とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第15話
 
 10月17日の朝……。
 
 上条は、父親である刀夜に呼び出され、学園都市の外に来ていた。
 
「あの……、お父様? いきなり拉致された上にこの扱いは如何なものでしょうか?」
 
 この扱いというのは、床に固定された椅子に座った上条が、更に拘束用の革ベルトによって雁字搦めに縛り付けられているという状況の事だ。
 
「なに、学園都市内での監視が厳しかったから、少々強行手段に出ただけで他意は無いから安心してもらってかまわないぞ当麻」
 
「ならとっととこのベルト解け! クソ親父!?」
 
 抗議の声を挙げる上条に対し、刀夜は悲しそうな表情をすると、
 
「母さん。私達はどこで息子の育て方を間違ってしまったんだろう。こんな口汚い罵り方をするようになるなんて……」
 
 言いつつ上条の背後に回り、首の関節を軋ませていく。
 
「あらあら、母さん悲しいわ」
 
 聞こえてきた声と共に喉に回された細いワイヤーの存在に気付き、思わず背筋を伸ばす上条。
 
 首の骨が軋み、悲鳴以外は出そうにないのだが、それでも何とか上条は声を絞り出すように、
 
「ご、ご用命がございましたら、なんなりとどうぞ、ママン!?」
 
 上条の卑屈な態度に気を良くしたのか、詩菜は微笑みを浮かべたまま二度頷き、
 
「とある人物の護衛を秘密裏に頼みたいのだけど、良いかしら?」
 
 思ったよりも簡単そうな依頼に、内心で安堵の吐息を吐き出しつつ、それを了承する。
 
「助かったわー」
 
 言って、詩菜は拘束されて身動きの取れない上条の膝の上にA4サイズの封筒を置き、
 
「これが、護衛対象の資料ね。名前はヴィリアンちゃん、24歳。イギリスの第三王女様ね」
 
 封筒の中から一枚の写真を取り出し説明する詩菜。
 
 対する上条は目を点にして、
 
「第三……、王女様?」
 
 イギリスの第三王女となれば、VIP中のVIPだ。
 
「なんで俺みたいな高校生が、そんなお偉いさんを護衛しなきゃならないんだ!?」
 
 VIPであるならば、当然護衛くらいは付く筈だ。わざわざ上条が出向く必要などありはしないだろう。
 
「その護衛こそが、今回の敵となるからだ」
 
 抗議の声を挙げていた上条だが、刀夜が真剣な声色で口を開いた途端に、叫くのを止めていた。
 
 刀夜曰く、元来、イギリス王室の者の護衛を務めるのは騎士であり、現在、その騎士達を統率しているのはイギリスの第二王女キャーリサであるという。
 
 三人居る王女の内、長女は頭脳。次女は軍事。三女は人徳を司っていると評されている。
 
 第二王女キャーリサの司る軍事というのは、王室派を守護する騎士派だけではなく、警察や軍隊にまでその権限が及ぶのに対し、第三王女のヴィリアンが持つ権限というものは実質的に皆無だ。
 
 彼女がするのは頼み事であって、命令ではない。
 
 そして、軍事力を持つキャーリサが今回、目論んでいるのが、騎士派によるクーデター。
 
 それによって、現女王であるエリザードを引責させ、己が女王の座に着こうというのだ。
 
 勿論、それが私欲から来る事であるのならば、騎士団長がそれを止めるだろう。
 
 だが彼女が目指しているのは、現在、確立されつつあるイギリス清教・学園都市連合対ローマ正教の戦争に横槍を入れる為だ。
 
 この戦争、どちらが勝ってもイギリスは沈む。ローマ正教が勝てばそのままストレートに、例え学園都市が勝ったとしても科学一色に染め上げられた世界の中では、魔術国家イギリスは確実に孤立するだろう。
 
 そうなってしまっては、残された道は属国以外にありえない。……そうなってしまってからでは遅いのだ。――だからこそ、学園都市とも手を切り、学園都市対ローマ正教対イギリスの三つ巴にもっていかねばならない。そして、その状況における勝利こそが、イギリスを救う唯一の術なのだ。
 
 その為に必要な奥の手にも心当たりはあるとの事。
 
 だが、その為には第二王女以外の王族の存在は邪魔になる。だから事が起こる前に、せめてあの世間知らずでお人好しの第三王女だけでも国外に逃がしたい。と騎士団長が刀夜に依頼してきた。
 
 とはいえ、一般庶民ならばともかく、王族ともなると知名度も半端ではない。
 
 その準備だけでも相当なものになる。その為に暫くは動けない上条夫妻に代わり、上条に護衛を頼みたいというのだ。
 
「取り敢えず、ウィリアムの奴が助っ人に入ってくれるらしい」
 
「小父さんが!?」
 
「あぁ、アイツは既にイギリスに向かっている。武器を調達してから行くと言っていたから到着は当麻と同じくらいになると思うぞ」
 
「そっか……」
 
 色々と思う所はあるが、彼が味方になってくれるのならば心強い。
 
 何時の間に拘束を解いたのか、上条は立ち上がり、
 
「俺の……、俺達の目的は、あくまでも戦争の回避だ。
 
 護衛は受けるけど、誰も殺すつもりはないから」
 
 気負い無く告げるも、そこには確固たる決意が込められている。――それを見抜いた上条夫妻は一瞬だけ視線を交わしあうと口元に小さな笑みを浮かべ、
 
「あぁ、それで良い。……お前はその意思を貫くべきだ」
 
「いってらっしゃい。当麻さんの荷物は、もう向こうに送ってあるから。協力者の人から受け取ってちょうだい」
 
 向こうに渡る為のチケットやパスポートなどは、封筒に入っているとの事。
 
 力強く頷いた上条は、単身イギリスへ乗り込むべく空港へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イギリスとフランスを繋ぐユーロトンネルというものがある。
 
 否、あった。と言った方が正しいだろうか。
 
 イギリスとフランスを結ぶ鉄道用の巨大な海底トンネルが、原因不明の事故により三本全てが破壊された。
 
 これにより、イギリスはライフラインとも言うべき陸路を閉鎖され、まさに孤島となってしまったわけである。
 
 そんなニュースを夕方、テレビで眺めていた吹寄達はそっと溜息を吐き出し、
 
「それで、あの馬鹿は暫く帰って来られないと」
 
「えぇ、そう連絡があったのでございますよ」
 
 答えたのは、今日の食事当番を務めたオルソラだ。
 
「オリアナさんも、お仕事が入ったとかで暫く留守にするらしいですし」
 
 少し、寂しくなるでございますね。とオルソラが零した所で、リビングに据えられた電話が鳴り着信を知らせる。
 
「はい。上条ハーレム御殿です」
 
『それ、正式名称になったんかにゃー!?』
 
 姫神の対応に、やや驚いた声を挙げる土御門。
 
 彼は咳払いを一つすると、
 
『カミやんは帰って来てるかにゃー?』
 
 携帯の方に掛けても繋がらないので、こちらに電話してみたとの事。
 
「まだ。暫く帰れなさそうって連絡があった」
 
『にゃー……。そういう事なら、しょうがない。ソリューションへ依頼があるぜい』
 
 その言葉に姫神は表情を引き締め、電話のボタンを押してスピーカーモードに切り替えた。
 
 その事に気付いた面々が、一斉に姫神の方へ向き直る中、スピーカーから土御門の声が流れる。
 
『禁書目録に招集が掛かった。すぐに彼女を連れてイギリスに向かってくれ』
 
 第23区の空港に、飛行機は用意していあるとの事。
 
 必要最低限の言伝だけを残し、土御門からの電話は切れた。
 
「一応、護衛に何人か付いて行った方が良いでしょうね」
 
 とはいえ、場所はイギリス清教の本拠地。
 
 現在は出奔しているとはいえ、ローマ正教の面々が行けば、要らぬ面倒事に巻き込まれない。
 
 教師陣は仕事があるので却下。風斬は学園都市から離れられないので無理。
 
 となると、残されているのは吹寄、姫神、五和、結標、ミサカの5人だが、結標はアイテムの仕事が入っているとかでパス。
 
 結局、吹寄と姫神、そして五和にミサカの4人が護衛で付いて行く事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 土御門の指示通りにやって来た第23区の国際空港で、彼女達が搭乗するのを待ち構えていたのは、例の超音速ジャンボジェット機だった。
 
 少女達の脳裏に甦るのは、かつての悪夢。
 
 ……アレだけは、もう二度と乗りたくない!
 
 そうは思うのだが、この場に居るのは根が真面目な吹寄と姫神と五和。それと余り頓着しないミサカの四人だ。
 
 乗りたくないという個人的な理由で、他者に迷惑を掛ける事を良しとしない。
 
 それに、キャンセル料や自腹で新たに航空券を買う為の出費を考えると、ここは温和しく乗っておいた方が良いだろう。
 
 ちなみにインデックスは、未だあの超音速ジャンボジェットを経験した事が無いので、一人「機内食♪ 機内食♪」と浮かれている。
 
 三人の少女達は、胃からスッパイものが込み上げてきそうになるのを何とか堪え、搭乗手続きに向かう。
 
「……なんだか、遺書でも書いてる気分だわ」
 
 搭乗手続きの書類に記帳しながら自嘲気味に告げる吹寄を笑える者は、この場には一人として居なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、少女達が決死の覚悟で超音速ジャンボジェットに乗り込んでいる頃、上条・当麻はロンドンに来ていた。
 
 空港を出た所で赤いオープンカーに乗って彼を待ち構えていたのは、上条も良く知る人物。
 
 魔術師の運び屋、オリアナ・トムソンだった。
 
「ようこそ、ロンドンへ!」
 
 相変わらずの露出の激しい恰好をしている女魔術師に対し、上条は盛大に後退りしながら、
 
「ぶほぉあ!? 何故、学園都市に居る筈のオリアナがこんな所に居やがりますか!?」
 
「ふふふ、ぼーやのそういう大袈裟なジェスチャー、お姉さん好きよ」
 
 言ってトランクのロックを外し自身も車を降りて後ろに回り、
 
「上条・刀夜氏から依頼のあった武器よん」
 
 言われ、上条はトランクの中を覗き込む。
 
 そこに収められていたのは大量の兵器だ。
 
 拳銃、ナイフ、サブマシンガン、各種手榴弾はいうに及ばず、対戦車ライフル、グレネード砲、ショットガン、ガトリングガン、クレイモアや対戦車地雷といった使い道に困るような物も封入されている。
 
 ……確か依頼内容は王族の護衛だった筈だけど、
 
「……俺に戦争でもさせるつもりか? あのクソ親父」
 
 ウンザリ気に告げると、背後から覗き見ていたオリアナが彼女にしては神妙な表情で、
 
「お姉さん思うのだけど、それだけのものが相手という事よね?」
 
「そうだろうなぁ……」
 
 取り敢えず、携帯出来るナイフと拳銃を懐に忍ばせる。
 
 流石に対戦車ライフルを持って護衛とかは無理だろう。
 
「着替えはそっちよねん♪」
 
 オリアナが指さす先、後部座席にはボストンバッグが鎮座していた。
 
 ジッパーを開けて中身をチェックしてみると、中に収められていたのはダークスーツに小型の無線機、そしてお約束のサングラスだ。
 
 上条は着替えの一番上に置かれていたサングラスを手に取り、
 
「蛮ちゃんかよ……」
 
 上条の手にあるサングラスは丸レンズの物だ。
 
 呆れ声で呟きながらもサングラスを掛けると、トランクを閉め、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだ二人は目的地であるバッキンガム宮殿に向かう。
 
「……ところで」
 
「何かしらん?」
 
 信号で車が止まったので、上条が飛行機の中でずっと考えていた疑念を問い掛けてみる。
 
「上条さん、英語がまったく喋れないんですが、その辺のコミュニケーションはどうしましょう?」
 
 根本的な所で、護衛に支障を来しかねないわけであるが、その問い掛けに対しオリアナはほぼ即答で、
 
「場の空気とニュアンスで適当に判断すれば良いんじゃないかしら? ミスった時は、日本人お得意のドゲーザで謝れば、多分許されると思うのだけれど」
 
 それを聞いた上条は力強く頷き、
 
 ……なるほどな、余り褒められた事じゃないけど、土下座なら得意中の得意だ。
 
 なにしろラッキースケベで同居少女達の入浴を覗いてしまう度に、土下座+買い物の荷物持ちなどといった重労働を強いられるのだ。もはや慣れたものである。
 
 いや、それ以前に、
 
「風呂場に鍵付け直す度に、誰かがそれを破壊してるみたいなんだけど、オリアナ心当たりある?」
 
「流石にそこまで話題が跳ばれると、お姉さんも対処に困るのだけど」
 
 困ったような表情で告げるオリアナだが、上条の問い掛けに対する答えは知っている。
 
 彼女の知る限り、自分と風斬と五和とミサカ。その内、自分は二度程鍵を破壊した覚えがあるのだが、言わぬが華だろう。
 
「さて、そろそろバッキンガム宮殿なのだけど、まだ時間に余裕もあるしお食事でもどうかしらん?」
 
 正直、飛行機の中で機内食を食べた為、それほどお腹は減っていないが、世界的にも有名なイギリス料理には前々から興味はあった。
 
 良い機会だと思い、高級店ではなく一般的なレストランでという提案の元、それを了承する上条。
 
 その提案を受けたオリアナとしては、余りお勧め出来るような物では無いと渋りはしたが、上条たっての希望という事でこれを受け入れた。
 
 レストランに入ったついでに、部屋を借りて着替えた上条。
 
 ダークスーツ姿の彼の前に並べられた料理は、ドロドロのミルク粥(オートミール)とグルグル巻きになった長いソーセージ(カンバーランド・リング)、グタグタになるまで煮込まれた豆(ベイクド・ビーンズ)、羊の内臓のプディング(ハギス)そしてデザートにアップル・クランブルという名のそぼろ状の生地の上にリンゴを載せて焼いたお菓子だ。
 
