とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第5話
 
 8月31日。
 
 夏休み最終日である。
 
 今年は吹寄達の手伝いのお陰もあり、余裕を持って夏休みの最終日を迎える事が出来た上条。
 
 本日は、中途半端に終わってしまったキャンプの代わりということで、ソリューションのメンバーで遊園地に遊びに行くことになっていた。
 
 そういったわけで、朝の早くからお弁当の準備を進める姫神をキッチンに感じながら上条はテレビで今日の天気を確認していた。
 
「おー……、本日は快晴。文句無しのお出かけ日和だそうだぞ姫神」
 
「それは良かった。私も料理のしがいがあるというもの」
 
 言いながらも姫神は手を休める事無く、お弁当の定番ともいうべく、えびフライを制作している。
 
 最初は上条も手伝おうとしたのだが、断固として拒否された。
 
 これは別に上条の料理スキルが低いからというわけではなく、自分の作った物を堪能してもらいたいという乙女心からくるものだったりする。
 
 鼻歌混じりで揚げ物を調理しつつ、魔法瓶によく冷えた麦茶を注いでいく。
 
 そうこうしている内に時間も流れ、インターフォンが鳴って残り二人のメンバー。吹寄と風斬がやって来た。
 
「上条、ちゃんと起きてるでしょうね?」
 
 こんな日に寝てるようなら力ずくで叩き起こすとでも言いそうな雰囲気で吹寄が風斬を伴って入ってきた。
 
「おはようございます」
 
「おはようさん」
 
 リビングに上がってきた二人に対し、上条はソファーの上から起きあがり挨拶を返す。
 
 すると、丁度姫神も準備が終わったらしく弁当の入ったバスケットテーブルの上に置き身に着けていたエプロンを外している所だった。
 
「……んじゃ、行くとしますか」
 
 携帯電話と財布を確認して少女達の改めて見る。
 
 スリットが入った淡い空色のロングスカートに白のブラウス。それに日差しよけの麦わら帽子を被った風斬。
 
 ハーフパンツにベースボールシャツ。頭にキャップを被りいつもと違うボーイッシュな雰囲気を漂わせる吹寄。
 
 そしてエプロンを外し終わり、余所行きの巫女装束に着替えた姫神は、他の三人から一斉に、
 
「それは駄目だろ」
 
 異口同音に駄目だしを喰らった。
 
「……姫神さん。いくら上条に毒されてきたと言っても、それは駄目」
 
「そうだぞ姫神。それが許されるのは幻想郷だけだ」
 
 そんな姫神の衣装は、緋袴に袖無しの赤い上着に黄色いネクタイ。そして腋から切り離された白の袖に大きな赤いリボンというものだった。
 
「……夜なべして作ったのに」
 
「一応、巫女装束に分類されるとは思うけど、それは次の例大祭までとっておいてね」
 
 言って彼女の着替えの手伝いをする為に邪魔者(上条)を追い出そうとするが、それよりも早く上条自身が進んで外に出て、コンビニで待ってると言い残し行ってしまった。
 
 ……ちょっとはデリカシーってもんが出てきたのかしら?
 
 と少しだけ感心したりするが、実のところ女性の着替え……、というか服の選択には恐ろしく時間が掛かる事を身をもって体験した上条が暇潰しに出ただけの話だ。
 
「さて、と。それじゃあ姫神さんの服は何処にしまってあるの? ……ちゃんと普通の服もあるんでしょう?」
 
「巫女装束の方がインパクトが強いと思って」
 
「まぁ、確かにインパクトは強いだろうけど、もう見慣れてるんじゃないかしら?」
 
 だからこその腋巫女衣装だったのだが、それも却下されてしまった。
 
 あーでもないこーでもないと姦しやかに意見を出し合った挙げ句、姫神は、ミニの赤いフレアスカートに、白の袖無しシャツという服を選択した。
 
「……あくまでも紅白に拘るのね?」
 
「青白は2Pカラーだから」
 
 ……ホント、この娘も上条に毒されてきたわね。と内心で溜息を吐きながら、自分の荷物である小さなリュックを背負って出かける準備を完了させる。
 
「じゃあ行きましょうか」
 
 吹寄を先頭に、上条の待つコンビニへと向かう一行。
 
 そこに向かう途中、何時ものように上条が面倒事に巻き込まれていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時間は少し遡る。
 
 余りにもやる事が無くて暇をしていた御坂・美琴が常盤台女子中学校の学生寮を出て、コンビニに立ち読みにでも向かおうと思っていると、学生寮の前で見知った顔と鉢合わせた。
 
 見知った顔の男の名は海原・光貴。常盤台中学理事長の孫と肩書きだけでなく、長身で線が細いながらもスポーツマン体型。オマケにサラサラの髪と整った顔立ちも有するというのに、嫌みもなく爽やかな印象を周囲に感じさせる。同姓からすれば、近くに居て欲しくないキャラbPの男だ。
 
 普通ならば、そんな年上の男性に憧れるようなものなのだが、美琴は逆に彼に対して何故か苦手意識を持っていた。
 
 苦手の理由は、彼が自分の権力を利用して自分に迫ってくる。……からではない。むしろ逆に権力に頼ろうとはせず、むしろ真摯な態度で会話に望み、美琴と同じ目線で意見を言ってくるような、所謂大人の好青年だ。
 
 同じ高校生でも、どこぞのツンツン頭や、白髪頭とは対局の存在と言ってもいいだろう。
 
 だからこそ、上条と同じように問答無用でビリビリを喰らわすような真似はどうも躊躇われる。
 
「どうしました? 御坂さん。気分が優れないんでしたら、何か飲み物でも買ってきますが?」
 
 その言動の一つ一つが、自分を心配してくれているのが分かるからこそ対処しにくい。
 
「あぁ、いや。全然平気ですから!」
 
「そうですか? じゃあ、近所に魚料理の美味しいお店があるのですが、お暇でしたら是非」
 
 ……今、朝食食った後なんだけど。
 
 とは思うが、正面切っては断りにくい。
 
「い、いやいや……、その……、これからちょっと用事がありまして」
 
「では早く行きませんか? ご一緒しますよ?」
 
 この爽やか君は精神的にキツイ。
 
 下着を買いに行くと言っても爽やかに付いてくると言い張るような人物だ。
 
 どうしたものか? と、心の中で頭を抱える美琴の前に、救世主とでも言うべき人材が通り過ぎようとしていた。
 
 ……って、アイツ!?
 
 何の悩みも無さそうに、気楽そうな顔で一人歩いているのは上条・当麻だ。
 
 上条を偽装彼氏に見立て、海原から逃れようという作戦が思い浮かぶが、その時点で彼氏という言葉が美琴の脳裏を過ぎる。
 
 一度意識し始めると停まらない。
 
 ……ち、違うの……。私はアイツの事なんて何とも……。
 
 そう思った瞬間に過去の記憶がフラッシュバックする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ミサカ達が街に溢れてきた時点で、その異様性に気付いた美琴は、自身の発電系能力者の力を遺憾なく発揮し、ネット経由でレベル6シフト計画の全貌を知った。
 
 ……何よ? コレ。
 
 巫山戯るなと思った。自分の筋ジストロフィーを提供したのは、障害で苦しむ人達を救う為であって、殺されるためのクローンを作り出す為じゃない!?
 
 そしてデータを読み進めていくと、既に2万人のクローンが制作されている事、実験は開始されている事などが分かり、一つ事実を知る度に美琴は奥歯を強く噛みしめた。
 
 ……こんな狂った計画、今すぐにでも停めないと!
 
