とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第10話
 
 ……有り得ない事が起こった。
 
 あの不幸の化身とも言うべき上条・当麻が、大覇星祭の来場者数ナンバーズで一等賞を引き当てたのだ。
 
 天変地異の前触れか? 巨大隕石の地球衝突か? などと周囲からは散々な言われようであったが、もっとも酷い反応をみせたのは上条本人で、何を血迷ったのか? 皆の見ている前でリビングの梁にロープを通し、
 
「う、生まれてきてすみませんでした」
 
 と涙ながらに言いながら、首を吊ろうとしたのだ。
 
 流石にそれは皆に止められたが、不幸慣れしている彼からしてみれば、くじ引きで一等を当てる事など、それこそ本当に何かしらの大厄災を引き起こすのではないのか? と本気で思ってしまう辺り、彼の日頃の不幸度合いが知れるというものである。
 
 一等の景品は、北イタリア5泊7日のペア旅行。
 
 と、言うことで、ここで更に問題が一つ。
 
「それで? 誰と一緒に行くつもりなの? 貴様」
 
 吹寄が皆を代表して問いかけると、皆が一斉に上条の方へと振り向いた。
 
 ペアチケット、……一枚は引き当てた上条が使うとしても、残り一枚に対し、上条を見つめる眼差しは軽く10を越える。
 
「う……」
 
 思わず後ずさる上条。
 
 妙なプレッシャーを感じ取り、
 
 ……なんだ、やっぱりいつも通り不幸なんじゃねぇか。
 
 と何故か安堵したりもしたが、そんな事で安堵する自分に自己嫌悪する。
 
 とはいえ、何時までも彼女達を放っておくわけにもいかない。
 
 正直な所、誰を選んでも角が立つような状況だ。
 
 上条は皆から視線を逸らしながら、
 
「く、くじ引きで決めるというのは如何でしょうか?」
 
 対する少女達は、短く舌打ちし、
 
「チッ、逃げやがったか」
 
 と、素敵な本音を吐露してみるも事態は好転したりはしない。
 
「じゃあ、公正を期す為に、私がクジを作りますね」
 
 学園都市の外に出る事が出来ない為、このくじ引きに参加出来ない風斬が告げ、チラシの裏を使ってあみだクジを作成。ちなみに、小萌先生や木山と言った教師陣も、この休暇中にやらなければならない仕事が山積みなので留守番組である。
 
 更に公正を期す為、全員が1本ずつ線を追加し、……結果、見事姫神が上条とのペア旅行をゲットしてみせた。
 
「……よし」
 
 小さくガッツポーズを取る姫神。
 
 出発は9月27日。後2日しか無い。
 
 急いで準備する為、自室に戻る上条と姫神。
 
 彼らの気配が完全に消えるのを確認したオリアナが、まるで悪戯を思いついた子供のような眼差しである提案する。      
 
「ところでお姉さん、自家用ジェットなるものを持っているのだけど、突然イタリア旅行に行きたくなって来たわん」
 
 当然、ここに居る全員を乗せた所で、まだまだ座席には余裕がある。
 
「まあまあ、偶然というのは、恐ろしいものでございますね。
 
 私の以前住んでいたアパートメントが、北イタリアのキオッジアにあるのでございますよ」
 
 流石に一人一室とはいかないが、それでも全員で雑魚寝する程度のスペースはあるという。
 
 吹寄は、オリアナとオルソラ、二人の手を取り、
 
「……貴女達二人が仲間で本当に良かった」
 
 足と宿が決まれば、後は行動に移すのみ。
 
 イタリアに到着した二人を驚かせる為、この事は二人には内緒という事にして、少女達はイタリア旅行の準備を開始する。
 
 ミサカネットワーク経由でその事を知った打ち止めと一方通行。更に御坂妹からその事を聞いた御坂・美琴に佐天・涙子も飛び入りで参加する事となった。
 
 ちなみに、白井・黒子と初春・飾利は風紀委員の仕事が忙しいため、行く事が出来ず、歯噛みしたという。
 
 そんなわけで、上条と姫神は知らぬまま、着々と準備は進んでいき、あっという間に出発の日がやって来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幸いにもトラブルらしい、トラブルに恵まれる事もなく無事にイタリアの空港へと到着した上条と姫神。
 
 後は別便で来る他の観光客達と合流し、ガイドに引っ張って行ってもらえれば良いだけの予定だった。
 
「ふっふっふっ、今日の為にARIAを全巻読み直したからな。観光地の大まかな事前情報は収集済みですよ、今日はドンと任せて下さいな姫神さん」
 
「それは。とても心強いけど。実際のヴェネチアにはウンディーネは居ないから」
 
「……うん、知ってる。実際のゴンドラ漕いでるのは、むさっくるしいオッサンなんだよな」
 
 折角の旅行だというのに、微妙に落ち込み始める上条。
 
 そんな彼を慰めるように、姫神は上条の手を取り、
 
「他にも色々と楽しめる所もあるから。大丈夫」
 
「そ、そうだよな。ゴンドラだけがヴェネチアじゃないよな!?」
 
 と上条を慰めながら、姫神は今晩の宿について考えを巡らせる。
 
 上条は余り深く考えていないようだが、ホテルの部屋はダブルなのだ。
 
 ツインならば、ベッドが二つある部屋だが、ダブルという事は大きめのベッドが一つあるだけの部屋を指す。
 
 ……これは。チャンスかも。
 
 その為に、勝負下着もちゃんと用意してきた。
 
 実は、その時の事を考えて、昨日は余り眠れなかったのだが、それは敢えて上条には言うまい。
 
 そんな内心をひた隠しながら、上条と他愛もない会話を楽しみつつ、ガイド達の到着を待つ。……待つのだが、
 
「……来ないな」
 
「…………」
 
 既に2時間、二人は空港のバスターミナルで待ち惚けをくらっていた。
 
 もうこうなったら、自力でホテルを目指そうとも思ったりもしたが、悲しいかな二人ともイタリア語なんて読めやしない。
 
 行く事も引く事も出来ず、立ち往生する二人に日本語で声が掛けられた。
 
「……何をしてるの? 貴様達」
 
 聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。
 
 そこに居たのは、日本の空港で別れた筈の吹寄達だった。
 
「…………」
 
「…………」
 
 余りの出来事に呆然として言葉を発する事も出来ない上条と姫神。
 
 僅かな間を置いて精神的に復活した上条が周囲を見渡し、ここが学園都市の空港ではないか? と確認するが、流れてくるアナウンスや書かれている看板の文字からして日本でないのは明らかだ。
 
