とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第4話(後編)
 
 行方不明になった打ち止めを探し、一方通行は街に出ていた。
 
 ……チッ、何処に行きやがった、あのクソガキ。
 
 ミサカシスターズを利用した新たな計画が持ち上がっているという情報も入ってきている。
 
 あの少女の事だ、ひょっとしたら普通に何処か近所で遊んでいるだけかもしれないが、万が一という可能性もある。
 
 というか一番怪しいのは部屋の中に居た木原なのだが、どれだけ尋問しても一向に要領を得ないので、仕方なくベランダに逆さ吊りにしたまま放置してきた。
 
 ……つーか、あの野郎、気でも違ったのか自分の事ミサカとか言ってたしな。あの格好からして関わり合いにゃなりたくねぇ。
 
 半ばウンザリしながら街を歩く一方通行だが、どうも今日は街の様子がおかしい。
 
 ハンバーガーショップのカウンターに居る受付のバイトが老婆だったり、半袖半ズボン姿のオッサンがキャミソールにミニスカートという格好のオッサンの手を引き仲良く走り去っていったり、杖を着いて歩いていても不思議じゃない老人が路地裏で幅を利かせていたりと、どうも普通ではない。
 
 ……一体、何がどうなってやがる?
 
 わけが分からず、イライラしつつ街を歩いていると視線の先に見知った顔を見つけた。
 
 そこでは、彼の天敵とでも言うべき相手が、車から身を乗り出し、一人の大男を見送っているではないか。
 
 一方通行は顔に邪笑を浮かべると、このイライラを収める為にも、彼に手伝って貰うことに決めゆっくりとした歩調で歩き出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 キャンプを張っていた河原から学園都市に戻り、そこで風斬(駒場)と別れる。
 
「すみません。今回、お役に立てなくて」
 
「いや、気にしなくていいって。今回は私用みたいなもんだし。
 
 むしろ悪いな……、キャンプ途中で終わる感じになっちまって」
 
 正直、眼前にいるのが駒場なので違和感ありまくりなのだが、そこはなんとか想像力でカバーする。
 
 とその時だ。大柄な駒場に隠れて見えなかったが、その背後に見知った人影を発見して上条は顔を顰めた。
 
 ……いや待て、あれは一方通行に見えるだけで、“御使堕し”で別人の筈!
 
