とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第4話(前編)
 
 現在、学園都市は夏休み真っ只中。
 
 だが、幾ら学生だからといっても遊んでばかりもいられない。
 
 何故ならば、ちゃんと夏休みには宿題というものがあるからだ。
 
 ソリューションの経理担当、吹寄・制理は出された課題は提出日の前日までには済ませ、授業前の休み時間にはちゃんと次の授業の用意を済ませておく。──そんな几帳面な性格の少女だ。
 
 ちなみに、他の構成員である姫神・秋沙と風斬・氷華も吹寄ほど几帳面ではないものの至って真面目な生徒であり、夏休みの最終日になって慌てて宿題を片づけようとはせず、余裕を持って対処するタイプの人間である。
 
 そんな真面目な生徒が3人も揃っているのだ。誰からともなく勉強合宿をしようと言い出し、結果上条宅が合宿場所となった。
 
「……うっだ──」
 
 気合いの籠もらない声を挙げるのはこの部屋の家主である少年、上条・当麻だ。
 
 Tシャツにハーフパンツという至ってラフな格好の少年は、気怠げな表情で鉛筆を転がし、鉛筆が止まった所で予め鉛筆に書いておいた数字をプリントに書き込む。
 
「……Bと」
 
 直後、吹寄に頭を殴られた。
 
 吹寄は勉強の邪魔にならないように、とゴム紐で髪を纏め、更にヘアバンドまで着用しておでこを全開にした髪型に、キャミソールにキュロットスカートという機能重視の格好で、
 
「少しは考えて回答しなさい、貴様」
 
 言って溜息を吐き出した吹寄はさり気なく上条の隣に腰を下ろし、
 
「ほら、何処が分からないの? 教えてあげるから言ってごらんなさい」
 
 優しく諭すように上条を導いていく。
 
 飴と鞭を使い分けて上条を指導しながら幾つか問題を解いた所で、大きなボールを持った姫神とお盆に人数分の器と薬味を乗せた風斬がキッチンからやって来た。
 
「お昼」
 
「今日も素麺です。……申し訳ありませんけど」
 
「風斬さんが謝ることないわ。……悪いのは全部上条だから」
 
 名指しで指摘された上条はバツが悪そうに視線を逸らし、
 
「だって……、だって安かったから、ちょっと多めに買い込んでみたら、サービスで福引きの券貰ってさ。
 
 それで引いたら、何か素麺一箱とか当たるし……」
 
「オマケに。まるでタイミングを見計らうように。彼の実家から段ボール箱いっぱいの素麺が送られてきた」
 
 キッチンの方に視線を向ければ、未だ未開封の素麺が段ボールで2箱残っている。
 
「……来年まで素麺づくしね」
 
「…………」
 
 それは流石に御免被りたい。
 
「取り敢えず。口休めにこんな物も用意した」
 
 片づけられたテーブルに持ってきたボールを置いた姫神は、キッチンに踵を返すと大きめのグラスに入れた素麺を持ってきた。
 
「素麺ポッキー。ガーリック味」 
 
 茹でる前の素麺を油で炒め、ガーリックパウダーで味付けしたものだ。
 
 試しに一本摘んでみる。
 
 歯ごたえは良いし、姫神の腕が良いのか? 味付けもそんなに濃過ぎない。
 
 ……が、
 
「……何か物足りないな」
 
「まぁ。素麺だし。物足りない分は量で補って」
 
 ……その方が減りも早いしな。
 
 などと思いつつ全員がテーブルに着いたのを見計らい食事を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 合宿と銘打っている以上、当然寝泊まりも上条宅になる。
 
