とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第13話
 
 学園都市には表裏併せて様々な小組織がある。
 
 上条・当麻を名義上のリーダーとし、吹寄・制理を実質的なリーダーに据えた、姫神・秋沙、風斬・氷華の四名で構成されるフリーランスの解決屋“ソリューション”。
 
 特定の者の下に属しているわけではないので、誰でも雇う事が出来るが、彼らが悪と判断した依頼の場合、依頼主の方が噛み付かれる事もあり、一部の有力者からは余り評判がよろしくない。……というか、最近では統括理事達にとって目の上のたんこぶ的存在となっている。
 
 そのソリューションに対抗する為、統括理事達が急遽編成したチーム“クラック”。
 
 学園都市最強の一方通行を始め、第二位、垣根・帝督、第三位、御坂・美琴、第四位、麦野・沈利という、おおよそ考えられる限り最強のメンバーで構成されたチーム。
 
 彼らを手懐ける為、一方通行や美琴に対し、人質という強硬手段に出てはいるものの、今の所、目に見える反逆は受けておらず、統括理事達も一先ず安堵している。
 
 ……が、実際の所、彼らがチームとして纏まっているのは、雲川・芹亜が裏から手を回したからであり、クラックの真の目的はソリューションを裏からサポートする事にあるのだが、統括理事達は未だその事に気付いていない。
 
 麦野が抜けた“アイテム”に、彼女に代わって入ったのが結標・淡希だ。
 
 他のメンバーである、絹旗・最愛、フレンダ、滝壺・理后は健在で、現在の主な任務は芹亜の護衛となっている。
 
 他に学生達のグループとして挙げられるのが“スクラッチ”だろう。
 
 こちらは土御門・元春、青髪ピアス、駒場・利徳、エツァリといったある種異様な面子で構成されており、任務の内容は主に雑用だ。
 
 雑用と言っても裏の仕事なので非合法な手段を用いるような汚れ仕事を負わされる事が多いが……、その大半が青髪ピアスが雲川に言いように利用されて請負い、他の面子がそれに付き合う形になっているのだが、雲川の依頼自体が彼ら個人の目的遂行の為に必要な事なので愚痴を言いながらも任務をこなしている。
 
 学園都市における最大数戦力という事ではチーム“ミサカ”を忘れてはならないだろう。
 
 チーム名からして分かると思うが、御坂・美琴のクローンである妹達二万人とその上位個体である打ち止め、そして天井・亜雄によるフルチューニングを施された00000号から構成される。
 
 ミサカネットワークによるコミニケーションによって得られる絶妙なコンビネーションは上条をして「“COSMOS”かよ!」と言わしめた程だ。
 
 学生以外……、教師達で構成される“ティーチャー”というチームもあり、黄泉川・愛穂、手塩・恵未、芳川・桔梗、木山・春生という面子が所属している。
 
 彼女達の目的は子供達を守るという事に尽きる為、生徒達に銃器を向ける事は絶対にしない。……が、その分、盾で相手を叩きのめすくらいの事は平然とやってのける。そして子供を利用して私服を肥やそうとする大人に対して一切の慈悲も情けも容赦も無く叩き潰す。
 
 その他……、学園都市関係者以外の小組織として“マジシャン”が挙げられるだろう。
 
 元ローマ正教の錬金術師アウレオルス・イザード、イギリス清教の魔導図書館、禁書目録、フリーランスの運び屋オリアナ・トムソン、天草式十字凄教の五和で構成される。
 
 彼らの主目的は魔術サイドにおけるソリューションのサポートだ。
 
 最後にローマ正教のシスター達で構成された、チーム名もそのまま“ローマ正教”がある。
 
 オルソラ・アクィナス、アニェーゼ・サンクティス、ルチア、アンジェレネの四人でチームを組んでいるわけだが、彼女達の目的は純粋に布教であり、平日休日祭日を問わず日々アルバイトと布教に明け暮れる毎日。
 
 現在、臨戦状態にある学園都市とローマ正教の現状に一番胸を痛めているのも彼女達だろう。
 
 ともあれ、ここまで見てもらえば分かると思うが、統括理事達が支配していると思っている学園都市の暗部だが、その大半は雲川に掌握されており、その事を認識しているのは雲川本人とアレイスターだけである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 10月のある日の出来事。
 