 そう思考した瞬間、歪んだ笑みを浮かべた一方通行は上条に殴りかかってきた。
 
「うおっ!?」
 
 慌ててしゃがみ込み、その一撃を回避するも立て続けに蹴りが放たれる。
 
「チッ!?」
 
 舌打ちしながら背後に跳躍し、地面に手を着いて勢いを利用してバク転しながら姿勢を立て直す。
 
 睨み付ける上条の視線の先、一方通行は不敵な笑みで告げる。
 
「よう、丁度イライラしてた所だ。ストレス解消に付き合ってもらおうかぁ」
 
 上条の言い分を聞かず、一方通行が仕掛けてくる。
 
 振るわれる右手を躱わし、懐に入り込んだ上条の右拳が一方通行の顎を下から捕らえたと思った瞬間、一方通行の身体が突如上方に跳ね上がり、上条の一撃を回避した。
 
「ハッ! 何時までも同じパターンは通じねぇンだよ!!」
 
 急降下を仕掛けた一方通行が、アスファルトを砕きながら上条を強襲するが、上条も地面を蹴って回避。しかし、次の瞬間には砕けたアスファルトが上条に向けて襲いかかる。
 
 流れる大気の変化から飛来する瓦礫の軌道を予測し、上条が回避行動をとろうとするよりも早く、割って入った人影が手にした大太刀を振るって全ての飛礫を叩き落とした。
 
「申し訳ありませんが、今立て込んでいまして……。戯れならば、後日にしてもらえないでしょうか?」
 
 丁寧な口調で告げる神裂だが、一方通行の目は神裂を見ていない。
 
 彼が見つめているのは上条ただ一人だけだ。
 
「雑魚ァ、引っこンでろ」
 
 眼中に無いとばかりに足下を蹴り付けるとアスファルトが大きく捲り上がり、津波のような怒濤の勢いで上条を押し潰さんと襲いかかる。
 
 舌打ちする上条が回避行動をとるよりも早く、アスファルトの津波をぶち抜き一方通行が襲いかかってきた。
 
 アスファルトの津波から逃げようとすれば一方通行の襲撃を受けるだろうし、一方通行の攻撃を受け止めたならば、アスファルトに呑み込まれてしまうだろう。
 
 僅かな逡巡も許されない状況。
 
 上条は咄嗟に右手の封印を解き己の内に眠る竜王を顕現させる。
 
「おおおおおおぉぉぉぉッ!!!」
 
 不可視の竜がうねりながら無音の咆吼を挙げ、アスファルトを呑み込んで道を開けた。
 
 遮る物の無いクリアな視界の中、上条と一方通行の拳がぶつかり合い、衝撃で双方の皮膚が裂け血が飛沫く。
 
 闘争心を刺激され、犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべる二人の少年。
 
 そんな二人の少年の横合いから、彼らのコメカミにそれぞれ銃口が突き付けられ、拮抗状態を作り出した。
 
 それを為したのはお嬢様然とした一人の少女。
 
 名をインデックス。その内実は上条の母親、上条・詩菜だ。
 
 彼女は笑みを絶やさないまま、
 
「二人共、そろそろ止めておいたらどうかしら? ……当麻さんも、急いでいたんじゃないかしら?」
 
「チッ、何だ? このガキはよぉ」
 
 折角の死合いを邪魔されて、不機嫌そうに吐き出すが、そこには拳銃を突き付けられている恐怖感は微塵も無い。
 
「撃ちたけりゃ撃ってみろ。面白いもン見せてやンよ」
 
 彼に銃撃は効かない。放たれた銃弾は即座に反射され、詩菜(インデックス)の持つ拳銃の銃口に戻り暴発を起こし、彼女の手が砕け散るだけだ。
 
 一方通行の事は、とある筋から情報を入手している詩菜も知っている。
 
 だから彼女は一方通行から銃口を外し、それを自分の息子に突き付けた。
 
「あ、あの……、インデックス……じゃない、母さん? 一体何のつもりでせう?」
 
「あらあら、見て分からないかしら?」
 
 笑みを崩さずに視線を一方通行に向けたまま告げる。
 
「つまり……、人質ね。このまま喧嘩を続けるなら、当麻さんを殺します。
 
 そうなると、貴方もつまらないでしょう? この世界でただ一人、何の遠慮も無く喧嘩出来る人が居なくなるのは」
 
 詩菜(インデックス)の手に握られた2丁の拳銃は、的確に上条の頭と心臓にポイントされている。
 
 ニコニコした表情からは読み取りにくいが、上条はそれが本気で言っているという事が長年の付き合いから察する。
 
 ……死んだな、俺。と滂沱の涙を流す上条の横目で見て、一方通行は舌打ちし、
 
「ふン、興が逸れた」
 
 言い捨て、踵を返すとそのままそこから去ろうとする。
 
 が、それを上条が呼び止めた。
 
「おい、一方通行」
 
「あン?」
 
 名前を呼ばれ、不機嫌そうに振り返る。
 
 上条は真剣な眼差しを一方通行に向けたまま、
 
「お前、一方通行だな?」
 
「……ボケてンのか? てめぇ」
 
 アルビノの如き白磁の肌に白髪、そして紅眼と、これでもかという程に特徴的な容姿の彼を見間違う事など普通ならばありえないことだ。
 
 それでも上条は敢えて確認をとり、更には車に乗っている吹寄(闇咲)にも確認してもらう。
 
 その結果、誰が見ても一方通行である事が確認された。
 
 上条は小さく頷くと、
 
「お前が犯人か!?」
 
 有無を言わさずに殴りかかった。
 
 直後、響き渡る銃声。
 
 穿たれたのは上条の足下。それを為したのはインデックスだ。
 
「あらあら、落ち着かないと駄目よ? 当麻さん」
 
「お、落ち着きましたから、拳銃を頭に押し付けるのを止めてくださいママン」
 
 反省の言葉が聞けたので、拳銃──、科学最先端の街、学園都市に住む上条達からしてみれば旧式の拳銃、ベレッタM84を降ろし、
 
「確か彼は、寝ている間であろうとも反射の鎧で自分の身体を守っているんじゃなかったかしら?
 
 なら、“御使堕し”とかいう魔術も反射出来たのではなくて?」
 
 誰も正確な答えを出す事が出来ず、沈黙が支配する中、最初に口を開いたのは土御門だ。
 
「まぁ多分、禁書目録……、じゃない。カミやんの母ちゃんの言うとおりであってると思うぜい」
 
 能力者は魔術が使えない。無理に使おうとすれば、その代償に身体になんらかの傷を負うことになるからだ。
 
 現に“御使堕し”から己を守るために土御門が結界を展開したお陰で、彼の身体の内部は内出血でボロボロになっている程に。
 
 先程の上条との戦闘を見る限り、一方通行の動きに何ら違和感は感じなかった。
 
「え? 何? 無罪なのか?」
 
 心持ち残念そうな響きを滲ませつつ振り返る上条だが、そんな彼を無視するように一方通行が口を開く。
 
「おい、お前等ひょっとして、この街がおかしくなった原因に心当たりがあンのか?」
 
 正確には学園都市だけではなく世界中が、だ。
 
「あったら、どうするつもりかにゃー?」
 
 何の気負いもなく答える土御門に対し、一方通行は面白くなさそうに、
 
「あぁ? ぶっ殺すに決まってンだろうが」
 
 半日ほど街を歩き回って打ち止めを探してみて立てた仮説は、街中の人間の中身と外見が入れ替わっているというものだ。
 
 これでは打ち止めの捜索は一向に進まない。ならば、この妙な状況を修繕させた方が話が早いという結論に達した。
 
 それを聞いて、真っ先に了承したのは土御門ではなく、意外な事に上条だ。
 
「まあ、殺すってのは穏やかじゃないけど、手伝ってくれるってんなら、付いてきても良いぞ」
 
「はン。テメェに命令される筋合いはねぇなぁ」
 
 何と言われようと、相手が天使を味方に付けているかもしれない以上、戦力的に一方通行の加入はありがたい。
 
 ……“竜王の顎”は1日1回が限界だしなぁ。
 
 2度目ともなると、制御が効かずに暴走し、辺り一面を食らい尽くすまで止まらなくなってしまうし、3度目など考えたくもない。
 
 しかも使った直後は疲労が激しく、実は今にも座り込んでしまいほどに疲れ切っていた。
 
 ともあれ、風斬(駒場)と別れた上条達は一方通行を仲間に加え、一路上条家を目指す。
 
「……いや、思わず流されそうになってるけど、何で詩菜さん普通に拳銃とか持ってるの?」
 
 という吹寄の放った疑問に対し、詩菜は笑顔を崩さないまま、
 
「ふふふ……、いいこと? 吹寄さん。大人の女には、秘密の一つや二つくらいあるものよ」
 
 その発言を受け、上条家の嫁姑争いは流血沙汰になるであろう事は理解した。 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 正規のルートを使わずに学園都市から脱出した車は、高速で上条家を目指す。
 
