とある魔術の禁書目録・外典
書いた人:U16
第14話
「往生……、しなさい――ッ!!」
「にょほぁッ!?」
必殺の意と共に繰り出された吹寄の拳を人体の構造を無視した動きで回避する青髪ピアス。
続けざまに放たれる拳は風斬のものだ。
唸りを挙げて襲いかかる拳には何時もの彼女らしからぬ遠慮も躊躇いも無いものだ。
「ダァッ!!」
「ウホッ!?」
だが、それでも青髪ピアスには当たらない。
……一体、どんな骨格をしてるんでしょう?
半ば、真剣にそう思う風斬の影から飛び出した姫神が、回避直後で動きの止まった青髪ピアスの服の袖を掴み、
「フッ!」
身体を一気に反転させ、円運動の横から縦への連動で青髪ピアスの身体を大きく投げ飛ばす。
否、姫神に彼を派手に投げ飛ばすつもりは無かった。
地面に転がせて、後は関節を極める。そのつもりだったのだ。……彼の身体が大きく宙を舞ったのは、青髪ピアス自身が自らの意思で飛んだからに過ぎない。
長い滞空時間の間に、青髪ピアスは身体を捻って足から地面に着地。
そのまま猫じゃらしのような奇怪な動きで、姫神の拘束から逃れた。
だが、少女達の攻撃はまだ終わらない。
青髪ピアスに向けて突き出されるのは五和の槍だ。
槍と言っても、先端には刃は無く、訓練用に詰め物を施された物だが、まともに食らえば怪我は必至である。
その槍を最も回避しにくい身体の中心へ向けて放たれた一撃は、しかし青髪ピアスの異常な身体の柔らかさ……、というかもはや軟体生物なのではなかろうか? という動きによって擦る事無く宙を切った。……と思った瞬間、既に彼の姿は五和から遠く離れた場所にあった。
――しかも、
「なかなかに大漁やね」
青髪ピアスの手に握られているのは、4人分のブラジャー。
見覚えのある色彩と形状をしたそれを確認した途端、少女達が動いた。
放たれた五和の槍が、回避しきった筈の青髪ピアスの胸に“刺し穿つ死棘の槍”の如く因果律を逆転させたかのように突き立てられる。
心臓に強い衝撃を受け、僅かにだが動きを停めてしまう青髪ピアス。
その隙を見逃す事無く無拍子の動きで彼の背後に回り込んだ姫神が、躊躇い無く首の骨を折った。
力無く崩れ落ちる青髪ピアスの膝が地面に着くよりも早く、彼の両側から踏み込んできた吹寄と風斬が渾身の力を込めた一撃を彼の両側頭部に叩き込む。
――悲鳴すら挙げる事を許されず、そのまま彼岸に旅立とうとする青髪ピアスから、少女達は己の下着を奪い取ると、そそくさと奥の部屋に向かって行った。
それを見送った上条は、溜息を吐き出し、
「ホントにこんな特訓で、ウイリアム小父さんに勝てんの? 先輩」
問いかけの先にいるのは、ここに来る途中のコンビニで買ってきたのであろう、もはやコーヒーとは呼べないような甘さの飲み物をストローで飲む雲川だ。
雲川はストローから口を離すと、視線を上条へ向け、
「正直、私はデータとしてしか後方のアックアをしらないのだけど。
一番付き合いの長いお前から見て、どう思う?」
逆に問い返されても上条としても困る。
「……俺が知ってるウイリアム小父さんと青髪ピアスじゃ、戦闘スタイルが全く違うしなぁ」
それに上条の知っているのはあくまで聖人としてのウイリアム・オルウェルであり、神の右席としての後方のアックアに関しては分からない事の方が多い。
まあ、聖人のパワーやスピードに慣れるという意味では間違ってはいないだろう。
溜息を吐きながら立ち上がる上条。
彼はそのまま庭に降りると、倒れたままの青髪ピアスを通り過ぎ、庭の木にぶら下げられているサンドバッグの元まで歩み寄り、全力の蹴りをそれに叩き込む。
大きく揺れるサンドバッグに対し、小刻みに己の居場所を変えながら立て続けに拳、肘、膝、蹴りを打ち続ける。
ハッキリ言って、今の上条は機嫌が悪い。
理由はただ一つ。雲川によって、アックアとの対決を止められたからだ。
別に進んで戦いたいとは思ってもいないが、仲間達が難敵とも言うべきアックアと戦っている様を黙って高見の見物を決め込める程、上条は薄情ではない。
だが、上条とアックアとの対決こそがアレイスターの狙いであると聞かされてしまった以上、彼が動くわけにはいかないのだ。
その為、胸の奥に生まれた苛々を、こうしてサンドバッグにぶつけているわけである。
