とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第12話
 
 10月。
 
 ヴェントの上条・当麻ローマ正教勧誘作戦が失敗に終わった事により、彼に対して本格的に暗殺命令が実施される事となった。
 
 手始めに動き始めたのは、神の右席の一人。左方のテッラだ。
 
 彼はC文書と呼ばれる霊装を使用し、20億人という信者達に学園都市毎上条・当麻と青髪ピアスを潰すという計画を立てた。
 
 このC文書という霊装は、ローマ正教の信者達に、『ローマ教皇のいう事は絶対に正しい』と信じさせる道具だ。
 
 一度、完全に発動してしまえば、それを止める手段は無い。
 
 その前段階として、世界各地でローマ正教徒による対学園都市のデモ行進が行われるようになった。
 
 独自の情報網から、裏でローマ正教の動いている事を知った親船・最中は早速ソリューションを動員しようとするが、他の統括理事のメンバーがそれを阻止に入る。
 
 理由は簡単。学園都市とローマ正教がぶつかれば大きな戦争になる。……その方が都合の良い者達も居るのだ。
 
 戦争が起きれば、学園都市の技術力を外の世界の国や企業に大々的にアピールする事も出来る。そうなれば当然需要も増えるだろうし、この戦争に勝てば鬱陶しいローマ正教を丸ごと潰す事も出来る。
 
 そして、12人居る統括理事の内、大多数がそういった考えの持ち主達ばかりなのだ。
 
 ……結果、完全に孤立させられ、自宅に軟禁される事となった親船。
 
 だが、彼女はまだ諦めていない。
 
 彼女自身が動けなくとも、彼女の意志を継いでくれた者が居る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……というわけで、お母様の代理で依頼に来たの」
 
 言って、出されたコーヒーに口をつけるのは、上条達の通う高校の数学教師にして親船・最中の娘、親船・素甘だ。
 
 そんな彼女の後ろには、ウンザリ気な溜息を吐く素甘の生徒、結標・淡希と彼女のクラスメイト、雲川・芹亜の姿もある。
 
 担任の教師をこの寮まで案内してきた結標は良いとして、
 
「……何で先輩まで来てんの?」
 
 素甘の依頼よりも、まずはそちらの方が気になった。
 
「何でって……。私、結標の友達だからだけど」
 
「私としては、アンタなんかと友達になった覚えは無いけどね」
 
「またまたー。結標ったら、照れちゃって」
 
 言って結標の頬を突く雲川だが、彼女は不意に真顔になると、
 
「ま、冗談はさておいて、今回の一件。君達だけだと流石に厳しいと思ったからだけど」
 
 事情を知らない魔術側の者達や、新顔である結標達は知らない事ではあるが、こう見えても雲川は統括理事に知恵を授ける立場にある存在であり、偶に上条達に知恵を授けてくれたりもする。
 