 とはいえ、学園都市からでは高速道路を利用しても1時間以上は掛かる道程だ。
 
 その間に真面目な神裂は車内テレビでニュースを見つつ情報を入手している中、暇を持て余した連中はミーシャの餌付けに成功していた。
 
 元々は無口な彼女とのコミニケーションの為、姫神が差し出したポッキーが切欠だったのだが、まるで小動物のような可愛らしい仕草でお菓子を食べるミーシャに感銘を受けた吹寄が手持ちのサプリメントを手当たり次第与え始めた。
 
 その仕草に一喜一憂する姫神と吹寄だが、上条達の視線からはゴツイ男達がキャイキャイはしゃいでいるようにしか見えず、非常に暑苦しいことこの上ない。
 
「……おい、アイツ等殺してきていいか?」
 
 耐えきれなくなったのか? ボソリと呟く一方通行。対する上条はその心境は分かると頷きながらも、
 
「それに関しちゃ異論は無いけど我慢しろ。アイツ等も被害者なんだ」
 
 本人達には聞こえないように小声で呟く。
 
 そんなこんなで車は神奈川県に突入。
 
 遂に、上条家の目前にまで迫った。
 
「……とはいえ、家の周りは警察に包囲されています。家の者といえど、中には入れてもらえないのでは?」
 
 テレビからは火野のプロフィールが流れていたが、横から伸びたインデックスの手がテレビのスイッチを切ってしまう。
 
「あらあら、時間が無いんでしょう? なら、強行突破しましょう」
 
 言うが早いか、インデックスはアクセルを踏み込み車を急発進させる。
 
 バリケードの周りには、野次馬、マスコミ、警官などが多数陣取っていたが、インデックスは申し訳程度にクラクションを一度鳴らしただけで構うことなく突っ切った。
 
「う、うわぁ──!!」
 
「な、何事!?」
 
 怒声と悲鳴が響き渡り、取り落とされたカメラを踏み潰しながらも車は一心不乱に上条家を目指す。
 
 奇跡的に一人の死者を出す事もなく通り抜けた後は、警官隊の包囲を同様の方法で強引に突き破って玄関先に車を着ける。
 
 突然、降って沸いた騒動に、警官隊の者達は何事か? と慌てふためくが、次の瞬間、彼らの顔は歪に歪むことになった。
 
 颯爽と運転席から降り立ったインデックスは背部ドアを開け、そこから布地に包まれた1.5m以上はあろうかという長大な物を取り出す。
 
 何だろうと怪訝な表情をする上条達を尻目に布を取り去るインデックス。
 
 陽光の下、彼女の手に握られていた物は1丁の軽機関銃だ。
 
 インデックスは銃口を警官隊に向けると、デコッキグレバーを引いて初弾を装填。笑顔のまま躊躇い無く引き金を引いた。
 
 直後、吹き荒れる破壊の暴風が、警官隊の持つジェラルミン製の盾の形状を徐々に変えていく。
 
「な、何をやってるんですか!? そんな事をしたら揉み消し所の騒ぎじゃ──」
 
 神裂が抗議の叫びを挙げるよりも早くインデックスは玄関を指さし、
 
「あらあら、子供がそんな事考えなくてもいいのよ。面倒事は大人の仕事。子供は後先考えずに今を全力で頑張ってきなさい。
 
 駄目だった場合は、大人が何とかしてあげるから」
 
 詩菜の言葉を受け、僅かに躊躇い神裂は玄関に向かわずに屋根を飛び越えて裏口へと回る。
 
 しかし、上条達に続かず、更には神裂の後を追うのでもなく、そこに留まる人物も居た。
 
「はン。たかが殺人犯程度、大勢で囲むのは俺の趣味じゃねぇ。足止め手伝ってやンよ」
 
 ナイフしか持っていない殺人犯を相手にするよりも、銃を装備した警官隊の方が骨がある。
 
 唇を吊り上げた一方通行は足下のアスファルトを蹴った。
 
 それだけで、地面が捲り上がり銃弾を防ぐ壁と化した。……だが、彼の目的は壁を作る事ではない。そんな物を作らなくとも、彼の身体は無敵の鎧で守られているからだ。
 
 そそり立つアスファルトの壁に向け、一方通行はデコピンの要領で指を弾く。
 
 瞬間、どういうベクトルが作用したのかは不明だが、アスファルトの壁は砕け散り、まるで散弾銃から射出された弾丸のような勢いで警官隊に襲いかかった。
 
 一瞬で薙払われる警官隊。
 
 それを横目で眺めつつ、攻撃の手を休める事無く詩菜は告げる。
 
「あらあら、凄いわね。流石学園都市bP」
 
「はン。この程度で感心してンじゃねぇよ」
 
 まるで、この程度、出来て当たり前とでも言うように言い捨て、一方通行は浅く手を広げる。
 
「さぁ、俺が払ってる税金分は楽しませろよ公僕共」
 
「あらあら、税金払っていたの?」
 
「……消費税に決まってンだろうが。未成年だぞ」
 
 告げ、第二射を放った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻、屋根を飛び越え、裏口へ回った神裂は思考する。
 