 どれもこれもイギリスの一般的な家庭料理と呼ばれる類のものであり、イギリス出身のオリアナからしてみれば、それほど珍しい料理でもない。
 
「一応、忠告しておくのだけど、あの寮の食事並みのクオリティーは期待しない方が良いとお姉さん思うわ」
 
 その忠告を聞いているのかいないのか、上条は手を合わせていただきます。と告げると、取り敢えずベイクド・ビーンズに手をつける。
 
 咀嚼して飲み込むと、オリアナに向けて満面の笑みを浮かべ、
 
「うん、聞いてたとおり、不味いな!」
 
 嬉しそうにそう言いながら、次々と料理に手をつける。
 
 それを聞いたオリアナは微妙な表情で、
 
「あー……、うん。そうね、不味いのは認めるわ」
 
 でもね、
 
「これだけは言わせてもらうと、イギリスの食事が不味いんじゃないの。日本人が恵まれ過ぎているだけなの。
 
 同じ島国なのに、何この差? もうお姉さんアタリメと発泡酒の無い生活なんて耐えられないもの。アレに比べたら、スペアリブにバドワイザーなんて飲めないわ」
 
「それはアレだぞ。ぶっちゃけ小萌先生の影響受け過ぎ」
 
 呆れたように答えながらも、食事を消費していく上条。
 
 なんだかんだと言ってはいるものの、食べられないような不味さではないのだ。……ハギス以外は。
 
 殆どの料理を平らげた上条とオリアナはバッキンガム宮殿を目指す為、再び車に乗り込む。
 
「デザートは純粋に美味かったな」
 
「まぁ、アフタヌーンティーに対する拘りは、世界一なのだし」
 
 言ってオリアナは車を発進させた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――その頃、イギリスに到着した吹寄達も乗り物酔いから何とか回復し、現在は食事を摂っていた。
 
「へー……、これがフィッシュ・アンド・チップス」
 
「チップスというか。フライドポテトてんこ盛り」
 
「味付けは、ビネガーとお塩ですね。……これなら、寮でも作れそうです」
 
「オヤツにしてはカロリー高めですね。とミサカは言ってみます」
 
「オヤツじゃなくて、どっちかというと主食かも」
 
 露店で買ったフィッシュ・アンド・チップスを食べながら、適当に観光しつつバッキンガム宮殿を目指す。
 
 本当は空港にイギリス清教の方から神裂・火織が迎えに来ていたのだが、メンバーの中に五和の姿を見つけ、慌てて隠れてしまったのだ。
 
 ……ま、まぁ、このままバッキンガム宮殿まで誘導していけば問題は無いわけです。
 
 そう言って自分を納得させ、影ながらに護衛兼案内役を務める神裂であるが、彼女はこの後、イギリス清教代表代理として彼女達の前に出なければならない事を完全に忘れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 バッキンガム宮殿に到着した上条は、騎士団長に先導され第三王女ヴィリアンの元へ案内されていた。
 
 お互いに面識はあるが、その事を臆面にも出さず、静かに目的地に向けて歩を進める。
 
「既に詳しい事情は話すわけにはいかん。……ただ、頼む。とだけ言っておこう」
 
「戦場であった時は完全に敵って事ですか?」
 
 問われた騎士団長は静かに頷き、
 
「そうだ」
 
「分かりました」
 
 そして辿り着いたドアを三度ノックする。
 
 すると、ドアの向こうから可憐な声色で入室を許可する返事が返ってきた。
 
 騎士団長が恭しい手付きでドアを開ける。
 
 テニスコートの半分程もある拾い部屋だ。
 
 品の良いアンティークな趣味の家具が収められた第三王女ヴィリアンの私室に上条は足を踏み入れる。
 
「本日よりヴィリアン様の護衛を務める者を連れてまいりました」
 
 騎士団長に促され、上条が頭を下げ、
 
「あ、どうも……。上条・当麻です」
 
「カミジョウ……?」
 
 聞き覚えのある名前だ。否、忘れる事など出来よう筈も無い。
 
 かつて、ウィリアム・オルウェル達と共に英国の為に尽力してくれた傭兵の夫婦の姓が確か上条だった。
 
「覚えておられるでしょうか? かつてヴィリアン様の護衛を務めていた日本の傭兵夫妻の事を。
 
 彼は彼らの息子です。紹介状もウィリアム・オルウェルからのもの。信用していただいて結構な者だと判断します」
 
「ウィリアムの!?」
 
 その名を聞いてヴィリアンの顔色があからさまに変わったの見て、騎士団長は面倒事を避けるように、……より正確に言うならば面倒事を上条に押し付けるように部屋から出て行った。
 
 部屋に残された上条とヴィリアン。最初に口を開いたのはヴィリアンの方だ。
 
「あの……」
 
「あー、はい。何でしょう?」
 
 こちらに合わせてくれたのか、日本語で話し掛けてきたヴィリアンに、密かに安堵の吐息を吐き出す上条。
 
 そんな彼の心境など知らず、ヴィリアンはここ十年、音信不通だった憧れの男性について質問する。
 
「ウィリアムは、今どちらに居るかご存じですか?」
 
 その質問に対し、上条は小さく頷くと、
 
「小父さんなら、今イギリスに向かっていると思います」
 
「イギリスに!?」
 
 再び会えるかもしれない。……そんな期待にヴィリアンの表情が綻ぶように笑みに彩られる。
 
 対する上条は表情を真剣なものに改め、
 
「俺は、貴女をイギリス国外に逃がすよう、とある人物から依頼されています」
 
 流石に、この部屋には盗聴器の類は無いと思うのだが、一応念には念を入れて小声で話す。
 
「……それはどういう――」
 
 チラリと時計を見て、
 
「済みません。もう余り時間が無いんで……」
 
 有無を言わせずヴィリアンの身体を文字通りお姫様抱っこすると、
 
「話は移動中にッ!」
 
 窓を蹴り開け、そこから身を躍らせる。
 
 余りにも突然の出来事に、ヴィリアンは悲鳴すら挙げる事が出来ない。
 
 人一人を抱えた状況で、上条はバッキンガム宮殿の二階から飛び降り、足音一つ、腕の中のヴィリアンに対しても殆ど衝撃を感じさせる事無く地面に着地してみせた。
 
「重ねて失礼!」
 
 呆気に取られて声すら出せずにいるヴィリアンの身体をお姫様抱っこから両肩に担ぐように持ち替え、
 
「揺れるんで、暫く喋らないでもらえると助かります」
 
 言うなり、茂みの方に駆け込み、姿勢を低くしたまま衛兵の隙を付いて移動。
 
 遂には3分と掛からずに、バッキンガム宮殿から脱出を果たし、宮殿横の道路で待ち構えていたオリアナの車に乗り込んだ
 
「良いぞ、出してくれ!」
 
「はいはい」
 
 ギアをニュートラルからセカンドへ。
 
 素早くクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込んで加速。
 
 慌てず自然に、それでいて早急にバッキンガム宮殿から離脱してみせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 バッキンガム宮殿から走り去っていく赤のオープンカー。
 
 その車と擦れ違う奇妙な一団があった。
 
「……今、走ってった車。運転してたの、オリアナさんに似てなかった?」
 
 助手席には上条に似た男も乗っていたような気がしたが、二人共サングラスを掛けていたので断言は出来ない。
 
 流石に、上条やオリアナの個人的な依頼の内容までは聞いていないので、まさかと思わざるを得ないが、時間も押し迫っているので、ここは一先ずインデックスをバッキンガム宮殿に連れて行くという仕事を優先させる事にした。
 
 なんだかんだ言ってもイギリスの王宮。一般人が正面から乗り込んでいった所で中に入れてくれよう筈も無い。
 
 なので、一先ず裏口に回ってきたのだが……、
 
「入れてくれそうには無いわよねぇ……」
 
 裏口を固める衛兵が先程からこちらの方を警戒した眼差しで睨んでいる。
 
 少女達が額を寄せ合って相談を開始し、強行突破や不法侵入などの不穏当な意見が出始めた辺りで、覚悟を決めた神裂が彼女達に話掛けた。
 
「その先は私が案内しますので、その物騒な案件は引っ込めてください」
 
「あら?」
 
「女教皇様!?」
 
 驚きの声を挙げる五和に対し、神裂は申し訳無さそうに、
 
「いえ、今は抜け忍状態ですので女教皇などという……」
 
「え? でも、建宮さんが以前学園都市で女教皇様のチアリーダー姿を隠し撮りしていて、それをネタに女教皇様に天草式十字凄教に戻って来てもらう。という提案はどうなのよな? って言ってましたので、てっきり」
 
「あの脅迫文は建宮・齋字でしたか!? 天草式の誰かでは、と思っていましたが!」
 
 ……取り敢えず、あの男には後で何かしらの制裁を加えておくとして、
 
「えぇ、というわけで今の私はイギリス清教所属の神裂・火織ですので、そうお呼びください」
 
 そう言われた五和は僅かに躊躇いながら、
 
「え、えっと……。神裂さん」
 
「はい。何でしょう?」
 
 立場の上下がない、友達のような関係が嬉しかったのか、五和に対し満面の笑みで問い掛けた。
 
「その……、案内お願い出来ますか?」
 
「えぇ、任せてください!」
 
 力強く己の胸を叩き、神裂は先導して少女達をバッキンガム宮殿に招き入れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 通常ならば一般人が絶対に入る事が出来ないバッキンガム宮殿内部の景色に呆然としながら神裂先導の元吹寄達が進んでいると、なにやらバタバタと騒がしい気配が漂ってきた。
 