 上条の住む寮に、雲川が尋ねて来た。
 
 リビングのソファーに腰を下ろし、出されたお茶を一口啜った彼女の開口一番の言葉が、
 
「じゃあ早速、先日の貸しを返してもらいたいのだけど?」
 
 これには流石の上条も頬を引きつらせた。
 
「いや、ちょっと先輩、落ち着こう。つーかアレって先輩が勝手に付いて来て、勝手に作戦立てたんじゃん!?」
 
「私は一言もタダとは言ってないのだけど?」
 
 実際の所、先日の一件で統括理事達が上条勢力に対し、かなりお冠なのだ。
 
 まあ、あの空港での被害総額が軽く9桁を突破する事になったのだから、それも当然といえるが……。
 
 そこで雲川が取った策は、目下の所の懸案事項を上条勢力に解決させる事で、彼らのご機嫌を取る事だ。
 
 勿論、本来ならばその程度ではご機嫌取りにもならないが、そこら辺は雲川が上手く調整するつもりでいる。
 
 それに、流石に上条達も10代の若さで何十兆という借金を背負いたくはないだろう。
 
 平然と告げる雲川の背後、上条に視線で、『……殺っとくッスか?』と問い掛けるアニェーゼの姿があるが、上条は必死に首を振って否定した。
 
 そんな上条を無視して雲川はテーブルの上に分厚いA4サイズの封筒を投げ、
 
「依頼の内容は原石の回収なのだけど」
 
「……原石?」
 
 初めて聞く単語に小首を傾げる一同。
 
「簡潔に言えば天然の能力者……、学園都市にも何人か居るのだけど」
 
 レベル5の第七位。“ナンバー7”こと削板・軍覇や、
 
「“吸血殺し”姫神・秋沙――、一応、バカ共は君の“幻想殺し”についても原石にカテゴライズしているみたいだけど……」
 
 雲川に言わせれば、幻想殺しは単純に原石には含まれない……、否、含めない。かと言って能力者でもなければ魔術師でもない。
 
 敢えて言うとすればUnknown。この世界最高ランクの頭脳を持つ雲川でさえも正体を掴みかねている。
 
「統括理事達の現在の懸案事項は、各国の研究機関に原石を解析され、学園都市以外に超能力開発機関が生まれてしまうかもしれない。という事なのだけど」
 
 これに関しては、正直な所、心配の必要は無いと雲川は結論している。
 
 と言うのも、姫神にしろ削板にしろ、未だその能力の解析には至っていないのだ。
 
 学園都市と比べて数段劣る各国の研究機関が躍起になって調べた所で何が分かるとは到底思えない。
 
 ……とはいえ、統括理事達がそんな理由で納得する筈も無く。その懸念を潰す為、こうして雲川は上条の元を訪れたわけだ。
 
 その研究機関で原石達がどのような処遇に置かれるのか? それを考えれば上条達が動かない筈が無い。
 
 ……問題があるとすれば、
 
「学園都市に連れてきた場合、その原石達の身の保証はされるんでしょうね?」
 
 問うたのは吹寄だ。
 
 対する雲川は視線を姫神に向け、
 
「そこら辺は実際に学園都市の研究所で解析を受けた本人に聞いてもらいたいのだけど?」
 
 問われた姫神は暫し考え、
 
「特に。これといった不都合とかは無かった」
 
 姫神や削板を学園都市に招来したのは統括理事の一人、貝積・継敏という老人だが、この男も何だかんだと言いながらも甘いのだ。
 
 決して善人ではない。だが、原石の子供達が世界中の研究機関の解析の為に使い潰されるのが我慢出来ないという。
 
 これまでは、原石の子供達にも彼ら、彼女らの生活があるという理由で敢えて手出ししてこなかったが、原石のリストが世界中に出回り子供達が捕らえられているとなれば話は別だ。
 
 そういう事ならば、上条達に迷う必要は無い。
 
「場所は世界50ヶ所。但し、この手の噂は広まるのが早いから、50ヶ所同時襲撃といきたい所なのだけど」
 
 下手に噂が広まって、研究所の警備体制が強化され、作戦の成功率が落ちるのは避けたい所だ。
 
「だから、使えるコネや人材は惜しみなく使ってもらいたいのだけど」
 
「そういう事なら、家の両親と……、あぁ闇咲とかにも声を掛けてみようかな?」
 
「わ、私も、天草式の皆に頼んでみます」
 
 というわけで、急遽編成された原石奪還チーム。
 
 上条勢力の力を世界中に示す事になる事件は、こうして幕を開けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「定時報告の時間なのだけど……」
 
 ここは上条達の住む寮のリビング。
 
 何処から調達してきたのかは謎だが、雲川が運び込むように命令した最新鋭のスーパーコンピューターの本体がリビングの片隅に鎮座し、その端末が数台テーブルの上に置かれていた。
 
 それぞれのコンピューターの前に陣取るのは木山・春生、芳川・桔梗、初春・飾利の三人だ。
 
 彼女達の役割は、原石を所有している研究所のコンピューターのデータを破壊する事。
 
 風斬とオルソラが甲斐甲斐しく運んでくれるお茶を飲みながら、初春が高速でキーボードを連打しつつ、
 
「定時報告、入ります」
 
 言って、リターンキーを叩くとスピーカーから聞き慣れた、もしくは初めて聞く声が聞こえてきた。
 
『イギリス、ガラシールズ・高次コンタクト協会だ。……まったく、何で僕がこんな雑用を。
 
 あの子の頼みじゃ無かったら、全くもって聞くつもりも無かったんだけどね。
 
 ともあれ、第4、第8、第13ドームの制圧は完了した』
 
『スイス、ローザンヌ・世界知的倶楽部、武装警備員を排除したにゃー』
 
『メキシコ、グアダラハラ・第六の感覚本社! 研究棟の正面扉を爆破。……つーか、なんで俺がこんな事してんだ!? うお!? ヘルプ! 駒場のリーダー! ヘルプミー!!』
 
