とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第1話
 
――ええい! くそっ! くそっ! どちくしょう!! 不幸すぎますぅ――!!」
 
 叫びながら走るのは一人の少年だ。
 
 何の変哲もない夏服の学生服に黒髪のツンツン頭の男子高校生。
 
 我ながらセンスのない叫びだと自覚しながらも少年、上条・当麻はチラリと背後を振り返る。
 
 彼を追いかけるように走るのは一人の少女だ。お嬢様学校、常盤台中学の制服を着た超能力者(レベル5)“超電磁砲”の御坂・美琴、……のクローン。通称、御坂妹もしくはミサカ。
 
 本来ならば、一人一人にパーソナルナンバーが存在するのだが、見た目に違いが見当たらない為、常人では区別がつかないので上条は御坂妹と呼んでいる。
 
「何故、逃げるのですか? とミサカは少し拗ねたように言ってみます」
 
 と、横の路地から彼を追走するように現れたのは同じ顔の少女だ。
 
 彼女は息一つ乱さずに問いを放つと、先程から上条を追いかけている少女と合流して、そのまま上条を追いかけ始める。
 
「いや、普通は逆レイプされそうになったら逃げるだろ!?」
 
 背後に向かって言い放つ上条。
 
 ……何気に背後を振り向いてみると、何時の間に二人だった少女達が3人に増えていた。
 
「何故でしょう? 私はあなたの子供が欲しいと言っただけですが? 子供が出来たからと言って認知しろとも責任をとれとも言いません」
 
 それはそれで、嬉しいような悲しいような事を白昼堂々宣言され、何気に気が滅入る上条。
 
 しかし彼はそれでも速度を落とす事なく走り続け、彼の後を追う御坂妹達もそれに遅れじと追走を続ける。
 
 そんな中、上条の背後には、更に同じ顔の少女が増え、
 
「あなたのような年齢の男子は、年中性欲を持て余していると聞いています」
 
 交差点を通過する度に、もう一人追加。
 
「無駄に捨てることになる精子を、私に下さいと言っているだけですが?」
 
 気が付けば、軽く二桁を上回る数の同じ顔に追いかけられていた。
 
「だからって、……二万人を相手に出来るか!!」
 
 ……どうして、こんなことになってしまったのだろう? 走りながら回想してみる。
 
 ──そう、あれは4ヶ月ほど前の事だ。
 
 レベル6シフト計画というものがある。──否、あった。
 
 学園都市最強である一方通行に、二万人の御坂・美琴のクローン達を様々なシチュエーションの下、戦って殺させ、彼を前人未踏のレベル6に押し上げようという計画だ。
 
 その計画実行の初日、今まさに一方通行が御坂妹を殺そうとする場面に上条が偶然通りがかり戦闘となった。
 
 そして、万に一つ。否、億だろうが、兆だろうが、それこそ京に一つでも有り得ない事に、その戦闘で上条が勝ってしまったのだ。
 
 これには研究班も慌てた。他のレベル5が勝利したのならまだ良い。誤差の範囲内ということで、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)と呼ばれるスーパーコンピューターに再計算させればいいだけの話だ。
 
 ……が、上条・当麻のレベルは5(超能力者)ではない。4(大能力者)でもなければ、3(強能力)でも2(異能力)でも1(低能力)ですらない。
 
 レベル0、無能力者だ。
 
 上条の能力“幻想殺し”は、あらゆる異能の力を打ち消すことが出来るが、学校で行われる身体検査で、どれだけ身体中の隅から隅まで調べたところで、それを証明することは出来ない。
 
 対する一方通行の能力はあらゆる種類のベクトルを、皮膚上の体表面に触れただけで自在に操作することが出来るという恐ろしいものだ。
 
 有形、無形を問わず反射し、相手に触れる事はおろか、銃撃などによる狙撃なども許さない。
 
 そんなレベル5(最強)がレベル0(最弱)に負ける可能性は0。何が起ころうとも、この確率が変動する事は絶対に有り得ない。だが、ただ一つ。一方通行を覆う反射の鎧を打ち消して彼を倒す事が出来る武器、それが上条の右手に宿る“幻想殺し”だった。
 
 ありえないことが起こり、この計画は抹消された。……かに見えたが、問題は残された二万人の御坂妹の存在だ。
 
 実験が終われば、本来一人も残らない筈であった彼女達が丸々二万人も残ってしまった。
 
 取り敢えず、研究機関は彼女達の体細胞の調整を行い、寿命を人並みにした後、樹形図の設計者にお伺いをたてたところ、一方通行に勝ったレベル0の謎を知り、来たるべくレベル6への梯子の為、サンプリングとして上条・当麻の子供を大量に用意し、様々な環境下で育てあげる為の母胎として有効利用しようという事になった。
 
 ……そして現在上条は、そのシスターズに子種を寄越せと追われているわけだ。
 
 確かに、彼女達は美少女と言っても過言ではない。過言ではないが、童貞の上条さんとしては、そういうことは相思相愛の間柄でないといけない、などといった考えのロマンチストだったりする。
 
 実際、ミサカ達としては上条に命を救われたことに対して、好意以上のものを彼に抱いているわけであるが、如何せん表情に乏しい彼女からは、その感情を読みとることは難しいうえに、上条自身そういう感情にかなり鈍い所があるので全然気付いていない。
 
 故に彼は何時もの如く、こう叫ぶわけだ。
 
「不幸だぁ――!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、漂ってくるみそ汁の匂いで目が覚めた上条が寝床であるバスルームから出ていくと、男子寮の手狭なキッチンで朝食を用意している最中の少女と目が会った。
 
「おはよう……。夏休みに入ったってのに、今日も早いな姫神」
 
 上条が声を掛けたのは、腰まである長い黒髪の少女だ。
 
 彼の趣味か? それとも彼女の趣味なのか? は不明だが、姫神と呼ばれた少女が今身に着けているのは白の上衣に緋袴という、日本に古来から伝わる巫女装束と呼ばれる服装にエプロンだった。
 
 上条に挨拶された姫神は小さくではあるが、しっかりと頷き。
 
「おはよう。朝食はもう少し待ってて……」
 
「……何だが悪いな、毎朝毎朝」
 
「気にしないで。私が好きでやっているだけ」
 
 姫神・秋沙は以前、彼女の能力に目を付けた講師達によって、巫女として三沢塾という場所に監禁されていたのだが、紆余曲折の結果、彼女の監禁主が塾の講師から錬金術師へと代わり、ある事件によって上条と錬金術師との間に契約が結ばれた事により彼女は解放された。
 
 これにより用済みとなった姫神は自由を得たわけだが、既に身内も無く天涯孤独の彼女を放っておけないのが上条・当麻という男である。
 
 最初は宿を提供し、その間に衣食住を安定させるだろうと思っていたのだが、考えが甘かった。……というか、彼自身、自分の運の悪さとフラグ成立能力を甘くみていた。
 
 彼女の身元に関しては、上条の担任である月詠・小萌が保障してくれ上で、それまで姫神が通っていた高校。霧ヶ丘女学院から上条と同じ高校へ転校手続きまでしてくれた。
 
 これに関しては、素直に喜んで良いだろう。
 
 問題は、上条の通う学校の女子寮が現在満室であり、姫神の引っ越し先が未だに未定だという事だ。
 
 一応、小萌先生が「家に引っ越してきたらどうですかー?」と言ってくれたものの、現在彼女のアパートには誘波という名の少女が居候しており、あの手狭な部屋に三人で住むのは正直無理がある。
 
 ……というわけで、現在も上条の部屋では姫神・秋沙が同棲を続けていた。
 
「どうぞ」
 
 言って、姫神が上条に白米のよそわれた茶碗を手渡す。
 
 それを受け取った上条は、テーブル上に並べられた鮭の塩焼きと卵焼き、御新香にみそ汁といった定番の朝食を見渡し、
 
「おぉー……。相変わらず見事な朝食だな」
 
 手を合わせ、頂きますと告げてから箸を手に取ってみそ汁に口を付けようとした所でベランダに引っ掛かる異様な物体に気が付いた。
 
「……姫神さん」
 
「……何?」
 
 敬称で呼ばれた事に小首を傾げながら、上条に問い掛けに答える。
 
「……家にあんな布団はあったでしょうか?」
 
 上条が指さす先に純白に金の刺繍を施された何かが引っ掛かっている事に気付いた姫神が席を立ち、ベランダへと続く窓を開け放つ。
 
 姫神に続いて上条もみそ汁を持ったまま席を立ち、何事か? とベランダを覗き込んでみると、引っ掛かっている布団には、腕と脚と頭がくっついていた。
 
 無言で見つめ合う上条と姫神。
 
 5分程の沈黙の後、姫神からの無言のプレッシャーに耐えかねた上条が恐る恐る口を開く。
 
「……最近の布団は斬新なデザインなんだな?」
 
「……そんなわけない」
 
 上条のボケを一刀の元に斬って捨てる姫神。
 
 対する上条は、肩を竦めて大げさに溜息を吐き出し、
 
「……一応言っておくけど、俺の所為じゃないからな?」
 
 弁解するが、姫神は微塵も信用していない眼差しで、
 
「怪しい。また何処かで無自覚にフラグを立てていた可能性も捨てきれない」
 
「またとか言うな……」
 
 益体も無い口論を重ねていると、眼前の少女が呻き声を挙げた。
 
「……お腹空いたかも」
 
 ぐったりした表情のまま、二人と視線を合わせずに零す少女。
 
 二人は視線を合わせて小さく頷き合い、上条が手に持ったままの、既に冷めてしまったみそ汁の入ったお椀を少女の鼻先に近づけてみると、途端に反応して上条の手からお椀を奪い取り一気に飲み干してしまった。
 
