐車場にたむろしながらコンビニの弁当をぱくついていた。
「……なンだこの三下っぽい絵は? スキルアウトの集団か?」
おにぎりの最後の一欠片を呑み込み、現状を指して一方通行が愚痴る。
確かに、彼の言うとおり今の彼らの姿は、深夜コンビニの前でたむろう少年達とさして変わりなかった。
そんな彼の隣では打ち止めが嬉しそうに、
「大勢で食べるご飯は楽しいね。って、ミサカはミサカは言ってみる」
「あぁ、お姉様に囲まれての食事。──この白井・黒子、もういつ死んでも後悔しませんわ!!」
麦野が鮭弁を食べ、垣根が皆に食玩のお菓子を振る舞いつつメインであるオマケのガンダムフィギュアを回収し、インデックスがその大半を消化する。
「この後、ゲーセンでさっきの続きだ。逃げンじゃねぇぞ、最弱」
「……意外と根に持つタイプだなお前」
まぁ、初勝利目前で水入りにされたのだ。こだわりもする。
「それで。勝算はあるの?」
上条の隣を勝ち取った姫神がこっそりと問い掛けると、彼は自信満々に、
「あぁ、一方通行の能力が使えないゲームに心当たりがある」
ほくそ笑む上条。そんな彼を横目に見つつ、
「こういう時って、絶対に負けるのよね? コイツ」
「見落とした落とし穴とかがあるんですよね……」
吹寄と風斬が同時に溜息を吐き出した。
そして再びやって来たゲームセンター。
垣根が脇目もふらずに筐体に向かうのを尻目に、上条がチョイスしたゲームは対戦型の麻雀。
「これなら、ベクトル操作も、演算能力も関係無ぇ! 実力で勝負だ一方通行!!」
ビシリッ! と擬音がつくほどにカッコウ良く指を突き付けて宣言する上条。
その後ろでは少女達が溜息を吐き出し、
「上条、貴様は大事な事を一つ忘れているわ……」
「ん? この上条さんに不備はありませんのことよ?」
余裕の表情で告げる上条に対し、姫神は呆れたように、
「……君は。自分の不幸属性を忘れたの?」
その一言が全てだ。
──結局、ろくな牌が来らず一度も上がる事が出来なかった上条は一方通行に対し初めての敗北を許す事となった。……まぁ一方通行に負けたというよりは、上条が自身の不幸に負けたと言った方が正しいのかもしれないが。
「ち、チクショウ!? 何だかとっても納得いかない不幸だぁ──ッ!」
ともあれ、上条が不幸だと騒いでいる内は、学園都市は平和という事だ。