「……誰? 今の」
 
「えーと……、浜面・仕上さんだそうです」
 
 ……あぁ、アイテムの雑用係の彼。
 
 納得し、再度報告に耳を傾ける。
 
『アルゼンチン、デセアド・人体スポーツ解析センター、これから機密エリアへ侵入するのだけど、久し振りだから母さん張り切っちゃうわー』
 
『フィリピン、ダヴァオ・人類の英知総本山よ。脱出艇を確認……。ハン、この“原子崩し”から逃げられると思ってんの!?』
 
『インド、アーメドナガル・神々の設計図本部だが、A、D、Lブロックの破壊を完了……。しかし、母さん張り切ってるな。こりゃ、私もハッスルしないとな!』
 
『中国、ペキン・人類進化委員会だけど、攻撃ヘリがが出てきたわ。……つーか、もうちょっと名前捻って、人類補完委員会にすれば良かったのに』
 
『ベネズエラ、ラ・パラグア・特殊エネルギー研究所にて、研究設備の八割の破壊に成功しましたわ。
 
 それにしても流石はお姉様! その発想は有りませんでしたわ』
 
『カナダ、ムースニー・心の宇宙調査室、非常発電装置を含む全電源の切断を完了したじゃんよ』
 
『オーストリア、ザルツブルグ・国際優良遺伝子バンクで超可愛い白い猫見つけたんですけど、どうしましょうかね? 取り敢えず滝壺さん、その猫確保しといてください。
 
 飼えないようなら、浜面にでも世話させるんで』
 
『勝手な事、言ってんな!?』
 
『南極、地球外カオス研究所なんやけど、この程度の寒さでは僕の雲川先輩への燃え盛る愛の炎は消えへんで!!』
 
「……出来れば命の炎ごと消えて欲しかったのだけど」
 
「あの……、何か言いました?」
 
「いや、ただの独り言だから気にしないでもらって結構なのだけど」
 
『タイ、チェンマイ・オーパーツ歴史資料館、この程度なら、私一人でも、何とかなりそうね』
 
『余り、無茶するんじゃないじゃんよー、手塩』
 
『アンタ、だけには、言われたく、ないわ』
 
 ……手塩と黄泉川、警備員同士仲が良いのだろうか? そんな事を頭の片隅で考えながら、報告に耳を傾ける。
 
『ポーランド、スタロガルト・抗電波救済委員会、……どうやら、これが最後の抵抗のようですね。
 
 それより、御坂さんは怪我とかしてませんか?』
 
『あー……、してないしてない。してませんわよー』
 
『イタリア、ファエンツァ・未来への翼中心核なんだがよォ、戦車がいっぱい出てきやがった。クソ、面倒臭ェ』
 
『スペイン、ログローニョ・精密ミクロ信仰会、なんか軍人崩れの暗殺者が出てきたわよ。――速攻で叩き潰したけども』
 
 ……吹寄。もう、完全に普通の女子高生という範疇から逸脱してるのだけど。
 
『韓国、クンサン・先端科学研究所、取り敢えず主要研究員は全員拘束したのよな』
 
『フランス。アングレーム・国立夢占い解析所。いつか後悔させてやる。とか言われたので全力でぶん投げておいた』
 
『ブラジル、コダジャス・全世界覚醒連合。凄ぇ! ジャブローかここ!?』
 
「良いから、先に仕事をこなしてもらいたいのだけど」
 
『グアテマラ、サカパ・脳解析センター、抵抗勢力ゼロ。これから原石の保護に入るッス』
 
『ドイツ、ザルツギッター・超常紹介事典で隠し扉を発見しました。これから踏み込んでみます』
 
 ……この声は、天草式の五和とかいう娘か。最初は天草式が面白半分で送り込んできたかと思ってたけど、中々どうしてやるようなのだけど。
 
『スロベニア、ツェリエ・新エネルギー採掘機関、原石を発見した』
 
 無骨な声は、上条の知り合いとかいう魔術師、闇咲・逢魔のものだ。
 
『ノルウェー、ベルゲン・霊長の証。こちらでも原石を発見しました。
 
 ほら、シスター・アンジェレネ。ここは私が警戒していますから、保護してきてください』
 
『フィンランド、ロヴァニエミ・黄道アクセスライン普及委員会、原石を発見。保護するわよ……』
 
「結標。貴女、顔がおっかないから原石の子を怖がらせないようにしないといけないのだけど」
 
『誰もおっかない顔なんてしてないわよ!? あぁ、ゴメンゴメン。ほら、怖くないわよ』
 
『オーストラリア、シドニー・UMA生態解析倶楽部にて逃走ルートを確認。原石と共に施設を出ます。とミサカ17009号は移動するのですが、問題が一つあります』
 
「何?」
 
『施設を破壊中に手伝ってくれた髭ダンディーな男性が居るのですが、先程からしつこく名前やミサカの詳細を聞いてくるというナンパ行為を行ってきます。
 
 撃退の許可を』
 
「ちなみに、その男性の名前は?」
 
 尋ねた所で、スピーカーから男性の声が聞こえてきた。
 
『あー……、君達、この娘さん達の知り合いかな? だったら、何故彼女達の顔が家の娘とそっくりなのか? そこら辺の事情を詳しく教えてもらいたいんだが……』
 
『ちょっと待て、父。何でそんな所に居るの!?』
 
『おや? その声は本物の美琴か? だったら事情を……』
 
『あー……、ゴメンゴメン。今、取り込み中だから日本に帰ってきてから母さんにでも聞いてくれる? つーわけだから妹、攻撃しちゃ駄目よ?』
 
『了解しました。とミサカは頷きます』
 
 それでそっちの方は一段落着いたのか? 最後の一人、上条から連絡が入った。
 
『ポルトガル、ブラガンサ・第七世代兵器研究所。脱出に成功。原石の子の身の安全も確保した……、痛い! 痛いから引っ掻くなって。俺が悪かったから!?』
 
「……何があったのか、聞きたいのだけど?」
 
『なんてーか不幸な事故がありまして……。丁度乗り込んだ時に実験の最中で、全裸だったというかなんというか』
 
「つまり、何時も通りというわけなのだけど」
 
『いや、それでもですね、何故に研究員に見られるのは良くて、上条さんは駄目なのか? と。日本語が通じるのなら、問うてみたいのですが』
 
「それはただの照れ隠しだから、そんなに気にしないで良いのだけど。……ちなみに、今はどんな状況?」
 
『あんまり暴れるもんだから、抱え上げて脱出中だけど?』
 
「全裸のまま?」
 
『いや、時間が無かったし……』
 
 オープンチャンネルでそれを聞いた世界中に散っている仲間達から一斉に連絡が入る。
 
 雲川はそれを聞きながら大きく溜息を吐き出し、
 
「……君に伝言を承ったのだけど」
 
『何スか? 先輩。……何だが声が座ってるような感じがするんスけど』
 
「気にするな。後、伝言は大きく分けて二つ。「死ね貴様!」と「またかこの野郎!」なのだけど」
 
『酷い!? 上条さんが一体何をしたというのでしょうか!?』
 
「いいから、とっとと帰って来いというのだけれど。私からも色々と説教したい事があるし」
 
 言うだけ言って通信を切る。
 
 それは作戦開始から僅か数時間の出来事……。世界中で五十近くの研究施設が壊滅するに至った。
 
 これにより、世界中の組織に上条勢力の名が浸透する事になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一息を吐いた雲川が周囲を見渡すと、リビングに詰めていた女性陣も同じように安堵の吐息を吐いていた。
 
 ……が、その中においてただ一人、違う種類の溜息を吐く人物が居る。
 
「何か思う所でもあるの? まぁ、おおよその推測はつくのだけれど」
 
 声を掛けられた風斬は慌てて顔を上げ、そこに雲川を確認すると力無い笑みを浮かべて項垂れ、
 
「歯痒いなぁ……、と思いまして」
 
 戦う力が有るのに、上条と共に戦えない口惜しさ。
 
 今回のように学園都市の外で起こる事態に対しては本当に無力だ。と痛感せざるをえない。
 
「ま、無い物強請りというものだけど」
 
 言って雲川は口元に笑みを浮かべ、
 
「初めて会った時から比べると、随分諦めが悪くなったようで何よりだとは思うのだけど」
 
 彼女と初めて会ったのは、上条達の入学式の時だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 高校生になったら、絶対に彼女を作って勝ち組の生活を送るんだ! と意気込んで学校の正門を潜った上条。
 