 不審げに眉を顰めた神裂が周囲の者達に指示を飛ばしている紳士、騎士団長に声を掛ける。
 
「騒がしいようですが、どうかしましたか?」
 
 声を掛けられ、そこでようやく神裂の存在に気付いた騎士団長は、小さく咳払いすると、
 
「少しトラブルが発生した」
 
「トラブル?」
 
「あぁ。侵入した賊の手により、第三王女ヴィリアン様が誘拐されてしまった」
 
 少々所のトラブルではない。下手をすれば国家の一大事だ。
 
「犯人の目所は付いているので、既に手配は終えているのだが……」
 
 そこで騎士団長は神裂の後ろにいる少女達を見て、その中から白い修道服姿のインデックスを確認すると、
 
「彼女が十万三千冊の魔導図書館、禁書目録か」
 
 周囲の少女達が禁書目録の護衛なのだろう。
 
「ではこちらに、レディ。女王陛下がお待ちです」
 
 英国紳士らしく吹寄達に礼儀正しく一礼し、神裂に代わり、騎士団長が先導するように彼女達を案内してくれた。
 
「しかし、ヴィリアン様の誘拐ですか……。清教派からの支援は」
 
「いや、今は清教派もハイジャックの対処で人手が居ないだろう。ここは騎士派だけでなんとかしてみせよう。
 
 それよりも、今は作戦会議の方が大事だ」
 
「あの、すみません」
 
 これまで周囲の風景に飲まれていた吹寄がやっとの思いで口を開いた。
 
「もしかして、私達これから女王陛下に謁見するんですか?」
 
「その通りだが、何か問題でも?」
 
 肯定され、僅かに唾を飲み緊張した声色で、
 
「こ、こんな恰好で会って、無礼なんかになりませんか?」
 
 海外旅行用に良い服を着てはいるが、ドレスや礼服とは縁遠い恰好だ。
 
 騎士団長は暫し考え、
 
「申し訳ない。本来ならば、正装用のドレスでも用意してやりたい所だが、今は人手が足りなくてな……。
 
 まあ、そんな事に拘るような人ではないので大丈夫だとは思うが」
 
 むしろ心配なのは、女王陛下の方だ。
 
 ……下手したら、本当にジャージ姿で出てきかねないしな。
 
 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にやら謁見室に到着していた。
 
「失礼します」
 
 一言を告げ、ドアを開ける。
 
 少女達の視界に映ったのは、迷彩服姿にアサルトライフルを携え、腰には剣を差した初老の女性が額に必勝と書かれた鉢巻きを締め、
 
「ちょっと、娘を誘拐したとかいう不埒者絞めてくるから」
 
 シュッタ! と片手を挙げて出て行こうとする所だった。
 
 騎士団長と神裂が二人がかりで初老の女性を必死に押し留め、
 
「すまない。暫しお待ちを……」
 
 言ってドアを閉じた。
 
 閉じられたドアを呆然と見つめている吹寄達の耳には、ドアの向こうの騒がしい音が聞こえてくる。
 
「落ち着いてください! 今、騎士派の者達がロンドン中を捜索しています!」
 
「客人が来てますから、せめてドレスに着替えてください!」
 
 暫くドタバタと音が聞こえていたが、やがてドアが開き、髪の毛を乱した神裂が顔を覗かせ、
 
「すみません。お待たせしました」
 
 疲れた声色で告げ、謁見室に通してくれた。
 
 その部屋の中央、そこに居たのはテレビでも見た事のあるイギリス女王陛下、エリザード。
 
「わざわざ日本から来てくれた所悪いが、少々立て込んでいてな。
 
 手短に要点だけ話そう」
 
 エリザード曰く、ユーロトンネルで起きた事故の解析にインデックスの力を借りたくて招集したのだという。
 
「本当に、手短に纏めましたわね、お母様」
 
 呆れ混じりの声と共にやって来たのは青を基調としたドレスを着た三十代前半の女性、第一王女イメリアだ。
 
「というか、犯人の顔も名前も知らないで追いかけようって、何を考えているのかしら?」
 
 再び呆れ声と共にやって来たのは赤いドレスの二十代後半の女性、第二王女キャーリサだ。
 
 彼女の手にはA4サイズの封筒があり、
 
「犯人の名はトウマ・カミジョウ。日本人十六歳。今日からヴィリアンの護衛に付いた人間だったわけなのだけど……」
 
「ちょ、ちょっと待って!?」
 
 引ったくるようにしてキャーリサから封筒を奪った吹寄が中の書類を取り出し食い入るように見つめる。
 
 そこには間違い無く見慣れた少年の顔写真が添付された書類が収められていた。
 
「とうまだね」
 
「……間違い無く本人」
 
「何やらかしてんのかしら? あのバカ」
 
 その後ろから覗き見ていたミサカと五和が揃って溜息を吐き出す。
 
「神裂さん……」
 
「あ、はい」
 
「彼女の事、よろしくお願いします」
 
 吹寄が神裂にインデックスを差し出し、他の少女達は揃って退室する為ドアへと歩み始める。
 
「どちらへ?」
 
 騎士団長からの問い掛けに対し、少女達はそれぞれ口を開き、
 
「……折檻」
 
「お仕置きを」
 
「再教育」
 
「調教です。とミサカは答えます」
 
 その計り知れないプレッシャーに騎士団長は待ったを掛ける事すら出来ない。
 
「第三王女ヴィリアン様は、私達が救出しますので、余計な手出しは無用としてください」
 
 語尾を荒げるわけでもない、淡々と告げられたその言葉はその場に居る全ての者達を飲んだ。
 
 背後を振り向く事無く部屋を出た少女達。
 
 誰も声を掛ける事が出来ないまま彼女達は静かにドアを閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 バッキンガム宮殿を出た所で少女達はお互いに目配せし、
 
「どう思う?」
 
「多分、何かしらの事情があると思います」
 
「依頼が誘拐だった可能性は……。多分0。彼の場合。そういう依頼は絶対に受けない」
 
 むしろ、そういう依頼をしてきた依頼人の方を躊躇い無く殴り倒す。
 
「ならば、何らかの理由で宮殿から第三王女を連れ去らなければならない理由があったのだとミサカは判断します」
 
 少女達は揃って頷き、
 
「イギリス王家が関わってるって事は、かなり大掛かりな依頼っぽいわね」
 
「助っ人は?」
 
「そうね。……雲川先輩に連絡しておいて。先輩なら適切な人を回してくれると思うし」
 
 吹寄の指示を受け、姫神が手早く携帯電話を操作する。
 
 吹寄もポケットから携帯電話を取り出して操作し、
 
『はい、上条』
 
「貴様、何をやらかした!?」
 
『ヒィ!?』
 
 突然の怒声に、思わず悲鳴を挙げてしまう上条
 
『いや、コレには色々と事情がありまして……』
 
「だから、それを説明しろと言ってんのよ」
 
 上条は暫く考え、小さく頷くと、
 
『もうじき、イギリスでクーデターが起きる。それに巻き込まれる前に第三王女を国外に退避させるのが、今回俺の受けた依頼だ』
 
「クーデター? ……なら、それを事前に止めたら」
 
『いや、相手は王室の人間だ。事前に証拠も無いのに手を出すと、逆にこっちが捕まっちまう』
 
「なんですって?」
 
 ということは……、
 
「拙いわね……」
 
『まぁ、国際指名手配は確実かな?』
 
「そうじゃないわよ。私達も今、仕事でイギリスに来てるんだけど」
 
『何だって?』
 
「その仕事の内容が、インデックスさんをイギリスまで連れてくる事だったの。
 
 それで、彼女を神裂さんに預けて私達は貴様を捜しに出たんだけど」
 
 敵の手中にあるようなものだ。
 
「今からでも戻って、護衛した方が良いかしら?」
 
『いや、多分なんだかんだと理由を付けられて引き離されると思う。
 
 ……それに神裂が一緒なら、多分大丈夫だと思うし、インデックスの重要性を考えると、殺される事は無いとは思うけども』
 
 僅かに考え、
 
『一旦、合流した方が良さそうだな』
 
「そうね」
 
 場所を連絡し電話を切る。
 
「さて……」
 
 吹寄は再度携帯電話を操作すると、GPSを起動させ、
 
「行きましょうか。……なんだが、面倒な事になりそうよ」
 
 ウンザリ気にそう言って、荷物を持つ手に力を込めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうかしらん?」
 
 車の助手席で吹寄との連絡を終えた上条が掛けられた声に振り向いてみると、そこにはドレス姿ではない、ワンピースにカーディガンというカジュアルな恰好のヴィリアンを連れたオリアナが立っていた。
 
 ドレス姿では流石に目立ちすぎるという事で、ヴィリアンには予め用意していた服に着替えてもらったのだ。
 
 上条は一先ず安堵の吐息を吐き出すと、
 
「良かった。……姫様にオリアナみたいな恰好させて出てきたら、俺ウィリアム小父さんに殺されるところだった」
 
「……随分、失礼な事を言われてるような気がするのだけど?」
 
「いやいや、そんな事無いって」
 
 誤魔化しつつ、吹寄達との合流地点を教える。
 
「あら、あの娘達も来てたの?」
 
「別件で来たらしい。……根っこの方じゃ繋がっていてそうだけどな」
 
 そして、上条は合流地点に着くまでの間に、現在水面下でイギリスに起きている事件をヴィリアンに聞かせた。
 
「そんな……。お姉様が」
 
「まあ、信じる信じないは自由ですけども、ヴィリアンさんには暫くは海外に逃げていてもらいます」
 
 そう断言する上条に対し、ヴィリアンは首を振り、
 
「いえ、一度お姉様の元に戻り、真意を問うてみたいと思います」
 
「いや、だから、そんな事されると真っ先に殺されるから、逃げてもらいたいんですけども……」
 
「ですが……」
 
 意外と強情なヴィリアンに対し、どうしたものかと悩む上条。
 
 ……んー。どうしよっか?
 
 考える事数秒、
 
 ……後で土下座しよう。
 
 そう結論し、ヴィリアンに向けて懐から取り出した吸引性昏倒ガスのスプレーを噴射する。
 
「ッ!?」
 
 学園都市製の現行最新型だ。市販されているような物とは効果が違う。
 
 五秒と保たずに意識を手放したヴィリアンを後部座席に横たえ、上条は口元からハンカチを外し、
 
「……これ、外交問題になったりしないよな?」
 
 問い掛けると、運転席のオリアナは溜息混じりに、
 
「お姉さんが思うに、十二分、外交問題だと思うわ。ちなみにぼーやが独断でやった事だから、お姉さん巻き込まないでねん」
 
 ……トリプルアクセル土下座の練習をしよう。
 
 密かにそう決意し、車は一路合流地点である海岸へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、ユーロトンネルの爆破事件を調べるにあたり、インデックスと共にフォークストーンを訪れていた神裂だったが、先に起きたハイジャック事件。……事件自体はローラ・スチュアートの暗躍によって事無きを得たのだが、その際に起きたアクシデントを調べる為、インデックス達とは別れ、彼女は単身、秘密結社“新たなる光”を追った。
 
「……今更愚痴ってもしょうがないのですが、“必要悪の教会”の人手不足はどうにかして解消出来ないものなのでしょうか?」
 
 現在、必要悪の教会の人員の殆どは、ローラ・スチュアートの命令で別行動中だ。こちらに回せる人員は一名のみ。
 
「なら、君が天草式十字凄教に戻って、そいつらを連れてイギリス清教の一員として迎え入れれば良い」
 
 とは、途中で合流したステイル・マグヌスの弁だ。
 
 彼としては、インデックスを護衛も無しに行動させている今の状況がひどく気に入らないらしい。――これは、それ故の八つ当たりに近い行為だ。
 
 彼としてもその事は弁えており、またその事に歯噛みする。
 
 神裂としても自らの意思で天草式を出奔し、かつ自らに非があると思っているので強く反論出来ない。そして、ステイルの提案を飲む事も出来ない。
 
「…………」
 
 無言の神裂にバツが悪くなったのか、ステイルは無言のまま頷き、
 
「こんな雑事、さっさと終わらせて、あの娘の元へ急ごう。……どうも嫌な予感がする」
 
「はい……」
 
 ……まったく、こんな時にあの馬鹿は一体、何をやらかしているんだ。
 
 この場に居ない上条に対し、そう愚痴らずにはいられない。
 
 そうこうしている内に、新たなる光の一人と遭遇。
 
「私が先に仕掛けます。援護を――」
 
 小さく頷き、ルーンの刻まれた多数のカードを散布するステイル。
 
 直後、神裂が新たなる光の一人、レッサーと衝突した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――その後、二人は三人の新たなる光の魔術師と交戦し、彼女達を捕らえるが全ては徒労に終わる。
 
 彼女達は囮にして運搬役。
 
 神裂達が新たなる光を捕らえた時には、既に黒幕の元へとある霊装が転送された後だった。
 
 黒幕の正体はイギリス王室第二王女キャーリサ。送られた霊装の名はカーテナ・オリジナル。
 
 イギリス国内限定ではあるが、所有する王族に天使長と同等の力を与える霊装だ。
 
 ……そしてこれより、キャーリサを長とした騎士派と清教派によるイギリスを二分する戦争が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ヴィリアンの身柄を国外に逃亡させるにあたり、幾つかの問題がある。
 
 一つ、陸路であるユーロトンネルは既に潰されているので、使えないという事。
 
 残るは空路と海路という事になるが、
 
「……まいったなぁ」
 
 車に取り付けられた無線機から聞こえる音に耳を傾けていた、より正確には無線機から聞こえる言葉を通訳してくれたオリアナの言葉に、上条がウンザリした呟きを零す。
 
「もう、クーデター成功しちまったのかよ」
 
 上条達の予想よりも遙かに早い。
 
 お陰で、海路と空路も使えなくなってしまった。
 
 通信を聞く所によると、カーテナ・オリジナルという霊装を用いて、第二王女キャーリサが一気に主導権を掌握したらしい。
 
 その際、英国女王であるエリザードとイギリス清教の最大教主であるローラ・スチュアートも捕らえられたようだ。
 
 現在は騎士派による大規模なイギリス清教の魔術師狩りが行われているらしい。
 
「第一王女はまだ捕まってないんだっけ?」
 
「そうね。上手く逃げ果せてるらしいわよん」
 
 とはいえ、既にヴィリアンの元に追っ手が掛かってるのも間違い無いだろう。
 
 ……さて、どうしたもんかなぁ。
 
 上条が途方に暮れていると、道路の向こうから一台の大型四輪駆動車がやってきた。
 
 ……追っ手か? と警戒する上条達に対し、彼らの眼前で停まった車両から降り立ったのは、見知った顔の少女達。
 
「五和さんが車の運転が出来て助かったわ。って、何でオリアナさんがここに居るの!?」
 
「仕事のお手伝いだからよん」
 
「……言ってなかったっけ?」
 
 そういえば、言ってなかったような気がする。
 
 そんな事よりも、
 
「なんだが、物騒な事になってるみたいなんだけど」
 
「どんな感じだ?」
 
 上条の問い掛けに答えたのはミサカだ。
 
「市民達はホテルや学校などに集められているようでした。とミサカは答えます」
 
「交通機関も。完全に規制されていた。ここまで辿り着けたのは五和さんのお陰」
 
 流石は隠匿を主とする天草式十字凄教と言った所だろうか。
 
「あ、いえ、そんな……」
 
 謙遜する五和に労いの言葉を掛け、少女達に自分達の置かれている現状を報告する。
 
「……という事は、ヴィリアンさんを護衛してる以上、私達も騎士派に狙われる可能性があるって事ね」
 
 上条の説明を聞いて、気合いを入れ直す吹寄。
 
「それで。私達はヴィリアン王女を護衛しつつ。清教派と合流すれば良いの?」
 
 それが無難かな、と思い頷こうとした上条だが、そんな彼にまるで待ったを掛けるようなタイミングで携帯電話が着信を知らせた。
 
「……ん? ――先輩?」
 
 小さなモニターに映る雲川・芹亜の名前に訝しげに眉を顰めながら通話ボタンをプッシュ。
 
「もしもし?」
 
『相変わらず、面白い事に巻き込まれてるなお前は』
 
 挨拶も無しな、いきなりの会話だが、それだけで雲川が上条達の状況を把握している事が分かる。
 
『さて、今回は状況が状況なので悪いが援軍を送ってやるわけにもいかないのだけど』
 
 レベル0の青髪ピアスや土御門、駒場や浜面といったスキルアウト達ならば送れたかもしれないが、先手を打たれ超音速機を全て抑えられてしまった。
 
 学園都市の統括理事達の中にはイギリスのクーデターが成功し、武力を前面に押し出すようになったイギリスが、フランスやイタリアを潰してくれる事を望んでいるような者も居るのだ。
 