 とは思うものの、計画の中心に居るのは学園都市最強の能力者一方通行だ。
 
 彼の能力の前では、例え学園都市第3位の自分が何百人束になっても勝つことは不可能。
 
 ……一方通行には勝てないけど、研究所の方を潰していけば。
 
 それでも、次から次へと別の研究機関へ実験は受け継がれるだろう。
 
 しかし、他に方法を思いつかない美琴としては、それに縋るしか手段がなかった。
 
 藁をも掴む思いでデータを検索して、研究施設の場所をピックアップしていく。
 
 だが、その途中、実験中止の文字を見つけ、思わずモニターを覗き込んだ。
 
 何かの見間違いか? それともレベル6シフト計画ではなく、別の実験の事だろうか? と大して期待せずにデータに目を通す。
 
 そこで見つけたのは、とあるレベル0の少年が実験初日、実験の場に乱入し一方通行を打破したという事実。
 
 ……嘘でしょ!? あの一方通行に勝つですって? 
 
 有り得ない。無意識の内にそう断言していた。
 
 何しろ一方通行とは、核兵器を使ってもかすり傷一つ無しに平然としているような化け物なのだ。
 
 自分のようなレベル5なら、万が一いや、億が一程の確率で運良く勝てるかも知れないが、レベル0となると勝つこと所か、一撃入れる事すら不可能。紛れもなく0%以下の筈だ。
 
 そんな中、不思議な期待感と共に、その一方通行に勝ったというレベル0の情報を探していく。
 
 ……あった。
 
 それは呆気ない程簡単に見つかった。
 
「……レベル0、上条・当麻」
 
 顔写真付きのプロフィールがモニターに映る。
 
 そこにあったのは、見知った少年の履歴だ。
 
「……あの馬鹿」
 
 自分が何も知らずにのうのうと生活している間に、あの少年は戦い、彼女の妹ともいうべき娘達2万人の命を救ってくれていたのだ。
 
 ……会わせる顔が無いと思った。
 
 今まで自分の能力が効かないというだけで、これまでの自分の努力全てを嘲笑われているような錯覚に陥り、苛つき混じりに常人ならば死ぬような無茶な攻撃を仕掛けていたのだ。
 
 そんな無茶苦茶してきた相手に、どの面下げて会えるというのか? ……否、本当ならば今すぐに会って、頭を下げて礼を言いたい。だが、自分にはその資格すらないと思っていたのに、そんな時に限り、何故か鉢合わせになる。
 
「あ……、うっ」
 
 言葉に詰まる美琴に対し、上条は露骨に嫌そうな顔で、
 
「ぎゃぁ──!? 上条さん、今日退院してきたばかりですので、ビリビリとかは心底勘弁してもらいたいのですがぁ!!」
 
 逃げ腰でそう言われた。
 
 元より攻撃するつもりは毛頭無かったというのに、彼の言葉は美琴の胸に深く突き刺さる。
 
「…………」
 
 何時まで経っても雷撃が来ない事を不審に思い、恐る恐る瞼を開ける上条の前には、俯き眉を寄せて涙を堪える美琴の姿があった。
 
「お、おい、どうしたんだよ? どっか痛いのか? それなら、最近知り合った医者に腕の良い人が居るから病院行くか?」
 
 慌てて美琴を気遣う上条だが、当の美琴本人は嗚咽が邪魔して上手く口が開けない。
 
「ち、ちがッ……、私、ゴメンって……、アンタに言いたくて……」
 
 途切れ途切れに紡ぐ言葉は要領を得ていなかったが、上条は根気よく粘り、彼女がレベル6シフト計画の全容を把握した事を理解した。
 
 そして、理解した上で彼は首を捻る。
 
「いや、それで、何でお前が俺に謝るんだよ?」
 
 自分の妹たちを助けてくれた恩人に対して、今まで酷いことをしてきた謝罪のつもりなのだが、上条としては美琴に喧嘩を売られるのは日常の出来事であり、特別に不幸だとは思っていない。……いや、不幸なのには変わりないのだが。
 
「まーあれだ……。結局誰も死んでないんだからさ、お前も深く考えすぎないで笑ってろ。
 
 でなきゃ、折角助かったってのに、御坂妹達も安心出来ねぇって」
 
 美琴を励まそうとしてぎこちない笑みさえ浮かべながら告げる上条。
 
 その言葉に頷こうとして、顔を上げた美琴が見たものは、上条の顔面にドロップキックをくれる白井・黒子のパンツだった。
 
「貴様ぁ──!! 何、お姉様を泣かしてくれてやがるんですのッ!!」
 
 叫びながらマウントポジションで上条の顔を殴り続ける黒子。
 
 結局その日、上条は救急車で病院に運ばれ、再びカエル顔の医者の世話になる事になった。
 
 
   
 
 
   
 
 
 
   
「そういえば、今日は月曜日だったな」
 
 ……立ち読み立ち読み♪
 
 黒髪のツンツン頭。Tシャツにジーンズというラフな格好でコンビニを目指して歩いていた上条は今日はジャンプの発売日だった事を思い出し若干足を早める。
 
「……今週はワンピース休みだったけか?」
 
 メインディッシュは無くとも、暇潰しくらいにはなるだろう。
 
 そう思いつつコンビニを目指していると、後ろの方で声が聞こえた。
 
「ゴメーン、待ったぁ!」
 
 何処かで聞いた事をあるような声だが、自分の知り合いにこんな猫なで声を出すような知り合いは居ないと断言して背後を振り向くことなくコンビニを目指す。
 
「待ったー? って言ってんでしょうが!? 無視すんなやコラぁ──ッ!!」
 
 突如背後から叫び声と共に衝撃を受け、思わず踏鞴を踏む上条。
 
 辛うじて転倒は免れたものの、自分の腰に美琴がへばりついている理由が分からない。
 
「く、くそ!? 朝っぱらから身に覚えの無いタックルだと? しかも、相手はビリビリかよ! ──ちくしょう不幸だ!」
 
「人の顔見るなり、いきなりそれ!? ……まぁいいわ。いや、よくないけど。
 
 その辺は後でキッチリ話し合うとして、今は取り敢えず話を合わせて!」
 
「はぁ?」
 
 わけが分からず小首を傾げる上条に対し、美琴はチラリと海原の方を見やり、
 
 ……クッ!? ここからだと距離が遠すぎて会話が届かない!
 
 そう判断した美琴は大きく息を吸い込んで腹の底から声を出した。
 
「あっはっは! ごめーん遅れちゃって! 待った待ったぁ? お詫びに何か奢ってあげるからそれで許してね?」
 
 大声が響き渡り、離れた所に立っていた海原が気まずそうに視線を逸らし、丁度やって来た三人娘達が凍りつき、一拍の後、常盤台女子中学校女子寮の窓が一斉に開いた。
 
 女子生徒達が外にいる美琴と上条に視線を向けヒソヒソと小声で話し合い、その中には当然白井・黒子の顔もあり、彼女は視線だけで呪い殺せそうな表情で血涙を流しながら上条を睨み付け、最高責任者らしき女性は圧倒的強者の視線で美琴を見下ろすと、
 
「面白い。寮の前で逢い引きとは良い度胸だ御坂」
 
 顔中の筋肉が痙攣し、上条の手を取って逃げようとするも、それは出来なかった。
 
 背後から感じる無言のプレッシャーに恐る恐る振り返る。
 
 そこでは吹寄が無言で片膝を着き、両手を胸の前で構えると、その左右で姫神と風斬が半身に構え、吹寄と同じように両手を胸の前で構えていた。
 
「ま、待つですのことよ! その技を使ったら、三人共、未来永劫鬼畜にも劣る賊の烙印を押されちゃう──ッ!!」
 
「大丈夫よ。嘆きの壁のシーンじゃ、ちゃんと全員黄金聖闘衣にも見捨てられずに聖衣着てたから」
 
「車田・正美の馬鹿野郎ぉ──ッ!!」
 
 原作者に向けて抗議の叫びを挙げてみるが意味は無い。
 
「じゃあ、喰らいなさい貴様」
 
「……節操無し」
 
「ふ、不潔です」
 
 一息の後、三人娘の小宇宙が爆発する。
 
「アテナエクスクラメーション!!!」 
 
 直後、ビックバンにも匹敵するという一撃が上条を呑み込んだ。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 ……その後、少女達は美琴から説明を受け、近場の公園でダウンした上条を看病していた。
 