 ……例え、彼女が正面を押さえ込めたとしても、裏からの侵入を許せば火野・神作の確保が難しくなりますし。
 
 自分の仕事はこちら側からの警官の侵入を阻む事。と決意し、降り立った裏口で、既にそこに陣取り警官隊と交戦している人物を目撃する。
 
 神裂の存在に気付いた男は、惚けた表情で彼女に会釈すると、
 
「おや? 君は当麻の知り合いかな?」
 
「……貴方は?」
 
 訝しげな表情で問い掛ける神裂に対し、男……、上条・刀夜は表情を崩すことなく、
 
「上条・刀夜。上条・当麻の父です。──よろしく」
 
 警官隊を体術でいなしながらも、平然と世間話でもするように告げる。
 
 ……高速道路を車でトバしてきた筈なのに、どうやって先回りを? と思うが、今はそれどころではない。
 
 神裂は小さく会釈し、必要最小限の挨拶をする。
 
「神裂・火織と申します」
 
 名乗り返すと、妙な顔をされた。
 
「……あぁ、失礼。外国の方と思っていたので」
 
 現在、神裂の外見はステイル・マグヌスとなっているので、刀夜の反応は当然なのだが、神裂としてはどうしても承伏しかねる思いがある。
 
「詳しい話は後で、貴方にはイギリス人の男に見えるかもしれませんが、私は歴とした日本人の女ですので」
 
 上条の父親であるのならば、あの母親同様、裏の事情にも精通しているだろうと思い、多少ネタバレ的な発言をしながら、自らもワイヤーを使った斬撃“七閃”で警官隊を牽制。
 
 強い眼差しを警官隊に向け、
 
「さて……、仕事を邪魔するようで申し訳ありませんが、こちらにも事情がありまして、ここを通すわけにはいきません」
 
「私としては、家に土足で入られるのは勘弁してもらいたいなぁ」
 
 言ってる事は暢気なものだが、その眼は通すつもりが微塵も無い事を物語っている。
 
 ……さて、警官隊の人達には怪我をさせたくありませんので、なるべく早くお願いします。
 
 チラリと背後に視線を向け、神裂は再度牽制の一撃を放った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 玄関から堂々と上条家に侵入した上条達は、思ったよりも早く火野の身柄を確保した。
 
 というか、発見した時には既に彼は虫の息となっていたのだ。
 
「……ものの見事にトラップに掛かりまくってんなぁ」
 
 火野の身体は、キャンプ場でのトラップに加え、上条家に仕掛けられていた侵入者用の罠により全身傷だらけとなっており、今は電流のトラップを喰らって指一本動かせないような状況だった。
 
「……というか、よく此処まで逃げてこれたにゃー」
 
 半ば呆れたように感心してみせる土御門。
 
 取り敢えず、放っておくと死にそうなので、武器を取り上げて拘束した後、災誤先生(姫神)の手によって止血が行われた。
 
 医療行為……、こと止血という面に関しては、姫神はエキスパートだ。しかも最近は、あのカエル顔の医者に色々と教えを受けて更にパワーアップしているとか。
 
 ともあれ、一通りの治療が終わった火野に、アンモニアを嗅がせて覚醒させる。
 
 上条達に取り囲まれ、奇声を挙げて狼狽える火野を見下ろしながら最初に声を発したのは上条だ。
 
「どうする? 一応、アメリカ軍式の拷問方法なら知ってるけど?」
 
「いやいや、拷問は俺らイギリス清教の十八番だぜい」
 
 何処か楽しそうに告げる土御門。
 
 そんな彼の背後では、ミーシャが腰のベルトから金槌とペンチを抜いて構えていた。
 
 だが、そんな彼らを一向に意に介した様子も無く、火野は奇声を発して藻掻きながら、
 
「ああ、エンゼルさま、エンゼルさま!!」
 
「……そういえば、キャンプ場でもそんな事言ってたな。
 
 エンゼルさまって何なんだ?」
 
「エンゼルさまはエンゼルさまだ! エンゼルさまは何時も私の心の中に居る!
 
 ああエンゼルさま、私が望めば何でも答えてくれるエンゼルさま、間違いない、エンゼルさまに従っていれば、私は間違いなく幸せになれる!!」
 
 ……関わり合いになりたくないタイプだな。と嘆息する上条。
 
 そんな彼の裾を引くのは災誤先生だ。
 
「ふと。思いついたのだけど」
 
「ん? 何だ? 姫神」
 
「ニュースで火野・神作は二重人格だと言っていたから。もしかすると。中身Aと中身Bが入れ替わっているとか?」
 
 魔術的な事なので、詳しい事は分からないが、もし姫神の仮設が正しかった場合、“御使堕し”の犯人に対する手掛かりを全て失ってしまう事になる。
 
「……土御門、さっきの姫神の仮設は有り得るのか?」
 
 問うてみるが、土御門は心此処にあらずという風体で全身に汗をかいていた。
 
「……どうした? 具合でも悪いのか?」
 
 確かに、この炎天下の元、窓もカーテンも閉めっぱなしという状況はキツイ。
 
 心配して問うてみるが、土御門は頬を伝う汗を拭い首を振り、
 
「いや、……多分、災誤先生じゃない、えーと……、姫神の仮設は正しいと思うぜい。
 
 ただ、犯人と儀式場の場所は分かった」
 
「は? 誰だよ、その犯人って? いや、それより何処に行ってその儀式場をブッ壊せばいいんだ?」
 
 やるべき事が判明し、若干落ち着きを取り戻した上条。
 
 対する土御門は小さく頷いて、真下を指さした。
 
「犯人は、上条夫妻のどちらか? ……いや、上条・詩菜は禁書目録と入れ替わっていたから犯人は、上条・刀夜か。
 
 ──そして儀式場はこの家だ」
 
 断言する土御門に対し、わけが分からないと小首を傾げる上条。
 
 そんな彼に説明するように土御門は慎重に口を開く。
 
「いいか? カミやん。この家のそこらじゅうに置かれている土産物の小物。
 
 こいつらが依代となって的確な位置と方位に配置される事により“御使堕し”が発動しているんだ」
 
 魔術の素人である上条にも分かるよう、出来るだけ噛み砕いて説明する。
 
「いや、ちょっと待ってくれ土御門。
 
 この小物は、何の変哲も無い土産物何だろ? そんな物が魔術の依代なんかになるのか?」
 
「触るなッ!?」 
 
 手近にあった小物を掴み取ろうとして、土御門が静止の声を張り上げる。
 
「いいかカミやん。こいつはただの儀式場じゃない。一つでも土産物を動かしたら、その時点で別の大魔術に切り替わるっつーとんでもない代物だ。
 
 風水的な陣で気脈の力を集め、そいつを魔術に変換してやがるからどれもこれもが世界規模の大災害魔術だ。“極大地震”“異界反転”“永久凍土”どれに切り替わったとしても、ただじゃ済まない。
 