「奴らはアレだから。目先の利益に目が眩んで、その先が見えてないから」
 
 今回は彼女の忠告も聞かず、一部の者達が強引に取り決めたのだと言う。
 
「さて、じゃあ作戦を説明するけど良い?」
 
 信用して良いものか? と迷う少女達が一斉に上条へと視線を送る。
 
 対する上条は小さく頷き、
 
「利害が一致してる間は大丈夫だ。何だかんだ言っても、先輩の頭が良いのは事実だし」
 
「……それは、利害の一致が無くなったら敵に回るって事ッスか?」
 
 警戒を露わにして問い質すのはアニェーゼだ。
 
 厄介な相手ならば、今の内に始末しておくのも一つの手だが……、
 
「心配ないわよ」
 
 吹寄が溜息を吐きながら告げる。
 
「上条が居る限り、雲川先輩が私達に本気で敵対することなんて有り得ないから」
 
 それだけで、おおよその事情を察した少女達の視線が上条に向かうが、それをどう勘違いしたのか? 上条は自信たっぷりに頷き、
 
「大丈夫だって。基本的に先輩ってば良い人だから。
 
 ほら、風斬ん時も助けてくれたし!」
 
 ……全然、分かって無いなコイツ。
 
 意見の一致をみせ、溜息を吐いてから取り敢えずの納得を示す。
 
「そ、それで? 作戦って何だよ先輩」
 
「ん? そうだね。取り敢えず今回の作戦。ソリューションだけではかなり厳しいのだけど」
 
 雲川の視線が向く先に居るのは黒の修道服を着たシスター達。
 
「極力、被害を抑える為には、彼女達の協力がどうしても必要なのだけど」
 
 雲川の言い分はこうだ。
 
 相手が暴徒と化したローマ正教徒である以上、同じローマ正教のシスターであるオルソラ達ならば、まだ若干の話し合いの余地はあるかもしれない。
 
 まあ、説得は無理でも足止めくらいは出来るだろう。
 
「彼女達が、暴徒の足止めをしてくれている間に本命がC文書を破壊すれば良い。
 
 あぁ、本隊の方もローマ正教の修道服着て行けば、良いカモフラージュになるかも知れないのだけど」
 
「暴徒の説得……。えぇ、そういう事でございましたら、喜んで協力させていただくでございますよ」
 
 その件に関しては、オルソラだけでなくアニェーゼ達も同意らしく、揃って首を縦に振った。
 
「修道服の予備は何着かはありますが、流石に男性用の服までは……」
 
 申し訳無さそうに告げるルキアに対し、上条は気にするなと手を振って答える。
 
 そこで雲川は鞄の中から予め用意しておいたフランスの地図を取り出し、
 
「じゃあ、場所の確認からしておこうか」
 
 雲川が指さすのは、アビニョンと書かれた地域だが、彼女が口を開くよりも早く上条が口を挟んだ。
 
「ちょっと待った先輩。これどこの地図だよ? 幾ら俺が馬鹿でも、この地図がイタリアの地図じゃない事くらいは分かるぞ」
 
「まあ、イタリアと日本くらいは分かってもらわないと、流石に私も君の学力を疑う事になるのだけど」
 
 苦笑を浮かべながら告げ、これがフランスの地図である事を明かす。
 
「……フランス? バチカンってイタリアだろ? 今回、フランスなんて関係無くね?」
 
「まあ、そこら辺に関しては、専門家に説明してもらう方が手っ取り早いのだけど」
 
 雲川の視線が向く先に居るのは、白い修道服姿の少女だ。
 
 自己紹介すらしていないのに、この場面で彼女がインデックスの方を見たという事は、既にこの場に居る者達全員の素性を把握していると考えても良いだろう。
 
 なので、敢えて今はその事を話題に出す事無く、インデックスは問題だけを答える。
 
「13世紀末にね。ローマ教皇とフランス国王の間で諍いがあってね。
 
 最終的にフランス国王が勝利した事件があったんだよ。
 
 その時、フランス国王はローマ教皇に色々と指示を出す権利を得て、その中に『本拠地から出てフランスにやって来い』っていう命令もあったんだ。
 
 アビニョン捕囚って言うんだけど、習ってない?」
 
 すかさず首を横に振る上条だが彼の傍らに居た吹寄は半眼で彼を睨み、
 
「習ってるわよ」
 
「う、嘘でぇ」
 
 吹寄は肩を竦めながら溜息を吐き出し、
 
「アビニョン捕囚期中の教皇は全員で7人。クレメンス5世、ヨハネス22世、ベネディクトゥス12世、クレメンス6世、イノケンティウス6世、ウルバヌス5世、グレゴリウス11世。
 
 ……で、あってる?」
 
 答え合わせをする吹寄に対し、インデックスは笑顔で頷き、
 
「せいりは賢いね。……それに比べてとうまは」
 
 あからさまに落胆の溜息を吐く白いシスターに対し、上条は慌てふためいた態度で、
 
「に、日本人は自分の国の総理大臣だけ知っていれば良いの事よ!?」
 
「じゃあ、言ってみなさい貴様」
 
 即座に吹寄に突っ込まれた。
 
 上条はあさっての方向を見ながら汗を流しつつ、
 
「……い、伊藤・博文?」
 
「次は?」
 
「……ローゼン・麻生閣下」
 
 僅かな沈黙。……しかし少女達は一斉に上条から視線を逸らし、
 
「それで、アビニョンに幽閉されていたローマ教皇なんだけど、当然ローマ教皇領でないとこなせないような執務もあったんだよ。
 
 そこで、当時のローマ正教は術的なパイプをアビニョンとローマ教皇領との間に繋いでアビニョンからでもローマ教皇領の設備を遠隔操作出来るようにした。
 
 ……アビニョン捕囚が終わって、ローマ教皇が本拠地に戻る時に、そのパイプは全て切断された筈なんだけどね。
 
 残ってた物があったのか? それともまた繋ぎ直したのかな?」
 
 あくまでも仮説だけどね。と前置きしてインデックスは話を続ける。
 
「C文書のバチカンでの使用承認を得るには、かなり時間が掛かるんじゃないかな?
 