「な、なんで……?」
 
 混乱の極みにある上条はやっとの思いでそれだけを問いかける事が出来た。
 
 その質問に皆を代表して答えたのは吹寄だ。
 
「オリアナさんとオルソラさんのお陰でね。私達も殆どタダでイタリア旅行する事になったの」
 
 ……そういえば、オルソラってイタリアの出だっけ? 足は、オリアナの自家用ジェットか。
 
 ようやく納得した上条が一息を吐く。
 
 そうなってくると、目の前の吹寄達がまるで神様の使いにでも思えてくるから不思議だ。
 
 何しろ向こうには、外国語ペラペラの人材や地元出身の者まで居るのだ。――もはや、異文化も言語の違いも恐れるものでは無い。
 
 立ち直った上条と姫神は互いに頷き合うと、そのままその一団に入れてもらった。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 取り敢えず、最初はホテルにでも行って、荷物を置いてこようとしたのだが、どれだけ待ってもガイドがやって来ないような旅行会社のプランだ。
 
 ホテルがちゃんと予約してあるのかも怪しい。という事で、当面の滞在先となるオルソラのアパートメントに向かう事になった。
 
 上条としては、休む事が出来れば何処でも良かったのだが、姫神は当初の計画が崩れてしまい内心で舌打ちをせざるを得ない。
 
 ともあれ、オルソラのアパートメントに向かう途中、打ち止めとインデックスがジェラートの屋台にフラフラと惹かれて行きそうになるのを、上条と一方通行がヘッドロックで拘束して阻止した以外にこれと言ったトラブルも無く到着した。
 
 オルソラのアパートメントで上条達がまず行ったのが掃除と買い出しだ。
 
 留守にしていた期間は、まだ僅かに数週間程度だが、丁度良いので、荷物を纏めて引っ越しの準備もついでに行ってしまうらしい。
 
 こちらはオルソラの意見を聞きながら行わないとならない為、当然彼女がリーダーを務める。
 
 一方、買い出し組はイタリア語が分かり、更にはユーロの紙幣価値も理解している五和を中心に数名が出向く事になった。インデックスやオリアナもイタリア語はネイティブレベルで会話が出来るが、インデックスの場合買い出しに行かせると予算の都合など考えずに自分の空腹の命じるままに食料を買い込んでくるだろうし、オリアナに関しては自家用ジェットを持つほどのセレブだ。そもそも庶民との金銭感覚が違う。
 
 上条は当初力仕事があるから、残って掃除組の手伝いをしようと思っていたのだが、そちらは一方通行が居る為、買い出し組の荷物持ちに駆り出される事となった。
 
 向かうは近所の露店街。
 
 産地直送の新鮮な野菜や果物、肉に魚などが並ぶ市場だ。
 
 日本ではまずお目にかかれない光景に、目を輝かせる上条一行。
 
 近所のスーパーでも売っているような普通のパプリカが、ここで売られているだけで、何だか無性に美味そうに見えてくるから不思議だ。
 
「なんつーか、ここのパプリカに比べたら、日本のパプリカなんて色付きピーマンだな」
 
 上条の呟きに、思わず納得して頷いてしまう一同。
 
 ともあれ、今日の食事はオルソラが腕によりを掛けてイタリアの郷土料理を御馳走してくれるというので、上条達は指定された食材を買い込んで帰ってみると、オルソラの部屋にあった家具などの大きめの家財道具は、全て部屋の隅に纏められていた。
 
「……仕事早いなぁ」
 
「あのね、一方通行が頑張ってくれたの! って、ミサカはミサカは自分がやったかのように喜びながら言ってみる」
 
 確かに、彼のベクトル操作を使えば、家具を動かす事など造作も無いだろうが、まさか、あの一方通行がそんな事の為に自ら動くとは、到底信じられない。
 
 その一方通行と言えば、少女ばかりの空間は居心地が悪かったのか? やる事はやった、と外へ出て行ってしまった。
 
 海外であろうと、平然として外に出かける事の出来る一方通行に、
 
 ……アイツ、イタリア語話せたのか!?
 
 と、妙な所に感心する上条だが、実際の所、一方通行もイタリア語が話せるわけではない。
 
 確かに彼の演算能力は恐ろしく高いが、それは=言語力の高さを示すわけではなく、彼が得意とするのは、どちらかというと理数系の方だ。
 
 そんな彼は今、打ち止め達のお土産にジェラートを買っていってやろうとして、言語の壁に躓いていた。
 
 まあ、それはともかく……、流石に上条、姫神、吹寄、インデックス、美琴、ミサカ、打ち止め、五和、佐天、一方通行、オリアナにオルソラと、総勢12名の大所帯の食事を作るとなると、流石に重労働となるらしが、修道院の生活で大人数の食事を作る事になれているのか? オルソラは手伝いの佐天達を上手く使って料理していく。
 
 スープやパスタ、サラダなどといった物は、寮でもオルソラが作ってくれるので、その美味さは彼らも良く知っているが、トウモロコシの粉をスープで練ったという食べ物……、ポレンタというらしいが、それはまだ日本でも余り馴染みが無い料理の為、物珍しかったし、五和によると、マグロがとても安く、そのマグロを使って作られたマグロのステーキには涙が出るほど感動した。
 
「……食材の物価が安いって良いなぁ」
 
「お寿司屋で。気兼ねなく大トロを注文出来る幸せ」
 
「マグロには、脳の機能を高め、学習・記憶能力の向上や痴呆症の予防にもなるDHA(ドコサヘキサエン酸)の含有量が魚の中でもトップである事が有名だけど、それだけじゃなく血合い部分にはコレステロールの代謝促進や肝臓強化に優れた効果を発揮することで話題のタウリン、血行をよくする作用があり、美肌作り・肩こり・腰痛に効果があるビタミンE、貧血の予防に効果的に作用する鉄が多く含まれているのよ! だから食え!! ここで食い溜めしとかないと、日本に帰ってからじゃネギトロくらいしかマグロなんて食えないわよ!!」
 