それを眺めていた雲川は、甘ったるいコーヒーを最後の一滴まで飲み干すと、空になった容器をゴミ箱に放って立ち上がり、サンダルを突っ掛けて庭を横断して上条の元まで歩み寄り、その頭を叩いた。
「…………?」
謂われのない突然の行為に目を白黒させる上条。
対する雲川は、素知らぬ顔で上条の手を取ると、そのまま彼を強引に引っ張り、
「暇を持て余してるんなら、仕事を与えてやろう」
そう言うと上条の返事も待たず、ズンズン先に進んで行き、その事を同じように縁側で眺めていたオリアナに告げて、上条と共に寮を出た。
●
上条と雲川の去った後、再び縁側にやって来た少女達。
オリアナからその事を聞くと、安堵の吐息と共に肩を竦め、
「随分と思い悩んでいたみたいだし、良いんじゃない?」
「気分転換になってくれると良いんですけど……」
「ふふふ、お姉さんに任せてくれたら、心身共にリフレッシュしてあげたのに」
何をするつもりだったのか? 妖艶な笑みを浮かべて告げるオリアナに対し、速攻で少女達から駄目出しが入る。
「まあ。雲川先輩に任せておけば。悪いようにはならないと思う」
問題があるとすれば、それは……、
「アイツが余計なフラグ立てて来るんじゃないか? って点ね」
暫く考えてみるが、女の子と二人っきりで上条がフラグを立てないなど、それこそ天変地異でも起こらない限り有り得ない。
どのみち、既に雲川には気に入られているようなので、そればかりは諦めるしか無いだろう。
「フラグの一つで、上条が吹っ切れてくれるんなら、安いもの。って考えないとね」
言って、吹寄を先頭に少女達は再び庭に集い意識を失っている青髪ピアスを強引に起こし訓練を再開した。
●
さてその頃、雲川によって無理矢理寮から連れ出された上条は……。
「……えーと、先輩? こんな所に来て何するんですか?」
ここは第7学区内にあるアミューズメント施設が入った地下街。以前、シェリーが来襲してきた際、皆で遊んでいたあの地下街だ。
問われた雲川は周囲を見渡し、
「じゃあ、まずはアレでも食べようか?」
彼女が指さす先、そこにあるのは露店の食べ物屋だ。
近づいて見ると、そこで売られているのは、どうやら動物の形をしたカステラのようなお菓子らしい。
気のない返事を返し、雲川を伴って露店へと近づく。
「何か、色々種類あるみたいだけど?」
「じゃあ、ヒヨコで良いのだけど」
但し、
「トッピングで、ホイップクリームとチョコチップ、後カラメルソース付けて」
雲川の注文を受け、その通りにトッピングを始める店員。
上条は呆れた表情で、それを受け取りつつ、
「糖尿になりそう」
「心配は無用だ。後、体重管理もちゃんとしているのだけれど」
「つーか、何気に甘党だよな先輩」
言われた雲川は自信満々に頷き、
「女に生まれたからには、甘党であって当然だと思っているのだけど」
美味しそうにクリームたっぷりのヒヨコ型カステラを頬張り、恍惚の笑みを浮かべる。
初めて見る雲川の年相応の笑みを微笑ましく思いつつも、そんなに美味いのかな? と手を伸ばした途端、付属のプラスチック製フォークで手を刺された。
痛みはそれ程でもなかったが、驚きで慌てて手を引っ込め、恨みがましい眼差しで雲川を見つめると、雲川はフラットは表情で、
「人のお菓子に、勝手に手を出すと死刑になるという法律がたった今、私の中で可決されたのだけど」
「待て待て、つーかそもそもこのお菓子買う金出したの俺なんですけども!?」
「それくらい、男として当然の甲斐性なのだけど」
暫く言い合った挙げ句、最後には上条が押し切られる形で更にジュースまで奢らされる事になった。
「それで? これから何処に行くんですか?」
うんざりした表情で告げる上条に対し、雲川が指さすのは一件の喫茶店だ。
「……こんな所に喫茶店なんかあったんだな」
如何に娯楽街とはいえ、喫茶店くらいはある。
「あの店のチョコレートパフェが大層美味いと評判なのだけど」
言って、上条の腕を引き店に連れ込もうとする。
「って、まだ食うの!? さっき、カステラ食ったじゃん先輩!」
対する雲川は大仰な仕草で肩を竦め、
「無知なお前に名言を教えてやろう」
一息、……真摯な眼差しで上条を見つめ、
「甘い物は別腹。……分かったな? 分かったら付いて来るといい。
あぁ、心配しなくても水くらいは奢ってやるのだけど」
「それ奢る言わねぇから!?」
文句を言いながらも、雲川の後に付いていく上条。