「ちなみに、今朝のみそ汁はなめこ汁」
 
 姫神の呟きに惜しい事をした、と思いつつ視線を下げていく。
 
 そこには何かを期待するような眼差しで上条を見つめる少女の姿。
 
 よく観察してみると少女の格好は、ここ科学万能の学園都市では珍しい白の修道服姿という物だ。
 
 ……まあ、珍しい格好という点じゃ姫神も負けてないけどな。
 
 内心で苦笑しつつ、上条は諦めにも似た吐息を吐き出し、
 
「えっと……、朝飯あるけど、食べてくか?」
 
 そう問うた瞬間、溢れんばかりの笑みで頷かれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上条と姫神、二人分の朝食を平らげてようやく満足したのか? 人心地吐いた少女が丁寧に頭を下げ、
 
「どうも、ありがとうね」
 
 礼を述べた後で、自己紹介すらしていなかった事を思い出したのか? 少女は真剣な眼差しで、
 
「私の名前はね、インデックスって言うんだよ?」
 
 普通ならば、偽名と疑うような名前だ。
 
 だが、二人の取った行動は違った。
 
 二人で顔を見合わせて目配せで何かを確認し、慎重に言葉を選ぶように、
 
「えっと……、まず落ち着こう俺」
 
「そう言っている時は落ち着いていない証拠」
 
「あぁ、そうだな。取り敢えず素数でも数えて……」
 
 若干混乱しつつある上条を不思議な物でも見るような眼差しで見つめるインデックス。
 
「じゃあ。幾つか質問するけど。いい?」
 
 未だ混乱を続ける上条に代わり、話を進行させていくのは姫神だ。
 
「その格好からすると。シスターのようだけど。宗派は何?」
 
「イギリス清教だよ」
 
 隠すでもなく、むしろ誇るように告げる少女だが、その言葉に上条達の疑惑は確信に一歩近づく。
 
 緊張で乾く唇をグラスの麦茶で湿らせて、姫神は本命の質問を投げ掛ける。
 
「貴女は10万3000冊の魔導書を記憶している必要悪の教会に所属する魔導図書館の禁書目録?」
 
 告げた瞬間、少女が最大限の警戒を見せた。
 
「待って!」
 
 背後に飛び退き、窓から身を乗り出してベランダから飛び降りようとするのを、姫神に似つかわしくない大声で呼び止める。
 
 彼女はなるべくインデックスを刺激しないよう、ゆっくりとした仕草で懐の中に手を入れ、首から掛けられたケルト十字を服の外に出す。
 
「……これ。分かる?」
 
 彼女が肌身離さず身に着けているイギリス清教のアレンジが加えられているケルト十字は、ただのアクセサリーではない。
 
 姫神の能力“吸血殺し”を封じる為に、錬金術師が作ってくれた“歩く教会”という最上級の霊装の一種だ。
 
 常人の目から見れば、それはただのアクセサリーにしか見えないが、その世界の者が見れば、それがどれほど異常な霊装なのかが判断出来る。
 
 姫神の持つ“歩く教会”にイギリス清教のアレンジが加えられている事から、若干警戒を解いたインデックスは、それでも不思議そうに小首を傾げ、
 
「……でも、貴女は卜部の巫女さんじゃないの?」
 
 姫神の格好から、そう判断したインデックスが問い掛けるものの、姫神が巫女装束を着込んでいるのは、それ以外に服が無いからであり、別に本物の巫女さんであるからではないし、更に言えば卜部とか言われても意味が分からない。
 
 むしろ混乱し始めた少女二人に代わって、混乱から脱した上条が口を開く。
 
「まあ、なんだ。色々とあってな、姫神は元イギリス清教所属の錬金術師から、その十字架貰ったんだ。
 
 ……で、俺達がお前の事を知ってるのは、その錬金術師にお前に掛けられた呪いを解いてくれって頼まれたからだな」
 
 との上条の言葉に、インデックスは再度小首を傾げてみせる。
 
「……呪い?」
 
「あぁ、何でも俺の力があれば、お前に掛けられた呪いを解呪出来るとか何とか……」
 
 それが上条と錬金術師との間で結ばれた契約だ。
 
 インデックスに掛けられた呪いを解く事を条件に、姫神は解放された。
 
 その際、錬金術師から色々と詳しい説明を受けているのだが、余り性能の良くない上条の頭では呪いのメカニズムについては理解出来なかったので、満足のいく説明が出来ない。
 
「ま、まあそんなわけでな。お前には、一緒にその錬金術師の所まで行ってほしいんだ」
 
 上条が最終的な目的を口にするが、インデックスはすぐには頷かず、
 
「──ゴメン。正直な所、素直に信用する事が出来ない。
 
 その錬金術師が、私の中の10万3000冊の魔導書を狙っているとも限らないし……」
 
 それに関して上条は真剣な表情で頷き返すと、
 
「一応、俺の方でも確認してあるから、錬金術師の言ってる事は信用出来ると思う」
 
「……でも。その情報のソースは彼」
 
 姫神に言われ、思い出すのは掴み所のない隣人の顔。
 
「いや、でも……、ほら。一応、アイツもイギリス清教の所属らしいし……」
 
「自称。天の邪鬼(ウソつき)」
 
「うわ、段々不安になってきた……」
 
 雲行きが怪しくなってきた上条の自信に対し、インデックスは不安そうな表情で、
 
「……その人は本当に信用しても良いのかな?」
 
 問い掛けられた上条は待ったを掛けて暫く考え、隣人の普段からの言動を思い出す。
 
 ……彼に騙されて小萌先生に三人分の説教を受けた事があった。
 
 ……彼に騙されて学園都市の問題解決に巻き込まれた事があった。
 
 ……彼に騙されてイギリス清教の仕事を手伝わされた事があった。
 
 一息、それらを念頭に置いて結論する。
 
「──嘘だな。間違いない」
 
「断言した」
 
 呆れた眼差しで上条を見つめる姫神。
 
 だが、それを咎めるように、窓から侵入してくる人影があった。
 
「おーっと、そいつは聞き捨てならないぜい、カミやん」
 
 開きっぱなしの窓から侵入してきたのは、件の男、隣室に住む土御門・元春だ。
 
 金髪にサングラスといった出で立ちの彼は、律儀に靴を脱いでベランダから上条の部屋に侵入すると、
 
「今回の情報ばかりは、全部マジ。本物100%だぜい」
 
 自信満々に告げる土御門だが、上条は胡散臭そうに彼を見つめ、
 
「じゃあ、何であの錬金術師はインデックスの呪いを解こうとしてるんだよ?」
 
 上条からの問い掛けに対し、彼は掴み所のない表情で、
 
「そーだにゃー。じゃあ、まずはその呪いに関しての所から話すかにゃ?」
 
 土御門が言うには、インデックスに掛けられた呪いとは、一年毎に記憶を消去しないと脳の許容量がオーバーフローして死に至る物だという。
 
 その言葉を聞いた上条と姫神は慌ててインデックスの方へと振り向く。
 
 上条達の視線を受けたインデックスはキョトンとした表情で、
 
「確かに私、一年以上前の記憶が無いけど──」
 
「本来なら、完全記憶能力がある彼女にしてみれば有り得ない事なのに、記憶が無いのがその事の証明だぜい」
 
 インデックスの持つ完全記憶能力。彼女は一度見聞きした事を絶対に忘れる事はない。
 
 イギリス清教は、彼女のその力を利用して、彼女の頭の中に10万3000冊の魔導書を記憶させた。
 
「だが、その能力は人にとっては諸刃の刃でな、普通の人間ならすぐに忘れてしまうようなどうでもいいような事であっても彼女は忘れる事が出来ない。
 
 結果、脳の記憶容量が一年で満杯になり、脳への負担が増大して死に至る。と」
 
「……それが、一年毎の記憶のリセットってわけか」
 
 話だけ聞けば彼女を死なせない為、イギリス清教も必死になっているように思える。
 
 しかし、だ。土御門の話はまだ終わっていない。
 
「……で、二年前彼女の家庭教師を務めていたのが件の錬金術師」
 
「──アウレオルス・イザード」
 
 自らを監禁していた錬金術師の名を告げる姫神に、土御門は頷きで返す。
 
「最初、この学園都市に流れ着いた錬金術師がインデックスに施そうとしていたのは、姫神の力を使って吸血鬼を誘き寄せ、その吸血鬼に禁書目録の血を吸わせて彼女を吸血鬼とした上で、強靱な身体を与えて脳の記憶容量に関しても強化しようとしていたらしいんだが、学園都市で色々と情報を入手する内に、禁書目録に掛けられた記憶容量云々って奴が実はイギリス清教のでっち上げた出鱈目である事に気付いた」
 