「うま――!! マグロうま――!!」
 
「冷凍保存して、学園都市の風斬さん達に送ってあげませんか?」
 
 何と言うか……、彼らの日頃の食生活がどんな物か、その態度から想像出来るというものだ。
 
 まるで食い溜めるように、壮絶な食事風景を繰り広げる上条達。
 
 ――その頃、一方通行は……。
 
「……あン? 何処だ、ここは?」
 
 絶賛、迷子になっていた。
 
 そんな彼の手には大量のジェラートが収められた箱がある。
 
「チッ、面倒臭ェ街だ」
 
 煉瓦造りの町並みが、どの通りも同じように見えて分かり難い。
 
 荷物のアイスが溶けてしまわぬ内に帰らなければならぬ為、早足にある一方通行だが、そんな彼の視界に妙な物が映った。
 
 それは意識の無い二人の修道女を連れ去ろうという男達の姿。
 
 別に見ず知らずの修道女達がどうなろうと知った事ではないが、男達の方が口封じに襲いかかって来たとなれば話は別だ。
 
 普段ならば放置し、反射だけで相手の自滅を待つのだが、迷子になっていた一方通行はその腹いせも兼ね、珍しく攻撃に転じる事にした。
 
 男達の数は3人。
 
 地面を蹴り、ベクトルを操作して一気に加速した一方通行は、一気に男達との間合いを詰める。
 
 常人では不可能な突進力に驚愕に目を見開き、相手が魔術師か何か? と判断して頭を切り換えようとするがもう遅い。
 
 次の瞬間、何がどうなっているのか分からないまま、男達は高々と宙を舞っていた。
 
 勿論、男達も訓練を積んだ魔術師だ。この状況からでも体勢を立て直し着地する程度の術はある。
 
 だが、直後に吹き荒れた突風が、男達をアドリア海の沖合数q先にまで吹き飛ばした。
 
 それを為した一方通行は短く舌打ちし、
 
「張り合いがねェな」
 
 誰にとはなく愚痴り、倒れたままのシスター達をそのままにしてその場を去ろうとしたが、一瞬視界に入った彼女達の姿が、オルソラの身につけている修道服によく似ていた為、舌打ちし、さも面倒臭そうに、
 
「クソッ! あの女の同業者か何かか?」
 
 これから暫くオルソラの家に居候する身としては、彼女の知り合いかもしれない相手をこのまま放置いておくのも拙いと判断。
 
「仕方ねェ……」
 
 長身のシスターと幼いシスターの二人を軽々と勝担ぎ上げ、オルソラの家を探して再びキオジッアの街を彷徨い始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、やっとの思いでオルソラのアパートメントに到着した一方通行を待ち構えていたのは、彼の連れ帰った二人の少女の内、幼い方のシスターを見た上条達のヒソヒソ話しだった。
 
 時折聞こえてくる会話からは、「……やっぱり、ロリコン」や「この人も、とうま並に節操が無いんだよ」果ては打ち止めから「私、ひょっとして飽きられた? ってミサカはミサカは不安げに言ってみる」などという声が聞こえてきた。
 
 そんな声を敢えて黙殺しつつ、連れてきた二人を適当に投げ捨て、手に持っていたジェラートの箱を乱暴にテーブルの上に放り投げ、
 
「それで? こいつ等はテメェの知り合いか何かか? 神父の恰好した妙な奴らに攫われそうになってやがったンだけどよゥ」
 
 その言葉で、上条達は即座に頭を切り換え、真剣な表情でオルソラの動向を見守る。
 
 倒れた少女達の顔を覗き込むオルソラだが、彼女より早くインデックスが口を開いた。
 
「この女達、見覚えがあるかも」
 
 全員の視線がインデックスに集中する。
 
「確か、オルソラを追ってやって来たローマ正教の戦闘シスターだよ、とうま!」
 
 二人の少女を見ていたオルソラもそれを確認し、
 
「えぇ、間違い無いのでございますよ。ルチアさんとアンジェレネさん。お二人ともローマ正教の修道女でございます」
 
「……そのシスターが、何で襲われてたんだ? イギリス清教の刺客か何かが近くに居たのか?」
 
 上条としては、ローマ正教の敵対勢力で、尚かつ神父の恰好をしているような奴らというと、イギリス清教が一番身近だったので、その名前を出しただけで特に他意は無いが、イギリス清教に所属するインデックスとしては、面白く無いのか眉根を寄せた不機嫌な表情で、
 
「多分、仲間割れだよ」
 
 意識の無い二人のシスターを指さし、
 
「二人の着てる修道服、オルソラのものと違って、黄色の袖とスカートが取り付けられてるでしょ?
 
 黄色は本来、修道服としては認められていない色で、これは修道服を拘束服に変化させる霊装“禁色の楔”なの。
 
 これは、着用者が魔力を練ろうとすると、霊装が勝手に魔力を使用して魔術を使えないようにしちゃうってものなんだけど、彼女達には他にも拘束術が掛けられてると思う」
 
 それは詳しく調べないと分からないが、彼女達の意識が無いのはそれが原因である事は確かであると言う。
 
 ならば話は簡単だ。
 
 ここでこうしているよりも、彼女達を覚醒させて話しを聞くのが一番手っ取り早い。
 
 そう判断した上条は身体を乗り出して二人の肩に右手で触れる。
 
 それだけで二人の身体を拘束していた不可視の何かが壊れ、苦悶の表情を浮かべていた彼女達は安らかな寝息を発て始めた。
 
 ……までは良かったのだ。上条の幻想殺しによって破壊された霊装は、同時に服としての機能も壊されている。
 
 二人が同時に寝返りをうった瞬間、彼女達の身体を被う布が捲れ、その地肌と下着を露わにした。
 
「ブフッ!?」
 
 思わず吹き出す上条。拳の関節を鳴らしながら立ち上がる姫神と吹寄。全身からバチバチと帯電し始める美琴。歯をガチガチと噛み鳴らせるインデックス。「あらあら」とのんびりした声で、二人の身体に掛けるタオルケットを取りに立ち上がるオルソラ。呆れたように溜息を吐き出す御坂妹。オロオロする五和と佐天に、それらを面白そうに眺めるオリアナ。
 
 後ずさりながら、この場において唯一自分以外の男性である一方通行に助けを求めるが、肝心の彼は、背後から打ち止めに抱きつかれ、目隠しをされている状態だ。
 
 上条は咄嗟に言い訳を考え、何を言っても無駄だろうなぁ、と諦め、しかしそれでも一縷の希望を捨てずに口を開いた彼から発せられた言葉は、彼の意識とは全く関係無い無意識からの一言。
 
「ふ、不幸だ……」
 
 次の瞬間、少女達の攻撃が上条に叩き込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上条に対する制裁を一通り終了し、五和と佐天が上条を介抱し始めて丁度15分後、二人のシスターが目を覚ました。
 