 順番に入浴も済ませ、色々とはしゃぎながらも時間は過ぎていき時刻は深夜。
 
 上条宅のベランダに二つの人影があった。
 
 黒装束に各種機能を備えた軍用ゴーグルを装備した人影だ。一目でカタギではない事が分かる。
 
 気配と物音を完全に消した二人は、窓に小さな穴を開けると、そこから鍵を開けて部屋に侵入。……した時点で寝入っていた筈の少女達が跳ね起きた。
 
 跳ね上げた布団を目眩ましに、それをブチ抜き風斬の手が大柄な方の人影へと伸びる。
 
 だが、大柄な人影は風斬の怪力をモノともせずに、彼女の身体を軽々と投げ飛ばす。
 
 戦闘状態における彼女の身体は地面が陥没する程の重量があるというのに、だ。
 
 風斬の投げ飛ばされた先にあったベットが、使用不可能な程に拉げる。
 
 だが、技後の一瞬の隙を付いて、大柄な方の人影に姫神が、女性的なラインの人影に吹寄が襲いかかった。
 
 女性的な人影は突き出される吹寄の拳を難なく払い除けて体勢を入れ替えると吹寄の背中に刃物を付きつける。
 
 大柄な人影も同様に、掴みにくる姫神の手を捌き、逆に絡め取ると関節を極めて彼女の動きを封じた。
 
 人質を取られる形になった風斬は、反撃のチャンスを奪われどうしたものか? と、途方に暮れ、思わず視線をバスルームへと向けてしまう。
 
 その行動で、この部屋の家主の居場所を察した侵入者達は一瞬の目配せの後で頷き、
 
「いい加減に出てきたらどうだ? 当麻」
 
 ここにきて初めて大柄な人影の方から声が発せられた。
 
 その声に従うようにバスルームの扉が開き、中から一人の少年が姿を現す。
 
 少年……、上条・当麻は部屋の惨状を見渡し、大きく溜息を吐き出すと、
 
「……不幸だ」
 
「あらあら。当麻さんたっら、久しぶりにあったというのに、第一声がそれ? 母さん泣いちゃいそう」
 
 そう告げるのは、吹寄を拘束している女性だ。
 
 すると姫神を拘束していた男性は慌てた様子で、
 
「こ、こら、当麻! 母さんに向かってなんて事を言うんだ!?」
 
「……いや、俺は母さんだけじゃなくて、アンタ等夫婦に言ったんだけどな?」
 
 言って、再度溜息を吐き出し、呆然と、というか呆れた表情でこちらを凝視している少女達に向けて、上条は頭を掻きながら、
 
「えーと、それが俺の両親なんだけど……。母さんさんはともかく、父さんは手を放せ。
 
 ……セクハラで訴えられるぞ? それよりも先に母さんに殺されるかも知れないけど」
 
 上条に言われ、現在の己の体勢が年頃の女の子と密着している体勢であることを思い出した上条の父、上条・刀夜。
 
 姫神の身体を手放し、恐る恐る横に居る筈の妻の顔を恐る恐る覗き見る。
 
「か、母さん?」
 
「あらあら。ドサクサ紛れに息子のガールフレンドに密着するなんて、ホントに仕方の無い人ねぇ」
 
 既に吹寄の身体を手放していた母親、上条・詩菜の方からまるで拳銃をスライドさせるような音が聞こえてきた。
 
「い、いや。待つんだ母さん。こ、これはどう見ても不可抗力ってヤツで……」
 
 暗闇の為、ハッキリとは見えないが、どうも刀夜は土下座しているような雰囲気が漂ってくる。
 
 そんな夫婦の様子を眺め(?)ながら、吹寄が誰にとはなく零す。
 
「……なるほど。貴様の体質は父親譲りというわけね?」
 
「か、上条さん、あんなに情けなくないですよ!?」
 
「そっくり」
 
「え、えっと……」
 
 最後のは、答えに詰まり視線を逸らす風斬だ。
 
 ともあれ、いきなりの上条夫妻襲撃の理由を問い質すため、一度布団を片づけてテーブルを据え全員が着席する。
 
 明かりの下見る上条の両親の容姿は、刀夜は精悍で理知的な顔つきに無精ひげを生やした30台半ばの男性で、詩菜は年齢は刀夜と同じく30台後半の筈なのにどう見ても20台後半にしか見えない。
 
 身に纏う雰囲気はまるでお嬢様のようにお淑やかな感じがするのだが、時折放たれる殺気はお嬢様所の話ではない。
 
 二人が並ぶと、夫婦というよりはまるでお嬢様とお付きの運転手にしか見えないのだが、それは黙っていた方が良いだろう。
 
 刀夜はまず手始めに、土産と称してポケットからフンころがしのミイラが入った小瓶を取り出して上条に渡そうとするも、
 
「心底、要らねぇから、持って帰れ」
 
 一片の曇りもない満面の笑みで言われて、少し寂しそうな表情でそれをポケットに戻した。
 
 実は刀夜、有名な外資系企業の営業で、月に3度は海外に出張し、その度にこのような御当地開運系グッズを土産として買ってくる趣味があり、彼の実家もそれはそれは凄い事になっている。
 
 咳払い一つで気を取り直した刀夜は改めて上条に向き直ると、
 
「さて、私達が今日ここを訪れた目的だが……」
 
 顔のそこかしこにひっかき傷を作った刀夜が姫神が淹れてくれたお茶を一口啜り、
 
「上条家恒例のキャンプに行こうと思ってな。そしたら、なんと当麻が女の子達を囲っているようなので、これは一体どういう事かな? と思って不意打ってみたわけだ」
 
 悪意も無くハハハと軽い笑い声を挙げる刀夜に対し、上条は食ってかかるように身を乗り出し、
 
「そんな事で、不意打つな!? 窓とかベットとか見てみろ!? 悲惨な事になってるじゃねぇか! このクソ親父!!」
 
 言った瞬間、何時の間に移動したのか? 上条の背後に回っていた刀夜が、息子の腕を取り関節を極めたまま、
 
「……母さん。私達は何処で息子の育て方を間違ってしまったんだろうな?
 
 あんなに可愛らしかった当麻が、こんなに捻くれてしまって」
 
「い、痛て、いでででででで!? お、折れる!? 折れるから! それ以上されると折れますからお父様!?」
 
 一通り上条を痛めつけて満足したのか? 元居た席に戻った刀夜はテーブルに突っ伏す上条を無視して己の対面に座る少女達に向け、
 
「そういうわけでお嬢さん方も一緒にどうかな? 2泊3日程を予定しているんだが」
 
 刀夜の提案に少女達は顔を見渡し、互いに頷くと、
 
「喜んでお供させて貰います」
 
 輝かしい笑顔で同意した。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 日が明けて、上条達がやって来たのは学園都市の外ではなく学園都市内の未だ開発されていない山間部。
 
「……科学最先端の学園都市にも、こんな所がまだあったんですね」
 
「うん。この辺まではまだ開発も進んできてないようでね」
 
 これは素直に風斬にとっては嬉しい。
 
 AIM拡散力場の集合体のようなものである彼女は、学園都市から離れる事が出来ないからだ。
 
 辛うじて学園都市内であるここならば、自身の身体を保つ事が出来る。
 
 刀夜達は背負っていた荷物を河原に降ろすと、
 
「じゃあ、早速テントを張るか」
 
 荷物からテントを取り出す上条親子は手慣れた仕草で大きめのテントをものの10分程で設置し、更には男用の小型テントを5分も掛からず設置してしまった。
 
「……そういえば、臨海学校とかでもそんな事が異常に得意だったわね、貴様」
 
「まぁ、小さな頃から親父に仕込まれてたからな」
 
 誇るでもなく、至って普通に告げる上条。
 
 テントを張り終わったのなら今度は食料の調達だ。
 
「んじゃ、ちょっと獲物狩ってくる」
 
「……狩る?」
 
「あぁ、そうだけど? あ、暇なら釣り竿とかあるから魚でも釣っててくれると嬉しいかも」
 
 そう言い残し、上条は刀夜と共に山の中へ姿を消した。
 
 それを呆然と見送った吹寄達は、カマドの用意をする詩菜向け、
 
「あ、あの……、詩菜さん。上条達獲物を狩ってくるとか言ってましたけど、もしかして獲れなかったら食事は……」
 
「あらあら、虫とかも慣れると結構美味しいわよ」
 
 その言葉を聞いて即座に悟る。
 
 これはキャンプなどではなく、サバイバルなのだと。
 
 三人娘は互いに視線を合わせて力強く頷くと、立て掛けられた釣り竿を掴み取り、
 
「誰か釣りの経験のある人は?」
 
 小さく挙手したのは姫神だ。
 
「子供の頃。少しだけ」
 
 例えそれでも頼もしいと思い、吹寄は姫神にアドバイスを求める。
 
 対する姫神は小さく頷き、
 
「ミミズは友達。怖くない」
 
 その言葉の意味を理解した瞬間、吹寄と風斬は揃って悲鳴を挙げた。
 
 ……結局。釣り針に餌をつけるという行為すら出来なかった二人は、姫神に手伝ってもらい餌をつけてもらう事になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……結局、2時間掛けて姫神が2匹釣っただけで、それ以上の釣果はなく、こんな事なら素麺持ってくれば良かったと落ち込んでキャンプに戻った少女達を待ち受けていたのは、手頃な大きさの肉を捌く上条・詩菜の姿だった。
 