 長い入学式も終え、教室へと戻った上条は、否、クラスメイトとなった同級生達はホームルームに現れ、いきなり自己紹介で「皆さんの担任になりました月詠・小萌でーす」と宣ってくれた幼女に疑いの声を挙げた。
 
 誰一人として幼女の言葉を信用しなかったが、こんな事をあろうかと小萌先生が準備してきておいた大学の卒業証書、教職員免許、自動四輪免許などを提示し、それでやっと生徒達に自分が担任であるという事を信じさせる事に成功したのだが、ただ一人だけ青い髪にピアスを付けた男子生徒が「合法ロリ万歳――ッ!!」と力強くシャウトしていたのが気になった。
 
 ともあれ、ホームルームと自己紹介も終わり、その場は解散となったのだが、上条はすぐには帰宅せず、学校の中を回る事にする。
 
 ……取り敢えず、学食と売店の場所は把握しておかないとな。
 
 そう考え校舎を歩いていると、上条の通う高校の制服とは違う制服を着た少女が居た。
 
 上条は知らない事ではあるが、少女の着ているのは霧ヶ丘女学院の制服だ。
 
「なあ? こんな所で何やってんだ?」
 
 声を掛けられるとは思ってもいなかったのだろうか?
 
 ビクッと反応した後で、恐る恐る振り返る少女。
 
 太股辺りまで伸びた茶色の長い髪を一房だけゴムで束ね、サイズの合っていない眼鏡を付けた少女だ。その身体は同年代の少女達の平均胸囲を遙かに凌駕しているのが服の上からでも明確に分かる。
 
「あ、あの……、私、今度転校してくる事になったんですけど、職員室の場所とかよく分からなくて」
 
 ……この入学式が終わったばかりの時期に転校? と思うが、ひょっとしたら上級生かも知れない。
 
「あー……。職員室なら、確か向こうの方だったと思うけど」
 
 言って視線を外し、そちらの方を指さす。
 
 そして少女の方に視線を戻してみれば、そこにはもう誰も居なかった。
 
「……あれ?」
 
 もしかして避けられた? と思い、微妙に落ち込む上条。
 
 そのままトボトボと寮に向かって歩き始める上条だが、そんな彼を呼び止めるように声が掛けられた。
 
 気怠げな態度で振り返ると、そこに居たのは先程までの少女ではなく、上条の通う高校の制服を着た女生徒。
 
 肩まで伸ばされたセミロングの黒髪が邪魔にならないようにヘアバンドで上げている少女は自らの名を雲川・芹亜と名乗り、
 
「ここに他校の制服を着た女の子が居たと思うのだけど?」
 
「は? あ、あぁ……。さっきまで居たと思うんですけどね。気が付いたら居ませんでした」
 
「そうか……。それは拙いな。一刻も早く彼女を保護しないといけないというのに……」
 
 チラリと上条の方を見て、
 
「この人手の無い時に……。本当に困ったものなのだけど」
 
 明らかに視線で手伝えと訴える雲川。そして上条も、それを断れない程度にはお人好しであり、この後特に用事も入っていなかった。
 
「分かった。分かりましたよ。……手伝えば良いんでしょ」
 
「そう言ってくれると、助かるのだけど」
 
 微塵も悪びれずに言って雲川は脇に抱えていた封筒から書類を取り出し、
 
「ターゲットの名前は風斬・氷華。元霧ヶ丘女学院の生徒なのだけど、ぶっちゃけた話、彼女は人間ではない」
 
 いきなりぶっちゃけられた話に目を見開く上条。
 
 だが彼に構わず雲川は話を続ける。
 
「彼女は能力者達から無意識に流れ出しているAIM拡散力場の集合体なのだけど。
 
 虚数学区・五行機関への鍵という噂がまことしやかに流れているのだけど、お陰で複数の組織が彼女の身柄を欲している。
 
 ――そこで、君の出番となるのだけど」
 
 一息、
 
「……上条・当麻」
 
 まだ、名乗ってもいない筈の名前を告げる雲川。
 
「……アンタ、一体何者だ?」
 
 警戒心を露わにして問い掛ける上条。
 
 だが、対する雲川は気負い無く、
 
「雲川・芹亜。この学校の二年で、アルバイトとして統括理事に対するブレインなんて事もやっているのだけど」
 
 だからこそ、上条の両親の素性も、その両親にどのようにして鍛えられてきたのかも、彼の能力がどのようなものなのかも知っている。
 
「……何が目的だ?」
 
「それは最初に言った筈だけど。敢えてもう一度言おうか。
 
 風斬・氷華を保護してきてほしい。理由としては、考えの無い三下の研究機関に彼女を捕らえられて、好き勝手されても困るのだけど」
 
「それで? 風斬を保護したとして、アンタ等はどうするつもりだ?」
 
「私は何もするつもりも無いのだけど」
 
 ……私は、ね。
 
 雲川の言葉を鵜呑みにせず、彼女の次の言葉を待つ。
 
「アレイスター・クロウリーという名を知ってるか?」
 
 問い掛けに対し、無言で頷く上条。
 
 学園都市、総統括理事、アレイスター・クロウリー。 学園都市の暗部に潜れば嫌でも耳にする名前だ。
 
「今回の風斬の転校に関して、そのアレイスターが動いている。奴の目的は分からないのだけど、奴が動く以上、風斬の転校の阻止はもはや不可能と判断した方が良いと思うのだけど」
 
 それならばいっその事、
 
「自分の手元に置いて保護しておいた方が良いと思わないか?
 