 ……まったく、カミやんの幻想殺しも出鱈目だと思ったが、それ以上の化け物が居たわけだ」
 
 淀みなく告げる土御門。
 
 対する上条は生唾を呑み込み、
 
「ま、待て土御門。……父さんは魔術師じゃない。そりゃ確かに、父さんは趣味で忍術やってるような変わり者だけども!?」
 
「その時点で、充分普通じゃないけどにゃー」
 
 土御門は若干呆れながら告げるが、すぐに気を取り直し、
 
「まぁ、無自覚だからこそ恐ろしいんだ。こんな才能がある事を余所の魔術結社に知られたら、利用される事になるか? 消されるか? のどちらかだろうにゃー」
 
 ……とはいえ、生半可な戦力じゃ、上条夫妻を捕まえることなんて出来やしないがにゃー。
 
 夫妻の過去の経歴を知っている土御門はウンザリ気に溜息を吐き出し、
 
「ともあれ、“御使堕し”を止める手段は二つ。
 
 一つは術者である上条・刀夜に術を解いてもらう事。……とはいえ、術者が無自覚なんで、これは不可能だ。……なら、取れる方法は術者の殺害しかない。
 
 そしてもう一つは、儀式場であるこの家を完全に破壊すること」
 
 上条の幻想殺しで土産物を一つ一つ破壊していたのでは、術式の切り替えに、到底間に合わない。
 
 だが、土御門の答えを聞いた上条は絶望するでも無く、逆に口元に笑みを浮かべる。
 
「何だ、簡単な事じゃねぇか」
 
 ポケットから取り出すのは飛び出しナイフ。
 
 上条は跪くとナイフを構え、
 
「教えてやる。──これが物(幻想)を殺すってことだ」
 
 逆手に持ったナイフを畳みに突き刺した。
 
 ……しかし、何も起こらない。
 
「……何をしたいのよ? 貴様」
 
 皆を代表して吹寄が問い掛けるが、上条は答えない。皆が不審がっていると、突き刺さったナイフを基点にして力業で畳みを持ち上げて、その下の床板を剥がしはじめた。
 
「あった!」
 
 上条の声に、皆が床下を覗き込むと、そこには何やら用途不明の機械が据えてあった。
 
 上条はその機械を床下から取り出すと、電源を入れて備え付けのテンキーを使って暗証番号を入力。
 
「ねえ? それは何?」
 
 問い掛けてくる姫神の声に振り向くことなく淡々と作業を続けながら、
 
「自爆装置」
 
 タイマーを5分後にセット。これで家の各所に設置されているTNT火薬10s分が連動して爆発する。
 
 それだけあれば、家一件分など跡形もなく吹っ飛ぶはずだ。
 
「よし! 逃げるぞ! 土御門は足の方持て!」
 
 土御門に命令して火野の身体を持ち上げ、玄関から脱出。
 
 そこで警官隊と銃撃戦……というか、一方的な銃撃を繰り広げていた詩菜の横に並び、勢いをつけて警官隊に向け火野の身体を投擲。 
 
「撤収だ! 自爆装置をセットしてきた」
 
「あらあら大変」
 
 おっとりとした態度ながらも詩菜(インデックス)が車のトランクからスタングレネードを取り出して銃撃が止んだ隙に火野を確保しようとしている警官隊に向けて投擲。
 
 次の瞬間、眩い閃光と爆音が周囲を支配した。
 
 上条との付き合いでスタングレネード慣れしている災誤先生(姫神)達は咄嗟に眼を瞑り口を半開きにして耳を閉じて事なきを得ている。
 
「さあ、早く乗って」
 
「待て、神裂は何処に行った!?」
 
 神裂の姿が見えない事を訴える上条に対し、詩菜は家を指さし、
 
「神崎さんなら、裏口の足止めに回ってくれたわよ」
 
 その返事を受け、土御門は携帯電話を取り出し、神裂の番号をプッシュ。3コールの後、相手が出た。
 
『何ですか土御門!? こちららは今取り込み中なんですが』
 
「脱出だねーちん! この家は後、三分もしない内に爆発する!」
 
 告げた後、返事もないまま3秒が経過。
 
 上条達の乗る車の前に、刀夜を抱えた神裂が降り立った。
 
 口を開く時間も惜しい。神裂達が乗り込んだ直後、インデックスはアクセルを踏み込んだ。
 
 警官隊の包囲を振り切り、暫く走ると背後で爆発音が聞こえ、インデックス達の姿が本来の者達へと変わっていく。
 
 それを確認した上条は安堵の吐息を吐き出すが、後ろから聞こえてきた吹寄の悲鳴じみた声に慌てて振り向いた。
 
「み、ミーシャさん!?」
 