 そのついでとばかりに、チョロチョロと鬱陶しい上条達もこの機会に消えてくれるとありがたいと思っているのだろう。
 
 内心の怒りを抑えつつ、雲川は淡々とした声色で作戦を告げる。
 
『現状からお前達の取れる選択肢は三つ』
 
 上条は素早く携帯電話を操作すると、スピーカーモードに切り替え携帯電話を車のボンネットの上に置き、皆にも聞こえるようにした。
 
『一つ、第三王女を連れて、何とかイギリス国外に逃亡する。
 
 二つ、清教派と合流し第二王女率いる騎士派を倒す。
 
 三つ、清教派、騎士派、双方共を殴って黙らせる。
 
 ちなみに、一番成功確立の高いのは一つ目で、一番イギリスの為になるのは三つ目なのだけど』
 
「二つ目じゃあ駄目なの?」
 
 問い掛ける吹寄の声に、電話の向こうの雲川は僅かに頷き、
 
『三つ目よりは成功確立はそこそこ高いが、この場合どちらが勝ってもイギリスは長く続かない事になるのだけど』
 
 雲川曰く、現在イギリスは、王室派、騎士派、清教派の三派閥によって力のバランスが保たれている。
 
 王室派は王家の命令として騎士派を制御し、騎士派は国政の道具として清教派を利用し、清教派は教会の助言として王室派を操作する。
 
 もし、清教派と騎士派が争う事になれば必ず遺恨は残るだろうし、どちらが勝ったとしても三派閥のバランスは崩れてしまう。
 
 そうなれば、イギリスの崩壊は時間の問題だ。
 
『勿論、これは一つ目を選択した所で同じなわけなのだけど』
 
 とはいえ、少しでもまともな思考が出来る者ならば、まかり間違っても三つ目を選択しようなどとは思わないだろう。
 
 なにしろ、たった六人で一国を相手にしようと言うのだ。正気の沙汰とは思えない。
 
「…………」
 
 僅かな物音が聞こえ、振り向いてみると、そこには不安げな表情をしたヴィリアンが力無く立っていた。
 
 国中が敵だらけの中、心から信頼出来る者の居ない不安、そして先行きの見えない不安、母や姉の安否など、今の彼女は不安によるプレッシャーだけで押し潰されてしまいそうだった。
 
 そんな第三王女に対し、上条は真摯な眼差しで力強く頷くと、
 
「……先輩。三つ目の提案。当然、作戦はあるんだろう?」
 
 問い掛ける上条に対し、電話の向こうの雲川は自信に満ち溢れた声色で、
 
『当然なのだけど』
 
 彼女とて、勝算が無ければこんな無茶は言い出さない。
 
 そして、雲川の提案した作戦は、至ってシンプルなものだった。
 
『それぞれの組織の頭を潰す。
 
 今回の場合、第二王女キャーリサ、騎士団長、そして神裂・火織の三人なのだけど』
 
 そこに出てきた予想外の名前に、思わず五和が息を飲む。
 
『ちなみに私は、今、動揺しているであろう五和に神裂の相手を指名する気満々なのだけれど』
 
「ま、ちょっと待ってください」
 
 言って、大きく深呼吸し、
 
「どうして女教皇様と戦わなければならないんですか?」
 
 彼女ならばちゃんと理由を話せば分かってくれる筈だ。
 
 対する雲川は平坦な声色で、
 
『それは当然、彼女がイギリス清教における実力者だからなのだけど』
 
 イギリス清教におけるトップであるローラ・スチュアートが捕まっている以上、それなりの実力者と相対し、戦闘の結果を残さなければ、例え作戦が成功したとしても上条達がイギリス清教と連んでいたと邪推される可能性もある。
 
 その為にイギリス清教に所属する二人の聖人の内、現在イギリスに居る神裂・火織と相対する必要があるのだ。
 
『それに、私はチャンスを与えているつもりなのだけど?』
 
「チャンス……?」
 
『そう』
 
 神裂・火織が天草式十字凄教を出奔したのは、彼女が側に居る事で仲間が傷つき命を失うという事を恐れたからだ。
 
『ならば、お前が……、お前達天草式十字凄教が女教皇、神裂・火織と同等の力を持っていると、足手纏いではなく共に戦かえる強さを持った仲間である事を証明する機会を与えてやろうというのだけど』
 
 そう言われても、尊敬する女教皇様に対し刃を向けようなど敬虔な天草式十字凄教徒である五和に即答など出来よう筈も無い。
 
 まるで五和の葛藤を見透かしているように雲川は告げる。
 
『自信が無いのなら別の者に担当してもらうのだけど?』
 
 思い悩む五和の肩に軽い感触が走り、慌てて顔を上げた彼女が見たのは気負いの無い表情の上条だ。
 
 彼はいつも通りの表情で、
 
「なんか難しく考えてるみたいだけどさ、――今の自分がどれだけ成長したか神裂に見てもらうつもりで挑んでみちゃ駄目なのか?」
 
 その為に、学園都市で日々研鑽を積んできたのだ。
 
 畑違いである土御門に陰陽道の教えを受け、それを天草式十字清教の術式に取り入れ、バルビナとアウレオルスに魔導具の制作を依頼し、青髪ピアスに練習相手を務めてもらって対聖人用の……否、後方のアックアやあのヒューズ・カザギリが相手であろうと互角に戦えるようにと鍛えてきた。
 
 あの術式は、未だ完成の域には達していないものの、それでも聖人である青髪ピアスの身体能力には付いていける程度には彼女も成長している。
 
 そんな自分だからこそ、女教皇様に手が届くかもしれない。いや、届かせるのだ。――そして、天草式十字清教に戻って来てもらう。
 
 結論した五和の瞳から、一切の迷いが消えた。
 
「やります! いえ、やらせてください」
 
『ふむ、良い返事なのだけど』
 
 そう言って、雲川は電話の向こうで小さく笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『さて、神裂の相手は五和が務めてくれる事になった。
 
 残る騎士団長と第二王女。
 
 他にはイギリス清教の最大主教と女王陛下の保護、禁書目録の奪還という仕事も残っているのだけど』
 
 そこまで言った雲川は一旦言葉を切り、
 
『良いニュースだ。今入った情報によると、現在騎士団長は後方のアックアと対戦中なのだけど』
 
 アックアの目的はいまいち分からないが、騎士団長と互いに潰し合ってくれると手間が省ける。
 
「ウィリアム小父さんと!?」
 
「彼が戻って来ているのですか!?」
 
 上条とヴィリアンの二人が執拗にアックアの居場所を聞いてくるが雲川は無視。
 
 このアクシデントを利用して最大限事を優位に運ぶ為の作戦を考える。
 
 考えに没頭する雲川だが、一分にも満たない僅かな時間で結論すると小さく頷き、
 
『……ここは、後方のアックアに任せる事にしようか』
 
 そう零すと、ミサカにインデックスの保護の為、フォークストーンに行くように指示を出した。
 
『くれぐれも言っておくのだけれど、禁書目録の身柄を保護した後は、速やかに彼女をイギリス清教に渡す事』
 
「……なんで? インデックスの知識があった方が有利に事を運べるんじゃ」
 
 ミサカに代わり、上条が疑問を投げ掛ける。対する雲川は電話の向こうで小さく頷き、
 
『確かに対魔術師戦の場合、彼女の知識は喉から手が出る程度には欲しいが、今回ばかりはそうも言っていられないのだけど』
 
 何しろ、インデックスの所属はイギリス清教だ。
 
 彼女をこちら側に置いたままでは、この事態を観測している組織達に上条達とイギリス清教の関係を疑われかねない。
 
 何時もの騒ぎならば、それでも別に良いのだが、今回ばかりは完全にイギリス清教と切り離しておく必要がある。
 
 ……それに、禁書目録が敵に回った場合の事を考慮して、あの最大主教が彼女に何の細工もしていないとは思えないのだけど。
 
 とはいえ、今はその事は口には出さないでおく。
 
『ヴィリアン第三王女』
 
「は、はい」
 
 まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったヴィリアンは慌てて返事を返す。
 
『第三王女にも手伝ってもらいたい事があるのだけど』
 
「わ、私にですか……?」
 
 僅かに悩むが、すぐに決心し小さく頷き、
 
「何をすれば良いのでしょう?」
 
『女王エリザードと最大主教ローラ・スチュアートの説得をお願いしたいのだけど』
 
 彼女等を解放したとして、そのまま鎮圧に乗り出されては被害が拡大するし、成功したとしても、騎士派との軋轢は残る。
 
 イギリスを正常な状態に戻そうとするのならば、ここは傍観してもらうしかない。
 
『取り敢えず、二人を見張っている護衛は……、オリアナ嬢、頼めるかな?』
 
「良いわよん。私もこう見えてもイギリス人だしね。祖国の為に頑張りましょう」
 
 快諾を貰った雲川は頷き、残った上条、姫神、吹寄、には全力でキャーリサを倒すように告げる。
 
『なんでも第二王女はカーテナ・オリジナルとかいう霊装を入手して、かなりアッパー入ってるとの事だから、手加減して勝てるとか思わないように』
 
「それって、どれくらいヤバイ霊装なの?」
 
 問い掛けるのは吹寄だ。
 
 対する雲川は一拍の間を置き、
 
『専門家ではないので詳しい事は分からんが、イギリス内においてのみという限定はつくものの、おおよそ超科学天使ヒューズ・カザギリ級の力を与えるとの事なのだけど』
 
『うわぁ――!? 私ってば、今にして思うと物凄く恥ずかしい事をッ!?』
 
 電話の向こうから風斬の身悶えるような悲鳴が聞こえてきたが、敢えて聞かなかった事にする。
 
 とはいえ、あの状態の風斬と同等となると真正面からぶつかって勝てる相手ではないだろう。
 
「霊装でパワーアップしているという事は。霊装さえ破壊すれば。第二王女はただの人間に戻る?」
 
『そういう事なのだけど。――それ程の霊装だ、近づくのも困難だろうし、一撃で破壊するとなると……』
 
「幻想殺しか」
 
 呟き、己の右手に視線を落とす上条。
 
『まあ、そんな所だから健闘を祈るのだけど』
 
「あぁ、ありがとう先輩。やるだけやってみるよ」
 
 その言葉を最後に通話を切った。
 
 携帯電話をポケットに仕舞い、仲間達の顔を見渡す。
 
 雲川は簡単に言ってくれはしたが、この作戦が成功する確率は精々1%もあれば良い方だ。ひょっとしたら、更に低いかもしれない。
 
 その証拠に雲川は勝率に関しては一言も告げなかった。
 
 その事に関して、吹寄達も感づいているのだろう。だが、彼女達の顔に悲壮感は微塵も無い。
 
 口元に小さな笑みを浮かべた上条だが、すぐに表情を真剣なものに改め、
 
「さあ諸君、地獄を作るぞ」
 
 静かに宣言した。
 
「大隊総員、傾注!!」
 
 上条の言葉に、吹寄達が……、本来ならば関係の無いヴィリアンまでもが姿勢を正してしまう。
 
「諸君、夜が来た。
 
 ――無敵の敗残兵諸君。――最古参の新兵諸君。
 
 万願成就の夜が来た。戦争の夜へようこそ」
 
 口を大きく歪めた笑みを浮かべる上条。
 
「目標はイギリス清教。そして王室第二王女キャーリサの打倒だ」
 
 告げ、睥睨するように少女達に視線を送ると、上条の視線の圧力に押されるかのように少女達も思わず頷いてしまう。
 
 対する上条は畳み掛けるように、
 
「堰を切れ!! 戦争の濁流の堰を切れ! 諸君!!
 
 第一目標はロンドン全域!! テムズ西岸! 議事堂! ビッグベン! 首相官邸! 内外務省庁舎! 国防総省舎! 政官庁舎群! バッキンガム宮! セントジェームス宮! セントローソルー宮! ハロンプルトン別宮! ハムスウォース離宮! ホースガーズ! スコットランドヤード本庁! 大蔵会議局! ウエストミンスター寺院! ピカデリー、ソーホーシティー、サザーク全て燃やせ!!
 