……結局、その後も合間合間に露店でキャラメルポップコーンや大判焼き、コンビニであんまんなどを挟みつつ、4件のスイーツ店を梯子した。
●
上条と雲川が上条の寮へと戻っている時、今日の特訓を終え、帰宅途中の青髪ピアスは学園都市に侵入したアックアと鉢合わせていた。
「なんや最近、カミやん並に僕の方が不幸な気がするんやけど、気のせいやろか?」
諦めの溜息を吐き出し、全長5mはあろうかという巨大なメイスを構えるアックアと対峙する青髪ピアス。
「貴様に恨みは無いが、ローマ正教の敵となった以上、生かしておくわけにはいかん。
――死ぬが良い」
「どこぞの大佐かい!?」
直後、青髪ピアスが取った行動はシンプルだ。
……逃走。
背後に大きくバックステップして距離を稼ぐと、そのままダッシュで逃げの一手を決め込む。
尋常の勝負のつもりで構えていたアックアは、拳を交える事も無く逃走を選択した青髪ピアスに対し、追いかける為の最初の一歩を出遅れてしまう。
とはいえ、魔術的な知識の無い青髪ピアスは純粋に走っているだけなのに対し、水の魔術を扱う事の出来るアックアはそれを用いた移動法を扱えば、まだまだ挽回出来るくらいの差でしかない。
なので当然の如く追いつかれ、初撃からアックアは遊びの無い渾身の一撃を振るう。
対する青髪ピアスは防御も無しにそれをまともに受け遙か彼方まで吹っ飛ばされた。
それを見たアックアは気に食わないと眉根を寄せ、
「器用な逃げ方をするのである」
まともにヒットしたにしては感触が余りにも軽い。
恐らくアックアの一撃に逆らわず、自ら吹っ飛ぶ事で威力を軽減し、かつ逃走距離を稼いだのだろう。
アックアの一撃が強力であったからこそ、飛距離も100m以上稼げた。……とはいえ、流石に無傷というわけにもいかない。
「あたたたたた……、ホンマ今日はついてないわ。
こんな上条属性はいらんっちゅーねん」
愚痴りながらも素早く起き上がり、一目散に逃走を開始する青髪ピアスであるが、そんな彼の背後からは聞きたくもない声が聞こえてくる。
「逃がさんのである」
「どわぅ!?」
危機一髪のタイミングで辛うじて回避。
薙ぎ払われたメイスが、青髪ピアスの代わりに街灯を無残に断ち切っていく。
「お、おっかない真似する人やね!?」
地面に這いつくばる青髪ピアスに向け、幾度も振り下ろされる巨大メイス。
だが、青髪ピアスもまたゴキブリじみた動きで、そられを尽く回避していく。
「……奇っ怪な動きをする輩である」
「むはははははははは!! 蝶のように舞い蜂のように刺す!」
言葉とは異なり、蛸のような動きでアックアの攻撃を回避しつつ彼の懐に潜り込む。
「クッ!? 蛸であるか貴様!?」
「タコは哺乳類だモン!」
「タコは軟体動物門・頭足綱・八腕形上目・タコ目である!!」
聖人であり、神の右席の力まで有するアックアと言えど、聖人の攻撃を何の防御も無しに受けるのは流石にキツイと判断し、防御の構えを見せる。
……が、青髪ピアスはその一瞬の隙を見逃さず、アックアに攻撃する事無く、彼の傍らをすり抜けると、そのまま全力で逃走を開始。
躊躇い無く逃走を選択する髪ピアスに向け、アックアは声を張り上げ、
「貴様、それでも戦士であるか!?」
「戦士とちゃうわ――!!」
ドップラー効果で徐々に遠ざかっていく青髪ピアスの声に向け、アックアはこめかみに井桁を貼り付けた表情で、手にした5m超過のメイスを振りかぶり……、
「フンッ!!」
全力で投擲。
聖人の力で投じられた巨大メイスは、そのまま逃走を続ける青髪ピアスに命中した。
●
寮へと続く家路を歩く上条と雲川。
彼らの眼前に人気の無い路地……、恐らく予めアックアが人払いの術を施していたでろう場所から血塗れの青髪ピアスが飛び出してきた。
「は? 青髪ピアス?」
慌てて駆け寄る上条が、血塗れのクラスメイトを抱き起こす。
「か、カミやん……」
震える手を差し伸べる青髪ピアスのしっかりと握り返す上条。
「……後方のアックア」
雲川の呟きに上条が顔を上げると、路地の向こうから姿を現した後方のアックアの姿があった。
「か、カミやん……。僕が死んだら、押し入れの中に仕舞ってあるエロ本とエロ同人誌とエロゲとフィギュアと抱き枕とおっぱいマウスパットとパソコンのハードディスクを物理的に消去しといて……」
「多いなオイ」