 そこで上条が見たものは、身体を透けさせたミーシャ・クロイツェフの姿。
 
「お、おい!? どうなってんだ!」
 
「……やっぱりな」
 
 したり顔で頷くのは土御門だ。彼は消えていくミーシャを視界に収めつつ、
 
「カミやん。忘れたのか? “御使堕し”の目的が何なのか?」
 
 身体と人格の入れ替わりは副次的なものであり、その術名の通り本命は天使を下界に降ろす事にある。
 
「……つまり、ミーシャ・クロイツェフこそが、地上に降りた天使だって事だぜい。
 
 ローマ成教に問い合わせてみたが、ミーシャ・クロイツェフという人物は居なかった」
 
 そもそも、ミーシャという名前は男性につけるものだ。
 
 あからさまな偽名を怪しく思った土御門が密かに問い合わせてみたら、案の定そのような人物はロシア成教には居なかった。
 
 ゆっくりと消えていくミーシャ。それを眺めながら土御門は告げる。
 
「別にショックを受ける必要は無いぜい、カミやん。ミーシャと入れ替わっていた天使は天界に帰り、器となっていた女の子は元居た場所に帰るだけ。
 
 別に死んだわけでもなんでもない。縁があったらまた会えるだろうぜい」
 
 ……もっとも、その時に彼女に上条達との記憶は無いだろうが。
 
 何ともいえない雰囲気の中、車は警察の追跡を振り切り、クラゲの異常繁殖の為、人影の無い海岸へと辿り着いていた。
 
 今後の上条夫妻の生活や逃走など、色々と言いたい事はあるが、ケジメだけは着けておかなければならない。
 
 父親に一通り事情の説明を終えた上条と刀夜が対峙する。
 
「……今回の一件、父さんは自覚してないと思うが、原因は間違い無く父さんにある」
 
「あぁ、どうやら話を聞く限り、皆にも迷惑を掛けたようだな。これからは妙な土産物を買って帰るのは控える事にするよ」
 
 これで同じ過ちは繰り返されない。……だが、今回の一件についての責任は取らなければならない。
 
 上条が半身に構え、軽くステップを踏む。
 
「征くぞ、父さん」
 
 襲いかかる上条に対して刀夜は自然体のままで受けて立つ。
 
「ま、待ちなさい!? 何故戦う必要があるのです!? “御使堕し”は解決しました! 無意味に争ってどうしようというのです!!」
 
 二人の争いと止めようと神裂が割り込もうとするが、それは土御門によって遮られた。
 
「まーまー、邪魔するのは野暮ってもんだぜいねーちん」
 
「離しなさい土御門。無意味な争いに野暮も何も無いでしょう!?」
 
 猛然と抗議する神裂に対し、土御門はいつも通りの飄々とした態度で、
 
「そうでもないにゃー。
 
 例え、俺等が適当に誤魔化して上に報告したとしても、何処かに他組織の眼があるかもしれない以上、落とし前は着けておかなきゃならねーからにゃー。
 
 カミやんは自分の手でそれをしようとしてるんだろう?」
 
 ……もっとも、本当の所は“御使堕し”で地獄を見せられた腹いせという感情の方が大きいだろうけどにゃー。
 
 建前はどうあれ、内心でほくそ笑みながら、土御門は上条父子の喧嘩に視線を戻す。
 
 ──と、既に戦闘は終わっており、上条が尻を天に向けて撃沈していた。
 
「早ッ!?」
 
「何の描写も無く瞬殺ですか!? そうなってくると、彼と死闘を演じた私の立場も相対的に噛ませ犬っぽくなってしまうのですが!?」
 
「立て! 立つんだカミやん!!」
 
 土御門の声援に後押しされ、上条は歯を食いしばり、拳を砂浜に突き立てて懸命に立ち上がろうとする。
 
「ぐぐ……、ぶぎゅ!?」
 
 すると、背後から伸びた足が上条の頭を砂浜に押し潰した。
 
「よぅ。……あんた、コイツより強ぇのか?」
 
 上条の頭を足蹴にし、刀夜に問い掛けたのは一方通行だ。
 
 彼の挑戦的な笑みを受け、刀夜は驕るでもなく平然とした表情で、
 
「見ての通りだ。今の所、私の方が当麻より強い」
 
 その答えを受けて一方通行の顔が歓喜に彩られる。
 
「そうかい。──なら、ちょっと付き合ってくれや!!」
 
 叫びと共にいきなり襲いかかった。
 
 爆発的な勢いで砂が柱のようにそそり立ち、一方通行が砲弾のように刀夜に迫る。
 
 ……あの野郎よりも強い、このオッサンに一撃でも入れる事が出来ればッ!?
 