 元々私の目的は、何かするのではなく、ただ観察し考える事にあるのだし」
 
 そう言った上で、雲川は上条が風斬を守りアレイスターの邪魔をするのは自由だという。
 
 暫し逡巡した後、踵を返し風斬を保護しに行こうとする上条の背に向けて雲川が声を掛ける。
 
「忠告しておくが、彼女は人間じゃない。決して君の右手で触れないようにするのが良いのだけど!」
 
 この時の上条からすれば、観察対象である風斬が消滅しないように忠告しただけのように思えたが、後々彼女の人柄を知るにつれ、この言葉が彼女の優しさから出たである事を知るのだが、それには、もう少しの時間が必要だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、一概に探すと言っても風斬の行きそうな所になど皆目見当も付かない上条は、もはや当てずっぽうで方々を走り回っていた。
 
 こういう時は、運と勘だけが頼りなのだが、その内“運”に関しては人並み外れて当てにならない男、それが上条・当麻という少年だ。
 
「だー! 見つかんねぇ!?」
 
 通行人達が何事か? と振り返るが上条は華麗にそれらをスルーしつつ、一息を入れて再度走りだそうとするが、そこでズボンのポケットにねじ込んでいた携帯電話が着信を知らせてくれた。
 
 携帯電話の小さなディスプレイに映る番号は短縮登録のされていない見覚えの無いものだ。
 
 ……間違い電話かな? と思いつつも、取り敢えず通話ボタンをプッシュ。
 
『もしもし、雲川なのだけど』
 
「いや、何でアンタこの電話の番号、知ってんだ?」
 
『その程度の事を調べる事くらい、造作も無いのだけど。
 
 ――まあ、そんな事よりも風斬・氷華の居場所が判明した』
 
「何処だ?」
 
『第10学区なのだけど。……特定能力者多重調整技術研究所の跡地』
 
 聞くなり走り始める上条。
 
『既に余所の組織が接触……というか、ドンパチを始めているのだけど。
 
 小競り合いをしているのは、アレイスター直属の猟犬部隊と外の傭兵部隊のようなのだけど』
 
 外の傭兵部隊というのが、学園都市の研究機関に雇われたのか、それとも外の研究機関に雇われたのかは分からないが風斬の危機という事に間違いは無いだろう。
 
 上条は一心に第10学区へと急いだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 突如始まった銃撃戦を前に、風斬・氷華は恐怖から腰を抜かしていた。
 
 ……い、一体何が始まったんですか!?
 
 目尻に涙を溜め、両腕で頭を抱えるようにして蹲る風斬。
 
 そんな中、一発の流れ弾が彼女の頭を直撃する。
 
 弾かれたように吹っ飛び、アスファルトに軽くバウンドする風斬。
 
 その事に気付いた猟犬部隊、傭兵部隊の双方が一時的に攻撃の手を停め、風斬の方へと視線を移す。
 
 ハッキリ言ってしまうと、風斬の怪我は致命傷だ。
 
 頭の右半分を吹っ飛ばされて平然と生きているような人間などこの世に存在しない。
 
 ……だというのに、彼女は動いた。
 
 まるで寝起きのような動作で起き上がり、顔に眼鏡が無い事に気付いて周囲を見渡す。
 
 そこで、半ば割れたガラスに映る己の姿を見て動きを止めた。
 
 半分ほど吹き飛ばされた顔からは、不思議な事に一滴の血も脳漿も流れ出ていない。
 
 骨や肉や脳の代わりにあるのは三角柱のビルのような物体だ。
 
 それが頭の中心辺りに浮かんでいる。
 
「え? あ、あれ? なにこれ?」
 
 呆然とした声で呟くと、猟犬部隊を指揮していた男……、木原・数多がまるで面白い見せ物でも見るような声で、
 
「おいおいおいおい、何だそりゃ? クッソー、意味分かんねぇーな。一体何企んでんだ? アレイスター」
 
 彼も科学者の端くれだ。風斬が虚数学区・五行機関の鍵という話を聞いてそれなりに幾つかの予測は立てていた。……のだが、これはどの予測にも当て嵌まらない。
 
 だが当の風斬にしてみれば、そんな木原の意見を聞いているだけの余裕など有りはしない。
 
 混乱し、自分の正体が人間でないと知り発狂しそうになる。
 
「風斬ィ――!!」
 
 そんな中、彼女の名を呼ぶ声だけが鮮明に聞こえた。
 
 その声に縋るように視線を向けると、銃撃戦の為バリケードとなるよう停車された車の隙間を縫って一台のスクーターに乗った少年が飛び出してくるのが見えた。
 
 見覚えのある少年だ。……確か、
 
「学校で声を掛けられた……」
 
 高速で接近しながら、風斬に向けて左手を差し伸べる上条。
 
 ……最後のチャンスだ。擦れ違いながら掻っ攫え!!
 
 などと内心で叫びつつスロットルを開ける。
 
 対する風斬も、咄嗟にその左手を握り返す。強く握りかえされるのを確認した上条は、腕力だけで強引に風斬の身体を引き寄せ、己の胸に抱くように引っ張り上げると、スロットルを全開。
 
 一気に戦場から離脱した。
 
 僅かな時間だけ、呆然としていた木原だが、すぐに我に返ると走り去ったスクーターに向けて発砲。
 
 だが、蛇行し、照準を定めさせないようにする上条には一向に当たらない。
 
 その事に業を煮やした木原は部下に命じてロケットランチャーを持ってくるように命令するが、そこで彼の携帯電話に着信が入った。
 
 鬱陶しそうにポケットから携帯電話を取り出しつつ、下らない用件だった場合は相手を殺すつもりでディスプレイに映る相手の名前を確認して舌打ちする。
 
 ……そこに出ているのは、木原の直属の上司たる人物、アレイスター・クロウリーの名前だった。
 
 通話ボタンをプッシュして二、三言会話すると、木原は忌々しそうに通話を切り、
 
「撤収だ!」
 
 それだけを告げて、自ら率先して車に乗り込む。
 
 残された部下達も僅かに戸惑いを見せるものの命令は絶対である為、速やかに撤収を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、その頃、現場から数q程離れた寂れた公園に上条達は居た。
 
「怪我とか大丈夫か? 風斬」
 
 見れば、あれほど損傷していた風斬の頭部は既に完全に修復されている。
 
 それを確認して、取り敢えず安堵の吐息を吐く上条だが、まだ問題は山積みだ。
 
 ……取り敢えず、このスクーターどうするかな?
 