「……出鱈目?」
 
 眉根を寄せて訝しい表情の二人。
 
 元より習っていないインデックスは兎も角、習っているはずなのに、忘れている上条に対し、土御門は肩を竦める。
 
 頭を捻る上条に代わり、そのトリックに気が付いたのは姫神だ。
 
「人間の脳の内。言葉や知識を司るような意味記憶と思い出なんかを司るエピソード記憶はそれぞれ収められている場所が違う。
 
 だから。どれだけ沢山の本の内容を記憶していたとしても、日常のどうでもいいような記憶で脳が圧迫されて死ぬような事はありえない」
 
「じゃあ、何でインデックスの記憶を一年毎に消すような真似を、イギリス清教はやって……」
 
 言いかけて気付く。
 
「──首輪か」
 
「正解だぜい。予め、その娘の頭に脳を圧迫するような呪いを掛けておけば、禁書目録は嫌がおうでもイギリス清教から離れる事が出来なくなる。
 
 そして、その事に気付いたアウレオルス・イザードは、偶然ではあるが、彼女に掛けられた呪いを解く方法を見つけた。
 
 それが──」
 
「俺の“幻想殺し”ってわけか」
 
 上条の言葉に、土御門は我が意を得たりと頷く。
 
「さて、これが俺の知る限り、彼女に関する全ての情報だぜい」
 
 後の判断は、彼女次第。と言い置いて土御門は立ち上がり、
 
「んじゃ、お客さんが来てるみたいなんで、俺は帰るにゃー」
 
 告げ、擦れ違い様、上条に小さく耳打ちする。
 
「外に居るのは魔術師が二人。ステイル・マグヌスと神裂・火織だ」
 
 事前に、土御門から二人の能力の詳細を聞き及んでいる上条は小さく頷き、
 
「タイムリミットが迫ってる以上、向こうも形振り構ってないと思えカミやん」
 
 忠告を残し、やって来た時同様窓から去っていく土御門。
 
 残された上条は溜息を吐き出し、
 
「……さて、と。それでどうする? インデックス。
 
 このまま錬金術師の元まで行って、お前に掛けられた呪いを解いてもらうか? それとも今までと同じ様に、記憶のリセットを続けるか?」
 
 真摯な眼差しで告げる上条に対し、インデックスは暫く思案した後、
 
「……さっきの話。理解出来ない部分もあったけど、君たちの事は信用するよ」
 
 完全記憶能力を有する彼女だからこそ、記憶を失うという事に関しては敏感に反応する。
 
 彼女が無くしてしまった思い出の中には、掛け替えのない親友達との思い出もあったに違い無いのだ。
 
 思い出を無くしてしまった親友達に対する申し訳無さと、これから知り合うであろう新たな友達達との記憶。
 
 それらを二度と手放さない為にも、
 
「──私をその錬金術師の所まで連れてってください」
 
 一礼し、しっかりとした口調で告げた。
 
 対する上条達も力強く頷き返し、
 
「──上条・当麻だ」
 
「──姫神・秋沙」
 
 自己紹介して、手を差し出し、
 
「約束してやる。──お前に掛けられた呪いは、俺達が絶対に破壊してやる」
 
 嘘偽りの無い真剣な生眼差しで告げる上条と姫神の手を、インデックスは握り返した。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 善は急げという事で、上条は本日の予定であった補習を休む旨を担任である月詠・小萌に連絡し、三沢塾で待つでアウレオルスにもこれからインデックスを連れて行くと伝えて玄関を出た所でいきなり魔術師に捕まった。
 
 2m近い長身に赤に染められた長い金髪。十指全てに指輪が填められ、耳には毒々しいピアスを施し、目の下にバーコードのような入れ墨をいれた十代半ばの少年。
 
 彼はくわえ煙草のままで、上条達の方へ近づき、
 
「その娘を渡してくれるなら、悪いようにはしない。
 
 こちらも時間が無いんでね。逆らうようなら、力ずくで解決させてもらう」
 
 そう告げる黒い修道服を身に纏った少年神父に対し、上条は肩を竦めて、
 
「時間が惜しいのはこっちも同じでな。
 
 ──これから、こいつの呪いを解く為に、錬金術師の所まで行かなきゃならねぇんだよ。
 
 終わってから詳しい事情説明してやるから、今はそこを退いてもらえねぇか?」
 
 一応、下手に出て、交渉に入る上条だが、少年神父……、ステイル・マグヌスはくわえていた煙草を指で摘んで肺から煙りを吐き出すと、
 
「怪しい事、この上ないな。そんな話を信じると思うか?」
 
 一歩前に出る。
 
 ステイルから放たれる雰囲気に交渉は不発に終わったと悟った姫神は、巻き添えを回避する為インデックスを連れて一歩下がり、対象的に上条が一歩前へ出て神父との距離を詰める。
 
 脳の仕組み云々から説明している時間が惜しい。
 
「……姫神。強行突破で行くから、もうちょっと下がっといてくれ」
 
 上条の指示を受け、姫神がインデックスと共に五歩後ずさる。
 
 それを確認した上条は身体を半身に構え、右腕をL字に曲げて下げ、左手は顎を守るように上げて軽くフットワークを踏む。
 
「言っておくが、魔術師と相対する以上、子供の喧嘩じゃ済まないと知れ」
 
 冷徹に告げ、自身の名ではない、魔法名を名乗る。
 
「──Fortis931!」
 
 それは魔術師の間では、殺し名とも呼ばれ、それを名乗った以上は確実に相手を殺しに掛かる決意の現れともいえる物だ。
 
 告げ、指に挟んだ煙草を横合いへと投げ捨てる。
 
「──炎よ!」
 
 ステイルの言葉により、魔法が発動する。
 
 投げ捨てられた煙草を触媒として、その軌跡を追うように炎が走り、炎剣が生まれた。
 
 ステイルはそれを掴み取ると、
 
「──巨人に苦痛の贈り物を」
 
 横薙に上条へと叩き付ける。
 
「──とうまッ!?」
 
 摂氏3000℃の炎が上条へ迫る中、インデックスが悲鳴に近い叫びを挙げて駆け寄ろうとするのを、姫神によって押し留められた。
 
 直後、上条が炎剣を受け、周囲が一瞬で炎獄と化す。
 
 抗議の声を挙げようとするインデックスに対し、落ち着いた声色で姫神は答える。
 
「大丈夫。……あの程度で彼は倒せない」
 
 摂氏3000℃の攻撃を受けて無事な生き物など居るはずがない。
 
 しかし、姫神の言葉を証明するように炎が割れて、そこから無傷の上条が姿を現した。
 
「……どういう事だ?」
 
 訝しげに眉根を寄せるステイルに対し、上条は一気に距離を詰めようとする。
 
 そうはさせじと、上段から炎剣を振り下ろすステイル。
 
 そして彼は見た。炎剣に合わせるように振られた上条の右腕。それが彼の炎剣を容易く打ち砕くのを。
 
「……バカな」
 
 有り得ない現実に、一瞬ではあるが呆然としてしまうステイル。
 
 上条はその隙を逃す事なく、一気にステイルとの距離を詰めて彼の懐に潜り込むと、下から突き上げるような直蹴りをステイルの顎に叩き込んだ。
 
「グッ!? ──あぁ!」
 
 後ろに蹴り飛ばされながらも、その一撃で正気に返った魔術師は、追撃を防ぐ為に新たな魔術を行使する。
 
「──世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ!」
 
 眼前の得体の知れない力を有する少年に対し、ステイルは恐怖を覚える。
 
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
 
 全力で行かなければ、負ける。と彼の本能が警鐘を鳴らす。
 
「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」
 
 ステイルとしても、この戦い、絶対に負ける事は許されないのだ。
 
「その名は炎! その役は剣! 顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ──!!」
 
 直後、ステイルの修道服が膨らみ、そこから炎の塊が生まれた。
 
 勢いそのままに突っ込む上条が、炎の塊が形状を安定させるよりも早く右手の拳による一撃を与えて四散させ、強引にステイルの元へ突撃しようとして背中に悪寒を感じ、咄嗟にその場を飛び退いた。
 
 直後、再生する炎の塊。
 
 否、それは人の形をとっていた。
 
「……“魔女狩りの王”」
 
 背後から聞こえるインデックスの声。
 
「気を付けてとうま! その炎の塊を攻撃しても効果は無いよ!? “魔女狩りの王”を倒すには、周囲に刻まれた“ルーンの刻印”を消さないと、何度でも蘇るから!」
 
 言われて周囲に視線を巡らせると、確かにテレホンカードほどの大きさのコピー紙がそこら中に貼り付けられているのが確認出来る。
 
 幻想殺しで一発殴った所で、ルーンの刻印が施されたコピー紙が一枚弾け飛ぶ程度で、魔女狩りの王に大した影響は無い。
 
「は、ははは……。妙な力を持っているようだけど、流石に魔女狩りの王にまでは対抗手段はないみたいだね」
 
 安堵したのか? 引きつったものではあるが、笑みを浮かべるだけの余裕を取り戻せたステイル。
 
 だが、上条の表情には悲痛なものは微塵も無い。
 
 大きく肩を回し、続いて軽く右手を振って手首を解して準備を整え、不敵な表情で宣言する。
 
「──征くぞ魔女狩りの王。ルーンの貯蔵は充分か?」
 
「……ゲームのしすぎ」
 
 姫神の的確なツッコミを無視して上条が拳を構える。
 
 先程までのヒットマンスタイルとは違う。ごく普通のサウスポースタイル。
 
 そこから放たれるのは、速度と数を重視した拳の連撃。
 
 上条が何を企んでいるのか悟ったステイルが、バカバカしいとその行為を一笑に伏す。
 
「しょ、正気か? ルーンの数だけ魔女狩りの王を殴って、消滅させるだと?
 