 息つく暇もなく捲し上げられる地名に吹寄達は口を挟めない。
 
「中央政府院! ロンドン・キャベンディシィア連隊本部施設! セントポール大聖堂!!」
 
「少佐殿、キャビネットウォールームスは?」
 
 問い掛けたのは既に上条のネタを見抜いたミサカだ。
 
 対する上条は余裕の笑みを浮かべて、
 
「爆破しろ!! 当然だ。不愉快極まる欠片も残すな」
 
「トラファルガー広場はいかがしますか少佐殿」
 
 続いて姫神も悪ノリを始める。
 
「燃やせ。ネルソン像は倒せ。ロンドン塔、大英博物館、大英図書館、全部破壊しろ。不愉快だ」
 
「タワーブリッジは?」
 
 笑いを堪えながら問い掛けるのはオリアナだ。対して上条は表情を崩さず、
 
「落とせ。ロンドン橋もだ歌の様に」
 
「て、帝国戦争博どうしましょうか?」
 
 場の空気に流されるように五和も口を開く。
 
「爆破しろ。かまうものか、目についた物は片端から壊し、目についた者は片端から喰らえ。
 
 存分に食い、存分に飲め。
 
 この人口800万の帝都は今宵諸君らの晩飯と成り果てるのだ」
 
 立ち上がり両腕を広げ、
 
「さあ!! 諸君!! 殺したり殺されたり、死んだり死なせたりしよう。
 
 さあ乾杯をしよう。宴は遂に今宵・此の時より開かれたのだ」
 
 いつの間にやら用意された杯を掲げ、
 
「乾盃!!」
 
 言った瞬間、ようやく正気に戻った吹寄がどこからともなく取り出したハリセンで上条を叩いた。
 
「TPOって物を考えなさい!」
 
 そして唖然としているヴィリアンに対し、頭を下げ必死に誤解を解こうとする。
 
 そんな吹寄とヴィリアンを背後に、上条は笑みを浮かべ、
 
「行こうか、イギリスを救いに……!」
 
 そう告げると少女達はそれぞれの返事を返し、二台の車に分乗し戦場へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 フォークストーンに到着した上条達を出迎えてくれたのは、騎士派の者達によるありがたくない熱烈な歓迎だった。
 
 剣を振りかざし、襲いかかってくる騎士達を迎撃しながら彼らの注意を惹きつつ、インデックス奪取の為、ミサカを送り出す。
 
 手にした短銃身のショットガンを鎧を纏った騎士の胸に放ちながら、上条がウンザリ気に、
 
「一人一人の身体能力が随分と高いな……」
 
 聖人並とまでは言わないが、通常の魔術師では対処出来ないであろう程に攻撃力、防御力共に高い。
 
 ……とはいえ、
 
「確かに高いんだけど、何かぎこちないのよね……」
 
「私も。そう思う。……なんて言うか。借り物っぽい?」
 
 どれだけ防御力が高かろうと、吹寄の攻撃は防御力無視で相手の体内に直接ダメージを与えるし、姫神の関節技の前には鎧など意味が無い。
 
 そして、彼らにはカーテナによって自力の上がった騎士達と相対しても対処出来るだけの力があった。
 
「つーか、上条さん一人だけ不利な気がするのですが」
 
 鎧相手に素手の拳で殴り掛かるわけにもいかず、現在の上条は両手にアーマーグラブを装備し、銃器で牽制しつつ、急所に打撃を与える事で相手を昏倒させるという器用な戦い方をしている。
 
「私としては、制約有りの貴様が私達と同じだけ戦果を挙げているというのが、いまいち納得いかないのだけど?」
 
 言って、騎士の振り下ろす剣を身体を開く事で躱しつつ、同時にその腹に掌底を叩き込む吹寄。
 
 その背後では、姫神が相手を力をそのまま利用して投げを打ち、吹寄の一撃を食らって立っているのがやっとの騎士を押し潰す。
 
「それにしても……」
 
 自分達を取り囲む騎士達を見渡し、
 
「数が多いわね。本命と闘るまで体力持つかしら?」
 
 とはいえ、陽動の為にもある程度は敵を引きつけておく必要もある。
 
 ウンザリげに吹寄が告げた瞬間。騎士達が築いていた人垣の一角が爆発したように吹っ飛んだ。
 
 粉塵の中から姿を現したのは、3m以上の巨大な刀身を誇る剣を携えた屈強な体躯の傭兵。
 
「……ウィリアム・オルウェル!?」
 
 騎士団長との戦いで左肩を負傷してはいるものの、その眼光に一切の衰えは無い。
 
 そして、彼がこの場に現れたという事は、彼と相対していた騎士団長が敗れたという事だ。
 
 ウィリアムはゆっくりとした動作で周囲を見渡し、小さく頷くと、
 
「よそ見をしていて良いのであるか?」
 
 騎士達に向けて、そう問いかけを放った。
 
 途端、騎士達の身体が吹っ飛び、頽れ、大地に叩き付けられる。
 
 ウィリアムの存在に気を取られた騎士達の一瞬の隙を付き、攻撃に転じた上条達だ。
 
 そして慌てて戦闘態勢を取る彼らの耳に、再度ウィリアムの声が届く。
 
「ナメられたものであるな。――私に対し、この程度の戦力でどうにかなると本気で思っているであるか?」
 
 本日二度目の爆発が起き、再度騎士達が吹っ飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから十分程で残っていた騎士達を戦闘不能に追い込んだウィリアムは上条と視線を合わせ、互いに無言のまま頷くと全く同じタイミングで茂みの方へと視線を向けた。
 
「その調子だと、騎士団長は撃破されたよーだな」
 
 木々の合間から姿を見せたのは赤いドレス姿の金髪の女性。
 
 クーデターの首謀者、第二王女キャーリサだった。
 
 彼女は上条達に倒された横たわる騎士達に視線を向けると、
 
「……使えんな。カーテナ・オリジナルの加護を受けていながら日本の高校生程度にやられるとは、騎士の程度もしれているのだし」
 
 直後、キャーリサに向け上条が手にしたショットガンを発射した。
 
 装填されている弾丸はゴム弾などではなくライフルドスラッグと呼ばれる一粒弾だ。
 
 鎧も装着していない者が直撃を食らえば、まず無事では済まない。
 
 ……が、上条は躊躇無く発砲した。
 
 そして着弾を確認する事無くショットガンを放り捨てると、肩から下げていたアサルトライフルを腰だめに構え、銃身下部に装着されているアンダーバレル・グレネードランチャーを発射し、同時に銃弾をバラまく。
 
 その上更に手榴弾を投擲。
 
 一拍の後、爆発が起こり轟音と爆炎によって周囲が彩られた。
 
 何時もの上条らしからぬ確実に殺す気で行われた行動だが、少女達は上条に対し抗議の声を挙げる事はしない。
 
 ――何故ならば、彼女達もまた、キャーリサの強さを肌で感じていたからだ。
 
 空になった弾倉を交換する間も、微塵の油断無く粉塵の方を睨み続ける上条。
 
 煙の向こうから感じる気配は、一向に弱まった様子は無い。
 
「まったく……、最近の若造は礼儀というものがなっていないのだし」
 
 粉塵の向こうから現れた人影に対し、既に踏み込んでいたウィリアムが手にした大剣……、聖剣アスカロンを振り下ろす。
 
 対するキャーリサは平然とその一撃を片手で受け止め、
 
「訂正しよう。……中年も礼儀がなっていないようなのだし」
 
 美しい顔に獰猛な笑みを浮かべ、武器を封じたウィリアムの胴体に向け右手のカーテナ・オリジナルを振り抜いた。
 
 元々が儀礼用の装飾剣の為、剣自体の切れ味は無いに等しいが、剣が持つ力を使えば次元ごとウィリアムの身体を両断するくらい造作も無い。
 
 しかし、カーテナ・オリジナルがウィリアムの身体を断つよりも速く、既にキャーリサの懐にまで潜り込んでいた姫神がキャーリサの身体を投げ飛ばした。
 
「チッ!? 雑魚がうろちょろと……!?」
 
 派手に地面に叩き付けられたものの、今のキャーリサはカーテナ・オリジナルの加護のお陰で天使長ミカエルと同等の力を持っている。
 
 この程度の攻撃は蚊に刺された程度にも感じない。
 
 が、そこに上空からアスカロンを構えたウィリアムが突き込んできたとなると話は別だ。
 
「ぬぅううん!」
 
 転がるようにして回避し、勢いそのままにキャーリサが立ち上がった所に背後から吹寄の発勁を受けその場に片膝を着く。
 
「クッ!? この!」
 
 形振り構わず振るう一撃が次元を断ち切るような攻撃だ。流石に追撃を諦めた吹寄が一旦距離を置いた。
 
 ……カーテナ・オリジナルを扱い慣れていない今が好機であるな。
 
 アイコンタクトで意思疎通を果たす上条とウィリアム。
 
 流石に付き合いの無い姫神達との意思疎通は無理だが、その分は上条が行う。
 
 波状攻撃を持って隙を作り、上条の幻想殺しでカーテナ・オリジナルを破壊する。
 
「ならば、コレでどうなのだし!!」
 
 イギリス国内におけるという限定ではあるが、最強の力を手に入れた筈の自分がたった四人に良いようにあしらわれる屈辱に歯噛みしつつ、キャーリサはカーテナ・オリジナルを大地へと突き立てる。
 
 直後、キャーリサを中心に半径500m級の爆発が生じ、上条達の身体は上空200mの高さまで打ち上げられた。
 
 ……この程度の事で彼らを倒せたとは思えないが、今の内にこの場を離れなくては。
 
「……ハァハァ、バッキンガム宮殿に戻り、カーテナ・オリジナルの仕様を私専用に組み替えれば――」
 
 彼らに対抗出来るかもしれない。
 
 ……それと、自分に有利に戦闘を運べるよう、舞台を調整する必要があるのだし。
 
 通常の外傷とは違う、内部から発するような鈍い痛みを放ってきた背中を気遣いながら立ち上がり、キャーリサはバッキンガム宮殿を目指し、その場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第二王女キャーリサによるクーデターを知り、新たなる光を追跡していた神裂とステイルが取った行動は、イギリス清教の残党と連絡を取る事でも最大教主であるローラ・スチュアートの元に駆けつける事でも無く、クーデターの首謀者であるキャーリサと行動を共にしていた禁書目録の元に駆けつける事だった。
 
 貨物列車に忍び込み、フォークストーンに到着した彼らは、インデックス救出の為、深夜の森を疾走していた。
 
「クソッ!? 騎士派の連中、あの娘に毛程の傷でも付けていてみろ、生きたままで四肢を焼いて地獄を見せてやる」
 
 焦りから口汚い言葉を吐くステイルに対し、神裂は見た目は冷静に、
 
「騎士派にとってもあの娘の存在は価値がありますから、不用意な行動は起こさないとは思うのですが……」
 
 それに、彼女を守る歩く教会もある。迂闊には手出しが出来ない筈だ。
 
 とはいえ、キャーリサの力は歩く教会すら軽く凌駕する。
 
 彼女がインデックスを不要と判断すれば、怪我どころでは済まない。
 
 焦る気持ちを自制しながら駆ける彼女の眼前に人影が立ち塞がった。
 
 騎士派の襲撃か? と警戒し足を止める二人の魔術師の前に姿を現したのは、天草式十字清教の五和だ。その背後にはインデックスを抱きかかえたミサカの姿もある。
 
「五和……。良かった、あの娘も無事でしたか」
 
「はい」
 
 短く返事を返し、一瞬だけ視線をミサカに送ると、ミサカはインデックスの身柄をステイルに手渡し、
 
「女教皇様……」
 
「今は女教皇ではありません……」
 
「では神裂さん」
 
「何でしょう?」
 
 一息を吸うと、五和は神裂に視線を向け、
 
「一手、お手合わせお願いします」
 
 言って、手にした海軍用船上槍を神裂に向けて構える。
 
 対する神裂は僅かに狼狽し、
 
「この非常時に何を……」
 
「非常時だからこそです」
 
 五和の後をミサカが継いだ。
 
「今回、ソリューションの取るべき行動は、騎士派、清教派、王室派を平等にぶん殴る事です。とミサカは答えます」
 
 それだけの情報で、神裂はおおよその事態を察した。
 
 この場に居ないソリューションのメンバーは、おそらく騎士団長とキャーリサと相対しているのだろう。
 
 そして、インデックスの身柄をこちらに引き渡したという事は、この戦い彼女達は本気でイギリス清教にも喧嘩を売るつもりだという事だ。
 
 相対する五和の眼光に戸惑いの色が無い事を確認すると、神裂は誰にも気付かれないように溜息を零し、
 
 ……やはり、恨まれているのでしょうね。
 
 あれほど慕ってくれていた者達を裏切り、自分はここに居るのだ。恨まれても仕方があるまい。
 
 という諦めにも似た感情を抱きながら、長刀を納刀したままで眼前に構え、
 
「……ステイル。手出し無用でお願いします」
 
「――それは別にかまわないが。……戦えるのか? 君は」
 
「…………」
 
 ステイルの質問に神裂は無言。
 
 むしろ、彼女としては負けても良いとさえ思っている。
 
「征きます!」
 
 戦闘開始の一言を告げると同時、五和が神裂の眼前に飛び込んでいた。
 
 突き出される槍の一撃を、咄嗟に鞘に収めたままの刀で打ち払うが、五和はその力を利用して、槍を横薙ぎに振り回し、柄で神裂の横合いから殴りつけるような一撃を放つ。
 
 ……が、それは神裂の刀の柄頭で静止させられた。
 
「見事な一撃です。単独で聖人レベルまで身体能力を向上させられるとは……」
 
 バルビナとアウレオルス制作による力のある呪具を定められた位置に配置する事により、術式の範囲内においてのみ術者の身体能力を聖人並みに向上させる術。
 
 どこにでもある日用品を用いて術式を構成する天草式十字清教からすれば邪道ともいうべき術法ではあるが、神裂を足止めし更に勝利する為には手段を選んでいる余裕など無い。
 
 ……まあ、槍とか剣とか、日用品とは言い難いですし、OK.ですよね?
 
 内心で自己弁護し、神裂と視線を合わせる。
 
「ハァ――ッ!!」
 
 連続で繰り出される五和の攻撃を躱し、凌ぎ、受けながら神裂は攻撃に転じる。
 
 対する五和も、神裂の攻撃を躱し、凌ぎ、受け止める。
 
 ……私の、……聖人の速度に着いてくる。……いえ、聖人との戦いに慣れている?
 
 そう言えば、学園都市にも聖人が居たはずだ。
 
 恐らくは、彼に修練を手伝ってもらったのだろう。
 
 徐々に速度を増していく五和の攻撃だが、それに神裂は違和感を感じずにはいられない。
 
 気迫は本物だし、手を抜いているようには見えないのだが、
 
 ……殺気が無い?
 