 緊急事態だったので、通りすがりの人から無理を言って借りてきた。
 
 ちなみに、その通りすがりの人の名を浜面・仕上といい、スクーター自体も盗難車だったりする。
 
 ……近くの警備員の詰め所にでも電話しておいたら良いかな?
 
 そんな事を上条が考えていると、それまで上条にしがみついて小刻みに震えていた風斬が顔を上げ、
 
「わ、私……、私、一体何なんですか!?」
 
 切羽詰まった表情で、まるで上条に縋るように問い掛ける。
 
 対する上条が言葉に詰まっていると、
 
「風斬・氷華――。虚数学区・五行機関の鍵とも言われる存在で、その正体は学園都市中に充満するAIM拡散力場の集合体」
 
 現れたのは雲川・芹亜だ。
 
「……AIM拡散力場?」
 
 それがどのような物であるのかは知ってはいるが、自分の身体がそれで構成されていると言われても理解出来ない。
 
「そう。君は普通の人間ではないのだけど。
 
 君の身体を形作るのは、学園都市中の能力者達が無意識に垂れ流す能力の欠片。
 
 例えば、体温は発火能力者が、生体電気は発電能力者が担当していると思ってもらっていいのだけど」
 
「止めろ!」
 
 そんな雲川の言葉を上条が遮る。
 
「だから、どうした? 確かに風斬の生まれ方は俺達とは違うかもしれない。……だけど、それだけだ。
 
 こいつは怖がる事も、悩む事も、苦しむ事も出来る。なら、楽しむ事だって、笑う事だって……」
 
 振り向き、風斬と視線を合わせ、左手を差し出す。
 
「友達になる事だって出来る筈だ」
 
 ……とも……だち?
 
 自分の正体を見た筈であるにも関わらず、それでもまだ友達になれると言ってくれた上条。
 
「わ、私……、人間じゃないんですよ? 見たでしょう? ……私、化け物なんです」
 
 だが、それでもなお、突き付けられた現実のショックから彼の差し出す手を断ろうとする。
 
「違う。確かに生まれは少し普通じゃ無いかもしれないけど、お前は人間だ。それは俺が保証してやる!」
 
 その言葉には何の根拠もありはしない。もし、雲川が口を開けば容易く論破出来るような理屈に過ぎないだろう。だがそれでも差し伸べた手を一向に引っ込めようとしない上条。
 
「……何でですか? ……どうして、たった一回会っただけの私の事を、そこまで信じてくれるんですか?」
 
 投げ掛けられた問い掛けに対し、上条は即答しようとして、
 
 ……そういや、何でだろ?
 
 思わず考え込んだ。
 
 雲川に依頼されたから。というのは直接的な理由ではない。ならば何故?
 
 腕を組み、首を捻って考え始めた上条に段々不安を覚え始める風斬だが、ジャスト1分で結論を出した上条は自信に満ちあふれた眼差しで、
 
「理由とかは無いな。あのままお前が奴らに攫われるのを黙ってみていられなかった。それだけだ」
 
「そんな事を言いつつ、実は可愛い女の子と仲良くなる絶好のチャンスだと思ったのかも知れないのだけども」
 
「そ、そんなやましい事は少ししか考えていませんの事よ!?」
 
 意地の悪い笑みを浮かべつつ告げる雲川に上条は焦った声を返すものの微妙に的を射ていたりするので余り強くは出られない。
 
「だから、その……、何だ」
 
 一度、咳払いして表情を改め、
 
「大丈夫。きっといっぱい友達も出来るって。うちのクラスに転校する事になったら、意外と世話焼きな女子も居るし、女の子に対して物凄い情熱を燃やしてるような奴も居たし」
 
 言って、再度左手を差し出し、
 
「何よりも、俺が真っ先に友達になる」
 
「ほ、本当に、私なんかが友達を作って良いんですか?」
 
 そう問い掛ける風斬に向け、上条は真剣な表情で、
 
「私なんかとか言うな。お前は充分可愛いし魅力的だぞ。つーか、むしろこっちが友達になってください!」
 
 土下座しかねない勢いの上条だが、風斬としてはそんな所よりももっと大事な事がある。
 
 ……可愛いし、魅力的って。
 
 勿論、そんな事を言われたのは、上条が初めてだ。
 
 上条としてもノリと勢いで言ったような事なので、明日には忘れているだろうが、風斬にしてみればまるで刷り込みのようにその言葉は深く刻まれた。
 
「だから自信持て風斬。俺には、お前が人間じゃ無いからとか、そんなくだらない理由で友達止めたり仲間外れにしたりするような軽い存在とは到底思えない」
 
 風斬は目尻に溜まった涙を拭うと上条の手を取り、
 
「よ、よろしくお願いします」
 
「あぁ、こっちこそよろしくな」
 
「話が纏まったなら、私も二人目の友達になりたいのだけど」
 
 割って入ってきた雲川に胡散臭そうな視線を投げ掛ける上条。
 
「何企んでる?」
 
「いやいや、純粋に好意なのだけど」
 
 その証拠に、とスカートの隠しポケットから両手に持てる位の小さなケースを取り出し、
 
「お近づきの印にこれをプレゼントしよう」
 
 風斬に歩み寄ってそれを手渡す。
 
「これは……、眼鏡です……か?」
 
 見た限りでは何処にも細工を施したように見えない。どう見ても市販の眼鏡だ。
 
 先程のドタバタで風斬は眼鏡を紛失してしまっているので、彼女としてはこのプレゼントはありがたい。
 
 取り敢えず掛けてみると、少しサイズが合わないのか? 油断するとずり落ちてしまう。
 
「数少ない眼鏡属性のキャラを失うわけにはいかないのだけど」
 
 その一言で上条の雲川に対する印象が大きく変わった。
 
 彼女の情報網を持ってすれば、風斬にピッタリなサイズの眼鏡を用意する事も出来ただろうに敢えて少しサイズの大きい物を選ぶとは、
 
「アンタ……」
 
 ……この人は、分かっている人だ!
 