 一体、何万枚のルーンを張り付けてあると思っている!?」
 
「知った事かッ!!」
 
 上条の拳撃は停まらない。
 
 その勢いは止まることを知らず、彼らの周囲に貼られていたルーンが軽い破裂音を発てて連続で消失していくほどだ。
 
 その事に恐怖を覚えたステイルは、新たに炎剣を生み出す。
 
「灰は灰に……、塵は塵に……、吸血殺しの紅十字ッ──!!」
 
 二本の炎剣を上条に向けて振り下ろす。
 
 対する上条は、魔女狩りの王の相手だけで手一杯だ。
 
 避ける術を持たない上条に、勝利を確信するステイル。
 
 だが、彼の確信は早計だったと言える。
 
「……今。聞き捨てならない台詞を聞いた」
 
 背後から聞こえてきた声にステイルの背筋に怖気が走る。
 
 慌てて振り向いた彼の視線に映ったのは、長い黒髪の少女だ。
 
 ……バカな!? 如何に戦闘に気を取られていたとはいえ、僕が容易く背後を取られただと?
 
 姫神の華奢な指が、ステイルの修道服の襟をシッカリと握り締める。
 
 瞬間、姫神の身体が反転し腰を跳ね上げる。
 
 ……え?
 
 と、思った瞬間、彼の身体は宙を舞っていた。
 
 何が起こったのか? 理解出来ない内に地面に背中から叩き付けられたステイルの見たものは、一切の感情を殺した少女の表情。
 
 まるで人形のような様相で、姫神は小さく呟く。
 
「──掌握」
 
 間髪入れずに顔面に掌底を叩き込まれて意識を刈り取られた。
 
 術者であるステイルの意識が途切れた事により、魔女狩りの王も消滅する。
 
 それを確認した姫神は残心を解き、乱れた襟元を正して上条に振り返って拳を突き出し、
 
「……完了」
 
「……お疲れさん」
 
 上条も拳を突き出して、姫神の拳と軽く合わせる。
 
「……え? ……え? ……え? あいさも強かったの?」
 
 わけが分からないと小首を傾げるインデックスに対し、姫神は小さく肩を竦め、
 
「そんなに強くはない。私の能力は吸血鬼にしか効果はないから……。今のは、家に代々伝わる護身術」
 
 姫神流古武術の達人、“吸血殺し”の姫神・秋沙。
 
 そして父親に軍隊格闘技を仕込まれた少年、“幻想殺し”の上条・当麻。
 
 学園都市で活動するフリーランスのトラブルバスター。名を──、
 
「ソリューション」
 
「ホントは後二人居るけど……」
 
「……あの二人には内緒な?」
 
 正確には経理を受け持つ少女には、だ。
 
 もしただ働きを受けたなど知られた日には正座で説教される事間違い無い。
 
 一応、チームリーダーではあるのだが、権限は弱い上条だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ひとまず魔術師の撃退に成功した上条達は三沢塾を目指す。
 
 そこではアウレオルスが準備を整えて上条達がインデックスを連れてくるのを待っているはずだ。
 
 ……けど、土御門の奴はもう一人魔術師が来てるって言ってたよな?
 
 神裂・火織。……聖人だ。
 
 その能力の前では、上条の幻想殺しでさえただの右手と化す。
 
 ……どうしたもんか? 考えならが走る上条の傍らを常盤台中学の制服に身を包んだ少女が通り過ぎる。否、通り過ぎようとして慌てて上条の右手を掴んで引き留めた。
 
「……くっくっくっ、ようやく見つけたわよアンタ!」
 
 考え事をしていた為、気付かなかった。
 
 上条の手を掴んで喜悦の笑みを浮かべるのは、茶髪のミドルヘアーの少女。学園都市bR、“超電磁砲”の御坂・美琴だ。
 
 彼女は隠しきれない笑みのままで告げる。
 
「今日という今日は、私とコンビを組んでもらうわよ」
 
「まだ諦めて無かったのか? お前」
 
「当然じゃない! 私とアンタのコンビなら完璧じゃない、Get Backers! はい、サングラス」
 
「邪眼とか、持ってねぇよ!?」
 
 サングラスを受け取りながらも叫き散らす上条。
 
 そんな彼を落ち着かせようと、傍らに居た姫神が冷静に指摘する。
 
「ツンツン頭」
 
「共通点そこだけですか!?」
 
 むしろ逆効果だったようだ。
 
 ともあれ、今の上条達に、ここでこうしている余裕などないのだ。
 
「じゃあな。悪いけど今日は急いでんだ」
 
 言って走り去ろうとするも、背後から電撃の槍を放たれ、上条が慌ててそれを幻想殺しで打ち消す。
 
「逃げられると思ってんの? アンタ」
 
 全身から放電しながら凄む美琴に対し、上条は面倒臭そうに溜息を吐きながらゆっくりと振り向く。
 
「……人の命が掛かってる仕事中だ。邪魔するってんなら、それなりの覚悟はあるんだろうな?」
 
 別段凄むでもなく、淡々とした声色で告げる上条に対し、思わず怯んでしまう美琴。
 
 何しろ今まで幾度も上条に対戦を挑んではいるものの、一度たりとも勝った事がないのだ。それも仕方ない。
 
 一歩後ずさる美琴を確認した上条は、後手に姫神へとサインを送る。
 
 それを見た姫神はそっとインデックスの袖を引き、
 
「……合図したら、口を半開きにして、目と耳を塞いでその場にしゃがんで」
 
 美琴に気付かれないよう、極力唇を動かさないように小声で告げる。
 
「覚悟は良いな?」
 
 上条が大げさに振りかぶるの見て美琴が最大の警戒をみせ、身体を強張らせた瞬間、逆の手で彼女の足下に拳大の鉄塊を投じる。  
 
 爪先に堅い物が当たる感触でそれに気付いた美琴は、それが一般に手榴弾と呼ばれる武器である事に気付き、表情を引きつらせる。
 
「ちょっ!?」
 
 見れば、上条は既に背後へ飛び退き大地に身を伏せている。
 
 抗議の声を挙げる余裕のありはしない。直後、眩い閃光と爆音が周囲を染め上げた。
 
 目を閉じていてさえ、なお視界が白く染まる世界の中、インデックスは力強い手に腕を引かれて走り出す。
 
 ちなみに、先程上条が美琴に使用した物は、非殺傷用のスタングレネードだ。
 
 閃光と音は凄まじいが、殺傷能力は無い。
 
 とはいえ、如何に学園都市bRといえども、アレの前では目を回さずにはいられないだろう。
 
 あんな物を至近距離でマトモに喰らって平気なのは、学園都市最強の一方通行くらいのものだ。
 
「うはははは──!! あばよー、とっつぁーん」
 
 ルパン張りの捨て台詞を残して走り去るが、その台詞は未だ反響で耳がバカになっている美琴には聞こえていなかった。  
 
 しかし、上条達の逃走劇も長くは続かない。
 
 美琴を撒いてから、距離にして僅か100m。
 
 たったそれだけ進んだだけで、次の試練がやって来る。
 
「ふふふ、……見つけたわよ、無能力者!」
 
 立ち塞がるのは学園都市第四位、“原子崩し”麦野・沈利。明るい色の半袖シャツを着た少女だ。
 
「げ……、また面倒臭い奴が」
 
「……女の子ばかり」
 
「ばかりって、まだ二人目ですが!?」
 
 姫神のツッコミに返しつつも走る脚を緩めずに走り続ける上条一味。 
 
 直後、沈利から上条へ向けて不健康そうな白い輝きを放つ光線が放たれる。
 
 粒機波形高速砲と呼ばれるもので、破壊力という点では美琴の超電磁砲にも劣らない。
 
 しかし、そのコンクリート壁さえ濡れたテッィシュの如く破りさる破壊力の攻撃も上条の右手によって霞の如く消し去られてしまう。
 
「クッ!? ──また!」
 
 速度を落とす事無く近づいてくる上条達に焦り、二撃、三撃と放とうとする彼女の視界に、有り得ない者が映り、思わず能力の使用を躊躇ってしまった。
 
「……発見しましたとミサカは宣言します」
 
 そこに居たのは学園都市第三位の御坂・美琴達だ。
 
 ……なんで? 超電磁砲が三人も居るの?
 