 神裂を倒すのではなく、己を確かめる為の仕合。……否、これは、
 
 ――届けと、突き出される刃先を受け流せば、――まだ届きませんか? と次の一撃はもう一歩速く突き出される。
 
 ……まるで、教え子が教師に自分の成長を見てもらうかのように。
 
「――七閃!」
 
「――七教七刃!」
 
 同時に放たれた複数の極細ワイヤーが交錯し、周囲の空間ごと弾ける。
 
 その結果、左頬に浅い切り傷を受けただけの神裂に対し、五和は右腕と左足に傷を負うことになったのだが、
 
「――――」
 
 その表情は僅かに微笑んでいた。
 
 ……届いた。
 
 絶対的な力量差を持つ聖人に対し、攻撃を届かせる事が出来た。
 
 そして、その笑みをもって五和の本心を理解出来た神裂からも迷いが消え、口元が微かに揺るんでしまう。
 
「――この程度の傷で、何を満足しているのですか?」
 
 神裂から声を掛けられ、慌てて気を引き締める五和。
 
「まだまだ、上があるのでしょう? この程度で満足しているようでは、私を倒す事など永遠に叶いませんよ?」
 
 挑発とも、激励ともとれるような言葉に、五和は一瞬だけ笑みを見せた後、すぐに表情を改め、
 
「はい! 絶対に勝たせていただきます!」
 
「私としても、むざむざ負けるつもりはありませんが――!」
 
 もう、先程まであった負けても良いという想いは無い。
 
 今の神裂には、五和の全力を全力をもって受け止める。……ただ、その気持ちがあるだけだ。
 
 そして視認不可能な速度で打ち合わされる刃と刃。鋼刃と鋼刃。魔術と魔術。
 
 不可視の火花が散り、炎が奔り、地面が凍り、紫電が迸り、大地が裂ける。
 
 既に百を越えて刃を打ち合わせ、互いに多数の傷を負いながらも、戦闘は更に激しく、そして二人は笑みを深めていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ステイルが五本目の煙草を吸い終わった頃になっても、未だ二人の戦いは続いていた。
 
 互いに全身傷だらけ。
 
 但し、呼吸も乱れ余裕のない五和に対し、神裂の方はまだまだ余力を残しているように見られる。
 
「ハァ……、ハァ……」
 
 術の反動で、身体中が悲鳴を挙げる中、戦闘のドサクサに紛れ切り札の準備を進めてきてはいるものの、切欠を掴む事が出来ず苦戦を強いられる五和。
 
 ――五和の切り札とする対聖人用術式、聖人崩しは、本来複数の術者との共同で行う術式であるが、道具を特定位置に配置する事により、これを代理とするように五和は改良を施した。
 
 ……とはいえ、元々は聖人の持つ魔力を体内で暴走させる事により三十秒前後の硬直時間を生み出すという術式も、無理な改良の為、硬直時間も五秒程度、しかも術式の負荷に槍が耐えられず砕け散るというギャンブル要素の強い物になっているのだが、今の五和にとって神裂に勝利するには、この術式に縋る以外勝機は残されていない。
 
 だが、肝心の神裂に隙が無いのだ。
 
 これでは聖人崩しを発動させる事すらままならない。
 
 ……なんとかして隙を!?
 
 そう思っていた矢先、神裂の後方、およそ数q先で大規模な爆発が起きた。
 
 思わず動きを止め、振り向いてしまった神裂に対し、そちらの方向で何が行われているのかを知っている五和は即座に戦闘に復帰することが出来た。
 
 勿論、大爆発に上条達が巻き込まれているだろう事は容易に想像出来るのだが、彼らと行動を共にするようになった五和は、この程度の爆発で彼らがどうにかなるとは思わない。
 
 それくらいの信頼関係は培ってきた。
 
 五和は手早くおしぼりを取り出すと、それで海軍用船上槍の長柄を包み込む。
 
 ――管槍と呼ばれる、槍と手の間の摩擦係数を軽減させる事で、突き出す速度と威力を倍加させる技法だ。
 
「征きます! ――聖人崩し!!」
 
 その言葉で、今が戦闘中であった事を神裂が思い出し、咄嗟に七天七刀を構えようとするが手遅れだ。
 
 雷光と化した五和の槍が神裂の胸の中央を貫き、直後、聖人の背後に光の十字架が長く大きく伸びる。
 
「――――ッ!?」
 
 言葉を吐く余裕など有りはしない。
 
 術後、砕け散るであろう愛槍を捨て、身動きを封じられた神裂との間合いを一気に詰める。
 
 槍を捨てた五和の右手に携えられるのは一本の釘。
 
 何の変哲もない普通の釘だが、聖人である神裂にとってそれは数少ない弱点となりうる道具だ。
 
「くぅ……ッ!?」
 
 必死に回避を試みるも、聖人崩しの影響で神裂の身体の自由は奪われている。
 
 術の影響が解けるまで、後二秒。……だが、ようやく聖人崩しの効果が切れた時には、既に神裂の喉元には、五和の手により釘が突き付けられていた。
 
「わ、……私の勝ちです!」
 
 肩で息を切らせながら宣言する五和に対し、神裂は嬉しそうな笑みを浮かべて、
 
「えぇ。……そして、私の負けです」
 
 決着が着いた事で安堵したのか、五和の身体から力が抜け、崩れ落ちそうになるのを咄嗟に神裂が支えた。
 
「見事です……」
 
 そこから先は、もう声にならない。
 
 自分が居る事で彼らを傷つけたくないと思い、天草式十字清教から距離をおいたというのに、彼らはそんな神裂を責める事無く、むしろ彼女の足手纏いにならないように、と精進を重ねてきたのだ。
 
 そしてその努力は遂に聖人である自分をも凌駕した。それを心底嬉しく思い、また彼らを弱いと決めつけ、距離をおいた自分の所行を恥じた。
 
 ……もう、私の存在は天草式十字清教に必要有りませんね。
 
 自分が居なくとも、彼らは成長していく。
 
 その事を五和に告げようとした時、茂みから深紅のドレスを身につけた金髪の女性が現れた。
 
 生い茂った木々の中を移動してきたであろうに、髪の乱れ一つ見せない女性は、神裂の存在をそこに認めると、面倒臭そうに息を吐き出し、
 
「やれやれ、雑誌の星占いでは今日はラッキーデイの筈なのだけど……、どうみても厄日だし」
 
「キャーリサ第二王女!?」
 
「今は国家元首だし」
 
 言って、カーテナ・オリジナルを肩に担ぐキャーリサに対し、神裂は七天七刀を構えようとするが、それは五和によって遮られた。
 
「駄目です! 神崎さん達は下がっていてください!」
 
 この期に及んでなお、清教派と王室派の激突を防ごうとする五和だが、既に彼女の身体は満身創痍。とても戦えるような状態ではない。
 
「状況から予測するに、先程の爆発に乗じて戦場を離脱してきたと見るべきでしょうか」
 
 言いながら、五和の隣に並ぶのは、サブマシンガンを携えたミサカだ。
 
 彼女はサブマシンガンのボルトをスライドし、初弾を装填すると安全装置を外し、
 
「あの程度の爆発で、彼らが死んだとは思えないので、ミサカ達の役割は足止めだと判断します。とミサカは冷静に分析します」
 
 対するキャーリサは失笑を浮かべ、
 
「ふん、出来るとでも本気で思っているのか? 半死人と劣化クローンのたった二人で、天使長ミカエルと同等の力を持つこの私の足止めを」
 
 上条らの行動から五和達がイギリス清教に所属する神裂達に助っ人を望まない事を見抜いた上での挑発だ。
 
 正直な所、キャーリサとしても吹寄の攻撃で負傷している以上、この場で聖人の相手はしたくない。
 
 その為、そうと悟られないように、遠回しに釘を刺しておく。
 
 とはいえ、五和達としては最初からそのつもりだ。死ぬつもりは更々無いが、何としても上条達が来るまでの間、時間を稼がなければならない。
 
「神裂さん。ここは私達が何とかします。貴女達はあの娘を連れて、この場を離れてください」
 
 あくまでもイギリス清教とキャーリサとの戦闘を拒む五和。
 
 だが、このまま神裂達がこの場を去れば、彼女達は無事では済まないだろう。
 
 とはいえ、五和との約束を反故にしてしまえば、これまでの五和の努力を全て無にしてしまう。
 
 悩んでいる時間も無い事に神裂はある決断を下す。
 
「……ステイル。貴方は禁書目録を連れてこの場を離脱してください」
 
 そして、
 
「最大主教に言伝を――」
 
「聞こう」
 
 神裂は事の成り行きを見守っている五和とキャーリサから視線を逸らす事なく告げた。
 
「神裂・火織は、現時刻をもってイギリス清教を脱退すると、伝えてください。
 
 今から私は――」
 
 本来ならば、今更、戻れたものではないが、今、この時だけは彼女と共に戦う同士であろう。
 
 一息、
 
「……天草式十字清教の神裂・火織です!」
 
 次の瞬間、カーテナ・オリジナルと七天七刀が激突した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上空200mまで打ち上げられた上条達。
 
 限界まで打ち上げられた後は、重力に引かれて落下していくだけだ。
 
 当然、上空200mから落ちて無事で済むわけが無い。
 
 そこで上条はまず、一緒に打ち上げられた瓦礫を跳び伝い、最上点を目指した。
 
 理由としては、上から降り注ぐ瓦礫を気にせずに済むようにだ。
 
 最上点で姫神と合流すると、ポケットの中からペンライト程の大きさの円筒を取り出し、姫神の身体をシッカリと抱き寄せると円筒のボタンをプッシュ。
 
 瞬間、円筒の先から特殊ラバー製のバルーンが展開し、上条と姫神の身体を上空へと引き上げた。
 
 一先ず、墜落死の心配が無くなった事に安堵の吐息を吐き出す上条だが、眼下に映る俄には信じがたい光景に、ウンザリした溜息を吐き出しながら、
 
「練習中に見慣れてる筈の光景なんだけど、こうして別アングルから改めて見ると、やっぱりニュートンに喧嘩売ってるようにしか見えないよなぁ……」
 
 告げた上条の視線の先では、舞い落ちる木の葉の上に乗る吹寄の姿があった。
 
 吹寄の乗る木の葉は、ゆったりとした速度……、まるで吹寄の体重が掛かっていないかのような動きで風に揺られながら落下していく。
 
 吹寄曰く、軽気功という技で、あらゆる打撃を無効化する気功の奥義ともいうべき技らしい。
 
 ちなみに、ウィリアム・オルウェルに関しては、心配するだけ無駄というものだ。
 
 ――五分後、何事もなかったかのように勢揃いした四人は、すぐにキャーリサを追おうとしたが、彼らの行く手を遮るように一人の女性が茂みの中から姿を現した。
 
「先を急ぐのは結構だけど、ちょっと私の話を聞いていってみないかしら?」
 
 現れたのは片眼鏡を付けた妙齢の女性だ。
 
「イメリア……、第一王女?」
 
 一応の面識がある吹寄が彼女の名を告げる。
 
「そうなのだけど、……まあ、事態が逼迫しているようだし、要点だけね」
 
 バッキンガム宮殿で会った時と違い、フランクな物言いで接してくる第一王女に戸惑いつつも、時間が無いので口出しせずに、彼女の言う事に耳を傾ける。
 
「まあ、カーテナ・オリジナルの弱点とかでは無いから、期待を裏切るようで悪いのだけども……」
 
 そう言って切り出したのは、キャーリサがクーデターを起こした真の目的だった。
 
「彼女の狙いは二つ。
 
 一つ目は、圧倒的な暴君としてフランス・ローマ正教という外敵からイギリスを守ること。
 
 そして二つ目は、全ての戦争が終わった後で、自らを含めた王族を全員殺し、カーテナ・オリジナルとセカンドを完全に破壊し自分共々封印する事で、無能な王政を廃し民衆主導の新しい国家を樹立させようとしているのです。
 
 自らが、イギリス最悪の悪役となる事と引き替えに……」
 
 そこから先はもう、誰もイメリアの言葉を聞いていなかった。
 
 ……そんな馬鹿げた決意(幻想)は、ぶっ殺す。
 
 口に出さずとも、上条の固く握られた拳が雄弁にそう物語っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――時間は少し遡る。
 
 オリアナの手引きによって、騎士派の護送から逃げ出していたエリザードとローラ・スチュアートに接触する事が出来たヴィリアンは、事情を説明し、騎士派に対する攻撃の中止を懇願していた。
 
「ふーむ……。なるほど、あの少年達が動いておりけるのね」
 
「はい。ですから、事を穏便に収める為にも騎士派との交戦は極力さけるように通達を――」
 
「だが、清教派としては、今後の発言力を更に高める為には、ここら辺で優位に立っておきたいというのもありけるのよ」
 
 ローラはそう言うと、意地の悪そうな笑みをこれ見よがしに見せる。
 
 ローラに拒否されたヴィリアンは縋るような眼差しを母に向けるが、当のエリザードは考え込むようなポーズのまま、
 
「ところで、何故ヴィリアンには救助の手が向けられていたのに、私の所には誰も助けに来なかったんだ?」
 
 本当はエリザードだけではなく、第一王女にも救出は向けられていないのだが、そんな事は知らないエリザードは自分だけが放っておかれたような気がして、大人気なくも拗ねた。
 
 もっとも第一王女であるイメリアは、彼女独自のパイプがあるし、何より助けに行った所で人間不信ともいうべき警戒心により素気なく断られるのがオチであろうが。
 
「どうしても、聞き入れてはいただけませんか?」
 
「そーねー……」
 
 顎に手を添え、考えるような仕草を見せたローラは、小さく頷き、
 
「うん。今後、王室派は清教派に絶対服従。ついでに騎士派の方も王室派が抑えてくれるのであれば、魔術師達を退かせてやってもかまわないのだけど?」
 
「そんな……」
 
 試すような眼差しでヴィリアンを見つめるローラ。
 
 対するヴィリアンとしても、ローラの提案を飲むわけにはいかない。
 
 もし、この条件を受けてしまえば、上条達の努力が無駄になってしまう。
 
 ……仮に、今この場に居るのがヴィリアンではなく頭脳に秀でたイメリアだったならば、交渉を上手く運び、最低限の損失で済むように立ち回れただろう。
 
 キャーリサだった場合、背後に控える軍事力をちらつかせ、時には暴力に訴えてでも強引に自分に有利な条件を付けさせるだろう。
 
 だが、人徳はあるものの、それしかないヴィリアンでは何も出来ない……。
 
 ……いえ!
 