「なるほど。……それで、偽装彼氏役に上条を選んだだけで、特に深い意味は無いと?」
 
「そ、そうなの! べ、別に私はそいつの事なんか何とも思ってないわけよ!」
 
 吹寄は顔を真っ赤に染めて言い訳する美琴を全く信用していない半眼で見つめつつ、視線を姫神の膝枕でうなされている上条に向けて溜息を吐き、
 
「……別に良いけどね」
 
 話を聞く限り、海原ほど完璧な男の誘いを断る理由など、それほど多くはあるまい。
 
 精々、彼女が百合なのか? それとも他に好きな男が居るのか? の二者択一だ。
 
 吹寄は姫神、風斬と視線を合わせて小さく頷き、
 
「取り敢えず忠告しておくと、コイツはとんでもなく鈍いから、直接言わないと全然気付かないわよ?」
 
 ベンチで横になる上条を指して言う。
 
「だ、だから! 私はそんなつもりは全然無いって……」
 
「あら、そうなの? 妹さんの方は随分と積極的みたいだけど」
 
 それは初耳だ、と視線を吹寄に向けるが、彼女は素知らぬ顔で、
 
「じゃあ、そろそろ上条を起こして遊園地に行きましょうか」
 
 言って立ち上がり、美琴に手を差し伸べて、
 
「ご一緒にどう? 御坂さん。こうなってしまった以上、一人で帰るのも格好付かないでしょ?」
 
 美琴は差し出された手を二度三度と瞬きし、
 
「……へ? 邪魔なんじゃない?」
 
 恐る恐る問い掛ける。対する吹寄は肩を竦め、
 
「良いわよ別に。一人増えた程度でどうなるもんでもないし」
 
 二人きりのデートならば絶対にお断りだが、今回はあくまでも楽しむのが目的だ。
 
「そ、そういう事なら」
 
 美琴は視線を一瞬だけ上条へと向け、
 
「……うん。お願いします」
 
 その返事を受け、吹寄が姫神に合図を送ると、彼女は少し名残惜しそうに上条の髪を撫でた後、ポーチの中から脱脂綿とアンモニアの入った小瓶を取り出し、気付けとして上条の鼻の下へ一拭きする。
 
「……うッ」
 
「気が付いた?」
 
「……姫神?」
 
 ゆっくりと上半身を起こす上条。
 
「……確かさっきまで、川の辺で渡し守の順番待ちしてたんだけど、なかなか船頭が来なくて困ってたんだよな」
 
「サボり癖のある死神で良かったわね」
 
 一応、相づちを拍って自身も立ち上がり、
 
「じゃあ行きましょう。……それと。御坂さんも一緒に行く事になったから」
 
 顔を美琴の方へ向け、彼女の存在を上条に知らせる。
 
「了解。……じゃあ行くか」
 
 公園を去った上条達。
 
 その後を気配も無く追う人影がある事には、まだ誰も気付いていない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 学園都市内にある遊園地。
 
 遊園地と言っても外の世界のものとは技術が違い、言ってみれば新技術の試験運用的な意味の方が強い。
 
 リニアモーターコースターとか、無重力観覧車とか、ロデオメリーゴーランドといったスリルと危険が紙一重な乗り物でいっぱいだ。
 
 夏休み最終日ということもあって、客は殆ど見受けられない。
 
「この分なら、どの乗り物も並ばずに乗れそうね」
 
 楽しそうに周囲を見渡した吹寄は、受付で貰ったパンフレットに視線を落とす。
 
「さて……、それじゃあどれからまわる?」
 
 満面の笑みで問い掛けてくる吹寄。その傍らでは真剣な眼差しでパンフレットを覗き込む姫神と風斬の姿がある。
 
 実は、姫神と風斬は遊園地初体験だ。
 
「じゃあまずは軽くアレ行っとく?」
 
 気軽な調子で吹寄が指さすのは、絶叫系コースター。
 
「ふ、吹寄さん? ……流石に初心者にいきなりそれは如何なものかと上条さん思うのですが」
 
 正直な所、姫神達の身を案じてというよりは、自分の為に進言してみるが、当の姫神と風斬が乗る気満々の態度で、
 
「行きましょう」
 
「うわぁ、楽しみですね♪」
 
「こんな時に限ってアグレッシブだ、この二人!?」
 
 むしろ連行されるように、両腕を拘束され連れて行かれる上条。
 
 一人残された美琴は、その後を付いて行きながら彼女達と自分の格好を見比べ、
 
 ……ま、まあ校則だから仕方無いし。
 
 一人、制服のまま遊園地というのは、少々引け目を感じざるをえないが、基本的に常盤台の生徒は外出時は制服の着用を義務づけられている。
 
 ……こういう時くらいは、融通効かせてくれてもいいとは思うけどね。
 
 そんな事を考えながらトボトボと歩いていると、先行しているはずの上条から声が掛けられた。
 
「おーい、御坂。お前、何か乗りたい物とかあるか!?」
 
「……へ? わ、私?」
 
 突然話掛けられた為、慌てて周囲を見渡し、適当に近くにあった物を指さした。
 
 それを見た上条達は僅かに息を呑み、
 
「……流石は常盤台のレベル5だな。とんでもねぇ度胸してやがる」
 
 最初に吹寄達が示したジェットコースターがジャブとするならば、アレはさしずめデンプシーロールという所か。
 
「アレって確か、余りのキツさに未だ一人も気を失わないまま完遂した者が居ないって噂のコークスクリューよね?」
 
「そう。長蛇の列が実際に稼働しているのを見た瞬間に。誰一人居なく無くなったという噂のモンスターコークスクリュー」
 
「す、凄いんですね。私、絶対に乗りたくないです」
 
「いや、勿論俺達も乗るつもりねぇって」
 
 尊敬の眼差しを向けられた美琴は激しく後悔した。
 
 こんな眼で見られたら、もはや今の無しと言えようはずもない。
 
 その後、まるで死人のような足取りで件のコークスクリューに向った彼女達を出迎えてくれたのは、担架によって運ばれる男性とその彼にしがみついて泣き叫ぶ女性の姿だった。
 
 ……何で遊園地の乗り物くらいで、戦場の最前線みたいなものが見られるのよ!?
 
 美琴の見ている前で、コークスクリューが次なる犠牲者……、もとい勇者を乗せて走り出す。
 
 強烈な急加速の為、いきなり残像が見えた。
 
 恐らく電磁石を利用したリニアレール形式の為だろう。音は殆どしなかった。機械の作動音だけでなく、乗っている者の悲鳴でさえも、だ。
 
 ……こ、これ。ホントにヤバイんじゃないの?
 
 夏の暑さとは違う理由の汗をかいている事を自覚する。 
 
 ……こうなったらもう、恥も外聞の関係無い!
 
「やっぱ、止めとくわ。あはははは!」 
 
 そう叫ぼうとするよりも早く、吹寄が美琴の口に舌を噛まない為のマウスピースをねじ込み、姫神と風斬の手によって美琴の身体が一人乗りのコースターのシートに固定される。
 
 シートベルトというよりも拘束具という印象を受ける程に頑丈な安全装置に全身を固定される美琴に上条達が一人一人言葉を掛けていく。
 
「凄いわ。流石にエリートね。心臓の弱い人なら、そのまま死ねるって噂の乗り物に何の躊躇いも無く挑戦出来るなんて、私素直に尊敬するわ」
 
 ……いいから!? 尊敬なんてしなくていいから!? これ外して!!
 
「ちなみに。発電系能力者は走行中の能力の使用は絶対に禁止。もし走行中に能力を使用した場合。コースターが急停止したり。シートベルトや安全装置が外れる可能性もあるらしく。その場合は生死の保障は無いとの事」
 
 ……そりゃあ、あんな速度で急停止なんかしたら、身体中の骨が砕ける程度じゃ済まないでしょうよ!?
 