 御坂・美琴と全く同じ容姿をした人物が三人も居た。否、三人どころではない。視界の端に二人、前方の更に後ろには五人。
 
「ど、どうなってんのよ?」
 
 皆、頭にゴツイ軍用ゴーグルを装着しているようではあるが、幻などの類ではない事はすぐに理解出来る。
 
 そんな彼女達が一斉に自分に向かって迫ってくる。──その事に沈利は恐怖を感じざるをえない。
 
 普段は軽い態度で、超電磁砲など、自分が本気を出せば余裕で勝てると嘯いてはいるものの、彼女と自分の能力では破壊力はほぼ同じでもバリエーションに差があり過ぎる。
 
 なんの準備もなくマトモにやっても勝ちは無いだろう。
 
 ……しかも、何よあれ? あんな事も出来るって聞いてないわよ!?
 
 ショックを受け、愕然としている沈利の傍らを上条達が駆け抜けて行くも、彼女からは一切の追撃はない。
 
 それを良いことに、一気に距離を離そうと速度を上げる上条達。
 
 そして我に返った沈利も反転、自らに襲いかかってくる美琴の集団から逃走するように走り始めた。
 
 勿論、追って来ているのは美琴ではなく、彼女のクローンであるミサカ達であり、ミサカ達に沈利をどうこうしようとする思惑は無い。
 
 だが、勘違いしてしまった沈利はその事に気付かず、必死で走り続ける。
 
 奇しくも上条達と同じ逃走ルートをとってしまった為、延々とミサカ達に追われる事になるのだが、かつてない程に混乱している彼女はその事に気付かない。
 
 だが、そんな彼女にも救援が訪れる。
 
 逃走進路上に見えたのは、沈利をリーダーとするチーム“アイテム”を構成する他のメンバー達。
 
 金髪碧眼の外国人女子高生フレンダ。十二歳くらいの大人しそうな少女、絹旗・最愛。そして脱力系の少女、滝壺・理后。
 
 彼女達を発見し、歓喜の笑みを浮かべる沈利だったが、次の瞬間、関わり合いになるのはゴメンだ、とばかりに“アイテム”のメンバー達は踵を返して逃走の姿勢にはいる。
 
「ちょ!? 何逃げてんのよ!?」
 
「待てって言ってんでしょうが!!」
 
 沈利の抗議を打ち消すような大声で、彼女の背後からオレンジ色の閃光が伸び、沈利の横を掠めてそれは遥か前方に消えていく。
 
 スタングレネードのダメージから立ち直った本家、御坂・美琴の放った超電磁砲の一撃だ。
 
 勿論、彼女が狙ったのは上条であり、沈利はその進路上に偶然いたに過ぎない。それどころか美琴としては、沈利の存在に気付いてさえいない状態だ。
 
 ……もし、あの数の美琴が全員で一斉に超電磁砲を放ったりしたら?
 
 混乱した沈利はそんな事を想像してしまい、背中に怖気を走らせる。
 
 そして、他のメンバー達も同じ事を連想したらしく、全力で逃走に入る。
 
「ちょっと! 助けなさいよ!!」
 
「超無理だって!? 一人なら兎も角、何あれ? 百人くらい居るじゃん!?」
 
 言われ、背後を振り返る沈利が見たものは、文字通り路地を埋め尽くさんばかりの団体で追いかけてくる御坂・美琴の集団。
 
 つい数分前までは、十人くらいしか居なかったはずなのに……。
 
 怒濤の勢いで増殖していく美琴に恐怖を覚えざるをえない。
 
 だが、神は彼女を見放していない。
 
 追われる生徒達を救うべく、風紀委員と呼ばれる能力者達による警ら集団の一人が美琴の集団の前に立ち塞がる。
 
「だ、大丈夫ですか? 白井さん」
 
 物陰から恐る恐る問い掛けるのは、頭に多数の花飾りを付けた少女、初春・飾利だ。
 
 だが、心配する彼女の声に、美琴の集団の前に立ち塞がる少女は返事返さない。
 
 髪をツインテールに括った美琴と同じ常盤台中学の制服をきた風紀委員の少女、白井・黒子は瞳を輝かせながら、感極まった表情で、
 
「お、お姉さまがいっぱい!! こ、これはむしろ望むところですわ!」
 
 ぐへへへへへ、と乙女としてそれはどうよ? 的な笑いを零す黒子。
 
 御坂・美琴を心底敬愛する彼女にとってみれば、この光景はまさに理想郷!
 
 小細工無しに、全身全霊の力を込めて美琴の集団に真正面から飛び込んでいく。
 
 その様、正に王蟲の大群に呑まれるナウシカの如し。
 
 まあ、当然そんな事では怒濤の勢いで迫る美琴の大群を押し留める事など出来ようはずもなく、……というか、黒子自身にそんなつもりは毛頭も無く。
 
 最後尾まで跳ばされた黒子はアスファルトに叩き付けられて二度三度とバウンドしながらも、ダメージを微塵も感じさせないアグレッシブな動きで立ち上がり、
 
「お姉さまぁ──!!」
 
 猛然とその集団を追撃し始めた。
 
「し、白井さん? 大丈夫なんですか? 白井さぁーん」
 
 慌てて黒子の追走を始める初春。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、先頭集団を走る上条達の眼前にも立ち塞がる人物が居た。
 
「ようやく見つけたぜ、レベル0」
 
 学園都市bQ、“未元物質”の垣根・帝督という名の少年だ。
 
 彼の姿を確認した上条は嬉しそうな顔で、
 
「ほらほら、今度は男ですよ、姫神さん!」
 
「そんな趣味があったの?」
 
「全力で違ぇよ!!」
 
 以前、上条が学園都市最強の一方通行に勝ったという事件があって以来、学園都市最強の名を欲しがる者達が挙って打倒上条を掲げ、彼に勝負を挑んできたものの、ある者は倒され、またある者は戦うことなく煙に巻かれ、またある者はあらぬ罪を着せられて警備員に逮捕された。
 
 垣根・帝督や麦野・沈利も学園都市最強の名が欲しい為に、上条に戦いを挑み幾度と無く破れてきた者達だ。
 
 それでも一方通行と直接対決する事を考えれば、まだ勝算があると思っているのか? それとも、また別の理由からか? 彼らは幾度と上条に挑み続ける。
 
 対峙する帝督が能力を発動させるよりも早く、上条が脚を速めて一気に加速して帝督との距離を縮める。
 
「──ジェットストリームアタックだ!!」
 
 上条の指示を受け、姫神、インデックスと順番に縦一列の隊列をとった。
 
 その言葉を聞いて、垣根・帝督は密かにほくそ笑む。
 
 ……俺は今、ガンダムになる! 否、俺がガンダムだ!
 
 初代から00まで、全ての作品を網羅している彼の部屋は、無数のガンダムのプラモデルで埋め尽くされている程だ。……その為、巨大な機材を分解し、掌サイズに小型化出来る程には手先が器用だったりする。
 
 彼をリーダーとして構成される小組織、“スクール”の他のメンバーにも、DVDを貸し出して布教するほどのガンダムオタクとしても仲間内では有名な話だ。
 
 突っ込んでくる上条に対し、牽制の一撃を放ち、それをわざと上条の幻想殺しで無効化させる。
 
 そのまま殴りつけにくる上条の動きを予想していた帝督は背に三対六枚の純白の大翼を出現させて大気を叩き大きく跳躍して上条の攻撃を回避。
 
 彼の能力“未元物質”は、この世に存在しない物質を作り出し、それを自在に操る事の出来る能力だ。
 
 ……イメージはウイングゼロカスタム!
 