「……ここは?」
 
 半覚醒のままのルチアがイタリア語で問う。
 
 答えたのは一番近くに居たインデックスだ。
 
「大丈夫。ここに居る人達は誰も貴女達に危害を加えたりしないから安心してもらって良いかも」
 
「貴女は……」
 
 会った事がある。記憶の糸を辿り、彼女の素性を思い出した途端、意識が完全に覚醒した。
 
「イギリス清教の禁書目録!?」
 
「あら? 目が覚めたようでございますね」
 
 キッチンの方からやって来たのは、湯気が立つスープの入れられた皿を載せたお盆を手にしたオルソラだ。
 
「シスター・オルソラ!? 何故、貴女がここに!?」
 
 余程、予想外だったのか? 驚きに目を見開くルチア。
 
「何故? と言われても、困るのでございますよ。――ここは、私のアパートメントでございますから、居ても何ら不思議は無い筈でございますでしょう?」
 
「では、貴女が私達を助けて下さったのですか?」
 
「えぇ、正確には貴女達を助けたのは、彼ですが」
 
 言って、オルソラは一方通行を示す。
 
 ルチアは、それで納得したのか? 小さく頷くと、
 
「なるほど。……では、色々とお世話になりました。
 
 私達は、まだやらなければならない事がございますので、これで失礼します」
 
 一礼して、未だ意識の戻っていないアンジェレネを揺り起こそうとする。
 
「事情は話せないでございますか?」
 
 オルソラの言葉を受けたルチアは、一瞬彼女が何を言っているのか分からないという表情をした後、小さく首を振り、
 
「これはあくまでも私達の問題です。貴女方をこれ以上巻き込むわけにはいきません」
 
 そう言って、彼女の好意を断ろうとした瞬間、ルチアの身体が上条によって押し倒された。
 
「な、何をッ!?」
 
 異性に押し倒された事など無いルチアは、顔を真っ赤にして抗議の声を挙げるが、上条はそれを無視。
 
 直後、それまでルチアが立っていた場所を何かが通過し、壁に一辺1p程の四角い穴が空いている。
 
「狙撃だ! 全員伏せろ!」
 
 上条の声に従い、皆が一斉に身体を低くする中、ただ一人上条の声に従わず、それどころかそのまま窓際まで歩み寄る人物が居る。
 
「何をしているのですか!? 伏せなさい、死にたいのですか貴方は!?」
 
 彼の能力を知らないルチアは思わず大声を挙げるが、他の者達は平然とした表情で、むしろ彼を引き倒そうとするルチアの方を押さえつける。
 
「まあまあ、一方通行なら大丈夫だから、ってミサカはミサカは自分の事のように言ってみる」
 
 言った瞬間、一方通行の心臓を狙った一撃が放たれ、狙い違わず彼の胸に着弾した。……と思われた瞬間、それは反射された。
 
 とはいえ、ライフルなどで狙われた場合と違い、一直線に一方通行を狙って飛んできたわけではない弾丸は、狙撃手の元に反射されたわけではない。
 
 だが次の瞬間、一方通行が陣取る窓とは別の窓からガラスを砕いて侵入者が突入してくる。
 
 全身黒ずくめの修道服を着た小柄な男の手に握られているのは短い槍だ。
 
 間違っても友好的な態度には思えない。
 
 ……敵!?
 
 そう判断した後は早い。
 
 相手が目標を確認して行動に移すより早く、全く同じタイミングで踏み込んだ上条と吹寄の拳が男の顔と胸に叩き込まれ、身体を仰け反らせた瞬間、何時の間にか背後に回り込んでいた姫神が男の両腕を掴んで受け身を取れない状態で投げ飛ばし、床に背中から叩き付けた。
 
 男の意識が完全に絶たれている事を確認し、配線などを整理する為に使用するロックタイで男の親指を後ろ手に拘束する。
 
「……どうも。巫女装束でないから。いまいち調子が出ない」
 
 という姫神の呟きを背に、
 
「後は、狙撃手の方か……」
 
「そっちなら、もう終わらせたわよん」
 
 玄関の方から聞こえてきた声はオリアナのものだ。
 
 その彼女の手には、意識を失った大柄な修道服姿の男が居る。
 
 奇襲が失敗したと見るや、前衛を見捨てて逃げようとしていた所をオリアナに撃退されたのだ。
 
 “追跡封じ”の二つ名を持つ彼女にしてみれば、相手の逃走経路を特定して先回りする程度、造作もない。
 
 取り敢えず、安堵の吐息を吐く上条。
 
「ルチアって言ったか? 何かもう、俺たちも巻き込まれてるっぽいからさ。事情だけでも話してもらえねぇか?
 
 場合によっては、協力出来る事もあるかも知れねぇし」
 
 五和による同時通訳のお陰で、おおよその事情を察している上条が口を挟む。
 
「いえ、しかし……」
 
 それでもなお断ろうとするルチアだが、その声はそれまで窓の外を見張っていた美琴の叫びによって遮られる。
 
「ちょ、ちょっと!? 何なのよ、アレ!?」
 
 慌てて窓際に寄る上条達の視界に入ったのは、近くを流れる運河に突如現れた、巨大な帆船。
 
 それまで、何処に隠していたのかさえ不明な巨大な帆船は、運河に沿って停められていたモーターボート達を粉々に砕きながら目に見える速度で巨大化していく。
 
「……何だ? アレ」
 
 それが、真っ当な船で無い事は一目見れば分かる。
 
 船を構成する全てのパーツが透明な水晶のような材料で作られているのだ。
 
「……“アドリア海の女王”」
 
 ポツリと呟いたインデックスの視界に、帆船の砲口がこちらを向いているのが見えた。
 
「ッ!? 皆、逃げて!!」
 
 叫びと同時、アパートメントの一角が爆砕した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 砲撃は一発だけに留まらず、十数発が立て続けに撃ち込まれアパートメントそのものを崩壊させるに至った。
 
 撃つだけ撃って満足したのか?
 
 氷の帆船は進路を沖合に向けて進行していく。
 
 帆船の姿が見えなくなる程遠ざかるのを待って、瓦礫の山が崩れ、そこから人が這い出してきた。
 
「……どうやら。行ったみたい」
 
 頭だけを覗かせて、氷の帆船が去った事を確認した姫神が、他の者達に先んじて外に出る。
 
「あっちも、無事みたいね」
 
 姫神に続いて外に出た吹寄の視界の隅では、御坂・美琴達が瓦礫の中から這い出している所だった。
 
 少し離れた所からは、血塗れの上条と彼に守られたのだろう、佐天の姿も見える。
 
「ご、ごめんなさい。私を庇って……」
 
 尻すぼみになる佐天の言葉から察するに、彼の血塗れの理由は彼女を庇ったからなのだろう。
 
 他の者達は放っておいても、何らかの防衛手段程度は持つが、このメンバーの中で佐天だけは、なんの力も持たない。
 
 そんな彼女を上条が庇ったのだが、持ち前の不幸属性が発動して負傷したのだろう事は想像に難しくない。――そんな彼の甘さというか優しさに苦笑しつつも、魔術では治療出来ない彼の怪我を治療する為、姫神は上条の元に向かった。
 
 何時も持ち歩いている緊急用の医療キットは荷物と一緒に瓦礫の下に埋まってしまったので、姫神は自分の着ていた服の上着を脱いでそれを裂き包帯の代わりとして上条に止血を施す。
 