「あれ? ……そのお肉どうしたんですか?」
 
 問い掛ける吹寄に詩菜は河原の方で組み手を行っている上条親子を指さし、
 
「二人が捕ってきたのよ」
 
 ニコニコと笑みを浮かべながらも、詩菜の手は止まることなく肉塊を的確に捌いていく。
 
「あ、あの……。ところで、そのお肉は何のお肉なんですか?」
 
 恐る恐る問い掛ける風斬。対する詩菜は特に気負いもなく平然と、
 
「野兎と雉よ」
 
「それは美味しそう」
 
「おいし!? って、姫神さん食べたことあるいの!?」
 
 驚愕する吹寄に対し姫神は小さく顎を上下させると、
 
「私の住んでいた村では。割とポピュラーな食材」
 
 一瞬懐かしそうな表情をするが、本当に一瞬で何時もの無表情に戻り、そう告げる。
 
 彼女の生まれ育った村は、既に彼女自身の能力によって失われている事を思い出し吹寄が言葉を詰まらせる中、詩菜は握っていた包丁を手放すと優しく姫神の頭を撫で、
 
「そう。──良い環境で育ったのね、姫神さん」
 
 頭を撫でられるままに身を任せていた姫神は、その心地よさに瞼を閉じ、遠き日の母親と詩菜を重ねながら、一言、 
 
「はい」
 
 とだけ、答えた。
 
 ……その頃、上条親子は、
 
「ハハハ、どうした? 当麻。この程度でバテるとはだらしないな」
 
 地面に這い蹲る息子に声を掛ける刀夜は、殆ど汗をかいていない。
 
「く、くそー……。相変わらす異常な強さしやがって」
 
 立ち上がり、奇襲を仕掛けようとするも、難なく対処されて地面に転がされる。
 
「確かに鍛えてはいるようだが、動きが単調だな。フェイントにももっと殺気を込めた方が効果は高いぞ」
 
 言って、実演してみせる。
 
 殺気を込められたフェイントに頭をガードする上条だが、刀夜はその隙に背後に回り込んで彼の左手を取り関節を極めた。
 
「いだだだだだだだッ!?」
 
「まぁ、こんな感じだな」
 
 事も無げに告げて上条を解放し、
 
「いいか? 当麻。相手が人間である以上、弱点というものが必ず存在する。
 
 関節は内側にしか曲がらないし、脳を揺すられれば下半身が動かなくなる。それは、どんな鎧で身を固めていようとも覆せない弱点なんだ」
 
 それは既に耳にタコが出来る程聞かされ続けている事だ。
 
「つまり、考えて動き、動きながら考えろと言いたいわけなんだろ? ──分かってるよ」
 
 再度立ち上がり、半身に構える。
 
 幾度倒されようとも、決して諦めない強い心。
 
 それこそがもっとも大切な事であり、それは上条の信念としてシッカリと刻みつけられている。
 
 その事を確認した刀夜は満足げに頷き、再度上条を叩きのめした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、夜には吹寄が持ち込んだ花火などを楽しみつつ就寝し、翌日になって異変は起こった。
 
 目を覚ました上条がテントから抜け出し川の水で顔を洗っていると、彼の隣に大柄な人影が立つ。
 
 父親である刀夜はそんなに大柄な体格ではないし、現在この場所でキャンプを敷いているのは上条一行だけであり、他の客は居なかったはずだ。
 
 不審に思い、視線を向けると彼の隣には、まるでゴリラのような大男が立ってるではないか。
 
 しかも、身に着けているものは何故か女物のキャミソールにキュロットスカートといった格好で、極限まで鍛え上げられた筋肉がこれでもかと自己主張している。
 
 ……ど、どちらさまですか?
 
 上条とは直接的な関わりは無いが、彼の名前は駒場・利徳。学園都市でスキルアウト達を束ねる男だ。
 
 その破壊の権化のような男はこちらを見ている上条を一瞥して、口を開く。
 
「あ、あの……、私の顔に何か付いてますか?」
 
 妙にオドオドした少女のような態度で告げる駒場に、寒気を感じつつ上条は首を振って、
 
「い、いえ……、何でもないです」
 
 辛うじて告げ、視線を逸らす上条。
 
 そんな上条を駒場は不思議そうに可愛らしく小首を傾げて見ていた。
 
 駒場からの視線を必死に気付かない振りで乗り切り、歯磨きを済ませて口を濯ごうという時になって、新たな人影が背後から上条に迫る。
 
 その人影は開口一番、
 
「ほら、何をちんたらしているの? 貴様。朝食の準備が出来ているんだから、早く済ませなさい」
 
 聞こえてきた言葉使いは、上条もよく知る吹寄・制理のものだ。
 
 ……但し、声色は彼女のものと大きく異なる。
 
 まるで、男性のような、しかし聞き覚えのある声に、恐る恐る振り向いてみると、そこには以前、知り合った魔術師の男性、闇咲・逢魔が居た。
 
 但し、その格好は以前会った時のようなスーツ姿ではなく、先程のゴリラ男同様、女物のノースリーブのシャツに膝上のハーフパンツというおぞましいものだ。
 
「ぶはッ!?」
 
 思わず口に含んだ水を噴き出し、
 
「いや、何でお前がここに居るんだよ、闇咲!?」
 
 上条に問われた闇咲は、彼が何を言っているのか? わけが分からないと首を傾げ、
 
「まだ寝惚けているわけ? 貴様。
 
 それともまた違う女にフラグ立てたか!?」
 
「え? 何? いきなり逆ギレ? 上条さんわけ分かりませんよ!?」
 
 闇咲が何を言っているのか、サッパリ分からない上条は混乱して周囲に助けを求めるが、傍らのゴツイ男は今にも泣きそうな表情で上条を見つめるのみ。
 
「……朝食出来たから呼びに来てみれば。……何を喧嘩しているの?」
 
 聞こえてきたのはぶっきらぼうな口調と聞き覚えのある声。
 
 但し、この声の持ち主はこんな喋り方はしていなかった筈だ。視線を闇咲の背後に向けると、そこには巫女装束の上から見慣れた姫神愛用のエプロンを着用したゴツイオッサンが居た。
 
 上条の通う学校の生活指導教師、災誤先生だ。
 
「おぶぁ!? な、何で災誤先生がこんな所に!?」
 
 上条の言葉に反応して闇咲と駒場、更には災誤自身も背後を振り返り、そこに誰も居ない事を確認すると、三人が視線を合わせて小さく頷き、
 
「……よっぽど疲れているようね?」
 
「連日。夏休みの宿題に追われて疲れが出た?」
 
「あ、でしたら、今日は宿題の事は忘れて目一杯楽しみましょう」
 
 まるで年若い女の子達のようにはしゃぎ始めるゴツイ男達を前に寒気を覚える上条だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、朝食を摂るようになって、上条はこれがドッキリなどではなく異変である事にようやく気付いた。
 