 恍惚の表情で宙を舞う帝督。
 
 背中の翼を用いて飛翔し、上条の頭を踏み台に更に跳躍。
 
「お、俺を踏み台にしたぁ──!?」
 
 律儀に叫んでくれる上条に心の隅で感謝しつつ、次の行動に移るより早く姫神に脚を掴まれて強引にアスファルトへと叩き付けられた。
 
「へブッ!?」
 
 無様な悲鳴を挙げる帝督の後頭部をインデックスが踏みつけて走り去って行く。
 
「グッ!? くそ……、こちらが向こうの行動パターンを読んでいたように、向こうもこっちの行動パターンを読んでいたか!?」
 
 あれだけ有名な戦術だ。手の内を読んでいても不思議ではないだろう。
 
 自分の失策に歯噛みし、立ち上がろうとした帝督の耳に、否、肌に直接地響きが伝わってくる。
 
「……何だ?」
 
 訝しげに眉を顰める彼の視界に入ったのは、路地を埋め尽くさんとするほどの数の学園第三位、御坂・美琴の姿。
 
 心の準備が出来ていない状態で、この状況は流石の“未元物質”を持ってしても焦らざるをえない。
 
 その流れに呑み込まれないように、走り出す帝督。その一拍後を追走していく300人以上の団体。
 
 そんな光景を丁度通り掛かった二人連れの教師達が発見した。
 
 団体の先頭集団の中に教え子の姿を発見した月詠・小萌は、小学生にしか見えない身体で一生懸命に怒りを表現しながら、既に通り過ぎた団体を必死に走りながら追いかけ始める。
 
「こらー! 上条ちゃん!! 先生の補習をサボって、何遊んでるんですかー!?」
 
「流石にこの騒動は、警備員としては捨て置けないじゃんよ」
 
 とは小萌先生の連れである、ジャージ姿の女教師、黄泉川・愛穂だ。
 
 警備員にも所属する彼女は、職業意識と正義感からこの騒動を鎮圧する為、小萌先生と共にこの集団を追いかけて走り始める。  
 
    
 
 
 
 
  
 
 
 
 時が経つほどに数を増す集団に追いかけられながらも三沢塾を目指す上条達。
 
 そんな彼らの眼前に、新たな刺客が立ち塞がる。
 
 否、刺客というには語弊がある。……何しろ彼は、上条達の存在に気付いてさえいない。
 
 白髪に赤目という特徴的な彼の名は“一方通行”。触れた物のベクトルを操作する事の出来る能力を有する学園都市最強の男だ。
 
 もっとも今は同居する少女に請われて買い物に付き合っている最中であるが、あちこちに興味を示して寄り道しまくる少女にウンザリして、音声までも反射して為、上条達の接近に気付くのが遅れた。
 
 そんな彼の姿を確認した上条は、口元に邪笑を浮かべて猛ダッシュすると、一方通行の元まで一気に走り寄り、彼が上条の存在に気付くよりも早くその胸ぐらを掴んで大きく振りかぶり、
 
「喰らえ、一方通行ミサイル!」
 
「あン? なンだってンだ!?」
 
 普段から一方通行自身の身体を反射の鎧で被っていて、何人たりとも触れる事の出来ない身体を掴み、尚かつ投げ飛ばそうとしている人物。
 
 そんな芸当が出来る者など、学園都市中を探しても、……否、世界中を探したとしても一人しか居ない。
 
「テメェ!?」
 
 そこでようやく上条の存在に気付いた一方通行だが、時既に遅し……。
 
 彼の身体は、上条の手から解き放たれ、物凄い勢いで迫り来る集団の先頭に着弾した。
 
 直後、巻き起こされる惨劇。
 
 何しろ、今、この場には学園都市の一位から四位までが揃っているのだ。
 
 ハッキリ言って下手な国の一個大隊よりも質が悪い。
 
 怒号と悲鳴で満たされる中、その惨劇は幼い少女の叫びによってすぐに収束に向かった。
 
「あー! あの人が向こうに逃げて行ったかも! ってミサカはミサカは叫んでみる!」
 
 幼女特有の甲高い声で叫びを挙げたのは、ミサカクローンの上位個体。シリアルナンバー20001号、通称“打ち止め”だ。
 
 彼女の叫びを聞いた者達は一斉に争うのを止め、全く同じタイミングで上条達の逃げて行った方向を振り向く。
 
 既に遠く離れてしまい、後ろ姿が小さくしか見えなくなっているが、まだ追い付く事が出来る距離だ。
 
 皆は一致団結すると一斉に駆け出し始める。
 
 ぶっちゃけ、皆、既に最初の目的などどうでも良くなっていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんな上条達の一部始終を遠くから観察している人影があった。
 
 背後から近づいてくる知った気配に、彼女は双眼鏡を下げて顔を向ける。
 
「……すまない。少し不覚を取った」
 
 濡らせたハンカチで顔を押さえながら現れたのは魔術師、ステイル・マグヌスだ。
 
 彼は神妙な表情で、
 
「それで、彼女達は今、どうしている?」
 
 問い掛けるステイルに対し、Tシャツにジーンズの裾を大胆にカットした格好の女性、神裂・火織は彼に双眼鏡を手渡し、
 
「こちらは何もしていないのですが、勝手に追い詰められつつあるようです」
 
 双眼鏡越しにステイルが眺める先では、上条を追いかける一団に新たに彼のクラスメイトで健康マニアの少女と、同じくクラスメイトの青い髪の少年。更に姫神と同じく霧ヶ丘女学院からの転校生である巨乳に眼鏡の少女が加わっていた。  
 
「……何をしているんだ?」
 
「見ての通り追い駆けっこです。……ただ、スケールが常識の範囲外ですが」
 
 彼らの進路上。所々で雷光が迸り、爆発が生じているのが離れているここからでも分かる。
 
「……物騒な所だ」
 
 溜息混じりに吐き出すステイル。
 
 そんな彼の背後では、神裂が愛刀“七天七刀”を手に出陣の準備を整えていた。
 
「……征くか?」
 
「ええ。今はまだ元気なようですが、もう何時発作が起きてもおかしくないほどに時間が迫っています」
 
 表情を崩す事無く、淡々と告げる神裂。
 
 そんな彼女に向けて、ステイルは言葉を放つ。
 
「……そう言えば、あの男の方が妙な事を口走っていたよ。
 
 彼女に掛けられた呪いを解きに錬金術師の所に行くとか何とか……。
 
 まあ、多分はぐれの錬金術師に騙されているんだろうけどね」
 
「だとしたら、尚更急いだ方が良いでしょう。
 
 その錬金術師が何者なのか? あるいは本当に錬金術師なのか? は知りませんが、彼女の頭の中の一〇万三〇〇〇冊の魔導書を狙っている可能性が非常に高い」
 
 一息、僅かに腰に下げた2m近い太刀を抜刀して具合を確かめ聖人が出陣する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 三沢塾まで後少しと迫った所で、上条達は遂に聖人の襲来を受ける。
 
 初めて対峙する聖人を前に、上条が息を呑む。
 
 同じ場に存在するだけで、彼女の強さをヒシヒシと感じる。
 
 思わず生唾を呑み込む上条に対し、聖人の女性、神裂・火織は感情を表に出さないように淡々と告げる。
 
「……神裂・火織と申します。──出来れば、もう一つの名は語りたくないのですが」
 
 そう名乗った長身で、長い黒髪をポニーテールに纏めた少女に対し、上条は小さく頷き礼儀として自らも名乗りを挙げる。
 
「お婆ちゃんが言っていた──」
 
 彼の指が天を指す。
 
「この世で覚えておくべき名は一つ。
 
 ──神の上を征き、魔を討つ男。神上・討魔……、それが俺の名だ」
 
「特撮の見過ぎ」
 
 姫神の的確なツッコミを無視して、上条は神裂と対峙する。
 
 否、した瞬間、彼の足下の地面が切り裂かれた。
 
「正直に言えば、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが……」
 
「だから、イギリス清教に連れ帰ったら、また同じ事の繰り返しになるだけだってのが、何で分からねぇ!?」 
 
「……それでも、あの娘の命がそれで救われるのなら」
 
 悲痛なまでの覚悟で攻撃を仕掛ける神裂。
 
 上条としては、彼女の技に関しては事前に土御門から聞き及んでいる為、その正体は看破している。
 
 現在、彼女が上条に仕掛けている攻撃は太刀を抜いているように見えて、実はワイヤーによる攻撃の“七閃”。
 
 ……それが異能の力でない以上、上条の“幻想殺し”は何の役にも立たない。
 
 だが、それでも臆する事無く上条は、七本の斬撃が飛び交う神裂のテリトリーに侵入していく。
 
 ……刀の動きはフェイク。警戒するべきは、細かな指の動き!? そこから、ワイヤーの軌道を予測して回避ッ!!
 
 次の瞬間、上条の左肩に浅い裂傷がはしる。
 
「クッ!?」
 
 それでも上条は立ち止まらない。身体を小さく縮め、身体の表面積を最小に。
 
 ……目だけに頼ってちゃ駄目だ。耳でワイヤーの風切り音から軌道を読め!
 