 ただ額の傷だけは意外と深かったので、自分の髪の毛を一本抜いて、五和の持っていた裁縫用の針で縫い止めた。
 
「こうなった以上、是が非でも事情を話してもらうぞ……って、姫神さん痛いです」
 
「動かない。手元が狂うと。痛い思いをするのは君」
 
「はい、すみません……」
 
 怒られ、項垂れる上条に代わって、吹寄が事情聴取を開始する。
 
 彼女は瓦礫の中から引っ張り出してきたテーブルに両肘を付いて手で橋を作って口元を隠すと、
 
「じゃあ、話を聞かせてもらいましょうか?」
 
 妙な威圧感を発する吹寄を前に、何故か逆らいがたい雰囲気を感じ取り、また完全に巻き込んでしまった負い目などから、ルチアは渋々と口を開いた。
 
「あれは……、私達がシスター・オルソラの奪還中止の命令を受けた後の事です」
 
 ルチアによるとオルソラの奪還命令が撤回されてバチカンに帰還した後、250人からのシスターを束ねるアニェーゼ・サンクティスに一つの命令が下されたという。
 
 最初は、名誉な任務でも与えられたのだろうと思っていたのだが、バチカンで焦臭い噂を耳にして調べてみると、アニェーゼに与えられた新しい任務というのは、
 
「詳しい内容は分かりませんが、“刻限のロザリオ”という術式に、シスター・アニェーゼが組み込まれるという事です」
 
 “刻限のロザリオ”というのが、どのような術式なのかは分からない。
 
 だが、それを発動する為には、意図的にアニェーゼの精神を破壊しなければならないという。
 
 何としてもそれを阻止する為、彼女達は単独でバチカンからアニェーゼ救出に来たわけだが、逆に捕らえられバチカンに移送されそうになっていた所を脱走したのだが、拘束術式が発動して意識を失った所を一方通行に助けられたという事だ。
 
「シスター・アニェーゼは、礼拝で私に寒気を感じさせた程の信仰心を持つ唯一の修道女です。
 
 教会が持つべき宝とは、金品でも財宝でもなく、彼女のような者を指すのです。
 
 私は、私が認めた者が、わけの分からない命令の下、わけの分からない術式の生け贄にされて使い潰され、言葉も仕草も分からない廃人になるという末路を迎えるなど、決して認めません。……何があっても」
 
 ルチアの言葉に対し、傍らに居た小柄な修道女、アンジェレネは苦笑を浮かべると、
 
「私は、シスター・ルチアほど立派な理由じゃありません。
 
 私の理由なんて、個人的なもので、今までシスター・アニェーゼに助けてもらったからです。
 
 人生で一度とか二度とか、そんな大きな事件があったわけじゃなくて、いつもいつも助けてもらっていたから。
 
 だからこそ、何も返せないままシスター・アニェーゼとお別れなんて絶対に嫌です。返すとしたら、今しかないんです」
 
 それが、彼女達がそれまで信じてきたローマ正教からの命に背いてまでも、ただ一人の少女を救う為に行動した理由だ。
 
 それだけ聞けば、もう充分だった。
 
「……姫神」
 
「ん」
 
「……吹寄」
 
「分かってるわよ」
 
 二人の少女の口元には、上条と同じような小さな笑みがある。
 
「依頼は、アニェーゼって奴の救出だな?」
 
「…………?」
 
 上条の言っている事の意味が分からず小首を傾げるルチアとアンジェレネ。
 
 対する上条は、そんな彼女達に構うことなく、
 
「その依頼、ソリューションが引き受けた」
 
 その言葉は余りにも予想外だったらしく、目を白黒させるルチア達を尻目に美琴と御坂妹が立ち上がり、
 
「まあ、そう言うと思ってたわ」
 
「実は今回、仲間外れにならなくて済みそうなので、お姉様は内心安堵しています。とミサカはお姉様の内心を吐露してみます」
 
「し、してないわよ!?」
 
 顔を真っ赤にして美琴が抗議するが、余り説得力は無い。
 
 その横では打ち止めが一方通行の服の袖を引っ張り、上目遣いに彼を見つめている。
 
「チッ、なンで俺が……」
 
 面倒臭そうに言って、打ち止めから視線を逸らすが、一方通行の心は既に決まっている。
 
 自分に向けて攻撃を加えた事は百歩譲ってもまだ良い。彼自身は反射の鎧で守られている為、生半可な攻撃では傷一つつけられないからだ。……だが、打ち止めを危険にさらした連中を放っておくつもりは毛頭無い。
 
「まァ良ィ。つまンねェ観光なンかよりは、楽しめるンだろうなァ」
 
 好戦的な笑みを浮かべて、参戦を宣言した。
 
 勿論、彼だけでなく、他の者達も参戦する気満々である。
 
「となると、問題は敵の戦力かも」
 
 口を開いたのはインデックスだ。
 
「さっきの帆船、あれは“アドリア海の女王”……、ううん、それを守る女王艦隊の一隻かな?」
 
 一目見ただけで、帆船の正体を見抜いたインデックスに、ルチア達は驚愕の眼差しを向けつつも首肯する。
 
「だとしたら主砲は“聖バルバラの神砲”かな? 射程距離は5.5qくらい。敵艦の数は分かる?」
 
「いいえ、正確な所は存じませんが、恐らく100近くは居るかと」
 
 それだけでも厄介だというのに、問題は更に別な所にある。
 
「そもそも、“アドリア海の女王”っていう術式はね、あの船そのものを指してるんじゃないんだよ」
 
 インデックスは言う。
 
「大規模術式“アドリア海の女王”はヴェネチア専用の破壊術式。
 
 まず、ヴェネチアを背徳の都に対応させ火の矢の術式を撃ち込むの。それによってヴェネチアの街は、街の中心から外周まで完全に焼き払われるの。これが第一段階。
 
 第二段階では、ヴェネチアを離れていた人や物品まで狙うの。旅行に出掛けていた人、美術館に寄贈されていた芸術品、ヴェネチアを土台として広まった文化、そういったものが全て奪われていくの。ヴェネチア派という学問や歴史すら一瞬で消えて無くなっちゃうかも知れないんだよ」
 
 ゾッとする言葉だが、インデックスの説明はまだ終わらない。
 
「私の知る限り、“アドリア海の女王”の発動に“刻限のロザリオ”なんて追加術式は必要無いんだよ、とうま」
 
「……どういう事だ?」
 
 意味が分からず、眉根を寄せる上条に対し、インデックスは小さく頷くと、
 
「さっきも言った通り、“アドリア海の女王”はヴェネチア専用の術式なの。
 
 でも考えてみて、とうま。ローマとヴェネチアがいがみ合っていたのはもう何百年も昔の事だよ? 今更そんなものを持ち出して来てヴェネチアを攻撃した所でローマ正教にメリットは無いよ」
 