 朝食の席に上条の母親である詩菜の姿はなく、代わりにインデックスが居たし、このゴツイ男共は、互いの事を吹寄さん、姫神さん、風斬さんと呼び合っている。
 
 ……多分、オカルト方面のゴタゴタなんだろうなぁ。
 
 ウンザリ気に溜息を吐き出しながら釣り糸を垂れる。
 
 食事の席でその事を告げたのだが、だからと言ってこんな馬鹿げた事を行う理由も、解決策があるわけでもない。
 
 ……どうしたもんかなぁ。
 
 途方に暮れる上条だが、その姿は端から見れば落ち込んでいるように見えなくもなかったりする。
 
 そんなわけで、重い溜息を吐き出す上条を励まそうと、少女達が立ち上がった。
 
 川辺でキャンプを張ると聞いていたので、一応用意してきておいた水着を取り出して着用し、物思いに更けながら釣り糸を垂れる上条の元を訪れる。
 
「……釣れる?」
 
 まず始めに声を掛けたのは姫神だ。
 
 彼女の身に纏う水着は白地に赤のラインが入ったセパレートにパレオ。
 
 その後ろに居る吹寄は飾り気を廃した競泳水着のようなワンピースタイプ。
 
 彼女の隣に恥ずかしそうに立っている風斬は、最初ワンピースタイプにしようとしていたのだが、その大きな胸故に合うサイズが無く、サイズをある程度調整できるビキニタイプをチョイスした。
 
 美少女3人が水着で囲ってくれているという。普通の男子ならば、狂喜乱舞するような光景だっただろう。
 
 ……但し、今現在の彼女達は、揃ってゴツイ男なのである(上条視点)。
 
 現状を説明する際、彼女達がショックを受けないよう今の彼女達の姿は適当に誤魔化して説明したのが拙かった。
 
 上条の視線に映るのは、瑞々しいを通りこして暑苦しい筋肉を脈動させる男達。
 
 前屈みになる度に大胸筋が己の存在をこれでもかと主張する。
 
 水着によって惜しみなく四肢を露出してくれているお陰で、鍛え抜かれた筋肉が俺を見てくれと叫びを挙げる。
 
 綺麗に六つに割れた腹筋は、布地越しであろうとも、その屈強さを思い知らされる。
 
 結論から言おう。……5分保たなかった。
 
 心を守る為、本能がそれ以上辛い現実を認識する事を拒んだのだろう。
 
 まるで糸が切れた操り人形のように、上条の身体は力なくその場に崩れ落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻。学園都市にあるアパートの一室でも異変は起きていた。
 
 ベッドのシーツから覗く白い髪の持ち主が寝返りをうちながら微睡みより覚醒する。
 
 男性とも女性とも見えるような中性的な顔立ちに、筋肉とは無縁の華奢な体つき。
 
 肌の色は純血の白色人種よりも白く、色素の無い瞳の色は赤よりもなお紅い。
 
 学園都市最強と謳われる“一方通行”の目覚めだった。
 
 いつものように腹に重みを感じ、シーツを捲り上げる。
 
 そこには寝惚けた一方通行が彼を起こしに来た際に引き込んだ小柄な少女、ミサカ20001号こと、打ち止めの姿が……、
 
「……何でテメェがここに居やがる木原」
 
 そこに居たのは、小柄な少女ではなく、顔面に入れ墨のある長身の男だった。
 
 かつてレベル5の能力開発を行っていた科学者、木原・数多。
 
 但し、木原は見慣れた白衣ではなく、おおよそ似つかわしくない空色キャミソールなどというものを身に着けている。
 
 本来ならば、問答無用で木原を殲滅している所であろうが、木原の面白可笑しい格好をみていると、その愉快な格好の理由を聞いてからでも問題あるまいという気分になってくるから不思議だ。
 
 対する木原は、微塵も緊張した様子もなく、服の皺を伸ばしながら彼に似つかわしくない満面の笑みを浮かべて、
 
「おはようってミサカはミサカは挨拶してみる」
 
 爽やかに挨拶されたので、取り敢えずロープで縛ってベランダから逆さに吊しておいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次に上条が目を覚ました時、彼の枕元には何故か寮の隣人、土御門・元春とイギリス清教の魔術師、神裂・火織が居た。
 