 ただ一人、小さな少女を守る為だけに、更なる強さを求める一方通行。
 
 これまで、上条との喧嘩で、自分に足りないものを薄々感じてはいた。
 
 それは決定的なまでの接近戦の弱さ。
 
 反射の鎧を纏っている以上、攻撃を受ける可能性は無いが、相手が上条級に白兵戦の技能を持つ敵であった場合、己の攻撃が当たらない。──これでは敵を倒す事が出来ない。
 
 そこで一方通行は接近戦での強さを求め、その訓練相手として刀夜に白羽の矢を立てた。
 
 回避しきれぬ程の速度による吶喊。
 
 衝撃を全て相手に叩き込むつもりで突撃するが、刀夜には、難なく回避されてしまう。
 
 砂塵を巻き上げながら停止する一方通行は慌てて刀夜の位置を確認しようとして腹に強い衝撃を受け、身体をくの字に曲げた。
 
「ぐぁ……ッ!?」
 
 跪く一方通行を見て、学園都市の生徒達が驚愕に眼を見開く。
 
「ど、どういう事!? “幻想殺し”って、上条だけの能力じゃなかったの?」
 
「……遺伝?」
 
「い、いや……、そんな話は聞いた事が無いんだけどにゃー」
 
 彼らの疑問には、刀夜自身が答えてくれた。
 
「さて……、答え合わせだが、簡単な事だ。私の拳は君に触れていない。要は寸止めだった」
 
 一方通行の情報は、ある筋を通して得ている。刀夜はその情報を元にして彼への対策を練っていた。
 
「君の身体を守っているのは反射だ。ならば遠ざかっていく拳に対しては反射を利用されればどうなるか?」
 
 その答えが、地面に跪く一方通行だ。
 
 とはいえ、そんな簡単に出来るような事でもない。一歩間違えば反射は自分に襲いかかってくるのだ。それを完璧にこなせるのは刀夜の技量の高さ故だろう。
 
「クソがぁ──ッ!!」
 
 叫び、殴りかかるが、カウンターで顔面に拳を叩き込まれる。
 
「何時までも能力に頼っていては、先に進む事は出来ないぞ一方通行君」
 
 三度の特攻。……しかし、結果は同じだ。
 
「がぁはッ!?」
 
 砂浜に横たわる一方通行。懸命に立ち上がろうとする彼に向け、刀夜が言葉を放つ。
 
「強さを求めるのならば、鎧を脱ぎ捨てるといい。
 
 鎧に守られていたのでは分からない事。……人の呼吸、大地の感触、大気の流れや戦いの動きなども自ずと見えてくるようになるとも」
 
 刀夜の真摯な言葉に、一方通行は中指を立てる事で答え、何とか立ち上がろうとするも、ダメージが膝にきて倒れそうになる。
 
 が、それを支える人影があった。
 
「立てよ。一発くらい入れねぇと、お前も収まりがつかないだろ」
 
 先程まで砂浜に沈んでいた上条だ。
 
「ハッ、瞬殺された野郎が今更何の用だ?」
 
 嘲りを含んだ一方通行の言葉に対し、上条は彼ではなく刀夜に視線を向けたまま、
 
「力貸してやる。──2対1が卑怯だとか何とか言って勝てるような相手じゃねぇからな」
 
「はン。三下の考えだな」
 
 一方通行も上条に視線を合わせないまま、刀夜を睨み告げる。
 
「……だが、あのオッサンに一発喰らわせるのだけは賛同してやる」
 
 互いの右と左の拳を一瞬だけ合わせ、同時に刀夜に向けて走り出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 結果からいうと、二人掛かりでさえ一撃も刀夜に届かせる事が出来なかった。
 