 言われて納得し、そこでようやく“刻限のロザリオ”の存在に思い至る。
 
「もしかして……」
 
「うん。ここから先はあくまでも仮説の域に過ぎないけど……、“刻限のロザリオ”が“アドリア海の女王”の照準制限を解除する為の術式だとしたら?」
 
 インデックスの告げる言葉に、上条達の背筋に怖気が走る。
 
 今、ローマ正教が一番厄介な敵と認識しているのは……、
 
「学園都市か? イギリス清教か? って所か」
 
「……どっちかというと、とうま個人かも?」
 
「いやいや、上条さん普通の高校生ですよ?」
 
 上条としては、青髪ピアス辺りが狙われているのではないか? と睨んでいるのだが、果たしてその予想は半分ほど的中していた。
 
 今回の一見の裏で動いているのはローマ正教最大の暗部にして最大権力兼最大戦力である“神の右席”だ。
 
 その一人である前方のヴェントが今回の一件の指揮官であるローマ正教の司教ビアージオ・ブゾーニに下した命令は、“アドリア海の女王”を使用した学園都市の壊滅とそこに居る青髪ピアスの聖人の抹殺。
 
 ……どうやら前回の一件で、彼は相当ヴェントの怒りを買ったらしい。
 
 まあ、それはともかく、敵のおおよその目的は分かった。
 
 ならば次は攻略法だ。
 
「敵の数は100近くも居る上に射程距離は5q以上か……」
 
 例え人数では圧倒的に劣っていようとも、それぞれが一騎当千の者達が揃っているのだ。恐れる事は何もない。
 
 ……だが、そんな彼らにしても、接敵しなければ、その実力を示す事が出来ない。
 
「5qか……。流石にちょっと遠いな。せめて見える程度の距離からなら、“竜王の顎”で女王艦隊ごとアドリア海の女王も潰せるんだけど」
 
「モーターボートとか借りられないの?」
 
「借りられたとしても、敵側の砲門の数が圧倒的過ぎるからな。正直、こっちの射程距離まで保つとは思えねぇ」
 
 海路での奇襲は不可能。残されたのは空か、海中くらいだが、
 
「そうそう都合良く潜水艦なんてあるわけ無いしなぁ……」
 
 まあ、あった所で、操縦なんて出来はしないが、と思っていたら五和が小さく挙手して、
 
「あの……、有ります。潜水艦」
 
 一瞬、彼女が何を言っているのか理解出来なかったが、言葉の内容を理解すると皆が一斉にズバッという擬音が付きそうな勢いで振り返った。
 
「いえ、その……、潜水艦というほど立派なものじゃないんですけど」
 
 旅行用の荷物とは別に、何時も持ち歩いているバックの中から和紙の束を取り出して、その中から一枚を抜き取ると眼前の運河に放り投げる。
 
 水面に着水した和紙は水を吸収して一気に膨れ上がり、全長30m幅8m程のラグビーボールのような形状の船となった。
 
「上下艦です。精々が潜行機能の付いた木船程度ですけども……」
 
 自信が無いのか? 尻すぼみになる五和に対し、上条は彼女の肩を力強く掴み、
 
「凄ぇよ、五和! これで突破口が開けた、ホント、サンキュな!」
 
 上条に褒められ、顔を真っ赤にして照れる五和。
 
「いやホント、俺初めて魔術スゲェって思った」
 
「むっ、それは物凄く納得いかないんだよ、とうま」
 
 上条はインデックスの抗議をスルーしつつ作戦を詰める。
 
 幾ら海中の移動方法の目処がついたからって楽観視は出来ない。
 
「見た目は旧式の帆船だけど、水中レーダーが搭載されてないとは限らないからな。
 
 ……もしかして、水中探索用の魔術とかってあるのか?」
 
「あるよ」
 
 問いかける上条に対し、即答で答えるインデックス。
 
 ならば多少なりとも場を乱す為、陽動が欲しい所だが、それをこなせるだけの力量を持つ者はこのメンツの中でも1人だけだ。
 
「……一方通行、お前なら水の上とか歩けるんじゃないか?」
 
 上条が話題を振った為、一方通行に皆の視線が集まる。
 
 その視線の先に居る一方通行は眉根を寄せた訝しげな表情で、
 
「あン? 出来るが、それがどうした?」
 
「なら、陽動を頼む。真正面から乗り込んでって、出来るだけ派手に暴れ回ってくれればいい」
 
 彼1人なら、砲弾の嵐の中に居ようとも傷一つ無く生還出来るだろうという、ある種の信頼がある。
 
 対する一方通行は不敵な笑みを浮かべ、
 
「はン、そりゃァ別に良ィけどよォ。俺が全滅させちまってもかまわねぇンだろ?」
 
 どこかで聞いた事のある台詞を吐く一方通行に、思わずサムズアップする上条。
 
 妙な友情を深めるライバル達を傍らから眺める吹寄は肩を落としながら、
 
「……遂に彼まで上条の領域に踏み込んでしまったのね」
 
 心底残念そうな表情の吹寄に対し、ニコニコと笑顔なのは打ち止めだ。
 
 彼女としては、一方通行が他人とコミュニケーションを取るようになってくれたという事がなによりも嬉しいのだろう。
 
「じゃあ、後は二手に分かれよう」
 
 先程の紙束を見るに、上下船の数に余裕はあるだろう。ならば、
 
「片方は、俺を“竜王の顎”の射程距離まで運んで欲しい」
 
 船が魔術で造られている以上、彼には操作する事が出来ない。
 
「もう片方は、破壊された船から海に落ちたアニェーゼを探し出して救出する班な。
 
 そいつを船に引き上げたら、御坂」
 
「分かってる。海に電撃ぶちかませば良いのね?」
 
「あぁ、……手加減しろよ?」
 
「分かってるわよ」
 
 海の中で彼女の電撃に耐える術は無い。
 
 適度な電撃を喰らわせて、意識を奪った後で回収すれば溺れ死ぬような事にはならないだろう。
 
 やる事が決まれば、後は早い。
 
 皆は、ほぼ同じタイミングで立ち上がると円陣を組み……、1人加わろうとしなかった一方通行は打ち止めが強引に輪の中に引っ張ってきた。
 
「この作戦の鍵は、どれだけ早くアニェーゼを救出出来るか? だ。
 
 手間取れば手間取る程、相手の攻撃に耐える時間が長くなっていくわけだからな、なるべく早く頼む。
 
 俺も初っ端から旗艦の“アドリア海の女王”を狙っていく」
 
 皆が手を合わせ、心を一つにする。
 
「アニェーゼ救出作戦、征くぞ……!」
 
 上条の声に、少女達は思い思いの返事を返す。
 
 言葉は違えど、思いは一つ。
 
 この30分後、ローマ正教の“アドリア海の女王”とそれを守護する“女王艦隊”が上条勢力により殲滅されたというニュースが裏世界に爆発的な速度で広がり、それにより世界の流れが変わっていく事になろうとは、まだ誰も知らない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 キオッジアの沖合数十qの所に展開した女王艦隊に向けて、海面上を疾走する白い影が確認された。
 