「……土御門?」
 
「お? 気が付いたかにゃー、カミやん」
 
 精神的に疲労した上条は、ふらつきながらも懸命に身体を起こす。
 
「……俺は、何で?」
 
 どうして自分がテントで寝込んでいたのか? 懸命に思い出そうとするが、そこだけまるで靄が掛かったように漠然としない記憶があるだけだ。
 
 そんな上条を見かねたのか? 土御門が優しく彼の肩を叩き、
 
「良いんだ、カミやん。無理に思い出さなくても。忘れてしまった方が良い記憶もある」
 
 力無く首を振る土御門。……恐らく、彼も自分と同じものを見てしまったのだろう。
 
 彼が何を見たのかは思い出せないが、妙な親近感を感じ、土御門とガッチリ握手を交わす上条。
 
 そんな二人を少し離れていた場所から眺めていた神裂だが、このままでは話が進まないと思い、強引に割り込んだ。
 
「単刀直入に問い掛けます。
 
 ……この異常な現象、“御使堕し”を引き落としたのは貴方で間違いありませんね?」
 
 一応、疑問系で聞いてはいるが、どうみても犯人は上条と決めつけているような節がある。
 
「何故にいきなり断定ですか!?」
 
 座った目つきで宣言する神裂に対し、危険を感じ取り後ずさる上条。
 
 何やら危険な気配を発する神裂と上条の間に割ってはいるように土御門が割り込み、上条に“御使堕し”についての状況を簡潔に説明する。
 
「……つまり、この入れ替わり状況は世界中で起こっていて、本命は天使と人間の入れ替わりにあると?」
 
 土御門達はイギリスのウィンザー城に居た為、その城塞レベルの防護と自身の魔術によって展開した結界のお陰で辛うじて完全に入れ替わる事を防ぐ事が出来た。
 
 辛うじてというのは、現在、普通の人達からは土御門は人気アイドルの一一一(ひとつい・はじめ)に、神裂は同僚の神父ステイル・マグヌスに見えるらしい。
 
 正直、上条としては天使や悪魔など信じては居ないが、居るものと仮定しない事には話が進まないので、取り敢えず居るという事にしておく。
 
「……んで? その“御使堕し”が完成するとどうなるの?」
 
「天使を飼い慣らす事が出来れば、馬鹿みたいに強大な天使の力が手に入るぜい。
 
 それとこの逝かれた世界が延々と続くにゃー」
 
 それは正直、御免被りたい。
 
「──絶対阻止だな」
 
「あぁ、俺も舞夏が野郎に入れ替わってる状況は、正直我慢が出来ないぜい」
 
 ガッチリと手を組む上条と土御門。
 
 ちなみに、土御門の義妹である土御門・舞夏が入れ替わったのは、学園都市のスキルアウトの幹部、浜面・仕上というチンピラだった。
 
 俄然やる気を出し始めた二人を傍らから眺めていた神裂であるが、上条が犯人でないとすれば、一体誰が犯人なのか? 皆目見当がつかない。
 
 まぁ、“御使堕し”の完成までの時間が限られているとはいえ、上条を中心に魔術が展開されている以上、必ず犯人は彼に接触してくるはずだ。その時を見計らって捕縛し、この儀式魔法を解呪させるしかあるまい。
 
 妙にやる気を出し始め、捕らえた犯人の拷問方法を話し合っている二人に溜息を吐きつつ、神裂は傍らに置いてあった愛刀に手を伸ばす。
 
 直後、奇声と共にテントを突き破って三日月のような形状の刃が布地を切り裂き、上条に襲いかかった。瞬間、神裂の七天七刀が鞘に収められたまま跳ね上がり、同時に土御門の異様に長い左手が振り上げられ、上条の蹴りが迎え撃つ。
 
 三人の攻撃を余さず喰らい、痛みにのたうち回る襲撃者。
 
「ひぎぃがぁあああ!?」
 
 そこに居たのは見るからに不健康そうな痩せぎすの中年の男だ。
 
 その姿からは想像もつかない子供のような高い声で挙げられる悲鳴を聞いて、夕食の準備をしていた吹寄達も何事か? と近寄ってくる。
 
「……コイツ、見たことあるぞ。
 
 確か、何年か前に28人も殺した殺人狂。火野何とかとか言う名前だっけ……」
 
「そう言えば、ここに来るまでにチラッと見た新聞の見出しに、そんな奴が刑務所を脱走したって書いてあったにゃー」
 
 したり顔で頷く土御門だが、問題は、
 
「その凶悪犯が何故、彼を狙ったのですか?」
 
 痛みにより、未だ不気味な痙攣を繰り返す火野を無視して上条に問い掛ける神裂。
 
 対する上条も小首を傾げ、
 
「上条さん、全然身に覚えがありませんのことよ?」
 
 身に覚えどころか、接点すらない筈だ。まあ、上条達が火野に見えているだけで、彼も誰かと入れ違っているのだろうが。
 
 ……しかし、一体何のつもりだろう? と悩む上条の足下でのたうち回っていた火野は、何を血迷ったのか? 
 
「エンゼル様!? どうすれば良い!? 答えろエンゼル様!!!!!」
 
 意味の分からない言葉を発して、ナイフを己の腹に突き立てた。
 
 そして自身の腹に刻まれる文字は『GO ESCAPE』という、文法もへったくれもない単語の羅列。
 
 しかし、エンゼル様からの指示を得た火野は痛みを忘れたかのように、満面の笑みを浮かべて逃走に入ろうとする。
 
 その逃走先に居るのは火野の悲鳴を聞きつけて、こちらに駆け寄って来ている吹寄達だ。
 
 普段ならば慌てて火野の逃走を停めようとするのだろうが、今の吹寄達は上条達の視点からはゴツイ男達にしか見えないので、何故かそのような気分にならなかった。
 
 ……つーか、放っといても勝手に倒しそうだしなぁ。
 
 上条の予想は別の意味で外れる事となる。
 
 何処から観察していたのか? それさえ上条達に気付かさせる事無くそれまで隠れていた人物が火野と吹寄達の間に割って入り、急襲した。
 
 赤い該当とフード。その下に纏っているのはまるで拘束具のようなインナースーツの少女。
 
 長く伸びた金髪で目元は分からないが、パッと見た目13歳くらいのシスターだ。
 
 少女は己の腰にぶら下げられた7種類の大工道具から金槌をチョイスすると、それを火野に向けて躊躇い無く振り下ろした。
 
 咄嗟にその一撃を躱わそうとする火野だが、少女が大地を金槌で打った瞬間、周囲の地面が直径70cm程に渡って陥没し、その効果範囲内に居た火野の左足は見事に砕け拉げた。
 