「これ、万が一の場合の書類だそうです。こことここにサインしてください」
 
 ……え? コレ何の書類? 万が一って何? 
 
「あー……、もうちょっと待ってくれるか? 今、救急隊が準備してるらしいから」
 
 ……救急隊の準備が必要な乗り物なのッ!?
 
 美琴が声にならない叫びを挙げている内に準備が整ったのか? ブザーが鳴り響き上条達が美琴から離れる。
 
「勇敢なる常盤台のレベル5に敬礼!」
 
 一糸乱れぬ綺麗な敬礼で見送ってくれた。
 
 直後、美琴の視界から上条達の姿が消える。
 
 螺旋を描きながら旋回し、落下し、直進するコースターの為、どの方向からGが掛かっているのか知覚することさえ出来ない。
 
 瞼が風圧で無理矢理こじ開けられて目を閉じる事が出来ない。
 
 息を吸う事は出来るのだが、風圧が凄すぎて息を吐き出す事が出来ない。
 
 当然、悲鳴なんて挙げられる余裕すらない。
 
 耳から脳味噌が出るかと思った。
 
 涙と涎と鼻水でグチャグチャになった顔のまま、美琴は辛うじて繋ぎ止めた意識に必死になってしがみつきながら、理性ではなく本能で思考する。
 
 ……不幸ってもんじゃないわよ、こんちくしょう──!!
 
 どうも、上条の不幸属性は、最近伝染する傾向にあるらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 結局、美琴も最後まで意識を保つ事が出来ずに気を失った。
 
 その時の彼女の顔は、余りにも乙女として見るに忍びなかった為、三人娘が気を利かせて上条には見えないように処理してくれた事に密かに感謝しつつ、今、彼らは不思議な生物と対面している最中だ。
 
 その生物は全体的に灰色の格好をして、アルビノ特有の白人よりも白い肌と白髪、それに紅い瞳をしていたが、何よりも怪しいのはアトラクション名物の動物の耳を冠した帽子を被り左手に赤い風船。右手は幼い少女と手を繋いで歩いている事だろう。
 
 女の子の方は、今、上条に肩を借りたグロッキー状態の御坂・美琴を小型化したような少女で、左手を謎生物と繋いだまま右手でLサイズの紙コップに入れられたジュースを飲んでいる。
 
 その格好といえば、傍らの謎生物と色違いの獣耳付き帽子を被り、空色のキャミソールの上から男物のワイシャツを羽織った姿をしていた。
 
 双方互いに無言。
 
 しかし、何時までもこうしているわけにもいかず、上条が拮抗を崩そうとまず動いた。
 
「よ、よう……、久しぶりだな打ち止め。元気してたか?」
 
 敢えて、女の子の傍らに立つ保護者から視線を逸らして、女の子自身に声を掛けると、女の子こと打ち止めは満面の笑みで、
 
「うん! ミサカはミサカは元気だったって、言ってみる! それでお姉様は元気が無さそうだけど、どうしたの? ってミサカは表面上だけは心配してる素振りで聞いてみる」
 
「表面上だけかよ! ……意外と腹黒いなお前」
 
 取り敢えず牽制の一撃を放ち、いよいよ本命の謎生物にコンタクトを開始してみる。
 
「……それで、そちらのまるで似合っていない格好をしているのは、お前の知り合いか?」
 
「殺すぞ、テメェ」
 
 凄むのではなく、淡々と言ってのけたのは学園都市最強の一方通行だ。
 
 彼としても似合わないという自覚はあるのだ。
 
 だが、“御使堕し”によってゴタゴタのあった挙げ句、打ち止めと約束してしまった以上、今日一日は彼女に一切逆らう事が出来ない。
 
 逆らおうものなら、彼は変態の烙印を押されて今後の人生を生きていかなければならなくなる。
 
 ……とはいえ、既に一部地域ではその噂は広がっており、手遅れなのだが、幸い(?)にも一方通行自身その事は知らされていない。
 
 だが、その捏造された方の事実を知っている上条達からすれば、この一方通行と打ち止めのデートは噂を裏付けするのに充分な証拠とも言えた。
 
 正直、余り関わり合いになりたくないタイプの人種だが、事が児童虐待となってくると話は違う。
 
 上条は極力一方通行と視線を会わさないように務めつつ、更には打ち止めのトラウマを刺激しないよう、慎重に言葉を選びながら少女に向けて話し掛ける。
 
「なあ、打ち止め。……今、楽しいか?」
 
 上条の問い掛けに対し、打ち止めは一片の曇りもない笑顔で、
 
「うんッ! ってミサカはミサカは言ってみる!!」
 
 ……なるほど。彼女が幸せであるならば、例えどんな特殊なプレイを日夜繰り広げていようとも、上条達にどうこう言える権利は無い。
 
「じゃあ、いっぱい遊んでもらって来いよ」
 
「うん、バイバイってミサカはミサカは手を振りながら言ってみる」
 
 と打ち止めの頭を撫でて、その場は別れた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……取り敢えず、何か飲み物でも買ってくるか?」
 
 上条が肩を貸す事で辛うじて立っている美琴を見て上条がそう提案する。
 
「御坂さんは内蔵までダメージがあるようだから、炭酸系の刺激物は避けた方が良いでしょうね」
 
 一番良いのはホットの栄養飲料なのだが、夏場の遊園地にそんな物は置いてないだろう。
 
「まぁ、適当な物買ってくる」
 
「私はハンカチ濡らして来ます」
 
 上条に続いて風斬も水道を探して駆けて行った。
 
「それで。休憩の後は何に乗るの?」
 
「そうね……、御坂さんがこの調子だから絶叫系は止めておきましょう。
 
 ……となると、大人しめの乗り物って事なんだけど」
 
 吹寄は小さなポシェットからパンフレットを取り出して広げ、
 
「遊覧型のライドがベストなんでしょうけど……」
 
「コレは?」
 
 姫神が指さすのは記念写真館。
 
 パンフレットの注釈によると、様々な衣装を無料で貸し出してくれるらしい。
 
 一応、客層毎の集計を取り、それらを様々な開発分野のデータに役立てる為に作られた店舗である。
 
「……と、ここでアルバイトをしているミサカが説明してみます」
 
「い、何時の間に……」
 
 平然とした顔で、吹寄達の背後に立っていたのは、御坂・美琴のクローン。ミサカシスターズの一人だ。
 
 彼女達の内の何人かは、生活費を稼ぐ為、ここでアルバイトをしているらしい。
 
「……まったく、責任者に甲斐性が無いのでミサカ達が苦労します。とミサカは愚痴ってみます」
 
 その責任者はレベル6シフト計画失敗の為、多額の負債に加えシスターズの生活費の一部も負担しなければならないので、現在この遊園地で清掃のアルバイトをしている。
 
「ちなみに、その責任者があそこでゴミを回収している男、天井・亜雄です。とミサカは言います」
 
 何だか知らないが、色々とあってかなり落ちぶれたらしい男の背中には哀愁が漂っていた。
 
 研究者なら、別の研究施設で勤めた方が収入も多いのでは? と思うだろうが、レベル6シフト計画ほどの大プロジェクトを失敗してしまった天井の名は学園都市中に知れ渡ってしまっており、学園都市内の研究施設ではまず彼は雇ってもらえない。
 
 ならば学園都市外の研究施設ならば、と思うが学園都市で扱っている技術は外の世界で未知の物だ。下手に流出してしまえば世界の軍事バランスは大きく崩れる為、技術流出を企てるものには暗殺を含めた、それ相応の罰則が与えられる。よって、天井は外の世界に逃げる事も許されず、こうしてアルバイト生活をしてお金を稼いでいるのである。
 
「……そう、貴女達も色々と大変ね」
 
「まあ、大変と言えば大変ですが、彼との間に子供が出来れば学園都市から補助金と養育費が出ますので、ミサカは一層の攻勢を仕掛けたいと思います」
 
「それは却下」
 
 即座に否定する吹寄と姫神。更にグロッキーだった美琴もいつの間にか参戦している。
 
 互いに一歩も引かず、睨み合う事数秒。そこに上条と風斬が一緒に帰ってきた。
 
「お? 妹の方も来てたのか?
 