 索敵に特化した四三番艦の索敵要員がそれを確認した瞬間、影は時速100q超過で駆け抜け一気に女王艦隊に接敵すると、そのまま破壊活動を開始する。
 
「ハッ、対艦戦なんぞ初めてだからなァ、多少は楽しませてもらおうかァ!!」
 
 蹴り一発で船底の大穴を開け、軽く振るわれた腕は帆船のマストを易々とへし折ってみせる。
 
 折れたマストを投擲槍に見立てて艦を串刺しにし、航行不能に追いやったと思えば、迎撃に放たれた砲弾はそのまま弾き返す。
 
 無論、そんな化け物のような者を相手に船員達が武器を手に挑み掛かっても軽くあしらわれて海に叩き落とされて終わってしまう。
 
 正に敵からしてみれば悪夢の権化のような姿。
 
 それを双眼鏡で眺めながら上条は独りごちる。
 
「……アイツ1人で女王艦隊壊滅させられるんじゃないか?」
 
 上条の言葉に、上下艦を操る五和は苦笑しか返せない。
 
 一方通行の戦闘力が予想以上に凄まじかったのが幸いし、海上は今混乱の坩堝と化している今がチャンスだ。
 
 上条は五和に命じて船を発進させる。
 
 展開していた屋根が再度閉じられ、ラグビーボールのような形状に戻った上下艦は、そのまま海中に沈み女王艦隊に向けて進む。
 
 女王艦隊までの距離はおおよそ10q。
 
 5分ほど掛けて旗艦、アドリア海の女王まで後数百mという距離に迫った所で、上条を乗せた上下艦は浮上して屋根部分を展開する。
 
 開けた視界に大写しになるアドリア海の女王。
 
 ここまで来れば、もう十二分に射程距離範囲だ。
 
 上条は右手を眼前に掲げ、その内に宿った竜を解放する。
 
「――俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと轟き叫ぶ!!
 
 必殺……!! シャイニングフィンガ――(嘘)!!!」
 
 ネタが分からないのか? 普通に真面目な表情で見つめる五和の視線を感じながら解き放たれる竜王の顎。
 
 不可視の竜は一直線にアドリア海の女王に向かって突進し、大穴を開けて内部に突入。
 
 そのまま艦の修復能力を遙かに凌ぐ速度で内部を食い荒らしながら暴れ回り、遂にはアドリア海の女王の中枢部分にまで進み、そこに待ち構えていた司教、ビアージオを弾き飛ばしてなお進撃を続ける。
 
 勿論、ビアージオも黙って見ていたわけではなく、姿は見えないながらも巨大な存在が近づいて来ている事を察してタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてはみたのだ。
 
 しかし、それが異能の力である以上、竜王の顎の前では何の意味もなさない。とはいえ、それが物理的な攻撃であった所で同じように意味はなさなかっただろうが……。
 
 アッサリと不可視の竜に己の術を喰われ、為す術もなく壁に叩き付けられたビアージオは、身動き一つ出来ないままで中枢部分を根刮ぎ食い荒らされる様を見届けるしか出来ず、そのまま艦と共に海に沈んだ。
 