 ローマ正教141人の枢機卿の意見を纏めないといけないわけだし、それこそ何ヶ月……、下手したら年単位の時間が掛かると思うんだよ。だからこそ、今までそんな簡単にC文書が使用されてこなかったわけだし。
 
 でもね……、アビニョン経由の操作はイレギュラーで、一々承認を得る必要は無いんじゃないかと思う。――その代わり、バチカンで使用するみたいに一瞬で発動するわけじゃなく、一定の準備が必要なんだけどね」
 
 それだけ分かれば充分だ。
 
「じゃあ、メンバー選抜といくのだけど……」
 
 言って、雲川は少女達を見渡し、
 
「まず“正体不明”を除いたソリューションのメンバーにローマ正教組。そして、天草十字凄教の五和と結標・淡希にオリアナ嬢の10人だけど。
 
 結標は現地で上条以外の人間を降下させて、ローマ正教組は暴徒達の説得。その間に五和はバチカンと教皇庁宮殿を繋いでいるパイプを切断。……出来る?」
 
 という雲川の問い掛けに対し、五和は一度頷き、
 
「は、はい。天草式の流儀に則った物でしたら、神道、仏教、十字教ならほぼ網羅していると思いますけども」
 
「どうなの? 専門家」
 
 問い掛けの先に居るのは10万3千冊の魔導書を記憶している少女だ。
 
 彼女は僅かな躊躇いも見せず、
 
「それだけ出来れば充分だよ、いつわ」
 
「場所はここよ」
 
 言って、雲川が指さすのは小さな博物館だ。
 
「土御門の奴に場所を特定させたから、合ってると思うのだけど。そんな重要地点に敵が護衛を配置していない筈が無い」
 
 視線を上条へと向け、
 
「だから、五和の護衛に姫神と吹寄の二人を回して欲しいのだけど」
 
 対する上条は、指名された二人の少女へと視線を移す。
 
 姫神と吹寄は一瞬だけ互いの顔を見合わせると小さく頷き、
 
「大丈夫」
 
「任せときなさい」
 
 絶対の自信を持って告げてくれる仲間達に頷き返す上条。
 
「そして、最後。……敵の親玉は、お前が何とかしてC文書を破壊なさい」
 
「分かった」
 
「それと、オリアナ嬢には脱出に協力して欲しいのだけど」
 
「了解よん。脱出ルートと足はこっちで用意しておいてあげる」
 
 早速行動に移ろうとする上条達だが、それに雲川が待ったをかける。
 
「まだ話は終わっていないのだけど」
 
「……まだ。何か?」
 
 訝しげに問い掛ける姫神に対し雲川は頷き返し、
 
「最初に私は言ったわよね? この一件、統括理事の連中もやる気満々で動いてるって」
 
 一息、視線を風斬とその傍らに居た御坂妹に向け、
 
「恐らく奴らもアビニョンに向けて兵隊を派遣するつもりでいる。
 
 それを貴女達に阻止してもらいたいのだけど」
 
 言われた風斬とミサカの二人は互いに視線を合わせると力強く頷き、
 
「分かりました」
 
「お任せください。とミサカは絶対の自信を持って言ってみます。
 
 とはいえ、念のため助っ人にも声を掛けてみようと思うのですがよろしいですか? とミサカは問うてみます」
 
「あぁ、彼ね? 戦力としては願ってもないわね。是非とも呼んでおいてもらいたいのだけど」
 
 雲川としても、他にも何人かには声を掛けておくつもりだ。
 
「はいはい! 私は!?」
 
 そうなってくると出番の無いインデックスがしゃしゃり出てくるが、雲川は立ち上がるインデックスの身体をやんわりと椅子に押し戻し、
 
「君はここで私の助手なのだけど。
 
 何事にも適任ってものがある事を覚えておくと良いのだけど」
 
 それでも尚、雲川にインデックスが抗議している隙に寮を抜け出した上条達は、特別機が待機しているという第23学区へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「よ、遅かったにゃーカミやん」
 