 戦場では、未だ上条達が圧倒的な不利な状況にも関わらず、この国を救う為に死に物狂いで頑張っているのだ。
 
 この程度で諦めて良いはずが無い。
 
「……どうしても撤退させてはもらえませんか?」
 
「当然なりけるのよ」
 
 ……ならば、
 
「分かりました」
 
 拳を握り、ファイティングポーズをとるヴィリアン。
 
 今までの人生で、人を殴った事など無い彼女の構えは、素人からみてもぎこちなく、恐怖からか膝といわず全身が震えている。
 
 それでもヴィリアンは気丈にも強気な表情で、
 
「な、ならば、力尽くで、という事になりますが」
 
 対するローラは、呆れの混じった溜息を吐き出し、
 
「この魔術大国イギリスにおいて、魔術師達を統べるイギリス清教最大主教ローラ・スチュアートに対し、魔術でも、銃でもなく、素手で挑もうと?
 
 ……なるほど、中々に良い度胸をしているとは思うのだけど、度胸や根性だけではどうにもならない事が世の中にはある事を学ぶべきなりけるかしら」
 
 魔術を何時でも行使出来るよう、幾つかの霊装を仕込んであるローラに対し、ヴィリアンは魔術が使えない。
 
 彼女に出来る事といえば、既に発動している霊装を操る事が精々だ。
 
 だが、それでもヴィリアンは下がらない。自分の背後にイギリスの未来が掛かっている以上下がるわけにはいかない。
 
 イギリスとは縁も所縁もない上条達が身体を張って戦っているのだ。イギリス王家に名を連ねる自分がやらずしてなんとする。
 
 他力本願の人徳に頼らず自らの意思だけで進む決意が今のヴィリアンにはあった。
 
「だけど、現実は厳しいものなりけるのよ」
 
 告げ、ローラが魔術を発動させ、光の爆発がヴィリアンを飲み込もうとしたその瞬間、どこからか飛んできた一振りの儀礼剣が彼女の前に突き立ち、ローラの放った魔術から彼女の身を守り抜いた。
 
「……これは」
 
 切っ先の無い全長80cm程の両刃剣。
 
「カーテナ・セカンド!?」
 
「お母様!?」
 
 対峙する二人は咄嗟にエリザードの方へと視線を向けるが、そこでは相変わらずふて腐ったままの女王陛下が地面に座り草を毟っていた。
 
「おっといかん。虫を叩こうとしてカーテナ・セカンドを振り回したら、思わず手が滑ってしまった」
 
 ……そんなわけ無いだろう!
 
 思わずそう叫んでしまいたい衝動に駆られたローラだが、ヴィリアンがカーテナ・セカンドを手にしてしまった以上、そんな事をしている余裕など一切消えてしまった。
 
 力の殆どをカーテナ・オリジナルに奪われ、今では二割程度の力しか出せないとはいえ、それでも次元くらいならば軽く切断出来るような霊装だ。
 
「ま、待った! ちょっと待ったなのよ!? ここで私達が争うと、イギリスでの今後のパワーバランスが崩れる事になりけるのよ!」
 
 もはや人徳と話し合いの時間は終わりだ。
 
 例え、それが恐喝や脅迫や詐欺と呼ばれるような物であろうとも、目的の為ならば躊躇せず行使するだけの決意がある。
 
「えぇ、当然、暴力なんかで解決しようなんて思っていません。私達がこれから行うのは平和的な対話の筈です」
 
 とは言うものの、ヴィリアンの手にあるカーテナ・セカンドは起動したままになっており、大変危険な状態だ。とてもではないが安心出来る筈が無い。
 
 だが、この場にはオリアナとエリザードという二人の証人が居るのだ。下手な事は出来ない筈。……と思って、視線を向けると、オリアナは車のシートに横たわり、
 
「お姉さん眠くなってきたから、ちょっと休むわねん」
 
 と言い残し、態とらしいイビキを発て始めた。
 
 エリザードに関してはこちらに背を向けて寝転び、親父臭く尻を掻いている始末。
 
 おそらく後で自分が証言したとしても、ヴィリアンが違うと言った場合、大多数の人間がヴィリアンを支持するだろう。
 
 ……ひ、一皮剥けたる人徳の使い方よね!?
 
 そして間違い無くヴィリアンは、その事を理解している。
 
 冷や汗を流すローラの視線の先ではヴィリアンがカーテナ・セカンドを高々と天に掲げ、
 
「正直な話、私、魔術の制御とか不得意なので、色々と頑張ってくださいね」
 
「頑張るって、何を――ッ!?」
 
 叫んでいる間にも、カーテナ・セカンドからは膨大な魔力が迸る。
 
「約束された――」
 
「それカーテナ違う!?」
 
 問題無い。良く分からないが、上条がイギリスの王族が剣を振るう時は、こう叫ぶべきだと言っていた。
 
「勝利の剣!!」
 
 直後、破壊の奔流が周囲を飲み込み、ローラ・スチュアートの身体を遙か彼方へと吹っ飛ばした。
 
 それを見送ったヴィリアンは一息吐くと、オリアナの乗っている車の助手席に乗り込み、
 
「お母様。……私、これからちょっとキャーリサお姉様と姉妹喧嘩してまいります」
 
 クーデター云々ではなく、姉妹水入らずの喧嘩というのであれば止める理由は無い。
 
 それに、ただ守られるだけの存在ではなく、ウィリアムと肩を並べて戦えるというのが嬉しいのだろう。
 
「まあ、仲良く喧嘩してくると良い」
 
「はい!」
 
 何かが吹っ切れた良い笑顔で頷くと、ヴィリアンはオリアナと共に戦場へ向かった。
 
 残されたエリザードは一息を入れると、ヴィリアンが成長する為に敢えて悪役を演じてくれた最大主教を回収し、イギリス各地に散らばる魔術師達に撤退を命令させる為、踵を返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 森の中、金属の打ち合わされる音と、その直後に響き渡る大気を裂き大地を削るような轟音が連続的に響き渡る。
 
 ミサカはサブマシンガンの弾丸をバラ撒きながら溜息を吐き出し、
 
「ぶっちゃけ、9mmパラなんぞ効果皆無です。とミサカは呆れながら言ってみます」
 
 残弾が底を着いたサブマシンガンを捨てた所で一旦戦線を離脱した五和が戦場から離れた所に止めてあった大型四駆自動車に乗って戦線復帰した。
 
「お待たせしました!」
 
「いいえ、ナイスタイミングですとミサカは言います」
 
 回復魔術を使用したのか、多少余裕の戻った五和がミサカの前に車を横付けすると、ミサカは即座に後部ドアを開け放ち、オリアナの車に収められていた物を移した軽機関銃を取り出すとバイポッドを立ててボンネットに据え付ける。
 
 弾帯をセットし、初弾を給弾して安全装置を外すと高速戦闘を続ける神裂とキャーリサに向け、躊躇い無く引き金を引き、5.56mm弾を毎分725発の速度で叩き込んだ。
 
「チッ!? 鬱陶しいのだし!?」
 
 流石に9mmパラよりは多少は痛いのか、鬱陶しそうにするキャーリサに対し、車から予備の海軍用船上槍を持ち出した五和が突っ込んだ。
 
 突き出される切っ先を難なく回避し、五和に一撃をくれてやろうとするが、それは神裂の七閃により妨害される。
 
「ちょこまかと!?」
 
 歯噛みするキャーリサ。
 
 そこに上条達と更にはカーテナ・セカンドを携えたヴィリアンにオリアナまでもが到着した。
 
「お姉様!?」
 
 車の体当たりと同時、上空から襲いかかったヴィリアンの一撃をカーテナ・オリジナルで、車の方は左腕一本で止めてみせるキャーリサ。
 
「他力本願のお前が、何をしにこんな所に出てきた!? そんなに私に殺されたいか?」
 
「いいえ! お姉様をぶん殴りに参りました! ――自分の意思で!」
 
「ハッ、カーテナ・セカンドを手にした程度で調子に乗るなよ、お姫様」
 
 言って、左手で止めていた車を持ち上げると、それでヴィリアンを横殴りにぶん殴った。
 
 吹っ飛ばされるヴィリアンだが、その身体は大男によって優しく受け止められる。
 
 大男はヴィリアンの身体を優しく地面に降ろすと、呆れたような溜息を吐き出し、
 
「……こんな無茶をされる方だとは思いませんでした」
 
「ふふふ、驚きましたか? ――実を言うと、一番驚いているのは私だと思うのですが」
 
 言って小さく笑い、
 
「お姉様を止めます。手伝ってください。――いいえ、手伝いなさい。傭兵ウィリアム・オルウェル」
 
 ウィリアムの知る怯えるだけの少女ではない、王族としての威厳を持った王女の言葉に傭兵は頭を垂れ、
 
「――御意」
 
 一言を返して大剣を構えた。
 
「まったく……、忌々しい事この上ないのだし」
 
 零し、キャーリサはドレスの隠しポケットから無線機を取り出す。
 
 スイッチを入れ、ドーバー海峡で待機中の駆逐艦五隻に対し、ありったけのバンカークラスター弾頭を搭載したミサイルを、フォークストーンに向けて放つように命令する。
 
 バンカークラスター弾頭とは、一基につき二百発の爆弾が地下深くにあるシェルターを貫通して爆発するような危険極まりない爆弾である。
 
 そんなミサイルが百発近くも一度に襲いかかってくるのだ。しかも、防御に集中しようにもキャーリサが妨害に入る。
 
 撃たれてからでは、流石に為す術が無い。
 
 なんとか阻止しようとする上条達だが、どうにも様子がおかしい。
 
 魔術師達が上空に防御壁を張り、上条達がキャーリサに攻撃を仕掛ける事で、キャーリサが魔術師達に攻撃を加えられないようにしていたのだが、いつまで待ってもミサイルが飛んでこないのだ。
 
 不審に思ったキャーリサが無線機に怒鳴りつけると、返ってきたのは意外な事におっとりとした女性の声だった。
 
『あらあら、無線機のスイッチってこれで良いのかしら?』
 
 聞き覚えのある声色に、思わず上条達の攻撃の手も止まる。
 
「……今の声って、もしかして母さん?」
 
『上条さーん。こっち制圧完了ー。って、聞こえてますー?』
 
「おや? 今の声はお母様の声に似ているようですが? とミサカは首を傾げます」
 
「誰だ、貴様等!?」
 
『上条・詩菜と申します』
 
『私は御坂・美鈴だけど』
 
 聞こえてきた名前に、納得と呆れの混じった溜息を零す上条達。
 
「……上条・詩菜と御坂・美鈴だと? ――傭兵の笑う雌豹に、宝石使いのクリシュナか!?」
 
 どうやら二人共、裏の世界では結構名の知れた存在らしい。
 
「……何だが良く分からないけど、ミサイルは飛んでこないみたいね」
 
 防御術式を解いた魔術師達が加わり、キャーリサを包囲するように取り囲んだ。
 
「チッ」
 
 ……せめてバッキンガム宮殿で調整を終えていたなら、攻城戦用移動要塞グリフォン・スカイが使えたのだけど。
 
 使えない物は仕方が無い。
 
 ……この場は自分の力で道を切り開くのだし。
 
 改めてカーテナ・オリジナルを握る右手に力を込める。
 
「おい、もうこんな馬鹿な事はやめろ! ローマ正教と学園都市の戦争は、俺が……、俺達が止めてみせる。
 
 そしたら、フランスのEUに対する影響力も弱まるし、アンタが暴君を演じる理由もなくなる筈だ!」
 
 上条の言葉に、キャーリサは一瞬だけ動きを止めるが、それでも目の力を失うことなく、
 
「ふん、誰に何を吹き込まれたのかは知らないが、買い被りすぎだ。
 
 物事を全て良心に結びつけようというのは下賤の極み、偽善の至極なのだし」
 
 告げ、刹那の瞬間だけ口元に寂しげな笑みを浮かべるも、次の瞬間には傲岸不遜な笑みに変わっていた。
 
「……そうか」
 
 キャーリサの並々ならぬ覚悟を理解した上条が構えを取る。
 
 片足で立ち、両腕を大きく広げた型だ。
 
「いいぜ」
 
 そこから腰を落とし、左腕を左上方、右腕を右下方へと下げた型へと移行しながら、
 
「てめぇが意地でもイギリスの為に死のうっていうんなら」
 
 体重を右に移動しつつ、両腕を左下方へ、
 
「まずはそのふざけた覚悟(幻想)を――」
 
 膝を軽く曲げ、くの字に折った右腕を上に、左腕は右下に、
 
「ぶち殺す!」
 
 ジャパニーズ・カラーテの奥義か!? と警戒するキャーリサに対し、上条の背後に回り込んだ吹寄が、何処からともなく取り出したハリセンで彼の頭を叩き、
 
「良くこの状況で、そんな真似が出来るわね貴様」
 
 本来ならば、上条をその場で正座をさせた上で説教を開始したい所だが、状況が状況だ。
 
 事が終わってから存分に叱る事を決意し戦闘を再開した。
 
 正面から攻めてくる上条達に対し、キャーリサは全次元切断の残骸物質による壁を作る事で凌ぐ。
 
 その間に後方から攻撃を仕掛けてきたヴィリアンの相手をしようとしたのだが、考えが甘かった。
 
「がッ!?」
 
 壁とカーテナ・オリジナルの加護の存在を無視して、直接打撃力がキャーリサの体内に打ち込まれる。
 
「浸透勁……。中国拳法には、こういう技もあるのよ」
 
「クッ!?」
 
 壁の向こうから聞こえてくる吹寄の声に歯噛みするキャーリサだったが、吹寄の一撃でバランスを崩した彼女の右腕を姫神が掴み、間髪入れず投げ転がした。
 
「取り押さえろッ!」
 
 姫神が右腕の関節を極め、キャーリサがカーテナ・オリジナルを振るえない今がチャンスだ。
 
 王族の者が地面に転がった状態で剣を振るうような泥臭い術を学んではいまい。
 
 皆が武器を捨て、混戦状態でキャーリサの動きを封じ、彼女の手からカーテナ・オリジナルを奪い取ろうとする。
 
「誰ッ!? 私の胸触ってるの!?」
 
「ひゃん!?」
 
「ひぃあ!? スカートの中に頭突っ込んでるの誰なのだし!」
 
「えぇい、温和しくするのである!」
 
「首ッ!? 首締まってる!」
 
「む……、これは87のDカップはあるとミサカは判断します」
 
「…………」
 
「チョッ!? そこは私のお尻です」
 
「あん……、誰かしらん? このテクニシャン」
 
 混戦というよりはカオスな状況の中、その中に飛び込んでいく勇気は流石に無かったのか、取り残されたヴィリアンが呆然と眺めていると、彼女の足下にカーテナ・オリジナルが転がってきた。
 