 二度目の特攻。
 
 回避の動きを最小限に、そして前へ進む速度は先程よりも速く。
 
 頬を、太股を、腕を浅く切り裂かれながらも、上条は前進する。
 
 身体能力上昇系の能力者でもない上条だが、その動きは常人の運動性能のものとは思えない程に速い。
 
「クッ!? まさか、あなたも聖人なのですか?」
 
 懸命にワイヤーを操りながら上条の接近を拒もうとする神裂。
 
 対する上条は、口元に不敵な笑みを浮かべて、
 
「鍛えてます」
 
 コメカミの辺りを擦るようなジェスチャーをしてみせる程の余裕を醸し出した瞬間、ワイヤーの一撃をマトモに喰らい少し後退する。
 
「……バカ」
 
「バカね」
 
「あ、あの皆さん。そんなハッキリ……」
 
 との台詞は、ソリューションを構成するメンバーからだ。
 
 ……後で絶対文句言ってやると、心の閻魔帳にチェックを入れつつ、遂に上条は神裂の懐に侵入する事に成功した。
 
 だが、問題はここからだ。
 
 懐に入り込んだ上条を迎え撃つのは、手加減不能の最終奥義“唯閃”。
 
 超神速の抜刀術が上条を捉えた。……かに見えた瞬間。
 
 彼の両手が七天七刀を挟むようにして抑え込んだ。
 
「……真剣白刃取り」
 
 呆れたような誰かの声が響いた瞬間、神裂がその膂力をもって強引に太刀を振り抜き上条の身体を手近なビルへと叩き付けた。
 
「グッぁぁ……、いってぇ……」
 
 よろめきながらも立ち上がる上条に対し、神裂は心の底から敬意を示した視線を送り、
 
「先程の一撃を止めたのは見事です。……ですが、次の一撃は私も魔法名を名乗らねばなりません。
 
 どうか、彼女の身柄をこちらに引き渡してくれないでしょうか?」
 
「悪いが、そういうわけにもいかなくてな……。約束する、インデックスの呪いは絶対に俺達が解呪する。
 
 ──だから、そこを退いていて」
 
 双方ともに答えは否だ。お互いに、あの少女の為どうしても退くわけにはいかない。
 
 上条が再度突撃する為に身を縮ませ、神裂が魔法名を宣言する為に息を吸い込んだ瞬間、外部からその戦闘を留める声が掛けられた。
 
「二人とも、その辺にしておけ」
 
 聞き覚えのある声。しかし、その声色に何時ものような巫山戯たものが微塵も含まれていない。
 
「……土御門」
 
 上条と神裂。二人が同時に新たな登場人物の名を呟く。
 
「聖人と神上が争うような事になれば、この辺一帯が焦土と化すぞ」
 
 窘めるように宣言する彼の背後には、長身の神父の姿も見てとれる。
 
 ステイルは神裂に視線を送り、
 
「確認してきた。──どうやら、こいつらの言っている事は本当の事のようだ」
 
 そんな彼の後ろに控えるのは、白いスーツを着た男性だ。
 
「憤然。到着が遅いと思って出迎えに来てみれば、何を遊んでいる」
 
 緑色の髪をオールバックにした、長身の錬金術師。歳は十八、名をアウレオルス・イザード。
 
 顔見知りである彼の姿を確認ながらも、神裂は構えを解かないまま、ゆっくりとアウレオルスに問い掛ける。
 
「……あなたが今回の黒幕ですか?」
 
「憮然。──黒幕とは随分な言い様だな? 聖人」
 
 アウレオルスの失礼な物言いにも、対して気にした風もなく。神裂は言葉を放つ。
 
「質問は一つ。……彼女の記憶消去。それを治療出来るのですか?」
 
 真剣な眼差しで問い掛ける神裂に対し、アウレオルスはシッカリと頷き返し、
 
「当然。その為に私はこの地にて、脳医学なるものも収めた。
 
 その結果、彼女に掛けられたイギリス清教の首輪に気付き、それを解呪する術さえ手に入れた」
 
「……では、彼女の記憶を」
 
「残念ながら、既に失われた今までの記憶を取り戻す事は出来ないが、それでもこれから紡いでいく思い出を守る事は出来る」
 
 断言するアウレオルスに対し、神裂はようやく構えを解き、彼に向けて深々と頭を下げる。
 
「……彼女の事をお願いします」
 
 その瞳から零れる涙は何を思ってのものか?
 
 彼女の想いを汲んで、錬金術師は力強く頷く。
 
「──その為にも、貴様達の力も必要だ。
 
 手を貸すつもりはあるか? 魔術師」
 
 との問い掛けに、ステイルと神裂は一瞬だけ視線を合わせ、躊躇い無く頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 場所は三沢塾の一室。
 
 そこにインデックスとアウレオルス、上条と姫神。魔術師ペアに、
 
「……何でお前達まで、ここに居るんだよ?」
 
 呆れた声色で尋ねる上条に対し、そこに居る面々を代表して答えたのは美琴だ。
 
「ここまで、巻き込んどいて、はいさよならって、そりゃないでしょ?」
 
 との美琴の言葉に、彼らを追いかけていた者達が興味深げに頷いてみせる。
 
「巻き込むも何も、お前等が勝手に付いてきたんじゃねえか!?」
 
 上条が抗議するが、それは、
 
「だって、暇だし。こっちの方が面白そうだし。ってミサカはミサカは言ってみる!」
 
 という幼い少女の言葉によって、全て納得させられた。
 
「くそ、暇人ばかりかよ」
 
 ウンザリ気に零す上条がアウレオルスに視線を向け、ギャラリーを追い払わなくていいのか? と視線で問い掛けるが、錬金術師は小さく頷き捨て置けと応える。
 
「……あの女狐がどんな仕掛けを施しているのか分からない以上、戦力は多い方が良い」
 
 いざとなれば、ギャラリーを戦力として利用するつもりのアウレオルス。
 
 どうも、見物料として、そのくらいの労働は当然と思っている節がある。
 
 ……魔術の秘匿とかはいいんだろうか?
 
 魔術師でもないのに、そんな事を心配してしまう上条。
 
 勿論、本来ならば必要なのだろうが、インデックスの呪いが解けるのならば、その程度の事に構ってはいられないというのが、彼の……、否、ステイル達を含めた彼らの考えである。
 