「いぎぁああ!!?」
 
 咆吼のような悲鳴を挙げて地面をのたうち回る火野。──だが、それもすぐに止む事になる。
 
 逃亡に入った火野を迎撃する為、勢い良く踏み込んで来ていた吹寄達が一丸となってのたうち回る火野を踏み潰したからだ。
 
 現在彼女ら三人を合わせた体重は軽く200sを超える。
 
 余すことなく全身を蹂躙された火野は、そのまま沈黙。
 
 結局、彼を縛り上げたまま、意識が戻るのを待って事情を聞くことにした。 
 
「……んで? 結局、何で俺が狙われたんだろうな?」
 
「また何処かで恨みでも買ってたんじゃないでしょうね? 貴様」
 
「……そう言えば。ちょくちょく学園都市の外にも出て行ったりしていた事もあったようだし。その時に恨みでも買った?」
 
 と吹寄……役の闇咲と姫神役の災誤先生が言うが、上条には全然心当たりは無い。
 
「もしかして、この方が逮捕される原因になっていたとか?」
 
 風斬役の駒場が言った言葉に反応したのは上条だ。
 
「待て、今何て言った? えーと……、風斬」
 
 外見から想像するのは非常に難しいが、現在駒場・利徳の中身は風斬・氷華だ。
 
 極力中身の彼女にショックを与えないように心掛けながら、言葉を選んで問い掛ける。
 
「……逮捕される原因。……ですか?」
 
 何故そんな事を問うのか? 意味が分からないと小首を傾げながらも再度発言してくれる風斬だが、上条はそんな彼女(?)の表情にも気付かずに息を呑み、
 
「……つまり、お前はコイツが犯罪者か何かに見えるんだな?」
 
「……何言ってるの? 上条。
 
 幾らテレビはバラエティーとアニメくらいしか見ない貴様でも、これだけの犯罪者の顔を見忘れたという事は無いでしょう?」
 
 あれだけ連日テレビで騒がれていた程の犯罪者だ。知らない者など居るはずも無かろう。
 
「……馬鹿馬鹿しいと思うけど、大事な事だ。真面目に答えてくれ。
 
 ……お前等、コイツが誰に見える?」
 
 何時になく真剣な表情の上条に押されるように戸惑いながらもゴツイ男達……、もとい少女達は互いに顔を見合わせて小さく頷き、一つの名前を告げる。
 
「──火野・神作」
 
 上条の受けた説明では、“御使堕し”の実行者は外見と中身の入れ替わりが起きていないという。
 
 姫神達には彼は火野に見え、上条達にも同じように火野に見える。
 
「……なら、コイツが“御使堕し”の犯人って事なのか?」
 
 上条が火野に視線を戻すが、先程まで蹲っていた筈の中年の姿はそこにはなく、片足を引きずった火野は今まさに藪の中に姿を隠そうとしている所だった。
 
「逃がしません!?」
 
 火野を追いかけて飛び出したのは神裂とミーシャの二人。
 
「待て!? そっちの方は──」
 
 上条が停める暇もありはしない。彼女達が火野に続いて藪に飛び込んだ数瞬後、まるで仕掛けておいたブービートラップが連続して作動したような物騒な物音が続き、暫くしてようやく静かになった。
 
「……食料確保用の罠が仕掛けてあるから危ないぞー。って言おうと思ったんだけど、遅かったかな?」
 
 引きつった表情で土御門に問い掛ける上条。
 
 対する土御門は心底面白そうな笑みを浮かべて、
 
「急ぐぜいカミやん! ひょっとしたら罠に掛かって逆さ吊りとかいうレアなねーちんが見られるかもしれないにゃー!!」
 
 走り出す土御門の右手にはカメラモードの起動した携帯電話。
 
 もし仮に、土御門の言う通りの格好になっていた場合、あの罠を仕掛けた上条はどのようなお叱りを受ける事になるのだろうか?
 
 それを考えた途端、彼の背中に嫌な汗が伝い落ちる。
 
「待て土御門、ここは焦らず二人が帰ってくるのを待つのが得策かと上条さん提案してみますの事よ!?」
 
 負かり間違っがったとしても、そんな情けない姿を写真に、しかも土御門のような人間の手に渡してはならない。
 
 そんな事になろうものなら、彼女の残りの人生は土御門にからかい尽くされる事になるのは間違い無いだろう。
 
 そんな不幸な人生を送らせるのは流石に忍びない。
 
 慌てて土御門の後を追いかける上条。
 
 そんな彼が藪の中で見たものは、予想通り罠に掛かった神裂とミーシャの姿だった。
 
 おそらく何とか自力で脱出しようとしたのだろう。だが、逆に余計にロープが身体に絡まり、まるで亀甲縛りのような格好で宙吊りになっている神裂。
 
 彼女の格好は初対面の時と同じようにTシャツに大胆に左脚の付け根辺りからカットされたジーンズなのだが、身体中に巻かれたロープが食い込んでその大きな胸を余計に強調しているは、まるでM字開脚のような格好でいるは、と非常に目のやり場に困る。
 
 一方、赤いシスターの方も神裂と同じくロープに絡まれて宙吊りになっているのだが、こちらは神裂のように身体中にロープが巻かれているような格好ではないのだが、元々革製のボンテージという格好なので、後ろ手に拘束されているその姿は、神裂と共に健全な男子高校生である上条の妄想を無駄に掻き立ててくれる。
 
「う、うわ……、どうしよう土御門」
 
 すぐにでも解いてやりたい所だが、直視するのも悪いと思い目を泳がせた上条が土御門に視線を向けると、そこでは無茶苦茶楽しそうに笑顔全開の土御門が携帯電話のシャッターをこれでもかというくらいに押し続けていた。
 
「ちょ!? 止めなさい土御門! そんな写真を撮ってどうするつもりですか!?」
 
「そりゃ勿論、後で色々とねーちんをからかうのに使うんだぜい」
 
「お、お止しなさい! そこの貴方! 上条・当麻! 貴方も何をボケっと見ているんですか!? このロープを解くとか土御門を停めるとかしてください!!」
 
 かなり切羽詰まった声で叫ばれ、ようやく我を取り戻した上条が土御門を止めに入るも時既に遅し。
 
 ありとあらゆるアングルからの写真を取り終えた土御門は一仕事を終えた爽快感から良い笑顔で額の汗を拭い、
 
「さーて、ちゃんと撮れてるかにゃー?」
 
 まぁ、1枚や2枚ピンボケがあっても予備は十二分過ぎる程にある。
 
 携帯電話を操作してデータを確認する土御門。
 
 それを妨害する筈だった上条も好奇心には勝てず、つい土御門の携帯電話の画面を覗き見てしまう。
 
「にゃー。カミやんも好きだねぃ」
 
「いや、今日はロクなもん見てないからな。……口直しに」
 
 そりゃ、朝からヘビーなもの(マッスルな男共の水着)を連続で見続けているのだ。正常な男子高校生なら口直しは欲する所であろう。
 
 そして期待に胸を高鳴らせた彼らの見たものは、荒縄で拘束されてあられもない姿を晒す神裂。……ではなく、赤毛の神父ステイル・マグヌスの姿だった。
 
「何じゃそりゃぁ──ッ!?」
 
 二人揃って絶叫を挙げ、次々とデータを確認していく土御門。
 
 しかし、どの写真も写っているのは神裂ではなくステイル。
 
「……これも“御使堕し”の影響か!?」
 
 二人の男は血涙を流しながら誓う。
 
「──男の純情玩びやがって……、こんな幻想、殺してバラして並べて揃えて晒してやる!!!」
 
 未だ見ぬ“御使堕し”の術者に対し、憎悪を向ける上条と土御門。
 
 そんな彼らに背後から声が掛けられる。
 
「……動機はともかく、使命に燃えるのは非常に結構です」
 
 聞こえてきたのは間違いなく神裂の声だ。
 
 しかしそれは、上方からではなく、背後から聞こえてきた。
 
 恐る恐る振り向いた彼らの前に仁王立ちするのは、既に抜刀を終えた聖人様のお姿。
 
 彼らの視界の隅では、吹寄(闇咲)達がミーシャのロープを解いている所だった。おそらく神裂のロープも彼女達(?)によって解かれたのだろう。
 
「……さて、弁解があるのならどうぞ? 一応、聞くだけは聞きますが」
 
 本当に聞くだけなんだろうなぁ。と思いつつ、上条は土御門と視線を合わせて互いに頷くと覚悟を決める。
 
 多分、謝っても言い訳しても、聞く耳持たないんだろうなぁ、と頭の片隅でぼんやり思いながら振り上げられる日本刀を眺めつつ、
 
「せ、せめて峰でお願いします……」
 
 幸いにも、その願いは受け入れられた。
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 呆れ返った吹寄達が夕食の準備に戻った後、意識を取り戻した上条は、火野の痕跡を探しながらも彼が自分を狙った事に関して、理由が分からないと頭を掻くが、その答えは土御門が拾ってきた木切れによってすんなりと解決した。
 