思わずツッコミが入る上条だが、いつまでも巫山戯てはいられない。
「久しいな、上条・当麻。――おおよそ一ヶ月振りであるか」
「ウイリアム小父さん」
青髪ピアスの身体を横たえ立ち上がる上条。
「……なあ先輩。こうなっちまった以上は仕方無いよな?」
なるべくならアックアとは戦いたくはない。……だが、彼と戦わない事で少女達が傷つくのを何も出来ないまま見ているのも嫌だ。
だが雲川は上条の戦闘を許可しない。
「……これはあくまでも独り言なのだけど」
と前置きし、
「もし、後方のアックアに勝てたなら――」
頬を染めて顔を逸らしつつ、恥ずかしげに小声で、
「く、口に出すのも恥ずかしいようなものをあげても良いと考えているのだけど……」
瞬間、それまで満身創痍で死にそうな風体だった青髪ピアスが勢い良く立ち上がり、
「その役目、――僕が引き受けたァ!!!」
彼は物凄く良い笑顔で振り返り、
「さあカミやん、ここは僕に任せて逃げるんや!」
そんな彼の変わりように呆れる上条の手を雲川が引いて、その場を撤退するのを見送り、
「さて……、と。悪いけど、ここからは本気で征かせてもらうで?」
今までと違い、青髪ピアスの瞳にやる気が漲っているのを確認したアックアは不敵な笑みを浮かべつつ、
「ようやく本気というわけか」
言って、構えを取る。
「だが憶えておくと良い。……同じ聖人であろうとも、私は神の右席でもあ」
そこから先の言葉は爆音によって遮られた。
「???」
青髪ピアスが何かしたわけではない。
その証拠に何が起こったのか分からず、爆発の余波で尻餅を着いたままの彼は小首を傾げている。
爆炎と粉塵に包まれたアックアに向け、更に無数の銃弾が叩き込まれる。
「こちらです、早く。とミサカは急かしてみます」
路地の一角にサブマシンガンを携えた御坂妹を発見し、導かれるようにそちらへと駆け寄る青髪ピアス。
彼がアックアの近くを離れたのを確認した妹達は、手榴弾を投擲。
爆発を確認するよりも早く、その場を離脱した。
●
雲川からアックア襲来の連絡を受けた一同の中で真っ先に動いたのは妹達だった。
彼女達の役目は誘導と青髪ピアスに武器を渡す事。
聞こえてくる爆音を背に走る御坂妹と青髪ピアス。
入り組んだ路地を走り抜け、アックアとの距離をある程度離した所で足を止め、御坂妹は肩に掛けていた合成革製の細長いケースを青髪ピアスに手渡す。
長さは1m弱。チャックを開き中身を取り出した青髪ピアスは驚愕に目を見開く。
「……これは」
「敵は聖人にして神の右席。素手では流石に厳しいだろうと言うことで、禁書目録の助言を参考に、貴方用の武器を用意させていただきました。とミサカは胸を張って答えます」
唇の端を僅かに吊り上げ、青髪ピアスは不敵な笑みを浮かべる。
「これにより、貴方は聖人だけではなく魔王の力も行使出来ると禁書目録は言っておりました。とミサカは告げます」
たしかに自分ならば、かの魔王と符合する身体的特徴がある。
青髪ピアスは力強く頷くと、踵を返し歩き始める。――ここからは逃走ではなく戦闘。
最強の武器はこの手に有り、意欲も十二分。……負ける要素は何一つ無い。
威風堂々とした面持ちで歩き去る青髪ピアスを見送り、御坂妹は嘆息する。
「……あんな、野球部の部室からチョッパってきたような物で本当に勝てるのでしょか? とミサカは小首を傾げます」
言った直後、振動を伴った轟音が御坂妹の身体を叩いた。
「全軍退避! とミサカは号令します」
そそくさとその場を後にする御坂妹。
そこから少し離れた所では、アックアの持つメイスと金属バットで鍔迫り合いする青髪ピアスの姿がある。
「……そんなオモチャで私に勝つつもりであるか?」
「オモチャ? ははは、何も分かっとらんオッサンやね!」
金属音を響かせ、両者が一旦距離を取る。
右手一本で金属バットを携えた青髪ピアスが得物を指さす。
年期の入ったバットだ。所々がへこみ、試合で使用したとしてもクリーンヒットは余り期待出来そうにない程にボコボコの。
そんなバットのメーカー名のプリントされた部分、そこを指さした青髪ピアスは胸を張り、
「見てみぃ! ミズノのバットや!!」
「……だからどうしたであるか?」
心底意味が分からないと首を傾げるアックアに対し、青髪ピアスは失望の溜息を吐き出し、
「はぁ……、どうせアンタ、十字教以外は興味無いいうタイプの人間やろ?