「……んじゃ、始めるぞ」
 
 神妙な顔で告げる上条の言葉に従い、事前にアウレオルスから説明されていたインデックスは、大きく口を開けて上条の右手を受け入れる準備をする。
 
「あった!?」
 
 アウレオルスの読み通り、彼女の喉の奥。そこに呪術的な刻印が刻まれている。
 
 一瞬、躊躇った上条だが、すぐに意を決すると彼女の口内に指を突っ込んだ。
 
 ぬるりとした唾液をいやに熱く感じながらも指を押し進め、彼の指が遂にインデックスの喉元に到着した瞬間、上条の右手を大きく後ろに弾き飛ばされた。
 
「グッ!?」
 
 見れば彼の右手は裂け、血が流れ出している。
 
「……やはり、防衛用の術式を組み込んでいたか」
 
 錬金術師の声に我に返った上条が、視線をインデックスへと向ける。
 
 そこに居たのは、彼の知るインデックスと名乗った少女ではない。眼球に魔法陣を浮かび上がらせたインデックスと呼ばれた少女だった者がそこ居た。
 
「──警告、第三章第二節。Index−Libr0rum−Prohibitorum──禁書目録の“首輪”、第一から第三まで全結界の貫通を確認。
 
 再生準備……失敗。
 
 “首輪”の自己再生は不可能、現状10万3000冊の“書庫”の保存のため、侵入者の迎撃を優先します」
 
 不気味な程ゆっくりとした動きで立ち上がったインデックスの視線が見つめるのは上条の姿。
 
「……おい、何だかヤバそうな感じがバンバンするんだけど、どうすりゃいい?」
 
 上条が問い掛ける先、アウレオルスは眉間に皺を寄せ、解決策を模索するが、その間にもインデックスは着実に迎撃の準備を整えていく。
 
「──“書庫”内の10万3000冊により、防壁に傷をつけた術式を逆算……失敗。
 
 該当する魔術は発見出来ず。
 
 術式の構築を暴き、特定魔術を組み上げます」
 
 一息、
 
「──侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。
 
 これより特定魔術、“聖ジョージの聖域”を発動、侵入者を破壊します」
 
 インデックスがもはや人語ですらない何かで歌を紡ぐ。
 
 それによって発動した魔術は、彼女の額の辺りに漆黒の稲妻を生み出していく。
 
 否、それは稲妻などではない。空間に奔った亀裂だ。
 
 その奥から不気味な何かが上条に向かって迫ってくるのをヒシヒシと感じる。
 
「な、何だ? こりゃ!?」
 
 呆然と上条が呟いた瞬間、亀裂が一気に広がり、そこから光の柱が上条に襲いかかった。
 
 咄嗟に右手の幻想殺しで受け取るが、光の勢いが強い。
 
 ジリジリと後ろに押され始める。
 
「クッ!? おい! コイツは一体何だ!? どうやったら、インデックスを元に戻せる!?」
 
 問いを投げ掛ける上条に対し、魔術師達は呆然とした表情で、
 
「……“竜王の殺息”だと?」
 
 個人に向けて使用するような術式ではない上に、その威力は伝説にある聖ジョージのドラゴンと同じほどの力があるのだ。
 
 人の身でマトモに取り合えるようなものではない。
 
「……グゥ!!」
 
 徐々に押され始める上条。
 
 彼の右手は爪が割れ、傷が開いて血みどろの状態だ。
 
 それでも何とか踏ん張ろうとする上条が吠える。
 
「──約束したんだよ! 絶対に助けてやるってな!! ……だから、こんな所で諦められるか!!」
 
 そんな上条の背中に、そっと手が添えられる。
 
「……約束したのは君だけじゃない」
 
 それは姫神のものだ。そして彼を支えてくれるのは彼女一人だけではない。
 
「──また勝手に仕事受けて。……どうせただ働きなんでしょう? 後で説教だから覚えておきなさい上条」
 
 ソリューション経理担当の吹寄・制理が、
 
「頑張ってください!」
 
 同じくソリューションの構成員、風斬・氷華が、
 
「あのシスターさん。後で紹介してもらうでカミやん」
 
 クラスメイトの青髪ピアスが、
 
「全員は入りきらないので、妹達を代表してミサカが……」
 
 御坂妹が、
 
「ミサカも、ミサカもやってみる!」
 
 打ち止めが、
 
「いまいち事情は分かりませんけど、頑張ってくださいですよー! 上条ちゃん!」
 
 月詠・小萌が、
 
「気合い入れるじゃんよ! 少年!」
 
 黄泉川・愛穂が、
 
 他にも彼を追いかけてきた者達が一丸となって彼の背中を支える。
 
「はン、くだらねェ」
 
 毒づくのは白い少年、一方通行だ。
 
 彼は無造作に上条を追い越し、インデックスの元へ近づいて行く。
 
「ば、バカ! 止めろ!?」
 
 この“竜王の殺息”を彼の能力で反射されれば、インデックスの身体がただでは済まない。
 
 静止の声を挙げる上条を無視し、一方通行は邪魔な虫でも追い払うような仕草で、軽く直径1mの光の柱を払う。
 
 光の柱は力のベクトルを歪められ、インデックスに向かうのではなく、天井を突き破って上空へと消えていった。
 
「とっとと、ケリつけな最弱」
 
 吐き捨てるように告げる一方通行の横、駆け抜けながら上条は彼に対し、
 
「ありがとよ……」
 
 一言だけ零し、一気にインデックスとの距離を詰める。
 
 だが、上空に消えていった光の柱は、天井を破壊した後で、その残滓を光の羽へと変化させ、上条の頭上へと降り注ごうとしていた。
 
 だが上条は停まらない。頭上に迫る光の羽を無視してインデックスに肉薄すると、
 
「待たせたな……、インデックス!」
 
 ……今、その呪い(幻想)を、ぶっ殺してやる!!      
 
 光の柱を生み出していた空間の亀裂。更に、その先にある魔法陣を、右手で握り潰した。
 
「──警、こく。最終……章。第、零──。“首輪”致命的な、破壊……、再生、不可……消」
 
 この一撃で、今までの異変全てが片づいたかに見えた。……が、直後、上条の頭上に降り注ごうとする光の羽。
 
 しかし、それらは彼に降り注がれるよりも早く、オレンジ色の雷撃や不健康そうな白い閃光。または不可視の何かによって撃墜される。
 
「黒子!」
 
 美琴の叫びに応えるように、上条のすぐ傍らに白井・黒子の姿が現れる。
 
 瞬間移動能力者である彼女はインデックスの身体を担ぎ上げると、上条にも手を差し伸べ、
 
「さあ! 殿方さんも早く!? 数が多すぎてお姉さま方でも全ては迎撃出来ませんわよ!」
 
 だが、上条のとった行動は否だ。
 
「先に行け! 俺が一緒だと、お前の能力が発動出来ない!」
 
 そう問答している間に、白井と上条の頭上に飛来する光の羽。
 
 しかしそれらは、炎剣と太刀によって切り裂かれた。
 
「チッ!? 勘違いするなよ、今のは君じゃなく、あの娘を助けただけだからな」
 
「男にツンデられても嬉しくねぇよ!?」
 
 割と本気で叫び、黒子に行けと促し、自らも立ち上がり舞い落ちてくる光の羽を見上げる。
 
 部屋を確認すれば、すでに無能力者達は部屋から脱出したようだ。
 
 ……これ、風斬が居ると、使えねぇからなぁ。
 
 下手をすると、彼女の存在そのものを消し去ってしまう大技。
 
「全員、伏せとけ!」
 
 上条の眼差しに力が宿る。
 
 ──解放。
 
 彼の右手に封印されていたものが姿を現す。
 
 出現した不可視の何かが無音の咆吼を挙げて、まるで主人の身を守ろうとするように蜷局を巻いて上条の全身を被う。
 
 視界には映らないが、その場に居た者達は、上条が何かをした所為で、この部屋を満たす空気そのものが変質した事を本能で悟る。
 
「……一体、何をした?」
 
 霊的な視線を持つものであるならば、今、上条の周囲にまとわりついているものが巨大な不可視の竜であることが分かるだろう。
 
 上条はゆっくりと舞い落ちてくる光の羽を見つめ、 
 
「……征け、“竜王の顎”!!」
 
 彼の命令に従い、部屋の中を縦横無尽に不可視の竜が暴れ回る。
 
 壁を破壊し、柱を喰らいつつ、触れる光の羽全てを喰らい尽くしていく。
 
 やがて、1分も経たない内に全ての異能を食い尽くした竜は、まるで空気に解けるように姿を消滅していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──10分後、三沢塾の1階ロビーに正座させられる上条と姫神の姿があった。
 
「……で? 今回また、ただ働きで仕事を受けたそうね? 貴様」
 
 鋭い眼差しで上条を睨み付けるのは、吹寄・制理だ。
 
 対する上条は、吹寄から視線を逸らしつつ、
 
「いえ、……その、……やっぱり困ってる人は放っておけないというか」
 
 やましい所があるのか? 強くは言い返せない上条。
 
 そんな彼の性格を知り尽くしているのか? 吹寄もそれ以上は余り強く非難する事なく、溜息を吐き出し、
 
「……分かったわ。じゃあ、こうしましょう」
 
 妙に優しげな声で告げる吹寄に、思わず顔を上げて視線を合わせてしまう。
 
「今後、貴様が勝手に仕事を受けないよう、私も貴様と一緒に住む事にします」
 
 耳まで真っ赤になりながらも、宣言する吹寄。
 
「断固反対」
 
 即座に反対したのは姫神だ。だが、対する吹寄も黙ってはいない。
 
「抜け駆けしようとした姫神さんに、今回発言権はありません」
 
 と、一蹴してみせる。
 
「だったら、私も一緒に居た方が、同じチームとして行動しやすいで……、ご、ゴメンなさい」
 
 吹寄と姫神、二人の少女からキツイ視線を受けただけで縮こまってしまう風斬。
 
「ならなら、私も一緒に住みたいかも!!」
 
「スペース的に絶対無理です! つーか、何でその後ろの連中も挙手してますか!?」
 
 頭を抱えながら絶叫する上条。
 
 結局、現状維持という形で落ち着き、インデックスの所在は小萌先生が引き取る事になった。
 
「いやー、丁度誘波ちゃんが出て行ってこれから寂しくなるなぁ、って思ってた所だったんですよー」
 
 とは嬉しそうに語る小萌の言葉だ。
 
 二人の魔術師は、去り際に小萌にインデックスの事をくれぐれもよろしくと頭を下げて頼み、まだこの街に留まるというアウレオルスにも彼女の力になってやってくれと言い置いて、学園都市を去って行った。
 
 他の面子に関しても、三々五々散っていく。
 
 全員が居なくなるのを見送った上条は疲れたような溜息を吐き出して、
 
「うだ──。取り敢えず上条さん、朝から何も食ってないので空腹で死にそうです」
 
「なら。帰りにファミレスにでも寄って行く?」
 
「そうすっか……」
 
 三沢塾を後にした上条は、姫神の意見に賛同して近場のファミリーレストランに入る。
 
 と何故か? 先程まで三沢塾に居た連中が全員集まっていた。
 
 店内の一区画を占領するミサカ軍団。
 
 店内であるにも関わらず、コンビニで買ってきた鮭弁を広げる沈利と、そんな彼女を窘めようともしない“アイテム”のメンバー達。
 
 ガンダムの素晴らしさを、一方通行に熱く語る垣根・帝督。
 
 先程別れた筈なのに、そこで食事を摂っている神裂とステイル。
 
 黒子に迫られる打ち止めとそれを庇う美琴。
 
 吹寄と風斬、それに青髪ピアスと土御門は同じテーブルに着いているし、小萌先生達のテーブルにはインデックスの姿も見える。
 
「……さっきまで、あんな事件があったなんて思えねえ光景だな」
 
 ボソリと零す上条の右手を傍らの姫神が握る。
 
「それは。君が頑張ってくれたから……」
 
 その言葉を受けた上条は、そっと姫神の手を握り返し、
 
「……いや、俺一人の力なら、ここまでハッピーエンドにはならなかったよ。
 
 ──皆の、姫神のお陰だ」
 
 そこはかとなく良い雰囲気を作り出す二人を中心に、店内の音が停まる。
 
「……良い度胸してるわよね? あんた」
 
 皆を代表して告げたのは、バチバチと身体中から放電する美琴だ。
 
「ちょ、ちょっと待った! 何故に皆さん怒っていらっしゃいますか!?」
 
「知るかバカ野郎!!」
 
 美琴の叫びを合図に、本日二度目の追い駆けっこが始まる。
 
「やっぱり、不幸だぁ──!!」
 
 何時も上条の台詞が木霊する学園都市。
 
 それは、この街が平和な証拠だった。
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