「何だ? それ」
 
「どうやら、カミやんが狙われたのは、神託もどきの所為みたいだにゃー」
 
 土御門が差し出した木切れには無数の刀傷が刻まれていた。
 
 その木切れには、火野のいうエンゼル様とやらの指示がそれに刻まれているらしい。
 
「……エンゼル様ねぇ。……もしかして、今回の“御使堕し”と何か関係があったりするか?」
 
「いやぁ、どうだろうな? 正直、そうだったらこれで終わりになるからありがたいんだけどにゃー」
 
 短い金髪を掻きむしりながら告げる土御門。
 
 その言葉を聞きながら上条は仕掛けておいた罠をチェックする。
 
 ……どうも、罠の様子を見るに火野は罠によって怪我を負ってはいるようだが、まんまと逃げおおせたようだ。
 
 仕方ないと溜息を吐いた上条は傍らに無言のままで立つ赤いシスターに視線を向けて、
 
「……で? この方は誰でしょう?」
 
 微動だにしない赤いシスターに向け、思わずオドオドとした態度で問い掛けてしまう上条。
 
 無言のままの赤いシスターに成り代わり、説明をかって出たのは神裂だ。
 
 上条達が気を失っている間に、赤いシスターからおおよその事情を聞き出していた神裂は、彼女の素性について説明する。
 
「彼女はロシア成教のシスター、ミーシャ・クロイツェフというそうです。
 
 この“御使堕し”を解決すべくロシア成教から派遣されて来た“殲滅白書”のメンバーだそうで」
 
 “殲滅白書”とは、幽霊狩りに特化した集団の事らしい。
 
 ちなみに、インデックスや神裂達の所属するイギリス清教の“必要悪の教会”は魔女狩りに特化した集団である。
 
 そんなわけで、一応の納得をした上条が、火野撃退の礼を言おうと握手を求めた瞬間、ミーシャが拘束具のような腰の革ベルトからノコギリを抜いて上条の首に付きつけようとした。
 
 ──が、瞬間、上条がポケットから抜きはなった刃渡り15cm程の小振りな飛び出しナイフによって刃を断ち切られた。
 
 白金の輝きを放つナイフは、学園都市に在住する錬金術師が作った一品で、使用者が上条の為、魔術的な霊装ではないが、刀身はオリハルコンと呼ばれる途轍もなく頑丈な金属で作られており、その強度と切れ味は神裂の七天七刀であろうとも両断出来ると制作者が断言していたほどだ。   
 
 ……もっともそれは、単純な武器同士での比較であって、神裂が振るう七天七刀とやりあった場合、刀身は無事でも柄や上条の身体の方が保たないだろうが。
 
 ──それは兎も角、
 
「何しやがる!?」
 
 上条の詰問に対し、ミーシャは半ばから断たれたノコギリを捨てると、代わりにバールを引き抜こうとした所で背後から伸びた白刃が彼女の喉元に突き付けられた。
 
「……何のつもりですか?」
 
 声を荒げるでもなく、純粋に問いを投げ掛ける神裂。
 
 対するミーシャは悪びれた様子も、喉元に突き付けられている白刃にも恐れた様子も無く、平坦な声で上条に問いを投げ掛ける。
 
「問一。“御使堕し”を引き起こしたのは貴方か?」
 
 その質問に対し、上条は真正面からミーシャの目を見て、……正確には彼女の目は前髪に隠れて見えないが、臆することなく堂々と答えた。
 
「違う」
 
 即答で断言してみせた上条。
 
「問二。それを証明する手段はあるか?」
 
「あー……。言ってもいいけど、信じるか?」
 
「解答一。その解にもよる」
 
 との事なので、一応説明を試みてみる事にした。
 
 取り敢えずの説明を受けたミーシャは、背後から刀を突き付けたままの姿勢で微動だにしない神裂に振り返り、
 
「問三。先程の彼の解に怪しい所は?」
 
「ありません。イギリス清教“必要悪の教会”の公式見解とみて頂いて結構です」
 
「問四。……では、説明の中にあった“幻想殺し”とは?」
 
 との問いに神裂が答える。
 
 それを聞いたミーシャは訝しげに小首を傾げ、
 
「照応。水よ、蛇となりて剣のように突き刺せ」
 
 ミーシャが告げると、彼らの背後に流れる川が鎌首をもたげ、幾重にも枝分かれし、上条に襲いかかった。
 
 対する上条は冷静に牽制の攻撃を無視して、自分の身体を狙ってくる水槍だけを対処する。
 
 彼の顔面を狙って放たれた水槍は、上条の差し出した右手に触れると四散し地面に染み込んでいく。
 
 それを確認したミーシャは小さく頷き、
 
「正答。今の実験結果とイギリス清教の正式回答、並びに上条・当麻の説明を符号すると考え、この解を容疑撤回の証明として認める。
 
 少年、謝った解の為に刃を向けた事をここに謝罪する」
 
 こうして、一応の納得を得たミーシャは今後火野を追うため神裂達と共同戦線を張ることにした。
 
「……いや、今確実に殺すつもりで撃ったよな? ってか、全然悪いと思ってないよな!?」
 
 そんな中、ただ一人上条が抗議の叫びを挙げるが、ミーシャは一向に取り合わない。
 
「まぁ、カミやんの抗議はともかく、火野の居場所が分からん事には手の打ちようがないしにゃー」
 
 再度、上条を狙ってきてくれれば良いが、昼間の襲撃がエンゼル様とやらの気まぐれであるのならば、2度目の襲撃は余り期待出来ない。
 
 取り敢えず、4人はキャンプに戻ると夕食の席に着くが、そこに一人面子が足りない事に気付き上条は不思議そうに小首を傾げる。
 
「……あれ? 父さんは?」
 
 ……そういえば今日は朝から姿を見てないな?
 