そんな狭い視界やと、この国でやっていけへんで」
それがまるで日本刀でもあるかのように切っ先(?)を天に向けて構え、
「この国にはな、ミズノの金属バットを武器にする魔王様がおるんや。……まあ、やり過ぎたらしいて、三日で魔王の座を追われたらしけど、曰く『打つ、叩く、殴る』の三位一体攻撃が可能な万能兵器らしで」
「それは全部同じである!」
吐き捨て、メイスを振るうアックア。
対する青髪ピアスも金属バットでそれを受け止め、
「うははははは! 今宵のミズノは血に飢えておるわ!!」
返す刀で殴りかかる。
二合、三合と打ち合う内に、互いの武器を振るう速度は加速し、1分も経つ頃には目視不可能な速度での打ち合いとなっていた。
そろそろ打ち合いが厳しくなってきた。と青髪ピアスが感じ始めた時の事だ。
「伏せてください!」
聞き覚えのある少女の声に従い、咄嗟に身を伏せる青髪ピアス。
直後、それまで彼の立っていた場所を銃弾が通過していく。
「クッ!?」
間一髪のタイミングで、銃弾の防御に成功したアックアだが、僅かな隙が生まれてしまう。
その隙を逃さず、細い路地裏を250ccのオフロードバイクに乗った五和が駆ける。
体勢を低く運転する彼女の背後にはサブマシンガンを携えた御坂妹の姿もある。
スピードを落とさぬままアックアの傍らを通り抜け、擦れ違い様に御坂妹が青髪ピアスの足を掴み取り、それを確認した五和がスロットルを全開。
一気にその場から離脱した。
「い、いだだだだだだだッ!? 引き摺ってる!? 引き摺ってるって!」
背中を地面に引き摺らせたままの青髪ピアスから抗議の声が挙がるが、正直な話彼の言い分を聞いているだけの余裕が無い。
「このバイクは元々二人乗りが限界ですので諦めてください。とミサカは投げやりに答えつつ、片手と口を使い、器用にマガジンを交換します」
言葉通り、空になった弾倉を捨て、新たな弾倉を装填。背後から滑るような走行方法で追って来るアックアに向け、引き金を引いた。
●
青髪ピアスを引き摺ったまま、五和がやって来たのは人気の無い操車場だった。
ここは以前、上条が一方通行と相対した場所でもある。
そこで待ち構えていたのは、風斬に吹寄、姫神、上条といったソリューションのメンバーに加え、雲川の5人だけだ。
ローマ正教との諍いに、ローマ正教組は余り巻き込みたくないという上条の意思を尊重し、今回、彼女達には遠慮してもらった。
現在は上条達の元に身を寄せているとはいえ、彼女達の信じる神はあくまでローマ正教のもの。叶う事ならば、学園都市とローマ正教との戦争を収めた後で、彼女達にも正式にローマ正教に戻ってもらいたいと思っているのだ。下手にローマ正教と確執を残すのは得策ではない。
五和達が到着したのを見て、雲川は携帯電話を閉じて嘆息。
「……アレイスターの奴にしてやられたのだけど」
助っ人として、レベル5の連中を呼ぼうとしたのだが、全員揃って、現在は学園都市の外で雑用仕事の最中だそうだ。
……意地でも上条とアックアを戦わせたいらしいのだけど。
雲川の見る所、幾つかあるであろうアレイスターの目的の中でも一番大きいのが神上の覚醒だろう。
第二が一方通行のレベル6化、そして第三が風斬の天使化。
どれだけ知恵を振り絞っても、全てを防ぐのは不可能と雲川は判断した。
それ程までに、後方のアックアという敵は強大なのだ。
取り敢えず、この三つの中で一番リスクの少ない風斬に頼る事にしたのだが、全てアレイスターの思い通りに動いてやるつもりは無い。
その為に木山達の協力を得、更に万全に万全を期す為、あのカエル顔の医者にまで頭を下げて機材まで用意したのだ。
五和達に1分と遅れる事無く、アックアも姿を現した。
「風斬、覚悟は良い?」
アックアを見据えたまま告げる雲川。
これまでの訓練で、本気を出した聖人を相手にした場合、姫神が関節を極めて投げを打とうとピクリとも動かないし、五和の槍も皮膚を通さない。更には身体の内部に作用する筈である吹寄の気功でさえも青痣が出来る程度に留められてしまう事が分かった。
そこで彼女達は唯一効果のある純粋なパワーの持ち主である風斬に全てを託す事にしたのだ。
勿論、彼女達とて好き好んで全てを彼女一人に任せるわけではない。