 ――それから10分後、竜王の顎と一方通行によって壊滅させられた女王艦隊。
 
 無事にアニェーゼを確保したのか? 美琴の電撃が船員の神父達を昏倒させる様を眺める上条の乗る船に、ボロボロの状態でありながらも辿り着いて乗り上がる人影があった。
 
 他の神父達とは違い、重く引きずりそうな法衣を身に纏い、数十の十字架を下げた男だ。
 
「クソッ!? だから嫌だったんだ。何がローマ正教の歴史に残る大儀だ!? よりにもよって、あんな化け物共が攻め込んでくるなんて、聞いて無いぞ!!」
 
 悪態を吐く男の言葉はイタリア語だが、それは五和が通訳してくれている。
 
 その台詞と男の恰好から、彼が司教クラスの幹部であり、アドリア海の女王を指揮していた魔術師であると仮定し、
 
「おい、……アンタがこの作戦の指揮官か?」
 
 話しかけられ、煩わしそうにしながらも、ようやく男の顔が上条の方を向く。
 
「貴様……、そうか、貴様か!? クソ、よりにもよって貴様が出張ってくるとはな! トウマ・カミジョウ!!」
 
「あれ? 俺もしかして有名人?」
 
「そ、それはそうです。バチカンに直接乗り込んで、“法の書”を破壊してきたんですから、当然顔写真くらいは出回ってると」
 
 五和に説明してもらったが、全然嬉しくない有名に成り方だ。
 
「クソ! こんな知性の欠片も無い異教のサルの所為で、私の人生はお終いだ。
 
 折角、司教の地位にまで昇り詰めたというのに!?」
 
 ともあれ、目の前の男はまるで上条を目の敵にするような視線を彼に向けている。
 
 正直な話、竜王の顎を出した直後で疲労のピークに来ている上条としては、余り激しい運動はしたくはないのだが、そんな事を言っているだけの余裕は無いだろう。
 
「せめて、貴様だけでも道連れにしてやる!?」
 
 ビアージオが上条の上空に向けて数個の十字架を投げる。
 
「――十字架は、その重さをもって驕りを正す!!」
 
 放たれた十字架が爆発的に巨大化し、重力を味方に付けて上条に襲いかかった。
 
 対する上条は右手を使わず、前方にダッシュしてこれを回避。そのままビアージオに向けて右拳を放つ。
 
「十字架は悪性の拒絶を示す!」
 
 ビアージオの言葉共に、彼が前方にかざした十字架が巨大化し、まるで盾のように上条の前に立ちふさがった。
 
 勿論、それが異能の力である以上、上条の右手の前では無害な砂塵と化すが、僅かな時間を稼ぎ、距離を取るには充分だ。
 
「死ね! 異教のサルが!!」
 
 トドメの為の十字架をかざすビアージオを前に、上条は不敵な笑みを浮かべただ一言を叫ぶ。
 
「五和!!」
 
「はい!」
 
 背後から聞こえてきた声にビアージオの背筋に悪寒が走る。
 
 ……そうだった。この船にはカミジョウだけでなく、船を操る為にもう1人、少女が乗り込んでいた筈だ。
 
「すみません。……と、謝っておきます」
 
 ビアージオの周囲に張り巡らされているものは極細の鋼糸。
 
 それが幾重にもビアージオの周りを取り囲んでいる。
 
「七教七刃――!!」
 
 全方位から襲いかかる鋼糸に対し、咄嗟にビアージオは四方に十字架をかざし、
 
「十字架は悪性の拒絶を示す!!」
 
 十字架の盾でこれを凌いだ。
 
「クソッ!? 異教徒が邪魔しやがって!! テメェ等は黙ってローマ正教に駆逐されて従っていりゃあ良いんだ!」
 
 悪態を吐きながら周囲を警戒する。
 
「黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって……。
 
 そんなにローマ正教が偉いのかよ!?」
 
「何も知らないガキが粋がるなよ!? ローマ正教は世界最大の宗教だ、そこに敵対してタダで済むと思うなよ!!」
 
 その言葉を受けても上条は怯まない。
 
「知った事か! デカイ組織なら何しても許されると思ってんじゃねぇ!」
 
 一息、
 
「俺はただのしがない高校生だ。
 
 後ろ盾もねぇ、テメェみたいな立派な立場ってやつもねぇ。
 
 ――それでもたった一つ! 一つだけテメェに勝ってるもんがある!!」
 
 ビアージオは周囲を探り、声が聞こえる方向を探ろうとする。
 
 上条がビアージオに攻撃を仕掛けようとすれば、その瞬間に盾の十字架を破壊しなければならない。
 
 ……ならば、その一瞬にこの十字架を叩き込んでやる!
 
 十字架を握りしめ、上条の攻撃を待つビアージオ。
 
「さあ見せてやる! これが、これだけが、俺の……! 自慢の……! ――拳だぁ!!」
 
 上条の姿が現れたのは直上。
 
 十字架の盾を破壊するのではなく、乗り越えた上条が拳に全体重を乗せて振り下ろす。
 
 今ここで、十字架を放った場合、例え上条を倒せたとしても、その後は自分が十字架に押し潰されるだろう。
 
 ならば回避しようとするが、ここは自らが構築した十字架の盾の中。
 
 ……次の行動をどうするか? 思案するビアージオに対し、上条は己の拳に絶対の自信を持って振り下ろす。
 
 自身を守る筈の盾が檻になった瞬間、逃げ場を無くしたビアージオの顔に上条の拳が叩き込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいまー……」
 
 翌日、色々と騒ぎを起こした事が問題となり、学園都市に強制送還される事となった上条一行。
 
 疲労の見える声で玄関のドアを開けて帰ってきた彼らを出迎えてくれたのは風斬と小萌先生だ。
 
「お、お帰りなさい。向こうでトラブルに巻き込まれたと聞いて心配していたんです……よ?」
 
 玄関に立つ彼らの姿は、出て行った時と同じ恰好のまま、但し埃にまみれ服の各所が擦り切れたようなボロボロの状態だ。
 
 ……結局、オルソラのアパートメントから荷物を探し出す事が出来なかった彼らは着替えも財布も無いまま、正に着の身着のままで帰ってきたわけだが、彼らの中に見慣れない人影が3人ほど追加されている。
 
「えっと……、この3人もここで一緒に暮らす事になったから」
 
 ローマ正教の思惑に逆らう形で反逆を企てたルチアとアンジェレネ。そして、その中心とも言うべきアニェーゼの3人がこのままローマ正教に戻れる筈もなく、オルソラの鶴の一声で、彼女達の学園都市入りが決定した。
 
 部屋は後二つ空いていた筈なので、一組は二人部屋になってしまうが、そこら辺は我慢してもらおう。
 
 ……と、思っていたのだが、少し考えが甘かった。
 
「えーと……、先生からも一つ報告が有りましてですねー」
 
 珍しく歯切れの悪い小萌先生の言葉に小首を傾げる上条。
 
 すると二階へ続く階段を降りてくる人影が二つ。
 
 一人は、ここの住人、木山・春生。もう一人は頭にバンダナを巻いたジャージ姿の少女だ。
 
 少女は気怠げに肩を回しながら、
 
「あー……、引っ越しそのものは能力使えば楽なものだけど、荷物の整理とかは面倒だわ」
 
「君も、大概、物臭な性格ね……」
 
 恐らく、引っ越しを終えた後なのだろう。
 
 少女は玄関に立ち尽くす上条達の存在に気付くと、バンダナを解き、素顔を露わにする。
 
 彼女の顔を見て真っ先に反応したのは御坂妹だ。
 
「おや? 何故彼女がここに? とミサカは小首を傾げてみます」
 
 知り合いなのか? と振り向こうとした上条に対し、少女……、結標・淡希は上から目線で、
 
「結標・淡希よ。今度世話になる事になったから、取り敢えずよろしくって所かしらね?」
 
 少々事情があって、住む場所も無くなり、これからどうしたものか? と、駅前で座っていた所を小萌先生に拾われたらしい。
 
 元、霧ヶ丘女学院の二年生だというが、今度、小萌先生の口利きで、上条達の学校に転校してくる予定だという。
 
「まあ、こっちも取り敢えずよろしく。っと……、それじゃあ、どうしたもんかな?」
 
 予定外の出来事で、部屋数が足りなくなってしまった。
 
 玄関で立ち話も何だという事で、揃ってリビングに場所を移す。
 
 さて、現状の問題をまとめてみると、空き部屋は一つなのに対し、入居者が三人。
 
 部屋はそれほど狭くはないが、それでも一部屋に三人というのは、かなり無理がある。
 
 ……どうしたものか? と考えていると、オルソラが挙手し、
 
「でしたらアニェーゼさんは、私と同居というのは如何でございましょうか? ルチアさんとアンジェレネさんにも同居という形を取ってもらう事になりますが」
 
 対して新参の入居者達はというと、
 
「別に良いッスよ」
 
「私もそれでかまいません」
 
「あ、私もそれで結構です」
 
 元々修道院で共同生活をしてきた者達だ。むしろ一人暮らしよりも同居の方に慣れている。
 
 予想よりもアッサリと問題が解決した後は……、
 
「では、皆さんの親睦も兼ねまして一緒にお風呂に入るでございますよ」
 
 未だ埃まみれの姫神達も最初からそのつもりであったし、結標としても荷物整理で汗をかいたので、その意見に否は無い。
 
 皆でワイワイ騒ぎながら大浴場に向かう女性陣が去った後、一人取り残された上条は小さく溜息を吐き出し、
 
「……何だか、そこはかとない疎外感を感じますよ?」
 
 誰にとはなく呟き、仕方がないので、一人寂しくテレビを見る事にしたのだった。
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