「あら?」
 
 ヴィリアンはカーテナ・オリジナルを手に取ると天高く掲げ、
 
「獲ったど――ッ!!」
 
 と、何故か日本の芸人風に絶叫する。
 
 その言葉を聞いて、ピタリと動きを止める一団。
 
 ――こうして、驚く程呆気なくイギリスのクーデターは終幕を迎えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――同時刻。
 
 バッキンガム宮殿で、人知れず別の争いが行われていた。
 
 厳重な警備が敷かれていた筈の宮殿内をまるで気にする事無く、我が物顔で闊歩する人物がいる。
 
 一般職員は皆隔離させられたが、騎士派による護衛は残っている筈の宮殿内には何故か男の歩く音以外は聞こえてこなかった。
 
 赤を基調にした服装の男は、目的の物を見つけたのか口の端に笑みを浮かべると、金属製の錠前のような形をした霊装に手を伸ばす。
 
 まさに、その霊装を掴み取ろうとした瞬間の事だ。
 
 銃弾によって霊装が弾かれ、男の右手にはスローイングダガーが突き刺さっていた。
 
「誰だッ!?」
 
 手に刺さったダガーを引き抜きながら怒鳴るように叫ぶと、柱の影から二人の男が姿を現した。
 
 二人共、スーツ姿の中年の男性だ。
 
 一人は無精髭で、一人は顎髭を生やしていた。
 
「なに、出張中のサラリーマンだよ。……趣味で忍術を少々囓っている程度のね」
 
「なら俺は、通りすがりのサラリーマンとでも答えようか。趣味で早撃ちなんかを嗜んでいる」
 
 前者の手には先程投じられた物と同じダガーが、後者の手には古びた、それこそ骨董品級の古いリボルバー式拳銃が握られていた。
 
 彼らの武装から、魔術師ではないと見抜いた男は、チラリと飛ばされた霊装に視線を向ける。
 
 そして、霊装の回収を優先させるか、男達を始末してから霊装を回収するかを一秒ほど考えた後、男は後者を選択した。
 
 会話を交わすのも煩わしい、とばかりに問答無用で魔術を行使し、右肩からまるで爬虫類のような形状の第二の腕を出現させる。
 
 そこから強大な風圧のようなものを放ち、男達を吹き飛ばそうとするが、術の先には男達の姿は既に無くバッキンガム宮殿内の装飾品が派手に宙を舞い、絨毯が引き剥がされ、窓ガラスが内側から砕け散るに留まった。
 
「……何処に消えた?」
 
 男が訝しげに眉を顰めた瞬間、背後から男の両肩、両腕、両の太股に銃弾とダガーが撃ち込まれ、焼けるような痛みが彼を襲った。
 
「がぁあああ!?」
 
「大した威力だとは思うが、絶望的なまでにスピードが足りないな。……もう少し、精進するべきだぞ、右方のフィアンマ君」
 
「貴様……」
 
 自分の正体を知った上でこの余裕。
 
 見下す事は好きでも、見下される事は嫌いなフィアンマとしては、男の態度は許されるものではない。
 
 ……一撃だ。
 
 一撃でも当たりさえすれば、自分の勝ちは確実なのは明白なのだ。
 
 ならば、どうすれば良いか? ――答えは簡単だ。
 
 ――全方位攻撃。
 
 目暗撃ちでかまわない。
 
 一撃で、大聖堂級の建物を容易く破壊出来るような魔術を狙いも定めず放ちまくる。
 
 ……だが、それでも当たらない。バッキンガム宮殿の風通しを良くする代わりに、新たに幾つかの手傷を負ったフィアンマだが、それでもドサクサ紛れに霊装を回収する事に成功した。
 
 本来ならば、この場で使用して、即座にこの二人をぶち殺してやりたい所ではあるが、自身の怪我と共に第二の右腕の限界時間も近づいてきている。
 
 ……それに、これ程まで自分をコケにしてくれたこの二人は、ただ殺すだけでは物足りない。
 
 そう結論し、彼らに最低の死を与えるべく、フィアンマは消えかけている第二の右腕を行使して目眩ましの一撃を放つと、バッキンガム宮殿から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 フィアンマの気配が完全に消えた事に、顎髭のサラリーマン。御坂・旅掛は緊張を解き、
 
「あいたー、逃げられたか。しかも物も持っていかれたし」
 
 しくじったという表情で、頭を掻く旅掛に対し、無精髭のサラリーマン、上条・刀夜は気にした様子も無く、ポケットから本物の霊装を取り出し、
 
「なに、本物は此所にある。彼が持っていったのは、すり替えておいた普通の南京錠だよ」
 
 ……何時の間に? と驚きながらも、呆れと感心の混じった声で、
 
「さすが忍者汚いな、忍者汚い」
 
「ハハハ。……しかし、相手も流石は神の右席と言ったところか」
 
 刀夜は表情を真剣な物に改め、
 
「殺すつもりでやったんだが、尽く致命傷を避けられてしまったなぁ」
 
「まあ、それ位でないと、ローマ正教の裏の長は務まらんだろう」
 
 言って煙草を取り出して咥えると火を灯し、
 
「さて……、じゃあ俺はこの辺で」
 
 紫煙を吐き出しながら告げ、旅掛もバッキンガム宮殿を後にした。
 
 残された刀夜は、手の中の霊装に視線を落とし、
 
「さて、こいつはどうしたものか……」
 
 この霊装があるからこそ、禁書目録の少女の人権が保障されているのであり、迂闊に破壊するわけにはいかない。
 
 また、予備が無いとも限らない以上、隠したりイギリス以外の組織に属する者に預けるわけにはいかない。
 
 とはいえ、すり替えに気付いたフィアンマが再来しないとも限らないので、かなりの実力者に預ける必要があり、またその者は野心家であってはならない。
 
 全ての条件を統合した結果、思いつくのは、やはり元の鞘以外ありえなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今回のクーデターにおいて首謀者であったキャーリサに対して、対外的には海外留学という名目で、期限付き国外追放が言い渡された。
 
 そのキャーリサが留学先として送られたのは、日本の学園都市であり、国外追放の裏の意味として、EUで定められた条約に触れないようなヤベェ兵器を学園都市から調達してこい。というものがある。
 
 そして、現在キャーリサは上条ハーレム御殿に世話になっていた。
 
「むー……」
 
 上条達が学校に出掛けている為、暇を持て余したキャーリサは、リビングの共有テレビでイギリスで行われているEUの会議の様子を眺めていた。
 
 イギリス代表代理としてキャーリサの代わりに席に着いているのは、第三王女のヴィリアンだ。
 
 国際的な会議の場とあって、ドレスではなくスーツ姿の彼女の首からは、彼女には似つかわしくない錠前を形取った首飾りが下げられており、この角度からは見えないが、彼女の足下には切っ先の無い儀礼剣が二振り立て掛けられている筈である。
 
 画面の中では、フランスの代表から責められ、一方的な規制を押し付けられるヴィリアンが映し出されており、散発的に反論しようと試みるもすぐに意見は封殺され、彼女の目尻には涙が溜まっていた。
 
 そんなヴィリアンは、縋るような眼差しで他国の代表に視線を送る。
 
 絵本から飛び出してきたようなお姫様であるヴィリアンからそんな視線を向けられて、手を差し伸べないのは紳士ではない。
 
 まず最初に動いたのは、隣に座るドイツ代表だった。
 
 彼はポケットからハンカチを取り出して、ヴィリアンに差し出すと、フランスに向けて反論を開始する。
 
 ドイツがヴィリアンに味方した背景として、ドイツ内ではローマ正教徒よりもイギリス清教徒の方が若干多いという事も関係しているだろう。
 
 他にもブルガリアやキプロス、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ギリシャ、オランダ、ルーマニア、スウェーデンなどのローマ正教との関わりが薄い国がイギリスの擁護に回り出し、結局過半数以上の賛成が得られずに、フランスの提案は棄却されることになった。
 
 ……こういう人徳の使い方もあるのか。
 
 キャーリサは見た。他国から責められ、狼狽するフランス代表に向け、刹那の瞬間だけ見せたヴィリアンの笑みを。
 
 それは微笑や苦笑などではなく、擬音で表すとニヤリというタイプの笑みだった。
 
「……確実に狙ってやってるし」
 
「まさか……、あの第三王女が、そんな計画的な真似を出来るとは思えませんが……」
 
 そう答えるのは、イギリス清教を脱退し天草式十字清教に戻った神裂・火織だ。
 
 彼女としては、そのまま旅にでも出るつもりだったのだが、五和によって強引に学園都市にまで連れて来られ、現在では五和の部屋に居候している。
 
 ちなみにキャーリサは上条の部屋を強奪し、上条はリビングで寝泊まりしていたりする。
 
「なんかあの娘、クーデターの一件以来、目覚めちゃったみたいだし」
 
 というか、カーテナの二刀流に禁書目録の遠隔制御霊装までも手にしている今のヴィリアンは、間違い無くイギリス最強だろう。
 
 まあ、そんな些細な事はどうでも良い。
 
 さっきからキャーリサが気になっているのは窓の外だ。
 
「あの鬱陶しいのをなんとかしてほしいのだし」
 
 横目で窓の外を見ると、そこには十を超える数のテントが張られていた。
 
 神裂が天草式十字清教に復帰した事を五和から聞いて駆けつけた天草式十字清教の面々だ。
 
「すみません。今、近所でアパートを探しているらしいので、それまで我慢してください」
 
 もっとも、何人かはそのまま庭に居座りそうだが。
 
「それにしても……」
 
「なんなのだし?」
 
「何か忘れているような気が……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イギリス、聖ジョージ大聖堂。
 
「ううううう……」
 
 職員用の食堂で膨れっ面のまま、一向に機嫌が治まる気配の見えないシスターが居る。
 
 白に金縁という、まるでティーカップのような修道服を身につけている少女。名をインデックスといい、とある任務で学園都市からイギリスにやって来たのはいいが、途中でクーデターに巻き込まれ、何の出番も無いままにクーデターが終了し、更にその存在まで忘れ去られイギリスに取り残された哀れな少女である。
 
 ……まあ、本来は学園都市ではなくイギリスに居る方が彼女にとっては正しいのだが。
 
「うー……」
 
 不機嫌なインデックスに対し、満面の笑みを浮かべているのは長身の赤い髪の神父だ。
 
 彼は両手の盆の上に、大量のスイーツを載せてやって来ては、インデックスと厨房のカウンターとの間を何度も何度も往復する。
 
「すているーすているー、私にも何か食べ物持って来て欲しけるのよー」
 
 とは、身体のそこかしこに包帯を巻いた最大主教の言葉だ。
 
 背筋を伸ばすのも辛いのか、今はテーブルの上に上半身を投げ出してダレている。
 
 ……泥でも食ってろ。と言いたげな視線を送りつつも、一応上司の言う事には逆らうわけにはいかず、厨房で生卵を一つ貰うと、ローラの前に置きとっととインデックスの所へ向かった。
 
「チョッ!? 生卵をどうしろと!?」
 
「飲み込んでください。日本じゃ、日常茶飯事に生卵を飲み込んでいるそうです」
 
「無理無理、せめてゆで卵にして欲しけるのよ!」
 
「チッ」
 
「い、今舌打ちしたりけるのね!?」
 
「気のせいです」
 
 そうは言うものの、置いていった生卵を持って厨房に行こうという気配すら見せない。
 
 その後、十分間に渡り駄々をこねる事で、ようやくゆで卵にありつくことが出来たが、そのゆで卵は涙の味がしたという。
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