 23学区に到着した上条達を待ち受けていたのは金髪サングラスなクラスメイト、土御門・元春だった。
 
 彼の後ろ……、滑走路のある方では既に戦闘が始まっているらしく、断続的に銃声や爆発による閃光などが見える。
 
「もう、青髪ピアスと一方通行はおっ始めちゃってるぜい」
 
 上条達がアビニョンに向かうのは予測済みだったのだろう。土御門達が雲川からの連絡を受けて駆けつけた時には既に滑走路は統括理事達の私兵で溢れかえっていた。
 
 彼らの目的は上条達をこのままここに足止めする事。
 
 その為に、数百人単位の兵隊を注ぎ込んできた。
 
「カッミや――ん!!」
            
 超音速旅客機の搭乗口から数人の男達を放り投げながら、にこやかに手を振るのは青髪ピアスだ。
 
「取り敢えず、飛行機の制圧は終わったさかい早よう来ぃや――!」
 
 言うが早いか、背後に居た風斬が縦2m×横5mは有る案内看板を毟り取ると、それを盾のように構え、
 
「道を開きます! 付いて来てください!!」
 
 超音速旅客機までの最短距離を一気に駆けた。
 
 まるでブルドーザーのような勢いで、邪魔する者達を薙ぎ倒しながら直進する風斬。
 
 偶に銃弾が看板を貫通するが、それでも風斬は速度を落とさない。
 
 結局、速度を緩める事も、進路を逸らす事も無く一直線に突き進み、滑走路を横断して遂には昇降口にまで辿り着いた。
 
「行ってください!!」
 
 上条達が昇降階段を駆け上がるのと擦れ違うように、青髪ピアスが跳躍し風斬の隣に着地する。
 
「ほな、そっちの方はよろしく頼むでカミやん」
 
 言うなり、上条達が全員搭乗したのを確認すると、風斬と二人で昇降階段を蹴り飛ばし、超音速旅客機から強引に切り離した。
 
 後はもう振り返える必要は無い。やって来る敵を叩きのめす事に集中すれば良い。
 
 背後で滑走路を離陸していく超音速旅客機の疾走を感じながら青髪ピアスは舌なめずりし、
 
「ところで……。この騒動を解決するのを手伝ったら、雲川先輩がデートしてくれる言うてんけど、何処に誘ったらえぇやろか?」
 
 問い掛ける先に居るのは拳銃を携えた土御門だが、彼は哀れみの視線を青髪ピアスに向け、
 
「いやいや、いい加減に騙されてる事に気付くべきではないかにゃー」
 
「そんな事あれへんて! 過去13回のドタキャンは絶対に止むにやまれないような事情があったんやて!?」
 
 健気にも雲川を信じ続ける青髪ピアスの言葉を聞いて、思わず目尻に涙を浮かべながら視線を逸らす土御門と風斬。
 
「あ、後で何か差し入れ持って行きますね……」
 
「あぁ……。俺も舞夏に何か作ってもらって持って行くにゃー」
 
 この作戦が終わったら飲もう。それはもう肝臓がぶっ壊れるまで飲み明かそう。
 
 そう決意し、土御門は青髪ピアスの手を握った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第23学区で、そんな感動的(?)な場面が繰り広げられている頃、無事に飛び立った筈の超音速旅客機内は阿鼻叫喚の地獄絵と化していた。
 
「う、うぎぎぎ……!?」
 
「おごご……!」
 
 全身をジンワリとプレスされているような感覚を前に、もはや人語すら喋れる余裕の無い少女達。
 
 そんな中、慣れているのか? ただ一人平然としている上条は、乙女としての有り様を保つだけの余裕を無くしている少女達から敢えて視線を逸らしつつ、彼女達の中では唯一若干の余裕が見受けられるオリアナと逃走経路の確認を行っていた。
 
「じゃあ、作戦が終了したら、アビニョンの近郊にあるボン・デュ・ガールとかいう水道橋に行けば良いんだな?」
 
「えぇ、世界的にも有名な橋だから、ぼーやでも写真で見た事くらいはあるはずよん」
 
 軽口を叩くものの、流石にこの重圧はきついのか? オリアナの顔色は余り良くない。
 
「皆、ちゃんと聞こえてたか?」
 
 問い掛けてみると、返事をする余裕も無いのか? 手だけが上がる。
 
 ……大丈夫なのか?
 