そこには様々な葛藤や己に対する失望もあった。だが、ちっぽけな自己満足を得る為に風斬の足を引っ張って勝利を逃し、かつ上条が死ぬような事にでもなれば彼女達は自分を許せない。
……ならば、今は……、今だけは風斬に頼ろう。そして次に同じような危機に面した時、彼女と同じ戦場に立てるくらい強くなろうと決めた。
だから、今はただ彼女の戦いを見守る。――いつか追いつき、乗り越える為に。
雲川に問われた風斬は瞼を閉じて、一度大きく深呼吸し、仲間達の想いを反芻するように思い出す。
時間にすればほんの一瞬。だが次に彼女が目を開いた時、迷いの無い眼差しでただ一言を答えた。
「はい!」
その一言に彼女の覚悟の大きさを見た雲川は既に繋がっている携帯電話に向け、短くただ一言を命令した。
●
上条ハーレム御殿(仮)リビング。
テーブルやソファーなどが全て撤去されたリビングの中央には、巨大な円筒形の水槽のような物が設置されていた。
中には薄赤い色のついた液体が満たされ、その中に漂っているのは一人の少女だ。
御坂・美琴の幼い頃を連想させるであろう少女、妹達の中でも上位固体であり、学園都市最強により絶対の守護を約束された彼女は打ち止め、またはミサカ20001号と呼ばれていた。
水槽の底部から伸びたコードに繋がるコンピューターの前に座る女性、芳川と木山が携帯電話からの指示を受けると、互いの視線を見合わせプログラムを起動させる。
「……ん」
彼女達が起動させたのは、雲川から託された“ANGEL”と呼ばれるウイルス。
但し、当初は被験者である打ち止めや妹達の安全性を全く考慮されていなかったソレとは違い、木山と芳川の手により安全性は保証されており、また風斬の理性すら無視して作用するような機能も削除してある。
二人としても、子供達を戦いの場に立たせたくは無いというのが本音だが、彼女達自身が戦闘を望み、反対しようとする教師陣を説得した上で戦場に居る。……ならば、自分達に出来る事は、彼女達が何の心配も無く戦闘に集中する事が出来、全力を尽くせるようにサポートしてやる事くらいだ。
プログラムが進み、最後の安全装置を解除。
――虚数学区・五行機関が部分的な展開を開始。
――該当座標は学園都市、第17学区操車場。
――理論モデル、風斬・氷華をベースに追加モジュールを上書き。
――理論モデル、内外ともに変貌を確認。
――妹達を統御する上位個体、最終信号は追加命令文を認証。
――ミサカネットワークを人為操作する事により、学園都市の全AIM拡散力場の方向性を人為的に誘導する事に成功。
――第1段階は完了。
――物理ルールの変更を確認。
――これより、学園都市にヒューズ・カザギリが出現します。
●
風斬・氷華の身体に明確な変化が訪れた。
頭上には直径50pほどの凹凸の激しい、まるで歪な自転車のチェーンホイールのような光輪が浮かび、背には無数の翼が伸びている。
眩い光を放つ翼の全長は短いものでも10mから、長いものでは100mにも達するであろうその形状も統一感は無い。
だが、それも最初の内だけだ。
頭上の光輪の形が綺麗な円形に安定すると、背の翼も収縮し全長も2m程度、形も明確に翼と呼べるようなものとなり、眼差しにも強い意識を確認出来る。
そこに居るのは、まさしく天使と呼ぶに相応しい姿をした少女。
「皆さんの意思、受け取りました……!」
風斬が腕を組み仁王立ちに構える。
その佇まい……、正に威風堂々。
「面妖な……」
これには流石にアックアも驚きを隠せない。
「風斬……。征ける?」
何だかんだと言った所で、実際にこれを試すのはこれが初めてだ。
やや緊張を孕んだ声色で問い掛ける雲川に対し、風斬は力強い笑みを浮かべると、
「――友の想いをこの身に刻み、無限の闇を光に変える! 天上天下一騎当神!! 超科学天使! ヒューズ・カザギリ!!!」
カザギリとアックアの視線がかち合う。
「学園都市の力、見せて、あげます……!」
……遂に風斬さんまで、上条に毒されて。
親友がまた一人堕ちた事を嘆く吹寄。
そんな彼女の心境を知ってか知らずか? 直後、聖人と天使がぶつかった。
アックアの振るう巨大メイスをカザギリが左手一本で軽々と受け止める。
「ぬぅ」
歯を食いしばり、声を漏らすアックアに対し、カザギリはフラットな表情のままメイスを受け止める左手に力を入れると、メイスに彼女の五指が食い込んだ。