 ──ほい、飲み物。
 
 姫神はアイスほうじ茶で、吹寄は大豆イソフラボン入りのスポーツドリンクで良いよな?」
 
 ちなみに、風斬には会った時にオレンジジュースを渡してある。
 
 そして上条は両手に持ったリンゴゼリーとイチゴミルクを差し出し、
 
「御坂はどっちが良いんだ?」
 
 ……その行為がどうも美琴的には面白くない。
 
 彼女達の分は何も聞かずに好みを知っていたのに、自分の好みは知らないときたものだ。
 
 ……まあ、教えた覚えも無いけどさ。
 
 そんな事でちょっと拗ねながらもイチゴミルクを受け取る。
 
 上条は残ったリンゴゼリーをミサカに差し出し、
 
「余り物で悪いけどな」
 
「いえ、ミサカがそれを受け取ると貴方の分が無くなります」
 
 遠慮するミサカに対し、上条はやや強引に手渡し、
 
「気にするなって。喉が渇いたら、途中で買うし」
 
 そう言うと、三方から同時にジュースの缶が差し出された。
 
「半分、あげるわ」
 
 僅かに頬を染めて異口同音に告げる三人娘。
 
 対する上条は小さく肩を竦め、
 
「親切な奴等だろ?」
 
 小さく苦笑しながら、三つの缶を受け取って飲み干していく。
 
 その様子を出遅れたと、後悔しながら見つめる御坂シスターズ。
 
 間接キスとか気にしないタイプなのか? 一切の躊躇い無く飲み終わった空き缶をゴミ箱に捨て、
 
「それで? 次何処に行くか決めたのか?」
 
 問い掛けてきた上条に対し、吹寄はパンフレットを提示し、
 
「写真館に行きましょう。御坂さんもまだ本調子じゃないみたいだし」
 
「了解。……妹の方はどうする? 用事が無いなら一緒に来るか?」
 
 何気なく掛けられた言葉に対し、ミサカは二度、三度と瞬きし、
 
「……お邪魔ではないのですか?」
 
「遊ぶ為に来たのに、邪魔も何も無いだろ? それで、吹寄。その写真館ってどっちにあるんだ?」
 
 上条の言葉に、それまでベンチに座っていた少女達も立ち上がり、
 
「じゃあ、行きましょうか」
 
 吹寄を先頭に、目的地である写真館へと向かった。
 
 
 
 
  
 
  
 
 
 
 巫女装束、メイド服、ナース服、といった衣装だけでなく、アニメや戦隊物のコスチューム、更に着ぐるみや全身タイツまでも並ぶ室内。
 
 男性が女装する為の大きめのサイズや、女性が男装する為の細いサイズの物も用意されている。
 
「おー……。これだけあると、流石に迷うな」
 
 衣装の合間を見て歩く上条に向け、少女達から一着の服が押し付けられた。
 
「貴様はそれよ。分かったら、とっとと着替えてきなさい」
 
 言って、強引に更衣室に押し込めた。
 
「こっちが良いって言うまで、そこから出てくるんじゃないわよ? 貴様」
 
 念を押して、自分達の衣装を選別する少女達。
 
 彼女達の足取りに迷いはなく、ある一点だけを目指す。
 
 そこにあるのは薄い布を使って作られた様々な種類のドレス。但し、そこにあるドレスの色は白一色で統一されている。
 
 少女達はかつてない程に真剣な眼差しでドレスを物色し、一人、また一人とドレスを手に更衣室へと走っていき、お互いに協力しあいながらドレスを身に纏う。
 
「……吹寄さん。無理しないでもう一つ上のサイズにした方が良いと思う」
 
「ちょッ!? これで丁度のサイズの筈よ!」
 
「あ、あの……、そんなに見られると着替えにくいんですけど」
 
「チッ!? 遺伝子提供者の所為で、ミサカまで不憫な目に合うことになろうとは。とミサカは自分の胸と彼女の胸を見比べて密かに毒づいてみます」
 
「全然密かじゃ無いでしょ!? これからよ、これから!!」
 
 更衣室から出てきた少女達はその足でメイクルームへと向かい、そこに控えていた専属のメイクさんの手を借りて化粧を施し、アクセサリーを身に着ける。
 
 全ての準備を整えた少女達は互いの手を合わせ、
 
「……征くわよ」
 
「おう──ッ!!」
 
 気合いを入れて上条の待つ更衣室に戻った。
 
「もう、いいわよ。上条」
 
 吹寄が代表して声を掛けると、何時もの調子のまま上条がカーテンを開けて姿を現した。
 
 彼が身に付けているのは、白のタキシード。髪型がいつものツンツン頭のままなので、全然似合っていない。それを自分でも自覚しているのか? 頻りに自分の姿を見渡し、納得していないように眉を顰める。
 
 ……後で、メイクルームに行かせないといけないわね。
 
「なぁ、ホントにこれ着ないと駄目か? 全然似合ってない自覚あるんだけど」
 
「髪型変えたら、多少は見れるようになるわよ。──それよりも、こっちの感想は何かないの?」
 
 言われ、始めて上条は少女達へと向けた。
 
「…………」
 
 余りの光景に言葉を失った。
 
 彼女達が身に纏っている衣装は、全てウェディングドレス。
 
 吹寄が身に着けているドレスはAラインと呼ばれる、最も基本的なスタイルのウェディングドレスだ。ドレスに合わせて、長い黒髪もアップに纏めてある。
 
 肩口を大きく開き、スカートにはきめ細かなレースがあしらわれており、剥き出しの首元を飾るのは、銀製の小さなペンダント。
 
 いつもの彼女の快活さが形を潜め、今は清楚な雰囲気を漂わせている。
 
 美琴はボリュームの大きいスカートが特徴的なプリンセス型のウェディングドレス。
 
 髪は綺麗に流し、いつものヘアピンの代わりに銀製の髪留めをあしらっている。 
 
 フリルとリボンをふんだんに用いられたドレスは、彼女の愛らしさを限界まで引き出していた。
 
 風斬の選んだドレスはマーメイドと呼ばれるスカートの丈が床に余るほどに長い物だ。
 
 いつもはゴムで一房纏めている長い髪も、今は全て後ろに流し、銀製のバレッタで纏めた髪型は、彼女をより大人っぽく見せた。
 
 大きく開いた背中と胸元が、彼女の大きな胸を余計に強調し、素材の良さを際立たせている。
 
 4人目はミサカ。彼女は極力飾り気を廃し、身体に密着するスレンダー型のドレスを着ている。
 
 但し、飾り気が無いのはドレス部分だけであり、一旦肩口から別れた袖は手首に向かう程に大きくなり、レースが大量にあしらわれている。
 
 更に特筆すべきは全身を覆っても余る程に大きなケープが、彼女に神秘的な雰囲気を与えていることだろう。
 
 最後の姫神は吹寄と同じくAライン型のウェディングドレス。
 
 レースではなく、刺繍とリボンでボリュームを持たせたスカートに胸元のイヤミにならない程度の大きさのリボンが首から下げられた“歩く教会”とマッチしてる。
 
 両腕は肘よりも長い白の手袋に覆われ、纏められた黒髪の上にはティアラが輝き、彼女の持つ儚さに良い意味でアクセントを与えていた。
 
「うぁ……」
 
 何とか言葉を発しようとするが、舌が回らない。
 
 生唾を呑み込み、辛うじて一言だけを放つと、少女達は揃って顔を朱に染めた。
 
「ほ、ほら……、貴様もさっさとメイク室に行って髪を何とかしてきなさい!」
 
 そうなるのなら、一緒にメイク室に行けばよかったのだろうが、そこはそれ。やはり、いきなりウェディングドレス姿を見せて驚かせてやりたいという気持ちもあった。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 追い立てられるようにして上条が向かったメイク室。
 