 流石にこの状況を見れば不安になってくるが、今更計画の変更は利かない。
 
 そうこうしている内に、降下ポイントが近づいてきたのを機内アナウンスが知らせてくれた。
 
「結標……」
 
 視線を彼女に向けて見ると、そこでは顔面蒼白な結標がエチケット袋を口元にあてがっている。
 
「……大丈夫か?」
 
 彼女が使えないようならば、他の少女達には強引にパラシュートで降下してもらうしかないのだが……。
 
「やるわよ……。一秒でも早くこんな乗り物降りられるんなら、自分毎テレポートするくらい何でもないわ……」
 
 彼女にしてみれば、現在の状況は過去のトラウマさえも凌駕する程に過酷な状況らしい。
 
 苦笑を浮かべながらも少女達を促して立ち上がらせ、自分は後部ハッチに向かう。
 
 狭く低い通路を渡り、ハッチに到着した上条は手早くパラシュートを装着。
 
 ベルトのロックを確認すると、開閉のスイッチをONにした。
 
 躊躇い無く床を蹴って大空に身体を投げ出す上条。
 
 彼の視線の下では、無事テレポートに成功したのか? 両手を繋いで輪になったシスターさん達の集団がパラシュートも付けずに大空を降下している。
 
 ……これって、ある意味凄く貴重な光景だよな。
 
 思わず携帯電話を取り出して写真を撮ろうとする上条だが、彼がシャッターを押すよりも早く、少女達はテレポートで更に下方へと転移してしまう。
 
 瞬間移動を二度、三度と繰り返す内にシスターさん達は見事地上に着地していた。
 
 それに遅れる事数分、ようやく上条が地上に降り立った時には、傍らの茂みで結標が吐いている所だった。
 
「あー……」
 
 超音速旅客機と自身を含めた瞬間移動によるトラウマ。……二つのストレスが限界を超えたのだろう。
 
 何か気遣いの言葉を掛けようとする上条だが、今の彼女に必要なのは気遣いの言葉よりも、ソッとしておいてやれる優しさだ。
 
 結標としても、リバースしている姿を異性に見られたくはないだろう。
 
「じゃあ、俺達は先に行くから、結標も楽になったら合流場所に来てくれ」
 
 返事は無いが、力無く手が振り返えされた。
 
 それを受け、上条は仲間達に向き直り、
 
「じゃあ、最初の計画通りに……」
 
 告げると、少女達も力強く頷き返し、それぞれの持ち場へと駆けだして行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まず、暴徒達と最初に激突したのはオルソラ達ローマ正教組だ。
 
 彼女等は辺り構わず暴れ続ける暴徒達に対し、叫びながらこのデモの無意味さを語り、何とか説得しようとする。
 
 彼らの中には既に当初の目的を見失い、ただ暴れたいだけの人間も居るだろう……、だが、今暴動を起こしている人間の殆どが敬虔なローマ正教徒だ。同じローマ正教徒である彼女達の言葉ならば、完全に暴動を収める事は出来なくとも暴徒達の中の幾人の足を鈍らせる程度の事は出来る。
 
 そして大人数で闊歩するような暴動の場合、そういった僅かな乱れが全体の歯車を狂わせる事に繋がるのを彼女達は自覚していた。
 
 こうしてオルソラ達により、真摯な説得が続けられている間に、上条は教皇庁宮殿に、五和達はバチカンとのパイプラインがあるという博物館に向かう。
 
 ……そして、それよりも少し前。学園都市の第23学区において、二度目の激突があった。
 
 滑走路に姿を現したHsB-02……、学園都市製の超音速爆撃ステルス機。
 
 その数、10機以上。
 
 もし、あれがアビニョンに向けて飛び立ってしまったら手遅れとなる。
 
 あの機体の中には最新型の兵器や、駆動鎧を装着した兵士達が乗っているのだろう。
 
 離陸の準備に入った最初の一機が、何の前触れもなく、突然滑走路上で爆発炎上した。
 
「はン。ようやく準備が整ったかよ」
 
 気怠るげに告げる一方通行が持つ携帯電話。そこから聞こえてくる声は、はしゃいだ子供のものだ。
 
『ふっふっふっふっふ、二万人のミサカが作る超電磁砲。単純計算でお姉様のそれの128倍の破壊力を持つそれに、螺旋を描くように人員を配置する事により、遠心力で更に破壊力Up!! 名付けてスリンガトロン・マスドライバー!! ってミサカはミサカは言ってみる』
 
 二人一組となったミサカが、両手を合わせて超伝導加速レンズを形成。一万組のミサカ達が規則正しく整列する事により彼女達を砲身とした長大な電磁加速砲を作り出すというものだ。
 
 この際、砲弾には以前アウレオルスに作ってもらった、摩擦に強い金属で作られた砲弾を使用する。
 
「意味分かって言ってんのか? クソガキ」
 
 溜息を吐く一方通行の眼前で、また一機、ステルス爆撃機が爆砕した。
 
 しかし、爆撃機に搭乗していた駆動鎧の兵士達は未だ健在のようだ。
 
 炎の中から這い出してくる不格好な駆動鎧の兵士達を駆逐する為、一方通行は一歩を踏み出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 暴動を避ける為、アビニョンの街の屋根の上を姿勢を低くしながら駆け抜ける。
 
 アビニョンは狭い街だ。住宅が密集している為、家と家とか余り離れておらず、庭のあるような家も少ない。
 
 教皇庁宮殿への道のりが暴徒達が密集していて通れないのならば、屋根の上を走る。それが上条の出した結論だ。
 
 道が狭いのに密集している為、暴徒達は自分の場所を確保するだけで手一杯となっているので上を確認する余裕などありはしない。
 
 もし、気付かれたとしても、そこから屋根の上に上がってくる頃には上条は遙か遠くに走り去っているだろう。
 
 そんなわけで、さしたる妨害も無しに上条が教皇庁宮殿に到着した時、そこではC文章を起動する為の魔術師とその護衛の為の魔術師達、総勢4人が待ち構えていた。
 
 彼らは上条の顔を見るなり、問答無用で襲いかかってきたが、対する上条も、それは予測していたのか? 放たれる魔術を躱し、または右手で打ち消しながら前進。
 
 武器を装備した三人の神父に対し、上条は加速して一気に距離を潰し、一人目の鳩尾に拳を突き立てる。
 
 武器を振り下ろさせる事なく一人を撃破すると、その神父の身体を持ち上げ、二人目に向けて投げつけた。
 
 慌てて武器を引く二人目に対し、持ち前の瞬発力を生かして背後に回り込み後頭部を一撃して昏倒させ、瞬く間に仲間二人を沈められた三人目が唖然としている一瞬の隙を付き蹴り飛ばす。
 