魔術で強化され、生半可なことでは壊れない彼愛用のメイスを折るのでも斬るのでもなく穿ったカザギリの握力に驚愕するアックアだが、次の瞬間には音速を遙かに超える速度で、メイスを振り回したカザギリが、彼の身体をそのまま近場のコンテナに叩き付けた。
余りの衝撃の為、ぶつけられたコンテナだけが吹っ飛び、その上に積んであったコンテナは、まるでダルマ落としのようにそのまま真下に落下する。
その時になって、上条達はようやくカザギリの眼前からアックアの姿が消えている事に気付いた。
「……何が起こって――」
五和が最後まで言い切るよりも早く、上空から血塗れのアックアが襲いかかる。
常人ならば即死。聖人であっても重傷は免れないような一撃だった筈であるにも関わらず、すぐさま反撃に出られたのは流石というべきだろう。
だが悲しいかな、それだけだ。
気付けばカザギリの姿がアックアの背後にある。
アックアの反応よりも早く放たれた蹴りが、彼の身体を大地に縫い付けた。
余りの速度に、音と衝撃が遅れてやってくる。
実力が違い過ぎる……。聖人である青髪ピアスでさえ一矢報いる事が出来なかったようなアックアを相手に、更に圧倒的な強さを見せるカザギリ。
全身を血に染め、そこかしこの骨も折れているであろうアックアは、それでもメイスを杖の代わりにして立ち上がろうとする。
「も、もう良いだろ小父さん! ここは一旦退いてくれ! ……小父さんの強さは知ってるけど、風斬の方が強いのは分かるだろ!?」
満身創痍の状態で立ち上がったアックアは、上条を正面から見据え、口の端を僅かに歪める。
「……どうした? 何を泣いているであるか?」
言われ、初めて上条は自分が泣いている事に気付いた。
「……何で?」
だが、理由は考えるまでもなく分かる。
彼は見たくないのだ。……自らが尊敬し、憧れてきた存在が負ける所を。
「……どうしようもないお人好しであるな、貴様。……今の私は、貴様の敵である」
己が両足で地面に立ち、大地からメイスを引き抜いて構える。
「それに……、私は貴様に相手が自分よりも強者であった場合、尻尾を巻いて逃げるように、と教えたであるか?」
……そんな教えは受けていない。
「私が、こんな小娘に負けると、本気で思っているであるか?」
……思っていない。
上条・当麻にとって、ウイリアム・オルウェルという男は何時だって最強だったのだ。
「ならば、まずは己の心配をするのであるな。この小娘を倒した後は、貴様との対決である!」
アックアの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
……戦友の息子であり、自らの弟子と言っても過言でもない、この少年はどれ程強くなったのだろう? 彼の父親を越えたのだろうか? それとも自分に追いついたのだろうか?
今日はそれだけを楽しみに学園都市にまでやって来たのだ。
この少女を倒せば、その望みが叶う。
……あぁ、楽しみであるな。
だからこそ、見るが良い。圧倒的な存在を相手にしてどのように戦えば勝つことが出来るのかを、今、ここで教えよう。
「我が名は……『その涙の理由を変える者』である!!」
カザギリまでの最短距離を駆ける。
……特攻!?
無茶だ。と皆が揃って思った。
真正面から挑んで勝てるような相手ではないのだ。
当然、カザギリも黙って立っているわけではない。
先回りするように、アックアの背後に回り込む。
「……確かに、貴様は、速く、強く、重い」
音速超過の速度で伸ばされたカザギリの腕がアックアに迫り、彼に向けて叩き込まれようとした瞬間、カザギリの腕がアックアから僅かに逸れた。
「しかし、貴様自身。……その力を持て余しているな」
一撃で駄目なら、二撃、三撃と連続して腕を伸ばすにも関わらず、カザギリの攻撃はアックアに届かない。
彼女の攻撃がアックアに届かない理由。……その正体は水だ。
どのような分厚い水の防壁を張ろうと、彼女のパワーならば力尽くでそれをブチ抜いてくるだろう。……が、自らの周囲に流水の幕を張り、カザギリの攻撃を防ぐのではなく逸らす。
これで、彼女の攻撃はほぼ封じた。
……とはいえ、のんびりしていると、すぐに対策を立てられてしまう。
攻めるならば、今!