 学園都市まで車で送ってもらった上条達は、そこで刀夜達と別れて学生寮を目指す。
 
 日も暮れ、終電さえ走っていない学園都市。
 
 現在、自力で歩けない程に疲弊した上条は姫神と吹寄二人の肩を借りている状態だ。
 
 ちなみに一方通行は、学園都市に着くと同時、「テメェらと馴れ合うつもりはねぇ」と捨て台詞を残して去って行った。
 
 そんな上条達の半歩後ろを、申し訳なさそうな表情をした神裂が付いて歩いている。
 
「ん〜? 元気が無いみたいだけど、ねーちんはどうしたのかにゃー?」
 
 気楽な声色で土御門が問うてみる。
 
 すると神裂は暫く悩んだ挙げ句、早足で上条達を追い抜き、そして踵を返すと深々と頭を下げ、
 
「今回は、ご迷惑をお掛けして、……本当に申し訳ありませんでした!」
 
 突然の謝罪に目を白黒させる上条達。
 
「ちょ、ちょっと待ってくれ神裂、ハッキリ言って意味が分かんねぇんだけど」
 
 神裂は頭を下げたまま、
 
「いえ、今回は私達の問題に巻き込んだ挙げ句、貴方の実家を消失させ、更にご両親には全国指名手配などという業を背負わせてしまいました。
 
 頭を下げた程度でどうなるとも思えませんが──」
 
「と、取り敢えず、頭上げてくれ。頼むから」
 
 神裂の謝罪を遮り、むしろ懇願するように頭を上げてもらう。
 
「えーとな、神裂。ウチの両親の事なら、別に気にしてもらわなくてもいいぞ。
 
 警察程度でどうこう出来るとは思えないし、妙なコネとかもあるから警察の捜査を有耶無耶にする程度の事は出来ると思う」
 
 ……出張先から帰国する際に、エアフォース1に大統領と一緒に乗って帰国したとかいう眉唾物の話も聞いた事があるし。
 
「……貴方の両親は一体何者ですか?」
 
 半ば呆れたように神裂が尋ねる。
 
 その質問に答えたのは上条ではなく、土御門だった。
 
「かつて最強の傭兵夫婦と恐れられた“静かなる狼”と“笑う雌豹”といえば、裏の世界ではかなり有名だぜい」
 
「……じゃあ、俺の右手はジャバウォックか?」
 
 嘘か本当か判断しかねる事を口走る土御門に突っ込む上条。
 
 やがて、学生寮の前にまで来たところで、二つの人影が彼らの帰りを待ち受けていた。
 
「お帰りなさい」
 
 一人は風斬・氷華。
 
 そして、もう一人は、
 
「……また、面倒事に巻き込まれていたのですか? とミサカは何の連絡も受けていなかった事にちょっと拗ねながら問うてみます」
 
 言葉通り、ちょっと拗ねながら告げるミサカ妹の扱いに困りながら、
 
「ハハハ……。まぁ、取り敢えず解決してきた」
 
「……怪我の方は大丈夫ですか? 見た所ひどく疲れているみたいですけど……」
 
 不安そうに尋ねる風斬。
 
「疲れてるのと、全身が痛いだけで、骨とか内臓にはダメージ無いようにしてくれたみたいだから大丈夫だ。
 
 ……それで、ミサカはどうしたんだ?」
 
 問われたミサカは、小さく頷いて気持ちを切り替えると、
 
「そうでした。……貴方達は一方通行を見ませんでしたか? とミサカは尋ねてみます」
 
「ん? 一方通行ならさっきまで一緒だったけど、どうした?」
 
 えぇ、と頷き、ミサカは露骨に眉を顰めた嫌そうな表情で、
 
「……実はあのロリコンが本性を現し、ミサカ20001号に対し、野外緊縛放置プレイに及んだのです。とミサカは軽蔑しながら言ってみます」
 
「…………」
 
 その言葉に、流石の上条達も沈黙せざるをえない。
 
 ……サドッ気が有るとは思っていたけど、よもや、そこまでの変態だったとは。
 
 どれくらい沈黙が続いたのだろうか? 遂に耐えかねた吹寄が、場を取り繕うように、
 
「そ、そうだわ! こうなったら、いっそのこと責任取ってもらうのはどうかしら!? そういう事なら、私達も全面的に協力するし!!」
 
「あ、ああ……。それは良い案だな!」
 
「是非ともそうするべき。ついでに私の裸を見た責任も取って欲しいのだけど」
 
 後半は聞こえなかった事にして、結束を固める意味合いも兼ねて、お前も飯食ってけー! と強引にミサカと神裂も食事に誘い、その日は女5:男1という状況でお泊まりとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──同時刻。
 
 痛む身体を引きずって、ようやく辿り着いた学生寮で一方通行を待ち受けていたのは、無茶苦茶不機嫌な打ち止めだった。
 
「あン? 何でそんなに拗ねてンだよ」
 
 途中のコンビニで買ってきた弁当を電子レンジに放り込む。
 
「う──」
 
「……何唸ってやがる。……ほれ、唐揚げとハンバーグどっちにするンだよ」
 
 暖め終わった弁当を差し出し、先に選ばせてやると、すかさずハンバーグを手に取ってビニールを破りいただきますと呟いて食べ始めた。
 
 会話も無いままで弁当を食べ終わり、一方通行が冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し飲む段階になっても打ち止めの機嫌は直らない。
 
「いい加減機嫌直せっつってんだろうが。
 
 ──つーか、そもそも何が原因で機嫌が悪ぃンだよ?」 
 
 その質問に対して打ち止めは無言のまま立ち上がるとリビングのガラステーブルの上に置いてあったロープを持って戻ってきた。
 
「あン? 何だ、このロープは?」
 
 言った瞬間に思い出した。
 
 ……こりゃ、朝っぱらに木原縛って吊したロープだよな?
 
 今回の事件は、人の人格と外見が入れ替わるというものだったらしい。
 
 ……ンじゃ、朝、俺が縛り上げた木原の中身は?
 
 打ち止めだったのだろう。
 
 ……もしかして、入れ替わってた間中の記憶とかもあンのか?
 
 というか、吹寄達の言動からしてあるのだろう。……当然、それは打ち止めにも適用される。
 
「あー……、クソ、面倒臭ぇ」
 
 どうやら、今回は全面的に自分が悪いと自覚したのか? 一方通行は罰が悪そうに頭を掻きながら、
 
「1回だけ言うこと聞いてやるから、それで機嫌直せ」
 
 照れているのか? 視線を合わせないようにそっぽを向きながらぶっきらぼうに告げる。
 
 すると、打ち止めは半眼で一方通行を覗き見ながら、
 
「……本当に、何でも言うこと聞いてくれる? ってミサカはミサカは疑心暗鬼っぽく確認してみたり」
 
「……出来る事ならな」
 
 本人の確認を得た打ち止めは満面の笑みを浮かべ、
 
「じゃあ、ミサカはミサカは遊園地に行ってみたい! って言ってみる!!」
 
「却下だ」
 
 0.5秒で却下された。
 
「嘘吐き!? ってミサカは駄々を捏ねてみたり!!」
 
 床に寝そべり、子供のように……、というか実際まだ子供だが、手足をバタバタさせて抗議する打ち止め。
 
 10分を過ぎても一向に止まりそうにない駄々に対し、いい加減ウンザリしてきた一方通行が、音を反射して寝るかと思った所で、打ち止めが何かを言い始めた。
 
「……こうなったら、ミサカネットワークを使って、有ること無いこと言いふらしてみる」
 
「待てコラ、……一体何を捏造するつもりだ?」
 
「別に、ただ、一方通行はミサカを荒縄で縛り上げて野外に放置して楽しむような変態プレイが好きだって言ってみるだけかも!」
 
 実際にはもう言いふらした後だ。
 
 だが、そんな事は微塵も知らない一方通行は引きつった表情で、
 
「……遊園地に連れて行ってやったら、大人しくしてるんだな?」
 
 悪党になるのはよくても、変態というのは流石に勘弁してもらいたい。
 
 というわけで最大の譲歩をした一方通行。
 
 対する打ち止めは警戒した眼差しで、一方通行に確認をとる。
 
「……ちゃんと乗り物一緒に乗ってくれる?」
 
「……あぁ」
 
 本当は御免被りたい所だが、渋々了承する。
 
「……風船とか、ぬいぐるみとか、お菓子とかも買ってくれる?」
 
「……あぁ」
 
 もはや、自分に選択権は無いと諦めの極致に達した一方通行は仕方なく頷く。
 
「やった! やった! って、ミサカはミサカは生まれて初めての遊園地に期待してみたり!!」
 
 飛び跳ねて、全身で喜びを表現してみせる打ち止め。
 
 対する一方通行は半ば自棄になったように、
 
「分かったから寝ろ! 言っとくが、行くのは俺の怪我が治ってからだからな!」
 
「はーい。って、ミサカはミサカは元気良く返事してみたり!!」
 
 寝室に飛び込んで行く打ち止めを見送り、一方通行は深々と溜息を吐き出し、
 
「何だこのありえねぇ不幸は? あの野郎の不幸癖でも移ったのか?」
 
 愚痴る彼の表情には、紛れもない幸福そうな笑みがあった。
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