 そこでも、ほぼ貸し切り状態であった為、上条はフロッグコートをハンガーに掛け、大きな鏡張りの壁の前に置いている椅子に腰を下ろす。
 
 備え付けの整髪料の中から水の要らないシャンプーを手にとって髪に付いている整髪料を落としタオルで拭いドライヤーで自然な感じになるように乾かしていく。
 
「……似合わねぇ」
 
 元より、彼女達と自分では容姿に差があるとはいえ、これでは余りにも釣り合いがとれない。
 
「んー……」
 
「いっその事、オールバックにしてみてはどうですか?」
 
 考え倦ねる上条に、背後から唐突に声が掛けられた。
 
 鏡越しに見る背後。
 
 そこに居たのは、今朝常盤台の女子寮前で出会った好青年。海原・光貴だった。
 
 何時からそこに居たのか? それよりも、どうやって自分に感づかせないように背後に回り込んだのか? 上条の背中に怖気のようなものが走るが、それを表面に出さないように取り繕いながら、
 
「ふーん、オールバックかぁ」
 
 棚に置かれていたポマードを手に取り、言われた通りオールバックにしてみたが……、
 
「……似合いませんね」
 
「俺もそう思う」
 
 上条の髪が中途半端に長い為、オールバックは少し無理があった。
 
 仕方なく、再度ノンウォーターシャンプーで整髪料を落とし、
 
「ちょっと、失礼」
 
 背後に立っていた海原がブラシを手にとって、上条の髪を弄り始める。
 
 ドライヤーとブラシを駆使し、5分ほどでセットが終わると、鏡の前には七三に分けた髪を垂らした上条が居た。
 
「こんな感じでどうでしょう? 本当なら、ハサミを入れたい所だったんですが」
 
「いや、これで良いよ。つーか、ハサミ入れられると明日からどんな髪型をすればいいか分かんねぇし」
 
 正直、見本無しで今と同じ髪型にしろと言われても無理だ。
 
 上条は立ち上がってハンガーに掛けたフロッグコートを羽織ると、
 
「手間取らせて、悪かったな。えっと……」
 
「海原です。海原・光貴」
 
「んじゃ、サンキュ。海原」
 
 礼を述べ、上条は少女達の待つであろう部屋へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お待たへー」
 
「遅いわよ貴様」
 
 ようやく戻ってきた上条に視線を向けた瞬間、少女達の動きが固まった。
 
「……何? 貴様、そんなに格好良かったっけ?」
 
 予想以上に、タキシードを着こなしていた上条に、少女達を代表して吹寄がそんな声を掛ける。
 
「って言うかさ、そんな髪型が出来るんなら、普段からしてなさいよ。そしたら……」
 
 何かを言いかけ、美琴は頭を振ってその考えを追い出すと、
 
「やっぱ、何時も通りでいいわ」
 
 下手に格好良くなりすぎて、これ以上ライバルを増やされても困る。
 
「それにしても意外。そんな髪型も出来たんだ」
 
「いや、俺一人じゃどうしようもなかったんで、手伝ってもらった」
 
「へー、やっぱり本職の人は違うわね」
 
 感心しなような声を挙げる吹寄だが、上条は手を振ってそれを否定すると、
 
「いや、手伝ってくれたのは、メイクさんじゃなくて、海原って奴」
 
「海原──」
 
 真っ先に反応したのは、美琴だ。
 
「何? アイツ、こんな所まで来てたの?」
 
 不機嫌そうな顔で告げる美琴。
 
 そんな彼女の背後から姫神は美琴の肩を揉み、
 
「今は写真が優先。もっとリラックスして笑顔で」
 
 窘められ、それに同意する。
 
「じゃあ、とっとと写真撮ってお昼にしましょう」
 
 吹寄の言葉に一同が賛成し撮影スタジオへ向かう。
 
 全員一緒に撮るのかな? と上条は思っていたのだが、彼の思惑と違い上条一人に対して女性陣が個別に組んで写真を撮るらしい。
 
「…………」
 
 無言で考え込む上条。
 
「何よ? 私達が相手じゃ不満?」
 
 内心で肯定される事を恐れながらも、不機嫌を装い問い掛ける美琴。
 
 対する上条は慌てて首を振り、
 
「いや、そうじゃなくてさ……。俺なんかで良いのか? って思ってな」
 
 お遊びとはいえ、こういった写真は好きな者同士で撮った方が良いんじゃないか? と思っている上条だが、それを聞いた少女達は大きく溜息を吐き出し、
 
「いいから、貴様は文句を言わないで堂々と構えてなさい」
 
 大体、普通は仕事でもない限り、好きでもない奴とこんな写真は撮ろうとは思わない。という考えにこのバカは思い至らないのだろうか?
 
 ともあれ、何時まで突っ立っていても始まらない。
 
 新婦を椅子に座らせて、新郎がその傍らに立つという基本的な構図で五人と代わる代わる写真を撮っていき、最後に上条が椅子に座って、その椅子の前に姫神が床に座り、吹寄と風斬が椅子の肘掛けに腰掛け、美琴とミサカが椅子の背もたれに手を掛けた構図で写真を撮った。
 
 最後の一枚は流石にカメラマンどころか上条本人でさえ呆れ、「ちょッ!? これ、どこのハーレムですか!?」と思わず叫んでしまったが、実際はこれよりも多いので、なお質が悪い。
 
 まあ、取り敢えず撮影が終わったので、元の服に再び着替え、適当な所で弁当を広げ昼食と相成った。
 
 幸いというか、吹寄と風斬も全員分の弁当を作ってきていたので、食事に関しては全員に満遍なく行き渡ってくれた。……というか、正直多すぎた。
 
 それでも上条は頑張って食べた。基本的に三人とも料理の腕はまぁまぁだったので、味には文句は無い。
 
 姫神のおにぎりを主食に、吹寄のサンドイッチをおかずに、風斬のいなり寿司をデザートとして全てを残らず喰らい尽す。
 
 残すと勿体無いというのと、料理を作ってくれた少女達に申し訳無いという気持ちが後押しし、それはもう、見ていたミサカと美琴が拍手を送ったほどに見事な食いっぷりだった。
 
 ……つーか、何でこんな時に限ってあの大食いキャラが居ないんだ!?
 