「さて……」
 
 振り向いた先に居るのは、C文書と思わしき紙筒を持った魔術師だ。
 
「アンタが左方のテッラか?」
 
 日本語で問うてみるが、言葉が通じないのか? 男はC文書を庇うようにして後ずさりながら、フランス語だかイタリア語だかラテン語だかで何か叫んでいる。
 
「あ、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!!」
 
 ヤケクソ気味な叫びを放ちながら、C文書ごと男を殴り飛ばす上条。
 
 5m程吹っ飛び、動かなくなった魔術師を見て近寄り、彼の持っていたC文章が灰になっているのを確認してポケットから携帯電話を取り出す。
 
 短縮ボタンをプッシュして掛ける相手はオルソラだ。
 
 丁度、3コールの後にオルソラが電話に出た。
 
『あらあら、そちらは上条さんでございますか?』
 
「オルソラ、こっちは多分C文書と思う物を破壊した。そっちの方で何か変わった所とかあるか?」
 
 問い掛けると、オルソラは周囲を見渡しているのか? 暫し黙り込み、
 
『言われてみれば、徐々に暴動が収まってきているような感じがするでございますね……』
 
「良し。……なら、そっちも適当な所で切り上げて撤収してくれ。俺も姫神達と合流してから引き上げる」
 
『分かりましたでございます』  
 
 通話を切って、今度は姫神に電話を掛ける。
 
 暫く呼び出し音が続いた後、姫神の何時も通りの平坦な声が聞こえてきた。
 
『何? 今。交戦中だから。手短にお願いしたいのだけど』
 
「C文書の破壊を完了。これ以上、留まる必要も無いから無理しないで撤収しても良いぞ?」
 
 暫く、散発的な轟音が続いた後、
 
『了解。……こちらも。もうすぐ終わりそう』
 
 その物言いを不審に感じた上条が問い返すと、姫神は何事も無かったように、
 
『一人。しつこいのが居て。その人を倒してからでないと脱出は難しいと思う』
 
「――まさか!?」
 
『左方のテッラ。……と名乗っていた』
 
 それを聞くなり、上条は走り出した。
 
「分かった。今からそっちに行く。絶対に無理はするなよ!?」
 
 言うだけ言うと、姫神の返事も待たずに電話を切る。
 
 ……間に合ってくれよ!?
 
 彼女達の強さは信用している。……が、相手も20億人の信徒を束ねるローマ正教最大の暗部。その四人の内の一人だ。
 
 どんな力を持っているか油断は出来ない。戦力は少しでも多い方が良いだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 通話の切れた携帯電話を閉じ、姫神はそれを修道服の下に着ていた巫女装束の隠しポケットに仕舞い、未だ戦闘中の相手へと視線を向ける。
 
 そこに居るのは緑色の礼服を着た中年の男だ。
 
 初対面時には仕立ての良さそうだった礼服は、今では所々擦り切れ、己の血と地面を転げ回った際に付いた土埃で薄汚れている。
 
「それで? 何ですって?」
 
 テッラを警戒しながら問い掛ける吹寄に対し、姫神は小さく溜息を吐き、
 
「すぐに行くから。無理はするな。と――」
 
 それを聞いた吹寄は小さく肩を竦めながら、
 
「信用されてないんだか、心配されてんだか……ッ!!」
 
 言いながら一瞬のアイコンタクトの後、攻撃を敢行。
 
 対するテッラも、小麦粉のギロチンと優先の魔術を用いて迎撃しようとするが、正直な話、相性が最悪だった。
 
 それが聖人の攻撃や大質量兵器であっても、テッラの優先の魔術を使えば凌ぐ事が出来る。
 
 もし仮に軍隊が攻めてこようとも、同一装備による攻撃ならば、幾らでも対処が出来る。
 
 ……だが、彼女達のように得手が異なる者を、しかも訓練により一糸乱れぬ同時攻撃の出来る複数の者達を相手にした場合、テッラの持つ強さは一気に崩壊した。
 
 五和の槍、姫神の投打、吹寄のヌンチャク(ゴム製、税込み\1,575-)。
 
 それらを同時に受けても、防げるのは一つだけだ。
 
 勿論、テッラも防いでばかりではない。小麦粉を使用したギロチンで攻撃したりもするのだが、彼ら神の右席の魔術は基本的に破壊力は大きいもののモーションも大きく隙が出来やすい上に、細かな制御も利かない。
 