「グッジョブ、先輩」
 
 風斬から見えない角度で親指を立てた拳を雲川に向けて突き出すと、雲川も同じポーズで返してきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一頻り、上条と雲川が復活した眼鏡っ娘風斬を堪能した後、表情を真剣なものに改め、
 
「じゃあ、後始末をお願いしたいのだけど」
 
 先程から公園内に不穏な気配が幾つか紛れているのには上条も気付いている。
 
「ちなみに言っておくが、私に戦闘能力は無い」
 
「了解」
 
 爪先で地面を叩き、靴の遊びを無くすと、次の瞬間には雲川の視界から上条の姿が消えた。
 
 一拍の後、茂みの中から吹っ飛んでくるのは、傭兵部隊の兵士達だ。
 
 上条が何かしたのか? 地面に転がる男達は皆一概に意識が無い。
 
 僅か5分の間に10人近い男達を倒した上条が動きを停め、安堵の吐息を吐き出しながら風斬達の元へ歩み寄ろうとしたその瞬間、肉眼では補足出来ないような遠くからの狙撃に、風斬は気付く事が出来た。
 
 狙撃手が狙っているのは上条。
 
 考えるよりも身体が先に動いていた。
 
 一瞬で上条との距離を詰めると放たれた弾丸の前に立ち塞がり、両腕を交差して弾丸を受け止める。
 
 少し前の中身の空虚だった風斬ならば、この一発の銃弾で両腕が吹き飛んでいたかもしれない。
 
 ……だが、今ここに居る風斬には初めての友達である上条を守りたいという確固たる意思とその意思に答えてくれる身体がある。
 
 弾丸を物ともせずに受け止めると、足下に落ちていた石を拾って投擲。
 
 人外の膂力で投げ放たれた石は、2q先に居た狙撃手を見事にぶっ飛ばした。
 
 それを見た上条は一頻り感心すると、
 
「ありがとな風斬。お陰で助かった」
 
「い、いいえ。私がお役に立てたならそれで幸いです」
 
「いやいや、充分凄ぇって!」
 
 褒めまくる上条に、照れて縮こまる風斬。
 
 そんな二人を、雲川は面白そうに眺めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 回想を終えた雲川はスカートのポケットから親指の爪ほどの大きさの物を取り出すと、それを風斬に向けて放り投げた。
 
 軽い音を発てて彼女の手に落ちたのはメモリーチップだ。
 
「あの……、これは?」
 
「一種のウイルスだ。“ANGEL”と名付けられたそのウイルスをミサカ20001号に流し込み2万人の妹達を通して虚数学区・五行機関に介入する事で、学園都市の切り札とも言うべき存在、“ヒューズ・カザギリ”が覚醒するのだけど。
 
 ……正直な所、お勧めはしない」
 
 何しろ、雲川にしてみても、これを使えばどうなるのか? 皆目見当も付かないのだ。
 
 それでも、
 
「おそらく、次の相手は後方のアックアだと予想しているのだけど。……それも、直接学園都市に乗り込んでくるだろうけど。
 
 聖人の他に神の右席としての力も有する存在。一筋縄で行けるような相手ではないのだけど」
 
 一息。
 
 僅かに悩みつつも、己の考えを口にする。
 
「それでも……、アックアと上条を戦わせていけない」
 
 アックアほどの力を持つ者と相対すれば、上条は神上の力を使わずにはいられないだろう。
 
 そして、勝敗がどうであれ、それこそが……、
 
「アレイスターの狙いだと、私は睨んでいるのだけど」
 
 だからこそ、
 
「聖人が相手でも勝てるような輩ではない以上、残された戦力は君だけなのだけど風斬・氷華」
 
 真剣な眼差しで風斬を見つめる雲川。
 
 対する風斬も力強く頷き返す。
 
「なら、私達も頑張らないといけないな」
 
 それまで黙って話しを聞いていた木山が風斬の手からメモリーチップを奪い取る。
 
「どんなウイルスかは知らないが、万が一の時には役に立つかもしれない。
 
 色々と調べた上で、参考にさせてもらう」
 
 そういう事ならば、と傍らに座っていた芳川と初春も手伝い始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、同時刻。学園都市を訪れる魔術師達の姿があった。
 
 一組目はかつて学園都市を襲来する計画を立案しながらも、直前の所でオリアナによって阻止された修道女、リドヴィア・ロレンツェッティとその相方でもある魔草調合師のバルビナ。
 
 今回の学園都市訪問における彼女達の……、正確にはリドヴィア一人だが、彼女の目的は、オリアナ・トムソンの考えを正し、再び自分達の仲間になってもらう事。
 
 ちなみにバルビナは無理矢理連れて来られただけである為、学園都市に到着するなりリドヴィアの隙を付いて姿を眩ました。
 
 もう一人は、先日アビニョンで吹寄に破れた神の右席の一人、左方のテッラだ。
 
 彼も律儀に吹寄の言った事を真に受け、ローマ正教・学園都市支部とやらを尋ねてやってきた。
 
 もっとも、彼の目的は吹寄の言うシスターの説法を打破し、己の信仰が正しいと証明する事にあるのだが……。
 
 ともあれ、最初に上条達の寮に到着したのはリドヴィアの方だった。
 
 彼女は目当てであるオリアナが留守にしている事を聞くと、「待たせてもらいますので」と言ったきり、一言も発さず、出されたお茶にも手を出さずに無言のままで座り続けた。
 
 そうこうしている内にやって来たのがテッラだ。
 
 彼はリビングに通されると、そのまますぐにオルソラとの説法を開始する。
 
 基本的には双方共にローマ正教徒だ。大まかな意見は合致する。その証拠に、黙って話しを聞いていたリドヴィアもオルソラの話に思う所があるのか、偶に深く頷き感心している様子も伺いしれた。
 
 だが、話がローマ正教徒以外の事になった途端、大きく食い違ってくる。
 
 基本的に宗教は個人の自由であり、無理矢理に強制してまで改宗させるべきではないという考えのオルソラに対し、多少強引であろうとも邪教徒や科学に属する者達に関してはローマ正教に改宗させ、真なる救いを与えるべきであるという考えのリドヴィア。そしてローマ正教徒以外は生きる価値すらないという極論のテッラ。
 