 内心そう思いつつも、あの大食いシスターがそう都合良くこんな所に現れる筈も無し。
 
 結局、基本的に小食な少女達に代わり、殆どが上条の胃袋の中に収められた。
 
「か、上条さん、暫く動けそうにありません……」
 
 芝生に寝転び、苦しそうに呻く上条。
 
「……別に。無理して食べなくても良かったのに」
 
「おばあちゃんが言っていた。……食べ物と人の命は粗末にしちゃいけないって」
 
「後で、『スタッフがおいしくいただきました』ってテロップ流しとけば大抵なんとかなるもんよ?」
 
 ……その手があったか。と思うがもう遅い。
 
「というわけで、上条さん暫く休憩してますから、皆さんは遊んできてください」
 
 力無く手を上げて、ヒラヒラと振る。
 
「別に、アンタが動けるようになるくらいなら待っていてやっても──」
 
 美琴が最後まで言い終わる前に、吹寄によって腕を掴まれ、強引に身体を引き起こされた。
 
「じゃあ、私達は遊んでくるけど、貴様はちゃんとそこで待っていなさい」
 
「おう」
 
 美琴の背中を押して強引に連行する吹寄だが、途中で足を停めると、
 
「……怪我、するんじゃないわよ」
 
 わけ知り顔で、それだけを告げる。
 
 対する上条は、何時もと変わらぬ調子で、
 
「あいよ」
 
 短く答えた。
 
 そしてまるで彼女達がその場を離れるのを見計らったようなタイミングで、三度、海原・光貴が上条の前に姿を現す。
 
「よう。……もうちょっと早かったら、弁当残ってたんだけどな」
 
「いえ、僕はもう済ましてきましたからお気遣いなく。
 
 ──それに、流石に貴方の為に作られた物を食べるような無粋な真似は出来ませんよ」
 
 そう告げ、上条の傍らの芝生に腰を下ろす。
 
 暫く無言が二人の間を支配していたが、先に口を開いたのは上条だった。
 
「……なぁ、お前何者だ?」
 
 唐突に切り出された質問に、海原は意味が分からないと小首を傾げる。
 
「いや、御坂にお前の事を聞いたんだけどさ。──俺が受けた印象と全然違うんだよ。
 
 それで気になって、知り合いにちょっと調べてもらったんだけど、今学園には海原・光貴って人間は二人居るみたいなんだよな。
 
 この一週間、御坂に付きまとっていた海原・光貴と部活の合宿に行ってた海原・光貴。
 
 ──お前はどっちの海原・光貴なんだ?」
 
 上条の言葉を受け、海原の雰囲気が一変する。
 
「……やはり、貴方は危険だ」
 
 海原が後ろ手から黒いナイフのような物を取り出し、上条に向けて突き立てた。
 
 対する上条もただ待っているだけではない。
 
 こうなる事も予測して、この場に残った以上、対策は充分に出来ている。
 
 転がりながらナイフの一撃を回避すると、その勢いを利用して一気に立ち上がり、ポケットからオリハルコン製のナイフを取り出して構える。
 
「海原が二人居るって事は、お前は学園都市の外から来たって事か。
 
 ……なら、魔術師か?」
 
 あのナイフが何らかの魔術霊装だったとしても、ナイフとしても特性までも上条の幻想殺しで殺せるかどうかは分からない以上、迂闊に素手で受け止めるのは避けた方が良いだろう。
 
「えぇ、その通りです」
 
 言って、上条を睨み付け、
 
「……しかし、貴方は存外に頭が切れる。……学校の成績はそれほど良いというわけでもないくせに」
 
「後半は余計だっつーの」
 
 とはいえ、偽・海原は上条の成績についてまで調べ上げているらしい。
 
「それで? 何が目的なんだよ? 海原・光貴なんていう、俺とは直接関係ないような人間に化けてまで御坂に取り入ろうとしたのは」
 
「言うと思いますか?」
 
 皮肉気に告げ、手にしたナイフを振り上げる。
 
 何も見えはしない。……しかし、本能的にヤバイと察した上条はその場を大きく飛び退く。
 
 刹那の後、それまで上条の居た場所を不可視の何かが通過。
 
 それは背後にあったベンチに命中し、複雑な刻印を施したと思った次の瞬間、それまでベンチだった物を徹底的に解体してみせた。
 
 力業で破壊されたのではない、ベンチを構成する部品が全てバラバラにされた解体だ。
 
 もし、あれが人間の身体だったら、と思うと正直ぞっとする。
 
 再度、同じ攻撃を仕掛けようとする海原に向け、上条は新たに取り出したスローイングダガーを投擲。
 
 正確に海原の黒曜石のナイフを叩き落とした。
 
 ナイフを拾うか? 素手で挑むか? 海原が一瞬迷った時には既に遅い。
 
 オリハルコンナイフを口にくわえた上条が後腰から拳銃を引き抜き、躊躇い無く引き金を引いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おーい、生きてるかぁ」
 
 頬をペチペチと叩かれ、強制的に覚醒させられる。
 
「……自分は、生きているんですか?」
 
「平和主義の上条さんとしては、人殺しは絶対にしない主義なんだがな」
 
 言って、海原の身体に命中していた弾丸を放ってみせる。
 
 それを受け取った海原は弾丸を手指で弄り、
 
「ゴム弾でしたか」
 
「まぁな……」
 
 ゴム弾だったとはいえ、胸に三発も撃ち込んでくれたお陰で未だに痛みが引いていかない。
 
「まあ、ちょっと腑に落ちない事があったんで聞きたかったんだけどな」
 
「答えると思いますか?」
 
「ま、答えたくないなら別に良いけどさ……。お前、どうして写真館で襲って来なかったんだ?
 
 メイク室であった時に襲いかかっていたなら、俺は完全な丸腰だったんだぞ?」
 
 それを聞いた海原は顔を歪め、上条から視線を逸らす。
 
 ……室内であった為、トラウィスカルパンテクウトリの槍が使えなかったという理由もあるが、それよりも大きな理由。
 
「……彼女のあんな嬉しそうな顔を邪魔する事なんて、出来るわけないじゃないですか」
 
 絞り出すように告げる海原。
 
 彼の言う彼女とは……、
 
「……お前、御坂の事が」
 
「だったら、どうしたって言うんですか!? 自分は彼女を守りたかった。……でも、貴方という存在がそれを全て壊したんだ!
 
 貴方さえ居なければ、御坂さんや他の人達を含む上条勢力の壊滅なんていう命令が下されることも無かった!」
 
 激昂しているからか? 余計な事まで口走ってしまう海原。──否、それは激昂しているからではなく、せめて組織の目的を上条に告げる事で御坂の身に掛かる危険を少しでも減らそうという想いなのか。
 
「貴方は……、自分がどれだけの力を有しているか、理解しているのですか?
 
 吸血鬼に対する切り札。仙導師の卵。学園都市の最終兵器を傍らに置き、それだけに留まらず、レベル5の上位4位と交友を持ち、イギリス清教や日本の魔術結社とも関係を持つだけでなく、あの10万3千冊の魔導図書館や2万人のクローン軍隊といった戦力まで有している」
 
 更に言うなら、稀代の錬金術師、原典を扱う運び屋、傭兵夫妻、多重スパイといった多種多様な人材とも繋がりがある。
 
「──それでいて、その中心に居る貴方を動かせる理由が曖昧ときている。
 
 仕事という形であろうとも、どれだけお金を積まれようとも、それが貴方から見て正義では無いと判断すれば躊躇い無く依頼主に襲いかかる。
 
 そんな不安定でありながら、強固な絆で結ばれている貴方達を、他の組織が恐れないと思いますか?」
 
 答えは否だ。
 
「……もう手遅れなんです。上の連中は貴方たちを危険であると判断し、上条勢力の壊滅を自分に命令しました。例え自分を退けたとしても、また別の……、自分よりももっと質も悪い刺客が差し向けられる。
 
 自分にはもう、御坂さんを守る術が無いんです! それもこれも、貴方さえ居なければッ!!」
 
 上条に取り付き、彼の服の襟を絞り上げるように吐き出す海原に対し、上条は右手を硬く握り締め、海原の左頬を思い切り殴りつけた。
 
「グッ!?」
 
 再び地面に転がる海原の胸ぐらを掴み上げ、
 
「勝手に諦めてんじゃねぇ! テメェ等の組織とやらがどんな大層なもんか知らねぇけどな、御坂・美琴って女はそんな簡単に殺されるような奴じゃねぇだろ!!
 
 御坂だけじゃねぇ、アイツの傍には白井が居る! 初春が居る! 御坂妹だって居る! 一人じゃねぇんだ! 姫神だって吹寄だって風斬だって俺だって居る!
 
 ──守ってみせるさ」
 
「貴方こそ、甘くみないでください! 組織ってのは、そんなに甘い物じゃない! 例え何人居た所で、絶対に死角が無いと言いきれますか!?
 