 速さや隠密性を得意とする彼女達を相手にするには、本当に相性が悪すぎた。
 
「いい加減にしろよ!? 異教のサル共が! 揃いも揃って調子に乗りやがって!」
 
 翻弄され、キレたテッラが悪態を吐く。もはや今の彼に、当初の余裕は微塵も無い。
 
「やはり、神聖の国に貴女達異教徒を招き入れるわけにはいきませんねーッ!」
 
 吹寄達に言うのではなく、まるで自分に言い聞かせるように……、己を奮い立たせる為に、事ある毎に己を信念を口にしながら攻撃を振るうテッラ。
 
 小麦粉のギロチンを前に、いち早く前に出た姫神がその下に潜り込み、刃の腹に掌打を合わせ、その軌道を大きくズラした。
 
 古流合気柔術を修めた姫神からすれば、相手の力の流れを読み方向をずらす程度の事はさほど難しくない。
 
 五和と吹寄が刃の下をくぐり抜けテッラに迫る。
 
「クッ!? 優先する! ……」
 
 五和の槍と吹寄のヌンチャク。どちらを防ぐか躊躇い、
 
「や、刃を下位に! 小麦粉を上位に!!」
 
 彼の周囲を取り囲む小麦粉の幕が壁となって五和の槍を阻む。
 
 槍さえ凌げば、後は直撃を貰っても致命傷にはならないという考えだ……、が甘い。
 
 小麦粉の幕を突き抜けて三人分の腕がテッラに伸びる。
 
 テッラの優先の魔術が槍を拒絶した事を知ると即座に得物を捨て、拳を第二関節で曲げた、独特の握りによる貫手による打撃を打つ五和。
 
 関節を極め、投げを打つ為にテッラを捉えようとする姫神。
 
 ヌンチャクを手放し、己の最も得意とする氣を込めた掌打を繰り出す吹寄。
 
「ゆ、優せ……ッが!?」
 
 五和の貫手がテッラの喉を潰して魔術を封じ、すかさず姫神がテッラの身体を投げ飛ばす。
 
「ッがァ!?」
 
 石畳に背中から叩き付けられたテッラは肺の中の空気を残さず吐き出し、そこにすかさず吹寄が掌底を叩き込んだ。
 
「ッ――!?」
 
 悲鳴すら挙げる猶予も与えず、完全に意識を刈り取った。
 
 そう思い、踵を返し、長居は無用とばかりに博物館を離れ、上条と合流してアビニョンを離れようとした吹寄だが、突如背後で立ち上がる気配を感じ、慌てて振り向く。
 
「い、異教の……、サル共がァ――!!」
 
 魔術を行使するだけの余裕があるのかは定かでは無いが、警戒した五和が拾い上げた海軍用船上槍を突き出そうするのを吹寄が制し、
 
「さっきから聞いてて思ったんだけど……」
 
 溜息混じりに吹寄が告げる。
 
「貴様、自分がその神聖の国とやらに行けると本当に思ってるの?」
 
 彼が救おうとしているのは、あくまでもローマ正教徒のみであり、それ以外の者達は基本的に人間として見ていない。
 
「なん……、だと?」
 
 憎悪の籠もった眼差しで吹寄を睨み付けるテッラだが、吹寄は臆する事も無く、
 
「ここ暫く、毎日のようにローマ正教からの勧誘を受けてるんだけど……、貴様の言ってる事は、ローマ正教どころか十字教にも当て嵌まらないんじゃない?
 