 と思い出した上条が、母である詩菜。現在はインデックスに聞いてみると、彼女は頬に手を添えて、
 
「刀夜さんなら、探検とか言って朝から学園都市の見学に行ったわよ」
 
「……あの自称冒険野郎め。科学最先端の学園都市っつても外見は外の街と大して変わらないっつーのに」
 
 半ば呆れながら告げる上条。
 
 姫神(災誤先生)が作ってくれたカレーを食べ終わった後、今後の事について皆で話し合いながら、土御門はポケットから取り出した携帯電話を操作してモニターにテレビを映し出す。
 
「……何か火野に関する情報とかはないかにゃー」
 
 その隣では上条も己の携帯電話を取り出してインターネットに接続し、アングラ系のサイトから情報を引き出そうと試みてみた。
 
「火野にはある種の信者みたいな連中が居たらしいからな。……何か情報が掴めると良いんだけど」
 
 火野の猟奇的な殺人方法は、ネットを中心に愛好家や模造犯を多く生み出した。
 
 そんな彼らのHPを辿っていけば、何らかの情報を得られるかもしれないという観点から捜索を続ける上条。
 
 風斬(駒場)達も、協力して携帯電話を弄り始める中、手持ちぶさたにしているのは携帯電話を持っていないミーシャと持ってはいるものの機械が苦手な為、いまいち使い方が分からず本当に電話として以外使っていない神裂の二人だ。
 
 本来ならばオカルト系のプロとして自ら先導してしなければならないというのに、手をこまねくしかない事に歯噛みせざるをえない。
 
 お茶でも淹れて、皆に配ろうかな? と神裂が腰を浮かせた所で土御門が声を張り上げた。
 
「見つけたにゃー!」
 
 皆が一斉に立ち上がり、土御門の背後から小さな画面に視線を送る。
 
「重いー。つーか暑いー、むしろ熱いー」
 
 炎天下の中、ゴツイ男達が雁首揃えて詰め寄ってきているのだ。如何にマイナスイオン溢れる河原だと言ってもそんなもの吹き飛ばすくらい暑苦しかった。
 
 ……もっとも、マイナスイオンなんてものは人体にはなんの影響もなく、そんなものを有り難がっているのは世界中で日本人くらいなものだ。
 
 そんな事を言ったら、何故か吹寄(闇咲)に殴られた。
 
 頭を押さえて蹲る土御門を押し退け携帯電話を握る上条。
 
 そこに映っていたものは、スーツ姿でマイク片手にカメラの前に立つ彼らの担任教師、小萌先生だった。
 
『はい、こちら現場の小森です。我々報道陣を含めた民間人は、火野・神作が立て籠もっているとされる民家の600m手前で封鎖されています』
 
 小さな画面に映るのは、黄色と黒のテープで閉ざされた上に警官によって行く手を遮られた道路だ。
 
 テレビの報道によると、どうやら火野は神奈川県のとある民家に逃げ込んだらしい。
 
「……厄介な事になりましたね」
 
 続く上空からの映像を眺めながら呟く神裂。
 
 もし、人質が居るのならば、その事にも神経を使わないといけないし、仮に警察の方が先に火野を捕らえてしまうと、彼に“御使堕し”を解除させる事も出来なくなってしまう。
 
 いや、それ以前にこれだけ広範囲の包囲網を敷いているということは火野に対して発砲許可が下りているという事だ。万が一火野が死亡するような事にでもなれば、現在作動中のこの世界規模の術式がどういう風に歪んでしまうのか見当もつかない。
 
 そんな中、皆と一緒に携帯電話の画面を覗き見ていた詩菜(インデックス)が、まるで緊張感の無い様子で口を開いた。
 
「あらあら、どうしましょう? あの赤い屋根のお家って私達のお家よね? 当麻さん」
 
 上条の母、詩菜の趣味はパワードパラグライダーというアグレッシブな主婦だ。
 
 その為、空中散歩を楽しむ彼女は自宅周辺の上空の景色はシッカリと記憶している。
 
 そして今回、その中心となっている家は間違いなく上条邸のようだ。
 
「……不幸だ」
 
 もやは口癖となっている一言を零した上条は、立ち上がると出発の準備を始める。
 
「にゃー、態とカミやん家に逃げ込んだのか? それとも偶然か? は分からんが、これは急いだ方が良さそうだにゃー」 
 
「そうだな。じゃあ、ちょっと行ってく……」
 
 る。と言いかけた上条の動きが停まった。
 
 彼の視線の先、吹寄と姫神が付いてくる気満々で準備していたからだ。
 
 ちなみに、風斬(駒場)は学園都市からは出られないので今回は留守番を余儀なくされる事となる。
 
「……何故に付いてくる気満々ですか?」
 
「私としては、貴方にも此処に残れと言いたいのですが……」
 
 呆れ声で告げる神裂の言葉を華麗に無視する上条に向け、こちらも神裂の言葉を無視するように吹寄役の闇咲が、
 
「放っておいて無茶されるよりも、付いて行って監視してる方がよっぽど気が楽だわ」
 
 ギャーギャーと口論を始める上条達。そんな彼らを諫めるように、神裂が口を挟む。
 
「話をお聞きなさい。大体これは私達の問題で、あなた方には関係無いはず。
 
 ──大人しくここで待っていてください」
 
 対する上条達は、コイツ何言ってんの? という視線を彼女に送り、
 
「いや、居座られてるの俺の実家だし。……思いっきり関係者だと思うけど?
 
 つーか、お前等に任せておくと、家が無くなりそうで上条さんとても不安です」
 
「し、しかしですね! これ以上貴方に迷惑を掛けるわけには……」
 
「まあまあ落ち着こうぜい、ねーちん。
 
 そもそもカミやんの協力が無いことには、カミやんの家の場所は分からないわけだし、それにカミやんの戦闘力はねーちんも知ってるはずだぜい」
 
「た、確かにそうですが。……いえ、それとこれとは問題が違います」
 
 こうやって、土御門と神裂が押し問答を繰り広げている隙に、詩菜はテントを解体し、ここに来るのに乗ってきた上条家の自家用車、アメリカ製の軍用としても正式採用されているゴツイRV車に荷物を積み込み終わっていた。
 
「さあ、じゃあ行きましょうか。こんな大人数でお出かけなんて母さんワクワクするわぁ」
 
 と告げる母、詩菜(インデックス)は既に運転席に陣取っている。ちなみに、刀夜はここに居ないが、電話で先に帰宅する事は連絡済みらしい。
 
 それを見た吹寄達は、すかさず乗車し、仕方無しと上条も車に乗り込む。
 
 彼らに続くのはミーシャと土御門だ。
 
「ほらほら、早くしないと置いていかれるぜい? ねーちん」
 
 まるで挑発するような土御門の言葉。上条母子しか上条宅の場所を知らない以上、神裂に選択肢は無かった。
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