 必ず御坂さんを守りきれると言い切れますか!!」
 
「そんな事、やってみないと分かるか!?」
 
 上条は額を海原に強く打ち付け、至近距離から、
 
「──だけどな、お前が協力してくれるっていうなら話は別だ」
 
 海原から目を離すことなく告げる。
 
「力を貸せ。……御坂・美琴を守る為に、お前の協力が必要だ」
 
 ……この男は、御坂・美琴を人質に自分を上条勢力に引き込もうというのか。
 
「ッ!? ……卑怯ですよ」
 
「何とでも言えよ。それで御坂とその周りの奴等が笑っていられるんなら卑怯者でも鬼畜でも何と罵られようと受け入れるさ」
 
 上条は海原に手を差し伸べ、
 
「どうする? お前は御坂を守るつもりはあるのか?」
 
 上条の言葉に海原が立ち上がる。
 
 但し、彼の差し出した手を取らずに、
 
「……自分は貴方の事が嫌いです」
 
「俺は友達になれると思ってるけどな」
 
 上条が肩を竦め、左手に持っていた黒曜石のナイフを海原に差し出す。
 
「あくまでも、御坂さんの事に関して協力するだけです。──自分は貴方と馴れ合うつもりはない。
 
 その事を間違えないでください」
 
 海原は上条から黒曜石のナイフを受け取ると、それ以上は何も告げずに踵を返しその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、一方通行と打ち止めは、歩きながらホットドックを食べ、それを昼食としていた。
 
 これは打ち止めが少しでも乗り物に乗る時間を捻出する為に提案した事で、一方通行としては食堂にでも入って、ゆっくりと食事したかったのだが、今日の彼には何一つとして決定権は無い。
 
 早速、ホットドックを食べ終わった打ち止めは、包み紙を丸めて周囲を見渡し、
 
「ミサカはミサカはゴミ捨ててくる」
 
 元気良く告げて、小走りでゴミ箱の場所まで向かい、そこでゴミを収集していた男に、
 
「燃えるゴミだから、こっちで良いよね? ってミサカはミサカは確認してからゴミを捨ててみる」
 
 ゴミを集めていた男は、打ち止めの顔を見ると、一瞬だけ驚いたようにギョッとしてみせたが、すぐに取り繕い、
 
「あ、ああ……。そこであってるよ」
 
 清掃員の了承を得た打ち止めはゴミ箱に包み紙を捨て、そのまま一方通行の元へと戻って行く。
 
 それを見送った男……、天井・亜雄は頬を伝う汗を拭うと、
 
「……これは、チャンスか?」
 
 もし、打ち止めを手中に収める事が出来れば、学園都市内に居る二万人にも及ぶ全ての御坂シスターズ達を自在に操る事が出来るという事だ。
 
 そうなれば、シスターズを使って学園都市でクーデターを起こす事が出来る。別に勝たなくても良い。隠蔽出来ないほど派手に暴れシスターズの正体が明るみになればそこを皮切りに、学園都市で行われている非道な実験の数々を世間に知らしめる事が出来る。
 
 勿論、天井に人道的な面からそんな事をするつもりはない。
 
 天井が狙っているのはその先、もしそんな事が世間一般に知れ渡れば、学園都市と協力関係にある外の世界の研究機関や企業等は巻き添えを恐れ、学園都市との関係を切りにくるだろう。
 
 そうなってしまえば、もう学園都市だけでの存続など不可能だ。
 
 その後に待っているのは混沌。
 
 能力者達が外の世界に出て、科学者達が未知の技術を持って兵器屋に自らを売り込み、次世代兵器が世界中を席巻し、世界のパワーバランスが大きく崩れる。
 
 そうなれば、自分がこうして清掃業者などという屈辱的な仕事をする必要も無い。自分ほどの頭脳があれば、外の世界では幾らでも雇い主がいるはずだ。
 
 レベル6シフト計画の失敗で作った莫大な額の借金も帳消しに出来る。
 
 腐っても元研究者。一瞬でそこまで計画した彼は即座に計画を実行に移すべく打ち止めの尾行を開始した。
 
 幸い、清掃業者の制服を着ている彼は遊園地内で歩き回っていた所で誰にも怪しまれない。
 
 幾つかのアトラクションを保護者らしき男と遊んだ後、遂にチャンスがやって来た。
 
「ちょっと、あっち行ってくるって、ミサカはミサカは言ってみるけど、付いて来ちゃ駄目だよ!」
 
 三歩ほど進んで更にもう一度念を押し歩き始めた。
 
 そんな打ち止めを見送った一方通行は、彼女の進行方向の先に見える建物を見て、
 
「あァ、便所か」
 
 そう呟いて近くのベンチに腰掛けた。
 
 打ち止めが保護者から離れるのを待ち、掃除している振りをしてチャンスを伺っていた天井は、ここぞとばかりにトイレへと向かう。
 
 目的は勿論、覗きや盗撮などではなく、打ち止めの拉致だ。
 
 慎重に慎重を期して女子トイレに侵入。別の個室に潜み打ち止めが用を足して個室から出てくるのを待つつもりで、個室のノブに手を掛けた瞬間、ドアが向こう側から開かれた。
 
 ドアの向こうに居たのはハーフパンツにベースボールシャツ、そして頭にはキャップを被ったボーイッシュな格好をした女子高生くらいの少女だ。
 
 少女は天井が言い訳をするよりも、更に自身が悲鳴を挙げるよりも早く、大地よ砕けよとばかりに、右足を大きく深く強く踏み込みこんだ。
 
 震脚によって得られた莫大なエネルギーは身体を捻る事によって脛から膝、太股、腰、胸、肩、肘、手首と順に伝導させる。
 
 その行程において力をただ伝導させるのではなく螺旋に身体中を駆け抜けさせたお陰でエネルギーは倍増していた。
 
 少女は全てのエネルギーを両の掌から男に向けて怒声と共に直接叩き込む。
 
「この……ッ、変態がぁ──!!」
 
 これぞ、全ての気功術において最も基本的な技であり奥義でもある技。──発剄である。
 
 まるでサンドバックを木製のバットで殴ったような重い音がトイレ内に響き渡り、天井・亜雄の身体が頽れた。
 
 こうして、謎の気功師女子高生の活躍によって学園都市における未曾有の危機が未然に防がれた事は誰も知らない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、上条と合流し様々なアトラクションを回って一頻り楽しみ、ボチボチ帰ろうか? と正門ゲートまで戻ってきた上条達を待ち構えていたのは19999人に及ぶミサカシスターズ達だった。
 
 皆を代表して検体番号00001号が口を開く。
 
「一人とだけ記念写真を撮るのは非常に不公平なので、一人ずつ全員と一緒に撮って下さいとミサカは一歩も引く気が無い強硬姿勢で言ってみます」
 
「い、いや……、ほら、時間的にもそろそろ閉園なのでは?」
 
「問題ありません。一人一分として、飲まず食わず睡眠無しで二週間ほど付き合ってくだされば、完遂出来ます」
 
「普通に死ぬわ!? つーか、問題ありまくりだろそれ!!」
 
 大体二週間も写真館を貸し切りという事自体無理だ。……いや、それ以前に二週間飲まず食わず睡眠無しの方が無理だが。
 
 ぎゃあぎゃあと叫きながら論争を繰り広げる上条とミサカシスターズの傍らを一方通行と打ち止めが素知らぬ顔で通り過ぎて行く。
 
「あいかわらず、バカな事で叫ンでる野郎だ」
 
「でもでも、写真だけの出来事でも好きな人とウエディングドレスを着て一緒に写りたいって気持ちはミサカにも理解出来るかもって、ミサカはミサカはちょっと大人っぽく言ってみる」
 
 そう告げる打ち止めの右手に持たれた紙袋の中には、面白くなさそうにそっぽ向いたタキシード姿の一方通行と満面の笑みを浮かべて彼に抱きつくウェディングドレス姿打ち止めの写真が収められているのだが、それは二人だけの秘密。
 
「何か久しぶりに言うけど、不幸だぁ──!!」
 
 つまりは、今日も学園都市は平和だという事だ。
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