 どれだけオルソラが言い聞かせようとしても、テッラは一向にオルソラの言葉を聞き入れようとはしない。
 
 それどころかオルソラの考えこそが間違いであり、「異教徒殺すぜウガ――!」な考えこそ正義であると吹き込み始めた。
 
 そんな討論が1時間程続いた所で、それまで黙っていたリドヴィアが唐突に立ち上がった。
 
 何事か? とリビングに居た者達が一斉に視線を向けると、そこには笑みを浮かべたリドヴィアが居る。
 
 但し、笑みと言っても他人を安堵させるタイプの物ではなく、今にも涎を垂らさんばかりの思わず周りが引いてしまいそうな笑顔だ。
 
「ふ、ふふ……、ふふふふふ!! 素晴らしい!! 何という不可能!! その狂いまくった狂信者的発想! よろしい、要件は正しいローマ正教徒としての心得を教え込む事ですね!」
 
 言って、オルソラ達の答えを待たず、テッラの腕を掴んで立ち上がらせると、
 
「ふふふふふ、では失礼しますので!」
 
 ビシッ! という擬音が付きそうなくらいの勢いで左手を挙げ、そのままテッラを連れて寮を出て行ってしまった。
 
 後に残された女性陣は呆然と彼女達が消えたドアを見つめ、
 
「……結局、何だったんでしょう?」
 
「さあ? 詳しくは知らないが、面倒臭い手間が省けたと思っておけば良いのではないかと思うのだけど」
 
 面倒臭そうに一息を吐き、雲川はグラスの中のジュースをストローで飲み干した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、その頃アッパー入ったリドヴィアにすっかり忘れ去られ、学園都市に置いてきぼりとなったバルビナは、既にリドヴィアが学園都市を離れバチカンに向かった事も知らず、小遣い稼ぎに露天を開いていた。
 
 とはいえ、彼女の扱う商品はかなり特殊で、一般人受けするような品物は余り無い。
 
 珍しいと立ち止まり、商品を覗き込みはするものの、結局買わずそのまま通り過ぎる少女達を見送る事数十回。
 
 今度の客は食材を詰め込んだ紙袋を持った長身の青年だった。
 
 染めているのであろう緑の髪に白いスーツがよく似合ってはいるが、青年は置かれている品物を見て、不審げに眉根を寄せ、
 
「疑然、何だこの品は?」
 
「あ、それ? それは嫌な奴に送ると相手が勝手に不幸になってくれるっていう置物だけど。……追加効果で空気浄化作用もあるから贈り物にピッタリ」
 
「呆然。そうではなく、何故魔導具紛いの物を扱っているのか? と問うている」
 
 ……ヤバ、もしかして魔術師の人?
 
 外面には出さないようにしつつ、バルビナは如何にこの場を乗り切るか? と思考を優先させる。
 
 何しろ魔術師にも縄張りという物があり、質の悪い輩……、ぶっちゃけイギリス清教の“必要悪の教会”などに引っかかると冗談抜きで命に関わるからだ。
 
 が、当の青年はそんなバルビナの様子などお構いなしに商品を手にとって品を見定め、
 
「十全。中々良い品だな。では、コレと後そこのポプリも貰おうか」
 
「……アレ? 何のお咎めも無し?」
 
「別に、私は“必要悪の教会”の人間ではないしな。ローマ正教を抜けた今はフリーランスだ」
 
 まあ、今は寝床の方に腹を空かせた“必要悪の教会”に所属するシスターが待っているが。
 
 何でも、今回の一件では、彼女は微塵も役に立たないので、拗ねて寮を出てきたらしい。
 
 青年……、アウレオルスとしては理由はどうあれ、遊びに来た彼女を無碍にするつもりはないので、彼女に請われるままに買い出しに出たわけだ。
 
 ともあれ、相手が“必要悪の教会”の人間ではないと聞いて安堵の吐息を吐き出すバルビナ。
 
 会計を済ませ、立ち去る寸前、アウレオルスは振り返り、
 
「この街で厄介事に巻き込まれたら、ソリューションという解決屋を頼ると良い。
 
 何かしらの力にはなってくれるだろう」
 
「連れの用事が済んだら、さっさとミラノに帰るつもりだから、長居するつもりはないよ」
 
 バルビナがそう言い返すと、
 
「十全。それが良いだろう」
 
 そう言ってアウレオルスは去って行った。……のだが、数時間後、リドヴィアに置き去りにされた事に気付いたバルビナが上条達の寮にやって来る事になろうとは、この時はまだ予想すらしていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 特にトラブルらしいトラブルも無いままにバチカンに到着したリドヴィアとテッラ。
 
 道中、延々とリドヴィアに説法を聞かされ続けてきたテッラは、流石に少し疲れた様子で聖ピエトロ大聖堂の中を歩く。
 
 相手が異教徒であるならば、慈悲も容赦も躊躇いも無く叩き潰すテッラであるが、リドヴィアは敬虔なローマ正教徒。手出しをするわけにはいかず、散発的に反論はするものの結局ここまで彼女の主張に押される形でやって来てしまった。
 
 そんな疲れ切ったテッラの視界に、彼と同じく神の右席の一人であるアックアの姿が映る。
 
「あ、アックア……。丁度良い所に来ましたねー」
 
 助けを請うような視線を送るテッラ。
 
 対するアックアとしては、テッラのやってきた事……、彼の扱う術式“光の処刑”の照準調整の為にローマ郊外の子供達や観光客を使っているという事を聞き及び、テッラを処刑するつもりでいたのだが……、彼の疲れ切った表情を見るなり、考えが変わった。
 
 もし、このままリドヴィアによってテッラの考えが修正されるのであれば、彼もこれまでの行いを悔い改め、罪を償う為、より一層ローマ正教の為に働いてくれるだろう。
 
 何より、神の右席の一人を、学園都市との全面戦争が迫っている今失うのは、戦力的にも厳しい。
 
 そう結論したアックアはリドヴィアの元に歩み寄ると、彼女の肩を優しく叩き、
 
「君の働きには期待しているのである。頑張ってくれ」
 
「えぇ! それは勿論ですので!!」
 
「あ、アックア?」
 
 ズルズルとリドヴィアに引き摺られてテッラの姿が暗闇へと消えて行く。
 
「アックア――!!」
 
 最後に彼の名を呼ぶ声だけが虚しく響き渡り、テッラの姿が深淵へと消えた。
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