 むしろ、地獄に堕ちる方が相応しい考えだと思うわ」
 
「異教徒如きが……、知った風な口を――!」
 
 吹寄がゆっくりと動く。
 
 左拳を前に突きだし、足を前後させ腰を落とす中国拳法における基本姿勢。
 
「むしろ知ったこっちゃ無いわね……」
 
 一息……。
 
 強い意志を秘めた眼差しでテッラの狂気とも言える眼差しを見つめ返しつつ断言する。
 
「でもね……、貴様は二度とローマ正教を名乗るな! オルソラさん達に失礼よ……ッ!!」
 
 床を蹴り、爆発的な加速でテッラとの距離を詰める。
 
 対するテッラも、死に物狂いの一撃を吹寄に向けて放った。
 
「優先する! ――人体を下位に! 小麦粉を上位に!!」
 
 白の断頭刃が吹寄に迫る。――あの勢いでは、回避する事は不可能だと量ったテッラが勝ち誇った笑みを浮かべる。……が、その笑みは一瞬で凍りついた。
 
 吹寄に激突したと思われた刃が粉々に砕け散る。
 
 ……それを成したのは、吹寄の背後から伸びた男の右腕だ。
 
 その背後の居た存在の名を、テッラは目を見開きながら叫び告げる。
 
「い、幻想殺しあああぁぁ――ッ!!」
 
 吹寄の方は上条の存在を知っていたのか? 加速に躊躇いが無い。
 
「征け、吹寄!」
 
 大地を強く踏み砕く。
 
 そこで得られたエネルギーは捻身により螺旋を描きながら増幅され、吹寄の身体を駆け巡り拳へと集中。
 
 渾身の力で、テッラに叩き込んだ。
 
 一歩、二歩と後退するが、それでもテッラは倒れない。
 
 彼にも彼なりの信念がある。そしてそれは少女の一撃如きで倒れられるほど軽くは無いのだ。
 
 だが、対する吹寄にも信念がある。いや、信念などと言えるほど、それは確固たるものではないのかもしれない。……だが、それでも決して引けない物がある。
 
 彼女は更に一歩を踏み込み、左手でテッラの服の襟を掴むと、
 
「それだけの根性があるなら……、本当にローマ正教の事が大事なら……、ローマ正教・学園都市支部(別名:上条ハーレム御殿(仮))に来て、シスターさん達と小萌先生の説教受けてみなさい!
 
 ――ひょっとしたら、価値観変わるかもしれないわよ!?」
 
 そこから繰り出される頭突きが、テッラの顔面に叩き込まれる。
 
「つがッ!?」
 
 これには流石に耐えきれず、意識を手放して轟沈するテッラ。
 
 今度こそ、意識が無いのを確認すると、安堵の溜息を吐き振り返る吹寄。
 
 そこに居るのは、今にも拳を放たんとした構えの上条だ。
 
 恐らく、テッラが最後の足掻きで吹寄に危害を加える前に殴り倒そうとしたのだろう。
 
 吹寄は、彼に歩み寄るとそのまま上条の胸を軽く叩き、
 
「貴様もよ……。心配してくれるのは嬉しいけど、もっと私達を信用しなさい。
 
 そして頼りなさい」
 
 こちらから気をつかってやらないと、この少年は全てを自分一人で背負おうとする。
 
 ――彼女にはそれが我慢ならない。
 
 彼の周りには、こんなに彼を慕ってくれる仲間達が居るというのに……。
 
 その為に、彼女はソリューションを結成したのだ。彼が二度と不幸だと叫ばなくても良いように。それこそが、彼女の抱える決して譲れない意思。
 
 ……もっとも、そのお陰で別方面の不幸を背負っているような気もしないでも無いが。
 
「もう充分頼りすぎてると思ってるんだけどな……」
 
 自分の頭を掻きながら、遠慮がちに告げる上条。
 
 そこで彼女が拾い上げたヌンチャクに気付き、
 
「あの……、吹寄さん。……一応、言っておきますが、ブルース・リーがヌンチャクを使ってたのはあくまでも映画の演出の為だけで、実際は「派手なだけで何の価値もないクソッタレだ!」とまで言われてる程に実戦じゃあ使い勝手の悪い武器ですよ?」
 
 それは流石に初耳だったらしく、吹寄は手にしたヌンチャクに視線を落とし、
 
「で、でもヌンチャク健康法とかも有るわよ!」
 
「うわ、無茶苦茶信用出来ねぇ! つーかソレ、本当に健康になるのかよ!?」
 
「なるわよ! 実際にやってる私が言ってんだから間違い無く!!」
 
「吹寄さん、そんな物に頼らなくても十二分に健康ですが!?」
 
 ぎゃーぎゃーと言い合いながらも、姫神と五和に促されて二人は博物館を脱出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上条達が去ってから、およそ10分後。
 
 吹寄の頭突きによって気を失っていたテッラが目を覚ました。
 
 とはいえ、戦闘のダメージが酷く、今は指一本すら動かせそうにない。
 
 正直、テッラとしては、C文書を破壊された事を含めた上で戦闘に負けた事自体は割とどうでも良いと思っている。
 
 ……それよりも、問題なのは、
 
「この私が神聖の国に行けない?」
 
 吹寄の言った、その一言だ。
 
「これは、中々の侮辱ですねー。一度、その学園都市支部とやらに出向いて話を聞かせてもらわなければなりません」
 
 取り敢えず話は聞く。
 
 ……聞いた上で論破してあげましょうかねー。
 
 ゆっくりと身体を起こすテッラ。
 
 あそこまで小馬鹿にされたままバチカンに戻るつもるは無い。
 
 その日を境に、左方のテッラの消息は途絶え、それから数日後、学園都市で再度確認される事となる。
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