「それに、実戦経験が、圧倒的に足りないようであるな」
……聖母の慈悲は厳罰を和らげる。
「攻撃が単調である。……故に」
メイスを上段に構えると、それを警戒するカザギリ。
瞬間、アックアが超高速の足払いを仕掛けた。
「ッ!?」
上に意識が行った瞬間を狙いすませたように放たれた一撃。
別に転ばせる必要は無い。彼女の体勢を崩す事が出来れば充分なのだ。
体勢の崩れたカザギリを水の魔術で拘束する。
勿論、カザギリの力を持ってすれば、5秒と経たず拘束は破られるだろう。
だが、その5秒あれば充分。
アックアの持つメイスが月の加護を得た光を宿す。
「時に、神の理へ直訴するこの力。慈悲に包まれ、天へと昇れ!!」
空中へと飛び上がり、宙を蹴って勢いよく降下する。
その鋼鉄製のメイスに宿る重圧という名の破壊力が、余すことなくカザギリに叩き込まれる瞬間、彼女の背に伸びる一対の光翼が水の拘束ごと、彼のメイスを断ち切った。
「何と!?」
予想だにしなかった攻撃手段に、目を見開いて驚愕するアックアだったが、彼の驚きはまだ終わらない。
「……私を、人間の常識で判断しないでください」
そう宣言する彼女の瞳は覚悟を決めた者のみが持つ特有の光を宿したものだ。
例え、己が人間である事を否定しようとも、守りたい者がいる。……その為に、その者に忌み嫌われようとも構わないという覚悟。
カザギリの右腕が一気に巨大化する。
「この右腕は、巨人属の腕です!」
全長3mはあろうかという巨大な拳が引き絞られ、
「ゴムゴムの……、ギガントピストル!!」
音速超過で解き放たれた。
空中にいる為、逃げようの無かったアックアは全魔力を防御に回すが、打撃の瞬間、一気に意識を刈り取られる程の衝撃をその身に受け、遙か彼方まで吹っ飛ばされた。
●
驚異の去った事を確認した雲川は、安堵の吐息と共にヒューズ・カザギリの解除の報告を入れる。
一拍の後、空気に溶けるように徐々に薄まり、消えつつある風斬の光輪と光翼。
上条は、長く細い息を吐き出し……、
「風斬……」
「は、はい!?」
上条に名前を呼ばれ、慌てて返事を返す風斬。
彼の尊敬している人を圧倒的に叩きのめし、かつ人間離れした姿を見られたのだ。決定的に嫌われたと覚悟を決める。……否、元より嫌われる事を前提に戦ったのだ。
それで彼を守れたというのであれば、悔いは……、悔いは無い。
「ありがと、な」
だが、意外な事に彼から聞かされたのは謝礼の言葉だった。
左手で、優しく彼女の頭を撫でる。
今回、敗北を喫した事により、ウイリアム・オルウェルはまた強くなるだろう。
上条はアックアから、敗北は恥ではなく、勝てないと諦める事こそが恥じなのだ。と教わってきた。
ならば、あのウイリアム・オルウェルがこの程度で諦める筈が無い。
今度会う時は、今日の風斬よりも更に強くなってやって来るだろう。
今回は、嫌な所を全て風斬に預けてしまった。……二度と彼女にそんな思いをさせない為にも、
「……強くならなきゃな」
「そう! その通りよ!」
ボソリと呟いただけの上条の声に、吹寄が応えた。
「安心しなさい上条。今、私が練習中の軽気功さえ完成すれば、万が一風斬さんが敵に回ろうとも勝てるわ!」
「ま、回りませんよ!?」
「イヤね、万が一の話よ?」
「大丈夫。私も当て身の奥義さえ極めれば楽勝」
「そ、その時は私も追加オプション開発してもらって、もっと強くなりますから! 負けませんから!」
そんな事を笑顔で語り合える少女達を見て、五和は愕然とする。
先程、圧倒的な力の差を見せつけられたばかりだというのに、彼女達はその更に上の高みに行こうとしているのだ。
風斬はともかくとして、吹寄も姫神も、魔術は勿論、能力さえ使えない本当の意味での凡人であるにも関わらず、彼女達は絶対に諦めない。
……だというのに、魔術師である自分は諦めてしまうのか?
否! 否否否否否! 断じて否!!
聖人? 神の右席? 天使? ……越える。――今は見上げる事しか出来ない存在でしかなくとも、いつか越えてみせる!
そして、その時こそ女教皇に守られる存在ではなく、女教皇を守る存在として天草式十字凄教にあの人を迎え入れる事が出来ると信じる。
決意を新たに手にした槍を握りしめ、バイクを押しながら五和は少女達を追った。
「ところで先輩、僕のご褒美は?」
「当然、勝ってないから無効なのだけど」
雲川の言葉にショックを受け項垂れる青髪ピアス。
彼を放置し、皆はそのまま寮に戻った。
●
学園都市郊外の道を肩を連ねた三人の男達が歩く。
いや、正確には歩くことも出来ぬ程に疲弊した中央の人物に両脇の二人が肩を貸しているといった方が正しいか。
「フン、ローマ正教などに入ったりするから、こんな無様を晒す事になるんだ。
あぁ、そうだ。今からでも遅くない。イギリスに戻って騎士になれ」
「相変わらずであるな貴様は。……というか、もう少し怪我人を労れ」
「黙れ。お前が負けるなんて滅多に見れるものじゃないんだ。今日は存分にからかってやるから覚悟しておけ」
「ホントに相変わらずだな君達は。それより、良い日本酒があるんだ。今日は久し振りに三人で飲もうか」
「当然だ。元よりそのつもりで俺もスコッチの良いのを持ってきている」
「まったく……、貴様等は」
憎まれ口を叩きながらも、どこか嬉しそうに歩く三人の男達はそのまま喧噪の中へ消えて行った。